22 / 26
第一章「眠れる魔物と魔法使いの少女」
第21話 棲獣解放
しおりを挟む
二人は思わず息をのむ。一度戦った存在、だがその大きさはかつて見たものとまるで違う。一回りも二回りも巨大な火蜥蜴がそこに立っていた。
巨大な火蜥蜴が一歩踏み込む。それだけで地が震えるほどの衝撃が走った。スピカとアルトがその巨躯に警戒を強める前で、その口が開く。
「おお、凄えな。火蜥蜴から見たらこんな感じになってるのか」
そこから発せられたのはジュバの声だった。獣のような理性を持たない眼とは違う。意思のある眼差しで二人を見つめていた。
「これが魔法使いの切り札、棲獣解放ってやつか。すげえ……魔物そのものになっちまうなんて。しかも元の奴より強力になってだ!」
「すげえ……お頭、すげえよ!」
「こんなにでかけりゃひとたまりもねえぜ!」
アルトとスピカの表情は険しい。魔法使いはそうなった時の凄まじさを知っているからだ。
「さて、こうなっちまった以上……」
火蜥蜴となったジュバが見下ろす。醜悪な笑みを浮かべ、裂けた口から鋭い牙が覗く。
「来るぞスピカ!」
「こいつらなんざ怖くねえぜ!」
巨獣が駆ける。大地を震わせ、二人目掛けて突っ込んでくる。
「――Aqua!」
スピカの紋章が青く光る。魔力が光を受けて水を生成し、更に硬質化して行く。
「‶水は凍てつき槍と降る″」
鋭い氷柱を何本も生成し、スピカが放つ。だが、元となった火蜥蜴に通じた魔法がジュバには通用しない。皮膚に衝突してそのことごとくが折れていく。
「ヒャハハハハ、無駄無駄! もうそんな生っちょろい魔法じゃ俺の体は貫けねえよ!」
「――Terra!」
続けざまに魔法を放つ。紋章は黄に輝き、魔力がスピカの掌に集まる。
「‶大地は盛りて壁となる″」
そしてそのまま地面に魔力を放つ。
足下からジュバへ向かって地面の土石が盛り上がり、巨大な壁を成す。
「それがどうした!」
だが、巨体の突進に壁が持たない。軽々と突き破られ、壁は土塊へと還って行く。
「避けろスピカ!」
「逃がすか!」
左右へ飛んで突進を回避する二人。しかしジュバは同時に炎を放ってアルトを、尻尾も振り回してスピカを同時にとらえる。
「――Ignis!」
「――Terra!」
二人が共に魔法を発動する。アルトは放たれた炎を魔力で操作して直撃を避ける。スピカは全身を強化してダメージを押さえる。
「ぐう……っ!」
だが、アルトと違い、物理的な攻撃では慣性への対処まではできない。ダメージは押さえても、尻尾の直撃でスピカの身体は激しく地面に叩きつけられた。
「スピカ!」
「まずは一番面倒なてめえからだ!」
動きの止まったスピカに向けて再び突進を行うジュバ。
「“大地は猛りて我が身に宿る”」
立ち上がり、火蜥蜴の突進を受け止めたその力を強化し、ジュバを迎え撃つ。
「――っ!」
だが、通用しない。猛烈な勢いでスピカが岩壁に跳ね飛ばされる。力任せに受け止めようとしたスピカの力の流れを読み、ジュバは位置を僅かにずらして突っ込んでいたのだ。
「戦闘経験はまだまだだな嬢ちゃん!」
数多くの戦いを潜り抜けてきたジュバの戦闘経験と技術。それが火蜥蜴の身体を借りて行使される。そのためにこれまでの戦い方がことごとく覆される。
「喰らいやがれ!」
痛みで動けなくなったところへ、ジュバの全身から噴き出した火炎がスピカを襲う。
「スピカ!」
飛び込んだアルトが火の魔法を発動し、その炎からスピカを守る。だが、炎が晴れたその瞬間に目の前に飛び込んできたのはジュバの突進する姿だった。鋼の刃も通さない強靭な鱗に覆われた体がアルトに突っ込み、スピカ同様に岩壁に叩きつけられる。
「――がはっ!」
