業火の果て(アルファポリス版)

みきかなた

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第30章 奇跡

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華音は車を飛ばし、深夜の病院に向かった。当然のように彬従もついて来た。疲れているんだから家で待つようにと言ったが無駄だった。

救急外来の出入り口で一人の中年女性が待っていた。

「高塔華音さんですか?」

駆け込んで来た華音に女性は問いかけた。

「はい!柚子葉さんは無事ですか?」

「ええ。でも数日入院が必要らしくて……」

勤め先のスーパーで勤務中に倒れたとのことだった。

「私は保育園の園長をしている前村と言います。勤め先の緊急連絡先が私のところになっていたので……」

「保育園?」

「ユズの息子さんを預かっているんです。」

「えええっ!?」

華音と彬従は驚いて顔を見合わせた。



華音達は薄暗い病室に通された。患者ごとに仕切られているピンクのカーテンを開けると、布団の端を握りしめる白く細い手が見えた。

「ユズっ!」

華音はベッドに飛びついた。

「華音……来てくれたんだ……」

「もう!なんでいっつも黙って居なくなるのよっ!心配してたんだからっ!」

「ごめんね……」

力無いが、昔と変わらぬ鈴を転がすような可愛い声だった。

「身寄りの方に連絡を取らないといけなくて……ユズに聞いたらやっとあなたの連絡先を教えてくれたんです。」

「そうだったんですか。ありがとうございます!」

「私の園は無認可で、訳ありのお母さんが多いんです。ユズともウチの園で知り合いました。生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて独りで頑張っていて……いい加減な親も多いのに、この子は働き者で凄く子供思いなんです。」

