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10.エミリア嬢と昼食を
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オードリー嬢とエミリア嬢は、ぽかんとアルバートを見ていた。
それは俺もおなじだった。違いといえば、彼女たちの目に映るのはアルバートの顔で、俺は背中だっていうことくらいだ。
どうしたのでしょう、アルバートくん。教室で別れたはずの君が、なぜここにいるんでしょうか。
俺たちの凝視もなんのその、アルバートがさわやかに話しかける。
「ご令嬢方の楽しい語らいを邪魔してしまったかな」
「いいえ、そんなことはございません」
あわててオードリー嬢が淑女の礼をとろうとしたけど、アルバートは手を振ってやめさせた。そのしぐさで、オードリー嬢が彼の身分を知ってることがうかがえた。
アルバートは、普通に考えて学園の有名人なんだろうな。俺みたいに事前にこの顔を知らなかったのは、少数派なのかもしれない。
「私はただの生徒だよ。学園には外の立場をもちこまない、そうだろう?」
「はい、そのとおりでございます」
「一年のアルバートという」
「わたくしは、一年のオードリー・ウェ……オードリーです。ごあいさつを申し上げることができ、身にあまる光栄でございます」
とっさに家名を口にしかけて、言い直した。手入れの行き届いた身なりだし、尊大な態度だし、オードリー嬢は貴族なんだろう。
「そちらは、私とおなじ組のエミリア嬢だね」
「ははは、はいっ。エミリアです!」
「これから昼食かな。さしつかえなければ、私と私の友人のノアが同席してもいいだろうか。今日は、彼と外で昼食をとるつもりでね」
アルバートが登場しただけで、ギスギスした空気が一変した。なめらかなやりとりがまるで社交場みたいだなって思ってたら、いきなり俺も混ぜられた。
「誰がおまえの友人だ! そんなものになったおぼえは、さらさらない」
「ノアは少々恥ずかしがりやなんだ。ときどききつい言い方をするが、照れ隠しだと思ってほしい」
エミリア嬢への高圧的な態度はどこへやらで、オードリー嬢が丁重に頭を下げる。口調も所作も、ただの同級生に対するものじゃない。アルバート本人と話す機会があまりない生徒は、どうしてもまだ「王子さま」として接してしまうんだろう。
「大変ありがたいお誘いですが、あいにくわたくしは食堂を使うつもりで、昼食をもってきておりません」
だから辞退したいって、オードリー嬢が断った。俺も、友人ってとこだけじゃなくて、アルバートと一緒に昼飯を食べる予定じゃないって言えばよかったか。
アルバートが残念だねってうなずくと、オードリー嬢は一礼して立ち去った。エミリア嬢は、彼女のあとに続くべきか、それとも時間をおいていなくなるべきかを決めかねるようにキョトキョトしてる。
アルバートが、エミリア嬢に笑顔を向けた。
「ではエミリア嬢、あなただけでも私たちと昼食をともにしていただけるかな?」
「ひえっ! わたしがですか……っ」
「もし、あなたも昼食を持参していないなら」
「いえ、あああ、ありますっ」
「おい、俺はおまえと食べるとはいっていない!」
「よかった。あちらのベンチがよさそうだね」
木陰に木でできたテーブルがあって、その両側に二脚のベンチが置いてある。エミリア嬢が恐縮してるのは明らかだったけど、アルバートは断る隙をあたえない。地面に落ちた彼女の荷物を拾い上げてベンチにいざなって、気がついたら俺までアルバートと並んでベンチに座ってた。向かいにはエミリア嬢がいる。
なんで?
いまさらだけど、なんでアルバート、ここにいるの? なんでエミリア嬢を誘ったの? なんで三人で飯を食うことになったの?
俺の頭の中は疑問符だらけだけど、エミリア嬢もなかなかの恐慌状態のようだ。顔色が青くなったり赤くなったりをくり返してる。
俺は彼女の事情をまったく知らないけど、これが想定外もいいところだっていうのはわかるよ。怖いオードリーお嬢さまにつめよられてたところを、まさか王子さまが現れて救ってくれるなんて思いもしないよな。
って、あれ、この状況、ひょっとして俺はお邪魔虫では?
これって、いじめられてた女の子がやさしい王子と出会って恋におちて、身分違いに苦しんでたら実は行方不明の公爵令嬢だったのが判明してっていう、ティリーと侍女がキャッキャしながら読んでた恋愛小説もどきの展開では??
よーし。じゃあ、あとは当事者のお二人でー!
