潮風のキャラメル

小雨鶲

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潮風のキャラメル

序章、遭遇…

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彼は私と会う度に、キャラメルをくれる。
私は甘いものが苦手だったが、ソレは不思議と美味しく感じて、嫌いでは無かったので密かに楽しみにしていた。
彼と私が出会ったのは、初夏だが冷たい海の中だ。

ある日私は自宅近くの崖から海を眺めて居たらうっかり足を滑らせて落下し、ドボンともドウンとも言えるような重低音と共に水飛沫を立てた。
決して低くはない崖ではあるが、幸い真下に岩は無く、波は穏やかだった。
私は幼い頃からこの近辺の海で泳いで遊んでおり、そのおかげか現在通っている高校の水泳部で一年生ながら多少、活躍出来る程度には泳ぎが得意であったので、溺れてしまうことは有り得なかった。
私はこの程度の海で溺れはしない。
そう、私"は"だ。
なんと私が海に沈んだ時には先客として彼がもうそこに居たのだ。
しかも彼は、溺死寸前であるように見て取れた。
…溺死寸前は言いすぎたかも知れない、いや完全に言いすぎた。
だがこのまま放っておけば彼が死ぬ事だけは確実だ。
何故なら彼は両手首を手錠で纏められ、二の腕から肘に掛けてを荒縄で胴に固定された上、腰の辺りからセメントの様な物の入ったドラム缶に浸かって固められているせいで泳ぐことは疎か、まともに動くことすらままならないのだ。
それなのに彼は落ち着いていて、怯え所か、少しの焦りすら見えず、静かに目を閉じ、口の端からコポコポと少しずつ空気を吐き出しているだけだった。
それが私には酷く不気味に思え、背筋がゾッとした。
出来ることなら見なかったことにしたい。
その思いで頭の中が埋め尽くされた。
そう、私は何も見ていない。
これが私の出した答えだった。
それにいくら泳ぎが得意だとは言え、セメントの様なで固められて沈んでいる人一人を抱えて泳ぐのは無理な話だろう。
彼と私が沈んでいる此処は、すぐ近くに岸があるのだが如何せん水深が結構あり、およそ五メートル程だと思われる。
その所為で私だけならすぐに海から上がれるのだが、彼と一緒にというのは不可能なので私には助けることが出来ない。
しかし、だだ見捨てるだけだときっと後々罪悪感で押しつぶされてしまうと思ったから、心の中で屁理屈だらけの言い訳をする為に、私は彼に目を向けた。
彼を見てしまったのだ。
言い訳などと言っても、水中なので口には出さず、心の中でするのだから、彼を見ずともできただろうに、見てしまったのだ。
彼は先程まで閉じていた筈の目を開けてじっと、こちらを見つめていた。
その為、彼と私の目が合った。
私はそのまま彼の引き込まれるような瞳から目を逸らすことが出来ずにいると、彼は柔らかく微笑んだ。
そして彼は"にげて"と言った。

俺は大丈夫、だから気にせず逃げて。

ハッキリそう聞こえた。
私に逃げろと言ったせいで無駄に空気が逃げてしまって苦しいはずなのに、微笑んだままだった。
見捨てようとした人間を、彼は知ってか知らずか、気遣ったのだ。
私はいつの間にか彼の脇の辺りに背中側から手を入れ、彼の首の後ろで私の指をくみ羽交い締めの様に固定して、引っ張っていた。
彼は思いの外、簡単に動く。
浮かす事は出来ないが、このまま引きずって浅瀬まで行けば助けられると思ったのだ。
幸い、浅瀬はそこまで遠くは無かったので希望はある。
しかしそう簡単には行かない。
セメント付きの人はやはり重く、少し動かすだけで私の口からはどんどん空気が漏れてしまう。
私はふと彼を覗き見た。
彼は再び目を閉じている。
彼は動かない…いや、動けないからどうということは無さそうだが、私が先に溺れてしまう可能性の方が高くなってしまった。
私は彼を助けたかった。
理由など皆目見当もつかない…と言うよりも考える余裕が全くと言っていいほど無いのだが、どうしても助けたくなってしまっていた。
見捨てられなくなって仕舞った。
理由など後でいくらでも考えられるだろうから、考える必要など無い。
私は必死に彼を引いた、それだけに集中した。
しかし限界に達してしまったらしく、私の肺は酸素を求めて私の意思を無視し、思い切り水を吸い込んだ。
肺に入って仕舞い、苦しくなり、水を出すため咳をし、その所為で余計に空気を出してしまい、より一層苦しくなり、また空気を吸おうとして、さらに肺に水を入れて…の悪循環だった。
次第に体に力が入らなくなって行ったが、私は意識を手放す寸前まで、彼から手を離さなかった。
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