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第2章 センパイと過ごす学校生活
第8話 センパイ、友達になってくれるんですか
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家庭科室はカーテンで窓をおおわれていて薄暗く、人の気配がなかった。
「失礼します」
私は恐るおそる家庭科室に入り、歩を進める。そして窓際にたどり着くと、カーテンを開けた。
たちまち明るい春の陽光が射しこみ、広くて開放的な空間が照らし出された。
私は積み重ねられた木製の丸椅子を二つ掲げ、床に並べた。
「センパイも座りますか?」
「ありがとう、旭ちゃん」
美幽センパイは浮遊しているから椅子なんていらないのかもしれない。それでも、私に合わせてか、正面に腰を下ろしてくれた。
「ふぅー」
教室から離れると、ようやく心が落ち着いてきた。
クラスメイトとの先ほどのやりとりを思い出し、私は頭を抱えたくなった。
「ああ……私、絶対変な子だと思われた」
私には美幽センパイが見えるし、普通に会話だってできる。
けれども、みんなには見えないわけで。
一人でぶつぶつ言っている不思議ちゃんだとみんなに誤解されても仕方がない状況だった。
「いいじゃない、別に。旭ちゃん、実際に変なところあるし」
「センパイ、ひどい」
「だってそうでしょう? 私のことが見えるの、旭ちゃんだけよ。それに、私が言うのもなんだけど、幽霊とこんなに仲よくしてくれる子もそうはいないと思うわ」
「褒められているんですかね、それ?」
たしかに、相手が幽霊だと分かっても逃げ出さず、むしろ自ら積極的にトイレに会いに行く子なんて、あまりいないのかもしれない。
はじめこそ取りつかれたらどうしようと警戒していたけれど、そんな気持ち、一晩ですっかり消えてしまった。
「センパイが優しいからですよ。だから、幽霊でも仲よくなりたいって思うんです。それに、昨日はカレーをごちそうになりましたし」
「うんうん。餌づけは基本よね」
「えっ、餌づけ?」
「ううん、なんでもないの。気にしないで」
「むぅー。もしかして、また私のこと子ども扱いしてません?」
「してない、してない。わー、旭ちゃんって大人だなー」
「絶対子ども扱いしてるし」
私は不満げに頬をふくらませる。
けれども、美幽センパイの嬉しそうな美しい笑顔を目にしてしまうと、怒る気にもなれないのだった。
美幽センパイは優しい目を細め、私にたずねた。
「ところで旭ちゃん。教室の子とはまだ馴染めない?」
「うっ……」
美幽センパイの言葉が胸に突き刺さる。
いちばん触れてほしくない核心に、美幽センパイは遠慮なく踏みこんできた。
私はしゅんとうなだれた。
「はい……実はそうなんです」
翠山女学院中等部に進学して、まもなくひと月が経つ。
入学当初、ずっとあこがれ続けていた学校で過ごせる喜びに、私の心は無邪気に弾んでいた。
けれども、日を重ねるにつれ、白くてまぶしかった世界に黒い影が差してくるのを私は感じていた。
「私、なかなか友だちができなくて」
1年C組の教室ではすでに新たな人間関係が形作られつつある。
共通の話題に花を咲かせ、明るい声を響かせるクラスメイトも増えてきた。
ひとたびグループができてしまうと、その輪のなかに入っていくのは至難の業だ。
声をかけてもらえれば応えらえる。
でも、こちらからは声がかけられない。
そんな状況に、私はひそかに悩んでいた。
「でも、友だちは誰かに与えられるものじゃないって分かるから。自分でどうにかするしかないんですよね……」
言葉を声にして、私はますます気分が落ちこんだ。
自分の力でどうにかなるものなのか、まるで自信がない。
すると、美幽センパイは落ちこむ私に優しく語りかけてくれた。
「友だちは多ければいいってものでもないし、なんとなく付き合っているだけの形ばかりの友だちなんて、焦って欲しがることないわ。旭ちゃんなら大丈夫。大切なことさえ忘れなければ、旭ちゃんにだってきっとほんとうの『友だち』ができるわ」
「大切なことって?」
「誰かに優しくしてもらいたかったら、まずは自分から誰かに優しくしてあげること。そうすれば、きっと旭ちゃんも優しくしてもらえるはずよ」
「自分から誰かに優しく?」
「ええ、そうよ。心の優しい旭ちゃんには、たやすいことじゃないかしら」
美幽センパイの言葉が、胸に温かく染みわたる。
誰かにそんなふうに評価してもらえることなんて、今までなかったから。
「それに、旭ちゃんにはすでに友だちがいるでしょう?」
「え?」
「私よ、わ・た・し。それとも、幽霊なんかとは友だちになれない?」
「いえ、そんなことはありません。むしろ美幽センパイの友だちにしてもらえて、光栄です」
「ふふっ、よろしい。私も旭ちゃんみたいなかわいいお友だちができて嬉しいわ。これからもずっと仲よくしてね、旭ちゃん」
「こちらこそ。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
私がもじもじと頭を下げると、美幽センパイは嬉しそうに笑ってくれた。
美幽センパイって、どうしてこんなに優しいのだろう?
私に向けられたおだやかな微笑みに、思わず涙が出そうになる。
「失礼します」
私は恐るおそる家庭科室に入り、歩を進める。そして窓際にたどり着くと、カーテンを開けた。
たちまち明るい春の陽光が射しこみ、広くて開放的な空間が照らし出された。
私は積み重ねられた木製の丸椅子を二つ掲げ、床に並べた。
「センパイも座りますか?」
「ありがとう、旭ちゃん」
美幽センパイは浮遊しているから椅子なんていらないのかもしれない。それでも、私に合わせてか、正面に腰を下ろしてくれた。
「ふぅー」
教室から離れると、ようやく心が落ち着いてきた。
クラスメイトとの先ほどのやりとりを思い出し、私は頭を抱えたくなった。
「ああ……私、絶対変な子だと思われた」
私には美幽センパイが見えるし、普通に会話だってできる。
けれども、みんなには見えないわけで。
一人でぶつぶつ言っている不思議ちゃんだとみんなに誤解されても仕方がない状況だった。
「いいじゃない、別に。旭ちゃん、実際に変なところあるし」
「センパイ、ひどい」
「だってそうでしょう? 私のことが見えるの、旭ちゃんだけよ。それに、私が言うのもなんだけど、幽霊とこんなに仲よくしてくれる子もそうはいないと思うわ」
「褒められているんですかね、それ?」
たしかに、相手が幽霊だと分かっても逃げ出さず、むしろ自ら積極的にトイレに会いに行く子なんて、あまりいないのかもしれない。
はじめこそ取りつかれたらどうしようと警戒していたけれど、そんな気持ち、一晩ですっかり消えてしまった。
「センパイが優しいからですよ。だから、幽霊でも仲よくなりたいって思うんです。それに、昨日はカレーをごちそうになりましたし」
「うんうん。餌づけは基本よね」
「えっ、餌づけ?」
「ううん、なんでもないの。気にしないで」
「むぅー。もしかして、また私のこと子ども扱いしてません?」
「してない、してない。わー、旭ちゃんって大人だなー」
「絶対子ども扱いしてるし」
私は不満げに頬をふくらませる。
けれども、美幽センパイの嬉しそうな美しい笑顔を目にしてしまうと、怒る気にもなれないのだった。
美幽センパイは優しい目を細め、私にたずねた。
「ところで旭ちゃん。教室の子とはまだ馴染めない?」
「うっ……」
美幽センパイの言葉が胸に突き刺さる。
いちばん触れてほしくない核心に、美幽センパイは遠慮なく踏みこんできた。
私はしゅんとうなだれた。
「はい……実はそうなんです」
翠山女学院中等部に進学して、まもなくひと月が経つ。
入学当初、ずっとあこがれ続けていた学校で過ごせる喜びに、私の心は無邪気に弾んでいた。
けれども、日を重ねるにつれ、白くてまぶしかった世界に黒い影が差してくるのを私は感じていた。
「私、なかなか友だちができなくて」
1年C組の教室ではすでに新たな人間関係が形作られつつある。
共通の話題に花を咲かせ、明るい声を響かせるクラスメイトも増えてきた。
ひとたびグループができてしまうと、その輪のなかに入っていくのは至難の業だ。
声をかけてもらえれば応えらえる。
でも、こちらからは声がかけられない。
そんな状況に、私はひそかに悩んでいた。
「でも、友だちは誰かに与えられるものじゃないって分かるから。自分でどうにかするしかないんですよね……」
言葉を声にして、私はますます気分が落ちこんだ。
自分の力でどうにかなるものなのか、まるで自信がない。
すると、美幽センパイは落ちこむ私に優しく語りかけてくれた。
「友だちは多ければいいってものでもないし、なんとなく付き合っているだけの形ばかりの友だちなんて、焦って欲しがることないわ。旭ちゃんなら大丈夫。大切なことさえ忘れなければ、旭ちゃんにだってきっとほんとうの『友だち』ができるわ」
「大切なことって?」
「誰かに優しくしてもらいたかったら、まずは自分から誰かに優しくしてあげること。そうすれば、きっと旭ちゃんも優しくしてもらえるはずよ」
「自分から誰かに優しく?」
「ええ、そうよ。心の優しい旭ちゃんには、たやすいことじゃないかしら」
美幽センパイの言葉が、胸に温かく染みわたる。
誰かにそんなふうに評価してもらえることなんて、今までなかったから。
「それに、旭ちゃんにはすでに友だちがいるでしょう?」
「え?」
「私よ、わ・た・し。それとも、幽霊なんかとは友だちになれない?」
「いえ、そんなことはありません。むしろ美幽センパイの友だちにしてもらえて、光栄です」
「ふふっ、よろしい。私も旭ちゃんみたいなかわいいお友だちができて嬉しいわ。これからもずっと仲よくしてね、旭ちゃん」
「こちらこそ。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
私がもじもじと頭を下げると、美幽センパイは嬉しそうに笑ってくれた。
美幽センパイって、どうしてこんなに優しいのだろう?
私に向けられたおだやかな微笑みに、思わず涙が出そうになる。
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