そういうつもりで腰を浮かしかけたら、がっちり肘をつかまれた。
「それがノアの弁当か。早く開けてくれ」
「まさか、人のものを奪う気か」
「もってくるのを忘れてね。半分、譲ってほしい」
うっそだぁ。そもそも俺はアルバートと、外で飯を食べる約束なんてしてない。さっきまで食堂に行く気満々だったくせに、なにをいってんだ。
「仮にも王子が、一貴族の所有物を取り上げるのか。暴虐きわまりないな」
「立場や身分は関係ない。私は、ただ友だちに昼食をねだっているだけだよ」
「土ブタの所業だな!」
アルバートが、「私は土ブタか」って笑いだした。土ブタはなんでも貪欲に食べつくすから、あとにはゴミさえない茶色い土しか残らないっていわれてる。いやしいぞっていう定番のけなし文句なのに、どうしてアルバートは楽しそうなんだ。
俺は弁当を入れたバスケットをテーブルにおいていた。アルバートがそれを開ける。うちの料理人は、弁当をいつもたっぷり入れてくれるんだよね。ティリーはよく動いてよく食べるから、俺にも大盛りにするんだ。だからバスケットの中には、とうてい一人分ではない量のパンにチーズ、ハム、ピクルス、ミートパイ、果物がぎっしりつめこまれてた。飲み物が入った筒もある。
「なかなかおいしそうだ」
うん、俺のところの料理人は腕がいいよ。でもさ、アルバート。
「勝手に取るな、食べるな!」
「たくさんあるじゃないか」
「あのあのあの……、わっ、わたしのなんかでよろしければ、どうぞ召し上がってください……!」
俺の弁当を横どりしようとするアルバートの手を叩いた。そしたらエミリア嬢が、鞄から自分の弁当を取り出してずいっと差し出した。ほどかれた包みの上に、具材をはさんだとても大きな丸パンが一つ乗っていた。
エミリア嬢の鞄は、この弁当を入れても充分余裕があるくらい大きい。普通の生徒が持ってる鞄の三倍くらいありそうだ。開いた口からはノートや束ねた紙がみえてるし、勉強熱心なのかな。
「ノアが狭量だから、エミリア嬢に気をつかわれたじゃないか」
「俺のせいか!? きさまだろう!」
「私たちは大丈夫だ。ありがとう、エミリア嬢。あなたの優しい気持ちだけ、いただくことにするよ」
やわらかく微笑むアルバート。ぽっと赤くなるエミリア嬢。わあ、色男がいる。そりゃ俺だって、エミリア嬢からパンを奪おうとは思わないけどさ。
このままじゃ誰も昼食にありつけない。だから俺は観念して、アルバートと弁当を分けて食べることにした。
俺とアルバートとエミリア嬢という、昼前には想像もしていなかった奇妙な面子での昼食会が始まった。
意外というか、三人での昼食は思ったよりなごやかに進んだ。アルバートが話し上手なおかげだろう。
エミリア嬢は最初は緊張で食べ物が喉を通らないようだったけど、アルバートがいろんな話題を振ってるうちに少しずつうちとけてきた。
「エミリア嬢も中等部からの入学なんだね。オードリー嬢とは学園で知り合ったのかな」
「いえ、オードリーさまとは入学する前から……。わたしの家は、ウェントワース伯爵家に宝飾品を納めているんです」
「ウェントワース伯爵家と宝飾品の取引があるということは、ひょっとしてエミリア嬢は、チャップマン男爵家と関りが?」
学園では身分をひけらかすべきじゃないけど、絶対に身元を隠さなければならないっていうわけじゃない。エミリア嬢は、チャップマン男爵の次女だって答えた。
「オードリー嬢は、春や夏の小茶会でみかけたことがある。話す機会はあまりなかったが」
「オードリーさまは、たくさんのお友だちといらっしゃいますから……。わたしも、お友だちと参加されるときに声をかけていただいて、お茶会に行ったことがあります」
エミリア嬢は、オードリー嬢の友だちじゃないんだろうか。というか、さっきの光景はいじめられてたみたいにみえたよな。いじめじゃなきゃ、目下って判定した相手への横暴か。
二人はどういう関係なんだろう。
「あのけたたましいクルクル巻き毛は、いつもきさまに手を上げるのか」
「ひえ、じゃない、いえっ! そそ、そんなことはっ」
俺が話しかけると、エミリア嬢が見てわかるくらい強く体をこわばらせた。ああ、これは、教室でよくでくわす反応だ。いったい俺からどんな罵声を浴びせられるのかって緊張しちゃうやつだね……。
「そんなことは、ありません。オードリーさまが暴力を振るわれたことは、ないです。性格だって、やさ……しくは……ないですが」
エミリア嬢、嘘がつけない人なんだね。
「オードリーさまは、はっきりした性格できつくて厳しくて……でも、優しい……あれ?」
優しくないのか、優しいのか、どっちだ。
「優しくない、より、甘くない、の方が近い……? ほんっとうによく怒られますし、むしろ怒られていないときのほうが少ないくらいですが。でも、あそこまで言われるようになったのは……最近で……」
「最近ということは、なにか原因があるのだろうか」
「どう、でしょう。中等部に入学する少し前から、あんなふうに……。ああ、でも、それはわたしもおかしくなったし……」