「馬鹿が。炎を止めることができても、こっちに対処できなきゃ意味ねえだろ!」
大口を開けてジュバが嘲笑う。完全に遊ばれていた。一度は倒した火蜥蜴だが、一度は通じた戦い方がまるで意味をなさない。人の理性に魔物の身体。それを操ることこそ魔法使いの切り札、「棲獣解放」なのだ。
「さあ、覚悟しろ嬢ちゃん!」
「スピカ!」
まだスピカは叩きつけられたダメージが抜けていない。避ける間もなく、ジュバがその顎で彼女の体を挟み込んだ。
「あ……ぐっ!」
胸元から大腿部にかけて圧がかかり、牙が食い込む。身体硬化の特性のお蔭で何とか牙は刺さらないが、それでも激痛と苦痛、そして息が詰まって表情が歪む。
「ちっ、呆れた硬さだぜ。千切れやしねえ。何なんだこいつの身体は!」
もがくスピカだが、完全に挟み込まれてしまっているために力が上手く発揮できず、怪力の特性でもこじ開けることができない。
「噛み千切れねえなら……」
ジュバが首を振り上げ、スピカの体を空中に放り投げた。落下する彼女の真下で大口を開く。
「丸呑みにしてやる!」
「スピカーっ!」
火蜥蜴の口目掛けて落下して行くスピカ。だが、立ち上がったアルトがある場所に向けて駆けていた。
「こいつを使え!」
アルトが向かったのは、地に落ちていたスピカの短刀の下だった。その切れ味は火蜥蜴の鱗を切り裂くほど。それを空中に投げ出された彼女目がけて風の魔法で送り込む。
「何っ!?」
「やあああーっ!」
空中で受け取るとそのまま振りかぶる。落下の分の力を乗せて短刀を振り下ろす。
「ぐああああっ!?」
鱗を貫き、その鼻先に深々と短刀が突き刺さる。想定していなかった反撃にジュバは悶絶する。
「スピカ!」
「だ、大丈夫……」
墜落するように着地したスピカがゆっくりと立ち上がった。だが、巨獣の顎に挟まれ、地面に叩き付けられて傷はないもののダメージは深い。
「……スピカ。あの魔法ならいけるか?」
可能性を必死に探る。その一つは、一度火蜥蜴にとどめを刺したスピカの氷結魔法だ。
「わからない……それに、あの威力は湖だったからできたから、ここじゃ使えない」
「駄目か……そもそもあのオッサンが唱えるだけの時間をくれるわけもないか」
アルトが立ち上がる。魔物のポテンシャルを最大限に発揮し、凄まじい力を誇る棲獣解放に対抗する手段は限られる。一つは最大級の魔法を使って倒すか、もう一つは――。
「くそっ、仕方ねえ!」
アルトの紋章が一際強く輝いた。火と風、彼の司る二つの属性を示す赤と緑の二色の光が放たれる。
「俺の棲獣は人目にさらしたくなかったけど、そんなこと言ってる場合じゃねえ!」
炎と風が入り混じり、彼を中心に展開してその足下に二つの巨大な魔法陣が生まれる。
「ハハハ、お前も使うつもりか。いいぜ、化け物同士喰らい合おうじゃねえか!」
「……っ!」
アルトが唇を噛む。ジュバの言った「化け物」という言葉が彼の心に刺さる。今まさにしていることはその化け物になることそのものなのだから。
「さあ、見せてもらうよ希少種」
静観していたエニフが呟く。彼女は彼の内に棲む魔物の正体を見抜いていた。
「『火』に『風』、そして死しても火の中から蘇る……そんな魔物は一つしかいないからね」
「……気付いていたか」
この戦いに至るまでどんなに危険な状況でも魔法の力を隠していた彼にとって、それほどまでに隠したい情報だった。魔物の中でもあまりに稀少であるため、遭遇することすら困難。そもそも『殺すこと』すら不可能なはずの魔物。
「あんたがその獣を宿していたとはね……幻と言われた魔物を」
「ああ、そうだよ! せっかくならその目見開いてしっかり見ておけ!」