「志穂さん、迷惑掛けてごめんなさい。預かってる子供達もまだ残っているでしょ?」

「大丈夫。えっちゃんに頼んできた。」

華音はぎゅっと柚子葉の手を握った。

「赤ちゃんがいるの?」

「うん。」

「誰の子供なの?」

華音に尋ねられ、少しためらい、思い切ったように柚子葉は口を開いた。

「シュウの……子供よ。」

「えええっ!」

華音と彬従は声を揃えて叫んだ。

「ごめんね、だから華音やミセツさんを頼れなかった。あの頃はまだミセツさんとシュウは付き合っていたから……」

柚子葉はすまなそうに唇を噛んだ。

「私には遠慮しなくて良かったのに!」

胸に押し込めるように華音は抱きしめた。

「ありがとう華音……」

柚子葉は安心してポロポロと涙を流した。



その晩は、病院に柚子葉を預けることになった。

華音達は前村志穂の保育園に向かった。駅前にあるマンションの一室に、自宅と託児所を兼ねた園はあった。

「ユズの具合はどうですか?」

アルバイトの大学生、悦子が心配そうに待っていた。

「過労だって。しばらく入院することになったわ。」

「ユズは無理し過ぎなのよ!あんなに仕事を掛け持ちするんだもの。」

悦子は頬を膨らませた。

「今日はありがとう!残業代はずむからね!」

「いいですよぉ!ユズのためだから。」

悦子は腕に抱いていた赤ん坊に笑いかけた。悦子から赤ん坊を受け取ると前村は振り返った。

「華音さん、この子です。名前は蓮、ユズの子供です。」

「わぁぁぁっ!」

華音は目を見開き、柚子葉の息子にうっとりと見惚れた。



華音と彬従は無謀にも、柚子葉の赤ん坊を自宅に連れ帰った。

前村には小学生の娘と生まれたばかりの子供がいた。蓮を預かると言ってくれたが、柚子葉が退院するまで夜は面倒をみることにした。

彬従はいつまでも腕の中の赤ん坊に見入っていた。だが、あやしても、蓮はムッとしたままだった。

「やっぱりシュウに似てるよ。すげぇ無愛想だ。」

「疲れているんじゃない?アキもいい加減に寝なさいよ。」

渋々ベッドに蓮を横たえ、彬従はそばで添い寝した。

突然、蓮は泣き出した。

「どうしたんだろ?」

「おしっこかな?」

前村にもらった育児メモを見ながら二人で右往左往した。おむつは濡れていないようだ。

「私が抱っこする!」

華音が胸に抱くと、蓮は小さな顔を押し付けた。

「おっぱいが欲しいのかな?」

胸を開けて乳を吸わせようとした。

「何してるの?」

彬従は唖然とした。赤ん坊は小さな手で華音の胸を弄った。

「くすぐったい!ママと間違えてるみたい!」

華音は嬉しそうに笑いかけた。

「やめなよ!おっぱいなんか出ないだろ!」

彬従は慌てて赤ん坊を引き離した。

「アキ、怒ってる?」

「怒ってない!」

「ヤキモチ妬かないでよ、赤ちゃんなのに。」

人肌に温めたミルクを用意し、彬従は急いでベッドに戻った。蓮はゴクゴクと音を立てミルクを飲んだ。

「この後背中をトントン叩くらしい!」

華音が赤ん坊を肩に掛け、背中を叩いた。ゲプッと息を吐き出し、蓮はしばらくしてスヤスヤと寝てしまった。

彬従は蓮を眺めながらふわりと嬉しそうに笑った。

「すげぇ可愛い……シュウに逢わせたらあいつどんな顔するかな?」

華音はふと眉を寄せた。

「ユズは知らせたくないって……」

「そんな……シュウなら絶対喜ぶよ!」

しかし華音はただ首を横に振るだけだった。



蓮は大人しい子供だった。明け方に目を覚まし、ミルクを飲み、部屋をハイハイして回ると彬従の腕の中でまた眠りに就いた。

出勤前に、前村の保育園に蓮を預けに寄った。前村は心配そうに出迎えた。

「大丈夫でしたか?」

「全然手の掛からない子でしたよ。」

華音が前村に渡した途端、火がついたように蓮が泣き出した。

「あらどうしたのかしら、蓮がこんなにぐずるなんて!」

華音の腕に戻ると蓮はピタリと泣き止んだ。

「まあ!華音さんに懐いてしまったのね。」

「……アキ、ヤキモチ妬かないの!」

ムッとしている彬従を見て、華音はケラケラと笑った。

「まだ1才にならないのに、蓮は我慢強い子なんですよ。」

「お母さん譲りかな……」

華音が呟いた。



会社に着くと、彬従は次々と電話を掛けた。

「何をしてるの?」

祐都はイライラした。

「悪い。午前中手が空かないから。」

「10時から会議だよ。」

「ヒロト、代わりに出てよ。」

「アキがいないと話が進まないだろ!」

「お前に任せる!」

「アキ、手続きは済んだ?」

華音が社長補佐室にやってきた。

「ああ、行こうか。」

「ヒロト、お願い。ちょっと外出してくる!」

「華音まで居なくなってどうするんだよ!」

呆れる祐都を残し、華音と彬従は楽しそうに出て行った。

「私が代わりにお手伝いしますよ。」

見かねた瑛が祐都を慰めた。



柚子葉は高塔家の専属病院に移された。大きな特別室にベッドを設けられ、柚子葉は落ち着かないようにキョロキョロした。

「こんなに立派なお部屋じゃ悪いわ!」

「いいのよ!美味しい物を食べて温かくしてゆっくり休んでね!」

華音が微笑むと、柚子葉は涙ぐんだ。

「シュウに言わなくていいのか?あいつならきっと君達を受け入れるよ。」

彬従は納得がいかないようだった。

「でも、私が勝手に産んだのだもの……」

すっと目を閉じ、柚子葉は口を開いた。

「本当はね、堕ろそうと思った……仕事も無くなるし、ミセツさんのことも裏切ることになるし……」

再び目を開けた柚子葉は優しい笑顔を浮かべた。

「でも産みたかった。知ってる?シュウは無精子症なの。」

華音がうなずいた。

「全く精子が無い訳じゃなくて、稀に生殖能力のある精子が出来る。でも何億分の一の確率だって、付き合っていた頃に聞いた……蓮はそんな奇跡の子供なの。だから産みたかった。育てたかった。シュウのために……私のために……」

