2 / 21
1章:始原の森の龍覚者と陽だまりの少女 〜開拓と予兆の始まり〜
第2話:サバイバル開始、森の探索
しおりを挟む
古代遺跡の入り口から外へ出ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように森は静まり返っていた。木々の間を抜ける風の音と、遠くで聞こえる鳥の声だけが耳に届く。俺はまだ熱を持っている気がする右手の手の甲を見つめ、そして大きく息を吐いた。
(……生き延びた)
ゴブリン二匹に襲われ、絶体絶命かと思ったが、結果として俺は生き残り、奴らを返り討ちにした。不幸中の幸い、状況自体を考えれば、望外の結果と言えるのかもしれない。
だが、安堵ばかりもしていられない。ゴブリンを倒せたのは、あの遺跡の中で謎の宝珠に触れたおかげだ。あの時、右手の紋様が熱を帯び、体が勝手に動き、拳からは炎が出た。明らかに異常な力。
(あの力は、一体何だったんだ? そして、今も使えるのか?)
それが一番の問題だ。あの力が常時使えるなら、この先生きのこるのも多少は楽になるだろう。俺は意識を集中し、ゴブリンに炎を放った時の感覚を思い出そうとした。
「……ん?」
しかし、何も起こらない。右手の紋様は静かなままだし、拳が炎を帯びる気配もない。身体能力も、ゴブリンを殴り飛ばした時のような、超人的な感覚は失われていた。
(ダメか……。あの力は、常に使えるわけじゃないのか?)
あの時の力は、爆発的なものだった。……もしかしたら、あの右手の手の甲の紋様。あの紋様が熱を帯びた時に、力が発動したような気がする。
(感情の高ぶり……か。確かに、あの時はゴブリンに追い詰められて、死ぬかもしれないという恐怖と焦りがあった。それが引き金になった?)
だとしたら、あの規格外のパワーは、そう簡単には使えない切り札のようなもの、と考えるべきだろう。普段の俺は、18歳程度の少年、ということだ。
この世界の18歳がどの程度の強さなのかは不明だが、ゴブリンを素手で殴り殺せるほどの力ではないだろう。通常時は、あくまで知恵で立ち回る必要がある。
「さて、と……」
俺は気を取り直し、今後の行動計画を立てることにした。まずは生き残ること。そのための具体的な課題は山積みだ。
第一に、安全な寝床の確保。この遺跡はゴブリンの死体があるし、何より薄気味悪い。早々に立ち去りたい。夜行性の危険なモンスターがいる可能性も考えると、無防備に野宿するのは自殺行為だろう。
第二に、水と食料の確保。幸い、遺跡の近くに水たまりがあったが、あれが常に飲めるとは限らない。安定した水源を見つけ、食料を調達する方法を確立する必要がある。
第三に、周囲の状況把握。ここは一体どんな場所なのか? どんなモンスターが生息しているのか? そして、人里はそもそもあるのか?あったとして、どこにあるのか?情報を集めなければならない。
(優先順位としては、まず寝床だな。日が暮れる前に、少しでも安全な場所を見つけたい)
俺は遺跡に背を向け、森の中へと足を踏み出した。むせ返るような緑の匂いと、湿った土の感触。どこまでも続くかのような巨大な樹木。まさに未開の森、といった様相だ。
俺は周囲の気配を探りながら、寝床に適した場所を探して歩き始めた。条件としては、雨風をしのげて、外敵から身を守りやすく、できればモンスターの気配が薄い場所。
しばらく森の中を彷徨う。巨大な木の根元、岩陰、小さな窪地などをチェックしていくが、なかなか「ここだ」と思える場所は見つからない。どこも開けっ広げだったり、逆にジメジメしすぎていたり。
(前世でキャンプの経験でもあれば、もっとマシだったんだろうが……生憎、インドア派のサラリーマンだったからな)
それでも、これまでの人生経験で培った観察眼(というほど大したものでもないが)と、わずかな知識を総動員する。風向き、日当たり、地面の状態、周囲の植生。サバイバル番組で見たような知識の断片を繋ぎ合わせ、少しでもマシな場所を探す。
日が傾き始め、森が薄暗くなってきた頃、ようやく手頃な場所を見つけた。それは、少し小高くなった丘の中腹にある、浅い岩窟だった。入り口は狭いが、中は大人が数人横になれるくらいのスペースがある。奥は行き止まりになっており、背後を襲われる心配はない。
「よし、今日はここにしよう」
俺は岩窟の中に入り、まずは床を掃除した。小石や木の枝を取り除き、近くから集めてきた枯れ葉を厚めに敷き詰める。これで少しは地面からの冷気を遮断できるだろう。簡素だが、無いよりは遥かにマシな寝床が完成した。
次は火の確保だ。夜の森は冷えるだろうし、明かりにもなる。それに、もしもの時の武器にも……なるか?
