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第一章「慟哭の和魂」
第06話 静宮深雪
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伊薙君と別れた私はカバンを取って部活に向かうため教室へ向かっていた。
色々あって少し落ち込んでいたところだったけど、伊薙君とお話ができたお陰で気持ちは軽くなっていた。
料理部を続けるため私は勉学や習い事に打ち込んできた。その結果、私には仲の良い友達と言える相手をなかなか作ることができなかった。だけどそんな中で伊薙君と神崎さんは私に対して変に遠慮することもなく、一人の人間として先輩として接してくれた。
「いけない。もうこんな時間」
今日は学級委員や生徒会の仕事があった上、伊薙君と話し込んでいたので随分と遅くなってしまった。夏になって日が長くなったとはいえ、あまり遅くまで家庭科室を使わせてもらうのも顧問の先生に悪い。せめてみんなの進捗状況を聞いて、レストランのメニューを検討するくらいはしないと。
学校祭当日までには生徒会長としての仕事もまだある。どんどん有効活用できる時間は減っていく。三年生はこの学校祭を最後に引退し、受験生として本格的に進路のために勉強をしていかなくちゃいけない。私も高校生活最後の学校祭を有終の美を飾りたい。
「……」
だけど、つい足が止まる。
その前に私を悩ませる、あることを何とかしないといけないと思ったからだ。
「……逃げてばかりはいられないわよね」
伊薙君と神崎さんは、臆さず私に話しかけてくれた。だから今の私たちの関係がある。
私も、勇気を出して自分の思いを伝えてみよう。誤解されたまま学校祭を迎えたくはない。
――きっと、わかってもらえるはずだから。
「……あら?」
私のクラスに人影が見えた。私が屋上に行く前にみんな帰ったか部活へ行ったはずなのに。
「あ、戻って来た」
「遅いよー、深雪」
そこにいたのはクラスメイトの二人の女子だった。彼女たちは料理部員でもある。どうやら二人で私を待っていたみたいだ。
「どこ行ってたの?」
「えっと、先生に日報を届けに行って……」
「それだけ?」
「あとは、ちょっと考え事をするために屋上に」
「ふーん」
どうしてかはわからないけど彼女たちはこの頃、私に対して強く当たる。今日だって部活で試したいメニューがあるからと言って私に日直の仕事を全部任せて先に部活へ行ったはずだ。それがなぜここにいるのだろう。
「えっと……メニューの試作できたの?」
「まだよ」
「どうせ、あんたはもう決まってるんでしょ?」
「それは……」
私が作るのはお母さんの和風ハンバーグのレシピを自分なりにアレンジしたものだ。それは去年の学校祭が終わった時から決めていた。学校祭の最後の日、来てくれた両親にそれを振る舞うつもりだ。
「いいわよね、あんたは何でもできて」
「勉強も、料理も、ぜーんぶできちゃって、家もお金持ち。いいなー、全部自分の思い通りになるって感じで」
「……そんなことないわ」
「そう言いながら、心の中では笑ってるくせに」
「私は関係ないって顔しながら、美味しいところ全部持って行っちゃうんだから」
「別に……私は」
「つーかさ」
私の目の前に顔が近づく。敵意のこもった視線で左右から私を見つめられる。
「あんたにその気がないなら、伊薙君にちょっかいかけるのやめて欲しいんだけど」
「ちょっかいだなんて……ただ彼は仲のいい後輩で」
どうしてそこで伊薙君が出て来るのだろうか。私の返事が気に入らないのか、思い切りため息をつかれる。
「仲のいい後輩? えーえー、その通りでしょうね。さっきまで一緒にいたくらいだもの」
その言葉に、私はドキッとしてしまう。そのわずかな反応を彼女たちは見逃していなかった。
「……やっぱり」
「伊薙君が持ってたレシピノート持ってるからそうじゃないかって思ってたんだよね」
「そうやって裏でこそこそ伊薙君をモノにしようとしてるんじゃない。だからあんたが嫌いなのよ」
「ち、違うの。伊薙君とは偶然――」
「うっさい!」
私の手からレシピノートが奪い取られる。そして激情のままに、彼女はそれを床に叩きつけた。
「何するの!?」
「たかがレシピノートじゃない! しかもオンボロの!」
「やめて!」
