転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜 (完結まで執筆済み)

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1章:始原の森の龍覚者と陽だまりの少女 〜開拓と予兆の始まり〜

第1話:転生と未開の森

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「――危ないっ!」

甲高いブレーキ音と短い悲鳴。それが自分の声だったのか、それとも誰かの声だったのか。次の瞬間、視界いっぱいに迫る大型トラックの無骨なフロントグリル。そして、全身を襲う凄まじい衝撃。

ゴシャッ、と鈍い音がして、俺の体はまるで紙屑のように宙を舞った。スローモーションで流れる灰色の空とアスファルト。痛みを感じる暇さえなかった。

急速に薄れていく意識の中で、最後に込み上げたのは、ひどく陳腐な願望や後悔ではなかった。それは、自分には、心から安らげる居場所、守り抜くと誓える場所が、結局一つもなかったという、強烈な後悔と執着だった。

橘蓮(たちばな れん)、享年35歳。誰にも必要とされない、帰りたくもない家と職場を往復するだけの人生だった。まさか、こんな呆気ない最期とは。

そんな、満たされなかった後悔の念も虚しく、俺の意識は完全にブラックアウトした。

◇◇◇


次に意識が浮上した時、まず感じたのは柔らかな土の感触と、むせ返るような濃い緑の匂いだった。ゆっくりと瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは、鬱蒼と茂る木々の葉。木漏れ日がキラキラと降り注いでいる。

(……どこだ、ここ? 天国……にしては、随分とワイルドだな)

体を起こそうとして、違和感に気づく。やけに体が軽い。

そして、手足が……ん? 自分の知っているそれより、少し細く、若々しい気がする。寝ている間に若返りの薬でも飲まされたか? いや、俺はトラックに轢かれたはずだ。

混乱した頭で状況を整理しようとする。事故の衝撃、ブラックアウト。そして今、見知らぬ森の中。まさか……。

慌てて周囲を見渡す。見渡す限り、広がるのは巨大な樹木が生い茂る深い森。見たこともない奇妙な形の植物や、色鮮やかな苔が地面を覆っている。空気は澄んでいるが、どこか原始的な、力強い生命の気配に満ちている。日本のどこを探しても、こんな場所があるとは思えない。

「……異世界、転生ってやつか?」

ラノベや漫画で散々見聞きした、テンプレ的な展開。今更そんな非現実的なことが自分の身に起こるとは。だが、状況証拠がそれを示している。トラックに轢かれて死んだ中年サラリーマンが、見知らぬ世界の森で目覚める。荒唐無稽だが、それ以外に説明がつかない。

(だとしたら、俺は今、どんな姿なんだ?)

先ほどの体の違和感が気になる。おそるおそる近くの水たまりに自分の姿を映してみる。そこに映っていたのは、黒髪黒目の、まだ少年と呼ぶべき年齢の若者。見た感じ、18歳くらいだろうか。着ている服も見慣れない、簡素なシャツとズボンだ。

「……若返ってる、のか?……」

前世の疲れ切った顔とは似ても似つかない、瑞々しい肌。体つきも、中年太りとは無縁の、程よく引き締まった少年らしい体躯だ。

転生前の面影は……まあ、パーツだけ見れば無くはない、か? ともかく、しがないサラリーマンだった俺が、ファンタジー世界の住人みたいな青年になってしまったことだけは確かだった。

「はは……マジかよ……」

あまりのことに、乾いた笑いが漏れる。だが、笑っていても状況は変わらない。ここはどこかも分からない森の中。頼れる人もいない。18歳程度とはいえ、現代日本の便利な生活に慣れきった俺が、こんな場所でどうやって生きていけばいい?

(とにかく、人がいる場所を探さないと……。水は近くにあったが、食料は? 雨風をしのげる場所は?)

不安が募る。サバイバル経験など皆無だ。夜になれば獣も出るかもしれない。早く安全な場所を見つけなければ。

そんなことを考えていると、

ガサッ!

