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第4章 別離(後編)
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文化祭、合唱コンクールが終わって三年生は受験までのラストスパートに突入した。
時間が合えばいつも華音は彬従と共に図書館で過ごした。夜遅くまで勉強する彬従に差し入れをして励ました。
年が明けた2月、彬従は超難関高校にみごと合格した。
華音は祐都と同じ県内有数の進学校に進むことになった。
不合格だった恵夢は別の高校に行くことを悔しがった。
当たり前のように彬従がそばにいる日があと僅かになっていった。
荷物の整理に飽きて、彬従はうーんと伸びをした。階下に降り、ふと気付くとリビングの明かりがついている。
「まさか。」
苛立ちを覚えながら中をのぞくと、父の彬智がソファーに座っていた。
「荷造りは済んだのか?」
彬智は素っ気なく尋ねた。
「大体ね。寮だから必要最小限でいいんだ。」
「足りないものは無いのか?」
「もう茉莉花さまが揃えてくれた。どうしたの、俺のことを気にするなんて珍しいね。突然何をしに来たの?」
「お前はなぜ、県外の高校を選んだんだ。」
「茉莉花さまとアンタがそう決めたからじゃないか。」
彬従は笑って、彬智が座るソファーの背もたれに腰を下ろした。
「俺は今更お前に親父面するつもりは無い。」
「俺もそんなこと期待してないよ。」
「だが、ひとことだけ言っておく。華音を愛しては駄目だ。」
彬従はすっと青ざめた。
「お前が華音を愛する道を選べば、自分も周りの何もかも崩壊させてしまう。」
「心配しないで。茉莉花さまとの約束は守るから。」
「お前と俺は似ている。自分の気持ちに忠実なところが。」
彬智は顔も上げずにそう言った。
「ねぇ、父さんは母さんを愛したことはあるの?」
「……愛そうとしたことはある。」
父に背を向け彬従は立ち上がった。
「いつか茉莉花さまの選んだ女と結婚したら、俺にも父さんの気持ちが分かるかもね。」
そして歩き出し、ふと足を止めた。
「俺はやっぱりアンタに似ている。華音を手に入れるためなら何だってする。どんな手を使っても、どんなに周りを傷つけても。華音を愛してるんだ。」
「もうお前を止めない。業火に焼かれて生きる覚悟があるのなら……」
「どんな地獄でも生き抜くよ。」
彬智は真っ直ぐ息子を見つめた。彬従は振り返らずに部屋を去った。
校庭の桜の木の芽はどれもまだ固いままだった。
昨日は山から吹き下ろす風が冷たかったが、今日は風も無く、日差しも暖かい卒業式には絶好の日和となった。
送辞の言葉が終わって、答辞の言葉を読み上げる卒業生総代が呼ばれた。
「吉良彬従君!」
「はいっ!」
凛とした低く良く通る声が体育館に響き渡った。
席を立ち、壇上に上がり、朗々と読み上げる彬従のスラリとした背中を、華音は見つめていた。
「アキ!ステキーっ!」
周りにいた女の子達から悲鳴にも似たため息が上がった。
式が終わると友達との別れを惜しみ、吹奏楽部の後輩達に揉みくちゃにされ、華音は泣き笑いした。
「華音と別れるなんてイヤ!」
「いつでも会えるよ!」
理沙や満里奈が泣きながら抱きついてきた。この中学校の卒業生は、近隣にある県立か私立のいずれかの高校に進学する。
ただ一人を除いては……
「華音っ!」
階段の上から瑞穂達に呼び止められた。
「ねぇアキ見なかった!?」
「式のあとは知らないよ。」
「会ったら捕まえといてね!」
彼女達はまた走り出した。
昇降口に行くと、今度は陽菜達に声を掛けられた。
「華音!アキがどこにいるか知らない?」
「知らないよ。ミズホ達も探してたよ。」
「まずい!あの子達より先に捕まえないと!」
陽菜達はそう言いながら別れを告げた。
「華音っ!」
「今度は誰?」
振り返ると、彬従の友達で同じ男子バスケ部だった啓太が祐都と共に立っていた。
「華音、聞いて欲しいことがあるんだ!」
「何?」
「高校に行ったら、俺と付き合って欲しいんだ!」
啓太が真っ赤になってそう言った。
「ごめん!私、誰とも付き合う気無いから。」
さらりと華音は返事をした。
「やっぱりダメかぁ!」
啓太が涙目になった。
「華音がOKしてくれたら、アキが裸で逆立ちして校庭一周してやるって言ってたのに!」
「なおさらお断りよ!」
華音は真っ赤になって叫んだ。
ふと見ると、祐都が花束やプレゼントがいっぱい詰め込まれた紙袋を両手に提げていた。
「それってアキの荷物?」
「教室に置きっ放しだったから家まで持って行こうと思ってさ。」
「ヒロトはアキに甘いんだから。私が持って帰るよ。」
「いいよ、あとでアキの家に行こうと思っていたんだ。話したいこともあるし。」
祐都はニコリと笑った。
「アキがいつ向こうに行くか、ヒロトは知ってる?」
「聞いてないよ。華音も知らないの?」
「全然!冷たいよね、私達に一言も無いなんて!」
「俺がぶっ飛ばしておくから!」
「お願い!私の分もガツンとね!」
華音と祐都は「アハハ」と笑い声をあげた。
「……本当に行っちゃうんだね。」
「あとでめちゃくちゃ愚痴ってやる!」
祐都は寂しそうに笑った。
「ところでアキはどこ?」
「さあ?」
華音と祐都はお互いを見合い、プッと吹き出した。
卒業証書と沢山の花束やプレゼントを抱え、華音は一人川沿いの道を家まで歩いた。
少し先を歩く背の高い少年の姿を見つけた。
「アキ!」
華音は思わず走り出した。
「なんだ、先に帰ってると思ってた。」
彬従は笑い掛けた。
「ミズホやヒナ達がアキのこと探してたよ。」
「あー、十人くらいの女に追い回されてめっちゃ怖かったから逃げて来た!」
「みんなでアキにコクるの競争してたみたい!」
「勘弁して欲しいよ。」
げっそりする彬従を見て、華音はケラケラと笑った。
「それよりケイタが華音にコクるって騒いでたけど、どうした?」
「速攻断った。」
「やっぱりそうか。ヒロトならOKした?」
「ヒロトにはメグがいるでしょ!」
「男バスじゃ彼氏には向いてないな。キャプテンが俺で、バカばっかりだったから!」
「ねぇ、私がOKしたら裸で逆立ちして校庭一周するつもりだったの?」
「OKする訳無いだろ。」
「分からないじゃない。」
「絶対無いから!それとも俺の裸が見たかった?」
「アキのバカ!」
華音が赤くなったのを見て、彬従はまたクスクスと笑った。
「華音も彼氏作ればいいのに。」
「いいよ男なんか。」
「あいつは?吹奏楽部の部長だったやつ。」
「ヤス?あり得ない!それに私にコクる男子なんかいないよ。誰かさんが殴るから。」
「そんなこともあったなぁ。」
彬従はうそぶいた。
「いつでも俺が彼氏になってやるよ。」
彬従はおどけてみせた。
「アキは、ダメよ。」
華音は声を詰まらせた。
一瞬顔を曇らせたが、彬従はまた笑顔を見せた。
二人は思い出話をしながら雪の残る道を歩いた。
やがて二人の住む家に着いた。
「アキの荷物、ヒロトがあとで家まで持って来るって。」
「そうだ、すっかり忘れてた。」
「ヒロトは友達想いよね。」
「親友ですから。」
「その親友にお別れも言わないで行くの?」
「……言いそびれてただけ。明日行くんだ。」
「そんなに早く?」
彬従は黙り込んだ。
「もうアキと一緒に学校に行けなくなるんだね。」
華音はなるべく明るい声でそう言った。
「トキのこと頼むよ。あいつまだ小さいし泣き虫だから……」
彬従の顔から笑顔が消えた。
「大丈夫!家族みんなで面倒みるわ!」
華音は明るくうなずいた。
彬従はしばらく無言で自分の家を見つめていたがふと呟いた。
「俺、やりたいことがあるんだ。」
「何?」
「今はまだ言えない…」
彬従はまた黙り込んだ。
「がんばって、でもやりたいことやったらここに帰って来て。」
