ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日

文字の大きさ
2 / 38

注ぎ込まれた悪意

「いらっしゃい。熱々の芋はいかがですか? こんなに大きくて3つで1銅貨ですよ」

「おう、姉ちゃん。1つくんな」

「毎度ありぃ。ご一緒に人参も食べませんか。身体にいいんですよ」

「ナオにはかなわねぇなぁ。じゃぁ、そいつも一緒にな。ほら2銅貨」

「ありがとう! おじさん」

 ナオは元々アイドル志望だけあって、愛想もよければくるくると良く働いたので、3日もすれば八百屋の仕事はほとんど覚えてしまいました。

 そこでシリルがアリスとナオを連れて、ここいらの差配をやっているメルバの旦那を訪ねました。
 ナオがメンバーになったことをメルバの旦那に伝えておかなければなりませんし、アリスに出来れば王都で割りの良い仕事につかせてやりたいからです。

 アリスは3銅貨も使ってアップルパイを焼いて、それを手土産に持ってきています。
 アリスとしては菓子作りをさせてくれるところで働きたいので、自分の十八番のアップルパイで腕前を見てもらうつもりなんです。

 王都は周囲をぐるりと壁で取り巻かれているので、壁外といっても随分と広いのです。
 そうして人々が集まるのは王都に入れる門がある場所の近くです。

 一番大きなのが南門、そして小さいのが北門、さらに大きな川の上流と下流とに門がありますが、川を下るには船に乗らなければなりませんから、壁外の人間はそんな門は使えません。

 いきおい南門か北門の側に集落が出来上がっていきます。
 メルバの旦那はその南門の村落のうちの、およそ半分を取り仕切っている親分です。

 
「メルバの旦那。この黒髪の娘がナオと言いまして、アリスの代わりにリムばあさんの店の手伝いをさせております。そこでそろそろアリスにも壁内の仕事をお世話いただきたいんですよ」

 そう言ってシリルがナオ達に目くばせしたので、ナオとアリスはぺこりと頭を下げました。

「ほう、かわいい子が入ったじゃねぇか。リムばあさんから噂は聞いているよ。働き者の元気な娘だってな。それでアリスを菓子屋に奉公させたいって話だが、なかなか王都の菓子店で壁外の人間を雇う処はないなぁ」

「ダメですかい。メルバの旦那」

 アリスが目に見えてがっかりした様子だったので、シリルは諦めきれずにメルバの旦那にくいつきました。

「宿屋だが食事が上手い店があるんだがな。そこでは菓子も出すそうだ。朝6時から夕方の6時まで働いて1日20銅貨だが、朝、夕は賄いがでる。どうだ」

 それを聞いてアリスの顔がぱぁっと輝きました。

「メルバの旦那。ありがとうございます。わたし一生懸命働きます」

 アリスの言葉にメルバの旦那も満足そうです。

 たぶんその宿屋は、1日30銅貨は出していますが、アリスの貰う20銅貨の残り10銅貨は門の通行税だとか役人への付け届けとかに使われるのです。

 お互いに満足いく話し合いが出来たところで、ふぃっとメルバの旦那がナオの顔をじぃっと見つめました。

「お前、黒髪と黒目だな。家族はいるのか? どこから来た?」

 シリルがさっとナオを背中に庇うと、愛想笑いをして見せました。

「メルバの旦那。この娘っ子は自分の年も知らない始末でしてね。どうやら親もいないようで、この壁外に迷い込んだところを助けたんですよ。この娘が何かいたしましたか?」

「ほう。天涯孤独で、生まれもわからぬか。いやいい。ちょっと奇妙な噂を耳にしたのでな。気にせんでくれ」

 メルバの旦那は、話はそれだけだという風に手を振ったので、シリルたちはさっさとその場を後にしました。
 シリル達には庇護者なんていませんから、面倒ごとになりそうなことには、関わらないにこしたことはないのです。