取り返そうとする私の手が届く前に、レシピノートが蹴り飛ばされ、床を滑って離れていく。
「なによ、どうせ部室に何冊もあるじゃない!」
そして、その先にいた子に思い切り踏みつけられる。もう一人も駆け寄って一緒に踏みつけ始める。
「やめて! お願い、やめて!」
「お願いだって。あんたが?」
「マジうける。こんなボロいノートがそんなに大事なの?」
このノートは歴代の料理部の人たちが考えたレシピを収めたものと言うだけじゃない。私にとっては母親のレシピが収められた特別思い入れのある一冊だ。その大切な思い出が踏みにじられ、穢されていく。
「あ……ああ」
靴跡をつけられ、ページが破かれて打ち捨てられたレシピノートを前に、私は膝をついた。そんな私の姿を、彼女たちは指を差して大笑いしていた。
「あー、スーッとした」
「ねー、やめる前にスカっとした」
「え……やめるって?」
震える私を歪んだ笑顔で見下ろし、二人は続けた。
「あたしたち、今日で部活辞めるから」
「な、なんで……? 学校祭、近いんだよ?」
学校祭では料理部全員が貴重な戦力だ。こんな近い時期に二人も抜けられたら他の子たちにも迷惑がかかってしまう。
「だって、面白くないんだもん」
「私たち、早めに受験の準備しなくちゃ間に合わないし。何でもできるあんたと違ってね」
「有名な部活だし、入れば内申に有利だと思ってたけど、あたしらが頑張っても評価されるのって部長のあんただけじゃない。レストランの取材だってあんたばっかり目立ってるし」
「今、あたしらが抜けたら人手も足りないし、メニューも決まってないしで困るでしょ?」
「……そんな」
「せいぜい学校祭で失敗して内申に傷でもついちゃえばいいのよ」
「それじゃ私たち、カバンとって帰るから。じゃあねー」
晴れやかな顔で二人が教室を出ていく。夕陽に染まる教室の中で、私は呆然と足下のノートだったものを見下ろしていた。
「――あーあ。酷いことするよね」
「っ!?」
突然、他に誰もいなかったはずの教室の中で声がした。私は驚き振り返る。
そこには教卓に腰掛け、脚をぶらぶらとさせながらこちらを見つめる一人の少年がいた。
「あなた、誰……?」
「あはは。“誰そ彼?”なんてまさに今のシチュエーションにぴったりだ。見事な夕暮れだもんね」
窓の外に目を向けながら彼はそう評する。この学校の制服のズボンにワイシャツの姿からこの学校の生徒なのかもしれない。だけど、私は三年目になる今年まで彼の姿を見たことは一度もない。
それに、どうしてかわからないけど――夕陽が差し込んでいる教室なのに、顔が照らされているはずなのに――私からは彼の顔が見えないのだ。
「誰そ彼と 我をな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つ我そ……か」
「え?」
「万葉集だよ。ご存じない?」
調子のいい男子の声色。だけど、どうしてだろう。言いようのない恐怖と不安が私の中に芽生えている。
「誰ですかあの人はと私に聞かないでください。九月の露に濡れながらあなたを待っている私のことを……まあ、今は九月でも、雨が降ってるわけでもないんだけどね」
「何が言いたいの……?」
おどけた素振りで彼の真意が読めない。彼は教卓から床に降りると、ポケットから何かを取り出した。
「歌の通り、見つけたんだよ。君を」
それは古びた鏡だった。鏡面は綺麗だけど、縁の部分は蛇をかたどった装飾が鏡を廻り、禍々しい雰囲気を放っていた。
『悔しいんでしょ?』
「っ!?」
鏡の中の私が、見たことのない邪悪な笑みを浮かべながら私に向けて話しかけて来た。
『大切にしていたものを穢されて、踏みにじられて』
私の心を見透かしたような言葉。それも、それを発したのは他ならない自分自身からだ。
『許せないでしょ。あの二人を』
「違う。そんなこと、私は望んでない!」
『そう……残念ね。せっかくお母さんが来てくれるのに』
「……っ!」
自分の言葉が心の痛いところを的確につき、抉って来る。
『先輩たちも来てくれるのに、こんなにボロボロにされたノートを見たら悲しむでしょうね』
「それ……は」
みんなで学校祭を成功させる。それが私の願いだった。お母さんの様に。だから誰かを恨んだり、妬んだりしてトラブルが起きないよう心を砕いて来た。
あの二人にしたってそうだ。話せばわかってくれる。そう思っていたのに――。