背後の茂みが大きく揺れ、低い唸り声が聞こえた。反射的に振り返ると、そこには緑色の肌をした、醜悪な小鬼が二匹、涎を垂らしながらこちらを睨みつけていた。

「ゴブッ……!」

「ギギッ……!」

(ゴブリン!? まじかよ!)

今は、武器も持たないただの少年だ。相手の強さがわからない上に、二匹相手では分が悪い。

というか、普通に殺される! 逃げるか? いや、この森の中で、土地勘のない俺がこいつらから逃げ切れる保証はない。下手に背中を見せれば、あっという間に追いつかれるだろう。

(やるしかないのか……!)

覚悟を決め、俺は咄嗟に足元の手頃な石を拾い上げ、身構えた。震える手で石を握りしめ、ゴブリンたちを睨みつける。

「グルル……」

「ギギッ……!」

ゴブリンたちは、俺の貧弱な抵抗を嘲笑うかのように、ニヤニヤと汚い歯を見せながら距離を詰めてくる。一匹は錆びた棍棒のようなものを、もう一匹は鋭く尖った爪をギラつかせている。

(くそっ、完全に舐められてる……!)

先手必勝! 俺は思い切り石を棍棒持ちのゴブリンに投げつけた。

「グッ!?」

狙いは悪くなかったはずだが、ゴブリンは難なくそれを腕で弾き、動きを止めない。その隙に、もう一匹の爪持ちゴブリンが素早い動きで横に回り込んできた!

「しまっ……!」

慌てて身をひるがえすが、間に合わない。鋭い痛みが左腕に走った。

ザシュッ!

「ぐあっ!」

見ると、シャツが裂け、腕から血が滲んでいる。

(痛ってぇ……!)

ゴブリンたちは勝ち誇ったように奇声を上げ、再び襲いかかってくる。このままでは嬲り殺しにされる!

「こうなったら……逃げるしかない!」

俺は悪態をつきながら、地面を蹴って走り出した。腕の痛みが思考を鈍らせる。

また慣れない体だからか、足がもつれそうになる。それでも必死に森の奥へと逃げる。背後からは、ゴブリンたちの甲高い叫び声と、茂みを掻き分ける音が迫ってくる。

「ハァッ、ハァッ……! クソ、体力が……! 腕も痛え……!」

息が切れる。心臓が早鐘のように打っている。18歳の体でも、全力疾走はすぐに限界が来る。腕の傷口からは、じわじわと血が流れ続けている。

(冷静になれ、何か手はあるはずだ。35年も生きてきたんだろ? 頭を使え!)

地形を利用する? 罠?どうやって使う?何も分からない!

焦りばかりが募る中、視界の先に、不自然な石造りの建造物が見えた。苔むした巨大な石が積み重なり、遺跡のような雰囲気を醸し出している。入り口らしき、暗い穴が開いている。

(遺跡……! あそこに隠れるしかない!)

最後の望みを託し、俺は傷の痛みでふらつく足に鞭打ち、必死に遺跡へと向かう。

「――うおおっ!」

最後の力を振り絞り、俺は遺跡の入り口へと転がり込んだ。

「ぜぇ……はぁ……っ!」

中はひんやりとしていて、薄暗い。外の光が届きにくいせいか、ゴブリンたちの追ってくる気配が少し遠のいた気がした。

俺は荒い息をつきながら、壁に寄りかかり、傷ついた左腕を押さえる。ジンジンとした痛みが走り、体力が奪われていくのを感じる。

「ゲフッ……?」

「ギギッ……!」

だが、安心したのも束の間、ゴブリンたちも遺跡の中まで追ってきたようだ。入り口付近で、何かを探すような声が聞こえる。

(まずい、血の匂いでバレたか……! このままじゃ見つかるのも時間の問題だ……!)

俺は痛む腕を引きずり、息を殺して遺跡のさらに奥へと進んだ。幸い、内部は思ったよりも広く、通路がいくつか分かれているようだ。

壁には、見たこともない奇妙な文字や絵が刻まれている。古代の遺跡、というのは間違いないらしい。こんな森の奥深くに、誰が何のために作ったのだろうか。

しばらく進むと、少し開けた空間に出た。中央には、祭壇のような石の台座があり、その上に、淡い光を放つ奇妙な形状の宝珠のようなものが安置されていた。

大きさはバスケットボールくらいだろうか。表面には複雑な紋様が刻まれており、まるで生きているかのように、ゆっくりと脈動している。

(なんだ、あれは……?)

吸い寄せられるように、俺は台座に近づいた。宝珠から放たれる光は、不思議と心を落ち着かせるような、温かい感覚があった。同時に、何かとてつもない力のようなものを感じる。

ゴブリンたちの足音が、もうすぐそこまで迫ってきていた。

(もう逃げ場はない……イチかバチか!)

俺は覚悟を決め、震える手を伸ばし、光る宝珠に触れた。

その瞬間――

ドクンッ!

宝珠が、まるで心臓のように強く脈打った。そして、目も眩むほどの強烈な光が溢れ出し、俺の体を包み込む。

「ぐっ……あぁあああああっ!!」

全身を凄まじいエネルギーが貫く。体中の細胞が沸騰するような、あるいは作り替えられるような、激しい感覚。特に、傷ついた左腕にエネルギーが集中し、痛みが熱に変わっていくのを感じた。意識が遠のき、体の感覚が曖昧になっていく。何かが、自分の中に流れ込んでくるような……。

何が起こったのか理解できないまま、俺の意識は完全に途絶えた。


◇◇◇


どれくらいの時間が経ったのだろうか。意識を取り戻した俺は、硬い石の床に倒れていた。体は鉛のように重く、頭がガンガンと痛む。

「う……ぅ……」

ゆっくりと身を起こし、周囲を見回す。先ほどまでいた、遺跡の中央の広間だ。祭壇の上にあったはずの宝珠は、跡形もなく消えていた。

代わりに、俺の右手の手の甲に、見慣れない複雑な紋様が赤く浮かび上がっていることに気づいた。まるで、龍を象ったようなデザインだ。

そして、左腕に目をやる。さっきゴブリンに切りつけられたはずの傷が……綺麗さっぱり消えていた。シャツの裂け目は残っているが、皮膚には傷跡一つない。

(治ってる……? あの光のおかげか?)

混乱していると、あの忌々しい声が再び聞こえた。

「ギギッ……!」

「ヒヒッ!」

入り口の方から、二匹のゴブリンが姿を現した。さっき俺を追いかけてきた奴らだ。涎を垂らし、ギラギラとした目でこちらを睨んでいる。

さっきのゴブリンが今追いついたということは、意識を手放したのは一瞬だったようだ。

「……っ!」

咄嗟に身構える。だが、今度はさっきまでのような絶望感はなかった。

傷が治ったことへの驚きと安堵、そして、体の奥底から湧き上がってくる不思議な力が、恐怖を打ち消していた。右手の手の甲の紋様が、かすかに熱を帯びている気がする。

ゴブリンの一匹が、棍棒のようなものを振りかざし、雄叫びを上げながら突進してくる。さっき俺に傷を負わせた爪持ちのゴブリンは、その後ろで様子を窺っている。

(まずい!)

そう思った瞬間、右手の手の甲の紋様が熱くなると共に、俺の体は半ば勝手に動いていた。ゴブリンの攻撃を最小限の動きでひらりとかわし、がら空きになった胴体に、無意識に右拳を叩き込む。

ドンッ!

鈍い音が響き、ゴブリンが「グフッ!?」と短い悲鳴を上げて吹き飛んだ。壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。即死、か?

「……え?」

自分でも信じられない光景に、唖然とする。さっきまで手も足も出なかった相手を、たった一撃で? しかも、素手で? 体が、さっきより明らかに軽いし、力がみなぎっている。

もう一匹のゴブリンが、仲間の無残な姿を見て一瞬怯んだが、すぐに逆上したように奇声を上げ、鋭い爪を振りかざし襲いかかってきた。

今度は、意識的に体を動かしてみる。さっき感じた、体の奥から湧き上がる力。それを右手に集中させるイメージ。

すると、右手に集まった力が、まるで炎のように揺らめいた。いや、実際に、淡い赤い光が拳を包んでいる。

(なんだこれ!?どういう理屈だ!?)

