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決選の日

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 決戦の朝、あちらこちらで炊事の煙が立ち上がっています。
 緊張しているらしく声高に冗談を言っている兵士たちも、場合によればこれが最後の食事になるかもしれません。

 ナオはそんなことを考えて、ブルブルとその不吉な考えを打ち払いました。
 ここにいる兵士を守るために、ずっとロッテと訓練を続けてきたのですから。

 ナオもロッテも今日は勇ましい魔法少女のコスチュームに身を包んでいますから、歩いているだけで皆がにこやかに挨拶をしてくれます。

「姫さん。今日はよろしくな」

「姫さん、見ていろよ。あっという間に敵を蹴散らしてやるからな」

 そんな言葉に、ナオはいちいち丁寧に返事を返していましたが、どうもロビンはそれが気にくわないらしく、さっさとナオを捕まえると自分の天幕に放り込んでしまいました。

「チョロチョロしてないで、ゆっくり休んでいろ。開戦すればすぐにお前達の防御魔法の出番なんだからな」

 確かにロビンの言う通りで、このような陣を敷いての正式な戦いになれば、最初は魔法師たちによる魔法の打ち合いから始まります。
 相手の陣を崩して、その後に兵士たちが突撃していくのです。
 
 そうなると魔法師に出来ることはあまりありません。
 味方を巻き込む攻撃魔法も打ちこめませんし、陣を守ろうにも多くの場合守るべき大将は、最前線に打ってでるからです。

 特別に優秀な魔法使いは乱戦になっても、臆することなく前線に出て行くこともありますが、多くの魔法使いたちは後方の治癒チームと合流して、そこを防御します。



「ロッテ、なんだか私たちって、おそろしく雑な扱いを受けているんじゃないの?」

「そりゃそうよ、ナオ。小娘の防御魔法なんて、あってもなくても同じって思ってるのよ。随分と甘くみられちゃてるわよね」

 ナオとロッテが言うように、ロビンとセディは2人とも最初の防御をさせれば、さっさとナオ達を後方に送るつもりでいます。

 彼女たちが異界渡りの姫君でなければ、こんな最前線に連れては来なかったでしょう。
 前線に陰陽の姫がいることで、自分達は守られているのだと兵士たちは思い込むことができます。
 戦場で命をかける兵士たちはゲンを担ぐものですし、神の守護を欲しがるものなのです。

 結局男どもはナオたちを戦力とは全く考えておらず、ただ兵士の意気を高めるためのお守りぐらいにしか思っていませんでした。

 そんな気配はナオもロッテも気づいているので、戦いになったら目にもの見せてやろうと爪を研いでいるのでした。
 やがて敵陣の魔力の気配が高まってきます。

「来るぞ。攻撃魔法用意!」

「ロッテ私たちも! 遥か異世界より光と共に舞い降りし陰陽の姫! 美緒と奈緒」

 「複合防御魔法!」

 ナオとロッテはしっかりと両手を繋ぎ、防御魔法を編み上げていきます。
 ナオやロッテの髪が、魔力の流れに沿ってたなびき始めると、薄い紫のベールが2人の身体からたちのぼり、みるみるうちに自軍全体を薄紫色のベールが覆いました。

 次の瞬間、大量の攻撃魔法が双方を飛び交います。
 敵の魔法はひとつ残らずナオとロッテの防御魔法が無効化してしまいました。

「やった! 敵の攻撃は無効化する。こちらは攻撃に集中しろ。撃て! 撃て!」
 
 指揮官が狂ったように檄を飛ばします。

 通常魔法使いたちは、攻撃魔法を放つとすぐに防御にかかるので、続けて攻撃するなんてことはできません。
 けれどもナオ達の完璧な防御魔法を見た魔法師たちは、防御をナオ達に任せてしまったのです。

「ナオ、いいこと。全部の魔法を無効化するわよ。一撃だって陣に入れてはだめよ」
 
 確かに、魔法師たちが防御を捨てた以上、一撃でも許せばたちまち自軍は大ダメージを受けてしまいます。

「もちろんよロッテ。全部止めてやる」


 それを見たセディは、魔法使いの攻撃魔法とともに敵地へと飛んでいきました。
 敵陣の上から攻撃をするつもりでしょう。

 その時敵陣に大きな爆音がして、セディの魔法と魔法師たちの集合魔法が、敵の陣を大きく崩しました。

 それを見て取ったロビンは、すぐさま王太子に奏上します。

「殿下、今です。突撃を!」

 王太子はすくっと立ち上がると馬上の人となり、大音声で叫びました。

「敵を蹴散らすぞ! 皆の者、我に続け!」

 そういって先陣を切って駆け抜けていきます。
 ロビンはピタリと王太子の横につくと、殿下を狙う敵を次々に屠っていきました。

 そのうち、敵の攻撃がピタリとやんだかと思うと、セディの魔法によって殿下の声が大草原中に響きわたりました。

「バルザック将軍を打ち取ったぞ! 戦いは決した。剣を捨てて降伏しろ。剣を捨てる者は攻撃しない」

 その言葉は何度も何度も繰り返しエマージング大草原に響きましたから、敵兵は逃走するか降伏するしかありませんでした。

 ナオとロッテの鉄壁の魔方陣で、味方の消耗は少ないようです。
 しかし敵はセディと魔法師たちの魔法の直撃を受け、王太子が先陣を切ったことで勇猛さが増したシルフィードベル王国の騎士団の猛攻に遭って、おびただしい被害が出ています。

