ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日

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懐かしい壁外

 一行が王都に近づくとナオはロビンと一緒に、密かに別行動をとっていました。
 壁外のお世話になった人たちに挨拶をして、自分の旦那さまを紹介したかったからです。

 どうも女の子っていうのは、彼氏を見せびらかしたい衝動があるようです。
 それを良く理解していたロビンは、おとなしくナオのアクセサリー役を買ってでたのでした。

 それにナオがなんとか無事に生き延びたのは、この壁外の人たちの暖かい人情があってのことですから、ロビンだって感謝したいと思っていたのです。


「リムばあさん、お久しぶり。元気そうでよかった」

「まぁまぁ、ナオじゃないか。無事だったんだね。なんだかえらい事件を起こして辺境に送られたって聞いて、心配していたんだよ」

「ありがとう。あのね、今日来たのは、私の旦那さまを紹介したかったからなの。ロビン、こっち、こっち」

 ナオに手招きされて、ロビンが苦笑しながら店に入ってきます。
 狭い店は、リムばあさんとナオとロビンが入り込むと、それだけでいっぱいになってしまいます。

 ロビンの絵姿はこの壁外でも大人気ですから、リムばあさんもロビンを一目みてその正体に気づきました。

「まぁ、なんてこと! ナオ、おまえ救国の英雄の花嫁になったのかい?」

 驚きで棒立ちになったリムばあさんの肩に手を置いて、ロビンは言いました。

「わたしの妻をよく世話してくれたらしいな。ありがとう。これは礼だ。今日は店じまいをして良ければアリスのアップルパイでも、食べに行かないかね」

 ずしりと重い財布を渡されて、リムばあさんは叫びました。

「さぁ、今日は救国の英雄ロビンのおごりだ。店にある物は全部タダだよ。好きなだけ持っていきな」

 その声に、あっという間に人々が集まりました。

「何だ? ロビンだって?」

「おい、おい、こりゃ本物だ。リムばあさんはロビンの知り合いなのか?」

 わいわいと野次馬があつまると、リムばあさんは大威張りでいいました。

「私の孫娘がロビンの嫁さんになったんだよ。今からもう1人の孫娘に会いにいってくるんだ。だからそのお祝いに、店の商品は今日はタダだよ。持っていきな」

 リムばあさんのきっぷのよい啖呵に、野次馬どもは大いにわきました。
 瞬く間に店は空っぽになりましたから、リムばあさんはにやりとして言いました。

「さぁ、じゃぁ、アリスに会いに行こうじゃないか」

 ロビンはリムばあさんの手腕が、大いに気に入りました。

「ばあさん、お前さんがナオの祖母ならなんでこんなところにいることがある。ナオの側にいて、ナオを守ってやってくれよ」

 それを聞いてさすがのリムばあさんも、おろおろとうろたえてしまいます。
 自分が英雄ロビンの元で働く?
 まさか、そんなことになるなんて。

「リムばあさん。私からもお願いしてかまわないかな。リムばあさんも天蓋孤独だって言ってたじゃない。だったら私のおばあさんになって頂戴」

 それを聞くとリムばあさんの目は、真っ赤になってしまいましたが、それを打ち払うようにいいました。

「当たり前だろ、ナオ。ナオは私の可愛い孫娘なんだからね」



 そのあとロビンとナオとリムばあさんは、差配のメルバの旦那のところに行きました。
 メルバの旦那はナオとリムばあさんが、ロビンの元で暮らすと知って、素直に祝福してくれました。

 ロビンは自分の紋章入りの短刀を、メルバに手渡して言いました。

「なかなかうまく、壁外を差配しているようだな。もしも王都の役人が目に余る振る舞いをしたら、この短刀を使うがいい。ただし使いどころを間違えるなよ」

 メルバの旦那の目がキラリとひかりました。
 ロビンの後ろ盾があれば、役人の横暴をある程度抑えることができます。

 そこそこは鼻薬も必要でしょうが、いい気になって無茶を言う役人もいるのです。

「ありがとうございます。ロビンさま。この短刀、めったに抜いたりはいたしませんよ」

 メルバだってロビンの噂は良く知っています。
 ロビンの後ろ盾を得たからと言って、私欲に走ればメルバはその命を散らしてしまうでしょう。

 この短刀を受け取ると言う事は、それだけの重荷を背負うことでもあるのです。



 壁外での用事を終えて、ロビンたちが、辺境伯の隊列と合流しようと壁外を離れた時です。
 ロビンはいきなり、ナオとリムばあさんを突き飛ばしました。

 その瞬間、大量の弓矢がロビンめがけて降り注いだのです。

「ロビン!」

 ナオの悲鳴が辺りに響いた時には、ロビンの周囲には、既に幾人かの死体が転がっていました。
 ロビンの影が、ロビンに走り寄って、何事が説明しています。

 すぐに襲撃犯の残党が、わらわらとナオたちを取り巻きました。
 今の時を逃したら、たちまちロビンの守護隊がやってきて、彼等は殲滅されられるでしょう。

 残党は決死の覚悟で、ロビンの前にその姿を現したのです。
  ロビンは毅然として彼らに語り掛けました。

「お主らが何者で、なぜ私を狙うかはわかっているつもりだ。貴君たちなりの忠誠なのだろう。だから言う。恨みを捨てて、私にその剣を捧げないか。貴君らの主はもういない。私を敵と思うのはかまわないが、もうすぐこの国にバルザック将軍が襲い掛かるぞ」

「ぬかせ! 騎士が捧げた剣をそう簡単に鞍替えできるか。主の敵。覚悟しろ」

「その剣は、王と国民に捧げたものではないのか。騎士諸君よ。貴君らはこの国がバルザック将軍に蹂躙されても良いと言うのかな? 言っておくが私はこんなところで命を落とすつもりはない。守りたいものがあるのでな。そうなれば残念ながら、貴君たちを殲滅せねばならぬ。私に剣を抜かせるな」

 ロビンの至誠は、どうやら騎士たちにも通じたようです。
 お互いに顔を見合わせていましたが、静かに剣をおさめました。

「よかろう、プレシュス辺境伯。貴様の命、バルザック将軍を打ち破るまで、しばし預けてやろう」

「それは重畳。貴君らは、アンバー公子を頼るがよい。公子には私から連絡しておく。アンバーは貴君ら忠誠の士を、大いに歓迎するだろう」

 そしてロビンは金貨の詰まった袋を、その騎士に手渡して言いました。

「その者たちを弔って、遺族にこれを渡してやってくれ。伝えてほしい。彼の者は忠義に厚き騎士であったと」

 その言葉を聞くと、騎士たちは地面に片膝をついて男泣きをしました。
 自分達は謀反人として晒される覚悟であったのに、あっぱれ騎士として弔えというのです。

 ロビンに噛みついていた騎士は、己の剣に手をかけました。
 ロビンに忠誠を誓おうとしたのですが、ロビンがその手を抑えました。

「その誓いは、バルザックの野郎を打ち破った後で受け取ろう。案外アンバーの方が仕えがいのある主であるかも知れんぞ」

 そう言われて実直らしい騎士は、怒りに頬を染めました。
 それではまるで、自分が主君を寄り好みしているようではありませんか。

 そこに影の者が、近づきました。

「主殿は、ああいうお方なのじゃ。どうも素直ではなくてのう。主はそなたの忠誠を受けぬとは言わなかったし、逆にそなたが欲しいと言ったであろうが」

 そう言うと影は襲撃者たちをまとめて、どこかに消えたのです。


 
 ロビンは気づかわし気に見つめるナオを、抱き上げて穏やかに言い聞かせました。

「ナオ、大丈夫だよ。ナオが望むなら、私はナオより長生きしてやる。ナオが死ぬまで、なんとしても生き抜いてみせる。だからそんなに心配そうな顔をするな。お前の夫はけっこう強いのだからな」

