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ナオざまぁする
「ナオさま、貴族と平民とが同じ店を使う時には、入口や部屋を別にする必要があるんですのよ。それはもうご用意出来てますの?」
「知らなかったわ。ずいぶんと面倒なのね」
「やはり青銀の姫は、そんなこともナオさまに教えないのですね。きっとナオさまに恥をかかせるつもりですわよ。陰険ですねぇ。いっそカフェのオープンの日にこっちから青銀の姫に恥をかかせればよろしいわ」
「ナオさま。カフェの名前はきまりましたの?」
「あら、だってもうずいぶん前から、私たちはライブラリーカフェと言ってるじゃないの。それでいいと思うけれど」
「まぁ、ナオさま、それはいけませんわ。あのカフェはナオさまの店ですもの。いっそ『喫茶店奈緒』にされてはいかがでしょう」
「ナオさま、カフェの制服はどうなさいますの。やはり上質の服でなければいけませんわ。いっそアンバー公子におねだりなさいませ」
いつの間にかナオは取り巻きの人たちの言うがままになっていたのですが、ナオは何もかも自分が決めたのだと思い込んでいました。
自分はすっかり喫茶店奈緒の女主人として、ふさわしい仕事をしているつもりになっていたのです。
そんな訳でロッテが心配してあれこれと気配りをしたり、世話を焼いてくれても余計なお世話にしか思えなくなっていました。
そんなある日、いつものようにロッテがナオに忠告やアドバイスをしてくれた時にはとうとう「うるさいわね、おばさん」と言い放ってしまいました。
ロッテは気にしないそぶりでかえっていきましたが、そんな発言をしたナオは、心中深く傷ついていたのです。
私はいったいどうしたんだろう。
あんな嫌味を言うような嫌な女だったんだろうか?
ロッテが一瞬酷く傷ついた顔をしていたのを、ナオは見逃さなかったのです。
「ナオさま。いったいどうされたのですか。もうすぐ喫茶店奈緒のオープンの日ですのに」
「なんでもないわ。そうよね。オープンの日には私も一生懸命に働かないとね」
ナオは昔みたいにくるくると一生懸命働けば、この心の中の重しみたいな嫌な気分が吹っ飛ぶと思ったのです。
「まぁ、嫌ですわ、ナオさまは女主人ですのよ。カフェはいわばサロンのようなものですわ。サロンの女主人なのですから、働くのは使用人の仕事ですのよ。それより素敵なドレスを着て、私たちとサロンのオープンを楽しまなければ……」
「そうですわ、ナオさま。それで面白い計画がありますの。ぜひここはナオさまの庇護者のロビン辺境伯にひと肌脱いでいただきましょうよ」
それはいかにも素晴らしいざまぁの計画でした。
これが上手くいけば、ロッテの評判は地に落ちてしまいますし、ロッテとセディを仲たがいさせることだってできます。
ナオはセディにざまぁしたかったのですから、この計画に乗るべきです。
ナオがそれでも躊躇しているのを見て、取り巻きはこんな風にアドバイスしました。
「ねぇ、ナオさま。もしもセディが本当に番を愛していたら、こんなあからさまな罠にかかる筈ありませんわ。そう考えればこれはあの2人への試練のようなものです。こんな罠にかかるような男なら、青銀の姫さまの番には相応しくありませんもの。これは青銀の姫様のためにもなるんですのよ」
ロッテのためを思って、あえて悪役を引き受けることでざまぁもできる。
一石二鳥の作戦だと言ってもらえたことで、ナオはその計画を実行することにしました。
けれどナオは知っていました。
それはどんなに言い訳したところで、実に卑劣なことだということを。
でも、ナオにはもう引き返せなかったのです。
「それで、お前はロッテに平民の恰好をさせて、カフェに連れ出せとそう言うのだな。しかもこの私にまで平民の服を着ろというのかね」
ナオがロビン辺境伯に面会を求めると、ロビンはいかにも気安く、己が庇護する娘の面会を許可しました。
そうしてナオが奇想天外なお願いをすると、いかにも面白がるような顔になったのです。
「よし。ほかならぬ異界渡りの姫の頼みだ。叶えてやろう。しかしナオ、自分のしでかしたことの後始末は自分で受けることになるのだ。それはわかっていような? そのうえでこの計画を実行しようというのだな」