『私は悪くないのに?』
「え……?」
『悪くないのに、あっちが勝手に因縁をつけて私に辛く当たってるだけじゃない』
押し込めて、言葉にしないようにしていたどす黒い感情に焦点が当てられてしまう。それを知覚してしまえば、もう見ないふりはできなかった。
『あなたは頑張ってる。あの子たちはそれも知らずにただ妬んでいるだけじゃない。どっちが正しいかしら?』
「そ、それは……」
『大丈夫、私が一番わかっているから』
その甘い言葉に、心が揺さぶられる。
『大丈夫。私が守るから』
「私が……」
見えてしまう。私の本当の気持ちが。
「言ったらいけない」その一言一句が明確に。
『あの二人さえいなければ、全部上手くいくのよ』
「あの二人……が」
そして、最後に発したその一言で、私の心は反転した。
『ね、いなくなっちゃえばいいのに』
「うん、いなくなっちゃえばいいのに」
あれほど心の中に渦巻いていた気持ちが、今は晴れている。
なんだ、簡単なことなんじゃないか。
気持ちを押し殺して何の意味があったのか。
もっと自分の気持ちに素直になって良いんだ。
「くくく……さあ、我慢しなくていいんだよ」
私の前に立つ人が、何か声をかけて来る。でも、どうしてだろう。さっきまで得体の知れなかった彼に対して、今は安心感を抱いている。
「そう、それが君の本心だ。君はあの二人がいなくなればいいと思ってる」
「……そうなんだ」
まるで、自分の意思で発した声じゃないみたいだ。
自然に、私は首を垂れてその行為を受け入れた。
「そんな君に贈り物だ」
首飾りが彼の手でかけられる。彼の笑顔から伝わるどす黒い悪意が何故か心地よい。
胸元で紫色の石――ああ、日本史の資料集で見たことのある装身具だ――勾玉が黒い靄の様なものを放っていた。
「――その闇、解き放ってあげるよ」
「あ……あああああああ!」
そしてその勾玉が、ひと際強く輝いたと思った直後、何かが私の中から出ていく。天井でそれは集まり、何かの姿を形作っていく。
「あはははは! いいぞ。最初の御魂にしては上等だ!」
もう何も聞こえなかった。私の中を支配するのは、大切なものを傷つけられた強い悲しみ――慟哭。
「さあ行けミサキ! 全てを壊すんだ!」
もう、みんなで仲良くなんてそんなことはどうだっていい。
私の大切な思いを邪魔をする人なんていらない。
そんな気持ちを代弁するかのように、それは目的に向かって動き始めるのだった。
色々あって少し落ち込んでいたところだったけど、伊薙君とお話ができたお陰で気持ちは軽くなっていた。
料理部を続けるため私は勉学や習い事に打ち込んできた。その結果、私には仲の良い友達と言える相手をなかなか作ることができなかった。だけどそんな中で伊薙君と神崎さんは私に対して変に遠慮することもなく、一人の人間として先輩として接してくれた。
「いけない。もうこんな時間」
今日は学級委員や生徒会の仕事があった上、伊薙君と話し込んでいたので随分と遅くなってしまった。夏になって日が長くなったとはいえ、あまり遅くまで家庭科室を使わせてもらうのも顧問の先生に悪い。せめてみんなの進捗状況を聞いて、レストランのメニューを検討するくらいはしないと。
学校祭当日までには生徒会長としての仕事もまだある。どんどん有効活用できる時間は減っていく。三年生はこの学校祭を最後に引退し、受験生として本格的に進路のために勉強をしていかなくちゃいけない。私も高校生活最後の学校祭を有終の美を飾りたい。
「……」
だけど、つい足が止まる。
その前に私を悩ませる、あることを何とかしないといけないと思ったからだ。
「……逃げてばかりはいられないわよね」
伊薙君と神崎さんは、臆さず私に話しかけてくれた。だから今の私たちの関係がある。
私も、勇気を出して自分の思いを伝えてみよう。誤解されたまま学校祭を迎えたくはない。
――きっと、わかってもらえるはずだから。
「……あら?」
私のクラスに人影が見えた。私が屋上に行く前にみんな帰ったか部活へ行ったはずなのに。
「あ、戻って来た」
「遅いよー、深雪」
そこにいたのはクラスメイトの二人の女子だった。彼女たちは料理部員でもある。どうやら二人で私を待っていたみたいだ。
「どこ行ってたの?」
「えっと、先生に日報を届けに行って……」
「それだけ?」
「あとは、ちょっと考え事をするために屋上に」
「ふーん」