入学する前あたりって、呪いの時期と合うな。それに「わたしも」って言ったよね。
「きさまがどうした。ダラダラもったいぶらずに話せ!」
「わたしっ、ですかっ」
うつむいてたエミリア嬢が、眼鏡を揺らすいきおいで頭を上げた。ビクビクッとしてるのが小動物を連想させる。俺に逃げ腰になる気持ちはわかるけど、ちょっと耐えてください、お願いします。
「あ、あの。もったいぶってるんじゃ、なくて」
「きさまの意見などきいていない。中等部に入るまえにきさまになにがあった。吐け! 速攻だ! 黙秘は認めん!!」
「はいっ、すっごく不器用になったんです!」
ベンチに座ったまま、ピシッと背中をのばしたエミリア嬢が叫んだ。声が裏返ってた。彼女は両手で口を押えると、さあっと青ざめて、パンをくるんでた包みを引っつかんだ。
「わっ、わたし、もう行きます。ご飯を一緒に食べてくださって、ありがとうございました……っ」
あたふたと逃げられた。
エミリア嬢の慌てっぷりは、まるで話しちゃいけないことを口にしたときみたいだった。でも、不器用だっていうのは隠さなきゃならないことだろうか。それに彼女は「不器用になった」って言った。
「不器用」が呪いにまつわることだったら、絶対に他人にもらしちゃいけない。呪いのなかに「不器用になる」っていうのはなかったけど、発動の仕方によってはそんな作用になるのがあるかもしれない。
あと、オードリー嬢も少し性格が変わったのかな。性格に関連しそうな呪いはいくつかある。
二人ともか、二人のうちどっちかが呪われてるのかもしれない。いや、呪いとはぜんぜん関係ないかもしれないけどね。
どれが正しい答えなんだろう。
それは俺もおなじだった。違いといえば、彼女たちの目に映るのはアルバートの顔で、俺は背中だっていうことくらいだ。
どうしたのでしょう、アルバートくん。教室で別れたはずの君が、なぜここにいるんでしょうか。
俺たちの凝視もなんのその、アルバートがさわやかに話しかける。
「ご令嬢方の楽しい語らいを邪魔してしまったかな」
「いいえ、そんなことはございません」
あわててオードリー嬢が淑女の礼をとろうとしたけど、アルバートは手を振ってやめさせた。そのしぐさで、オードリー嬢が彼の身分を知ってることがうかがえた。
アルバートは、普通に考えて学園の有名人なんだろうな。俺みたいに事前にこの顔を知らなかったのは、少数派なのかもしれない。
「私はただの生徒だよ。学園には外の立場をもちこまない、そうだろう?」
「はい、そのとおりでございます」
「一年のアルバートという」
「わたくしは、一年のオードリー・ウェ……オードリーです。ごあいさつを申し上げることができ、身にあまる光栄でございます」
とっさに家名を口にしかけて、言い直した。手入れの行き届いた身なりだし、尊大な態度だし、オードリー嬢は貴族なんだろう。
「そちらは、私とおなじ組のエミリア嬢だね」
「ははは、はいっ。エミリアです!」
「これから昼食かな。さしつかえなければ、私と私の友人のノアが同席してもいいだろうか。今日は、彼と外で昼食をとるつもりでね」
アルバートが登場しただけで、ギスギスした空気が一変した。なめらかなやりとりがまるで社交場みたいだなって思ってたら、いきなり俺も混ぜられた。
「誰がおまえの友人だ! そんなものになったおぼえは、さらさらない」
「ノアは少々恥ずかしがりやなんだ。ときどききつい言い方をするが、照れ隠しだと思ってほしい」
エミリア嬢への高圧的な態度はどこへやらで、オードリー嬢が丁重に頭を下げる。口調も所作も、ただの同級生に対するものじゃない。アルバート本人と話す機会があまりない生徒は、どうしてもまだ「王子さま」として接してしまうんだろう。
「大変ありがたいお誘いですが、あいにくわたくしは食堂を使うつもりで、昼食をもってきておりません」
だから辞退したいって、オードリー嬢が断った。俺も、友人ってとこだけじゃなくて、アルバートと一緒に昼飯を食べる予定じゃないって言えばよかったか。
アルバートが残念だねってうなずくと、オードリー嬢は一礼して立ち去った。エミリア嬢は、彼女のあとに続くべきか、それとも時間をおいていなくなるべきかを決めかねるようにキョトキョトしてる。
アルバートが、エミリア嬢に笑顔を向けた。
「ではエミリア嬢、あなただけでも私たちと昼食をともにしていただけるかな?」
「ひえっ! わたしがですか……っ」
「もし、あなたも昼食を持参していないなら」
「いえ、あああ、ありますっ」
「おい、俺はおまえと食べるとはいっていない!」
「よかった。あちらのベンチがよさそうだね」
木陰に木でできたテーブルがあって、その両側に二脚のベンチが置いてある。エミリア嬢が恐縮してるのは明らかだったけど、アルバートは断る隙をあたえない。地面に落ちた彼女の荷物を拾い上げてベンチにいざなって、気がついたら俺までアルバートと並んでベンチに座ってた。向かいにはエミリア嬢がいる。
なんで?
