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第二章「嫉妬の荒魂」
第12話 守るべきもの
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朝食を終えた海斗は石段を上っていた。その手には箒と塵取りとゴミ袋が握られている。
これから向かうのは伊薙家の管理する土地にある小さな神社だ。普段は親戚が宮司として管理しているのだが、時々武志が掃除に行っている。今日は海斗が学校も休みということで、連れて行かれることになった。
「はあ、はあ……」
『海斗、おじいちゃんみたいよ』
「うっさい……じいちゃんが化け物なんだよ」
海斗の四倍以上の年齢である武志は長い石段をものともせず上りきり、既に上で彼の到着を待っていた。
そもそも、まだダメージの抜け切っていない体に長い階段はこたえる。海斗としては、せっかくの臨時休校なので家でゆっくり休みたかったのだが、天井の穴の修理を武志の知り合いの業者に頼んでくれると言われれば彼に選択肢は存在しなかった。
「着いた……って、うわあ」
何とか目的地、天原神社に到着した。ここは伊薙家の氏神が祭られているとされている。海斗も幼い頃から何度も訪れ、美波や御琴とここで遊んだこともある。思い出の場所ともいえる場所だ。しかし、彼を出迎えたのはそんな懐かしさを誘うものではなく、悲惨ともいえる光景だった。
境内に散らかるコンビニ弁当の残骸や空き缶。あちこちに落ちているタバコの吸い殻。花火のあと。酒のつまみだろうか、何らかの食品が入っていた袋も落ちている。
「何だこれ」
「二日前、街の馬鹿者どもがここで大騒ぎをやらかしおってのう、ゴミばかり残して行きおったんじゃ」
この神社は街を一望できる。だから夜には夜景を見るために密かに入り込む人もいると海斗は聞いていた。伊薙家も憩いの場として住民に親しまれていることからある程度は見逃していたのだが、さすがに乱痴気騒ぎの場所になったのであれば黙っていない。
武志も参加し、親戚の宮司と共にそれらの面々を取り押さえて警察に突き出したのだと言う。その際の乱闘で宮司がケガをしたため、しばらく管理は武志に任されたのだ。
「まあ、いくら若くても酔っ払いごとき、わしの敵じゃあないがの!」
『……このおじいさん、本当に七十七歳?』
「俺もちょっと自信ない」
武志が杖をついて歩くような光景が想像できない。もしかしたら百歳になっても剣を振っているのではないだろうかと海斗は思う。割と本気で。
「さて、無駄話はこのくらいにして……始めるかの」
「了解。俺はどこを掃除すればいい?」
「境内はわしがやった方がいいじゃろ。なんせ色々動かされておるからのう。罰当たりめが」
酒に酔った勢いなのか、どうやらここに入り込んだ酔っ払いたちは神社の物にも手を付けていたらしい。狛犬の向きなどがおかしい。境内にある色々な物の位置が記憶と違っていた。
「そっか、それだとよく来てるじいちゃんの方がわかるよな。それじゃ、社の裏側かな?」
「うむ。ゴミ袋がいっぱいになったら持ってこい。新しいのと取り換えてやる」
「あいよ」
掃除道具を担ぎ、海斗は社の裏へと回る。こちらも境内と似たような惨状だった。
「こりゃ酷いな」
恐らくは気づかれずに放置されていたものもあるのだろう。社の裏だけでなく、その先の森の中にもちらほらゴミが捨てられているのが見えた。
『……酷いわね。神社を何だと思ってるのかしら』
「ミサキ?」
『神社は神を祀る大切な場所よ。いくら日本人に信心が薄くなったとはいえ、ないがしろにしていい場所じゃないでしょ!』
ミサキが怒りをあらわにする。大切な場所を穢されたという思い、そのあまりの強さに驚き、海斗の怒りの方が収まってしまったほどだ。
『私、どこまでゴミが落ちてるか見て来る』
「え、見て来るって?」
直後、体から何かが抜け出たような感覚があった。海斗がミサキに呼び掛けるが声は返ってこない。
