空飛ぶ魔女と竜の谷の少年

木漏れ日

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王子さまの帰還

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「待って。何やってんのよ。フゥ、スィ。この方はナイトの国の騎士様よ。きっとナイトを迎えに来たんだわ」

 アルカが慌ててとめに入ると、騎士団長はその隙に体勢を整えて、アルカのところまでやってきました。

「いやぁ。頼もしい用心棒を抱えていらっしゃるんだなぁ。小さな魔女さま。魔女様は殿下や殿下の事情をご存知のようだ。それで殿下はどちらに?」

「大変だわ。そう言えばヒィがいない! きっとナイトを追いかけたのね。何もしていないといいけれど……フゥお願い。ナイトのところに連れていって!」

 アルカのお願いにフゥはしぶしぶ巨大化しましたけれど、本当はナイトは少しぐらい痛い目にあえばよいと思っているのです。
 そんなフゥの気持ちなどお見通しのアルカは、素早くフゥの背中によじ登ると騎士団長に声を掛けました。

「どうやら私の精霊獣がナイトに悪さをしかけそうなの。止めにいくけれども団長様もいらっしゃいますか?」

 騎士団長はそれを聞くと、あっという間にアルカの後ろに乗り込みました。

「王妃さま亡き後、殿下になにかあっては取り返しがつかない。魔女殿、お願いします」

 フゥがナイトのところにたどり着いた時には、あたりには焼け焦げていて、ぶすぶすと煙が立ち上っています。

「スィ!」

 アルカの一言で、スィはすぐさまこのあたりの消火に取り掛かりました。
 いぶった焔も水を浴びてあっというまに鎮火していきます。

「ヒィ! ナイト! どこにいるの?」

 アルカの呼び声にヒィがすぐさまアルカの肩に舞い降りてきました。

「ヒィ、ナイトをどうしたの? まさか……」

「心配すんなよ。アルカ。あれでもお師匠様の息子だからなぁ。ちょっとお仕置きをしただけさ。煤けてはいるけれど、火傷なんてさせてないよ。ナイトってけっこう骨があるのな。しぶとかったから、マジで怪我させそうだったんだぜ。ほら、そこに倒れているだろ」

 確かに柔らかな苔のうえで、ナイトが倒れています

「殿下!」

 騎士団長がすぐさま活をいれたので、ナイトの意識は直ぐに戻りました。

「誰だよ、お前」

 実際、今日はナイトにとって散々な一日でした。
 厳めしい騎士の軍団がやってくるのが見えたから、慌てて身を隠そうとして崖から落ちてしまうわ、助けられた場所で死んだと思っていた母親が最近まで生きていたと知らされるわ、霊獣に焼き殺されそうになるわ……

 その上このいかにも強そうな騎士に至っては、殿下と自分に呼びかけてきます。
 出生の秘密は知ってはいましたが、まさか父親が自分に迎えを寄越すとは信じていなかったので、ナイトはすっかり混乱していました。

「ナイト、団長さま。よろしければ私の家でゆっくりお話をされてはいかがですか? ナイトはきっと色々あり過ぎて混乱している筈ですしね。よろしければ部下の方々には私から連絡をいれておきますよ」

 アルカは、ともかく2人には話し合う時間が必要だろうと思いました。
 彼等がアルカの家で話し合っている間に、アルカは大急ぎで森の修復にかからないといけません。
 このままでは森の精霊たちを怒らせてしまうでしょう。

「すまない。お言葉に甘えてすこし家をお借りします。部下どもには待機命令をだしているから、ご心配はご無用ですぞ。魔女さま。申し訳ないが話し合いは2人で行いたいのだが……」

「わかっていますとも。私はヒィのしでかしたことの後始末をしないといけないので、フゥがお2人を家までご案内しますわ」

 アルカはナイトたちがいなくなると、じっとヒィを見つめました。
 アルカは大人しい性分で声を荒げることはありません。
 しかしヒィたち精霊獣は、こんな風にアルカにじっと見つめられると、いっそ叱られた方がずっと楽だと思うのでした。

「アルカ。ごめんなさい。アルカがどれだけナイトを大事に思っているか。お師匠様がどんな思いであの手紙を書いたのかを知っていたから、ナイトのことがゆるせなかったんだ」

「いいのよ。どうしたって過去を変えることなんてで、きませんからね。今はこの森を修復することの方が大事だわ。ヒィとスィの霊力を借りるわよ」

 そういうなりアルカは、癒しの魔方陣を描き始めました。
 アルカが本気で魔法を使う時、アルカの姿は変化していきます。
 金色の髪が煌きエメラルドのような瞳も強い意志を宿して輝きを増すのです。

 アルカの憧れる黄金の髪の乙女がその姿を現すのですが、魔法はその者の本質を表すものなのでアルカの本来の容姿はきっとこのような姿なのでしょう。

 実はアルカは知りませんが、ベルはアルカを引き取ったときに魔法を掛けてアルカの本来の姿を隠していたのです。
 
 ヒィの火の力とスィの水の力の助けもあって、森はみるみるうちに焼けこげる前の姿を取り戻していきます。
 焼けてしまった地面にはゆっくりと緑の下草が生い茂り、焼け焦げた木々も元の姿に回復しました。

 森が美しい姿を取り戻すとほぉーと息を吐いて、アルカはナイトが倒れたいた柔らかい苔の上に座り込んでしまいました。

 すぐさまヒィとスィがアルカに寄り添います。
 アルカはスィの柔らかな毛皮を堪能しながら、ひとりごとのように呟いていました。

「ベル母さまの預言通り、ナイトにお城から迎えがきたわ。これからナイトは大勢の人たちに守られ、傅かれて暮らしていくのね。もう雲の上の人になる。会うのもきっとこれが最後だわ」

 ずっとナイトの成長をベルと見守り続け、ベル亡き後も密かにナイトを見守っていたアルカです。
 ナイトの不機嫌な顔を見るのが嫌で、手紙のお届けをヒィ達に押し付けてしまったのもアルカでした。
 どうやらアルカは自分で勝手に、ナイトを理想の王子さまのように祭り上げてしまっていたようです。

 ナイトはアルカのことなんて、手紙の配送人ぐらいにしか思っていないというのに。
 アルカはその事実に思い至って、ズキリと心が痛くなりました。
 ずっとナイトを見守るという役目を見つめることで、アルカは独りぼっちの自分から目を逸らせてきました。
 けれどそんなごまかしも今日が最後です。

「アルカ。アルカが何を考えているかぐらいは僕らにもわかるよ。けれどアルカ。まだ終わりじゃないよ。だってお師匠さまから預かった手紙はあと87通もあるじゃないか。アルカはあと87ヶ月ナイトを見守らないといけないんだ」

 ヒィはそんな風にアルカを励げます自分が、ずるいと思いました。
 けれどもアルカはまだ15歳です。
 7年と3ヶ月経てばアルカは立派な大人になっているでしょう。
 
 だから大人になる間でのもう少しの時間、アルカに夢を与えてもいいじゃないか。
 7年もたてばアルカだってこの町に、好きな男が出来るかもしれません。
 ささやかな家庭を持って、子供たちと暮らすことだって……

 ヒィの言葉を聞いてアルカの顔はわかりやすく輝きました。

「そうか! そうよね。お師匠様のお手紙を、届けなければいけないんだもの。だってお師匠様と、約束したんですものね」

 そういって途端ににこにこするアルカに、スィは少しお師匠様を恨みたくなりました。
 これは無駄な希望を与えるだけではないでしょうか?

 そんなスィの表情を読み取ったらしいヒィは、誰にともなくポツンと呟きます。

「なんでも人間って奴には希望が必要なんだそうだ。希望がないと生きることができないんだってさ。だから神様は人間の手に希望を与えたんだそうだよ」
 
 やがてそんなアルカの元に騎士団長がやってきました。

「これから殿下とアストリア王国に帰国します。よろしければご一緒にいらっしゃいませんか。王妃さまがここでどのように暮らしてこられたのか、是非陛下や殿下に聞かせて下さい」

「ありがとうございます。けれども私は迷いの森の魔女なので、ここから出る訳にはいきませんわ。そのかわり毎月ナイトに……失礼しました。殿下に母上さまのお手紙をお届けにまいります。その時で良ければお師匠様のお話を致しますわ」

「そうですか。それでは迷いの森の魔女さまが手紙を持ってきたら、殿下の元に案内するように言い含めておきましょう。いらした時にはぜひ私にも話を聞かせてください」

 そこにナイトが割って入りました。
 手にはペンダントを持っています。
 それをアルカに差し出すとナイトは言いました。

「アルカ。色々ありがとう。このペンダントは父上から母上にと、団長に託したものだそうだよ。母上はもういないから、これはアルカが持っていてくれ。アルカは母上の子供のようなものだったんだろう? 君に渡すなら父上も喜んでくれるだろうからね」

 そう言って手渡されたペンダントには、裏側にアストリア王の印章が刻まれています。

「その印章を見せればアストリア国内ならば、王の賓客に相応しいもてなしがどこでだって受けられるだろう。君がお金を支払う必要がなくなるんだ。掛かった経費は王邑に請求されるからね。だから困ったらそれを1つ持ってアストリア王国に来るといい。いつだって大歓迎だよ。君と僕は血がつながらないが兄妹みたいなものだからね」

 兄弟という言葉にアルカの胸は、またもやズキンと痛みます。
 けれどもアルカは健気に微笑んで、そのペンダントを受け取りました。
 ペンダントの表面には王と幼い息子を抱く王妃の姿が彫り込まれています。

「ありがとうございます。殿下。身に余る光栄ですわ。ここに彫り込まれているのは師匠と殿下、それにアストリア国王ですのね。お師匠様の形見として大事にいたします」

 アルカが無意識に美しいカティーシーをしたので、騎士団長は目を見張りました。
 あのカティーシーは付け焼刃ではない、ごく自然になされたものです。
 この少女の身元を洗った方がよいだろう。
 団長は密かにそんな決意をしていました。
 
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