そこで俺は、乾いた小枝や落ち葉をかき集め、小さな山を作った。火をおこすには、摩擦熱だ。彼は周囲を見渡し、適度な硬さの木と、それを擦り合わせるための細い棒を探した。
やがて見つけた堅い木の板に、細い棒の先端を押し当て、両手で挟んで回転させ始めた。ゴシゴシと木が擦れる音が、静かな森に響く。最初はゆっくりと、やがて呼吸に合わせて速度を上げていく。腕が痛み、肩が悲鳴を上げる。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
額には汗が滲み、呼吸は乱れる。それでも棒を回し続けた。やがて、摩擦点から焦げ臭い匂いが立ち上り、微かな煙が視認できるようになった。
「もう少しだ……!」
希望の兆しにさらに力を込める。煙は次第に濃くなり、ついには小さな赤い火種が生まれた。彼は慌てず、用意しておいた麻くずや乾いた葉を火種にそっとかぶせる。そして、ゆっくりと息を吹き込んだ。
フゥ……、フゥ……。
肺活量の全てを使い、酸素を送り込む。すると、小さな火種はみるみるうちに勢いを増し、パチパチと音を立てながら燃え上がった。
赤々と燃える炎が、周囲の闇を照らす。その温かさに、カイトは安堵の息を漏らした。魔法に頼らず、己の力で得た炎は、何よりも尊く、そして頼もしく感じられた。
「おお……!」
火をおこせたことに、改めて感動する。俺は岩窟の入り口近くに、枯れ枝や枯れ葉を集めて焚き火の準備をした。パチパチと音を立てて燃え上がる炎は、物理的な暖かさだけでなく、心にもわずかな安らぎを与えてくれた。
さて、次は水と食料だ。幸い、寝床を探している途中で、綺麗な水の流れる小川を見つけていた。水筒代わりになるものはないかと探してみると、都合よく大きめの葉っぱ(水を弾きそうな、ロウ質のもの)があったので、それを丸めて簡易的な器を作り、何度か往復して岩窟まで水を運んだ。煮沸消毒した方が安全だろうが、今はそこまでする余裕はない。祈るような気持ちで一口飲む。冷たくて、少し土の匂いがしたが、十分に美味しく感じられた。
問題は食料だ。空腹はすでに限界に近い。森の中を歩き回りながら、食べられそうな木の実や草を探してはみたが、何しろ知識がない。見た目が美味そうでも、猛毒を持っている可能性だってある。下手に手を出すのは危険だ。
(となると、やはり狩り、か……)
ゴブリンは倒せたが、あれは例外だ。今の俺の身体能力で、素早く動き回る野生動物を捕まえるのは至難の業だろう。
(罠……だな)
前世で見たサバイバル知識を思い出す。木の枝と蔓のような植物を使って、簡単な輪罠をいくつか作り、小動物が通りそうな獣道に仕掛けてみることにした。上手くいく保証はないが、何もしないよりはマシだろう。
罠を仕掛け終え、岩窟に戻る頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。焚き火の炎だけが、暗闇の中で揺らめいている。
結局、今日の食料は確保できなかった。空腹が腹の底からじわりと訴えかけてくる。仕方なく、水を飲んで空腹を誤魔化す。
(初日からこれか……先が思いやられるな)
岩窟の奥、枯れ葉のベッドに横になる。硬い地面と、森のざわめき。慣れない環境に、なかなか寝付けない。孤独と不安が、暗闇と共に心を蝕んでくる。
(本当に、俺はこの世界でやっていけるのか……?)
