ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日

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悪魔教と乙女の祈り

 「カイト、王都はどうだったの? 何かわかった?」

 ローズマリーは好奇心いっぱいの目をキラキラさせながらカイトに尋ねました。
 カイトはその目を見て、昔飼っていたシーズーを思い出しました。
 
 シーズーというのは人間の作り上げた犬種で、個体差はあるでしょうけれど、おっとりとした性格をしています。
 けれどもカイトが構ってやると、今のローズのように目をキラキラさせていたものでした。
 まさか自分が犬と比べられているとは知らないローズは、小首をかしげておとなしくカイトの返事を待っています。

「天才魔術師のセディって奴が、おれの身体を10日以内に探してくれると請け合ってくれたんだ。セディってのはいい奴だな。ロビンみたいな陰険野郎とは違ってさ」

「良かったわねぇ、カイト。セディさまは現王の甥御さまなのよ。ロビンさまも旧王家の直系でいらっしゃるし、奴なんて言ってはいけないわ」

「ふぅん。けどなローズ。人間ってのはみんな平等なんだぞ。身分なんてくそくらえだ」

 そんな恐ろしい意見を聞いてローズは震え上がりました。

「いいこと、カイト。この世界では王に逆らっては生きていられないのよ。お願いだからそんな恐ろしいことは言わないで頂戴。それよりも王都のことをお話して! どんなところなのかしら」

「何だい。ローズって臆病なんだなぁ。いいさ、別にローズに怖い思いをさせたい訳じゃないしさ。それより王都なんて、この運河を使えばたった1時間で行ける距離だぞ。それなのに王都にいったことがないのか?」

「あら、だって私は先読みの巫女なのよ。先読みの巫女は、この薔薇の街より外に出てはいけないことになっているわ」

 それが極めて当たり前のことのようにローズはそう言いました。

「なに言ってんだよ。それじゃローズは囚人と同じじゃないか。そんなバカな話があるものか。よし、ローズ。おれがお前を王都に連れていってやる。任せておけ」

 カイトは身分だの決まりだのを理由も考えずに、黙って従っている人々が愚か者にしか思えません。
 こんな少女を、ただ予知能力があるからといって閉じ込めるのは間違っています。
 誘拐の可能性があるというなら、オレが守ってやればいいだけだ。
 カイトはそう考えたのです。

「いいか、ローズ。オレには大きな魔力があるらしい。明日から王都で魔法を習って強くなってやる。オレが強くなればローズはオレが守ってやる。そうなったら安心して王都だろうと、どこにだっていけるようになるさ」

 そんなカイトの言葉を聞いて、ローズは悲し気な顔をしています。

「いいのよカイト。私はこの薔薇の街も、ここに住んでいる人たちも大好きなの。どこかに行きたいなんて思わないわ。だからカイト。そんな無茶は言わないで。昔からの決まり事には、ちゃんとした理由があるものなんですもの」

「馬鹿だなぁ、ローズは。そういうのを洗脳っていうんだ。ローズはもともと自由なんだぞ。まぁいいさ。こんなことを言っても、今のローズにはわからないだろうからね」

 そう言うとカイトはローズの希望通り、王都での出来事を面白おかしく話してやりました。
 そうしていかにも楽し気に、ローズはその話を聞いていたのですが、ローズには不安が忍び込んでいました。
 このままではカイトは、異端者として処分されてしまうかもしれません。

「カイト。明日はナオさまやロッテさまと、じっくりと時間をかけて話し合ってほしいの。実はナオさまとロッテさまは異世界から渡ってきた異界渡りの姫君なの。カイトと同じ世界から来たのかもしれないわ」

 ナオはそんなことは一言も言わなかったぞ。
 やはりプレシュス辺境伯の一族は、油断ならない相手だと、カイトはローズの想いとは真逆のことを思いました。
 ナオは、ロビンとカイトが反目しているのに疲れ果てて、それどころではなかっただけなのですが……


 翌日カイトが魔術師の塔へと飛ぶと、そこにはセディとナオのほかに、銀色の髪をした美しい女性がいました。その女性の銀の髪は光があたると青い光を纏って、とても神秘的なのです。

「カイト。僕の婚約者のロッテを紹介するよ。ロッテとはこの週末に結婚することになっているんだ。ロッテとナオが、君と話がしたいそうなんだ。先に彼女たちと話し合ってくれ。午後には魔法師塔に案内するからな」

 セディがそう言えばロッテと呼ばれた女性が進み出て、ぬいぐるみと視線を合わせるようにしゃがみ込みます。

「カイトさん。私は若槻美緒といって商社に勤める社会人でした。ナオは水沢奈緒というのが本名で、まだ高校に入学したばかりだったんですよ。こっちの世界に来た時にはね。カイトさんも日本人ですよね。そこで私たちが、最初にカイトさんとじっくりと話し合ったほうがいいと思うのです」

 カイトは美緒のことよりも奈緒がまだ子供であることに驚きました。
 昨日のナオは立派な貴族夫人として振る舞っていたのですから。


 そうしてカイトは王立図書館のライブラリーカフェで、ナオとロッテがこの世界に来てから何があったかを聞きました。

 身分社会というものの常識や、貴族という立場の複雑な事情も知ることができました。
 それがわかればロビンがとった冷酷非情とも思える行動が、ローズマリーを守ったことも見えてきます。
 カイトは世界的に有名なホテルのコンシェルジェとして活躍していた人物でもあったので、本来は高貴な人々の扱い方も良く知っていたのです。

