空飛ぶ魔女と竜の谷の少年

木漏れ日

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大神殿

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「ヒイナ姫。もう日が暮れて参ります。お部屋にお戻りください」

 神殿の庭は庭と表現するのは不釣り合いなほど、豊かな自然がそのままに保たれています。
 さらさらと流れる小川の音に耳を傾けていた巫女姫は、その優しげな菫色の瞳を、己の侍女に向けると微笑みました。

「困ったアリサだこと。私のことはアルカと呼ぶようにとあんなに言っているのに」

 かなり年配らしい侍女は困ったように頭を下げます。

「申訳わけございません。アルカ姫。私がこの腕に抱いて逃げのびました時の、あの迷いの森の木立のなかにひとり消えていかれた幼いヒイナ姫の姿が、どうしてもわすれられなくて……こうして大きくおなりになったお姿を見れば、ついヒイナ姫と呼んでしまうのです」

「いいのよ。アリサ。私もまだ3歳だったから昔のことはほとんど覚えていなくて。けれどアリサ。あなたがずっと私を抱きしめていてくれたことは覚えているのよ。不思議ね。お父さまやお母さまの顔だって朧気でよく思い出せないくらいだというのに」

「そんな。姫様はまだお小さかったのですから記憶がなくても仕方がないことですわ。私を覚えているとお聞きした時は嬉しくて天にも昇る気持ちでした。ですからこのような老体になりましたのに志願して神殿に参りましたのですよ。本来なら巫女姫のお側仕えはもっと若い人の方がよろしいのでしょうけれど」

「そんなことを言ってアリサはまだまだ元気ではないの。聞いているわよ。若い侍女たちをしっかり躾けてくれているみたいね。蔭では鬼姑と言われているそうじゃないの」

「まぁ。誰がそんな失礼なことを姫様のお耳にいれたのでしょう。これだから若い者は礼儀がなっていないというのですわ。まだまだ私がしっかりしないといけませんわね」

 アルカはそんなアリサに手を引かれて部屋に戻っていきます。

「アルカ。お帰りなさい。よほど森が恋しいみたいだねぇ」

「どうかな。アルカが恋しく思っているのは果たして森だろうか」

「ヒィもスィもそうやってアルカをからかうんじゃないと思うよ。けれどアルカ。巫女姫はなるべく自然に身をおいて精霊の息吹を受けるといいとは言われているけれど、アルカは少しやりすぎだね」

 なんと3人の精霊の中では一番幼いフゥが先輩の精霊をそんな風にやり玉に挙げるのを見て、アルカは笑い声をあげながら緑の犬を抱き上げました。

 人化できるようになったとはいえ、やはり獣の姿でいる方が楽らしい精霊獣たちは、神殿に帰って来てからいつも気楽にどこにでも出かけていきます。
 けれども夕食の時間には必ずアルカの部屋に集まって、一緒に夕餉を取るのが常でした。

 そうしたアルカと精霊獣たちの気楽なじゃれ合いはとても微笑ましいもので、そんな彼らの姿が見られるとあって、夕餉の席を担当する侍女はかなりの人気職なのです。
 ですから侍女頭であるアリサはこの時間帯にお仕事に入ることをご褒美として、侍女たちのやる気をあおっていたりします。

 そこに神殿から神官がやってきました。
 もう夕餉の時間であるとわかっている筈なのに一体どうしたというのでしょう。

「セイレイン大王さまが急遽アカツキ皇国にいらっしゃいまして、大王におかれましては巫女姫を夕食の席に招待したいとのことでございます」

 それを聞いてみんなの顔色が変わりました。
 セイレイン大王といえばアルカの両親や兄妹、姉妹を虐殺した張本人です。
 おおかた神子姫が見つかったと聞いて興味本位に飛んできたのでしょう。

「姫さま。おいでになる必要はありませんわ。セイレイン大王は姫様を見世物と同じように思っているのでしょう。親を殺しておいて夕餉に誘うなどいかにも残虐王に相応しい振る舞いです」

 アリサが顔色を変えて言い募ります。
 アリサはあの大虐殺の前に幼いアルカを連れて城を落ちのびたので、虐殺の現場を見た訳ではありません。
 しかし近しい者から聞いた惨状は、アリサを震え上がらせるのに十分なものだったのです。

「アリサ。アカツキ皇国が存続するもしないもセイレイン大王の胸ひとつです。アカツキ皇国が潰えればこの大神殿もなくなります。そうしたらまた民は精霊の庇護を受けられなくなるのですよ」