だが、悪しき魔法使いを止めるためにアルトはその力を開放する。右手を掲げ、告げたその名は――。
「棲獣解放――“不死鳥よ、炎を纏いて舞い上がれ”」
赤と緑、展開した二色の魔法陣が重なって一つになる。そして立ち上った光の柱がアルトの体を包み込み、その姿を変異させていく。
広げた腕は大空を舞うための翼へと。
脚は地を離れ獲物をとらえる鉤爪へと変わる。
その全身から炎を燃え上がらせ、火の粉を撒いてアルトは飛翔する。
「死してなお、炎の中から蘇る幻の魔物――不死鳥。見つからない訳だ、まさか棲獣にされていたとはね」
「行くぜ、オッサン!」
「来やがれ、クソガキ!」
炎を纏った鳥と蜥蜴が正面からぶつかり合う。互いの炎が燃え上がり周囲を火の海で赤く染め上げる。
「はっはあ! 幻の魔物って言ってもこの程度かよ!」
「ちっ……やっぱり炎が効かねえ」
元々火口に棲み、熱への耐性が高い火蜥蜴、対して死しても炎の中から蘇る不死鳥、互いに火属性の魔物であるために火の力では優劣は付きにくい。
「そうなりゃあとは力のぶつかり合いだな!」
「付き合ってられるか!」
火蜥蜴の顎を羽ばたいて回避する。魔物の姿でも、火蜥蜴の上顎は簡単に肉を引きちぎるほどの力がある。
「食らいやがれ!」
太陽を背に急降下する。目が眩み、アルトの姿をとらえられないジュバに向けて加速を付けた体当たりを放つ。
「ぐほっ……」
「って、硬えなやっぱり!」
「このガキが!」
背中に直撃し、火蜥蜴がうめく。しかしその長い尾を振り回し、アルトを弾き飛ばす。
「ぐっ……!」
「今度はこっちの番だ!」
突進してくるジュバを、痛みをこらえて翼を動かし回避する。その勢いのままジュバは岩壁に激突するが、火蜥蜴の硬い皮膚の前に壁の方が崩れ出す。
「力じゃ勝てねえ……やっぱりこいつ、相性が悪すぎるぜ!」
いくら幻の魔物と言えどその身は鳥。その防御力と膂力が売りの火蜥蜴とは力勝負では分が悪い。
「出し惜しみしている場合じゃねえな」
不死鳥の全身の炎が激しく燃え上がる。左右に炎を放ち、それを自身と同じに形作る。力で劣る分、不死鳥はその魔力と機動性が最大の武器となる。
「分身か!?」
「行くぜ!」
三羽の不死鳥が散開して突撃を仕掛ける。間を開けず、次々と体当たりを放ち、その場に足止めをしつつ体力を削って行く。
力で劣るアルトが有利な点が機動力と、魔物と化しての戦闘経験だった。ジュバは魔法使いになったばかり、さらに初の棲獣解放のために慣れていない。今の内に戦いを有利に傾けなければならない。この状況を逆転させる手段に気付かれる前に――。
「ちっ……このガキ!」
「貰ったぜ!」
一瞬の隙を突き、鉤爪が火蜥蜴の首をとらえる。渾身の力を込めて羽ばたき、その巨体が浮いて行く。
「もう一度湖に叩き落してやる!」
「――ジュバ、こいつを使いな!」
だが、エニフがそれを黙って見逃しはしなかった。エニフが光球を生成し、それをジュバに向けて放つ。
「こいつは!?」
「手に入れた魂、分けてやるよ。こいつで強化しな!」
「ありがてえ!」
大口を開き、ジュバが光球を喰らう。その瞬間、ジュバの魔力が増大し、スピカとアルトから受けた傷も癒える。そしてその身も膨れ上がって全身の炎がさらに燃え上がる。
「くそっ……でかくなりやがった!」
「残念だったなあ!」
ジュバが力任せに首を動かして鉤爪を振り払う。空中で体勢が崩れた瞬間を見逃さず、体を反転させる。
「ヒャハハハハ!」
「しまっ――!」
空中で一回転して勢いを増しながらその尾が不死鳥の羽に叩きつけられる。羽ばたく力を封じられ揚力を失った不死鳥の身が真っ逆さまに地面に落ちていく。
「がはっ!」
「アルト!」
