空飛ぶ魔女と竜の谷の少年

木漏れ日

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故郷

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 アルカが宮殿の公式な場所として使われている大広間に到着すると、そこには王、王妃、王太子であるナイトが青ざめた顔をして待っていた。
 しかもそこには神官の服装をした一団と異国の人々らしい一団までいるではありませんか。

「お父さま。お呼びにより参上いたしました。随分物々しいお迎えでございましたが、いったい如何されたのでしょうか?」

 アルカは見知らぬ人々には目もくれず、にこやかに王にむかって挨拶をしてのけました。
 普段は臆病に見えるアルカは不思議なことに平時よりは非常時向きな性格で、このように多くの人が委縮したり緊張するような場面では、かえって冷静になり頭も冴えわたるのです。

 王は声もなく怯えてしまうのではないかと思っていたアルカが、この場のだれよりも堂々としていることに驚いたようですが、ちらりと視線を他国の使節団におくると口を開きました。

「アルカ。こちらにいらしているのはアカツキ国の宰相を務めておられるレン王子殿下だ。アカツキ皇国からお前を引き取りたいと言ってこられている。お前がアカツキ国の巫女姫であるヒイナ姫と先の王であるイズモ教皇との間にうまれた神子だと主張されておられるのだ」

 そうして王が合図をおくると神殿長アルカの前に進み出ました。

「アルカさま。この世界には神子と呼ばれ生まれついて精霊や竜に愛される愛しごが生まれることがございます。アカツキ国は全ての神殿を治める教皇さまが住まわれる国です。この国の神殿も例外ではございません。もしもアカツキ国で秘されるべき巫女姫がこの国にいるとなればその理由も含めてすべてを明らかにせねばなりませぬ」

 アルカはようやく自分がこうも仰々しく呼び出された理由に納得がいきました。
 どうやらすべての神殿を司る国から、本来秘されるべき巫女姫が消えたのでしょう。
 そうしてどういう訳かアルカがその神子だと疑われているのです。

「しかしどうして私がその神子姫であると疑われたのでしょうか?」

 アルカの質問に答えたのはレン王子でした。

「アルカ姫。私は教皇の甥であるレンと申します。11年前先、アカツキ皇国は大国セイレイン国に攻め込まれ教皇、妃、そして全ての王子と姫とが惨殺され一度は国が滅びました。暁の惨劇として名高い悲劇ですから姫さまもご存知ですね」

 その惨劇を知らない者などいないでしょう。
 全世界が神の怒りを恐れ、驚愕したのですから。
 しかしセイレインの大王は神の怒りなど一笑に付して、平然として神殿の長、神の守護者である教皇を殺してしまったのでした。

 その後、セイレイン国を守護する精霊たちはいなくなり、セイレン大国は荒廃の一途をたどることになります。
 冷夏、長雨、日照り、地震、洪水、そんなことが続けば飢えるのは時間の問題です。
 さすがに現実主義者であるセイレイン大王も、神殿やアカツキ皇国にも存在意義があることを認めざるを得ませんでした。

 セイレイン大王はアカツキ皇家の血を引く者を探し出し、セイレイン大国の属国としてではありますが、アカツキ皇国を復興させたのです。

 けれどもアカツキ皇国が神の守護者、神殿の長であるためには神子の存在が欠かせません。
 セイレイン大王が王家の血を色濃く引く者たちを全滅させたので、血縁者とはいえ血の薄い今の皇国に神子が生まれる確率はかなり低いものでした。

 そんな時セイレイン大王は神子として生まれた幼い姫をアカツキの教皇が密かに落ちのびさせたということを突き止めました。
 人の手にかかることのないように、竜の谷と人族とを繋ぐ迷いの森。
 精霊の住まう迷いの森に神子姫は送り届けられました。

 残念なことに神子姫を守って付き従った人々は、迷いの森に入ることが許されず姫の後をいくら追おうとしてもすぐに人里に戻されたといいます。
 人々はこれこそ神子姫が精霊に認められた証だと思うことにして、そのあとそれぞれが伝手をたどってセイレイン大国の追ってから逃げのびたのでした。

「それでは、私は……」

「さようでございます。アルカ姫。いいえアカツキ皇国の末の姫。ヒイナさま」

 レン王子は恭しくそう言うと、ナイトを振り返りました。

「アルファナイト殿下。殿下の母君がかけた魔法。お解きになられるのは殿下だけだと伺っております。アルカ姫の呪縛を解いて、真実のヒイナ姫の姿を取り戻させて下さい。それが迷いの森の魔女、ベルのご子息である殿下のお勤めでございましょう」

 ナイトはそれこそ蒼白になっていました。
 しかし新興国に過ぎないアストリア王国が大国であるセイレインに逆らうことも、神殿の長であるアカツキ皇国に抗うこともできません。

 静かにアルカの前に進みでました。

「アルカ。君を失うことになる今になって、ようやくアルカがどれほど大事だったかわかったよ。アルカ。愛しているよ」

 そう言うとナイトはアルカを抱きしめて、その唇にキスをしました。
 その瞬間、アルカの姿は柔らかい菫色のオーラに包まれました。
 菫色の光が緩やかに消え去った時、そこには自分の姿を取り戻したヒイナが立っていました。