35歳の精神年齢とはいえ、中身はただの平凡なサラリーマンだ。サバイバルのスキルもなければ、屈強な肉体もない。あるのは、中途半端な知識と、まだ使いこなせない謎の力だけ。
(……いや、弱音を吐いている場合じゃない)
俺は頭を振って、ネガティブな思考を追い払う。生き残ると決めたのだ。面白い人生を送ると決めたのだ。そのためには、まず今日を、明日を、生き延びなければならない。考えろ。工夫しろ。諦めなければ、道は開ける。
俺は焚き火の炎を見つめながら、思考を巡らせた。罠の改良、食料になりそうな植物の見分け方、安全な行動範囲の拡大……。やるべきことは無限にある。
いつの間にか、空腹と疲労が睡魔へと変わり、俺の意識は深い眠りへと落ちていった。
◇◇◇
翌朝、鳥の声で目を覚ました俺は、まず罠を確認しに向かった。期待はしていなかったが、なんと、仕掛けた輪罠の一つに、ウサギのような灰色の毛皮を持つ小動物がかかっていた。
「よしっ!」
思わずガッツポーズが出る。初めての獲物だ。しかし、喜びも束の間、まだ息のある獲物をどう仕留めるか、という現実的な問題に直面する。多少の罪悪感と躊躇いを覚えつつも、生きるためには仕方ないと割り切り、近くにあった手頃な石で……なんとか処理した。前世では考えられない行為だが、これも異世界サバイバルだ。
岩窟に戻り、獲物の解体に取り掛かる。もちろん、やったことなどない。ナイフもないので、鋭利な石を探してきて、見様見真似で皮を剥ぎ、内臓を取り出す。当然、上手くいくはずもなく、肉はボロボロ、あたりは血と臓物で酷い有様になった。
(うへぇ……これはキツイな……)
それでも、貴重な食料だ。捨てるわけにはいかない。火魔法で起こした焚き火に、木の枝に刺した肉をかざして焼いていく。塩も胡椒も、もちろんない。ただ焼くだけ。
やがて肉が焼け、香ばしい……とは言い難い、生臭さと焦げ臭さが混じった匂いが漂ってきた。見た目も黒焦げの部分と、まだ赤みが残る部分が混在している。
(……まあ、食えないことはない、だろ)
覚悟を決めて、かぶりつく。
「……っ!?」
硬い。筋っぽい。そして、猛烈に生臭い。焦げた部分は苦く、火の通りが甘い部分は妙に生々しい。味付けがないので、ただただ肉本来の(あまり美味しくない)味が口の中に広がる。
(まずい……! これは想像以上に酷い……!)