墜落した不死鳥の体が光に包まれ、小さく萎んでいく。発光が収まった時、そこには傷ついたアルトが倒れていた。
巨大な火蜥蜴が一歩踏み込む。それだけで地が震えるほどの衝撃が走った。スピカとアルトがその巨躯に警戒を強める前で、その口が開く。
「おお、凄えな。火蜥蜴から見たらこんな感じになってるのか」
そこから発せられたのはジュバの声だった。獣のような理性を持たない眼とは違う。意思のある眼差しで二人を見つめていた。
「これが魔法使いの切り札、棲獣解放ってやつか。すげえ……魔物そのものになっちまうなんて。しかも元の奴より強力になってだ!」
「すげえ……お頭、すげえよ!」
「こんなにでかけりゃひとたまりもねえぜ!」
アルトとスピカの表情は険しい。魔法使いはそうなった時の凄まじさを知っているからだ。
「さて、こうなっちまった以上……」
火蜥蜴となったジュバが見下ろす。醜悪な笑みを浮かべ、裂けた口から鋭い牙が覗く。
「来るぞスピカ!」
「こいつらなんざ怖くねえぜ!」
巨獣が駆ける。大地を震わせ、二人目掛けて突っ込んでくる。
「――Aqua!」
スピカの紋章が青く光る。魔力が光を受けて水を生成し、更に硬質化して行く。
「‶水は凍てつき槍と降る″」
鋭い氷柱を何本も生成し、スピカが放つ。だが、元となった火蜥蜴に通じた魔法がジュバには通用しない。皮膚に衝突してそのことごとくが折れていく。
「ヒャハハハハ、無駄無駄! もうそんな生っちょろい魔法じゃ俺の体は貫けねえよ!」
「――Terra!」
続けざまに魔法を放つ。紋章は黄に輝き、魔力がスピカの掌に集まる。
「‶大地は盛りて壁となる″」
そしてそのまま地面に魔力を放つ。
足下からジュバへ向かって地面の土石が盛り上がり、巨大な壁を成す。
「それがどうした!」
だが、巨体の突進に壁が持たない。軽々と突き破られ、壁は土塊へと還って行く。
「避けろスピカ!」
「逃がすか!」
左右へ飛んで突進を回避する二人。しかしジュバは同時に炎を放ってアルトを、尻尾も振り回してスピカを同時にとらえる。
「――Ignis!」
「――Terra!」
二人が共に魔法を発動する。アルトは放たれた炎を魔力で操作して直撃を避ける。スピカは全身を強化してダメージを押さえる。
「ぐう……っ!」
だが、アルトと違い、物理的な攻撃では慣性への対処まではできない。ダメージは押さえても、尻尾の直撃でスピカの身体は激しく地面に叩きつけられた。
「スピカ!」
「まずは一番面倒なてめえからだ!」
動きの止まったスピカに向けて再び突進を行うジュバ。
「“大地は猛りて我が身に宿る”」
立ち上がり、火蜥蜴の突進を受け止めたその力を強化し、ジュバを迎え撃つ。
「――っ!」
だが、通用しない。猛烈な勢いでスピカが岩壁に跳ね飛ばされる。力任せに受け止めようとしたスピカの力の流れを読み、ジュバは位置を僅かにずらして突っ込んでいたのだ。
「戦闘経験はまだまだだな嬢ちゃん!」
数多くの戦いを潜り抜けてきたジュバの戦闘経験と技術。それが火蜥蜴の身体を借りて行使される。そのためにこれまでの戦い方がことごとく覆される。
「喰らいやがれ!」
痛みで動けなくなったところへ、ジュバの全身から噴き出した火炎がスピカを襲う。
「スピカ!」
飛び込んだアルトが火の魔法を発動し、その炎からスピカを守る。だが、炎が晴れたその瞬間に目の前に飛び込んできたのはジュバの突進する姿だった。鋼の刃も通さない強靭な鱗に覆われた体がアルトに突っ込み、スピカ同様に岩壁に叩きつけられる。
「――がはっ!」
「馬鹿が。炎を止めることができても、こっちに対処できなきゃ意味ねえだろ!」