「そうか、自由に動けるようになったんだっけ」
言葉が返ってこないことがむしろ違和感を覚える。一緒にいたのはまだたった一日のことなのに、少し寂しさを感じた。
「まあ、向こうは任せてこっちも掃除を始めるか」
まずは大きいゴミを拾い上げ、次から次へと袋へと放り込んでいく。夏の暖かさの影響もあり、ゴミは強烈な悪臭を放っていた。あまりの臭いに吐き気が沸き上がってくるが、それが昨日の怪異をまた思い起こさせる。
「……また、何か起こるのかな」
昨日はかろうじて難を逃れることができたが、襲われる場所、状況によっては海斗も病院行きか、最悪の事態に陥っていた可能性はある。それに夢のことがまだ引っかかる。
「『み……を守れ』か」
ミサキに語り掛けていた相手が言った「み」という何か。言葉が聞き取りづらく、たった一文字しか聞き取れなかったが、「守れ」という言葉までに間隔があったことから、恐らく何かの頭文字ではないかと考えられる。
「守れってことは人か、それとも物だよな。知ってる人だと美波、御琴、深雪……候補が多いな」
そもそも「みんな」と言いたかった可能性もある。そうだとしたらあまりにも漠然としている。それにミサキ、あるいは彼女にそれを守ることを依頼した誰かと彼女らにどのような関係があるのかもわからない。
「あー、せめて『み』が何のことかわかればな」
『「み」がどうしたの?』
「おわっ!?」
返ってくると思っていなかった独り言に言葉を返され、海斗は驚き飛び上がった。
「いつの間に戻って来たんだよ!?」
『たった今よ。そんなに驚かれると、さすが腹が立つわね』
「仕方ないだろ。近づいてくるのがわからないんだから」
『はあ、やっぱり不便ね……』
足音でも聞こえれば誰かが近づいてくるのはわかる。だがミサキは霊体だ。足音はおろか、気配すら感じられない。
『あ、そうそう。向こうにちょっと気になるものを見つけたんだけど』
「向こう?」
『うん。洞窟』
「ああ、あの洞窟のことか」
『知ってるの?』
「昔はこの辺でよく遊んだからな。じいちゃんからは絶対に中に入らないようにうるさく言われてたよ。なんでも『あの世に通じておるからな!』だって」
今思えば、子供が危険な場所へ入らないようにするための言葉だったのだろう。事実、幼い頃の海斗たちはその言葉を恐れて洞窟には近づかないようにしていた。ただ、先の事件を経験した身としては冗談に聞こえにくいものがある。
『確かに子供なら、怖くて奥に入ろうなんて思わないでしょうね』
「そうそう。それを信じさせるために注連縄まで張っていたからな」
『え、注連縄なんてなかったけど?』
海斗は首を傾げる。武志からも「罰が当たるから」と触らないよう言われていた。さすがに大きくなってもその話を信じていたわけではないが、だからと言って触るつもりもなかった。
「変だな。じいちゃんに聞いてみるか」
海斗は境内で箒をはいていた武志を呼び、洞窟へ向かう。しかし注連縄のない洞窟の入り口を前に彼も首をひねっていた。
「ううむ、先週ここへ来た時にはちゃんと張ってあったんじゃがのう?」
「じゃあ、例の大騒ぎした人たち?」
「そうかもしれんのう……肝試しもしとったという話じゃから」
武志が言うには例の若者たちは最初、境内で飲み会をしていたらしい。その中で誰かが洞窟を見つけ、酔った勢いで肝試しを始めたらしい。だが、その途中でグループの一人が暴れだし、殴り合いになった。その騒ぎを聞きつけた宮司と連絡を受けた武志が取り押さえたのだという。
「仲間内でも首をかしげているみたいじゃ。普段は大人しい奴なのに、その時ばかりは人が変わったように狂暴になったんじゃと」
海斗は既視感を覚える。まるで昨日の深雪が豹変した時のようだと。
「なあ、じいちゃん。もしかしてその人、何も覚えてなかったとか?」
「うむ。何も覚えていないみたいじゃ。相当酒が入っていたんじゃろうな」
『まさか……』
