異世界ネクロマンサー

珈琲党

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04 墓場での出来事

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 粗末な飯で腹を満たし、人心地ひとごこちが付いた。
 それにしても、今日は結構いろいろあったなぁ。クロゼルがいなかったら、たぶん王都でリサともども死んでたぞ。
 眠そうにしていたリサを寝かせて、俺は焚火の番をすることにした。

 静かだ。木のはぜるパチパチという音しかしない。こういうところに住むのもちょっといいかもしれないな。


『あの手配書は娘の村まで伝わっているかもしれんぞ』

『どうだろうな、そこまでするかな?』

『単に逃げただけならそこまではすまいが、騎士を幾人も殺しておるからの。あやつらも一応貴族じゃから、しつこく追われるおそれはある』

『う~ん、そうだなぁ。とりあえず村までは行ってみて、それからかな』

『ふむ、出たとこ勝負か、フフフ……』

『まぁな。あんまり先のことまで考えても仕方ないよ』


 俺とクロゼルが無言で会話してると、リサがむっくり起き上がった。

「お、どうした?」

「誰かそこにいた?」

 リサが俺の横の誰もいない空間を指さす。
 そこにはクロゼルがいるのだが、リサには見えないはずだ。

「いや、いないぞ」

「む~ん、イチロウと女の人が楽しそうに話してた気がしたんだけどなぁ……」

「何だそりゃ、夢でも見てたんだろ」

「かもしれないけど……」

「まぁあれだ、ここは墓地だからなぁ。何が見えても不思議じゃねぇよな。ふふふ……」

 俺はあえて低い声をだす。

「ちょ、ちょっとやめてよぉ……」

 リサが何やらもぞもぞしている。

「なんだ?」

「……おしっこ」

「あぁ、茂みならその辺にいくらでもあるぞ」

「だって、怖いし……」

「はぁ? お化けが怖いのかよ」 

「もぅ! ここでする!」

「おいおい! えぇ~」

 いくら暗いといっても、俺から白い尻が丸見えだぞ。でも、それを言うと怒るので何も言わないでおこう。
 シャー、ジョボボ……。湯気が立ち上る。
 リサはスッキリした顔でまた寝床に入った。豪胆な奴だなぁ。


 俺はクロゼルにたずねる。

『リサにもお前の姿が見えてるのか?』

『ふむ……。夢うつつの状態では、あるいは見えることがあるやもしれぬ』

『もしかして、クロゼルは生前は女だったのか?』

『うむ、あまり詳しくは覚えておらんが、女だったのは確かじゃ』

『あんまり女らしくないが……』

『それは肉体に依存することじゃからの。今は魂のみの存在ゆえ』

『なるほど、そういうものか』


 今のクロゼルから生前の姿を想像するのは難しそうだ。早々にあきらめて、俺は一つあくびをした。

「ふわぁぁぁ……、うん?」


 カシャン、カシャン、カシャン、……
 金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。

『何か近づいて来てるのか?』

『うむ。しかし、人ではない』

『まさか化け物のたぐいじゃないだろうな』


 お化けだろうが死霊だろうが、害さえなければ別にどうでもいい。
 王都近くの街道だから、危険なモンスターはいないと聞いている。といっても、絶対の保証はないしな。まいったなぁ、武器らしい武器を持ってないぞ。金をケチらず、護身用の剣でも買っておくべきだったか……。

 逃げる必要があるかもしれないので、リサを叩き起こした。

「何かが近づいている! 人じゃないようだが」

「えぇ!? モンスターなの?」

「知らん。とにかく逃げる用意をしとけ!」

「わ、分かった」
 
 俺は一応料理用のナイフを出して構える。リサは慌てて荷物をまとめている。

 カシャン、カシャン、カシャン、……
 近いな。すぐ近くまで来ている。

 墓場の入口から姿を現したそいつらは、一見すると人に見えた。
 十人くらいいるようだ。しかし何か動きがぎこちなく、姿かたちもヒョロヒョロしている。

 カシャン、カシャン、カシャン、……

 彼らは俺たちを見つけると、墓場にゆっくりと入ってきた。そして、俺の数メートル手前で静止して、こちらを見つめた。彼らには目玉がなく、そのかわりに青白い炎がぼぉっと灯っている。
 皮膚も肉も全て削げ落ちた骨だけの体。手にはボロボロの剣を持ち、ボロボロの甲冑(かっちゅう)を身にまとっている。
 俺はなぜか危機感をおぼえず、なんだかクロゼルに似ているなと思った。

 リサは、ヒャっと短く悲鳴を上げて俺にしがみついてきた。膝をガクガクさせて上手く立てないらしい。

「リサ、あいつらは何だ?」

「ス、スケルトンよ! なんで知らないのよ!」

「危険なモンスターなのか?」

「あれだけいたらもう勝ち目はないわ。逃げることもできないし、私たち殺されるのよ……」

「そうか、ふ~む」


『あれはクロゼルの仲間か?』

『フフフ……、似ているが別物じゃ。あやつらは仮の魂を与えられた、いわば自動人形だからの。正確にはモンスターですらないのだ』

『攻撃してくる様子はないな』

『ふむ、本来はあやつらに指示を出す術者が近くにいるはずじゃが……、やはり誰もおらんのぉ。もしかすると、術者が死んだか何かで手綱が切れたのかもしれぬ。野良のスケルトンじゃの、フフフ……』

『意味もなくさまよい続けてるってこと?』

『おそらくはそうじゃ。特に命令らしい命令を受けておらんかったのだろう』

『連中はなんで俺を見て固まってるんだ?』

『ふむ……。イチロウを主人と思っているのではないかの。試しに何か命令を下してみよ』


「よし! お前ら横一列に整列!」

『『……カシコマリマシタ、ますたー……』』

 骸骨の兵士たちがぎこちない動きで整列し始めた。
 ガシャガシャ……、ガシャン!

『『……セイレツカンリョウ、ますたー……』』


「よし! 番号!」

『……イチ』
『……ニ』
『……サン』
『……シ』
『……ゴ』
『……ロク』
『……シチ』
『……ハチ』
『……ク』
『……ジュウ』

 ザッ!

『……ソウインジュウメイ、ますたー……』


「おぉ! すげぇな!」

「ひぇぇ~、何よこれ……」

 リサはまだ俺にしがみついて怯えている。

「大丈夫だ、リサ。こいつらは俺の命令を聞くんだよ」

「えぇ!? なんでよ。イチロウって魔導師か何かなの?」

「さぁ、理由は知らん! でも、まぁ便利そうだし、いいじゃん」

「何よそれぇ!」


 俺はスケルトンたちの前に立ち、命令を出した。
 
「よし! お前らの任務は俺たち二人の護衛だ! とりあえずは周囲の警戒に当たれ!」
 
『『……カシコマリマシタ、ますたー……』』

 スケルトンたちはガシャガシャと音を立てて墓場に散らばっていった。


「リサ、日の出までまだ時間があるだろ、それまで寝てな」

「目が覚めちゃったよ~」

 リサは胡坐をかいている俺の上に座って甘えてくる。もうスケルトンたちには慣れたようだ。立ち直りが早いな。

「これでも飲んで落ち着け」

「ぷは~」

「おぉ、いける口だねぇ」

「何よそれぇ……」

 俺たちは水代わりのワインを回し飲みしながら、焚火の前で夜明けを待った。
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