大魔法使いノアと99の呪い~16歳までに解かないと自分が呪われる契約を結んでしまった~

くろす・ねひる

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17.ルイーズ嬢への説明

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 俺とアルバート、エミリア嬢はおなじクラスだけど、午後はそれぞれ別の授業をとってた。だから俺は、昼休みのあとエミリア嬢がどうしてたのかを知らなかった。
 放課後、ルイーズ嬢が一時間ほど遅く碧の間に来たとき、俺たちはテーブルに教科書とノートを広げてた。

「おや、勉強会のためにここを借りたのかな」
「待っているあいだ、暇だったからね」

 授業の関係で、ルイーズ嬢が遅れて来ることはわかってた。そのあいだにアルバートが今日の授業の内容について俺に質問してきて、なんとなくおたがいわからないことを教えあう流れになってた。
 テーブルの上を片づけているあいだに、ルイーズ嬢が席についた。

「あらためて紹介しよう、彼女は知人のルイーズ嬢だ。学年は二年で、私たちより一歳上になる」

 ルイーズ嬢は、アルバートと知り合いだっていうことをのぞいても、どうみても貴族だった。たとえば身だしなみがきちんとしてるっていうだけなら、裕福な平民のほうが貧乏貴族よりよっぽど丁寧に磨かれてることだってあるだろう。でもルイーズ嬢には、他人を従わせることに慣れた貫禄だったり、格式に裏打ちされたような優雅さがあった。長く続いた貴族の家特有の雰囲気ってやつだ。

「こちらはノア。私の同級生だ」
「よろしくね、ノアくん」

 ルイーズ嬢が右手を差し出してくれる。俺も右手を出して、そして、ルイーズ嬢の手をペンッて払った。
 なにをするんだ、俺の右手くん!

「なれあいは必要ない」

 ルイーズ嬢ごめんなさい! 絶対、無礼だって怒鳴られる。そう思ったら。

「そうなんだ。うん、わたしもそう思うよ」

 にこやかに手を引っこめられた。
 これ、ルイーズ嬢の心が広いからじゃない。ほほ笑みの裏でなにを考えてるのか、想像ができない。できないし、ちょっと考えようとしただけで怖くて胃が痛くなった。怒鳴って殴ってくれたほうが、よっぽどよかった。
 アルバートが、何事もなかったかのように話し始める。

「昼間に別れたあと、エミリア嬢はどうした?」
「それはアルバート王子としての質問かな、それともイスヴェニア学園生としての質問かい?」
「学園内で、王子としての身分をもちだすつもりはない」
「なら、いわせてもらうよ」

 ルイーズ嬢が、椅子の背にもたれて腕組みをした。

「今日の昼間のことといい、いまの状況といいさ。意図もわからず、わたしばかり使われるのは不本意なんだけどね」
「安心してくれ、私も状況はおなじだ」
「はあ? どういうことさ」

 たしかにな。アルバートは、俺がどうしてエミリア嬢の事情を探ろうとしてるのかを知らないからな。

「その件については、あとで説明をしよう。まず、昼間のことを教えてくれ」
「たいして話すことはないよ」

 俺たちがいなくなったあと、エミリア嬢は地面に座りこんだまま、「言えません……」、「わかりません……」と言うばかりだったらしい。ルイーズ嬢はそんな彼女の気持ちがどうにか静まってから、化粧室に連れて行って顔や身なりを整えるのを手伝った。教室に送り届けるころには、エミリア嬢はどうにか平静を保てる程度まで回復していたらしい。

「自分の指が上手く動かなくなった原因がわからないって言ってたけど、なにかをごまかしてるんだろうね。知っているか、少なくとも心当たりはあるんだと思うよ」
「原因を聞き出せなかったのか。無能だな」

 俺の口が、また無礼をはたらいた!
 ルイーズ嬢が、冷え冷えとした視線を俺に向けた。

「事前にアルバートから注意されていなければ、いまごろ君とは口をきいていないよ、ノアくん」
「いまからでも遅くないが? くだらない人間にわずらわされる時間が減るのは大歓迎だ」

 くだらないなんて思ってない。ルイーズ嬢は、知れば知るほど「王子さまかな?」っていうくらい、カッコよくてやさしくて気配りができる人です! いや、本物の王子さまは俺の隣に座ってるけどさ。

「意見が一致したね。そういうわけで、私はここで降りるよ。あとは――」
「結論を急ぐな、ルイーズ。ノアは、口に出すことはたしかに無礼だが、本当に言いたいことは違う。いまも心の中では、ルイーズのことを悪く思っていない」
「そんなふうにかばわれてもね。アルバートには本音を話してるから、許せって?」
「いいや。誰にでもノアはおなじ態度だ。もちろん私にもな」
「なんだい、それは。じゃあいまの話は、ただのアルバートの想像……」