その言葉に、海斗もミサキも息を呑んだ。確かに酒が入っていればあり得る話だ。だが、事件があまりにも酷似している。
「しかし、『三日月』に被害が無かっただけでも良かったわい。あれが持ち出されたり、折られたりしておったらご先祖様に申し訳が立たんところじゃったわ」
「三日月?」
「なんじゃ、覚えておらんのか? この神社の御神体の刀じゃよ」
武志が社の方を指さす。
「まあ、国宝の三日月宗近とは別の刀じゃがな。誰が打ったかは分かっておらんが、ご先祖様から受け継いだ大切な刀じゃ。わしら子孫はそれをしっかり守らねばならん」
「三日月……みかづき」
『「み」のついた、守るべきもの……』
「海斗よ。大人になれば酒も飲むこともあるじゃろう。じゃが、酒は飲んでも呑まれるな。あんな奴らみたいになっちゃいかんぞ?」
「う、うん……」
「さて、わしは掃除に戻る。海斗も頑張るのじゃぞ」
武志の言葉はもうほとんど海斗の耳に入って来なかった。
乱闘事件が起きたのは二日前、深雪の事件があったのが昨日。海斗が夢で見て、ミサキが思い出した「み」を守れという言葉、そして御神刀の三日月。全てに何か関連があるのではないかと思ってしまう。
『ねえ、海斗。洞窟の入口のあたり、見てもらっていい?』
「え?」
考え込む海斗にミサキから声がかかる。
『さっき見た時に何かが埋まっている気がしたんだけど、私じゃ確認できないのよ』
「わかった」
ミサキの言う場所を確認する。洞窟の入り口の脇の場所。草むらの中に確かに何か固い感触があった。海斗は草を抜き、土を払ってそれを見つけた。
「石?」
それは、下半分が地面に埋まった大きな石だった。見れば反対側にも同じようにして石が埋まっている。その配置から、明らかに人為的に埋められたものだと分かった。だが海斗とミサキはそれを見て、更なる違和感を抱く。
『割れてるわね』
「反対側も割れているみたいだ。何だろう」
『……私の推測だけど、いい?』
海斗は息をのんで頷く。オカルト関係の知識は海斗よりもミサキの方がある。それは昨日の事件で彼もわかっている。だから彼が考えるよりは判断の材料を与えてくれると考えられた。
『まず注連縄ってね、現世と常世を分ける境界線の役割を持っているの』
「現世と常世?」
『わかりやすく言えば私たちの今いる現実世界と神様のいる世界、あるいはあの世、黄泉の国なんて言い方もあるわね』
神様の国。黄泉の国。普通なら疑うような話だが、昨日の怪異に巻き込まれた海斗はそれを話半分に聞ける立場ではない。彼女の言葉にしっかりと耳を傾ける。
『そしてもう一つ、注連縄には役割があるの。それが厄や禍を祓うこと』
「厄を……祓う」
『そこを踏まえて、この石が何なのかということなんだけど……たぶん、要石じゃないかと思うの』
「かなめいし?」
それは、初めて聞く言葉だった。ミサキは説明を続ける。
『地の底に封じられているものを押さえつける役割を持つ石のことよ。わかりやすく言えば結界の一種ね』
「結界……あれ、注連縄も言ってしまえば常世と現世を区切るための結界だよな?」
『その通りよ。つまりこの場所は注連縄で禍を断ち、要石でも何かを押さえつけるという二重の結界が張られていたことになるわ』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃあ……」
『ここに何かが封じられていたのは間違いないと思う』
海斗は寒気が走った。それは洞窟の中から出て来る冷たい空気のせいもあるかもしれない。だが、その冷え切った空気はミサキの話に出た黄泉の国を連想させてしまう。
そう考えてしまうと、目の前の真っ暗な入口が見ているだけで吸い込まれてしまいそうな化け物の口に見えてしまう。思わず海斗は後ずさった。
「あれ……?」
後ろに踏み出したその拍子に、海斗の足に何かが当たる。
それは見覚えのある形だった。つい昨日、目の前で見た物とよく似ていた。
『ちょっと、これって!?』
ミサキもそれを見て驚く。それは動物の牙のように弓なりに曲がる、玉のような石。
「勾玉?」
落ちていたのは白い勾玉。
そして、割れた要石の断面にもその形がくっきりと刻まれているのだった。
これから向かうのは伊薙家の管理する土地にある小さな神社だ。普段は親戚が宮司として管理しているのだが、時々武志が掃除に行っている。今日は海斗が学校も休みということで、連れて行かれることになった。
「はあ、はあ……」
『海斗、おじいちゃんみたいよ』
「うっさい……じいちゃんが化け物なんだよ」
海斗の四倍以上の年齢である武志は長い石段をものともせず上りきり、既に上で彼の到着を待っていた。
そもそも、まだダメージの抜け切っていない体に長い階段はこたえる。海斗としては、せっかくの臨時休校なので家でゆっくり休みたかったのだが、天井の穴の修理を武志の知り合いの業者に頼んでくれると言われれば彼に選択肢は存在しなかった。
「着いた……って、うわあ」
何とか目的地、天原神社に到着した。ここは伊薙家の氏神が祭られているとされている。海斗も幼い頃から何度も訪れ、美波や御琴とここで遊んだこともある。思い出の場所ともいえる場所だ。しかし、彼を出迎えたのはそんな懐かしさを誘うものではなく、悲惨ともいえる光景だった。
境内に散らかるコンビニ弁当の残骸や空き缶。あちこちに落ちているタバコの吸い殻。花火のあと。酒のつまみだろうか、何らかの食品が入っていた袋も落ちている。
「何だこれ」
「二日前、街の馬鹿者どもがここで大騒ぎをやらかしおってのう、ゴミばかり残して行きおったんじゃ」
この神社は街を一望できる。だから夜には夜景を見るために密かに入り込む人もいると海斗は聞いていた。伊薙家も憩いの場として住民に親しまれていることからある程度は見逃していたのだが、さすがに乱痴気騒ぎの場所になったのであれば黙っていない。
武志も参加し、親戚の宮司と共にそれらの面々を取り押さえて警察に突き出したのだと言う。その際の乱闘で宮司がケガをしたため、しばらく管理は武志に任されたのだ。
「まあ、いくら若くても酔っ払いごとき、わしの敵じゃあないがの!」
『……このおじいさん、本当に七十七歳?』
「俺もちょっと自信ない」
武志が杖をついて歩くような光景が想像できない。もしかしたら百歳になっても剣を振っているのではないだろうかと海斗は思う。割と本気で。
「さて、無駄話はこのくらいにして……始めるかの」
「了解。俺はどこを掃除すればいい?」
「境内はわしがやった方がいいじゃろ。なんせ色々動かされておるからのう。罰当たりめが」
酒に酔った勢いなのか、どうやらここに入り込んだ酔っ払いたちは神社の物にも手を付けていたらしい。狛犬の向きなどがおかしい。境内にある色々な物の位置が記憶と違っていた。
「そっか、それだとよく来てるじいちゃんの方がわかるよな。それじゃ、社の裏側かな?」
「うむ。ゴミ袋がいっぱいになったら持ってこい。新しいのと取り換えてやる」
「あいよ」
掃除道具を担ぎ、海斗は社の裏へと回る。こちらも境内と似たような惨状だった。
「こりゃ酷いな」
恐らくは気づかれずに放置されていたものもあるのだろう。社の裏だけでなく、その先の森の中にもちらほらゴミが捨てられているのが見えた。
『……酷いわね。神社を何だと思ってるのかしら』
「ミサキ?」
『神社は神を祀る大切な場所よ。いくら日本人に信心が薄くなったとはいえ、ないがしろにしていい場所じゃないでしょ!』
ミサキが怒りをあらわにする。大切な場所を穢されたという思い、そのあまりの強さに驚き、海斗の怒りの方が収まってしまったほどだ。
『私、どこまでゴミが落ちてるか見て来る』
「え、見て来るって?」
直後、体から何かが抜け出たような感覚があった。海斗がミサキに呼び掛けるが声は返ってこない。
「そうか、自由に動けるようになったんだっけ」
言葉が返ってこないことがむしろ違和感を覚える。一緒にいたのはまだたった一日のことなのに、少し寂しさを感じた。
「まあ、向こうは任せてこっちも掃除を始めるか」