大口を開けてジュバが嘲笑う。完全に遊ばれていた。一度は倒した火蜥蜴だが、一度は通じた戦い方がまるで意味をなさない。人の理性に魔物の身体。それを操ることこそ魔法使いの切り札、「棲獣解放」なのだ。
「さあ、覚悟しろ嬢ちゃん!」
「スピカ!」
まだスピカは叩きつけられたダメージが抜けていない。避ける間もなく、ジュバがその顎で彼女の体を挟み込んだ。
「あ……ぐっ!」
胸元から大腿部にかけて圧がかかり、牙が食い込む。身体硬化の特性のお蔭で何とか牙は刺さらないが、それでも激痛と苦痛、そして息が詰まって表情が歪む。
「ちっ、呆れた硬さだぜ。千切れやしねえ。何なんだこいつの身体は!」
もがくスピカだが、完全に挟み込まれてしまっているために力が上手く発揮できず、怪力の特性でもこじ開けることができない。
「噛み千切れねえなら……」
ジュバが首を振り上げ、スピカの体を空中に放り投げた。落下する彼女の真下で大口を開く。
「丸呑みにしてやる!」
「スピカーっ!」
火蜥蜴の口目掛けて落下して行くスピカ。だが、立ち上がったアルトがある場所に向けて駆けていた。
「こいつを使え!」
アルトが向かったのは、地に落ちていたスピカの短刀の下だった。その切れ味は火蜥蜴の鱗を切り裂くほど。それを空中に投げ出された彼女目がけて風の魔法で送り込む。
「何っ!?」
「やあああーっ!」
空中で受け取るとそのまま振りかぶる。落下の分の力を乗せて短刀を振り下ろす。
「ぐああああっ!?」
鱗を貫き、その鼻先に深々と短刀が突き刺さる。想定していなかった反撃にジュバは悶絶する。
「スピカ!」
「だ、大丈夫……」
墜落するように着地したスピカがゆっくりと立ち上がった。だが、巨獣の顎に挟まれ、地面に叩き付けられて傷はないもののダメージは深い。
「……スピカ。あの魔法ならいけるか?」
可能性を必死に探る。その一つは、一度火蜥蜴にとどめを刺したスピカの氷結魔法だ。
「わからない……それに、あの威力は湖だったからできたから、ここじゃ使えない」
「駄目か……そもそもあのオッサンが唱えるだけの時間をくれるわけもないか」
アルトが立ち上がる。魔物のポテンシャルを最大限に発揮し、凄まじい力を誇る棲獣解放に対抗する手段は限られる。一つは最大級の魔法を使って倒すか、もう一つは――。
「くそっ、仕方ねえ!」
アルトの紋章が一際強く輝いた。火と風、彼の司る二つの属性を示す赤と緑の二色の光が放たれる。
「俺の棲獣は人目にさらしたくなかったけど、そんなこと言ってる場合じゃねえ!」
炎と風が入り混じり、彼を中心に展開してその足下に二つの巨大な魔法陣が生まれる。
「ハハハ、お前も使うつもりか。いいぜ、化け物同士喰らい合おうじゃねえか!」
「……っ!」
アルトが唇を噛む。ジュバの言った「化け物」という言葉が彼の心に刺さる。今まさにしていることはその化け物になることそのものなのだから。
「さあ、見せてもらうよ希少種」
静観していたエニフが呟く。彼女は彼の内に棲む魔物の正体を見抜いていた。
「『火』に『風』、そして死しても火の中から蘇る……そんな魔物は一つしかいないからね」
「……気付いていたか」
この戦いに至るまでどんなに危険な状況でも魔法の力を隠していた彼にとって、それほどまでに隠したい情報だった。魔物の中でもあまりに稀少であるため、遭遇することすら困難。そもそも『殺すこと』すら不可能なはずの魔物。
「あんたがその獣を宿していたとはね……幻と言われた魔物を」
「ああ、そうだよ! せっかくならその目見開いてしっかり見ておけ!」
だが、悪しき魔法使いを止めるためにアルトはその力を開放する。右手を掲げ、告げたその名は――。
「棲獣解放――“不死鳥よ、炎を纏いて舞い上がれ”」