前世で食べていた、あらゆる食事が恋しくなる。コンビニの弁当ですら、今は神の食べ物に思えるだろう。
それでも、俺は必死に肉を咀嚼し、飲み込んだ。生きるためには、食べなければならない。贅沢は言っていられないのだ。
不味い肉をなんとか腹に収め、強烈な徒労感に襲われる。食事がこれほど苦痛だとは。
数日間、そんな生活が続いた。罠にかかる獲物は、毎日とはいかないまでも、数日に一度は何かしら捕まった。ウサギもどきだけでなく、大きなネズミのような生き物や、見たこともない鳥など。どれもこれも、ただ焼いただけでは絶望的に不味かった。
時には、勇気を出して木の実や草を口にしてみた。前世の知識で「これは食べられそうだ」と思ったものを選んだつもりだったが、結果は散々だった。強烈な苦味や渋みに顔を歪め、腹を下したり、舌が痺れたり。
(サバイバル、舐めてた……)
まさに身をもって、食料確保の難しさと、知識の重要性を痛感した。
◇◇◇
不味い食事にも、少しずつだが慣れてきた(というより、感覚が麻痺してきたのかもしれないが)。相変わらず美味しくはないが、「生きるための燃料」と割り切って腹に入れることができるようになった。
サバイバル生活は、食料確保だけではない。寝床の改良も進めた。岩窟の入り口に、木の枝や葉で簡単な風よけを作り、焚き火の熱が逃げにくいように工夫した。夜の冷え込みが、少しだけ和らいだ気がする。
遺跡周辺の探索も、少しずつ範囲を広げている。危険なモンスターのテリトリーを避けながら、地理の把握に努める。森はどこまでも深く、似たような景色が続くため、迷わないように木の幹に印をつけたり、特徴的な地形を目印にしたりと、慎重に進めている。
今のところ、人里に繋がるような道や、人工的な痕跡は見つかっていない。この森がどれほど広大なのか、見当もつかない。
(焦っても仕方ない。今は地道に、できることをやるだけだ)
サバイバル生活は、決して楽ではない。不味い食事、硬い寝床、常に付きまとう孤独と不安。だが、不思議と絶望感はなかった。前世の灰色だった日常に比べれば、毎日が生きるか死ぬかの連続であるこの状況は、ある意味で「彩り」に満ちているとも言える。今は耐え、学び、力を蓄える時だ。
焚き火の炎がパチパチと音を立てる。岩窟の外からは、夜の森の様々な音が聞こえてくる。獣の遠吠え、虫の声、風が木々を揺らす音。俺は不味いが貴重な焼き肉の残りを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。明日もまた、厳しい一日が始まるだろう。だが、今はただ、この簡素な寝床で体を休めよう。
(必ず、この森を抜けてやる……)
静かな決意を胸に、俺は再び眠りについた。右手の手の甲の紋様が、焚き火の光を受けて、一瞬だけ赤く輝いたような気がした。
(……生き延びた)
ゴブリン二匹に襲われ、絶体絶命かと思ったが、結果として俺は生き残り、奴らを返り討ちにした。不幸中の幸い、状況自体を考えれば、望外の結果と言えるのかもしれない。
だが、安堵ばかりもしていられない。ゴブリンを倒せたのは、あの遺跡の中で謎の宝珠に触れたおかげだ。あの時、右手の紋様が熱を帯び、体が勝手に動き、拳からは炎が出た。明らかに異常な力。
(あの力は、一体何だったんだ? そして、今も使えるのか?)
それが一番の問題だ。あの力が常時使えるなら、この先生きのこるのも多少は楽になるだろう。俺は意識を集中し、ゴブリンに炎を放った時の感覚を思い出そうとした。
「……ん?」
しかし、何も起こらない。右手の紋様は静かなままだし、拳が炎を帯びる気配もない。身体能力も、ゴブリンを殴り飛ばした時のような、超人的な感覚は失われていた。
(ダメか……。あの力は、常に使えるわけじゃないのか?)
あの時の力は、爆発的なものだった。……もしかしたら、あの右手の手の甲の紋様。あの紋様が熱を帯びた時に、力が発動したような気がする。
(感情の高ぶり……か。確かに、あの時はゴブリンに追い詰められて、死ぬかもしれないという恐怖と焦りがあった。それが引き金になった?)
