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29.アレソレ同盟

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 オードリー嬢は、アルバートが自分の呪いを解こうと申し出る理由がわからないって言った。アルバートがどんな返答をするのか、俺は少し楽しみだった。答え方をおぼえておいたら、今後の参考になるかなって思ったんだ。

「なるほど、もう少し説明がいるということだな。そう、では、ある少年について話そう。彼はこの学園に通う一年生で、高位の身分にある。彼は、アレをソレできる。だが、なぜそうできるかについては明かすことができない」

 アルバートは、オードリー嬢をじっとみつめた。

「明かせない事情については……立場にかかわることだ、どうか察してほしい」

 めちゃくちゃ真面目な表情で、アルバートは肝心な部分をごまかした!

「だが、アレをどうにかする術を知りながら、なにもしないでいることはできない。それはひとりの人間としても、また高位の身分にある者の義務としても、当然のことではないだろうか。先にオードリー嬢は、王家の姿勢と商人の論理は異なるといった。そのとおりだ、王家の者は民にかならずしも対価を求めない。なぜなら、民を守り助け国を栄えさせることこそが、王家の責務なのだから」

 すごく信頼できる人っぽい態度で、アルバートがオードリー嬢にたたみかける。

「このような動機では、オードリー嬢は私を信じることはできないだろうか」
「いいえ、そんな! アルバートさまのようなご身分の御方が、下々の者に心配りをなさっている。それ以上に高貴な動機など、ございません」

 アルバートは嘘はついてないけど、呪いを解けるのは自分だってオードリー嬢に信じさせた。それから、なんかいい話にもっていった。わぁ、これは参考にならないわ。俺の口が悪くなかったとしても、こんな誘導を自分ができる気がしない。

「先ほど話した少年は、アレの気配を感じることができる。ああ、だが心配はいらない、私にはアレの内容はわからないんだ。たとえばトレヴァーの場合なら、アレが『まるいものを食べると、まるくなる』だとはわからないんだ」

 「少年」は俺のことだよな。この場で高位っていったらみんなアルバートを思い浮かべるけど、世間一般的には伯爵家も高位貴族に属してる。だから「高位の身分にある少年」に俺も該当する。「私」は、もちろんアルバートだ。この二つを使い分けながら、どっちも自分のことみたいに話して、アルバートがオードリー嬢の誤解を深めていく。

「その少年は、陽だまりの小庭で会ったあるご令嬢にアレの気配を感じた」
「……どこに、アレを感じられたのでしょうか?」

 おたがい、オードリー嬢が呪われてるってことはもうわかってる。でも彼女は、自分がそうだとは認めないかたちで会話を続けていく。いいなあ、この尻尾をつかませないかんじ。アルバートよ、自分の呪いについて、こういうごまかしを俺にしてほしいんだけどな!
 アルバートが、わずかに憂いを帯びた目でオードリー嬢をみつめた。

「それは、さっき公にできないと話したことにかかわるんだ。国の……。ああ、どうか、それ以上は訊かないでもらえると……」
「申し訳ございません! ええ、アルバート様のお立場では、お話しになれないことが多いだろうとお察し申し上げます」
「ありがとう、オードリー嬢。あなたの聡明さに、とても助けられるよ」

 感謝するようにアルバートが笑いかける。オードリー嬢の頬がうっすらピンク色に染まった。好きとかそういうのじゃなくても、あの顔で自分にむけてほほ笑まれたら、そりゃ赤くなるだろう。

「そうだな、とりあえず勘でアレを感じることができるということにしておいてほしい。ところで少年は、アレのソレを、オードリー嬢にのみ提案するつもりはない。ただ現在のところコレだと確信して声をかけることができるのが、オードリー嬢だったんだ」
「ではアルバートさまは、アレのソレのために、人に知られることなくご尽力しておられるのですか」
「そのような崇高なことはしていないよ」
「いえ、そんなことはございません。王家の御方だからと、アレをソレするため無私に尽くされているとは、なんてすばらしい御志なのでしょう」