 言いかけて、ルイーズ嬢が黙った。俺とアルバートを見比べてから、片方の眉を上げてみせた。

「まさかとは思うけど」

 アルバートがうなずく。ルイーズ嬢は、動揺したようにまばたきをした。

「ひょっとして、あなたの推測には根拠がある、と。アルバート、そういうことなのかい」
「ああ、そうだ」

 アルバートが目じりを下げて笑った。反対にルイーズ嬢の眼光は鋭くなった。

「ルイーズ、大丈夫だ。ノアには私の祝福について話している」

 この様子だと、ルイーズ嬢も祝福のことを知ってるみたいだ。彼女が「根拠」って曖昧にしたのは、他人が明かせることじゃないからだろう。
 ルイーズ嬢が、値踏みするように俺を見た。

「そうなると、アルバートの言うことをわたしも信じざるをえない。だけどねノアくん、きみの態度と本心が違うというなら、言い方をもう少しどうにかできないのかい」
「凡人に理解されるために媚びろとでも? まっぴらだな」
「ルイーズ、これはこれで慣れるとおもしろいぞ」

 アルバートのおかげでルイーズ嬢の態度が少し軟化した。でも彼女は、まだここに残るか出ていくかを決めかねているようだ。
 アルバートが、彼女をまっすぐに見た。

「ルイーズ、君の力を貸してほしい」

 二人が、視線で無言の押し問答をする。先に折れたのはルイーズ嬢だった。彼女は、「とりあえず、ノアくんの口調は気にとめないことにしよう。ただし、しばらくのあいだだけだからね」って譲歩してくれた。

「さて、ルイーズは今日の行動の意図がわからないと言ったな。その疑問に答えるためと、私の考えを整理するために、少しさかのぼったところから話したい」

 アルバートの話が長くなりそうだったから、カップを手にとった。中身は冷めてたけど、気にせず口をつけた。

「入学して以来、ノアはなにかを調べている、もしくは誰かを探しているようだった」

 驚いて茶を噴き出しかけた。どれだけ鋭いんだよ、こいつ。

「私が初めてノアと顔を合わせたのは、学園の初日だ。あまりにも傲岸不遜が過ぎていて、怒ったりあきれたりするより、逆に興味を惹かれたよ」

 ボブとの会話のことだろうなあ。
 そのあとアルバートは、教室で全員が自己紹介をしたときのことを話した。彼は、話している生徒にもだけど、俺により注意を払っていたらしい。俺の同級生を見る目がやけに執拗だったのが気になったからだといわれた。
 それって粘着質にみえたってことだろうか。俺は、呪われた人がいるかどうかを必死に探ってただけだったけど、気持ち悪い人間だって同級生に思われてたのか。

「ノア、おちこむな。執拗といったのは、同級生のあいさつをきくというより、外交の場で相手の真意を見抜こうとする……とは、少し違うな。そうだな、医師が患者を診断するときのようだった、といったほうが近いか」

 そうはいっても、じろじろ観察されてみんな不快だったかな。「ごめんなさい帳」に書くことがまた増えてしまった。

「気にすることはない、私のほかにノアの態度に気づいた人間はいないだろう。それに、そもそも君の評判はとっくに地に落ちているんだ」

 俺の人気は最低だから、これ以上下がることはないっていわれた。それ、慰めになってないから。
 悔しまぎれに、アルバートだって自己紹介のとき、おかしな態度をとってただろっていってみた。パティ嬢がトレヴァーの求婚を受けたとき、二人のところに行ってお祝いしなかったのは俺とアルバートだけだったからだ。そうしたらアルバートから、事情がわからないのに二人を祝福したら、王子が仲を認めたことになるからなにも言えなかったって返された。なんと、あのとき座ったままだったのには、そんな理由があったのか。

「ルイーズ、教室でのノアはおおむね避けられている。だが彼は、同級生たちから怯えられようが逃げられようがおかまいなしに、脈絡なく話しかけるときがある。かといって会話を続けるつもりはないようで、返答があったら自分だけ納得して相手を放置することが多い」

 話しかけたのは、同級生たちのおしゃべりのなかで、呪いを特定できるんじゃないかって思う話題が出たときだ。強引に割って入るのは、別の機会に世間話で聞きだすなんて真似はできないからで。そのくせすぐ他所に行ったのは……呪いのせいで暴言しか吐けないから、会話にならなかっただけだよ……。

「きっと本人にはなにか理由があるんだろうが、はたからみていてもそれがさっぱりつかめない。理解ができなさすぎて、ノアを観察しているうちに、彼がしたいことはなんだろうと考えるようになった」
「あなたが、そんなに物好きだとは知らなかったよ」
「どうしてもノアが悪い人間にはみえなかったからね。だから話をしてみたくて、私からしゃべりかけるようになったんだ」

 そうやって俺と交流をとろうとしているうちに、今日昼食をとった場所でエミリア嬢やオードリー嬢と出会ったんだって説明が続いた。

「エミリア嬢とオードリー嬢のあいだには、確執がありそうだった。しかしそれを調べるために私が令嬢たちに接すると、よくない噂がたつかもしれない。だからルイーズ、君に協力してもらったんだ」

 その結果が、今日の昼休みというわけだ。
 ルイーズ嬢は考えをまとめるように、右手の人差し指でトントンとテーブルを叩いた。
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