だとしたら、あの規格外のパワーは、そう簡単には使えない切り札のようなもの、と考えるべきだろう。普段の俺は、18歳程度の少年、ということだ。
この世界の18歳がどの程度の強さなのかは不明だが、ゴブリンを素手で殴り殺せるほどの力ではないだろう。通常時は、あくまで知恵で立ち回る必要がある。
「さて、と……」
俺は気を取り直し、今後の行動計画を立てることにした。まずは生き残ること。そのための具体的な課題は山積みだ。
第一に、安全な寝床の確保。この遺跡はゴブリンの死体があるし、何より薄気味悪い。早々に立ち去りたい。夜行性の危険なモンスターがいる可能性も考えると、無防備に野宿するのは自殺行為だろう。
第二に、水と食料の確保。幸い、遺跡の近くに水たまりがあったが、あれが常に飲めるとは限らない。安定した水源を見つけ、食料を調達する方法を確立する必要がある。
第三に、周囲の状況把握。ここは一体どんな場所なのか? どんなモンスターが生息しているのか? そして、人里はそもそもあるのか?あったとして、どこにあるのか?情報を集めなければならない。
(優先順位としては、まず寝床だな。日が暮れる前に、少しでも安全な場所を見つけたい)
俺は遺跡に背を向け、森の中へと足を踏み出した。むせ返るような緑の匂いと、湿った土の感触。どこまでも続くかのような巨大な樹木。まさに未開の森、といった様相だ。
俺は周囲の気配を探りながら、寝床に適した場所を探して歩き始めた。条件としては、雨風をしのげて、外敵から身を守りやすく、できればモンスターの気配が薄い場所。
しばらく森の中を彷徨う。巨大な木の根元、岩陰、小さな窪地などをチェックしていくが、なかなか「ここだ」と思える場所は見つからない。どこも開けっ広げだったり、逆にジメジメしすぎていたり。
(前世でキャンプの経験でもあれば、もっとマシだったんだろうが……生憎、インドア派のサラリーマンだったからな)
それでも、これまでの人生経験で培った観察眼(というほど大したものでもないが)と、わずかな知識を総動員する。風向き、日当たり、地面の状態、周囲の植生。サバイバル番組で見たような知識の断片を繋ぎ合わせ、少しでもマシな場所を探す。
日が傾き始め、森が薄暗くなってきた頃、ようやく手頃な場所を見つけた。それは、少し小高くなった丘の中腹にある、浅い岩窟だった。入り口は狭いが、中は大人が数人横になれるくらいのスペースがある。奥は行き止まりになっており、背後を襲われる心配はない。
「よし、今日はここにしよう」
俺は岩窟の中に入り、まずは床を掃除した。小石や木の枝を取り除き、近くから集めてきた枯れ葉を厚めに敷き詰める。これで少しは地面からの冷気を遮断できるだろう。簡素だが、無いよりは遥かにマシな寝床が完成した。
次は火の確保だ。夜の森は冷えるだろうし、明かりにもなる。それに、もしもの時の武器にも……なるか?
そこで俺は、乾いた小枝や落ち葉をかき集め、小さな山を作った。火をおこすには、摩擦熱だ。彼は周囲を見渡し、適度な硬さの木と、それを擦り合わせるための細い棒を探した。
やがて見つけた堅い木の板に、細い棒の先端を押し当て、両手で挟んで回転させ始めた。ゴシゴシと木が擦れる音が、静かな森に響く。最初はゆっくりと、やがて呼吸に合わせて速度を上げていく。腕が痛み、肩が悲鳴を上げる。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
額には汗が滲み、呼吸は乱れる。それでも棒を回し続けた。やがて、摩擦点から焦げ臭い匂いが立ち上り、微かな煙が視認できるようになった。
「もう少しだ……!」
希望の兆しにさらに力を込める。煙は次第に濃くなり、ついには小さな赤い火種が生まれた。彼は慌てず、用意しておいた麻くずや乾いた葉を火種にそっとかぶせる。そして、ゆっくりと息を吹き込んだ。
フゥ……、フゥ……。
肺活量の全てを使い、酸素を送り込む。すると、小さな火種はみるみるうちに勢いを増し、パチパチと音を立てながら燃え上がった。
赤々と燃える炎が、周囲の闇を照らす。その温かさに、カイトは安堵の息を漏らした。魔法に頼らず、己の力で得た炎は、何よりも尊く、そして頼もしく感じられた。
「おお……!」