まずは大きいゴミを拾い上げ、次から次へと袋へと放り込んでいく。夏の暖かさの影響もあり、ゴミは強烈な悪臭を放っていた。あまりの臭いに吐き気が沸き上がってくるが、それが昨日の怪異をまた思い起こさせる。
「……また、何か起こるのかな」
昨日はかろうじて難を逃れることができたが、襲われる場所、状況によっては海斗も病院行きか、最悪の事態に陥っていた可能性はある。それに夢のことがまだ引っかかる。
「『み……を守れ』か」
ミサキに語り掛けていた相手が言った「み」という何か。言葉が聞き取りづらく、たった一文字しか聞き取れなかったが、「守れ」という言葉までに間隔があったことから、恐らく何かの頭文字ではないかと考えられる。
「守れってことは人か、それとも物だよな。知ってる人だと美波、御琴、深雪……候補が多いな」
そもそも「みんな」と言いたかった可能性もある。そうだとしたらあまりにも漠然としている。それにミサキ、あるいは彼女にそれを守ることを依頼した誰かと彼女らにどのような関係があるのかもわからない。
「あー、せめて『み』が何のことかわかればな」
『「み」がどうしたの?』
「おわっ!?」
返ってくると思っていなかった独り言に言葉を返され、海斗は驚き飛び上がった。
「いつの間に戻って来たんだよ!?」
『たった今よ。そんなに驚かれると、さすが腹が立つわね』
「仕方ないだろ。近づいてくるのがわからないんだから」
『はあ、やっぱり不便ね……』
足音でも聞こえれば誰かが近づいてくるのはわかる。だがミサキは霊体だ。足音はおろか、気配すら感じられない。
『あ、そうそう。向こうにちょっと気になるものを見つけたんだけど』
「向こう?」
『うん。洞窟』
「ああ、あの洞窟のことか」
『知ってるの?』
「昔はこの辺でよく遊んだからな。じいちゃんからは絶対に中に入らないようにうるさく言われてたよ。なんでも『あの世に通じておるからな!』だって」
今思えば、子供が危険な場所へ入らないようにするための言葉だったのだろう。事実、幼い頃の海斗たちはその言葉を恐れて洞窟には近づかないようにしていた。ただ、先の事件を経験した身としては冗談に聞こえにくいものがある。
『確かに子供なら、怖くて奥に入ろうなんて思わないでしょうね』
「そうそう。それを信じさせるために注連縄まで張っていたからな」
『え、注連縄なんてなかったけど?』
海斗は首を傾げる。武志からも「罰が当たるから」と触らないよう言われていた。さすがに大きくなってもその話を信じていたわけではないが、だからと言って触るつもりもなかった。
「変だな。じいちゃんに聞いてみるか」
海斗は境内で箒をはいていた武志を呼び、洞窟へ向かう。しかし注連縄のない洞窟の入り口を前に彼も首をひねっていた。
「ううむ、先週ここへ来た時にはちゃんと張ってあったんじゃがのう?」
「じゃあ、例の大騒ぎした人たち?」
「そうかもしれんのう……肝試しもしとったという話じゃから」
武志が言うには例の若者たちは最初、境内で飲み会をしていたらしい。その中で誰かが洞窟を見つけ、酔った勢いで肝試しを始めたらしい。だが、その途中でグループの一人が暴れだし、殴り合いになった。その騒ぎを聞きつけた宮司と連絡を受けた武志が取り押さえたのだという。
「仲間内でも首をかしげているみたいじゃ。普段は大人しい奴なのに、その時ばかりは人が変わったように狂暴になったんじゃと」
海斗は既視感を覚える。まるで昨日の深雪が豹変した時のようだと。
「なあ、じいちゃん。もしかしてその人、何も覚えてなかったとか?」
「うむ。何も覚えていないみたいじゃ。相当酒が入っていたんじゃろうな」
『まさか……』
その言葉に、海斗もミサキも息を呑んだ。確かに酒が入っていればあり得る話だ。だが、事件があまりにも酷似している。
「しかし、『三日月』に被害が無かっただけでも良かったわい。あれが持ち出されたり、折られたりしておったらご先祖様に申し訳が立たんところじゃったわ」
「三日月?」