どうしてかはわからないけど彼女たちはこの頃、私に対して強く当たる。今日だって部活で試したいメニューがあるからと言って私に日直の仕事を全部任せて先に部活へ行ったはずだ。それがなぜここにいるのだろう。
「えっと……メニューの試作できたの?」
「まだよ」
「どうせ、あんたはもう決まってるんでしょ?」
「それは……」
私が作るのはお母さんの和風ハンバーグのレシピを自分なりにアレンジしたものだ。それは去年の学校祭が終わった時から決めていた。学校祭の最後の日、来てくれた両親にそれを振る舞うつもりだ。
「いいわよね、あんたは何でもできて」
「勉強も、料理も、ぜーんぶできちゃって、家もお金持ち。いいなー、全部自分の思い通りになるって感じで」
「……そんなことないわ」
「そう言いながら、心の中では笑ってるくせに」
「私は関係ないって顔しながら、美味しいところ全部持って行っちゃうんだから」
「別に……私は」
「つーかさ」
私の目の前に顔が近づく。敵意のこもった視線で左右から私を見つめられる。
「あんたにその気がないなら、伊薙君にちょっかいかけるのやめて欲しいんだけど」
「ちょっかいだなんて……ただ彼は仲のいい後輩で」
どうしてそこで伊薙君が出て来るのだろうか。私の返事が気に入らないのか、思い切りため息をつかれる。
「仲のいい後輩? えーえー、その通りでしょうね。さっきまで一緒にいたくらいだもの」
その言葉に、私はドキッとしてしまう。そのわずかな反応を彼女たちは見逃していなかった。
「……やっぱり」
「伊薙君が持ってたレシピノート持ってるからそうじゃないかって思ってたんだよね」
「そうやって裏でこそこそ伊薙君をモノにしようとしてるんじゃない。だからあんたが嫌いなのよ」
「ち、違うの。伊薙君とは偶然――」
「うっさい!」
私の手からレシピノートが奪い取られる。そして激情のままに、彼女はそれを床に叩きつけた。
「何するの!?」
「たかがレシピノートじゃない! しかもオンボロの!」
「やめて!」
取り返そうとする私の手が届く前に、レシピノートが蹴り飛ばされ、床を滑って離れていく。
「なによ、どうせ部室に何冊もあるじゃない!」
そして、その先にいた子に思い切り踏みつけられる。もう一人も駆け寄って一緒に踏みつけ始める。
「やめて! お願い、やめて!」
「お願いだって。あんたが?」
「マジうける。こんなボロいノートがそんなに大事なの?」
このノートは歴代の料理部の人たちが考えたレシピを収めたものと言うだけじゃない。私にとっては母親のレシピが収められた特別思い入れのある一冊だ。その大切な思い出が踏みにじられ、穢されていく。
「あ……ああ」
靴跡をつけられ、ページが破かれて打ち捨てられたレシピノートを前に、私は膝をついた。そんな私の姿を、彼女たちは指を差して大笑いしていた。
「あー、スーッとした」
「ねー、やめる前にスカっとした」
「え……やめるって?」
震える私を歪んだ笑顔で見下ろし、二人は続けた。
「あたしたち、今日で部活辞めるから」
「な、なんで……? 学校祭、近いんだよ?」
学校祭では料理部全員が貴重な戦力だ。こんな近い時期に二人も抜けられたら他の子たちにも迷惑がかかってしまう。
「だって、面白くないんだもん」
「私たち、早めに受験の準備しなくちゃ間に合わないし。何でもできるあんたと違ってね」
「有名な部活だし、入れば内申に有利だと思ってたけど、あたしらが頑張っても評価されるのって部長のあんただけじゃない。レストランの取材だってあんたばっかり目立ってるし」
「今、あたしらが抜けたら人手も足りないし、メニューも決まってないしで困るでしょ?」
「……そんな」
「せいぜい学校祭で失敗して内申に傷でもついちゃえばいいのよ」
「それじゃ私たち、カバンとって帰るから。じゃあねー」
晴れやかな顔で二人が教室を出ていく。夕陽に染まる教室の中で、私は呆然と足下のノートだったものを見下ろしていた。
「――あーあ。酷いことするよね」
「っ!?」
突然、他に誰もいなかったはずの教室の中で声がした。私は驚き振り返る。
そこには教卓に腰掛け、脚をぶらぶらとさせながらこちらを見つめる一人の少年がいた。
「あなた、誰……?」
「あはは。“誰そ彼?”なんてまさに今のシチュエーションにぴったりだ。見事な夕暮れだもんね」