「俺がいなくなったら寂しい?」
「寂しいよ。ずっと一緒に育って来たんだから。」
彬従は華音を見つめた。
「そばにいて、ずっとお前を守ってやれなくてごめん。」
「アキ……」
華音はこらえ切れずに涙を流した。
「待ってる。待ってるから絶対帰って来て。」
彬従は答えなかった。代わりに華音を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
―――アキが行ってしまう……
涙が止まらなかった。
「……私をあげる。」
彬従は唇を離し華音を見つめた。
「アキにあげる。お母さんに怒られてもいい。私の全部を覚えておいて。」
「いいの?」
華音は彬従の胸に顔を押し付けうなずいた。
―――華音を愛しては駄目だ。
父の言葉が浮かんだが、頑なに否定した。
「お前が望むなら俺は何でも叶えてやる。今も、この先も、ずっと……!」
彬従は華音の手を取り、自分の部屋に向かった。
呼び鈴を何度も鳴らしたが、全く応答が無かった。
「おかしいな。どこかで捕まってるのかな。」
突然震えた携帯電話をポケットから取り出し、祐都は画面を確認した。
彬従からだ。
「アキ、どこにいるんだよ。」
「家にいる。」
「荷物持ってきたから鍵開けてよ。」
「玄関の前に置いといて。あとでヒロトの家に行くよ。恭弥おじさんや彩乃おばさんに挨拶したいから。」
「せっかく来たんだ、中に入れてよ。」
「華音と一緒なんだ。」
「……何してるんだよ。」
「華音を抱いた。今、俺の腕の中で寝てる。すげぇ可愛い……」
彬従は熱に浮かされたような甘い声で囁いた。
怒りがこみ上げてくるのを祐都は感じた。
「アキ……行くな。華音を置いていくな。分かっているだろ、華音がどれだけ大変なのか!」
「俺は必ず華音を手に入れてみせる。そのためならなんだってやる。」
「何言ってるんだ!ここにいて華音を守ってやれよ!」
「華音を頼む。」
「誰にもアキの代わりは出来ないんだっ!」
悲痛な叫びは届かなかった。
電話はすでに切られていた。
祐都はドンとドアを叩き、いつまでも涙を流した。
時間が合えばいつも華音は彬従と共に図書館で過ごした。夜遅くまで勉強する彬従に差し入れをして励ました。
年が明けた2月、彬従は超難関高校にみごと合格した。
華音は祐都と同じ県内有数の進学校に進むことになった。
不合格だった恵夢は別の高校に行くことを悔しがった。
当たり前のように彬従がそばにいる日があと僅かになっていった。
荷物の整理に飽きて、彬従はうーんと伸びをした。階下に降り、ふと気付くとリビングの明かりがついている。
「まさか。」
苛立ちを覚えながら中をのぞくと、父の彬智がソファーに座っていた。
「荷造りは済んだのか?」
彬智は素っ気なく尋ねた。
「大体ね。寮だから必要最小限でいいんだ。」
「足りないものは無いのか?」
「もう茉莉花さまが揃えてくれた。どうしたの、俺のことを気にするなんて珍しいね。突然何をしに来たの?」
「お前はなぜ、県外の高校を選んだんだ。」
「茉莉花さまとアンタがそう決めたからじゃないか。」
彬従は笑って、彬智が座るソファーの背もたれに腰を下ろした。
「俺は今更お前に親父面するつもりは無い。」
「俺もそんなこと期待してないよ。」
「だが、ひとことだけ言っておく。華音を愛しては駄目だ。」
彬従はすっと青ざめた。
「お前が華音を愛する道を選べば、自分も周りの何もかも崩壊させてしまう。」
「心配しないで。茉莉花さまとの約束は守るから。」
「お前と俺は似ている。自分の気持ちに忠実なところが。」
彬智は顔も上げずにそう言った。
「ねぇ、父さんは母さんを愛したことはあるの?」
「……愛そうとしたことはある。」
父に背を向け彬従は立ち上がった。
「いつか茉莉花さまの選んだ女と結婚したら、俺にも父さんの気持ちが分かるかもね。」
そして歩き出し、ふと足を止めた。
「俺はやっぱりアンタに似ている。華音を手に入れるためなら何だってする。どんな手を使っても、どんなに周りを傷つけても。華音を愛してるんだ。」
「もうお前を止めない。業火に焼かれて生きる覚悟があるのなら……」
「どんな地獄でも生き抜くよ。」
彬智は真っ直ぐ息子を見つめた。彬従は振り返らずに部屋を去った。
校庭の桜の木の芽はどれもまだ固いままだった。
昨日は山から吹き下ろす風が冷たかったが、今日は風も無く、日差しも暖かい卒業式には絶好の日和となった。
送辞の言葉が終わって、答辞の言葉を読み上げる卒業生総代が呼ばれた。
「吉良彬従君!」
「はいっ!」
凛とした低く良く通る声が体育館に響き渡った。
席を立ち、壇上に上がり、朗々と読み上げる彬従のスラリとした背中を、華音は見つめていた。
「アキ!ステキーっ!」
周りにいた女の子達から悲鳴にも似たため息が上がった。
式が終わると友達との別れを惜しみ、吹奏楽部の後輩達に揉みくちゃにされ、華音は泣き笑いした。
「華音と別れるなんてイヤ!」
「いつでも会えるよ!」
理沙や満里奈が泣きながら抱きついてきた。この中学校の卒業生は、近隣にある県立か私立のいずれかの高校に進学する。
ただ一人を除いては……
「華音っ!」
階段の上から瑞穂達に呼び止められた。
「ねぇアキ見なかった!?」
「式のあとは知らないよ。」
「会ったら捕まえといてね!」
彼女達はまた走り出した。
昇降口に行くと、今度は陽菜達に声を掛けられた。
「華音!アキがどこにいるか知らない?」
「知らないよ。ミズホ達も探してたよ。」
「まずい!あの子達より先に捕まえないと!」
陽菜達はそう言いながら別れを告げた。
「華音っ!」
「今度は誰?」
振り返ると、彬従の友達で同じ男子バスケ部だった啓太が祐都と共に立っていた。
「華音、聞いて欲しいことがあるんだ!」
「何?」
「高校に行ったら、俺と付き合って欲しいんだ!」
啓太が真っ赤になってそう言った。
「ごめん!私、誰とも付き合う気無いから。」
さらりと華音は返事をした。
「やっぱりダメかぁ!」
啓太が涙目になった。
「華音がOKしてくれたら、アキが裸で逆立ちして校庭一周してやるって言ってたのに!」
「なおさらお断りよ!」
華音は真っ赤になって叫んだ。
ふと見ると、祐都が花束やプレゼントがいっぱい詰め込まれた紙袋を両手に提げていた。
「それってアキの荷物?」
「教室に置きっ放しだったから家まで持って行こうと思ってさ。」
「ヒロトはアキに甘いんだから。私が持って帰るよ。」
「いいよ、あとでアキの家に行こうと思っていたんだ。話したいこともあるし。」
祐都はニコリと笑った。
「アキがいつ向こうに行くか、ヒロトは知ってる?」
「聞いてないよ。華音も知らないの?」
「全然!冷たいよね、私達に一言も無いなんて!」
「俺がぶっ飛ばしておくから!」
「お願い!私の分もガツンとね!」
華音と祐都は「アハハ」と笑い声をあげた。
「……本当に行っちゃうんだね。」
「あとでめちゃくちゃ愚痴ってやる!」
祐都は寂しそうに笑った。
「ところでアキはどこ?」
「さあ?」
華音と祐都はお互いを見合い、プッと吹き出した。
卒業証書と沢山の花束やプレゼントを抱え、華音は一人川沿いの道を家まで歩いた。
少し先を歩く背の高い少年の姿を見つけた。
「アキ!」
華音は思わず走り出した。
「なんだ、先に帰ってると思ってた。」
彬従は笑い掛けた。
「ミズホやヒナ達がアキのこと探してたよ。」
「あー、十人くらいの女に追い回されてめっちゃ怖かったから逃げて来た!」
「みんなでアキにコクるの競争してたみたい!」
「勘弁して欲しいよ。」
げっそりする彬従を見て、華音はケラケラと笑った。
「それよりケイタが華音にコクるって騒いでたけど、どうした?」
「速攻断った。」
「やっぱりそうか。ヒロトならOKした?」
「ヒロトにはメグがいるでしょ!」
「男バスじゃ彼氏には向いてないな。キャプテンが俺で、バカばっかりだったから!」
