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第2章 センパイと過ごす学校生活
第9話 センパイ、推しの子を見つけたんですか?
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家庭科室で美幽センパイと別れた私は、教室へと足早に向かった。
朝礼のチャイムが鳴るほんの数秒前に教室にすべりこみ、自分の席で呼吸をととのえる。
8時30分。朝礼がはじまり、クラスメイトたちと共に立ち上がって礼をする。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
声を返したのは、担任の若杉恵子先生。教科は国語だ。
名字を見ると若そうだけれど、白髪まじりのベテランの先生だ。
小柄で親しみやすさを感じる反面、怒ると怖そうな風格もただよわせている。
若杉先生は、席に着いた私たちの顔を見わたした。
「最近、いじめや言葉の暴力などがニュースになっていますね。とても心が痛みます。このクラスでは、そのようなことが絶対にないように。いいですね」
若杉先生は念を押すように声に力をこめる。教室のみんなは緊張した面持ちでうなずいていた。
朝礼が終わり、若杉先生が去っていく。
「あの先生、どうも引っかかるのよねぇ」
「美幽センパイ!?」
突然、美幽センパイの声が上から降ってきて、私は飛び上がるほど驚いた。
視線を上げると、やっほー♪ と宙に浮いた美幽センパイが気さくに手をふっていた。
私は周囲の目を気にしつつ、ひそひそと小声で話した。
「センパイ、教室には来ないでって言ったじゃないですか。センパイと話していると、私、独り言をつぶやいている変な子だって思われちゃう」
「ごめんごめん。私もそう思ったんだけどね。旭ちゃん、友だちを欲しがっていたじゃない? 誰かいい子がいないか、教室を見学してみたくなって。ねっ、見学くらい、いいでしょう?」
美幽センパイは手を合わせ、「お願い♪」と甘えるようにねだってくる。
美人はなにをしても絵になってしまうから、ずるい。
それに、私だって友だち作りに協力してもらえるなら嬉しいわけで。
悪い幽霊なら見返りを求めてきそうだけど、優しい美幽センパイに限ってその心配もなさそうだ。
私は小さくため息をつき、うなずいた。
「まあ、見学くらいなら」
「ありがとう、旭ちゃん!」
美幽センパイは嬉しそうに腕を伸ばし、私に抱きついてきた。
「寒っ!?」
たちまち背中にぞぞっと悪寒が走り、叫びそうになる口を両手であわてて抑えた。
美幽センパイはにこやかに目を細めて教室を眺めまわす。
「やっぱり一年生は初々しくてかわいいなぁ。ムフフ」
「センパイ、頬がゆるみ切ってますよ」
「いけない、私ったら。かわいい女の子を眺めるのが趣味だから、つい」
「前にもそんなことをおっしゃっていましたね。それとアイドルの動画を見るのが好きなんでしたっけ」
「旭ちゃん、覚えていてくれたの?」
「そりゃあ、まあ。……センパイは数少ない私の貴重な友だちですから」
前髪をいじりながら、ぼそっと告げてみる。
私とセンパイは友だち同士――そういう話をさっき家庭科室でしてきたばかりだ。
でも、いざ面と向かって声に出すと、やっぱり照れくさい。
もじもじしながら美幽センパイの表情をうかがうと、センパイは口元をUの字にゆるめ、なにか言いたげな目でニヤニヤしていた。
「な、なんですか?」
「うふふ。やっぱり旭ちゃんは最高にかわいいな~と思って」
「やめてください。別にかわいくなんてないし」
私は美幽センパイの視線を逃れ、頬づえをつく。
たちまち頬に触れた手にじんわり熱が伝わってきた。
私、きっと赤い顔をしているんだろうな。
美幽センパイは額に両手をそえて教室のなかをのぞきこみ、明るい声を弾ませる。
「このクラスはかわいい子が多くて、当たりね。ほら、あの子なんて本物のアイドルみたい」
アイドル好きな美幽センパイが瞳を輝かせ、教室の中央を指さした。
きれいな人差し指が示す方向に目をやると、光り輝くようなオーラを放つクラスメイトに行き当たった。
その美少女は何人もの友だちに取り囲まれ、女王様のように君臨していた。
「ああ、六条瞳子さん」
「知っているの?」
「はい、名前だけは。この学院の理事長の孫娘らしいですよ。有名人です」
「どうりで育ちがよさそうだと思った。推せるわ~」
美幽センパイと二人でじっと様子をうかがっていたら、やがて六条さんと目が合った。
六条さんがけげんそうな顔をして、不快そうに眉をひそめる。
私は反射的にぱっと顔を背け、恨めしそうな目を美幽センパイに向けた。
もし六条さんにまで変な子だと思われてしまったとしたら、間違いなく美幽センパイのせいだ。
「いいですよね、幽霊は。相手の顔をじろじろ見ても、とがめられないんですから」
「あら? じゃあ、旭ちゃんの顔をじろじろ眺めていてもいいの?」
「ダメです。私以外の子でお願いします」
「それなら、あの子の顔をもっと近くで見てこようかな」
美幽センパイは軽やかに浮遊すると、六条さんがいるグループのほうへと飛んでいってしまった。
私はただ黙って見送ることしかできない。
友だちだと思っていた人が、急に手のひらを返して私の元を離れ、他のグループに属してしまう。
そんな裏切りを受けたような気がして、あまり面白くない。
朝礼のチャイムが鳴るほんの数秒前に教室にすべりこみ、自分の席で呼吸をととのえる。
8時30分。朝礼がはじまり、クラスメイトたちと共に立ち上がって礼をする。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
声を返したのは、担任の若杉恵子先生。教科は国語だ。
名字を見ると若そうだけれど、白髪まじりのベテランの先生だ。
小柄で親しみやすさを感じる反面、怒ると怖そうな風格もただよわせている。
若杉先生は、席に着いた私たちの顔を見わたした。
「最近、いじめや言葉の暴力などがニュースになっていますね。とても心が痛みます。このクラスでは、そのようなことが絶対にないように。いいですね」
若杉先生は念を押すように声に力をこめる。教室のみんなは緊張した面持ちでうなずいていた。
朝礼が終わり、若杉先生が去っていく。
「あの先生、どうも引っかかるのよねぇ」
「美幽センパイ!?」
突然、美幽センパイの声が上から降ってきて、私は飛び上がるほど驚いた。
視線を上げると、やっほー♪ と宙に浮いた美幽センパイが気さくに手をふっていた。
私は周囲の目を気にしつつ、ひそひそと小声で話した。
「センパイ、教室には来ないでって言ったじゃないですか。センパイと話していると、私、独り言をつぶやいている変な子だって思われちゃう」
「ごめんごめん。私もそう思ったんだけどね。旭ちゃん、友だちを欲しがっていたじゃない? 誰かいい子がいないか、教室を見学してみたくなって。ねっ、見学くらい、いいでしょう?」
美幽センパイは手を合わせ、「お願い♪」と甘えるようにねだってくる。
美人はなにをしても絵になってしまうから、ずるい。
それに、私だって友だち作りに協力してもらえるなら嬉しいわけで。
悪い幽霊なら見返りを求めてきそうだけど、優しい美幽センパイに限ってその心配もなさそうだ。
私は小さくため息をつき、うなずいた。
「まあ、見学くらいなら」
「ありがとう、旭ちゃん!」
美幽センパイは嬉しそうに腕を伸ばし、私に抱きついてきた。
「寒っ!?」
たちまち背中にぞぞっと悪寒が走り、叫びそうになる口を両手であわてて抑えた。
美幽センパイはにこやかに目を細めて教室を眺めまわす。
「やっぱり一年生は初々しくてかわいいなぁ。ムフフ」
「センパイ、頬がゆるみ切ってますよ」
「いけない、私ったら。かわいい女の子を眺めるのが趣味だから、つい」
「前にもそんなことをおっしゃっていましたね。それとアイドルの動画を見るのが好きなんでしたっけ」
「旭ちゃん、覚えていてくれたの?」
「そりゃあ、まあ。……センパイは数少ない私の貴重な友だちですから」
前髪をいじりながら、ぼそっと告げてみる。
私とセンパイは友だち同士――そういう話をさっき家庭科室でしてきたばかりだ。
でも、いざ面と向かって声に出すと、やっぱり照れくさい。
もじもじしながら美幽センパイの表情をうかがうと、センパイは口元をUの字にゆるめ、なにか言いたげな目でニヤニヤしていた。
「な、なんですか?」
「うふふ。やっぱり旭ちゃんは最高にかわいいな~と思って」
「やめてください。別にかわいくなんてないし」
私は美幽センパイの視線を逃れ、頬づえをつく。
たちまち頬に触れた手にじんわり熱が伝わってきた。
私、きっと赤い顔をしているんだろうな。
美幽センパイは額に両手をそえて教室のなかをのぞきこみ、明るい声を弾ませる。
「このクラスはかわいい子が多くて、当たりね。ほら、あの子なんて本物のアイドルみたい」
アイドル好きな美幽センパイが瞳を輝かせ、教室の中央を指さした。
きれいな人差し指が示す方向に目をやると、光り輝くようなオーラを放つクラスメイトに行き当たった。
その美少女は何人もの友だちに取り囲まれ、女王様のように君臨していた。
「ああ、六条瞳子さん」
「知っているの?」
「はい、名前だけは。この学院の理事長の孫娘らしいですよ。有名人です」
「どうりで育ちがよさそうだと思った。推せるわ~」
美幽センパイと二人でじっと様子をうかがっていたら、やがて六条さんと目が合った。
六条さんがけげんそうな顔をして、不快そうに眉をひそめる。
私は反射的にぱっと顔を背け、恨めしそうな目を美幽センパイに向けた。
もし六条さんにまで変な子だと思われてしまったとしたら、間違いなく美幽センパイのせいだ。
「いいですよね、幽霊は。相手の顔をじろじろ見ても、とがめられないんですから」
「あら? じゃあ、旭ちゃんの顔をじろじろ眺めていてもいいの?」
「ダメです。私以外の子でお願いします」
「それなら、あの子の顔をもっと近くで見てこようかな」
美幽センパイは軽やかに浮遊すると、六条さんがいるグループのほうへと飛んでいってしまった。
私はただ黙って見送ることしかできない。
友だちだと思っていた人が、急に手のひらを返して私の元を離れ、他のグループに属してしまう。
そんな裏切りを受けたような気がして、あまり面白くない。
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