「ロビン」

 ナオは何も言わないで、ロビンにしがみつきました。
 まるでその暖かい身体を感じていれば、ロビンが死ぬことなどないかのように。

「やれやれ、のんびり楽隠居をさせてもらえるかと思えば、どうやら孫娘の婿どのはとんだ疫病神であったようじゃなぁ」

 そんなリムばあさんの、いかにものんびりとした物言いが、この緊迫した空気を瞬く間に、田舎の路地裏のような空気に染め変えてしまいました。

 ロビンはクスクスと笑い出しましたが、やがてそれは大笑いに変わりました。

「アハハハ。これは愉快だ。ナオ、俺はどうやらいい拾い物をしたらしい。ナオもこのばあさんがいれば、その心配性も治るかもしれんな」

 ロビンにからかわれてナオはぷっと頬を膨らませました。

「もう知りません。ロビンさまの意地悪」

 そんなナオを、今度はリムばあさんがからかいます。

「これこれ、ナオ。女は愛嬌じゃぞ。そんなにふくれっ面をしていると大事な旦那さまを、他のおなごに取られてしまうかも知れませんぞ」

「もう、リムばあさんまで、意地悪を言うんだから」

 そう言ってじゃれあう3人には、まるでのんびりと散歩を楽しんでいるようにしか見えません。



 王都へと通じる大門は、プレシュス辺境伯の威光によっていとも簡単に開きました。
 ナオたち壁外の住民が、あの大門を通る時には、厳しい審査があってうんざりする位に待たされるというのに。

 プレシュス辺境伯の王都の館は、ナオが最初に連れてこられた時と全く変わっていませんでした。
 ただし前回は客間に案内されましたが、今度は辺境伯夫人の部屋を使うことになります。

 ナオは王都で使う自分の部屋を、珍しそうに眺めています。
 基本的には風の塔と同じように、プライベートゾーンとパブリックゾーンとに別れています。

 ナオはリムばあさんをアンジェに紹介して、アンジェの部屋の近くにリムばあさんの部屋を用意してもらいました。

「ナオさま、パブリックスペースにリムばあさんの部屋を用意すると、リムばあさんはナオさまの付き人として扱われますが、それでよろしいのでしょうか」

 アンジェはリムばあさんの、礼儀作法を心配しているようです。

 正式にリムばあさんをナオの付き人にしてしまえば、リムばあさんの失態はそのままナオの評判に直結してしまうからです。

「多分大丈夫よ。ねぇリム」

 ナオがそう言えばリムばあさんは、実に見事に貴族の礼を取っていいました。

「さようでございますね。若奥様。このリム、若奥様に恥をかかせぬようにお仕えさせていただきます」

 それを見たアンジェの驚く顔をみて、ナオは悪戯が成功した子供のように喜びました。

「やっぱりね。だってリムばあさんのお店でお手伝いをしたとき、きっとリムばあさんはお貴族さまだったんだろうなぁって思ったんだ」

「若奥様、一体私はどこでヘマをしましたかしら」

 リムばあさんは、ちょっぴり不服そうでした。

「だってね、私に色々教えてくれる時、とっても説明が的確で論理的だったの。ああ云う物の考え方や整理法は勉強をしている人のやり方だもの。この国ではそんな教育ってお貴族さましか受けられないんでしょう?」

「なるほどねぇ。壁外にはいろんな人種がいて、時々は私の素性を看破するものもいましたけれど、そういうことだったんですねぇ」

 リムばあさんは貴族の子女でしたが、理由は言いませんでしたが訳あって修道院に入れられてしまったらしいのです。
 
 結局壁外で、ささやかに野菜などを売って暮らしをたてていたのですから、そこまで落ちのびるには随分と苦労したことでしょう。

 そんなリムばあさんが巡り巡ってナオの付き人になるなんて、運命とはわからないものです。
 リムばあさんは頑として家名を明かしませんでしたけれど、これから社交界にデビューするナオの役にはたってくれそうでした。
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