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第2章 センパイと過ごす学校生活
第7話 センパイ、教室にまで来ちゃったんですか
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早朝。
私は登校すると真っ先に4階の一番奥の暗いトイレに向かった。
「おはようございます。美幽センパイ、いらっしゃいますか?」
恐るおそる、鏡のなかをのぞいてみる。
けれども私のたぬき顔が映し出されるばかりで、美幽センパイは少しも姿を見せてくれない。
美幽センパイ、たしかにこの鏡から出てきたはずなんだけど……。
鏡を軽く小突いてみたけれど、なにも反応がない。
「センパイ、まだ寝ているのかな?」
昨日はあんなにかわいい笑顔で「また明日ね」と優しく言ってくれたのに。なんだか拍子抜けしてしまう。
美幽センパイが現れないと、なんだか昨日の出会いそのものが夢のなかの出来事だったようにも思えてきた。
「まあ、相手は幽霊なわけだし。会わないほうがいいのかな」
私はさみしさを紛らすように独り言《ご》ち、1年C組の教室へと戻った。
夜には家にまで乗りこんできた美幽センパイのことだ。
きっと会いたくなったら、こちらの事情などかまわず会いにやって来るよね?
出席番号1番の私の座席は、廊下側の一番前だ。
だから、登校してくるクラスメイトたちのほとんどが私の目の前を通り過ぎていく。
「おはよ~」
席に座って文庫本を広げていると、ふいに頭上から声がふってきた。
ハッとして顔を上げる。
しかし、声の主のクラスメイトは私を見てはいなかった。
他の子にあいさつしたのだと分かって、軽く落ちこみながら文庫本に目を落とす。
「おはよ~」
鼻にかかったような甘い声が、ふたたび耳を突いた。
けれども、もう分かっている。私に向けられた声じゃないって。
だから、なにも期待しないし、今度は顔も上げない。
「もう、おはようってば。旭ちゃん」
適当に声を聞き流し、ページをめくる。
耳から届いた音を頭で理解するまで、ほんの少し間があった。
――えっ? 今、『旭ちゃん』って言った? 私の名前が呼ばれた!?
びっくりして、思わず椅子をはねのけて勢いよく立ち上がる。
すると、私の正面に美幽センパイが立っていた。
背の低い私を見下ろし、美しい顔をほころばせて微笑んでいる。
「センパイ、どうしてここに!?」
「旭ちゃんに会いに来たに決まってるでしょう。何度も声かけたのに返事してくれないんだもの。お姉さん、さみしくなっちゃった」
「だって、センパイが教室に来るとは思いませんもん」
「驚かせてしまったのなら、ごめんなさい。でも、来てよかったみたいね。旭ちゃん、笑顔になった」
「えっ?」
美幽センパイが嬉しそうに指摘する。
私は顔の形を確認するように両手でなぞってみた。たしかに口角があがって、頬がゆるんでいた。
「うふふ。旭ちゃん、私が来てホッとしたんでしょう」
「セ、センパイには関係のないことです」
私は心持ちツンと鼻を高くして、美幽センパイから顔を背ける。
「そんなこと言って。旭ちゃん、クラスにまだ溶けこめていないんじゃない?」
「うるさいなぁ。あっちに行ってください」
触れられたくない事実を美幽センパイに言い当てられて、つい棘のある言い方をしてしまう。
その時だった。
ちょうど教室の入り口付近、つまり私の座席の近くで楽しそうに会話を弾ませていたグループが、私の声にぎょっとしてふり返ったのだ。
「ご、ごめんなさい。私たち、うるさくしてしまって」
「えっ? ……ち、ちがうんですっ! こちらこそごめんなさい! どうぞごゆっくり!」
グループの一人が申し訳なさそうに頭を下げる。
私は必死になってグループの会話を続けるようにうながした。
そうだった! 美幽センパイの姿はみんなには見えていないんだった!
きっとクラスメイトたちからは、私がいきなり立ち上がって一人でぶつぶつ言い出したように見えただろう。
そして、私が美幽センパイに放った「あっちに行ってください」という発言を、自分たちに向けられたと勘ちがいしたのだ。
そりゃ、誰だって勘ちがいするよね。まさか私が幽霊と話しているとは誰も思わないもの。
私のとなりで美幽センパイが苦笑する。
「旭ちゃん。人がいないところに行こっか」
「そ、そうですね」
私たちはそそくさと教室を後にした。
登校してきた生徒たちの明るい声でにぎわう廊下を進み、人気のない場所を探す。
でも、生徒がこれだけたくさんいる校舎のなかに、誰もいない場所なんてあるのかな?