火をおこせたことに、改めて感動する。俺は岩窟の入り口近くに、枯れ枝や枯れ葉を集めて焚き火の準備をした。パチパチと音を立てて燃え上がる炎は、物理的な暖かさだけでなく、心にもわずかな安らぎを与えてくれた。
さて、次は水と食料だ。幸い、寝床を探している途中で、綺麗な水の流れる小川を見つけていた。水筒代わりになるものはないかと探してみると、都合よく大きめの葉っぱ(水を弾きそうな、ロウ質のもの)があったので、それを丸めて簡易的な器を作り、何度か往復して岩窟まで水を運んだ。煮沸消毒した方が安全だろうが、今はそこまでする余裕はない。祈るような気持ちで一口飲む。冷たくて、少し土の匂いがしたが、十分に美味しく感じられた。
問題は食料だ。空腹はすでに限界に近い。森の中を歩き回りながら、食べられそうな木の実や草を探してはみたが、何しろ知識がない。見た目が美味そうでも、猛毒を持っている可能性だってある。下手に手を出すのは危険だ。
(となると、やはり狩り、か……)
ゴブリンは倒せたが、あれは例外だ。今の俺の身体能力で、素早く動き回る野生動物を捕まえるのは至難の業だろう。
(罠……だな)
前世で見たサバイバル知識を思い出す。木の枝と蔓のような植物を使って、簡単な輪罠をいくつか作り、小動物が通りそうな獣道に仕掛けてみることにした。上手くいく保証はないが、何もしないよりはマシだろう。
罠を仕掛け終え、岩窟に戻る頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。焚き火の炎だけが、暗闇の中で揺らめいている。
結局、今日の食料は確保できなかった。空腹が腹の底からじわりと訴えかけてくる。仕方なく、水を飲んで空腹を誤魔化す。
(初日からこれか……先が思いやられるな)
岩窟の奥、枯れ葉のベッドに横になる。硬い地面と、森のざわめき。慣れない環境に、なかなか寝付けない。孤独と不安が、暗闇と共に心を蝕んでくる。
(本当に、俺はこの世界でやっていけるのか……?)
35歳の精神年齢とはいえ、中身はただの平凡なサラリーマンだ。サバイバルのスキルもなければ、屈強な肉体もない。あるのは、中途半端な知識と、まだ使いこなせない謎の力だけ。
(……いや、弱音を吐いている場合じゃない)
俺は頭を振って、ネガティブな思考を追い払う。生き残ると決めたのだ。面白い人生を送ると決めたのだ。そのためには、まず今日を、明日を、生き延びなければならない。考えろ。工夫しろ。諦めなければ、道は開ける。
俺は焚き火の炎を見つめながら、思考を巡らせた。罠の改良、食料になりそうな植物の見分け方、安全な行動範囲の拡大……。やるべきことは無限にある。
いつの間にか、空腹と疲労が睡魔へと変わり、俺の意識は深い眠りへと落ちていった。
◇◇◇
翌朝、鳥の声で目を覚ました俺は、まず罠を確認しに向かった。期待はしていなかったが、なんと、仕掛けた輪罠の一つに、ウサギのような灰色の毛皮を持つ小動物がかかっていた。
「よしっ!」
思わずガッツポーズが出る。初めての獲物だ。しかし、喜びも束の間、まだ息のある獲物をどう仕留めるか、という現実的な問題に直面する。多少の罪悪感と躊躇いを覚えつつも、生きるためには仕方ないと割り切り、近くにあった手頃な石で……なんとか処理した。前世では考えられない行為だが、これも異世界サバイバルだ。
岩窟に戻り、獲物の解体に取り掛かる。もちろん、やったことなどない。ナイフもないので、鋭利な石を探してきて、見様見真似で皮を剥ぎ、内臓を取り出す。当然、上手くいくはずもなく、肉はボロボロ、あたりは血と臓物で酷い有様になった。
(うへぇ……これはキツイな……)
それでも、貴重な食料だ。捨てるわけにはいかない。火魔法で起こした焚き火に、木の枝に刺した肉をかざして焼いていく。塩も胡椒も、もちろんない。ただ焼くだけ。
やがて肉が焼け、香ばしい……とは言い難い、生臭さと焦げ臭さが混じった匂いが漂ってきた。見た目も黒焦げの部分と、まだ赤みが残る部分が混在している。
(……まあ、食えないことはない、だろ)
覚悟を決めて、かぶりつく。
「……っ!?」
硬い。筋っぽい。そして、猛烈に生臭い。焦げた部分は苦く、火の通りが甘い部分は妙に生々しい。味付けがないので、ただただ肉本来の(あまり美味しくない)味が口の中に広がる。
(まずい……! これは想像以上に酷い……!)