 アルカはアリサにそう諭すと神官にむかって頷いてみせました。

「参りましょう。案内してください」

 けれども神官はいかにも困った顔をしてアルカに言いました。

「巫女姫さま。セイレイン大王は巫女姫さまおひとりでとおっしゃっています。申訳ありませんが精霊王の皆様がたを帯同されますのは……」

 アルカが驚いて振り返ると、いつの間にかヒィたちがいかにも勇ましく人化してアルカを取り巻いています。
 アルカが何か言う前にヒィたちの姿が消え去りました。
 そうしてアルカの指輪がキラリと3度瞬きましたから、アルカには精霊たちが指輪に宿ったことがわかりました。

 
 神官のほうは一瞬にして精霊が消え失せたのを目の当たりにして、ガタガタと震え始めてしまうありさまです。
 アルカはなんとか神官を力づけると仇敵に会うために歩み始めました。


「ほほう。神子の精霊姫だというから、さぞかしひ弱な姫君かと思ったら意外だったな」

 セイレイン大王は残虐王だとか死神と恐れられているのとは裏腹に、その姿は端正な貴公子としか見えません。
 どう見ても30代くらいにしか見えませんからあのアカツキ皇国の虐殺を行った時、大王はまだまだ若造と思われる年代だったのでしょう。

 ある意味若いからこそかえって残酷に振る舞えたのかもしれませんが……
 武人らしく筋肉はついているのでしょうが、体つきはしなやかでむしろほっそりしているように見えます。

 アルカは黙って礼をとると用意されていた席に座りました。
 その態度はいささか不遜とも思えるものでしたが、家族を殺された被害者としてみれば寛容ともいえるかもしれません。

 セイレイン大王の瞳がギラリとひかります。

「なるほど。私が怖くないと見える。どうかな姫。どちらにしろ神子というからには次代を産んでもらわねばならん。それなら私の子供を産ませるのも一興だろうなぁ。姫の器量は悪くない。私の側女のひとりに取り立てても良いぞ。私の後宮には私の関心をかいたい輩からうんざりするほど女が贈られてきていささか食傷気味でな。神子というのは抱いたことがないからな」

 アルカの指輪の光が強くなりましたからどうやら精霊たちもお怒りのようです。
 けれどもアルカは少しも動じません。

「陛下。神子に後継者が必要というなら神子の伴侶として陛下は相応しくありません。精霊の怒りを買った陛下では決して神子を授かることはできないでしょう。無駄なことはおやめください」

 まさかお前は私に相応しくないと言い放たれるとは思わなかったセイレイン大王は、驚愕しました。
 うら若い娘が健気に自分と対等に向き合おうとしているのが面白くて、からかっただけだったのです。
 それなのに誰もが恐れ頭を垂れる大王に向かって、こうも大胆な言葉を言ってのけるとは!

 困ったことにアルカのこの発言はセイレイン大王の興味をひいてしまったのです。

「フン。私では神子姫の相手としては不満だというのか。面白い小娘だ。私が怖ろしくないと見えるな。お前はお前の両親や兄妹たちがどんな言葉で命乞いをしたか知らなのだろうなぁ。どんな声で泣きわめいたか聞かせてやればよかったかな」

「アカツキ皇国を復活させたのは精霊の守護が必要だからです。愚かな真似をすれば二度と精霊の守護を得られなくなりましょう」

 アルカの言葉を聞くとセイレイン大王はつかつかとアルカのところにやってくると鍛え上げた指でアルカの頤を掴み、その顔を自分に向けさせました。

「ほほう。それがお前の矜持の根拠か。甘い娘だな。お前に手を出さずともお前に仕える者どもをなぶることはいくらでもできるのだぞ。お前の付き人の指を1本づつ切り落としていこうか。さて何本切り落とせばお前は私に許しを請うことになるかな」

「そんな! やめて。やめてください!」

 アルカは思わず悲鳴をあげてしまいました。
 大王は面白げに笑うと吐き捨てました。

「フン、もう降参か。つまらぬ女だ。そうやって慈悲をこうくらいなら最初から大人しくしていればよいものを」

 そうしてアルカを蔑むように見据えると部屋を出ていってしまいました。
 アルカのがんばりもここまででした。
 大王の姿が消えるとアルカの身体はぐらりと揺れて椅子から落ちていきます。

 それを助けおこしたのは、神殿付きの騎士でした。
 アルカを抱えあげると愛おし気にアルカを見つめています。

「よく頑張ったなアルカ。立派だったよ」

 騎士はアルカを抱えると神殿の奥にあるアルカの私室にアルカを運びいれます。
 少し馴れ馴れしすぎる態度であったのに、アルカの指輪はこれを歓迎するかのように柔らかいひかりを奏でているのでした。
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