異世界ネクロマンサー

珈琲党

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45 馬のスケルトン

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 伯爵に、大イナゴ駆除の報告をしてから十日程後。
 使者が大きな荷物を積んだ馬車でやって来た。
 さすがに一人では大変だったとみえて、今回はお供も二人ほど連れている。
 荷物の感じからすると、俺の要望をかなえてくれたようだ。

「このたびのイチロウ殿のご尽力に対する、ご領主様よりのお礼の品でございます。
 それにしても、本当にこのようなものでよろしいので?」

 使者は眉をひそめつつ、供のものに命じて荷物の覆いをとらせる。
 すぐさまハエの大群がぶわっと飛び出す。あたりに広がる臭いも強烈だ。
 馬車の荷台の上には赤黒い骨の山があった。
 血や肉の欠片でぬらぬらと光っている。ちょっとジューシーすぎるな……。
 俺たちは鼻をつまんで後ずさる。

「ぐふっ! りざ、ずまないが……」

「う”ん、わがった”」

 リサがすかさず、洗濯の魔法をかける
 骨の表面に付着していた腐った肉が消滅して、ハエや臭いが霧散した。
 使者たちは、リサの魔法の効果にビックリ仰天している。
 やはり、この世界の人間にも魔法は珍しいものなのだろう。

 俺は改めて骨の山を確認した。
 馬っぽい頭蓋骨が二つあるのは確認できる。
 本当に馬なのかは知らないが、伯爵が偽物をよこすはずもないだろう。
 俺は使者に大きくうなずいた。

「それでは早速……」

 俺が馬の骨に意識を集中すると、カチリと何かがつながる感触があった。いけそうだ!
 偽りの魂を注入してやると、バラバラだった骨がひとりでに組み合わさって、馬の形になった。
 空洞の眼窩にポッと青白い炎が灯って、ブルっと身を震わせた。

「よし! たちあがるんだ!」

 馬スケルトンはぎこちなく体を起こす。
 荷台からやや危なっかしい足取りで降り立つと、俺に向かってヒヒンといなないた。
 お供の者たちは、声もなく尻もちをつく。腰が抜けたらしい。

「こっ、これはスゴイ! みっ、見事な魔法でございますな」

 使者がやっと言葉を絞り出した。
 俺は残った骨の山を使って、さらにもう一頭の馬スケルトンを作り出した。

「このままじゃぁ、寂しいからな……」

 馬スケルトンは初期設定だと、裸のままらしい。
 外観の設定をいじって、見栄えのする鞍や手綱を装着したものに変更した。
 スケルトンたちの装備は、空気中の魔素から自在に作り出すことが出来るのだ。

 俺は骨太で堂々とした体格の馬スケルトンに満足する。
 リサは早速、馬スケルトンに駆け寄って、またがろうとしている。

「良い馬をありがとうございます」

 俺はまだ目を丸くしている使者たちを十分に労ってやった。




「それにしてもタマゲタなぁ。あんなスゴイお人がいたとはなぁ」

「全くだ、馬のスケルトンなんて初めて見た」

「おい、あのスケルトンの鎧を見ろよ、ピカピカだぞ!」

「王国の騎士とどっちが強いんだろうな」

「これ! あまりキョロキョロするでない! まだ敷地の中だぞ」

「「ははっ!」」

 供の者をいさめつつも、使者は内心上機嫌だった。

 イチロウ殿は馬の骨に満足してくれたようだ。
 返礼品として、酒や砂糖をどっさりもらった。
 領主様もおよろこびになるに違いない。

 毎度のことであるが、使者である私にも土産を持たせてくれる。
 あの恐ろしく美味い酒は、味に見合って恐ろしく高価なのだ。
 それを小ぶりの樽に入れてポンとよこすのだから、受け取る手が震えてしまった。
 それだけではない、砂糖や干し肉に、酢もある。どれも一級品だ。
 今回は供の者の分まである。なんとも気前の良いことだ。
 供の者たちが浮かれるのも分かる気がする。




「伯爵から褒美をもらったんでしょ? 宝石はどこよ?」

 ベロニカが図々しくも、褒美を要求する。

「ん? あの馬スケルトンがその褒美なんだが……」

「なっ!? なんで馬のスケルトンなのよ!」

「スケルトンは良いぞぉ。なにせ文句も言わずに、黙々と働いてくれるからな。な? リサ」

「うん! この子たちにも名前を付けようよ」

 リサは、もう馬スケルトンを乗りこなしている。器用な奴だなぁ。

「ベロニカは今回は何もしてないから褒美はなし」

「むぅ……」

 俺はふと気になって、ベロニカのステータスを確認する。
 やはり、熟練度に変化がない。
 全然働いてないってことなのか、レベル上げしにくい種族なのか……。

「そういえば、ベロニカって何百年吸血鬼をやってるんだ?」

「じょ、女性に年齢を聞くのは、失礼なのよ! バカじゃないの?」

「でもお前はそのバカのしもべじゃないか。つまりバカ以下ということだな」

「キィィ」

「もう! イチロウ。ベロニカをイジメちゃダメだよ」


『フフフ……、吸血鬼なぞに期待してもどうにもならぬぞ』

『そうなのか?』

『肉体を持ったまま、この世に永遠に囚われておるのじゃからの。
 多くの者は時間の感覚が希薄になり、ただ漫然と時を過ごすことになる。
 何百年と年を経たすえに、発狂するものも少なくはないのじゃ」

『うわぁ……。でも、クロゼルは大丈夫なのか?』

『私は魂だけの存在じゃからの。しかし、本当のところは私にもわからぬ』

『へぇ、そういうものなのか……』


「まぁ、あれだ、ベロニカには期待してないから、適当にゆるく生きてくれ」

「はぁ!? なによその言い方!」



 馬スケルトンはやはり画期的だった。
 家から卸所まで歩くと、二時間はかかっていた。
 それが馬だと十分もかからないのだ。
 ニンジャに背負ってもらえばもっと速いが、絵面えづらが最悪だからなぁ。
 俺もそれなりに知られた魔導師だ。移動する様もかっこよくないとな。

 なんにしても、俺もリサも自分専用の足を手に入れて、大満足なのだった。

「餌とかあげなくてもいいの?」

「他のスケルトンたちと同じだ。空気で動くから世話はいらないぞ」

 この世界のスケルトンたちは、空気中の魔素を取り入れて動く。
 ついでに言うとゾンビも同じだ。映画のように人肉を貪ったりはしない。

 彼らは偽りの魂を収納している核さえ無事なら、いつまでも活動できる。
 ランニングコストがゼロという、夢のような労働力なのだった。

「しかし、空気中の魔素も無限というわけじゃないだろうしな……」

『クロゼル、魔素っていうものは、そもそもどこから湧いてくるんだ?』

『そこらの草木から放出されておる。魔素の濃度が見えるのじゃろ?
 よくよく目を凝らせば、自ずと分かることじゃが。お主もまだまだじゃの、フフフ』

『そうだったのか!』

 木の近くの魔素濃度が高いことには気が付いていたが、そういうことだったとは。
 確かに、木の中から外へ向かって、魔素の濃度が波打ちながら変化している。
 俺は魔素の枯渇を心配したが、なんのことはない発生源がすぐそばにあったのだった。
 もっと観察力を養わないといけないなぁ。

「リサは魔素がどこから来るのか知ってるか?」

「うん。その辺の植物が作ってるんだよね」

 普段から作物に接しているリサにとっては常識なのだった。

「お、おう、そうだよな」

『たしかに俺はまだまだだ……』

『フフフ』

 
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