 ただ、ぬいぐるみの中に入ってしまったカイトの精神は、肉体を持たないせいなのか、恐ろしく衝動的で気持ちの赴くままに行動しようとしてしまうのでした。

 そのカイトの告白には重大なことが隠されています。
 もしも人間の魂が肉体を離れることで、衝動的になり理性のタガが外れるとしたら?
 そしてその精神が、巨大な魔力を内包していたら?
 核爆弾と同じぐらい危険かもしれないのです。

 そうしてもしもそれほどカイトが危険な存在だとしたら、やはりカイトは何者かの意図によって作り出された可能性が高いのです。

 ナオは視線の端に影が動くのを捉えました。
 影はすぐさまロビンにこの新情報を伝え、セディはカイトの肉体の確保に全力をあげるでしょう。
 ナオのみるところカイトに内包された魔力は、暴発すれば王都を壊滅させられる規模のものです。

 そしてもしもこの状況のカイトを殺そうとすれば、カイトは自分を守ろうとして魔力暴発を引き起こすでしょう。
 どちらにしても、大急ぎでカイトの精神を肉体に戻さなければなりません。

 こうしてカイトは自分がとんでもない危険にさらされていることを理解しました。
 自分が死ぬなんてまっぴらですが、自分が死ぬときには王都の人々まで巻き添えにすることになりそうです。

「おい、とんでもねぇぞ。だれがこんな悪魔じみたことを考えやがったんだ!」
 
 カイトの怒りのベクトルがぶわぁとあがり、たちまち辺りには魔力の渦が取り巻きます。

「カイト。ダメ。暴発する」

 ナオがあわてて防御結界をはりましたが、その言葉でカイトはローズの物柔らかな笑顔を思い出しました。
 純真にまっすぐカイトを見つめる、あの暖かな青い瞳を思い出すと、カイトの心は落ち着きを取り戻しました。

「ヤバイなぁ。マジで感情のコントロールが効かない。どうすればいい?」

「こうなったらローズマリーの力を借りるしかないわね。ロビンって本当に人のことを良く見ているわ。カイトの暴発を止められるのはローズだけよ」

 ナオの言うことは最もですが、カイトには魔術師塔のセディの近くにいてもらわないといけません。
 肉体を探すあめには、カイトの精神の力を借りる必要があるからです。

 ナオは決心しました。

「カイト、ロッテ。2人で先にセディのところに戻っていて頂戴。私はロビンから先読みの巫女の王都への移動許可をもぎ取ってくるから」



「ナオ。わかっているのか? もしかしたらこれは先読みの巫女を、薔薇の街からいぶりだすための作戦かもしれないんですよ」

 ナオのお願いを聞いてロビンはたちまち不機嫌になりました。

「でもロビン。カイトが肉体を取り戻さないと、もっと危険ではありませんか。私とロッテが魔術師塔に防御結界を張りますわ。それで誰も先読みの巫女には、手を出せないでしょう」

「そうしてあなた方は、揃ってまたもや魔力枯渇で倒れる訳だ。今度こそ命の危険があるというのに。王都を守りたければ、あの熊を海のど真ん中に転移させればいいだけだというのに」

 ナオとロビンはしばらく睨み合っていましたが、やがてロビンが両手を挙げました。

「いいですよ。私がナオに勝てる訳ないですからね。降参です。勝とうとも思いませんしね」

 そう言ってロビンはサラサラとローズマリーの移動許可書を認めて、ナオに手渡しました。

「ありがとう」

 ナオは大喜びで許可証を受け取ると、伸びあがるようにしてロビンの頬にキスをして、瞬く間にいなくなりました。
 ローズマリーを迎えにいったのでしょう。


 
 ロビンは影を呼び出しました。

「わかったか?」

「はい、主さまの仰った通り、悪魔教団に動きがありました。どうやら魔王召喚の儀式を、行ったようでございます。依り代とした少年の数は、数え切れぬ程でございました。あの熊にカイトが召喚された時、ちょうど大地震があって召喚の場が崩れ落ちました。依り代を失ってカイトがあの熊に取り付いたと思われます」

「子供たちは贄とされたか。可愛そうに。しかし魔王召喚の儀式で、なぜカイトが呼ばれたのだ。彼は人間に過ぎないではないか」
 
 ロビンが疑問を呈しましたが、その答えも影は調べ上げていました。

「魔王とは、人間の中でも最も魔力の強い者であるというのが、悪魔教団の教義でございました。通常、本来の肉体を離れた魂は自我を失うので、悪魔教としては魔法を扱うのに便利な人形として、魔王を召喚したのです。カイトに自我が残っているのは、カイトの魔力が常人を超えるからだけのこと。それもいつまでもちますか」

「ふん、ところがなぁ。恋とか愛というものは時として、思わぬ奇跡を見せるものなのだよ。カイトが先読みの巫女の元に真っすぐに降りたったのを偶然と見るなんて、私にはできないね。未来視をした巫女姫が、世界を救うためにカイトを自分の元に呼び寄せたとしても、私は少しも驚かないがな」

「御意」

 影はすぅと消え去りましたが、ロビンはそのまま動きませんでした。

「まったく、神というのは時々恐ろしい悪戯をする。世界の命運を、あの純粋な少女の手に委ねてしまうとはな。カイトよ。お主はどうするつもりだ。巫女姫はどうやら本気のようだが」

 
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