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第29章 守りたい温もり

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社長補佐室のデスクで、瑛は顔の前で両手を合わせパソコンの画面を睨んだ。

事態は密かに動いていた。

「私も平和ボケしてしまったのでしょうか。」

思わず呟いた言葉を、祐都は聞きつけた。

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでも……アキと話がしたいのですが。」

「また社長室だと思います。俺、呼んできますよ。」

「藤城の件で話があると伝えてください。」

「分かりました。」

祐都はニコリと笑って補佐室を出ると、どんより落ち込んだ。

「何が起きているのか、俺には話してくれないのか……」

美桜の結婚式の後、瑛の家を訪れ彼女を抱いたその日から、二人の間には何の進展も無かった。瑛は淡々とした態度を取り続け、まるで何もなかったかのようだ。

嫌われている訳ではない。しかし、彼女の中で大きな存在になれないことが、祐都を悲しませた。

「俺のことよりもあいつが問題だ……」

トントンと社長室のドアを叩いた。中に入ると、デスクに華音はいなかった。

「こっちよ。」

奥のソファーから声がした。華音は膝枕をして彬従を寝かしつけていた。

「アキ、具合が悪いの?」

「もう何日もちゃんと寝ていないの……」

そっと髪に指を絡めた。

「沙良からまた連絡が来たのか。」

「ええ、逢いに来て欲しいと言われて続けているけど、仕事を理由に断っている……」

彬従のやつれた姿を見るのは切なかった。

「瑛さんが藤城商事の件でアキに逢いたがっていたから、起きたら伝えて。」

「藤城ね。」

華音はうなずいた。

トントンとドアを叩く音がした。

「失礼します。こちらにアキさんはいますか?」

麻美が顔をのぞかせた。

「ええ、いるわ。」

「あの……また息子さんが……」

言い辛そうに麻美は言葉を詰まらせた。

「どうぞ、社長室に通してね。」

頭を下げ麻美は出て行った。

「もうあの子を逢わせない方がいい!アキだってまともな神経じゃ居られなくなるよ!」

祐都は憤った。

「でも、アキが逢いたいって言うのよ……」

目を伏せ華音は彬従の頭を撫でた。

「んっ……」

彬従が目を覚ました。

「大丈夫か?」

祐都が覗き込んだ。

「……少しクラクラする。」

起き上がったものの、華音に寄りかかり目を閉じた。

「無理するなよ。」

「大丈夫。ヒロトは心配性だな。」

フルフルと頭を振り、祐都を安心させるようにニコリと笑った。

「パパ!華音ちゃんも居るんだ!」

あきつぐが葵と共に部屋に入ってきて、嬉しそうに二人の間に座った。

「パパ、どうしてママに逢いに来てくれないの?」

「ごめん、今仕事が忙しくて行けないんだ。」

「そうなんだ……」

悲しそうにあきつぐはうつむいた。

「……次の日曜日には逢いに行くよ。」

「ホント?良かった!」

嬉しそうに父親に飛びついたあきつぐを見つめ、祐都と華音は心配そうに目を合わせた。

「失礼します。」

突然部屋に入ってきた瑛が、あきつぐを父親から引き離した。

「あきつぐさま、ここはお子様の遊び場ではありません。お父様の大事な仕事場ですよ。」

葵は驚いた。

「瑛さま!ここにいらっしゃったのですか!突然いなくなって、皆があなたの心配をしていたんですよ!」

「ごめんなさい。不義理をしてしまいました。」

懐かしい再会だったが瑛は態度を崩さず、静かに頭を下げただけだった。

あきつぐは振り返り瑛を見た。大きな目に魅せられたものの、瑛はひざまずきあきつぐの手を取って語り掛けた。

「あきつぐさま、あなたはいずれ天日一族の当主となるお方です。自分の欲望のままに動くのはいけませんよ。」

「……はい。」

目を潤ませあきつぐはうつむいた。

「私のお世話が至らず申し訳ございません。」

葵はうなだれた。

「出過ぎた真似をしました。私はもう天日の人間では無いのに……」

「瑠璃さまならきっとお許しになります。私達はいつでもあなたの帰りを待っています!」

しかし瑛は首を振った。

「私は戻りません。ここで高塔のために働きます。」

「お姉さんも天日の人なの?」

手を繋がれたままあきつぐが尋ねた。

「昔、瑠璃さまに可愛がって頂きました。」

「ぼく、お姉さんみたいなカッコいい人大好き!天日の家に戻って来てよ!」

「ありがとうございます、あきつぐさま。」

少年の前で瑛は深々と頭を下げた。

―――誰もがあきつぐの言いなりになっていく……

言い知れぬ不安に祐都は襲われた。

「パパはまだお仕事だからお話はここまでだ。今日は泊まれる?あとで遊ぼう。」

「うん!」

彬従は息子の手を取り立ち上がった。

「アキ、ちょっと……」

素早く瑛が彬従に耳打ちした。

「貞春さんと連絡取れる?」

「もう既に。今日の夜なら空いているそうです。」

「そうか、困ったな……」

ちらりと彬従は息子を見た。

「私が先に帰ってチビあきと遊んでいるわ。」

華音に抱き上げられ、あきつぐは嬉しそうに頬ずりした。

夜にまた逢う約束をし、葵に連れられあきつぐは部屋を出て行った。

どさりとソファーに崩れ落ち、彬従はうずくまった。

「何があったんだ?」

心配そうに祐都は様子をうかがった。

「去年から高塔の取引先に加わった藤城商事ですが、社長と一部役員を除き、今期の異動で役員が天日財閥からの出向者にほとんど入れ替わったんです。」

瑛が説明を引き取った。

「今になって天日財閥が?」

祐都の問いに彬従も瑛も押し黙った。

「日曜日、沙良と面会した後シュウに逢ってくる。」

「なぜシュウに?」

「今、あいつが天日の総裁なんだ。」

瑛の顔から血の気が引いた。

「何を仕掛けて来たのか確かめてくる。」

不意に立ち上がり、彬従は瑛を胸に抱いた。

「大丈夫?」

「アキ……」

突然、瑛が涙を流した。

「瑛は何も悪くない。もう自分を赦してやれよ。俺は瑛を独りぼっちの北海道から連れ出せて良かったって思ってる。」

「すみません、泣くなんて……私もアキに付いて来て幸せだと思っています。」

キュッと涙を拭き、瑛は笑顔を見せた。

―――瑛さんもアキの胸なら泣くんだな……

彬従に慰められる瑛の姿に、祐都の心は切なく痛んだ。

「おう、待ってられねぇから来ちゃったよ。」

貞春が社長室に案内されてきた。

「アキ、事態を説明して。」

華音はソファーに皆を座らせた。

「藤城商事はホテルカザバナの納入業者の一つだった。」

彬従が話し始めた。

「社長の藤城智也さんは貞春さんの幼なじみで、そんなことから仕事をお願いする機会が増えたんだ。」

貞春がうなずいた。

「俺も智也も、ガキの頃は親の金で好き放題遊び歩くロクデナシだった。智也は友達からあいつの代で家業が潰れるって言われるくらい酷かったよ。高校を卒業してからは逢うことも無かった。それがホテルカザバナで再会したら見違えるほど働き者になっていた。」

