ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~

結葉 天樹

文字の大きさ
16 / 66
第二章「嫉妬の荒魂」

第15話 三人での家路

しおりを挟む
「あはは……ごめん。迷惑かけちゃったね」
「ほんとうだよー。御琴みこちんが溺れるなんてびっくり」

 放課後になって海斗かいと美波みなみは保健室を訪れていた。ベッドに寝たまま、御琴みことはばつの悪い顔を浮かべる。

「でも、カイくんが早く気づいてくれてよかった」
「そうだね。海斗かいと、ありがと」
「あ、ああ……」

 幸い、引き上げるのが早かったお陰で御琴みことは少し水を飲んだ程度で済んだ。それもミサキがすぐに海斗かいとに知らせ、救助に向かえたからだ。だが――。

『……』

 海斗かいとは居心地の悪さを感じていた。正確にはミサキから伝わって来た感情なのだが、御琴みことを救助してからは彼女は全く何もしゃべろうとしなかった。
 当然かもしれない。憑依した相手の体を乗っ取り、本人の意志に関係なく動かす。そんな得体の知れない力を発揮して操った相手にどう言葉をかければいいのか。

「ダメだよ御琴みこちん。そんな体で部活なんて!」

 美波みなみの悲鳴に近い声で海斗かいとは我に返る。見れば御琴みことがベッドから起き上がろうとしていた。

「おい、部活に行く気なのかよ」
「だって……」
「そうだ。今日は休め八重垣やえがき

 カーテンを開け、黒ジャージの体育教師が顔をのぞかせた。海斗かいとの母親の咲耶さくやだ。彼女は水泳部の顧問でもあるので御琴みことは気まずそうにうつむいた。

「……咲耶さくやおばさん」
伊薙いなぎ先生だ。ここは学校だぞ。けじめはつけろ」
「はーい」
「あれ? 母さんだってあの時、『御琴みことちゃん』って言ってなかったか?」
「黙れ海斗かいと。お前だけ保健体育のレポート書かせるぞ。性教育限定で」
「ひでえ。横暴だ!」
「当たり前だ。長い間、こんないい子が二人も一緒にいるんだ。間違いが起きないように正しい知識を息子に与えておくのは教育者としても親としても当然の義務だ」

 正しい意見のように聞こえるが、その実めちゃくちゃだ。海斗かいとは本当にこの母親が教育者なのかと思いたくなるが、これでも彼女は教師としての評判はすこぶる良かったりする。また、このやり取りもいつもの伊薙いなぎ家の光景なので見慣れた美波みなみ御琴みことは苦笑いを浮かべていた。
 そして咲耶さくや海斗かいとを押しのけ、御琴みことと視線を合わせて話し始める。

八重垣やえがき、お前が焦る気持ちはわかる。だけどな、水泳をやろうとするな」
「……っ!」

 御琴みことが気まずそうに視線を逸らす。咲耶さくやは「やっぱりか」と眉をひそめる。

「水泳選手は消費カロリーが段違いなのはわかっているだろ。そんなガス欠の状態で泳ごうとしていたのか」
「……今日は朝が忙しかったから、ついサプリメントだけで」
「……サプリメントは栄養補助食品だ。足りない分を補うためのものだぞ。まずはちゃんと食べてからだ。ほら、購買でパンを買ってきてやったから食え」
「でも、パンの代金……」
「子供が細かいことを気にするな」

 恐る恐る御琴みこと咲耶さくやからパンを受け取る。その有無を言わせない視線に渋々口をつけた。

「別に土曜日あしたの記録会に出るなとは言ってない。万全の状態で挑むためにも今日は休んで体調を整えろと言っているんだ」
「……はい」
「明日?」
「そう。明日は今年最初の記録会なんだよ。タイムにこだわるあまり体調管理で無茶をする奴が毎年出るんだが……今年は八重垣か」
「……すいません」
「親御さんもお前に気を使ってご飯を作ってくれているんだ。ちゃんと食べて来い」
「……はい」

 その答えに咲耶さくやは深く頷き、ふっと優しい目になる。教師としてではなく、一人の親としての目だ。そして海斗かいとに目を向けて言う。

海斗かいと御琴みことちゃんを送ってやれ」
「ああ、わかった」
「あ、私も行きます。今日は料理部もお休みなので」
「悪いね美波みなみちゃん。今の御琴みことちゃんじゃ海斗かいとがオオカミになったら抵抗できないから」
「ならねえよ!」
「……いや、むしろなった方がいいのか?」
「本当に親かあんた!?」

 くっくっくと咲耶さくやが笑いを漏らす。海斗かいととのやり取りがとても楽しそうだと、美波みなみは少し羨ましそうな目でその光景を見ていた。

「ほら、もう帰れ。これ以上ウダウダ言うならレポートを小説風に書くように限定するぞ」
「出すことは前提かよ!?」
「大丈夫。青少年の抑圧された性欲を余すことなく書けばいい。父さんと一緒に評定をつけてやる」
「なんの辱めだよそれは!?」