 アルバートの顔面の威力でぽっとなってた頬が、もっと紅潮していく。オードリー嬢は、アルバートの人柄に本気で感動したみたいだ。するとアルバートが、ここぞとばかりに押していく。

「オードリー嬢、私を信頼してもらえないだろうか。そして、少年がアレをソレすることを許していただきたい」
「はい、アルバートさま。イスヴェニア王国のため、また民のために身を捧げられている殿下を信じることができず、どうしてこの国の貴族として生きることができるでしょうか。わたくしは、アルバートさまがなさることを受け入れます」
「では私は、あなたの信に報いるよう、必ずアレをソレしよう」

 すっげえええぇ、アルバートがオードリー嬢からたしかな言質をとった!
 アレとかソレとか、「……察してくれ」で、たしかなことはなんにも言わずに信頼を勝ちとったよ。話術に加えて、王子としての自分の立ち位置や利用のしかたをよく心得てるからこそ、オードリー嬢にここまで言わせることができたんだろう。さっき、アルバートのやり方は俺の参考にならないって思ったけど、自分にできないことをしてもらえる相手がいるっていうのは心強いよな。
 いい代理人をもったもんだ。幸運だったなぁ、俺。

「アレのソレだが、これは時間がかかるかもしれない。だから、ソレするのは学園が休みの日がいい。急な話だが、明後日はどうだろう」

 俺がトレヴァーの呪いを解くとしたら、三時間以上かかりそうだった。もっと簡単なやつでも一時間じゃ無理な気がするし、難しかったらどれだけ時間を喰うかわからない。だから朝から晩まで空けられる日のほうがいいんだよね。

「本当に、急でございますね」
「学園の休日と、私の都合だ。なかなか時間をとれる日がなくてね。この日でなければ、すまないが次がいつになるか確約できない」

 これは本当のことで、駆け引きじゃない。アルバートは、生徒でいるあいだは公務が減らされてるっていってたけど、それでもかなり忙しいらしい。授業がない日は予定がぎゅうぎゅうで、どうにか時間をつくれそうなのが明後日だそうだ。

「おい、黄巻バネヅタ。きさまのことなどきいていない、卑賎の者の都合など、きく時間すら惜しい」
「アルバートさまにお時間を使っていただけますことを、ありがたく存じます。予定していたことはどうにかいたしますので、どうかその日にお願いいたします」
「よかった。場所だが、そうだな、ルイーズと親交があるエミリア嬢の邸宅がいいだろう」

 エミリア嬢の名前をきいたオードリー嬢は、とまどったように眉をひそめた。

「エミリアですか? なぜ、あの子の家に行く必要がありますの。それに、ルイーズさまがどう関係されるのでしょう」

 それまで黙って成り行きを見守ってたルイーズ嬢が、オードリー嬢に左目をパチンと閉じてみせた。

「今回の計画には、わたしも一枚かむことになってるのさ。だからアルバートに同行するんだ。といっても直接なにかするわけじゃない。不測の事態が起きたとき、ある程度事情を知っている同性の人間がいたほうがいいだろう?」

 それが理由の一つだけど、ルイーズ嬢が口にしなかったこともある。アルバートがルイーズ嬢にこの計画を話したとき、彼女はエミリア嬢の家に行く面子に含まれてなかった。でも彼女は、ここまで巻きこまれたのに肝心なときに自分だけ仲間外れにする気なら、今後協力しないと彼を脅したそうだ。
 アルバートは、自分たちだけでは頼りないと思われたんだろうって苦笑してた。ルイーズ嬢がいるととても助かるから、脅してくれてありがとう。

「安心してね、オードリー嬢。万が一にそなえるというだけで、あなたの身になにかあると思っているわけじゃないよ。それに、アルバートがあなたを城に招待すると事が大きくなりすぎるのはわかるだろう。だからわたしを隠れ蓑にして、彼があなたと会うかたちをとりたいんだ」
「でしたら、わたくしがルイーズさまをご招待すれば……」

 なにかに思い当たったように、オードリー嬢の声がしりすぼみになる。

「わたしたちは、残念ながら個人的に親しくしているわけじゃないから、家を訪問するのは少し不自然だ。といってもおなじ学園にいるから、訪問だけならそこまでおかしくはないかもしれない。でも、ね。オードリー嬢も知っているだろう」
「家同士の問題があるということですわね」

 グレンヴィル侯爵家とウェントワース伯爵家は、政治的に違う派閥に属している。露骨にいがみあっているというほどではないけれど、令嬢とはいえ両家が交流をもつと注目されるらしい。だからルイーズ・グレンヴィルがオードリー・ウェントワースを訪ねるとなると、その理由をめぐっていらない詮索が起きるかもしれない。そしてオードリー嬢は、呪いの件を突かれる可能性はできるかぎり低くしたいはずだ。

「だからわたしがウェントワース伯爵家を訪れるのも、その逆も、あまりいい手じゃないね」

 一方エミリア嬢なら、最近ルイーズ嬢とよく会ってるから、すごく意外な組み合わせではないだろう。身分が違うっていう問題は、学園生だからということでわりと大目にみられるそうだ。オードリー嬢も、宝飾品関連でエミリア嬢の家に定期的に行ってるという。だから、ルイーズ嬢がエミリア嬢を訪ねているところに、たまたまオードリー嬢が来合わせたふうに対外的にとりつくろうことができるはずだ。

「私とノアは、ルイーズの護衛としてついていくつもりだ」
「アルバートさまと、ノ、ノアさまも、ですか?」

 オードリー嬢が、おまえも行くのか! っていう顔で俺を見た。俺のこと苦手なんだろうなあ、わかるよ。

「この俺が、きさま程度を気にかけてやるのだ。感涙して床に膝をつくんだな」
「ノアは、いまのように魔法結界を張るなど、多彩な魔法を使えるからね。アレをソレしているとき、関係のない人間に入ってこられては困るだろう」
「……ルイーズさまとノアさまについては、了承いたしました。けれど場所の提供であれば、チャップマン男爵家でなくてもいいのではないでしょうか。あの子はなにも知りませんし、わたくしがソレされているあいだ、エミリアになんと説明すればいいのでしょう」

 それは、そうなんだ。場所がいるだけなら、エミリア嬢のところでなくてもかまわない。今回の件に巻きこむ人間の数を最小限にするなら、むしろ彼女に声をかけないほうがいい。
 でも、当日エミリア嬢に居合わせてほしい理由がある。
 いまはまだ言えないけど。
 それに、アルバートはさもいま思いついたみたいにエミリア嬢に頼むっていったけどさ。じつは、ルイーズ嬢からすでに話を通してあるんだ。一つは、初花の集いでできなかった話し合いをするために。それから、アルバートが学園でできない話をオードリー嬢としなければならないから。そんな理由をつけて、ほとんど強引にエミリア嬢から承諾をもぎとった。

「エミリア嬢には、納得してもらうよう私から話そう。もちろんアレのことを伝えずにだ」
「けれど、どのような理由があれば、わたくしたちが訪問することを納得させられるのでしょう」

 ルイーズ嬢が立ち上がって、優雅に身をかがめて騎士の礼をとった。

「オードリー嬢、アルバートがアレとやらをソレしているあいだは、わたしがエミリア嬢に屋敷を案内してもらうよ。あなたとアルバートの用件については、そのときわたしが適当にごまかしておこう」
「ルイーズさまにエミリアの相手をさせるだなんて。そんなご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「迷惑でもなんでもないさ。少しでもあなたの力になれるなら、こんなにうれしいことはないよ、オードリー嬢」

 アレソレ同盟に、ルイーズ嬢も加わった。
 ルイーズ嬢から、あなたの力になりたいんだって魅力たっぷりにささやかれたら、オードリー嬢はうなずくよりほかできることはないよね。
 アルバートもルイーズ嬢も、人たらしと誘導の能力が高すぎる。そんな二人によってたかって説得されたんだから、オードリー嬢がいつまでもチャップマン男爵家に行くことを拒絶できるはずがなかった。最終的に彼女は、明後日にエミリア嬢の元で俺たちとおちあうことを了解すると、ぐったりした様子で部屋から出ていった。
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