ナオはロビンの言葉を聞くと、ここにやってきたことを後悔しました。
この人は全部見通している。
そのうえで、あえてナオに加担しようとしているのだ。
自分のしでかすことの結果を、本当にすべて背負えるのかと、彼の目はそう問いかけています。
しかもそれを面白がってさえいるのです。
ここで頷けば、自分は本当にこんどこそ縛り首になるかもしれない。
ようやくここにいたってナオにも、自分が行おうとすることの意味が見えてきました。
けれど、愚かしいことにナオはプライドが高く負けず嫌いだったのです。
いいさ。
こんなちっぽけな命ぐらいくれてやる。
他人にいいように操られる自分の人生が心底情けなくなったナオは、覚悟をきめてしまいました。
「はい、お願いします」
そう答えたナオの顔は蒼白でしたが、覚悟の決まった顔をしていました。
「よろしい。それではそのようにしよう。愛しき姫君」
ロビン辺境伯は、さらりとナオをその腕に絡めとると、その額に口づけをおとしました。
ナオが驚いて目を見張ると、ロビンはクスリと笑い、ナオを退出させるように侍従に言いつけました。
「ロビンさま。一体何を考えていらっしゃるのです。あの少女はただではすまなくなりますぞ。ずっと少なくない影を使ってあの姫君を守ってこられたというのに、台無しになさるおつもりですか」
ロビンの腹心の部下は、半ば本気で主をなじりました。
ロビンはロッテには家庭教師としてその教育にあたり、ナオにはきっちりと影といわれるロビン直属の部下をつけて異界渡りの姫たちを見守ってきたのです。
「そう突っかかってくれるな。どうだろうね。子供が転ばぬように、喧嘩もせぬように、全ての危険から守ってしまっては、子供は転ぶことも出来ぬだろう。異世界から来た姫たちは、どちらもあまりにも無防備だ。一度は転んでその痛みを味わう必要があるのさ。それはあのセディの小僧にも言える事だがな」
「まったく、主さまはお人よしすぎますぞ。王家からは警戒され、いいように使われて、そこまで忠誠を尽くす必要がありましょうか? 主さまは異界の姫や、甘やかされた王族の教育係ではございませぬぞ」
とうとう部下はプリプリと怒り出してしまいました。
「まぁ、そう怒るな。これは大人の役割みたいなものだ。どうせクレメンタイン公爵は私が動くことまで計算にいれておろうさ。王族というのはずるいものだからなぁ。それにしてもセディもアンバーも教育のしがいがあり過ぎる小僧どもだがなぁ」
王国随一の戦略家とも智謀の主ともいわれているロビンには、この先の図柄は先々まできっちりと見えているつもりでした。
人の感情の動きまで丁寧に読み取って駒を配置してきたロビンが、初めて読み切れぬことに遭遇するのは、もう少し先のことになります。
サロンがオープンした日、ナオは真っ赤なドレスに身を包み、取り巻きの人々とサロンの雰囲気を楽しんでいました。
そこに平民の服装をしたロッテがロビンとやってきたので、ナオはアリス言いました。
「こちらは特別なお客さまがいらっしゃるところです。アリス。お友達ならテラスに案内なさい」
その一言で自分が場違いな格好をしていることを恥じたロッテは急いでカフェから逃げ出していきます。
その後ろ姿に、取り巻きたちのクスクス笑いが追い打ちをかけました。
確かにロッテは恥をかきましたが、ざまぁはこれからです。
取り巻きたちが、青銀の姫がもう1人の異界渡りの姫を虐めているという噂を広めていますから、そろそろセディがこちらにやってくるはずです。
ほうら、言っているそばからセディが転移してきました。
「まぁ。伯爵さま。わざわざいらして下さったんですのね。ありがとうございます。どうぞお掛けになって」
ナオが、真っ赤なドレスを身にまとってあでやかにロビンをサロンに招きいれたので、セディは驚いたようです。
「ねぇナオ。いつもの君と全然ちがうんだね。いや、貶している訳じゃないよ。美しくて驚いただけさ。でも館ではもっと気楽な感じだったろう?」
そうするとナオはいかにも辛そうに下を向いて何かに耐えているようです。
それを見たサロンの客たちがセディに口々に訴え始めました。
「こう言っちゃなんですけれど、伯爵さまの婚約者はナオがこのような教養ある娘であることを、隠すように迫っておりましたのよ」
