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再会

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 ソイニー師匠経由でエリナ姫からのメモ書きをもらった僕は、あの日、2年前、姫様と別れたドアの前に来ている。

 あの時の僕は、自分ではどうすることもできず、ただただ流されるだけの無力でひ弱だった。
 そんな僕が、大切な姫様の部屋の扉の前に、今、立っている。

 ——コンコン

 静かにドアをノックする。

 ——カチャ

 ドアがゆっくり開くと中から従者のニャジが出てきた。

「お待ちしておりました。アスカ様。本当にお元気そうでなによりです。
 少し体格も大きくなり逞しくなられましたね。
 ニャジは本当に嬉しいかぎりです」

 ニャジは目尻に涙を溜めながら、僕の姿に感慨深さを感じている。

「ニャジさんもお元気そうでよかったです!」
「あ、そうそう早くしないとですね。姫様が中でお待ちです。アスカ様、今ソイニー様が人除けの結界を貼ってくださっていますが、王宮内ですと結界が探知されバレるのも時間の問題です。そして、こうしてアスカ様と姫様が密会しているとなれば過去の二の舞になりかねません。ですので、10分です。10分で終えてくださいね」

 そういうとニャジはドアの外に出てから、手で「どうぞ」という仕草をする。

 ついに2年ぶりに姫様に会える。

 高揚感に満たさらながら部屋に入る。
 あまいかおりがする。
 そう、あのピンクのバラと同じ匂い。
 そして、それは同時に姫様の匂い。

「アスカ……」

 部屋の奥の方から声が聞こえる。
 姫様が窓の前に立っている。
 ワンピース型のドレスに身を包み、太ももからチラリと見えるガーターベルト、上半身は黒いミリタリーコートを羽織っている。
 そして、姫様は涙腺から溢れる涙を止められないでした。

「姫様……。益々美しくなられましたね……」

 僕は姫様と再会できた嬉しさから頭が真っ白になり続く言葉が出てこない。

 ——ツ

 姫様は無言で僕に駆け寄り、思いっきり抱きつく。

「おととと」

 僕は少しバランスを崩しながらもしっかりと姫様を受け止め、抱きしめる。

「会いたかったわ。とてもとても。あれから2年本当に長かったわ。
 色々大変なこともあったわよね。ごめんなさい。
 全く力になれず‥‥‥。本当はずっと側にいてアスカの力になりたかったわ。
 アスカ、もっと顔をしっかり見せて」

 姫様は手を僕の頬に添え、ゆっくりと僕と目を合わせる。
 本当に、なんと美しく育たれているのだろう。
 捻くれず、真っ直ぐに、正義感が強く、思いやりもある。
 この王国の女神様にでもなれるんじゃないかと思わされるほど、高貴な人にどんどんなっていく。

「僕も姫様と、ずっと、ずっと会いたかったです。
 今日みたいに姫様とまた再開する日を夢見ていました。
 僕は幸せ者です。こうして、姫様とまた会えたのですから」

 もう一度お互いに強く抱きしめ合う。
 あの日みたいに誰かに密告される危険性も少ない。
 だから、少しでも姫様の体温を感触を魂に刻み込みたくて‥‥‥。

 久々に会ったことから生じた高揚感が一段落としてから、姫様と僕はベッドに横並びに座った。
 お互いに手を握り合いながら。

「時間がないわね。10分だなんて短すぎるわ。後5分しかない」
「そうですね。姫様‥‥‥」
「あ、アスカは今日、中級魔導士認定試験を受けたのよね。
 ちょうど昨日ね、今回の受験者リストを偶然エマから見せてもらってね、そしたらアスカの名前があったから居ても立っても居られなくなって、見に行ったの。
 あの時、声をかけてくれたわよね。私嬉しくて胸がいっぱいになったの。
 アスカはちゃんと私のことを覚えていてくれたって。
 だけど、周りに人がいて、私とアスカが親しそうなところを見られるわけにはいかないから、ごめんなさい。無視してしまったわ」

 姫様は申し訳なさそうにしながら、少しばかり強く僕の手を握った。
 僕のために試験会場まできてくれて、僕のこともちゃんと気づいてくれていたんだ。
 嬉しい。

「姫様、僕は、姫様が僕のことを覚えていてくださっただけでも、本当にありがたいです」
「忘れるわけないじゃない。いつもアスカのことを想っていました。
 あそこを見てください」

 姫様は机の上をゆっくりと指さす。
 僕も姫様の腕から指先をたどり、机の方を見る。



 そこには、ピンクのバラが一輪花瓶に咲いている。


「……ピンクのバラ」

 僕はポツリと呟く。

「そう、アスカが私のためにくれたあのピンクのバラの魔道具はアスカに渡しちゃったから、従者に庭からいつも持ってきてもらってるの。
 このバラは、私の大切なアスカとの思い出でもあり、繋がりでもあるから……」
「僕も‥‥‥まだ、あの魔導具を大切に持っています。あの魔導具は大切ですから」

 2人はお互いに、会えずにいた2年間、どれほどお互いのことを思い焦がれていたかを悟る。
 その喜びは極上で、今にも天に昇るような気分だ。。

「それはそうと、アスカは中級魔導士になると言うことは、もしかとして魔専の魔導士科に入学するの?」
「そうです。僕は、その、大切な人を守りたいのです。目の前で誰も失いたくない。それを実現するためには、力がいります。
 だから、魔専に行くことにしました」
「そうだったのね。そうよね。それは私も思うわ。何かを成すため、何かを守るには、力が必要よね。私の目って嘘を見破る魔導眼ってこと覚えてる?」
「よく覚えています姫様。僕はその姫様の目に救われたのですから」
「嘘を見破れるって一見、皆を不正などの悪事から救う万能な力のような感じがするじゃない? 私も初めはそう思ってたわ。
 だけど、実際は違うの。不正を見破れたからといって力がないと何も変えられないの。
 これまで色々な国政に関する不正を見てきたわ。私は一介の姫。何も力を持たない姫だから何もできないし、何も変えられない。力こそ正義とは言わないけれども、それでも何かを成すには力が必要なことは散々実感させられたわ」

 姫様は、魔導眼を使えばその人が嘘を言っているかわかってしまう。
 しかし、相手が強大過ぎれば、嘘が分かったとしても何も変えられない。
 自分の無力さを感じる時というのは本当に辛いものだ。
 その悲しみや辛さを想い、僕は黙って、姫様の手をさらに強く握る。

「姫様は今後どうされるのですか?」

 僕は、姫様の気を案じ、話題を変える。

「私ですか? 私は軍学校に飛び級で入学することになっています」
「軍学校!?」

 予想だにしていなかった返答が来た。
 驚きすぎて口が開き、顎が痛い。

「驚きますよね。私も本当ならば行きたくない。軍人にはなりたくないのよ。
 だけど、お爺様、つまり王が私に軍事を学べと仰せられたの。
 現在も世界情勢は不安定で、いつ新たな戦争が起きてもおかしくない。
 だから、次に戦争が起きた時には、私の父や私に対処させようと考えているらしく‥‥‥」
「そんな、国の総司令官は王の役目では?」
「本来ならばそうですが、王には何か考えがあるようなの。孫にも言えない何か考えが‥‥‥」
「姫様が戦争に行くなんて僕は反対です!」


 僕は姫様の目を見据え真剣な眼差しで語気を強くする。

「ありがとうアスカ。だけど王の命は絶対。
 従わざるおえないわ」
「そんな‥‥‥」
「だけど大丈夫よ。私も強くなっているからなんとかやっていけると思うわ」
「強くなってるとはどういう意味ですか?」
「私ね、治癒魔導の才があるみたいなの。軍学校にいって、資格を満たせば帝級治癒魔導士認定試験を受けようと思うの」
「え? 帝級!?」
「ごめんね驚かせてしまって、王宮にねエーテ・ヨハネス帝級治癒魔導士がいて、その人を師事しているんだけど、その先生のおかげでね、治癒魔導が上達したの」

 姫様も、僕がソイニー師匠に習っているように、エーテ先生に治癒魔導を習っていたのか。

「そうだったんですね。姫様、それは喜ばしいことですね。
 しかも、治癒魔導士というところが姫様の優しい人柄を表しているようでなんだか嬉しいです」
「そう言ってもらえて本当に嬉しいわ」
「じゃあ、僕は、そんな姫様を守る騎士になるために一層魔導修行を頑張りますね!
 いざ戦争が起きたとしても必ず姫様を守り、お役に立ちます」
「ありがとう、アスカ」

 姫様は、目に涙を溜めている。
 若干12歳にして、重責を一身に受け止め王国のために身を捧げようとしている。
 こんな憐れな少女を僕はあまり知らない。
 少しでも姫様の役に立ちたい。姫様の重責の一部でも共に背負ってあげたい。
 そうするためには、僕は強くならなければならない。
 やはり強さが必要なんだ。姫様を守るためには‥‥‥。

 僕は、心の内側でそっと再び決意する。

 ——コンコン

 ドアがノックされた。
 ——ガチャという音とともにニャジが部屋に入ってくる。

「おふた方、時間です。名残惜しいことは重々承知しておりますが、何卒よろしくお願い致します」

 ニャジは深々と頭を下げる。

「アスカ、10分経ってしまったね」
「そうですね、姫様」
「今度いつ会えるかもわかならいけど、また会いに来てくれる?」
「もちろんですよ、姫様。僕はいつも姫様のことを想っていますから。助けが欲しい時とかもすぐに呼んでください。必ず参上します」
「ありがとう‥‥‥」
「それじゃあ姫様、今日は会えて嬉しかったです」
「私もよ。ありがとうアスカ」

 僕はニャジが開いてくれているドアから部屋の外に出ようとする。
 そして、部屋から一歩踏み出した時、後ろから姫様が僕を呼び止める。

「アスカ! あの、これだけは守って! お願いだから死なないで‥‥‥」

 姫様は胸に手を当て、悲しそうな顔つき。

「姫様、大丈夫です。僕は意外に運が良くしぶといみたいなので、そう簡単には死にません。
 必ずあなたを守ります」

 そう笑顔で答えて僕は姫様の部屋を後にした。
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