 
 ところが、大人というのは子供よりもずっと悪知恵が働くものですし、どうすれば人が気を許して秘密を話すのかをよく知っています。

 翌日、気のいいソルは、なんと1日100銅貨で身なりの良い男を護衛する仕事を貰いました。
 こんなに割りの良い仕事はめったにあるもんではありません。

 しかもその身なりの良い男はエドガーと名乗り、どうやらソルを気に入ったらしく壁外に来るたびにソルを護衛として指名するようになりました。

 王都の商人だというエドガーは、どうみても貴族さまにしか見えず、きっと貴族の道楽者が壁外が珍しくて遊びあるいているんだろうとソルは睨みました。

 やがてエドガーはソルの住まいまで見たがったので、とうとうソルはエドガーを自分たちの巣穴に案内したのです。

 エドガーはたっぷりの食べ物や菓子、それに酒やジュースまで持ち込んだので、カムイたちもすっかりエドガーに気を許しました。

 みんながわいわいとお喋りに興じている時に、エドガーはさりげなくこんなことを話しました。

「いやぁ。なんと王都では600年ぶりに、異界渡りの姫君が降臨されたらしいぜ。なんでも髪が青銀色で、瞳は菫色の、そりゃぁ美しいお姫様だそうだ。今は公爵様のところに身を寄せていて、王立魔術師長さまと婚約なさったんだとよ」

「えーー! あの天才魔術師さまが婚約ねぇ。それで異界渡りの姫っていったいなんなんだ?」

「知らないのかい。この世界の他に、別の世界があるんだって話さ。600年前にも一度異界から女の子が落ちてきて、その少女は王様と結婚して王妃様になったんだとさ。なんでも異界から来た女の子には祝福が与えられているらしい。吉兆なのさ」

「えーー。だったら、ナオだって異界渡りの姫じゃないのかよ。だって別の世界から来たんだからよう」

 そんな不用意な発言がソルから飛び出した時、エドガーの瞳は怪しく光りました。

「なんだって ナオちゃんが異界からきたっていうのか! なるほど、確かに黒目で黒髪だもんなぁ。ナオちゃんが本物かも知れねえなぁ」

「どういうことだ? エドガー」

 聞き捨てならないとばかりにカムイが尋ねました。

「私も良くは知らないけどね。異界渡りの姫は黒髪で黒い瞳だったって記録があるんだってさ。それに黒髪や黒目の子供なんて、私も初めてみたもんでね。もしかして本物の異界渡りの姫ってのが、ナオちゃんじゃないのかと思ったのさ」

「えーー。じゃぁ王都にいる青銀の姫は偽物なのかい?」

 シリルが驚いたように叫び、アリスは目を丸くしています。

「そうだよ。私のいた世界には青銀の髪をした人間なんて存在しない。きっとそいつ、異界渡りの姫を名乗った偽物だよ。だって私は確かに異世界からこっちの世界に落ちてきたんだもん」


 ナオが憤然としてそう言うと、みんなも口々にナオの言葉に同意しました。

「そうだよなぁ。だってナオの着ていたGパンとかいうズボンは、見たことないぐらい丈夫だったし、上着にはずいぶんと綺麗な飾りが一杯つけてあったしなぁ」

「たしかにね。自分の年齢を16歳だなんて間違える筈ないしね。16歳っていったらすっごいおばさんだもの」

「1銅貨で何が買えるかも知らなかったからな。こいつは嘘はついてねえぜ。こっちが本物の異界渡りの姫君だよ」

 カムイたちが、確かにナオこそが異界から来た姫だと証言したのを聞いたエドガーは、うっそりと笑みを浮かべました。

「異界渡りの姫を詐称するなんて、許しておけませんねぇ。どうですナオさん。偽物をやっつけてやりませんか?」

 仕組まれた悪意の手先にされるとも思わずに、ナオはきっぱりと言い切りました。

「うん、そんな悪人は許せない。私がそんな奴、やっつけてやるよ」

「そう来なくっちゃいけませんや。それじゃぁ……」

 エドガーには既に計画があったらしく、細々とナオに指示をだします。
 ナオはそれを真剣に聞いていました。


 ナオはまだ高校生になったばかりでしたから、正義感という奴も強く持っていましたし純真です。

 男が貴族だろうことはうすうす勘づいてはいましたが、どうしてこんなに素早く綿密な計画をたてることができたかを疑うことはありませんでした。

 まして自分が捨て駒として利用されるだなんて、考え付きもしません。
 それは既に大人になっていたカムイたちだって同じことです。

 権謀術数が渦巻くような貴族社会とは、全く無縁のところで暮らしてきたのです。
 ナオ達にとって青銀の姫君とは、嘘つきの悪者でしかありませんでした。

 
 ただし青銀の姫を、人々が見ている前で糾弾する役割はナオにしかできません。
 糾弾の舞台は、『青銀の乙女と魔術師』という演目が行われるオペラ会場となりました。

 青銀の姫が、いつその舞台を見に行くことになるかわかりませんでしたから、ナオは随分前から王都に入って準備を初めていました。

 オペラ座というのは社交の場でもあり、特にナオが糾弾することになる舞台近くの席ともなれば、貴婦人たちが集まっています。

 そんな場所からつまみ出されることのないように、ここ一週間ほどひたすらナオは礼儀作法を習ったり、ドレスを着て美しく歩くための練習をしています。

「ナオさまは、とても勘がいいですね。教えたことは瞬く間に、自分のものにしてしまわれます」

 教師はナオが優秀だと舌を巻きましたが、ナオは元々アイドルを目指してこっそり演技の練習だってしていましたし、エキストラのバイトだってしているのです。

 ナオにとっては貴婦人を演じるなんてことは、それほど難しいことではありませんでした。
 そうしてナオは、密かにその牙を青銀の乙女へと向けていたのです。



「青銀の乙女がいらしているわ」

「まぁ、本当に」

「どこ。どこ」

「ほら、舞台正面から右側よ。あそこはクレメンタイン公爵家のブースよ」

「本当だわ。魔術師さまもいらっしゃるわ」

「今日はついているな。本物の青銀の乙女だ」

 ナオが潜んでいたオペラ座の舞台を見るために、とうとう青銀の姫がやってきました。
 人々の目はは2階にいる青銀の姫に、釘付けになっています。

 いまだ!
 ナオは青銀の乙女のいるブース席を指さして叫びました!

「その女は偽物よ!」

「あの女は異界渡りの姫なんかじゃないわ。冗談もたいがいになさいよ! あんたは知らないかもしれないけれどね。異界には青銀の髪なんて存在しないのよ! この詐欺師! なにを企んでいるの。あの女は詐欺師なのよ!」

 ナオの言葉に、人々がざわつき始めました。

「どういうことだ」

「青銀の乙女は偽物なのか」

「まさか」

「しかし」

 
 けれどもその時には沢山の警備兵がナオを取り囲んで、ナオを連行していきます。

 ナオは連行されながらも叫び続けました。

「騙されないで! 私が本物よ!」

 と……

感想 5

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜

まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。 愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。 夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。 でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。 「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」 幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。 ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。 夫が全てを失うのはこれからの話。 私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。

「お遊戯で子を育てるな」と追放された宮廷養育係——前世の保育士が作った遊びの教育を、王立学院が丸ごと導入した

歩人
ファンタジー
「子供に歌を教え、絵を描かせ、庭で走り回らせる——それが教育だと? ふざけるな」 侯爵令嬢マリカは婚約者にそう嘲笑され、宮廷養育係の職を解かれた。 前世で保育士だった彼女が行っていたのは、遊びに見せかけた発達支援プログラム。数を数える鬼ごっこ、言葉を覚える歌遊び、協調性を育む共同制作——子供たちは「楽しい」と笑いながら、同年代の二年先を進んでいた。 マリカが去り、旧来の家庭教師が戻った途端、子供たちは勉強を拒否し始めた。 王立学院の入学試験で辺境の子供たちが首席を独占したとき——「お遊戯」の本当の意味が明かされる。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。