「蓮は好い子よ。きっとお母さん想いの子になる。私もママの真似事が出来て楽しかった!」

「私、蓮のためならどんな苦労だって出来る……」

「まずは身体を元に戻さないとね!」

華音が励ますと柚子葉は嬉しそうに涙を流した。



二人きりの社長補佐室で、祐都と瑛は仕事に追われた。ふと顔を上げ、パソコンを見つめる瑛の横顔に祐都は釘付けになった。

「どうしました?」

気づいた瑛がパッと顔を向けた。

「いえ……アキの気持ちが分かるなって……」

不思議そうに微笑む瑛が愛おしかった。一時遠ざけられていたが、瑛から祐都を求めるようになった。

「キスしていいですか?」

「まるでアキみたいですね!」

祐都はすっと椅子を寄せ、瑛の顔を両手で挟んで唇を重ねた。

「ヒロトらしくない。」

「瑛さんが可愛いからです。」

「二人の時は呼び捨てでいいですよ……」

瑛も自ら祐都に唇を重ねた。

「ヒロト!ごめんね、今帰ったから……」

突然華音がドアを開けた。

「あっ!おかえりっ!」

慌てて祐都は立ち上がった。

「お邪魔しました!」

真っ赤になった華音はクルリと背を向け走り去った。



「キャー!アキぃぃ!」

社長室に駆け込み、華音は彬従にしがみついた。

「大変よ!ヒロトが瑛さんにキスしてたっ!」

「へぇ!あいつも我慢出来なくなったか!」

「知ってたの?」

「ずいぶん前からだぜ、付き合い始めたの。」

華音は愕然とした。

「何が気に入らないんだよ?」

「だって、ヒロトに彼女が出来るなんてショックだわ!」

「あいつに彼女がいない方がおかしいから!瑛さんなら文句無いじゃないか。」

グズグズと拗ねる華音に彬従は苛立った。

「ヒロトが好きなの?」

「違うけど……」

「華音には俺がいればいいだろ!」

華音を抱え上げ、ソファーに押し倒し、彬従は彼女を愛撫した。



高塔財閥はまた慌ただしくなった。

藤城商事を始めとする天日財閥の罠を回避するため、彬従は祐都や瑛と共に恭弥の重役室に籠もりきりになった。

「私も混ぜて欲しいのに!」

華音は秘書の織田にブツブツと文句を言った。

「通常の業務だって山のようにあるんですよ!あの三人が居なくてただでさえ忙しいんです。社長には茉莉花さまと一緒にこちらを片付けていただきます。」

茉莉花の腹心として長年鍛えられた織田のふんわりした笑顔に、華音は思わず癒された。



夜になり、一段落がついた。

瑛は携帯電話を見て驚いた。長谷川凉から何件もの着信やメールが届いていた。食い入るように見つめる瑛を、祐都は心配した。

「何かあったんですか?」

「凉が……由良さまと婚約するそうです。」

瑛が言葉を詰まらせた。話を聞きつけた彬従も愕然とした。

「由良さまは、沙良さまのお世話を理由に見合いを断り続けていらしたそうです。でも、さすがに瑠璃さまも痺れを切らせたのでしょうね。」

「長谷川さんならめっちゃ好い人だって、貞春さんが言ってましたよ?」

祐都が不思議そうに尋ねた。

「凉には籍は入っていませんが妻子がいます……」

彬従と祐都はハッと目を合わせた。

「そして、凉を天日家に呼び戻すと言うことは、もうすぐ何らかの動きがあると言うことです。」

瑛はきつい眼差しで真っ直ぐ前を見つめた。



凉に請われて、瑛は彼の家を訪れた。祐都と彬従もついて来た。

「すみません……夜遅くにお呼び立てして……」

「私達は構いませんよ。」

憔悴した凉を見て、瑛は心を痛めた。

「瑠璃さま直々にお声が掛かり、一昨日天日家に行きました。その場で婚約を言い渡されました。」

「由良は何と言ってるんです?」

彬従は心配した。

「分かりません……でもお母さまには逆らえないでしょう。」

青ざめた凉の脇には彼の妻が寄り添っていた。

「瑛さん、俺がこの前言ったことは本当です。」

凉は妻を抱き寄せた。

「俺はこいつと別れる気は無い。今の優しい生活を失うつもりは無い……でも、瑠璃さまのご命令を無視する事も出来ない……」

「分かりました。何とかしましょう。」

瑛は凛として凉の手を握りしめた。



翌日彬従は休みを取り、天日の屋敷を訪れた。由良に逢うためだ。

「由良、婚約するって本当なのか?」

応接間でソファーに座り、由良はうつむいたままうなずいた。

「相手の男には奥さんと子供がいるんだ。好い人には間違いないけど……」

「知ってる。凉ちゃんは私の幼なじみだもの。」

「そうか……」

「もう嫌、天日の家なんか……」

由良は涙を流した。

「私はいつも沙良と比べられてきた。天日家の跡取りとして完璧な沙良と……私は出来損ない扱いだった……」

「そんなことは無いよ!」

彬従は由良の肩を抱いた。

「沙良が病気になって、天日の当主としての資質が疑われているの。だから私に代役が回ってきたのよ。だけど、そんな勝手な事には従えない。凉ちゃんは好きだけど結婚なんて考えられない!」