「なんじゃ、覚えておらんのか? この神社の御神体の刀じゃよ」
武志が社の方を指さす。
「まあ、国宝の三日月宗近とは別の刀じゃがな。誰が打ったかは分かっておらんが、ご先祖様から受け継いだ大切な刀じゃ。わしら子孫はそれをしっかり守らねばならん」
「三日月……みかづき」
『「み」のついた、守るべきもの……』
「海斗よ。大人になれば酒も飲むこともあるじゃろう。じゃが、酒は飲んでも呑まれるな。あんな奴らみたいになっちゃいかんぞ?」
「う、うん……」
「さて、わしは掃除に戻る。海斗も頑張るのじゃぞ」
武志の言葉はもうほとんど海斗の耳に入って来なかった。
乱闘事件が起きたのは二日前、深雪の事件があったのが昨日。海斗が夢で見て、ミサキが思い出した「み」を守れという言葉、そして御神刀の三日月。全てに何か関連があるのではないかと思ってしまう。
『ねえ、海斗。洞窟の入口のあたり、見てもらっていい?』
「え?」
考え込む海斗にミサキから声がかかる。
『さっき見た時に何かが埋まっている気がしたんだけど、私じゃ確認できないのよ』
「わかった」
ミサキの言う場所を確認する。洞窟の入り口の脇の場所。草むらの中に確かに何か固い感触があった。海斗は草を抜き、土を払ってそれを見つけた。
「石?」
それは、下半分が地面に埋まった大きな石だった。見れば反対側にも同じようにして石が埋まっている。その配置から、明らかに人為的に埋められたものだと分かった。だが海斗とミサキはそれを見て、更なる違和感を抱く。
『割れてるわね』
「反対側も割れているみたいだ。何だろう」
『……私の推測だけど、いい?』
海斗は息をのんで頷く。オカルト関係の知識は海斗よりもミサキの方がある。それは昨日の事件で彼もわかっている。だから彼が考えるよりは判断の材料を与えてくれると考えられた。
『まず注連縄ってね、現世と常世を分ける境界線の役割を持っているの』
「現世と常世?」
『わかりやすく言えば私たちの今いる現実世界と神様のいる世界、あるいはあの世、黄泉の国なんて言い方もあるわね』
神様の国。黄泉の国。普通なら疑うような話だが、昨日の怪異に巻き込まれた海斗はそれを話半分に聞ける立場ではない。彼女の言葉にしっかりと耳を傾ける。
『そしてもう一つ、注連縄には役割があるの。それが厄や禍を祓うこと』
「厄を……祓う」
『そこを踏まえて、この石が何なのかということなんだけど……たぶん、要石じゃないかと思うの』
「かなめいし?」
それは、初めて聞く言葉だった。ミサキは説明を続ける。
『地の底に封じられているものを押さえつける役割を持つ石のことよ。わかりやすく言えば結界の一種ね』
「結界……あれ、注連縄も言ってしまえば常世と現世を区切るための結界だよな?」
『その通りよ。つまりこの場所は注連縄で禍を断ち、要石でも何かを押さえつけるという二重の結界が張られていたことになるわ』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃあ……」
『ここに何かが封じられていたのは間違いないと思う』
海斗は寒気が走った。それは洞窟の中から出て来る冷たい空気のせいもあるかもしれない。だが、その冷え切った空気はミサキの話に出た黄泉の国を連想させてしまう。
そう考えてしまうと、目の前の真っ暗な入口が見ているだけで吸い込まれてしまいそうな化け物の口に見えてしまう。思わず海斗は後ずさった。
「あれ……?」
後ろに踏み出したその拍子に、海斗の足に何かが当たる。
それは見覚えのある形だった。つい昨日、目の前で見た物とよく似ていた。
『ちょっと、これって!?』
ミサキもそれを見て驚く。それは動物の牙のように弓なりに曲がる、玉のような石。
「勾玉?」
落ちていたのは白い勾玉。
そして、割れた要石の断面にもその形がくっきりと刻まれているのだった。
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