赤と緑、展開した二色の魔法陣が重なって一つになる。そして立ち上った光の柱がアルトの体を包み込み、その姿を変異させていく。
広げた腕は大空を舞うための翼へと。
脚は地を離れ獲物をとらえる鉤爪へと変わる。
その全身から炎を燃え上がらせ、火の粉を撒いてアルトは飛翔する。
「死してなお、炎の中から蘇る幻の魔物――不死鳥。見つからない訳だ、まさか棲獣にされていたとはね」
「行くぜ、オッサン!」
「来やがれ、クソガキ!」
炎を纏った鳥と蜥蜴が正面からぶつかり合う。互いの炎が燃え上がり周囲を火の海で赤く染め上げる。
「はっはあ! 幻の魔物って言ってもこの程度かよ!」
「ちっ……やっぱり炎が効かねえ」
元々火口に棲み、熱への耐性が高い火蜥蜴、対して死しても炎の中から蘇る不死鳥、互いに火属性の魔物であるために火の力では優劣は付きにくい。
「そうなりゃあとは力のぶつかり合いだな!」
「付き合ってられるか!」
火蜥蜴の顎を羽ばたいて回避する。魔物の姿でも、火蜥蜴の上顎は簡単に肉を引きちぎるほどの力がある。
「食らいやがれ!」
太陽を背に急降下する。目が眩み、アルトの姿をとらえられないジュバに向けて加速を付けた体当たりを放つ。
「ぐほっ……」
「って、硬えなやっぱり!」
「このガキが!」
背中に直撃し、火蜥蜴がうめく。しかしその長い尾を振り回し、アルトを弾き飛ばす。
「ぐっ……!」
「今度はこっちの番だ!」
突進してくるジュバを、痛みをこらえて翼を動かし回避する。その勢いのままジュバは岩壁に激突するが、火蜥蜴の硬い皮膚の前に壁の方が崩れ出す。
「力じゃ勝てねえ……やっぱりこいつ、相性が悪すぎるぜ!」
いくら幻の魔物と言えどその身は鳥。その防御力と膂力が売りの火蜥蜴とは力勝負では分が悪い。
「出し惜しみしている場合じゃねえな」
不死鳥の全身の炎が激しく燃え上がる。左右に炎を放ち、それを自身と同じに形作る。力で劣る分、不死鳥はその魔力と機動性が最大の武器となる。
「分身か!?」
「行くぜ!」
三羽の不死鳥が散開して突撃を仕掛ける。間を開けず、次々と体当たりを放ち、その場に足止めをしつつ体力を削って行く。
力で劣るアルトが有利な点が機動力と、魔物と化しての戦闘経験だった。ジュバは魔法使いになったばかり、さらに初の棲獣解放のために慣れていない。今の内に戦いを有利に傾けなければならない。この状況を逆転させる手段に気付かれる前に――。
「ちっ……このガキ!」
「貰ったぜ!」
一瞬の隙を突き、鉤爪が火蜥蜴の首をとらえる。渾身の力を込めて羽ばたき、その巨体が浮いて行く。
「もう一度湖に叩き落してやる!」
「――ジュバ、こいつを使いな!」
だが、エニフがそれを黙って見逃しはしなかった。エニフが光球を生成し、それをジュバに向けて放つ。
「こいつは!?」
「手に入れた魂、分けてやるよ。こいつで強化しな!」
「ありがてえ!」
大口を開き、ジュバが光球を喰らう。その瞬間、ジュバの魔力が増大し、スピカとアルトから受けた傷も癒える。そしてその身も膨れ上がって全身の炎がさらに燃え上がる。
「くそっ……でかくなりやがった!」
「残念だったなあ!」
ジュバが力任せに首を動かして鉤爪を振り払う。空中で体勢が崩れた瞬間を見逃さず、体を反転させる。
「ヒャハハハハ!」
「しまっ――!」
空中で一回転して勢いを増しながらその尾が不死鳥の羽に叩きつけられる。羽ばたく力を封じられ揚力を失った不死鳥の身が真っ逆さまに地面に落ちていく。
「がはっ!」
「アルト!」
墜落した不死鳥の体が光に包まれ、小さく萎んでいく。発光が収まった時、そこには傷ついたアルトが倒れていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる