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1章:始原の森の龍覚者と陽だまりの少女 〜開拓と予兆の始まり〜
第21話:春風と共に
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長く厳しい冬が、ようやく終わりを告げた。森を覆っていた厚い雪は陽光に溶け出し、凍てついていた大地からは柔らかな緑の草が顔を覗かせ、木々は新たな葉を芽吹かせ始めている。エルム村にも、生命の息吹に満ちた穏やかな春の風が吹き抜けていた。
村は、冬の間に蓄えた力で、さらなる発展への歩みを進めようとしていた。温室で育った野菜は村人たちの食卓を支え続け、魔道具工房ではレンとティアーナ、ゴードンさんによる研究開発が着実に成果を上げつつあった。
自警団の訓練も再開され、カイルやボルグの指導の下、若者たちは以前にも増してたくましくなっている。そして何より、人間とエルフ、異なる種族が互いを理解し、協力し合う姿が、村の日常風景となっていた。
しかし、この穏やかな日常の裏で、俺たちは春の訪れと共に実行すべき、重要な任務への準備を終えていた。それは、ティアーナの故郷、強化ウルフとローブの魔術師によって滅ぼされたエルフの隠れ里――「シルヴァンの郷」への調査だ。
「準備は、できたな」
出発の朝。俺は、エルム村の門の前に集まった仲間たちの顔を見回した。
副隊長として俺を支え、パーティーの屈強な前衛となるカイル。
彼の左手甲には、俺と同じ龍の紋章が淡く輝いている。その表情には、危険な任務へ向かう緊張感と共に、仲間を守り抜こうという強い決意が滲んでいた。
俺の補佐役であり、回復と支援を担当するアリシア。彼女もまた、左手甲に紋章を持つ。心配そうな表情を浮かべながらも、その緑の瞳の奥には、困難に立ち向かう勇気が宿っている。冬の間に光魔法の腕もさらに上げ、今やパーティーに欠かせない存在だ。
そして、銀色の髪を風に揺らし、静かに佇むエルフの少女、ティアーナ・シルヴァリエ。彼女の腰には愛用の短剣と、様々な素材が詰め込まれた道具袋。深い青色の瞳には、故郷への想い、家族や同胞を奪った者たちへの復讐心、そして、このエルム村で得た新たな希望と仲間への信頼…様々な感情が複雑に揺らめいていた。彼女が冬の間に開発・改良してくれた魔道具の数々は、今回の調査行の成否を左右する重要な鍵となるだろう。
俺たち四人。それが、今回の調査隊のメンバーだ。少数精鋭だが、今の俺たちなら、森の奥深くに潜む脅威にも立ち向かえるはずだ。
「レン隊長、カイル、アリシア、ティアーナ殿。くれぐれも気をつけてな」
見送りに来てくれたドルガン村長が、力強く俺たちの肩を叩いた。
「村のことは我々に任せよ。皆、君たちの無事を祈っておるぞ」
「はい。必ず、真実を突き止めて戻ってきます」
俺は頷き、村長と固い握手を交わす。
エマ婆さん、ゴードンさん、ヘクターさん、ボルグ、ミーナさん、そして他の村人たち、エルフの同胞たち……皆が、心配と激励の言葉をかけてくれる。
「ティアーナ様、どうかご無事で…!」
「私たちの分まで、郷の様子を見てきてください…!」
エルフの仲間たちの切実な声に、ティアーナは力強く頷いた。
「ええ、必ず。」
俺たちは、皆の温かい声援を背に受け、エルム村の門を後にした。目指すは、始原の森の奥深く、謎と悲劇が眠るエルフの故郷「シルヴァンの郷」。
春の柔らかな日差しの中、俺たちの新たな冒険が、今、始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
森は、春の訪れと共にその表情を一変させていた。雪解け水が小川となって流れ、木々は鮮やかな緑の葉を茂らせ、色とりどりの花々が咲き誇る。鳥たちのさえずりが響き渡り、森全体が生命の喜びに満ち溢れているかのようだ。
しかし、その美しさとは裏腹に、森の奥深くへ進むにつれて、空気は次第に重くなり、魔力の流れも淀んでいくのを感じる。時折すれ違う魔物たちも、村周辺のものとは比較にならないほど強力で、凶暴性を増しているようだった。
俺たちは、ティアーナが冬の間に記憶を頼りに描き上げた詳細な地図と、俺のマッピングを頼りに、慎重に歩を進めていた。ルートは、比較的安全とされる尾根沿いを選んだが、それでも道は険しく、時にはカイルの力や俺の魔法で障害物を除去しなければならない場面もあった。
「しかし、本当にこの先にエルフの郷があったのか? こんな森の奥深くに……」
険しい岩場を越えながら、カイルが息を切らして言った。
「ええ。シルヴァンの郷は、森の精霊たちの加護を受け、外部の者には見つかりにくいように隠されていましたから。だからこそ、あの魔術師がどうやって郷の場所を突き止めたのか……それも謎の一つです」
ティアーナが、少し険しい表情で答える。彼女にとって、この道は故郷へ続く道であると同時に、悪夢へと続く道でもあるのだ。
「無理しないでね、ティアーナさん」
アリシアが、そっと彼女の背中をさする。
「大丈夫です、アリシアさん。ありがとうございます」
ティアーナは気丈に微笑むが、その瞳の奥には深い悲しみが宿っている。
俺は、そんな彼女たちの様子を見守りながら、常に魔力感知を展開し、周囲の警戒を怠らなかった。この感覚は、冬の間の訓練でさらに鋭敏になっており、数十メートル先の微細な魔力の動きや、隠れた敵の気配さえも捉えることができるようになっていた。
(この森のマナ……やはり、どこか歪んでいる。ジェネラルを倒したはずだが、根本的な原因は取り除かれていないのかもしれない。)
多くの謎が、俺の頭の中を駆け巡る。今回の調査で、その全てが明らかになるとは思わない。だが、何か一つでも、真実に繋がる手がかりを掴まなければならない。それが、この村を守り、そしてティアーナの悲願を…いや、俺たち自身の未来を切り拓くために必要なことなのだから。
「なあ、レン」
不意にカイルが話しかけてきた。
「ティアーナが冬の間に作ってた、あの魔道具……本当に役に立つのか?」
「ああ、もちろんだ。これは【遠話の魔石】。離れた場所にいる者同士で会話ができる。村との定期連絡に使う」
俺は腰につけた、対になった小さな水晶のような魔道具を示す。
「そして、こっちは探知結晶。敵の気配や罠、隠された通路なんかを探知できるらしい。ティアーナの傑作だ」
「へえー、便利そうだな! 俺にも何か作ってくれよ、ティアーナ!」
「単純で頑丈なものなら、考えてみましょうか?」
ティアーナが少し悪戯っぽく笑う。
「おい、どういう意味だ!」
「ふふ、お兄ちゃんったら」
そんな軽口を叩き合えるくらいには、俺たちの関係も、そしてティアーナ自身の心境も、変化してきているのだろう。それは、この厳しい旅の中での、ささやかな救いだった。
◇ ◇ ◇
道中、俺たちは何度か魔物との戦闘を経験した。森の奥に進むにつれて、遭遇する魔物のレベルも確実に上がっている。レベル15を超えるような大型のフォレストベアや、毒を持つ巨大な蜘蛛、そして……
「グルルル……!」
鋭い牙を剥き出し、涎を垂らしながら現れたのは、やはりウルフ系の魔物だった。しかし、以前村を襲ったような、異様な強化や統率は見られない。おそらく、野生の個体だろう。それでも、その数は五匹。油断はできない相手だ。
「来たか! フォーメーションB!」
俺の指示に、三人が即座に反応する。
「おう!」
カイルが盾を構えて前に出て、狼たちの注意を引きつける。
「挑発!」
「ウォーターバインド!」
ティアーナが水の魔法で一体の動きを封じる。エルフらしい流麗な魔力操作だ。
「そこっ!」
アリシアが弓を引き絞り、別の狼の目を正確に射抜く!
残る三匹がカイルに襲いかかる!
「させん!」
俺は【魔鉄の剣】を抜き、無詠唱で【火魔法】を発動!
「フレイムダンス!」
剣の軌跡に合わせて炎が舞い、狼たちを牽制する。カイルはその隙に、剣と盾で着実にダメージを与えていく。共鳴者としての彼の防御力とパワーは、並の魔物の攻撃など寄せ付けない。
俺は魔力を込めた剣を突き出し、ティアーナが動きを封じている狼の喉を正確に貫いた。
アリシアが負傷したカイルをハイヒールで回復させ、ティアーナが水の魔法で残りの狼の動きを鈍らせ、カイルと俺が止めを刺す。
戦闘は、ものの数分で終わった。以前なら苦戦したであろう相手にも、今の俺たち四人の連携なら、危なげなく勝利できる。冬の間の訓練の成果は、着実に表れていた。
「ふぅ、楽勝だったな!」
カイルが汗を拭う。
「うん、みんな強くなったね!」
アリシアも笑顔だ。
「……皆さんの連携、素晴らしいです。私の故郷の戦士たちにも、見習わせたかった……」
ティアーナが、少し寂しげに呟いた。
彼女の心には、まだ深い傷が残っている。俺たちは、その傷に少しでも寄り添えればと思いながら、旅を続けた。
◇◇◇
数日間の旅の後、俺たちはついに、ティアーナの故郷「シルヴァンの郷」があったとされるエリアに近づいていた。森の様相が変わり、古い遺跡のような石柱や、苔むした祭壇のようなものが散見されるようになる。マナの流れも、以前よりも濃密で、しかしどこか不安定な感じがする。
「……この辺りです」
ティアーナが、足を止めた。
「この丘を越えれば、郷が見えるはず……」
彼女の声は震え、表情は硬い。無理もない。これから目の当たりにするのは、彼女の記憶にある美しい故郷ではなく、惨劇の跡なのだから。
「ティアーナ、無理しなくていい。俺たちがいる」
俺は、そっと彼女の肩に手を置いた。
「……はい。ありがとうございます、レンさん」
彼女は小さく頷き、決意を込めた表情で丘へと歩き出す。俺たち三人も、黙ってその後に続いた。
丘の頂上に立ち、眼下に広がる光景を見た瞬間、俺たちは言葉を失った。
そこにあるはずだった、大樹の上に築かれた美しいエルフの里は、影も形もなかった。代わりに広がっていたのは、焼き払われ、破壊され尽くした、広大な廃墟だった。巨大な樹々は無残にへし折られ、黒く炭化している。家々があった場所は、瓦礫の山と化し、そこかしこに戦闘の痕跡――武器の破片、血痕、そして……骨が散乱している。
そして、その廃墟全体を、禍々しい、淀んだマナが覆っていた。まるで、土地そのものが嘆き悲しんでいるかのように。
「あ……あぁ……」
ティアーナは、その光景を目の当たりにし、膝から崩れ落ちた。その青い瞳からは、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出す。
「父様……母様……皆……!」
彼女の悲痛な叫びが、静まり返った廃墟に響き渡る。アリシアが駆け寄り、彼女の体をそっと抱きしめる。カイルも、拳を強く握りしめ、唇を噛み締めている。
俺も、言葉が出なかった。これが、ローブの魔術師と、彼が操る強化ウルフがもたらした現実。あまりにも惨い。怒りが、腹の底から込み上げてくる。
(許せない……!)
だが、今は怒りに身を任せる時ではない。俺たちは、この惨劇の中から、真実への手がかりを見つけ出さなければならないのだ。
俺は、涙を流し続けるティアーナの肩に、もう一度優しく手を置いた。
「……辛いだろう。だが、今は前を向くんだ、ティアーナ。君の故郷で何が起こったのか、そして、君の仇が誰なのか……それを突き止めるために、俺たちはここに来たんだから」
俺の言葉に、ティアーナはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、深い悲しみと共に、再び復讐の炎が燃え上がっていた。
「……はい。必ず……!」
俺たちは、荒廃したエルフの郷――シルヴァンへと、静かに足を踏み入れた。ここから先、何が待ち受けているのか? 黒幕の手がかりは? そして、この地に眠るエルフの遺産とは?
俺たちの本格的な調査が、今、始まろうとしていた。
村は、冬の間に蓄えた力で、さらなる発展への歩みを進めようとしていた。温室で育った野菜は村人たちの食卓を支え続け、魔道具工房ではレンとティアーナ、ゴードンさんによる研究開発が着実に成果を上げつつあった。
自警団の訓練も再開され、カイルやボルグの指導の下、若者たちは以前にも増してたくましくなっている。そして何より、人間とエルフ、異なる種族が互いを理解し、協力し合う姿が、村の日常風景となっていた。
しかし、この穏やかな日常の裏で、俺たちは春の訪れと共に実行すべき、重要な任務への準備を終えていた。それは、ティアーナの故郷、強化ウルフとローブの魔術師によって滅ぼされたエルフの隠れ里――「シルヴァンの郷」への調査だ。
「準備は、できたな」
出発の朝。俺は、エルム村の門の前に集まった仲間たちの顔を見回した。
副隊長として俺を支え、パーティーの屈強な前衛となるカイル。
彼の左手甲には、俺と同じ龍の紋章が淡く輝いている。その表情には、危険な任務へ向かう緊張感と共に、仲間を守り抜こうという強い決意が滲んでいた。
俺の補佐役であり、回復と支援を担当するアリシア。彼女もまた、左手甲に紋章を持つ。心配そうな表情を浮かべながらも、その緑の瞳の奥には、困難に立ち向かう勇気が宿っている。冬の間に光魔法の腕もさらに上げ、今やパーティーに欠かせない存在だ。
そして、銀色の髪を風に揺らし、静かに佇むエルフの少女、ティアーナ・シルヴァリエ。彼女の腰には愛用の短剣と、様々な素材が詰め込まれた道具袋。深い青色の瞳には、故郷への想い、家族や同胞を奪った者たちへの復讐心、そして、このエルム村で得た新たな希望と仲間への信頼…様々な感情が複雑に揺らめいていた。彼女が冬の間に開発・改良してくれた魔道具の数々は、今回の調査行の成否を左右する重要な鍵となるだろう。
俺たち四人。それが、今回の調査隊のメンバーだ。少数精鋭だが、今の俺たちなら、森の奥深くに潜む脅威にも立ち向かえるはずだ。
「レン隊長、カイル、アリシア、ティアーナ殿。くれぐれも気をつけてな」
見送りに来てくれたドルガン村長が、力強く俺たちの肩を叩いた。
「村のことは我々に任せよ。皆、君たちの無事を祈っておるぞ」
「はい。必ず、真実を突き止めて戻ってきます」
俺は頷き、村長と固い握手を交わす。
エマ婆さん、ゴードンさん、ヘクターさん、ボルグ、ミーナさん、そして他の村人たち、エルフの同胞たち……皆が、心配と激励の言葉をかけてくれる。
「ティアーナ様、どうかご無事で…!」
「私たちの分まで、郷の様子を見てきてください…!」
エルフの仲間たちの切実な声に、ティアーナは力強く頷いた。
「ええ、必ず。」
俺たちは、皆の温かい声援を背に受け、エルム村の門を後にした。目指すは、始原の森の奥深く、謎と悲劇が眠るエルフの故郷「シルヴァンの郷」。
春の柔らかな日差しの中、俺たちの新たな冒険が、今、始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
森は、春の訪れと共にその表情を一変させていた。雪解け水が小川となって流れ、木々は鮮やかな緑の葉を茂らせ、色とりどりの花々が咲き誇る。鳥たちのさえずりが響き渡り、森全体が生命の喜びに満ち溢れているかのようだ。
しかし、その美しさとは裏腹に、森の奥深くへ進むにつれて、空気は次第に重くなり、魔力の流れも淀んでいくのを感じる。時折すれ違う魔物たちも、村周辺のものとは比較にならないほど強力で、凶暴性を増しているようだった。
俺たちは、ティアーナが冬の間に記憶を頼りに描き上げた詳細な地図と、俺のマッピングを頼りに、慎重に歩を進めていた。ルートは、比較的安全とされる尾根沿いを選んだが、それでも道は険しく、時にはカイルの力や俺の魔法で障害物を除去しなければならない場面もあった。
「しかし、本当にこの先にエルフの郷があったのか? こんな森の奥深くに……」
険しい岩場を越えながら、カイルが息を切らして言った。
「ええ。シルヴァンの郷は、森の精霊たちの加護を受け、外部の者には見つかりにくいように隠されていましたから。だからこそ、あの魔術師がどうやって郷の場所を突き止めたのか……それも謎の一つです」
ティアーナが、少し険しい表情で答える。彼女にとって、この道は故郷へ続く道であると同時に、悪夢へと続く道でもあるのだ。
「無理しないでね、ティアーナさん」
アリシアが、そっと彼女の背中をさする。
「大丈夫です、アリシアさん。ありがとうございます」
ティアーナは気丈に微笑むが、その瞳の奥には深い悲しみが宿っている。
俺は、そんな彼女たちの様子を見守りながら、常に魔力感知を展開し、周囲の警戒を怠らなかった。この感覚は、冬の間の訓練でさらに鋭敏になっており、数十メートル先の微細な魔力の動きや、隠れた敵の気配さえも捉えることができるようになっていた。
(この森のマナ……やはり、どこか歪んでいる。ジェネラルを倒したはずだが、根本的な原因は取り除かれていないのかもしれない。)
多くの謎が、俺の頭の中を駆け巡る。今回の調査で、その全てが明らかになるとは思わない。だが、何か一つでも、真実に繋がる手がかりを掴まなければならない。それが、この村を守り、そしてティアーナの悲願を…いや、俺たち自身の未来を切り拓くために必要なことなのだから。
「なあ、レン」
不意にカイルが話しかけてきた。
「ティアーナが冬の間に作ってた、あの魔道具……本当に役に立つのか?」
「ああ、もちろんだ。これは【遠話の魔石】。離れた場所にいる者同士で会話ができる。村との定期連絡に使う」
俺は腰につけた、対になった小さな水晶のような魔道具を示す。
「そして、こっちは探知結晶。敵の気配や罠、隠された通路なんかを探知できるらしい。ティアーナの傑作だ」
「へえー、便利そうだな! 俺にも何か作ってくれよ、ティアーナ!」
「単純で頑丈なものなら、考えてみましょうか?」
ティアーナが少し悪戯っぽく笑う。
「おい、どういう意味だ!」
「ふふ、お兄ちゃんったら」
そんな軽口を叩き合えるくらいには、俺たちの関係も、そしてティアーナ自身の心境も、変化してきているのだろう。それは、この厳しい旅の中での、ささやかな救いだった。
◇ ◇ ◇
道中、俺たちは何度か魔物との戦闘を経験した。森の奥に進むにつれて、遭遇する魔物のレベルも確実に上がっている。レベル15を超えるような大型のフォレストベアや、毒を持つ巨大な蜘蛛、そして……
「グルルル……!」
鋭い牙を剥き出し、涎を垂らしながら現れたのは、やはりウルフ系の魔物だった。しかし、以前村を襲ったような、異様な強化や統率は見られない。おそらく、野生の個体だろう。それでも、その数は五匹。油断はできない相手だ。
「来たか! フォーメーションB!」
俺の指示に、三人が即座に反応する。
「おう!」
カイルが盾を構えて前に出て、狼たちの注意を引きつける。
「挑発!」
「ウォーターバインド!」
ティアーナが水の魔法で一体の動きを封じる。エルフらしい流麗な魔力操作だ。
「そこっ!」
アリシアが弓を引き絞り、別の狼の目を正確に射抜く!
残る三匹がカイルに襲いかかる!
「させん!」
俺は【魔鉄の剣】を抜き、無詠唱で【火魔法】を発動!
「フレイムダンス!」
剣の軌跡に合わせて炎が舞い、狼たちを牽制する。カイルはその隙に、剣と盾で着実にダメージを与えていく。共鳴者としての彼の防御力とパワーは、並の魔物の攻撃など寄せ付けない。
俺は魔力を込めた剣を突き出し、ティアーナが動きを封じている狼の喉を正確に貫いた。
アリシアが負傷したカイルをハイヒールで回復させ、ティアーナが水の魔法で残りの狼の動きを鈍らせ、カイルと俺が止めを刺す。
戦闘は、ものの数分で終わった。以前なら苦戦したであろう相手にも、今の俺たち四人の連携なら、危なげなく勝利できる。冬の間の訓練の成果は、着実に表れていた。
「ふぅ、楽勝だったな!」
カイルが汗を拭う。
「うん、みんな強くなったね!」
アリシアも笑顔だ。
「……皆さんの連携、素晴らしいです。私の故郷の戦士たちにも、見習わせたかった……」
ティアーナが、少し寂しげに呟いた。
彼女の心には、まだ深い傷が残っている。俺たちは、その傷に少しでも寄り添えればと思いながら、旅を続けた。
◇◇◇
数日間の旅の後、俺たちはついに、ティアーナの故郷「シルヴァンの郷」があったとされるエリアに近づいていた。森の様相が変わり、古い遺跡のような石柱や、苔むした祭壇のようなものが散見されるようになる。マナの流れも、以前よりも濃密で、しかしどこか不安定な感じがする。
「……この辺りです」
ティアーナが、足を止めた。
「この丘を越えれば、郷が見えるはず……」
彼女の声は震え、表情は硬い。無理もない。これから目の当たりにするのは、彼女の記憶にある美しい故郷ではなく、惨劇の跡なのだから。
「ティアーナ、無理しなくていい。俺たちがいる」
俺は、そっと彼女の肩に手を置いた。
「……はい。ありがとうございます、レンさん」
彼女は小さく頷き、決意を込めた表情で丘へと歩き出す。俺たち三人も、黙ってその後に続いた。
丘の頂上に立ち、眼下に広がる光景を見た瞬間、俺たちは言葉を失った。
そこにあるはずだった、大樹の上に築かれた美しいエルフの里は、影も形もなかった。代わりに広がっていたのは、焼き払われ、破壊され尽くした、広大な廃墟だった。巨大な樹々は無残にへし折られ、黒く炭化している。家々があった場所は、瓦礫の山と化し、そこかしこに戦闘の痕跡――武器の破片、血痕、そして……骨が散乱している。
そして、その廃墟全体を、禍々しい、淀んだマナが覆っていた。まるで、土地そのものが嘆き悲しんでいるかのように。
「あ……あぁ……」
ティアーナは、その光景を目の当たりにし、膝から崩れ落ちた。その青い瞳からは、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出す。
「父様……母様……皆……!」
彼女の悲痛な叫びが、静まり返った廃墟に響き渡る。アリシアが駆け寄り、彼女の体をそっと抱きしめる。カイルも、拳を強く握りしめ、唇を噛み締めている。
俺も、言葉が出なかった。これが、ローブの魔術師と、彼が操る強化ウルフがもたらした現実。あまりにも惨い。怒りが、腹の底から込み上げてくる。
(許せない……!)
だが、今は怒りに身を任せる時ではない。俺たちは、この惨劇の中から、真実への手がかりを見つけ出さなければならないのだ。
俺は、涙を流し続けるティアーナの肩に、もう一度優しく手を置いた。
「……辛いだろう。だが、今は前を向くんだ、ティアーナ。君の故郷で何が起こったのか、そして、君の仇が誰なのか……それを突き止めるために、俺たちはここに来たんだから」
俺の言葉に、ティアーナはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、深い悲しみと共に、再び復讐の炎が燃え上がっていた。
「……はい。必ず……!」
俺たちは、荒廃したエルフの郷――シルヴァンへと、静かに足を踏み入れた。ここから先、何が待ち受けているのか? 黒幕の手がかりは? そして、この地に眠るエルフの遺産とは?
俺たちの本格的な調査が、今、始まろうとしていた。
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