窓の外に目を向けながら彼はそう評する。この学校の制服のズボンにワイシャツの姿からこの学校の生徒なのかもしれない。だけど、私は三年目になる今年まで彼の姿を見たことは一度もない。
それに、どうしてかわからないけど――夕陽が差し込んでいる教室なのに、顔が照らされているはずなのに――私からは彼の顔が見えないのだ。
「誰そ彼と 我をな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つ我そ……か」
「え?」
「万葉集だよ。ご存じない?」
調子のいい男子の声色。だけど、どうしてだろう。言いようのない恐怖と不安が私の中に芽生えている。
「誰ですかあの人はと私に聞かないでください。九月の露に濡れながらあなたを待っている私のことを……まあ、今は九月でも、雨が降ってるわけでもないんだけどね」
「何が言いたいの……?」
おどけた素振りで彼の真意が読めない。彼は教卓から床に降りると、ポケットから何かを取り出した。
「歌の通り、見つけたんだよ。君を」
それは古びた鏡だった。鏡面は綺麗だけど、縁の部分は蛇をかたどった装飾が鏡を廻り、禍々しい雰囲気を放っていた。
『悔しいんでしょ?』
「っ!?」
鏡の中の私が、見たことのない邪悪な笑みを浮かべながら私に向けて話しかけて来た。
『大切にしていたものを穢されて、踏みにじられて』
私の心を見透かしたような言葉。それも、それを発したのは他ならない自分自身からだ。
『許せないでしょ。あの二人を』
「違う。そんなこと、私は望んでない!」
『そう……残念ね。せっかくお母さんが来てくれるのに』
「……っ!」
自分の言葉が心の痛いところを的確につき、抉って来る。
『先輩たちも来てくれるのに、こんなにボロボロにされたノートを見たら悲しむでしょうね』
「それ……は」
みんなで学校祭を成功させる。それが私の願いだった。お母さんの様に。だから誰かを恨んだり、妬んだりしてトラブルが起きないよう心を砕いて来た。
あの二人にしたってそうだ。話せばわかってくれる。そう思っていたのに――。
『私は悪くないのに?』
「え……?」
『悪くないのに、あっちが勝手に因縁をつけて私に辛く当たってるだけじゃない』
押し込めて、言葉にしないようにしていたどす黒い感情に焦点が当てられてしまう。それを知覚してしまえば、もう見ないふりはできなかった。
『あなたは頑張ってる。あの子たちはそれも知らずにただ妬んでいるだけじゃない。どっちが正しいかしら?』
「そ、それは……」
『大丈夫、私が一番わかっているから』
その甘い言葉に、心が揺さぶられる。
『大丈夫。私が守るから』
「私が……」
見えてしまう。私の本当の気持ちが。
「言ったらいけない」その一言一句が明確に。
『あの二人さえいなければ、全部上手くいくのよ』
「あの二人……が」
そして、最後に発したその一言で、私の心は反転した。
『ね、いなくなっちゃえばいいのに』
「うん、いなくなっちゃえばいいのに」
あれほど心の中に渦巻いていた気持ちが、今は晴れている。
なんだ、簡単なことなんじゃないか。
気持ちを押し殺して何の意味があったのか。
もっと自分の気持ちに素直になって良いんだ。
「くくく……さあ、我慢しなくていいんだよ」
私の前に立つ人が、何か声をかけて来る。でも、どうしてだろう。さっきまで得体の知れなかった彼に対して、今は安心感を抱いている。
「そう、それが君の本心だ。君はあの二人がいなくなればいいと思ってる」
「……そうなんだ」
まるで、自分の意思で発した声じゃないみたいだ。
自然に、私は首を垂れてその行為を受け入れた。
「そんな君に贈り物だ」
首飾りが彼の手でかけられる。彼の笑顔から伝わるどす黒い悪意が何故か心地よい。
胸元で紫色の石――ああ、日本史の資料集で見たことのある装身具だ――勾玉が黒い靄の様なものを放っていた。
「――その闇、解き放ってあげるよ」
「あ……あああああああ!」
そしてその勾玉が、ひと際強く輝いたと思った直後、何かが私の中から出ていく。天井でそれは集まり、何かの姿を形作っていく。
「あはははは! いいぞ。最初の御魂にしては上等だ!」
もう何も聞こえなかった。私の中を支配するのは、大切なものを傷つけられた強い悲しみ――慟哭。
「さあ行けミサキ! 全てを壊すんだ!」
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