いまさらだけど、なんでアルバート、ここにいるの? なんでエミリア嬢を誘ったの? なんで三人で飯を食うことになったの?
俺の頭の中は疑問符だらけだけど、エミリア嬢もなかなかの恐慌状態のようだ。顔色が青くなったり赤くなったりをくり返してる。
俺は彼女の事情をまったく知らないけど、これが想定外もいいところだっていうのはわかるよ。怖いオードリーお嬢さまにつめよられてたところを、まさか王子さまが現れて救ってくれるなんて思いもしないよな。
って、あれ、この状況、ひょっとして俺はお邪魔虫では?
これって、いじめられてた女の子がやさしい王子と出会って恋におちて、身分違いに苦しんでたら実は行方不明の公爵令嬢だったのが判明してっていう、ティリーと侍女がキャッキャしながら読んでた恋愛小説もどきの展開では??
よーし。じゃあ、あとは当事者のお二人でー!
そういうつもりで腰を浮かしかけたら、がっちり肘をつかまれた。
「それがノアの弁当か。早く開けてくれ」
「まさか、人のものを奪う気か」
「もってくるのを忘れてね。半分、譲ってほしい」
うっそだぁ。そもそも俺はアルバートと、外で飯を食べる約束なんてしてない。さっきまで食堂に行く気満々だったくせに、なにをいってんだ。
「仮にも王子が、一貴族の所有物を取り上げるのか。暴虐きわまりないな」
「立場や身分は関係ない。私は、ただ友だちに昼食をねだっているだけだよ」
「土ブタの所業だな!」
アルバートが、「私は土ブタか」って笑いだした。土ブタはなんでも貪欲に食べつくすから、あとにはゴミさえない茶色い土しか残らないっていわれてる。いやしいぞっていう定番のけなし文句なのに、どうしてアルバートは楽しそうなんだ。
俺は弁当を入れたバスケットをテーブルにおいていた。アルバートがそれを開ける。うちの料理人は、弁当をいつもたっぷり入れてくれるんだよね。ティリーはよく動いてよく食べるから、俺にも大盛りにするんだ。だからバスケットの中には、とうてい一人分ではない量のパンにチーズ、ハム、ピクルス、ミートパイ、果物がぎっしりつめこまれてた。飲み物が入った筒もある。
「なかなかおいしそうだ」
うん、俺のところの料理人は腕がいいよ。でもさ、アルバート。
「勝手に取るな、食べるな!」
「たくさんあるじゃないか」
「あのあのあの……、わっ、わたしのなんかでよろしければ、どうぞ召し上がってください……!」
俺の弁当を横どりしようとするアルバートの手を叩いた。そしたらエミリア嬢が、鞄から自分の弁当を取り出してずいっと差し出した。ほどかれた包みの上に、具材をはさんだとても大きな丸パンが一つ乗っていた。
エミリア嬢の鞄は、この弁当を入れても充分余裕があるくらい大きい。普通の生徒が持ってる鞄の三倍くらいありそうだ。開いた口からはノートや束ねた紙がみえてるし、勉強熱心なのかな。
「ノアが狭量だから、エミリア嬢に気をつかわれたじゃないか」
「俺のせいか!? きさまだろう!」
「私たちは大丈夫だ。ありがとう、エミリア嬢。あなたの優しい気持ちだけ、いただくことにするよ」
やわらかく微笑むアルバート。ぽっと赤くなるエミリア嬢。わあ、色男がいる。そりゃ俺だって、エミリア嬢からパンを奪おうとは思わないけどさ。
このままじゃ誰も昼食にありつけない。だから俺は観念して、アルバートと弁当を分けて食べることにした。
俺とアルバートとエミリア嬢という、昼前には想像もしていなかった奇妙な面子での昼食会が始まった。
意外というか、三人での昼食は思ったよりなごやかに進んだ。アルバートが話し上手なおかげだろう。
エミリア嬢は最初は緊張で食べ物が喉を通らないようだったけど、アルバートがいろんな話題を振ってるうちに少しずつうちとけてきた。
「エミリア嬢も中等部からの入学なんだね。オードリー嬢とは学園で知り合ったのかな」