「どうするの?」

「私、婚約破棄する!天日の家を出る!アメリカに渡ってファッションの勉強をするの!沙良と一緒に生活していた時の知り合いがいるから頼って行くわ。」

由良はいつもの明るい笑顔に戻った。

「俺に手伝えることがあったら何でも言ってよ。」

「ありがとうアキ!やっと決心がついた。頑張るわ、貧乏には慣れてないけど……」

「俺も大学時代仕送りを止められて死にそうだったけど、何とかなるもんだぜ!」

「生活が苦しくなったらアキにご馳走してもらいに行くからよろしくね!」

「アハハ!」と大きな声を上げ、彬従と由良は笑い合った。





突然の嵐がやってきた。

藤城商事が倒産した。表向きは会社の急成長に依る無理な業務拡大が原因で資金繰りに行き詰まったと言われた。しかし、全ては天日財閥から派遣された社員達の仕業だった。

藤城商事と取引のあった会社の中には連鎖倒産を余儀なくされるところも多かった。

事前に動きを察知し対応していた高塔財閥の被害は奇跡的に最小限で済んだ。

「酷い……何のためにこんなことをするの?働いている人達はどうでもいいの?」

華音は涙を浮かべた。彬従は抱きしめキスを繰り返して慰めた。

―――これで終わるのだろうか……

不安が胸を過ぎった。



貞春に誘われ、華音と彬従は債務整理中の藤城商事の本社を訪れた。

社長の藤城智也が出迎えてくれた。疲れきっていたが、何とか笑顔を作ってみせた。

「やっぱり俺は社長に向いてなかったのかなぁ、どう思う、サダキチ?」

わざとおどけて智也は笑ってみせた。

「サダキチって呼ぶな!つーか会社の一つや二つ潰れたってまたやり直しゃあイイんだよ!」

貞春はパンパンと智也の背中を叩いた。

「そう言えば、貞春さんも潰したばっかりですね、桐ヶ谷観光開発!」

「あんなダサい名前の会社なんかやってられるかっ!つーか中身はカザバナホテルズアンドリゾートに移行したから潰した訳じゃないぞ!」

彬従のからかいにも動じない貞春だった。

「それよりこれからどうするよ?」

貞春の問い掛けに、智也はため息を吐いた。

「借金返済は目処がついた。俺は独身だし、また一から始めるさ。」

「トモさん、俺にも手伝わせてください。」

凉が頭を下げた。

「凉は天日に戻りなよ。奥さんも子供もいるんだから……」

「いいんです。もう天日家とは手を切ります。婚約話も相手の方が家出して無くなりましたから。」

由良に家出をそそのかした彬従をチラリと見て、華音はウフフと笑顔になった。

「凉が居てくれるなら、俺は何だってやれるさ。」

智也は目を閉じ微笑みを浮かべた。

「家族にも友達にも愛想を尽かされていた俺を、凉だけはいつも信じて励ましてくれた。お前の信頼があったからここまでやってこれたんだ。」

智也の言葉に、凉は目を潤ませた。

「あの、実はお願いがあって来たんです。」

華音が智也と凉に語り掛けた。

「藤城と高塔で合弁会社を立ち上げませんか?今度の件で傷ついた会社が沢山あります。対応する手がいくらあっても足りません。」

「俺の会社がその原因なのに?」

智也はうつむいた。

「やり直したい、その意志のある会社だけを相手にします。智也さんの才能があれば可能な事だと思います。」

「俺を信じてくれるなら、出来る限りの事はやらせてもらうよ。」

「信じています。絶対にやり直せます。」

華音は智也と凉の手を合わせ、固く結んだ。横で涙を流す凉を抱きしめ、智也は決意した。



「つーか、貞春さん、ホテルカザバナから手を引いたの?」

帰り際、彬従はそれとなく貞春に尋ねた。

「経営も今までになく順調だ。俺が手を出さなくてもやっていけるさ。」

「その後ミセツさんとはどーよ?」

「どーもこーも、何にも変わらねーよ。」

貞春はしゅんとした。

「誰か好きな男がいるのかねぇ、俺がミセツと付き合うなんて奇跡に近いのかねぇ……」