「そうだ、旭ちゃん。家庭科室まで足を伸ばしてみましょうか。ここから少し離れているけれど、あそこなら誰もいないはずだから」
「いいですけど、センパイ、足ありましたっけ?」
「あるわよ。旭ちゃんにも見えているでしょう?」
美幽センパイが証拠を示すように足を指さす。
私は美幽センパイの長い足をなぞるようにゆっくりと視線を下げた。
美幽センパイの足はくるぶしの辺りに近づくにつれ色がうすくなり、その先はほとんど消えかかっている。
それでもきれいな足でうらやましい。
私は登校すると真っ先に4階の一番奥の暗いトイレに向かった。
「おはようございます。美幽センパイ、いらっしゃいますか?」
恐るおそる、鏡のなかをのぞいてみる。
けれども私のたぬき顔が映し出されるばかりで、美幽センパイは少しも姿を見せてくれない。
美幽センパイ、たしかにこの鏡から出てきたはずなんだけど……。
鏡を軽く小突いてみたけれど、なにも反応がない。
「センパイ、まだ寝ているのかな?」
昨日はあんなにかわいい笑顔で「また明日ね」と優しく言ってくれたのに。なんだか拍子抜けしてしまう。
美幽センパイが現れないと、なんだか昨日の出会いそのものが夢のなかの出来事だったようにも思えてきた。
「まあ、相手は幽霊なわけだし。会わないほうがいいのかな」
私はさみしさを紛らすように独り言《ご》ち、1年C組の教室へと戻った。
夜には家にまで乗りこんできた美幽センパイのことだ。
きっと会いたくなったら、こちらの事情などかまわず会いにやって来るよね?
出席番号1番の私の座席は、廊下側の一番前だ。
だから、登校してくるクラスメイトたちのほとんどが私の目の前を通り過ぎていく。
「おはよ~」
席に座って文庫本を広げていると、ふいに頭上から声がふってきた。
ハッとして顔を上げる。
しかし、声の主のクラスメイトは私を見てはいなかった。
他の子にあいさつしたのだと分かって、軽く落ちこみながら文庫本に目を落とす。
「おはよ~」
鼻にかかったような甘い声が、ふたたび耳を突いた。
けれども、もう分かっている。私に向けられた声じゃないって。
だから、なにも期待しないし、今度は顔も上げない。
「もう、おはようってば。旭ちゃん」
適当に声を聞き流し、ページをめくる。
耳から届いた音を頭で理解するまで、ほんの少し間があった。
――えっ? 今、『旭ちゃん』って言った? 私の名前が呼ばれた!?
びっくりして、思わず椅子をはねのけて勢いよく立ち上がる。
すると、私の正面に美幽センパイが立っていた。
背の低い私を見下ろし、美しい顔をほころばせて微笑んでいる。
「センパイ、どうしてここに!?」
「旭ちゃんに会いに来たに決まってるでしょう。何度も声かけたのに返事してくれないんだもの。お姉さん、さみしくなっちゃった」
「だって、センパイが教室に来るとは思いませんもん」
「驚かせてしまったのなら、ごめんなさい。でも、来てよかったみたいね。旭ちゃん、笑顔になった」
「えっ?」
美幽センパイが嬉しそうに指摘する。
私は顔の形を確認するように両手でなぞってみた。たしかに口角があがって、頬がゆるんでいた。
「うふふ。旭ちゃん、私が来てホッとしたんでしょう」
「セ、センパイには関係のないことです」
私は心持ちツンと鼻を高くして、美幽センパイから顔を背ける。
「そんなこと言って。旭ちゃん、クラスにまだ溶けこめていないんじゃない?」
「うるさいなぁ。あっちに行ってください」
触れられたくない事実を美幽センパイに言い当てられて、つい棘のある言い方をしてしまう。
その時だった。
ちょうど教室の入り口付近、つまり私の座席の近くで楽しそうに会話を弾ませていたグループが、私の声にぎょっとしてふり返ったのだ。
「ご、ごめんなさい。私たち、うるさくしてしまって」
「えっ? ……ち、ちがうんですっ! こちらこそごめんなさい! どうぞごゆっくり!」
グループの一人が申し訳なさそうに頭を下げる。
私は必死になってグループの会話を続けるようにうながした。
そうだった! 美幽センパイの姿はみんなには見えていないんだった!
きっとクラスメイトたちからは、私がいきなり立ち上がって一人でぶつぶつ言い出したように見えただろう。
そして、私が美幽センパイに放った「あっちに行ってください」という発言を、自分たちに向けられたと勘ちがいしたのだ。
そりゃ、誰だって勘ちがいするよね。まさか私が幽霊と話しているとは誰も思わないもの。
私のとなりで美幽センパイが苦笑する。
「旭ちゃん。人がいないところに行こっか」
「そ、そうですね」
私たちはそそくさと教室を後にした。
登校してきた生徒たちの明るい声でにぎわう廊下を進み、人気のない場所を探す。
でも、生徒がこれだけたくさんいる校舎のなかに、誰もいない場所なんてあるのかな?
「そうだ、旭ちゃん。家庭科室まで足を伸ばしてみましょうか。ここから少し離れているけれど、あそこなら誰もいないはずだから」
「いいですけど、センパイ、足ありましたっけ?」
「あるわよ。旭ちゃんにも見えているでしょう?」
美幽センパイが証拠を示すように足を指さす。
私は美幽センパイの長い足をなぞるようにゆっくりと視線を下げた。
美幽センパイの足はくるぶしの辺りに近づくにつれ色がうすくなり、その先はほとんど消えかかっている。
それでもきれいな足でうらやましい。
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