 金色のさらさらとした髪が膝あたりまで伸びて琥珀色だった瞳は本来の菫色を取り戻しています。
 そしてもっと変わったのはアルカを守っていた精霊獣たちでした。
 精霊獣というのは人型をとれない精霊だったはずだったのですが……

 ヒイナ姫を守るように3人の精霊が立っています。

 ヒィは真っ赤な髪の偉丈夫に。
 スィは水色髪を腰までたらした美しい青年に。
 フゥは緑の髪のやんちゃそうな少年に。

 それぞれが神々しいような気品を纏っています。
 レン王子はうやうやしく精霊たちに礼をしました。

「精霊王の皆様。これよりヒイナ姫をアカツキ皇国にご案内いたします。精霊王の皆様もどうぞご一緒にアカツキ皇国においでください」

 ヒィがみんなを代表するように言いました。

「私たちはもともとアカツキの神殿に住まう者であったのであるから、故郷に戻ることに依存はない。ただし我らは人に干渉するものではない。自然を守護することはあっても、戦には関与できぬ。ヒイナをアカツキに戻しても安全なのであろうな」

「精霊王さま。今やアカツキ皇国の存在意義は全ての民の知る処となっております。神子である巫女姫に危害を加える者はおりませぬし、我らが今度こそ全力で姫をお守りいたします」

 そんな外野のやり取りを聞きながらアルカは潤んだ瞳でナイトを見つめています。
 ナイトも自分の腕の中にいるアルカをどうしても手放せないでいるのでした。

 確かに真実の愛がアルカの呪縛を解きました。
 しかしそれが別れの時となってしまうなんて。
 アルカは既に神子としての記憶を取り戻しています。

 だから自分がアカツキの神殿に入ることで、精霊たちの力を強め人々に精霊の加護を届けることが出来ることもわかっていました。

「ナイト。愛してるって言ってくれてありがとう。私もずっとナイトを愛していたわ」

「アルカ。僕は諦めないよ。きっと何か方法がある筈なんだ」

「ナイト。巫女が神殿から離れれば精霊の守護が弱まってしまうの。私はアカツキ皇国を離れられない。ナイトはこの国を守らないといけない。お別れなのよ」

 そう言ったのに、2人はいつまでも見つめ合っているのです。

「アカツキ皇国の使者殿。今日はゆるりとされるがよかろう。歓迎するぞ」

 王がそう言ったのにレン王子は受け入れませんでした。

「もったいないことでございますが陛下。アカツキ皇国もセイレイン大国も長らく精霊の守護を離れて疲弊しております。一刻も早く民を安心させとうございます。このまま出立することをお許しください」

 そう言われてしまえば引き留めることはできません。
 王妃であるジェニーはアルカをしっかりと抱きしめました。

「アルカ。私がこうして陛下と打ち解けることが出来たのはアルカのおかげよ。愛しているわアルカ。いつでもこの国に帰ってきていいのよ。何かあったら言ってらっしゃい。私はいつだってアルカの味方ですからね」

 王はアルカを抱きしめて言いました。

「ベルの最後を看取ってくれてありがとう。お前のおかげでベルは最後まで幸せに暮らせたと思うよ。私にも新しい家庭を与えてくれたね。アルカは私の大事な娘だ。困った時にはどうかこの父を頼っておくれ」

 メアリーもケイも涙を必死でこらえてアルカを送り出してくれました。

 そうしてアルカが人々に最後の別れをすませて王宮を後にした時のことです。
 一頭の馬がいつまでもアルカ一行の後をついてきました。

「ナイト殿下ですね。しかたのないことだ。アルカさま。ナイト殿下にもう一度お別れを告げてください。さもないとアカツキ皇国までついてきまねませんからね」

 アルカだってずっとナイトの燃えるような視線を感じていたのです。

「ナイト。もう帰ってちょうだい。いつまでついてきても同じことよ」

「嫌だよアルカ。ようやく気持ちが通じあったというのに。国境を超えるところまではついていくよ」

「いいえ。ナイト。ナイトは自分の役割を果たさないといけないわ。私はナイトを守ると誓ったの。その誓いはまだ解除されていないわ。だから私とナイトはまだ繋がっているの。だからどうかもう帰って頂戴」

「それならアルカ。僕の剣を受け取っておくれ。僕もアルカの騎士となることを誓うよ。騎士の誓いなら受けてくれるだろう」

「いいえ。それは受け取れないわ。あなたはいずれ一国の王となる人。アカツキ皇国の巫女が国王を騎士にする訳にはいかないの。わかって頂戴。ナイト。さぁ戻って」

 ナイトは苦し気にアルカを見ていましたが、思い切ったように馬に鞭をいれると走り去っていきました。

「やれやれ情熱的なことですね。ヒイナ姫。大丈夫ですか。少し休息をいれましょうか?」

 レン王子が気遣ってくれましたが、アルカはきっぱりと言い切りました。

「大丈夫です。出発しましょう」

 巫女姫を乗せた馬車は静かにアストリア王国から遠ざかっていくのでした。
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