考える間もなく、ゴブリンは目の前に迫っていた。俺は、戸惑いながらも、炎を纏った拳を、ただ真っ直ぐに突き出した。

ゴウッ!

拳から放たれた赤い光――いや、炎の塊が、ゴブリンを直撃した。

「ギッ……ギャアアアアアア!!」

ゴブリンは断末魔の悲鳴を上げ、一瞬で燃え上がり、灰になった。

「…………」

静まり返った遺跡の中に、俺は一人、呆然と立ち尽くしていた。目の前で起きたことが、現実だとは思えなかった。少年が、素手でゴブリン二匹を、一瞬で。しかも、片方は魔法のような力で焼き殺した。

(一体、俺の体に何が起こったんだ……?)

混乱している中、右手の手の甲の紋様の熱が冷めていく中で脱力感が襲い、その場に座り込んでしまった。

右手の手の甲に浮かぶ龍の紋様を見る。これも、宝珠に触れてから現れたものだ。まだ少し熱を持っている気がする。

(分からないことだらけだな……)

なぜ急に力がでて、モンスターを倒せたのか。この紋様は何なのか。あの宝珠は一体何だったのか。

全く説明がつかない。だが、一つだけ確かなことがある。俺は、何かよく分からないが、とりあえず直近の危機は脱したらしい。

(……まあ、いい。ラッキーだったと思うしかないか)

深く考えても答えが出ないなら、この状況を利用するまでだ。文句を言っても始まらない。
俺はまだ、この危険な森の、しかも古代遺跡の中にいるのだ。

(まずは、ここから出て、安全な場所を確保しないと)

遺跡の中は、ゴブリンの死体(一つは灰になってしまったが)があるし、薄暗くて気味が悪い。それに、いつ他のモンスターが来るかも分からない。

俺は立ち上がり、遺跡の入り口へと向かった。外に出ると、森は静けさを取り戻していた。さっきまでの喧騒が嘘のようだ。

改めて自分の体を見下ろす。若々しい体。だが、その内には、よく分からないが、強大な力が秘められている。

(この力があれば、この世界でも……いや、この世界だからこそ、何かできるかもしれない)

転生前の俺、橘蓮の人生は、平凡で、退屈なものだった。だが、今の俺、レンは違う。35年分の知識と経験、そしてこの謎の力がある。

この力を使えば、ただ生き延びるだけでなく、もっと……面白い人生を送れるかもしれない。灰色だった前世とは違う、彩りのある人生を。

そんな思いが、心の奥底から静かに、だが確かに湧き上がってくるのを感じた。

もちろん、簡単なことではないだろう。この世界は危険に満ちている。さっきのようなモンスターが、そこら中にいるのかもしれない。文明レベルも分からないし、どんな人々が暮らしているのかも知らない。

だが、俺には前世で培った知識と経験がある。そして、この謎の力。冷静に状況を分析し、計画を立て、実行すれば、きっと道は開けるはずだ。

「よし……」

俺は一つ深呼吸をし、覚悟を決めた。

「まずは、この森で生き残ることからだ」

食料の確保、安全な寝床の確保。やるべきことは山積みだ。孤独なサバイバルが始まる。
まずは、この遺跡周辺を探索し、安全を確認しよう。

俺は、少年らしい、しかし以前よりもずっと確かな足取りで、未知なる森へと踏み出した。右手の手の甲に刻まれた謎の紋様が、新たな人生の始まりを告げるかのように、微かな熱を放っていた。

この時、俺はまだ知らなかった。自分が手にした力の正体も、その力が持つ意味も。そして、この見知らぬ森でのサバイバルが、やがて世界を揺るがす壮大な物語の序章に過ぎないことを――。
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