「事実、藤城商事は仕事が早く質も高く低価格で我が社にとっては有利な相手なのです。」

瑛が付け加えた。

「それがなぜ天日の手に落ちたの?」

華音が尋ねた。

「今に始まったことでは無い……むしろ最初から仕掛けられていたのだと思います。」

瑛の言葉を貞春が確証付けた。

「智也の側近に長谷川って奴がなってからあいつは変わったらしい。親父さんが亡くなって智也が後を継いでから、会社も急成長したんだ。」

「長谷川凉は沙良さまの婚約者候補の一人でした。沙良さまがシュウさまをお選びになったため、天日財閥の中枢で瑠璃さまにお仕えしていたんです。」

沙良の名前を聞き、華音はゾクリと寒けを覚えた。

「問題は、藤城が今や高塔財閥のあらゆる部門と関連があることです。」

華音はざっと頭の中で計算した。

「確かに……もし取引を一気に停止されたら、大混乱が起きる。」

彬従も瑛もうなずいた。

「まだ何も動いてはいないんだ。無駄な心配で終われば良いけどね。」

彬従の言葉に力は無かった。



華音はあきつぐに逢いに会社を抜け、瑛と祐都も社長補佐室に戻っていった。

「アキ、お前、隠し子がいたらしいな。」

一人残った貞春はニヤリと笑いかけた。

「さすが、貞春さんに隠し事は出来ないね。可愛いぜ。写真見る?」

彬従は悪びれず携帯の待ち受けを見せびらかした。

「お前にソックリだな!」

アハハと快活に笑うと、ふと笑いを止め、貞春は呟いた。

「俺、言ってなかったけど、バツイチなんだ。大学生の頃に付き合っていた女とできちゃった結婚してさ。なのにガキが生まれて二年もしないうちに離婚したんだ。」

彬従は黙って話を聞いた。

「もう小学校の五年生かな。全然逢っていないんだ。今も養育費だけは送ってる。」

「俺、そんなところまで貞春さんと似てるんだな。」

フフッと彬従は笑った。

「アキはお人好しだから、責任を感じて相手の女とか子供とか大事にしようと思うだろうけど、辞めておけ。お前は華音としか幸せになれない。心が繋がっている女としか一緒にはなれないんだ……」

貞春はまっすぐ前を見ていた。

「貞春さん……」

「華音を泣かすんじゃねぇぞ。」

「うん……」

幼い子供のようにうなだれる彬従の肩をポンポンと叩き、二人も社長補佐室に向かった。



貞春を交えて今後の対策を話し合い、家に帰り着くと、深夜になっていた。

華音とあきつぐは二人揃ってベッドの中で丸くなっていた。

―――俺はずっと華音だけを求めてきたんだ……

寝顔を眺め、彬従はそっと華音の髪を撫でた。

「……おかえり、遅かったのね。」

華音が目を覚ました。

「悪い。チビあきを任せちゃって。」

「ううん、楽しかった!葵さんと一緒に夕ご飯も食べてお話もいっぱい聞けたの。もうすぐ誕生日だって言うから一緒にケーキを焼いたら喜んでいたわ。」

「そうか、誕生日か……祝ってやりたいな。」

スーツ姿のまま上から覆い被さり、華音に唇を重ねた。

「華音……チビあきといて平気?」

「うん。」

「沙良の子供なのに?」

「アキと沙良のことは気になるけど、それはチビあきとは関係ない。」

華音は優しく彬従の頬を撫でてやった。

「チビあきに逢えなくなったら悲しい?」

華音はハッと彬従を見つめた。

「沙良とのこと、はっきりさせて来る。」

「アキ……」

「俺は華音のものだから。今までも、これからもずっと……」

「アキが決めたことなら私は従うわ。」

苦しげに眉を寄せる彬従を抱きしめ、華音は何度も唇を押し当てた。



次の日、華音達と別れたあきつぐはまっすぐ母親の病院を訪れ、病室に駆け込んだ。

「ママ!パパが日曜日に逢いに来てくれるよ!」

ぼんやりとベッドに横たわっていた沙良はニコリと笑った。

「ホントに?嬉しいわ!」

起き上がり息子を抱きしめた。

「このケーキ、美味しいから食べて!ぼくが作ったの。」

あきつぐはお土産に貰ったケーキを差し出した。

「あきが作ったの?凄い!」

母親の笑顔にあきつぐは気を良くした。

「昨日パパのおうちに泊まって、華音ちゃんと一緒に作ったの!」

「あきさまっ!」

葵が慌てて止めようとした時は既に遅かった。

沙良がケーキの入った箱を床に叩きつけた。

「華音に逢っているのっ!?」

あきつぐは母親の急変に怯えた。

「あの女は私とあなたからパパを奪ったのよっ!」

狂ったようにあきつぐの胸を締め上げた。

「沙良さまお辞めください!」

「あきっ!あなたは私のもの!私だけのものなのっ!」

葵がナースコールを押し、荒れ狂う沙良からあきつぐを引き離した。飛び込んできた医師や看護士に押さえられ、鎮静剤を打たれてやっと沙良は鎮まった。

葵の腕の中であきつぐは泣いていた。

「ぼくのせい?ぼくが華音ちゃんと逢ったから?」

「あきさまのせいじゃありません。華音さまが悪い訳でもありません。」

「華音ちゃんのこと好きじゃダメなの?」

「いいんですよ。華音さまは本当に好い方です。」

葵はぎゅっとあきつぐを抱きしめた。

「沙良さまはご病気なのです。治れば昔のように優しいママに戻ります。少しの間辛抱していましょうね。」

「うん。」

素直にうなずき涙を拭くあきつぐに、葵は心を痛めた。

―――どうすれば沙良さまは幸せになれるのだろうか……

彬従と華音の関係を目の当たりにし、二人を引き離すのは絶望的だと知った。あきつぐを抱かえ、病院を後にし、葵は途方に暮れた。






呼び出しを受けた瑛はロビーにやってきた。

「すみません!応接室にお通ししようとしたら、時間が無いとおっしゃって……」

受付の女の子達が瑛に謝った。

「そうですか。長谷川さんはどこですか?」

「あちらです。」

ガラス張りのロビーの接客コーナーで、長谷川凉が立ち上がり手を振っていた。

「素敵な方ですね!アキさんと同じくらいのイケメンです。お知り合いですか?」

「幼なじみみたいなものです。」

受付の女の子達は揃って「いいなぁ!」と歓声を上げた。

「瑛さん!」

凉が走り寄った。

「お久しぶりです!葵から話を聞いて我慢出来なかった。また逢えるなんて夢のようですよ!」

「凉は相変わらず爽やかな好青年ね。」

「瑛さんに言われると照れますよ!」

明るく快活な声で凉は笑った。二人はロビーのソファーに並んで座った。

「あなたの名前を藤城商事の役員名簿で見つけた時は驚きました。」

「こっちに来たのはずいぶん前なんです。」

凉は大きな手を膝の上で組み、ニコニコと話をした。

「瑠璃さまのご命令ですか?」

「そうです。瑛さんに嘘はつけません。正直に言うと始めは高塔財閥の乗っ取りが目的でした。」

ふっと瑛は目を細めた。

「最初のターゲットは桐ヶ谷商事でした。しかしあそこの若社長はのらりくらりとしていたものの全くこちらの思い通りにならず、すぐに撤収しました。」

「貞春さんは見た目と違って手強いですからね。」

「次に藤城商事を狙いました。先代はワンマン社長でしたが気に入られたら案外陥落しやすかった。」

「凉なら絶大な信頼を寄せられるでしょう。」

「やっぱり瑛さんは誉め上手です。おかげで俺も誉めて育てることを覚えましたから。」

凉は嬉しそうに瑛に笑い掛けた。

「現社長の智也は先代の妾腹の子で蔑まれて育ち、幼い頃は荒れた生活を送っていたそうです。でも根は素直な好い奴なんです。こちらが時間を掛けて愛情を注いでやるうちに自信をつけ、先代から受け継いだ商才も開花させたんですよ。」

懐かしむように凉は目を閉じた。

「智也と共に会社を育てるうちに愛着も沸きました。高塔財閥の乗っ取り計画も今では宙に浮いた状態です。」

不意に力無い表情を浮かべた。

「一時は見捨てられたとひどく落ち込みました。でも今はむしろ良かったと思っています。天日にいた頃と違って、穏やかで優しい日々が送れますから。」

「凉は優しい子だったものね。私はあなたが沙良さまのお相手になればよいと願っていた……」

「俺には沙良さまの気性の激しさは手に負えませんよ。」

凉はパカッと携帯の待ち受けを見せた。

「俺の妻と娘です……瑠璃さまのお許しをいただいていないので入籍はしていません。」

幸せそうな若い女性と赤ん坊が映っていた。

「瑛さん、天日に戻ってもらえませんか?」

「それはお断りです。」

「天日は今ガタガタです……シュウが総裁ですから……手綱を取る人間が必要なんです。」

瑛はムッと口を閉じ、首を横に振った。

「無理なお願いをしてすみません。でも逢えて嬉しかった。」

別れを告げ、爽やかな笑顔を残し、凉は去っていった。

「この私も鈍ったものだ。凉の真意が見抜けないとは。」

鋭い眼差しで瑛は後ろ姿を見送った。

凉が特定の女性と交際し、生まれたばかりの子供がいるのは調査済みだ。

左遷と言いながら、天日から藤城に送られるメンバーはみな選りすぐりなのも分かっている。

何より、瑠璃があの凉を蔑ろに扱うはずが無いのだ。

―――いや、優しい物語を信じたいと思う甘い自分がいる……

瑛はぐっと拳を握りしめた。

「しっかりしろ。目を覚ませ。感性を研ぎ澄ませろ。甘ったれるんじゃない。相手はあの天日なんだ。」

カツカツと音を立てて歩き、社長補佐室に戻った。

「おかえりなさい瑛さん。どうでした、幼馴染みさんとの再会は?」

祐都が笑顔で出迎えた。

一瞬にして張り詰めていた心が和み、瑛はガクリと肩を落とした。

「どうしたんですか?」

「あなたといると、私の牙が緩みます。」

「瑛さんの牙ですか?」

祐都がキョトンとした。

―――守ろう、絶対に。この優しい人達を。私に愛情を注いでくれたこの人達を……

瑛は目を閉じ決意を新たにした。祐都は凛とした瑛の表情にいつまでも見惚れた。






病院の待合室で、彬従はベンチに腰掛けていた。不安な面持ちの息子が胸の中にしがみついていた。

「お待たせしました。やはり今日は面会出来ないようです。」

葵が戻ってきて謝った。

「そうですか。」

身体を強張らせる息子の頭を彬従は撫でてやった。

「ぼくのせいなの。華音ちゃんに逢ったから……」

詳しい事情は葵から聞いていた。

「チビあきが悪いんじゃないよ。」

父親に慰められるとあきつぐは更に涙ぐんだ。

「アキさま……お願いです。天日の家に戻ってきていただけないでしょうか。」

葵は必死に声を絞り出した。

「俺は……」

「分かってます、アキさまがどれほど華音さまを愛しているか……でも沙良さまを救えるのはあなたしかいない……お願いです。お子さまのためにも戻ってきてください!」

「パパ……」

あきつぐの小さな手が首に絡みついた。

目の前の景色が白く失われていく……

胸の中の息子の体温だけが、現実と彬従を繋いでいた。



約束の時間をかなり過ぎてから柊は現れた。

「よぉ。顔色が真っ青だぞ。」

「生きてる気がしないよ……」

天日の屋敷の応接間で、彬従はぐったりとしていた。

「俺に聞きたいことって何?」

「藤城商事を知ってる?」

「ああ……」

「高塔財閥を乗っ取るつもり?」

「多分ね。動かしてるのは俺じゃないから、詳しくは分からない。」

柊は鼻で嗤った。

「あれは瑠璃さまが仕切っている。狙いはお前だ。」

彬従は凍りついた。

「仕掛けられた罠は藤城だけじゃない。遅かれ早かれ高塔財閥は壊滅させられる。」

柊はフラリと立ち上がった。

「俺は総裁になれば、天日財閥を自分の手で思うがままに操れると思っていた。」

窓辺に寄りかかり、柊はぼんやり外を眺めた。

「でも現実は違った。天日財閥を動かしてるのは瑠璃さまだ。俺達はチェスの駒のようにあの人の手で転がされているだけなんだ。」

「シュウが……そんなことを言うなんて……」

彬従は愕然とし言葉を失った。

「うん、情けないよ、何も出来ない自分が……華音やお前に火の粉が降りかからないようにしてやるのが精一杯だ。」

皮肉屋でいつも自信たっぷりだった柊の虚ろな瞳を彬従は初めて見た。

「アキ、ここには来るな。瑠璃さまの手に堕ちるな。」

柊は振り返り、フッと微笑んだ。

彬従は歩み寄り、柊の肩に頭を押し付けた。



迷い続ける意識と戦いながら、車を走らせ我が家に何とかたどり着いた。

ドアを開けた瞬間、華音が飛びついた。

「おかえりアキ!」

「ごめん、遅くなって……」

「沙良はどうだった?」

「逢えなかった。またしばらく面会謝絶なんだ。」

華音のことが原因だとは言えなかった。

「チビあきもしばらくここには来れない。」

何も言わず、華音はぎゅっと抱きしめた。

「とにかくゆっくり休んで。顔色が悪いわ。」

導かれるままにソファーに座り、華音の胸に顔をうずめた。

何が正解なのか……

彬従は混乱した。

華音の温もりだけは守りたかった。

その時、華音の携帯が震えた。

「えっ?」

画面を見た途端、驚きの声を上げた。

ずっと連絡の取れなかった柚子葉からの着信だった。


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