「ナオ、いいかな?」

 ロッテはナオを促しました。

「もちろん」

 ナオはロッテの手をとると叫びました。

「複合魔法。治癒」

 2人の身体から柔らかな癒しの光が、広大な大草原に広がっていきます。
 光は水色の光の雫となって、怪我人に降り注ぎました。

 完治はさせられないけれど、傷口は塞ぎました。
 終戦後に死者をだしてたまるか。
 ロッテとナオはジェシカの指導通り、的確に全員の命を繋ぎました。

「ゴメン、美緒。もう無理」

「うん、こっちも無理みたいよ。奈緒」

 2人はそのまま崩れ落ち、意識を失いました。
 たて続けの複合魔法で、魔力切れをおこしたのでした。


 
 最初に意識を取り戻したのはロッテでした。
 ロッテの意識が戻ったという知らせを受けてジェシカが飛んできて、そのままお説教を初めてしまいます。

 2人はヒル伯爵の館でジェシカの看護を受けていたのですが、魔力切れの場合には自然に魔力が戻るのを待つ以外に出来ることはありません。

 ロッテとナオは意識がなくてもしっかりと手を握っていたので、バラバラにするのも可愛そうだと同じベッドに寝かされていました。

「なんて無茶をするのよ。魔法切れは命に関わるってあんなに教えたよね。魔力を失うこともあるって言ったよね。なのにどうして2人とも、魔力切れで倒れる訳? 3日も眠ってたんですからね」

 ジェシカは心配のあまりプンプン怒っています。
 そこにナオの能天気な声が聞こえてきました。

「おはよう。ジェシカ。お腹すいたぁ。何か食べさせてよ」

 さすがのジェシカもぷっと噴き出すと諦めたようにいいました。

「隣の部屋に食事を用意しているわ。その前に軽く湯あみして服を着替えなさい。わざわざ旦那さまたちが着替えを持ってきているんだから」

 ジェシカの合図で侍女さんたちが、身支度をしてくれます。


 見苦しくない程度に、衣服を整えて隣の部屋に出ると、ロッテはセディに、ナオはロビンに抱き上げられてしまいました。

 男たちは随分心配していたようです。
 それぞれが、お相手に無茶を叱られてしまいました。

 3日ぶりの食事は、消化の良いスープだったので、ナオは少ししょんぼりとしてしまいました。

「呆れたわねナオ。3日間も寝ていたというのに、もっと食べれると言うの?」

 ロッテはそう言いますし、ロビンもその意見に賛成しました。

「ナオ。食べたい気持ちはわかるが、身体は未だ食べ物を受け付けない。食べても吐くだけだからゆっくりと身体を慣らしていこうな」

 
 食べられないとわかったナオは、この3日間の出来事を聞きたがりました。
 それはロッテも同じでしたので、ロビンとセディはかわるがわるに状況を説明しました。

 なによりも一番変わったのは王太子殿下です。
 部下の命を背負って、戦いに勝利したことで大人の男に成長したようです。

 王家からロビンへの嫌がらせもピタリと止まりました。
 ロビンの至誠が、認められたのです。

 王は王太子殿下が結婚し、第一子が誕生した時点で、王位を王太子に譲位すると明言しました。
 だからここしばらくは王都では結婚ラッシュになるだろうねと、セディが意味ありげにロッテを見ながらいいます。

 セディはずっとロッテと結婚したかったんですものね。
 『お話の学び舎』ソサエティーのメンバーも、次々と結婚を表明しています。

 王太子の子供には、側仕えの候補の子供や将来の伴侶が必要になります。
 それを見越して貴族たちは次々と結婚して子供を生み、将来の王のご学友にしようとしているのでした。

「はぁー。なんか大変だねぇ。結婚も出産も王家への忠誠を示すためなんて」

 ナオがため息をつけば、ロッテが訂正します。

「それって結局、権力闘争の代理戦争でしょう。私の子供はそんなのに巻き込まれたくないなぁ」

 それを聞いてセディがとても嬉しそうに「僕たちの子供」って呟いています。


「それより。勲章が貰えるよ。僕もロビンもアンバーも、それにナオやロッテもね」
 
 セディによると今回の戦争で、勲功があったと認められたからだということです。
 
 アトラス王国の幼王の叔父にあたる人物が、さっそく降伏と賠償金の支払いを提案してきたと言いますから、アトラス王国はこの叔父が宰相となって国を治めていくのでしょう。

「そう言えば、マール公国の新大公陛下が、ナオとロッテにお礼を言いたいと言ってきているぞ」

 ロビンが言うにはアトラス王国に滅ぼされたマール大公の遺児が、国の復興をかけて騎士たちとともにエマージング大草原の戦いに参加していたそうです。
 
 こうしてアトラス王国が敗れた以上、マール公国は無事に公子の手に戻りました。
 シルフィードベル王国の主だったものへの礼は済ませていて、あとは陰陽の姫君たちだけだと言います。

 ロビンたちも、マール公国の勲章を受けたということですから、ナオとロッテにも勲章が授与されるのでしょう。

「ふーん。なんか勲章ばっかり貰ってもなぁ。その公子ってまだ若いの?」

「そうだなぁ。多分ナオと同じ年じゃないかな。ナオは若い子の方がいいのか?」

 ロビンがそんなことを言うのを聞いて、ロッテは少し意外な気がしました。
 ロビン先生は大人の男で、何があっても動じないように見えるのに、今の発言はまるで嫉妬しているみたいです。

 そんなロッテの気持ちを察したらしいセディがロッテに意味ありげに言いました。

「男ってものは嫉妬深い生き物なんだぞ。ロビンだって男だってことさ」

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