「ええ、私も聞きましたわ。酷い話ですよ。まるで下賤な平民みたいな話し方を強要したんですってね?」
「そうそう。先ほどなどは、わざわざ平民の恰好までして、ずかずかとこのサロンに入ってきましたのよ」
「ええ、私も見ましたわ。あれはここは平民が来る場所だっていう意味ですわね。まぁナオさまが機転をきかせたら逃げていきましたけどねぇ」
「いい気味でしたわ。そうそうご一緒していたのはロビン辺境伯ではございませんこと?」
「まぁ。いやらしい。ナオさまを猶子にしたのが気にいらないんですわね。伯爵さまというごりっぱな婚約者がありながら、別の男に媚びをうるなんて」
「あれじゃございませんこと。辺境伯の方がご身分もございますもの。乗り換えるおつもりかも」
「なにいいだすのよ。伯爵さまがいらっしゃるのに!」
なんだって! どういう事だ。ロッテが浮気? まさかロビンと? そんなバカな。
セディは取り巻きたちの話にすっかり動揺してしまいました。
「おい、ナオ答えてくれ。今の話は本当なのか?」
ナオは辛そうにゆるゆると頭をあげると、いかにも弱弱し気に返事をしました。
「いいえ、そんなことはございませんわ。いつだってロッテさまは私に親切にしてくださいますもの。今日だってわざわお見えになりましたもの」
「じゃぁ、やっぱり来たんだな! 今朝はそんなことはおくびにもださなかったのに。ロビンも一緒だったのか!」
セディはあんまりな話に怒りがこみあげてきました。
ナオはいかにもセディを気遣うようにこう言いました。
「ロビンさまは、きっと私のためにおいでくださったんですわ。ロッテさまと御一緒だったのは偶然に決まってますわ。まさか、いくらなんでもロッテさまが伯爵さまを裏切るなんて! きっと何かの間違いですわ。どうぞロッテさまをお責めにならないでくださいませ」
そう言ってふるふると震えるナオを、客たちが宥めている。
「なんてお優しいナオさま」
「あんな女を庇われるなんて」
セディはそんな言葉を振り切るようにこの場から消えてしまいました。
「大成功ですわね。ナオさま」
「ええ、これでセディはロッテを信用できなくなりますわ」
「お2人はきっと婚約破棄されますわよ」
「ざまぁ成功ですわね」
そんな取りまきの言葉を聞きながら、ナオは自分の人生がこれで詰んだと思っていました。
これからナオに出来るのは、全てを自分の責任にして、他の人に被害が及ばないようにすることだけです。
ナオはせっせと楽し気に働く仲間たちを見ながら、その努力を自分のざまぁしたいという欲求だけでなにもかも台無しにしてしまったんだと思いました。
仲間たちはきっとナオを許さないでしょう。
そこまでしたというのに、ざまぁしても少しも気落ちが晴れないことにナオは絶望していました。
「知らなかったわ。ずいぶんと面倒なのね」
「やはり青銀の姫は、そんなこともナオさまに教えないのですね。きっとナオさまに恥をかかせるつもりですわよ。陰険ですねぇ。いっそカフェのオープンの日にこっちから青銀の姫に恥をかかせればよろしいわ」
「ナオさま。カフェの名前はきまりましたの?」
「あら、だってもうずいぶん前から、私たちはライブラリーカフェと言ってるじゃないの。それでいいと思うけれど」
「まぁ、ナオさま、それはいけませんわ。あのカフェはナオさまの店ですもの。いっそ『喫茶店奈緒』にされてはいかがでしょう」
「ナオさま、カフェの制服はどうなさいますの。やはり上質の服でなければいけませんわ。いっそアンバー公子におねだりなさいませ」
いつの間にかナオは取り巻きの人たちの言うがままになっていたのですが、ナオは何もかも自分が決めたのだと思い込んでいました。
自分はすっかり喫茶店奈緒の女主人として、ふさわしい仕事をしているつもりになっていたのです。
そんな訳でロッテが心配してあれこれと気配りをしたり、世話を焼いてくれても余計なお世話にしか思えなくなっていました。
そんなある日、いつものようにロッテがナオに忠告やアドバイスをしてくれた時にはとうとう「うるさいわね、おばさん」と言い放ってしまいました。
ロッテは気にしないそぶりでかえっていきましたが、そんな発言をしたナオは、心中深く傷ついていたのです。
私はいったいどうしたんだろう。
あんな嫌味を言うような嫌な女だったんだろうか?
ロッテが一瞬酷く傷ついた顔をしていたのを、ナオは見逃さなかったのです。
「ナオさま。いったいどうされたのですか。もうすぐ喫茶店奈緒のオープンの日ですのに」
「なんでもないわ。そうよね。オープンの日には私も一生懸命に働かないとね」
ナオは昔みたいにくるくると一生懸命働けば、この心の中の重しみたいな嫌な気分が吹っ飛ぶと思ったのです。
「まぁ、嫌ですわ、ナオさまは女主人ですのよ。カフェはいわばサロンのようなものですわ。サロンの女主人なのですから、働くのは使用人の仕事ですのよ。それより素敵なドレスを着て、私たちとサロンのオープンを楽しまなければ……」
「そうですわ、ナオさま。それで面白い計画がありますの。ぜひここはナオさまの庇護者のロビン辺境伯にひと肌脱いでいただきましょうよ」
それはいかにも素晴らしいざまぁの計画でした。
これが上手くいけば、ロッテの評判は地に落ちてしまいますし、ロッテとセディを仲たがいさせることだってできます。
ナオはセディにざまぁしたかったのですから、この計画に乗るべきです。
ナオがそれでも躊躇しているのを見て、取り巻きはこんな風にアドバイスしました。
「ねぇ、ナオさま。もしもセディが本当に番を愛していたら、こんなあからさまな罠にかかる筈ありませんわ。そう考えればこれはあの2人への試練のようなものです。こんな罠にかかるような男なら、青銀の姫さまの番には相応しくありませんもの。これは青銀の姫様のためにもなるんですのよ」
ロッテのためを思って、あえて悪役を引き受けることでざまぁもできる。
一石二鳥の作戦だと言ってもらえたことで、ナオはその計画を実行することにしました。
けれどナオは知っていました。
それはどんなに言い訳したところで、実に卑劣なことだということを。
でも、ナオにはもう引き返せなかったのです。
「それで、お前はロッテに平民の恰好をさせて、カフェに連れ出せとそう言うのだな。しかもこの私にまで平民の服を着ろというのかね」
ナオがロビン辺境伯に面会を求めると、ロビンはいかにも気安く、己が庇護する娘の面会を許可しました。
そうしてナオが奇想天外なお願いをすると、いかにも面白がるような顔になったのです。
「よし。ほかならぬ異界渡りの姫の頼みだ。叶えてやろう。しかしナオ、自分のしでかしたことの後始末は自分で受けることになるのだ。それはわかっていような? そのうえでこの計画を実行しようというのだな」
ナオはロビンの言葉を聞くと、ここにやってきたことを後悔しました。
この人は全部見通している。
そのうえで、あえてナオに加担しようとしているのだ。
自分のしでかすことの結果を、本当にすべて背負えるのかと、彼の目はそう問いかけています。
しかもそれを面白がってさえいるのです。
ここで頷けば、自分は本当にこんどこそ縛り首になるかもしれない。
ようやくここにいたってナオにも、自分が行おうとすることの意味が見えてきました。
けれど、愚かしいことにナオはプライドが高く負けず嫌いだったのです。
いいさ。
こんなちっぽけな命ぐらいくれてやる。
他人にいいように操られる自分の人生が心底情けなくなったナオは、覚悟をきめてしまいました。
「はい、お願いします」
そう答えたナオの顔は蒼白でしたが、覚悟の決まった顔をしていました。
「よろしい。それではそのようにしよう。愛しき姫君」
ロビン辺境伯は、さらりとナオをその腕に絡めとると、その額に口づけをおとしました。
ナオが驚いて目を見張ると、ロビンはクスリと笑い、ナオを退出させるように侍従に言いつけました。
「ロビンさま。一体何を考えていらっしゃるのです。あの少女はただではすまなくなりますぞ。ずっと少なくない影を使ってあの姫君を守ってこられたというのに、台無しになさるおつもりですか」
ロビンの腹心の部下は、半ば本気で主をなじりました。
ロビンはロッテには家庭教師としてその教育にあたり、ナオにはきっちりと影といわれるロビン直属の部下をつけて異界渡りの姫たちを見守ってきたのです。
「そう突っかかってくれるな。どうだろうね。子供が転ばぬように、喧嘩もせぬように、全ての危険から守ってしまっては、子供は転ぶことも出来ぬだろう。異世界から来た姫たちは、どちらもあまりにも無防備だ。一度は転んでその痛みを味わう必要があるのさ。それはあのセディの小僧にも言える事だがな」
「まったく、主さまはお人よしすぎますぞ。王家からは警戒され、いいように使われて、そこまで忠誠を尽くす必要がありましょうか? 主さまは異界の姫や、甘やかされた王族の教育係ではございませぬぞ」
とうとう部下はプリプリと怒り出してしまいました。
「まぁ、そう怒るな。これは大人の役割みたいなものだ。どうせクレメンタイン公爵は私が動くことまで計算にいれておろうさ。王族というのはずるいものだからなぁ。それにしてもセディもアンバーも教育のしがいがあり過ぎる小僧どもだがなぁ」
王国随一の戦略家とも智謀の主ともいわれているロビンには、この先の図柄は先々まできっちりと見えているつもりでした。
人の感情の動きまで丁寧に読み取って駒を配置してきたロビンが、初めて読み切れぬことに遭遇するのは、もう少し先のことになります。
サロンがオープンした日、ナオは真っ赤なドレスに身を包み、取り巻きの人々とサロンの雰囲気を楽しんでいました。
そこに平民の服装をしたロッテがロビンとやってきたので、ナオはアリス言いました。
「こちらは特別なお客さまがいらっしゃるところです。アリス。お友達ならテラスに案内なさい」
その一言で自分が場違いな格好をしていることを恥じたロッテは急いでカフェから逃げ出していきます。
その後ろ姿に、取り巻きたちのクスクス笑いが追い打ちをかけました。
確かにロッテは恥をかきましたが、ざまぁはこれからです。
取り巻きたちが、青銀の姫がもう1人の異界渡りの姫を虐めているという噂を広めていますから、そろそろセディがこちらにやってくるはずです。
ほうら、言っているそばからセディが転移してきました。
「まぁ。伯爵さま。わざわざいらして下さったんですのね。ありがとうございます。どうぞお掛けになって」
ナオが、真っ赤なドレスを身にまとってあでやかにロビンをサロンに招きいれたので、セディは驚いたようです。
「ねぇナオ。いつもの君と全然ちがうんだね。いや、貶している訳じゃないよ。美しくて驚いただけさ。でも館ではもっと気楽な感じだったろう?」
そうするとナオはいかにも辛そうに下を向いて何かに耐えているようです。
それを見たサロンの客たちがセディに口々に訴え始めました。
「こう言っちゃなんですけれど、伯爵さまの婚約者はナオがこのような教養ある娘であることを、隠すように迫っておりましたのよ」
「ええ、私も聞きましたわ。酷い話ですよ。まるで下賤な平民みたいな話し方を強要したんですってね?」
「そうそう。先ほどなどは、わざわざ平民の恰好までして、ずかずかとこのサロンに入ってきましたのよ」
「ええ、私も見ましたわ。あれはここは平民が来る場所だっていう意味ですわね。まぁナオさまが機転をきかせたら逃げていきましたけどねぇ」
「いい気味でしたわ。そうそうご一緒していたのはロビン辺境伯ではございませんこと?」
「まぁ。いやらしい。ナオさまを猶子にしたのが気にいらないんですわね。伯爵さまというごりっぱな婚約者がありながら、別の男に媚びをうるなんて」
「あれじゃございませんこと。辺境伯の方がご身分もございますもの。乗り換えるおつもりかも」
「なにいいだすのよ。伯爵さまがいらっしゃるのに!」
なんだって! どういう事だ。ロッテが浮気? まさかロビンと? そんなバカな。
セディは取り巻きたちの話にすっかり動揺してしまいました。
「おい、ナオ答えてくれ。今の話は本当なのか?」
ナオは辛そうにゆるゆると頭をあげると、いかにも弱弱し気に返事をしました。
「いいえ、そんなことはございませんわ。いつだってロッテさまは私に親切にしてくださいますもの。今日だってわざわお見えになりましたもの」
「じゃぁ、やっぱり来たんだな! 今朝はそんなことはおくびにもださなかったのに。ロビンも一緒だったのか!」
セディはあんまりな話に怒りがこみあげてきました。
ナオはいかにもセディを気遣うようにこう言いました。
「ロビンさまは、きっと私のためにおいでくださったんですわ。ロッテさまと御一緒だったのは偶然に決まってますわ。まさか、いくらなんでもロッテさまが伯爵さまを裏切るなんて! きっと何かの間違いですわ。どうぞロッテさまをお責めにならないでくださいませ」
そう言ってふるふると震えるナオを、客たちが宥めている。
「なんてお優しいナオさま」
「あんな女を庇われるなんて」
セディはそんな言葉を振り切るようにこの場から消えてしまいました。
「大成功ですわね。ナオさま」
「ええ、これでセディはロッテを信用できなくなりますわ」
「お2人はきっと婚約破棄されますわよ」
「ざまぁ成功ですわね」
そんな取りまきの言葉を聞きながら、ナオは自分の人生がこれで詰んだと思っていました。
これからナオに出来るのは、全てを自分の責任にして、他の人に被害が及ばないようにすることだけです。
ナオはせっせと楽し気に働く仲間たちを見ながら、その努力を自分のざまぁしたいという欲求だけでなにもかも台無しにしてしまったんだと思いました。
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