 これ以上この場にいては何を言われるかわからない。海斗かいと美波みなみ御琴みことを連れ、保健室を出ていく。

「さて、私も部活へ行きますか……しかし、こうも連続して事件が起こるとはね」

 先日校内で起きた集団失神事件。結局原因は不明のままだ。誰にも健康被害が出ていないのが不幸中の幸いだが、まだしばらく調査は続きそうだった。
 そこに御琴みことの事故だ。相次ぐ事件事故に生徒たちの間でもわずかながら動揺が見えている。

「……あいつらにいい思い出を作らせてやりたいんだけどね」

 先の事件では美波みなみが、今回は御琴みことが。自分の知り合いが二人も巻き込まれている。しかもどちらの事件でも自分の息子が救護に関わっている。
 これは偶然なのか、咲耶さくやには結論は出せない。養護教諭に挨拶をして咲耶さくやは保健室を後にするのだった。


◇     ◇     ◇


 家路についた三人は、夕陽の照らす街中を歩いていた。

「なんか久しぶりだねー、三人で帰るの」
「いつもは全員バラバラだからな」

 美波みなみは料理部。御琴みことは水泳部。海斗かいとは無所属と全員放課後の行動が違う。文科系と運動系でも帰る時間は違うし、学校祭が近づいてからは美波みなみの帰る時間も不定期だ。海斗かいとがどちらかと一緒に帰ることはあっても三人同時は珍しい。

「でも、みんな大げさだよ。たった一日ご飯抜いただけだよ?」
「朝も倒れそうになったくせに何言ってるんだよ」
「あはは……それ言われちゃ反論できないや」
「無茶は禁物だよ御琴みこちん。カイくんのお母さんも言ってたけど、何か焦ってたの?」

 御琴みことは少し言うのを躊躇う。それでもうつむきがちに、自分の足から伸びる影を眺めながら言った。

「……負けたくない後輩がいてね」
「ライバルってやつか?」
「向こうはそう思ってないかもしれないけどね……ほら、中学の時に一緒だったまどかちゃんだよ」
「ああ、水泳部の後輩の」
「うちの高校に入ってたんだねー」

 懐かしい名前だった。中学校の時、御琴みことと同じ水泳部に所属していた一学年下の後輩だ。海斗かいと美波みなみとは委員会で一緒だったことがある。
 と、そこで海斗かいとがある事実に気付く。彼は彼女を普段名字で呼んでいたので気付くのが早かった。

「そう言えば、後輩のまどかって……確か名字が」
「『三木みき』だね」
「それがどうかした?」
「いや……何でもない」

 海斗かいとは額に手をやる。これ以上名前に「み」が付く人物はいないと思っていたが、名字に「み」のつく人物が知人に一人だけいた事を思い出した。
 三木みきまどか――また現れた「み」のつく人物に頭痛がしそうだった。

「あたしが引退してから実力をつけたみたいでね。去年、あたしの中学記録もまどかちゃんが破っちゃった」
「ほえー、凄いね」
「でも先輩として、芦原あしはら高校のホープとして負けるわけにはいかないのよ」

 拳を握りしめて御琴みことが言う。その横顔からは強い決意が見て取れた。

「ねえ、御琴みこちん。記録会って応援に行っていいの?」
「いいと思うよ。今年はあたしの記録更新が注目されているし、新聞記者も見に来るって聞いてるから」
「それじゃ、一緒に応援に行こうぜ美波みなみ
「もちろんなのです!」
「頑張れよ御琴みこと。応援してるからな」
「もち! あたしを誰だと思ってるの。芦原高校のマグロよ!」
「……止まったら死ぬのか」
「……とうとう『ウオ』がつかなくなったね」

 とは言え、御琴みことがやっといつもの調子に戻ったことに海斗かいと美波みなみも安堵する。

「そうだ。記録会が終わったら御琴みこちんのために食事会しようよ」
「いいな。俺たちで何か作ろうぜ。精がつきそうな奴を」
「えー、海斗かいとが言うとなんかやらしー」
「なんでだよ!?」

 いつものやり取りで御琴みことが噴き出す。続いて美波みなみ海斗かいとと笑い始める。

「あー笑った。あ、そろそろこの辺でいいよ」
「家まで送るよ、御琴みこちん?」
「いいのいいの。すぐそこだし、これ以上一緒にいたら話し込んじゃって二人の帰るのが遅くなるよ」
「そっか。それじゃまた明日な」
「うん、また明日」
「ばいばーい」

 御琴みことは手を振って二人を見送る。二人で並んで歩く姿は御琴みことにとっても大切な幼馴染が仲睦まじい、喜ばしい光景だ。
 そんな気持ちのいい気分のまま御琴みことが家に向かって足を向けたその時だった。

「――っ!?」

 突如湧き上がった嘔吐感に、御琴みことはすぐに口を押えて家に駆けこむ。そしてトイレに入ると胃の中にあるものをすべて吐き出した。

「ごめん……咲耶さくやおばさん……ごめんなさい」

 口の中に残る苦い味と喉の奥を焼くような感覚。せっかくもらった好意を無にした罪悪感が御琴みことの中で渦巻く。狭いトイレの中で、御琴みことは膝を抱え、声を押し殺して涙を流す。

「絶対に負けない……負けたくない。まどかにだけは、絶対に」

 そして、そう絞り出すように御琴みことはつぶやくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...