ガクリと力を落とす貞春を、彬従も華音も励ましたいと願った。



仕事が終わると、華音と彬従は急いで高塔の屋敷まで車を飛ばした。

退院した柚子葉を引き取り、母子共々高塔家で面倒をみることになったのだ。

「おかえり!」

詩音が出迎えた。美桜が家を出た後、母の茉莉花と共にこの屋敷で暮らしていた。

「聞いてー!さっき蓮が初めて伝い歩きをしたの!」

「ええっ!見たかった!」

キャーと声を上げ、詩音と華音ははしゃいだ。

リビングでは、ソファーに柚子葉が横たわり、その隣りで美雪が蓮をあやしていた。

「ミセツさん、お久しぶりです!」

「おかえり、華音ちゃん、アキ!ねぇ、蓮は可愛いわね!」

美雪がスリスリ頬ずりすると、蓮はキャッキャと声を立てて笑った。

「こいつはやっぱりシュウに似てる。女には愛想がいいんだな!」

ムッと彬従が口を曲げた。

「アキ!赤ちゃんにヤキモチ妬き過ぎよ!」

大人気ない彬従に、華音は呆れた。

「私も赤ちゃんが欲しくなる!」

詩音は呟いて、思わずハッと姉を見た。

「詩音とトキで沢山家族を作ってね!」

くりくりと妹の頭を華音は撫でた。

「私にも……奇跡が起きるといいのに……」

腕の中に蓮を抱き、華音は柔らかな頬を指でプニプニと押した。

「願っているだけじゃ奇跡は起きないわ……華音なら大丈夫。あなたから行動すれば、きっと奇跡は起きるわよ。」

柚子葉が身体を起こした。

「そうね……そうよね。」

柚子葉の腕に蓮を預け、華音は彼女に寄り添った。



まだ体調が万全でない柚子葉は連を連れて早めに部屋に引き上げた。詩音も宿題を片付けに部屋に戻った。

華音はお茶を用意し、美雪をもてなした。

「ミセツさん、貞春さんのこと、どうですか?」

「好い人だと思う……」

「確かに貞春のオッサンは好い奴だ。」

彬従が腕組みしてうなずいた。

「貞春さん、別会社も立ち上げて、ホテルカザバナからも手を引くって言ってた。もう、私に逢いに来てくれないのかな?」

華音も彬従も答えに困った。

「ミセツさんは好きな人がいますか?」

彬従は率直に尋ねた。

「うん……でも、最近彼女が出来たみたいなの。」

「もしかして……ヒロト!?」

美雪の顔がぱああと朱に染まった。

「前にさり気なくコクったけど、全然相手にされなかった。今は彼女にメロメロみたい……私に逢うと彼女の話ばかりするんだ。」

「ヒロトの奴、今まさにモテキだな!」

「アキ!茶化さないの!」

華音は困り果てた。

「いいの、茶化してもらった方がスッキリする。ヒロトのことは笑って諦めるわ。」

少し悲しげな笑顔で美雪は答えた。



美雪を見送りに玄関に出ると、ちょうど茉莉花が帰宅した。

少し世間話をし、美雪に別れを告げると、茉莉花がぐっと彬従の腕を掴んだ。

「ちょうど良かった。あなたに話がある。」

青ざめた顔で茉莉花が囁いた。

彬従は彼女の書斎に連れて行かれた。

「すみません……子供のことは全て俺の責任です。」

理由も分からず彬従は先に謝罪した。

「ああ……あなたにソックリなあの子ね。あの頃、私もあなたに子供を作れと散々言っていたから……」

茉莉花は額に手を置き、ふーっと深くため息を吐いた。

「あなたを呼んだのはその事じゃ無いの。」

彬従は戸惑った。

「彬智のことなの。」

厳しい視線で茉莉花は見つめた。

「あなたのお父さんは末期癌なの。ずっと闘病を続けてきた。でも、今日お見舞いに行って、主治医に余命1ヶ月と言われたわ……」

茉莉花は涙を堪えていた。

彬従の頭の中で、彼女の言葉がぐるぐると渦を巻いた。

足先から力が抜け、彬従はその場にガクリとひざまずいた。



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