前世で食べていた、あらゆる食事が恋しくなる。コンビニの弁当ですら、今は神の食べ物に思えるだろう。
それでも、俺は必死に肉を咀嚼し、飲み込んだ。生きるためには、食べなければならない。贅沢は言っていられないのだ。
不味い肉をなんとか腹に収め、強烈な徒労感に襲われる。食事がこれほど苦痛だとは。
数日間、そんな生活が続いた。罠にかかる獲物は、毎日とはいかないまでも、数日に一度は何かしら捕まった。ウサギもどきだけでなく、大きなネズミのような生き物や、見たこともない鳥など。どれもこれも、ただ焼いただけでは絶望的に不味かった。
時には、勇気を出して木の実や草を口にしてみた。前世の知識で「これは食べられそうだ」と思ったものを選んだつもりだったが、結果は散々だった。強烈な苦味や渋みに顔を歪め、腹を下したり、舌が痺れたり。
(サバイバル、舐めてた……)
まさに身をもって、食料確保の難しさと、知識の重要性を痛感した。
◇◇◇
不味い食事にも、少しずつだが慣れてきた(というより、感覚が麻痺してきたのかもしれないが)。相変わらず美味しくはないが、「生きるための燃料」と割り切って腹に入れることができるようになった。
サバイバル生活は、食料確保だけではない。寝床の改良も進めた。岩窟の入り口に、木の枝や葉で簡単な風よけを作り、焚き火の熱が逃げにくいように工夫した。夜の冷え込みが、少しだけ和らいだ気がする。
遺跡周辺の探索も、少しずつ範囲を広げている。危険なモンスターのテリトリーを避けながら、地理の把握に努める。森はどこまでも深く、似たような景色が続くため、迷わないように木の幹に印をつけたり、特徴的な地形を目印にしたりと、慎重に進めている。
今のところ、人里に繋がるような道や、人工的な痕跡は見つかっていない。この森がどれほど広大なのか、見当もつかない。
(焦っても仕方ない。今は地道に、できることをやるだけだ)
サバイバル生活は、決して楽ではない。不味い食事、硬い寝床、常に付きまとう孤独と不安。だが、不思議と絶望感はなかった。前世の灰色だった日常に比べれば、毎日が生きるか死ぬかの連続であるこの状況は、ある意味で「彩り」に満ちているとも言える。今は耐え、学び、力を蓄える時だ。
焚き火の炎がパチパチと音を立てる。岩窟の外からは、夜の森の様々な音が聞こえてくる。獣の遠吠え、虫の声、風が木々を揺らす音。俺は不味いが貴重な焼き肉の残りを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。明日もまた、厳しい一日が始まるだろう。だが、今はただ、この簡素な寝床で体を休めよう。
(必ず、この森を抜けてやる……)
静かな決意を胸に、俺は再び眠りについた。右手の手の甲の紋様が、焚き火の光を受けて、一瞬だけ赤く輝いたような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
テンプレ最強勇者に転生したら魔女が妻になった
紡識かなめ
ファンタジー
七つの大陸、それぞれを支配する“七大魔女”──
魔力あふれる世界《アルセ=セフィリア》は、魔女たちによる統治と恐怖に覆われていた。
だが、その支配に終止符を打つべく、一人の男が立ち上がる。
名はルーク・アルヴェイン。伝説の勇者の血を引く名家の出身でありながら、前世はただの社畜。
高い魔力と最強の肉体、そして“魔女の核を斬ることのできる唯一の剣”を手に、彼は世界を平和にするという使命にすべてを捧げていた。
──しかし、最初に討伐した《闇の魔女・ミレイア》はこう言った。
「あなたの妻になります。魔女の掟ですから」
倒された魔女は魔力を失い、ただの美少女に。
しかもそのまま押しかけ同居!? 正妻宣言!? 風呂場に侵入!?
さらには王女や別の魔女まで現れて、なぜか勇者をめぐる恋のバトルロイヤルが始まってしまう!
異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~
於田縫紀
ファンタジー
図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。
その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる