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注ぎ込まれた悪意
「いらっしゃい。熱々の芋はいかがですか? こんなに大きくて3つで1銅貨ですよ」
「おう、姉ちゃん。1つくんな」
「毎度ありぃ。ご一緒に人参も食べませんか。身体にいいんですよ」
「ナオにはかなわねぇなぁ。じゃぁ、そいつも一緒にな。ほら2銅貨」
「ありがとう! おじさん」
ナオは元々アイドル志望だけあって、愛想もよければくるくると良く働いたので、3日もすれば八百屋の仕事はほとんど覚えてしまいました。
そこでシリルがアリスとナオを連れて、ここいらの差配をやっているメルバの旦那を訪ねました。
ナオがメンバーになったことをメルバの旦那に伝えておかなければなりませんし、アリスに出来れば王都で割りの良い仕事につかせてやりたいからです。
アリスは3銅貨も使ってアップルパイを焼いて、それを手土産に持ってきています。
アリスとしては菓子作りをさせてくれるところで働きたいので、自分の十八番のアップルパイで腕前を見てもらうつもりなんです。
王都は周囲をぐるりと壁で取り巻かれているので、壁外といっても随分と広いのです。
そうして人々が集まるのは王都に入れる門がある場所の近くです。
一番大きなのが南門、そして小さいのが北門、さらに大きな川の上流と下流とに門がありますが、川を下るには船に乗らなければなりませんから、壁外の人間はそんな門は使えません。
いきおい南門か北門の側に集落が出来上がっていきます。
メルバの旦那はその南門の村落のうちの、およそ半分を取り仕切っている親分です。
「メルバの旦那。この黒髪の娘がナオと言いまして、アリスの代わりにリムばあさんの店の手伝いをさせております。そこでそろそろアリスにも壁内の仕事をお世話いただきたいんですよ」
そう言ってシリルがナオ達に目くばせしたので、ナオとアリスはぺこりと頭を下げました。
「ほう、かわいい子が入ったじゃねぇか。リムばあさんから噂は聞いているよ。働き者の元気な娘だってな。それでアリスを菓子屋に奉公させたいって話だが、なかなか王都の菓子店で壁外の人間を雇う処はないなぁ」
「ダメですかい。メルバの旦那」
アリスが目に見えてがっかりした様子だったので、シリルは諦めきれずにメルバの旦那にくいつきました。
「宿屋だが食事が上手い店があるんだがな。そこでは菓子も出すそうだ。朝6時から夕方の6時まで働いて1日20銅貨だが、朝、夕は賄いがでる。どうだ」
それを聞いてアリスの顔がぱぁっと輝きました。
「メルバの旦那。ありがとうございます。わたし一生懸命働きます」
アリスの言葉にメルバの旦那も満足そうです。
たぶんその宿屋は、1日30銅貨は出していますが、アリスの貰う20銅貨の残り10銅貨は門の通行税だとか役人への付け届けとかに使われるのです。
お互いに満足いく話し合いが出来たところで、ふぃっとメルバの旦那がナオの顔をじぃっと見つめました。
「お前、黒髪と黒目だな。家族はいるのか? どこから来た?」
シリルがさっとナオを背中に庇うと、愛想笑いをして見せました。
「メルバの旦那。この娘っ子は自分の年も知らない始末でしてね。どうやら親もいないようで、この壁外に迷い込んだところを助けたんですよ。この娘が何かいたしましたか?」
「ほう。天涯孤独で、生まれもわからぬか。いやいい。ちょっと奇妙な噂を耳にしたのでな。気にせんでくれ」
メルバの旦那は、話はそれだけだという風に手を振ったので、シリルたちはさっさとその場を後にしました。
シリル達には庇護者なんていませんから、面倒ごとになりそうなことには、関わらないにこしたことはないのです。
ところが、大人というのは子供よりもずっと悪知恵が働くものですし、どうすれば人が気を許して秘密を話すのかをよく知っています。
翌日、気のいいソルは、なんと1日100銅貨で身なりの良い男を護衛する仕事を貰いました。
こんなに割りの良い仕事はめったにあるもんではありません。
しかもその身なりの良い男はエドガーと名乗り、どうやらソルを気に入ったらしく壁外に来るたびにソルを護衛として指名するようになりました。
王都の商人だというエドガーは、どうみても貴族さまにしか見えず、きっと貴族の道楽者が壁外が珍しくて遊びあるいているんだろうとソルは睨みました。
やがてエドガーはソルの住まいまで見たがったので、とうとうソルはエドガーを自分たちの巣穴に案内したのです。
エドガーはたっぷりの食べ物や菓子、それに酒やジュースまで持ち込んだので、カムイたちもすっかりエドガーに気を許しました。
みんながわいわいとお喋りに興じている時に、エドガーはさりげなくこんなことを話しました。
「いやぁ。なんと王都では600年ぶりに、異界渡りの姫君が降臨されたらしいぜ。なんでも髪が青銀色で、瞳は菫色の、そりゃぁ美しいお姫様だそうだ。今は公爵様のところに身を寄せていて、王立魔術師長さまと婚約なさったんだとよ」
「えーー! あの天才魔術師さまが婚約ねぇ。それで異界渡りの姫っていったいなんなんだ?」
「知らないのかい。この世界の他に、別の世界があるんだって話さ。600年前にも一度異界から女の子が落ちてきて、その少女は王様と結婚して王妃様になったんだとさ。なんでも異界から来た女の子には祝福が与えられているらしい。吉兆なのさ」
「えーー。だったら、ナオだって異界渡りの姫じゃないのかよ。だって別の世界から来たんだからよう」
そんな不用意な発言がソルから飛び出した時、エドガーの瞳は怪しく光りました。
「なんだって ナオちゃんが異界からきたっていうのか! なるほど、確かに黒目で黒髪だもんなぁ。ナオちゃんが本物かも知れねえなぁ」
「どういうことだ? エドガー」
聞き捨てならないとばかりにカムイが尋ねました。
「私も良くは知らないけどね。異界渡りの姫は黒髪で黒い瞳だったって記録があるんだってさ。それに黒髪や黒目の子供なんて、私も初めてみたもんでね。もしかして本物の異界渡りの姫ってのが、ナオちゃんじゃないのかと思ったのさ」
「えーー。じゃぁ王都にいる青銀の姫は偽物なのかい?」
シリルが驚いたように叫び、アリスは目を丸くしています。
「そうだよ。私のいた世界には青銀の髪をした人間なんて存在しない。きっとそいつ、異界渡りの姫を名乗った偽物だよ。だって私は確かに異世界からこっちの世界に落ちてきたんだもん」
ナオが憤然としてそう言うと、みんなも口々にナオの言葉に同意しました。
「そうだよなぁ。だってナオの着ていたGパンとかいうズボンは、見たことないぐらい丈夫だったし、上着にはずいぶんと綺麗な飾りが一杯つけてあったしなぁ」
「たしかにね。自分の年齢を16歳だなんて間違える筈ないしね。16歳っていったらすっごいおばさんだもの」
「1銅貨で何が買えるかも知らなかったからな。こいつは嘘はついてねえぜ。こっちが本物の異界渡りの姫君だよ」
カムイたちが、確かにナオこそが異界から来た姫だと証言したのを聞いたエドガーは、うっそりと笑みを浮かべました。
「異界渡りの姫を詐称するなんて、許しておけませんねぇ。どうですナオさん。偽物をやっつけてやりませんか?」
仕組まれた悪意の手先にされるとも思わずに、ナオはきっぱりと言い切りました。
「うん、そんな悪人は許せない。私がそんな奴、やっつけてやるよ」
「そう来なくっちゃいけませんや。それじゃぁ……」
エドガーには既に計画があったらしく、細々とナオに指示をだします。
ナオはそれを真剣に聞いていました。
ナオはまだ高校生になったばかりでしたから、正義感という奴も強く持っていましたし純真です。
男が貴族だろうことはうすうす勘づいてはいましたが、どうしてこんなに素早く綿密な計画をたてることができたかを疑うことはありませんでした。
まして自分が捨て駒として利用されるだなんて、考え付きもしません。
それは既に大人になっていたカムイたちだって同じことです。
権謀術数が渦巻くような貴族社会とは、全く無縁のところで暮らしてきたのです。
ナオ達にとって青銀の姫君とは、嘘つきの悪者でしかありませんでした。
ただし青銀の姫を、人々が見ている前で糾弾する役割はナオにしかできません。
糾弾の舞台は、『青銀の乙女と魔術師』という演目が行われるオペラ会場となりました。
青銀の姫が、いつその舞台を見に行くことになるかわかりませんでしたから、ナオは随分前から王都に入って準備を初めていました。
オペラ座というのは社交の場でもあり、特にナオが糾弾することになる舞台近くの席ともなれば、貴婦人たちが集まっています。
そんな場所からつまみ出されることのないように、ここ一週間ほどひたすらナオは礼儀作法を習ったり、ドレスを着て美しく歩くための練習をしています。
「ナオさまは、とても勘がいいですね。教えたことは瞬く間に、自分のものにしてしまわれます」
教師はナオが優秀だと舌を巻きましたが、ナオは元々アイドルを目指してこっそり演技の練習だってしていましたし、エキストラのバイトだってしているのです。
ナオにとっては貴婦人を演じるなんてことは、それほど難しいことではありませんでした。
そうしてナオは、密かにその牙を青銀の乙女へと向けていたのです。
「青銀の乙女がいらしているわ」
「まぁ、本当に」
「どこ。どこ」
「ほら、舞台正面から右側よ。あそこはクレメンタイン公爵家のブースよ」
「本当だわ。魔術師さまもいらっしゃるわ」
「今日はついているな。本物の青銀の乙女だ」
ナオが潜んでいたオペラ座の舞台を見るために、とうとう青銀の姫がやってきました。
人々の目はは2階にいる青銀の姫に、釘付けになっています。
いまだ!
ナオは青銀の乙女のいるブース席を指さして叫びました!
「その女は偽物よ!」
「あの女は異界渡りの姫なんかじゃないわ。冗談もたいがいになさいよ! あんたは知らないかもしれないけれどね。異界には青銀の髪なんて存在しないのよ! この詐欺師! なにを企んでいるの。あの女は詐欺師なのよ!」
ナオの言葉に、人々がざわつき始めました。
「どういうことだ」
「青銀の乙女は偽物なのか」
「まさか」
「しかし」
けれどもその時には沢山の警備兵がナオを取り囲んで、ナオを連行していきます。
ナオは連行されながらも叫び続けました。
「騙されないで! 私が本物よ!」
と……
「おう、姉ちゃん。1つくんな」
「毎度ありぃ。ご一緒に人参も食べませんか。身体にいいんですよ」
「ナオにはかなわねぇなぁ。じゃぁ、そいつも一緒にな。ほら2銅貨」
「ありがとう! おじさん」
ナオは元々アイドル志望だけあって、愛想もよければくるくると良く働いたので、3日もすれば八百屋の仕事はほとんど覚えてしまいました。
そこでシリルがアリスとナオを連れて、ここいらの差配をやっているメルバの旦那を訪ねました。
ナオがメンバーになったことをメルバの旦那に伝えておかなければなりませんし、アリスに出来れば王都で割りの良い仕事につかせてやりたいからです。
アリスは3銅貨も使ってアップルパイを焼いて、それを手土産に持ってきています。
アリスとしては菓子作りをさせてくれるところで働きたいので、自分の十八番のアップルパイで腕前を見てもらうつもりなんです。
王都は周囲をぐるりと壁で取り巻かれているので、壁外といっても随分と広いのです。
そうして人々が集まるのは王都に入れる門がある場所の近くです。
一番大きなのが南門、そして小さいのが北門、さらに大きな川の上流と下流とに門がありますが、川を下るには船に乗らなければなりませんから、壁外の人間はそんな門は使えません。
いきおい南門か北門の側に集落が出来上がっていきます。
メルバの旦那はその南門の村落のうちの、およそ半分を取り仕切っている親分です。
「メルバの旦那。この黒髪の娘がナオと言いまして、アリスの代わりにリムばあさんの店の手伝いをさせております。そこでそろそろアリスにも壁内の仕事をお世話いただきたいんですよ」
そう言ってシリルがナオ達に目くばせしたので、ナオとアリスはぺこりと頭を下げました。
「ほう、かわいい子が入ったじゃねぇか。リムばあさんから噂は聞いているよ。働き者の元気な娘だってな。それでアリスを菓子屋に奉公させたいって話だが、なかなか王都の菓子店で壁外の人間を雇う処はないなぁ」
「ダメですかい。メルバの旦那」
アリスが目に見えてがっかりした様子だったので、シリルは諦めきれずにメルバの旦那にくいつきました。
「宿屋だが食事が上手い店があるんだがな。そこでは菓子も出すそうだ。朝6時から夕方の6時まで働いて1日20銅貨だが、朝、夕は賄いがでる。どうだ」
それを聞いてアリスの顔がぱぁっと輝きました。
「メルバの旦那。ありがとうございます。わたし一生懸命働きます」
アリスの言葉にメルバの旦那も満足そうです。
たぶんその宿屋は、1日30銅貨は出していますが、アリスの貰う20銅貨の残り10銅貨は門の通行税だとか役人への付け届けとかに使われるのです。
お互いに満足いく話し合いが出来たところで、ふぃっとメルバの旦那がナオの顔をじぃっと見つめました。
「お前、黒髪と黒目だな。家族はいるのか? どこから来た?」
シリルがさっとナオを背中に庇うと、愛想笑いをして見せました。
「メルバの旦那。この娘っ子は自分の年も知らない始末でしてね。どうやら親もいないようで、この壁外に迷い込んだところを助けたんですよ。この娘が何かいたしましたか?」
「ほう。天涯孤独で、生まれもわからぬか。いやいい。ちょっと奇妙な噂を耳にしたのでな。気にせんでくれ」
メルバの旦那は、話はそれだけだという風に手を振ったので、シリルたちはさっさとその場を後にしました。
シリル達には庇護者なんていませんから、面倒ごとになりそうなことには、関わらないにこしたことはないのです。
ところが、大人というのは子供よりもずっと悪知恵が働くものですし、どうすれば人が気を許して秘密を話すのかをよく知っています。
翌日、気のいいソルは、なんと1日100銅貨で身なりの良い男を護衛する仕事を貰いました。
こんなに割りの良い仕事はめったにあるもんではありません。
しかもその身なりの良い男はエドガーと名乗り、どうやらソルを気に入ったらしく壁外に来るたびにソルを護衛として指名するようになりました。
王都の商人だというエドガーは、どうみても貴族さまにしか見えず、きっと貴族の道楽者が壁外が珍しくて遊びあるいているんだろうとソルは睨みました。
やがてエドガーはソルの住まいまで見たがったので、とうとうソルはエドガーを自分たちの巣穴に案内したのです。
エドガーはたっぷりの食べ物や菓子、それに酒やジュースまで持ち込んだので、カムイたちもすっかりエドガーに気を許しました。
みんながわいわいとお喋りに興じている時に、エドガーはさりげなくこんなことを話しました。
「いやぁ。なんと王都では600年ぶりに、異界渡りの姫君が降臨されたらしいぜ。なんでも髪が青銀色で、瞳は菫色の、そりゃぁ美しいお姫様だそうだ。今は公爵様のところに身を寄せていて、王立魔術師長さまと婚約なさったんだとよ」
「えーー! あの天才魔術師さまが婚約ねぇ。それで異界渡りの姫っていったいなんなんだ?」
「知らないのかい。この世界の他に、別の世界があるんだって話さ。600年前にも一度異界から女の子が落ちてきて、その少女は王様と結婚して王妃様になったんだとさ。なんでも異界から来た女の子には祝福が与えられているらしい。吉兆なのさ」
「えーー。だったら、ナオだって異界渡りの姫じゃないのかよ。だって別の世界から来たんだからよう」
そんな不用意な発言がソルから飛び出した時、エドガーの瞳は怪しく光りました。
「なんだって ナオちゃんが異界からきたっていうのか! なるほど、確かに黒目で黒髪だもんなぁ。ナオちゃんが本物かも知れねえなぁ」
「どういうことだ? エドガー」
聞き捨てならないとばかりにカムイが尋ねました。
「私も良くは知らないけどね。異界渡りの姫は黒髪で黒い瞳だったって記録があるんだってさ。それに黒髪や黒目の子供なんて、私も初めてみたもんでね。もしかして本物の異界渡りの姫ってのが、ナオちゃんじゃないのかと思ったのさ」
「えーー。じゃぁ王都にいる青銀の姫は偽物なのかい?」
シリルが驚いたように叫び、アリスは目を丸くしています。
「そうだよ。私のいた世界には青銀の髪をした人間なんて存在しない。きっとそいつ、異界渡りの姫を名乗った偽物だよ。だって私は確かに異世界からこっちの世界に落ちてきたんだもん」
ナオが憤然としてそう言うと、みんなも口々にナオの言葉に同意しました。
「そうだよなぁ。だってナオの着ていたGパンとかいうズボンは、見たことないぐらい丈夫だったし、上着にはずいぶんと綺麗な飾りが一杯つけてあったしなぁ」
「たしかにね。自分の年齢を16歳だなんて間違える筈ないしね。16歳っていったらすっごいおばさんだもの」
「1銅貨で何が買えるかも知らなかったからな。こいつは嘘はついてねえぜ。こっちが本物の異界渡りの姫君だよ」
カムイたちが、確かにナオこそが異界から来た姫だと証言したのを聞いたエドガーは、うっそりと笑みを浮かべました。
「異界渡りの姫を詐称するなんて、許しておけませんねぇ。どうですナオさん。偽物をやっつけてやりませんか?」
仕組まれた悪意の手先にされるとも思わずに、ナオはきっぱりと言い切りました。
「うん、そんな悪人は許せない。私がそんな奴、やっつけてやるよ」
「そう来なくっちゃいけませんや。それじゃぁ……」
エドガーには既に計画があったらしく、細々とナオに指示をだします。
ナオはそれを真剣に聞いていました。
ナオはまだ高校生になったばかりでしたから、正義感という奴も強く持っていましたし純真です。
男が貴族だろうことはうすうす勘づいてはいましたが、どうしてこんなに素早く綿密な計画をたてることができたかを疑うことはありませんでした。
まして自分が捨て駒として利用されるだなんて、考え付きもしません。
それは既に大人になっていたカムイたちだって同じことです。
権謀術数が渦巻くような貴族社会とは、全く無縁のところで暮らしてきたのです。
ナオ達にとって青銀の姫君とは、嘘つきの悪者でしかありませんでした。
ただし青銀の姫を、人々が見ている前で糾弾する役割はナオにしかできません。
糾弾の舞台は、『青銀の乙女と魔術師』という演目が行われるオペラ会場となりました。
青銀の姫が、いつその舞台を見に行くことになるかわかりませんでしたから、ナオは随分前から王都に入って準備を初めていました。
オペラ座というのは社交の場でもあり、特にナオが糾弾することになる舞台近くの席ともなれば、貴婦人たちが集まっています。
そんな場所からつまみ出されることのないように、ここ一週間ほどひたすらナオは礼儀作法を習ったり、ドレスを着て美しく歩くための練習をしています。
「ナオさまは、とても勘がいいですね。教えたことは瞬く間に、自分のものにしてしまわれます」
教師はナオが優秀だと舌を巻きましたが、ナオは元々アイドルを目指してこっそり演技の練習だってしていましたし、エキストラのバイトだってしているのです。
ナオにとっては貴婦人を演じるなんてことは、それほど難しいことではありませんでした。
そうしてナオは、密かにその牙を青銀の乙女へと向けていたのです。
「青銀の乙女がいらしているわ」
「まぁ、本当に」
「どこ。どこ」
「ほら、舞台正面から右側よ。あそこはクレメンタイン公爵家のブースよ」
「本当だわ。魔術師さまもいらっしゃるわ」
「今日はついているな。本物の青銀の乙女だ」
ナオが潜んでいたオペラ座の舞台を見るために、とうとう青銀の姫がやってきました。
人々の目はは2階にいる青銀の姫に、釘付けになっています。
いまだ!
ナオは青銀の乙女のいるブース席を指さして叫びました!
「その女は偽物よ!」
「あの女は異界渡りの姫なんかじゃないわ。冗談もたいがいになさいよ! あんたは知らないかもしれないけれどね。異界には青銀の髪なんて存在しないのよ! この詐欺師! なにを企んでいるの。あの女は詐欺師なのよ!」
ナオの言葉に、人々がざわつき始めました。
「どういうことだ」
「青銀の乙女は偽物なのか」
「まさか」
「しかし」
けれどもその時には沢山の警備兵がナオを取り囲んで、ナオを連行していきます。
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