「ねぇ、私がOKしたら裸で逆立ちして校庭一周するつもりだったの?」
「OKする訳無いだろ。」
「分からないじゃない。」
「絶対無いから!それとも俺の裸が見たかった?」
「アキのバカ!」
華音が赤くなったのを見て、彬従はまたクスクスと笑った。
「華音も彼氏作ればいいのに。」
「いいよ男なんか。」
「あいつは?吹奏楽部の部長だったやつ。」
「ヤス?あり得ない!それに私にコクる男子なんかいないよ。誰かさんが殴るから。」
「そんなこともあったなぁ。」
彬従はうそぶいた。
「いつでも俺が彼氏になってやるよ。」
彬従はおどけてみせた。
「アキは、ダメよ。」
華音は声を詰まらせた。
一瞬顔を曇らせたが、彬従はまた笑顔を見せた。
二人は思い出話をしながら雪の残る道を歩いた。
やがて二人の住む家に着いた。
「アキの荷物、ヒロトがあとで家まで持って来るって。」
「そうだ、すっかり忘れてた。」
「ヒロトは友達想いよね。」
「親友ですから。」
「その親友にお別れも言わないで行くの?」
「……言いそびれてただけ。明日行くんだ。」
「そんなに早く?」
彬従は黙り込んだ。
「もうアキと一緒に学校に行けなくなるんだね。」
華音はなるべく明るい声でそう言った。
「トキのこと頼むよ。あいつまだ小さいし泣き虫だから……」
彬従の顔から笑顔が消えた。
「大丈夫!家族みんなで面倒みるわ!」
華音は明るくうなずいた。
彬従はしばらく無言で自分の家を見つめていたがふと呟いた。
「俺、やりたいことがあるんだ。」
「何?」
「今はまだ言えない…」
彬従はまた黙り込んだ。
「がんばって、でもやりたいことやったらここに帰って来て。」
「俺がいなくなったら寂しい?」
「寂しいよ。ずっと一緒に育って来たんだから。」
彬従は華音を見つめた。
「そばにいて、ずっとお前を守ってやれなくてごめん。」
「アキ……」
華音はこらえ切れずに涙を流した。
「待ってる。待ってるから絶対帰って来て。」
彬従は答えなかった。代わりに華音を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
―――アキが行ってしまう……
涙が止まらなかった。
「……私をあげる。」
彬従は唇を離し華音を見つめた。
「アキにあげる。お母さんに怒られてもいい。私の全部を覚えておいて。」
「いいの?」
華音は彬従の胸に顔を押し付けうなずいた。
―――華音を愛しては駄目だ。
父の言葉が浮かんだが、頑なに否定した。
「お前が望むなら俺は何でも叶えてやる。今も、この先も、ずっと……!」
彬従は華音の手を取り、自分の部屋に向かった。
呼び鈴を何度も鳴らしたが、全く応答が無かった。
「おかしいな。どこかで捕まってるのかな。」
突然震えた携帯電話をポケットから取り出し、祐都は画面を確認した。
彬従からだ。
「アキ、どこにいるんだよ。」
「家にいる。」
「荷物持ってきたから鍵開けてよ。」
「玄関の前に置いといて。あとでヒロトの家に行くよ。恭弥おじさんや彩乃おばさんに挨拶したいから。」
「せっかく来たんだ、中に入れてよ。」
「華音と一緒なんだ。」
「……何してるんだよ。」
「華音を抱いた。今、俺の腕の中で寝てる。すげぇ可愛い……」
彬従は熱に浮かされたような甘い声で囁いた。
怒りがこみ上げてくるのを祐都は感じた。
「アキ……行くな。華音を置いていくな。分かっているだろ、華音がどれだけ大変なのか!」
「俺は必ず華音を手に入れてみせる。そのためならなんだってやる。」
「何言ってるんだ!ここにいて華音を守ってやれよ!」
「華音を頼む。」
「誰にもアキの代わりは出来ないんだっ!」
悲痛な叫びは届かなかった。
電話はすでに切られていた。
祐都はドンとドアを叩き、いつまでも涙を流した。
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