「いえ、オードリーさまとは入学する前から……。わたしの家は、ウェントワース伯爵家に宝飾品を納めているんです」
「ウェントワース伯爵家と宝飾品の取引があるということは、ひょっとしてエミリア嬢は、チャップマン男爵家と関りが?」
学園では身分をひけらかすべきじゃないけど、絶対に身元を隠さなければならないっていうわけじゃない。エミリア嬢は、チャップマン男爵の次女だって答えた。
「オードリー嬢は、春や夏の小茶会でみかけたことがある。話す機会はあまりなかったが」
「オードリーさまは、たくさんのお友だちといらっしゃいますから……。わたしも、お友だちと参加されるときに声をかけていただいて、お茶会に行ったことがあります」
エミリア嬢は、オードリー嬢の友だちじゃないんだろうか。というか、さっきの光景はいじめられてたみたいにみえたよな。いじめじゃなきゃ、目下って判定した相手への横暴か。
二人はどういう関係なんだろう。
「あのけたたましいクルクル巻き毛は、いつもきさまに手を上げるのか」
「ひえ、じゃない、いえっ! そそ、そんなことはっ」
俺が話しかけると、エミリア嬢が見てわかるくらい強く体をこわばらせた。ああ、これは、教室でよくでくわす反応だ。いったい俺からどんな罵声を浴びせられるのかって緊張しちゃうやつだね……。
「そんなことは、ありません。オードリーさまが暴力を振るわれたことは、ないです。性格だって、やさ……しくは……ないですが」
エミリア嬢、嘘がつけない人なんだね。
「オードリーさまは、はっきりした性格できつくて厳しくて……でも、優しい……あれ?」
優しくないのか、優しいのか、どっちだ。
「優しくない、より、甘くない、の方が近い……? ほんっとうによく怒られますし、むしろ怒られていないときのほうが少ないくらいですが。でも、あそこまで言われるようになったのは……最近で……」
「最近ということは、なにか原因があるのだろうか」
「どう、でしょう。中等部に入学する少し前から、あんなふうに……。ああ、でも、それはわたしもおかしくなったし……」
入学する前あたりって、呪いの時期と合うな。それに「わたしも」って言ったよね。
「きさまがどうした。ダラダラもったいぶらずに話せ!」
「わたしっ、ですかっ」
うつむいてたエミリア嬢が、眼鏡を揺らすいきおいで頭を上げた。ビクビクッとしてるのが小動物を連想させる。俺に逃げ腰になる気持ちはわかるけど、ちょっと耐えてください、お願いします。
「あ、あの。もったいぶってるんじゃ、なくて」
「きさまの意見などきいていない。中等部に入るまえにきさまになにがあった。吐け! 速攻だ! 黙秘は認めん!!」
「はいっ、すっごく不器用になったんです!」
ベンチに座ったまま、ピシッと背中をのばしたエミリア嬢が叫んだ。声が裏返ってた。彼女は両手で口を押えると、さあっと青ざめて、パンをくるんでた包みを引っつかんだ。
「わっ、わたし、もう行きます。ご飯を一緒に食べてくださって、ありがとうございました……っ」
あたふたと逃げられた。
エミリア嬢の慌てっぷりは、まるで話しちゃいけないことを口にしたときみたいだった。でも、不器用だっていうのは隠さなきゃならないことだろうか。それに彼女は「不器用になった」って言った。
「不器用」が呪いにまつわることだったら、絶対に他人にもらしちゃいけない。呪いのなかに「不器用になる」っていうのはなかったけど、発動の仕方によってはそんな作用になるのがあるかもしれない。
あと、オードリー嬢も少し性格が変わったのかな。性格に関連しそうな呪いはいくつかある。
二人ともか、二人のうちどっちかが呪われてるのかもしれない。いや、呪いとはぜんぜん関係ないかもしれないけどね。
どれが正しい答えなんだろう。
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