ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~

結葉 天樹

文字の大きさ
17 / 66
第二章「嫉妬の荒魂」

第16話 宣戦布告

しおりを挟む
 土曜日は雲一つない良い天気だった。
 気温も朝からどんどん上がり、昼の記録会の始まる時間帯には今年初の真夏日を記録すると天気予報では言っていた。

「暑い……」

 学校に向かう中、海斗かいとは流れ落ちる汗をぬぐいながら太陽を恨めしそうに見上げた。

「何も今日暑くならなくてもいいのに」
「あはは。まあ水泳するには絶好の日だけどね」

 これから冷たい水の中に飛び込める御琴みことを羨ましく思う。自分もその内プールへ行こう。そう決める海斗かいとだった。

御琴みこちん、今日はちゃんと食べて来た?」
「も、もちろんだよ」
「むー……」

 じっと見つめる美波みなみの視線から御琴みことは耐えきれずに目を逸らす。そして、ため息をつきながらカバンをあさり始めた。

「ぱらぱぱー。どら焼きー!」
「その音、つけなくちゃダメなのか?」

 某ネコ型ロボットのような音と共に、再びカバンからアイテムが出て来くる。なお、海斗かいとの指摘は黙殺スルーされた。

「はい、これ。あんまり泳ぐ前に食べちゃダメだと思うけど、ちょっとはお腹に入れておいた方がいいよ」
「……敵わないなあ、美波みなみには」

 苦笑しつつもどら焼きを御琴みことは受け取る。そして、それをカバンに入れてまた歩き出す。

「部室着いたらちょっと食べるよ」

 既に学校の正門にまで三人は到着していた。ここからは別行動だ。

「……無茶したら、だめだよ?」
「わかってる。さすがにもう一度海斗かいとに助けられるのは恥ずかしいからね」
「頑張れよ」
「もち!」

 サムズアップして御琴みことは背を向ける。海斗かいとたちもプールサイドに設けられた観覧席へと向かう。

「……なあ、ミサキ」
『え、ええっと。私、休日の学校の中って見てみたいから一度離れるね!』
「お、おい!?」

 有無を言わせずミサキが海斗かいとの中から出ていく。昨日の件から海斗かいとがミサキに話しかけようとするたびにこれだ。何かと強引に理由をつけては海斗かいとから離れてしまう。
 海斗かいとは彼女に触れることができないし、一度離れられてしまうと彼には彼女の居場所がわからなくなる。お陰でろくに話もできなかった。

「……あの馬鹿」

 ため息をついて海斗かいとは歩き出す。駐車場では取材に来た新聞社の車を誘導するのに教師たちが忙しなく走り回っていた。



 部室についた御琴みことは水着に着替え、準備運動を始めようとしていた。その時、偶然カバンの中から先程美波みなみからもらったどら焼きが見え、思わず手を伸ばす。

「……」

 だが、昨日の光景が蘇り、それを手に取ることはできなかった。美波みなみ御琴みことが今日も食事を抜いていたことを見抜いていた。だが、その原因にまでは思い至っていない様だった。

「大丈夫……今日を乗り越えれば、また食べられるようになる。きっと」

 日に日に強烈なプレッシャーが彼女を襲っていた。記録を期待されている自分、それを求めている周囲、そしてそんな輝いた自分の姿を見せたい幼馴染たち。それだけならまだ耐えられた。
 自分の後ろを猛烈な勢いで追いかけてくる後輩――三木まどかの存在。それが彼女を焦らせた。既に過去ちゅうがくの自分は敗北している。今年、水泳部に入部してきてその上達ぶりと自信に満ちた姿に脅威を感じた。
 トレーニングの量を増やし、過酷ともいえる量をこなした。食べる物も厳選した。誰よりも陰で努力をした。そんな自負がある。だけど拭いきれない不安。プールでの練習が始まってからはそれがより大きくなる。
 そのフォームに、スピードに、スタートを切るタイミングに、何もかもが自分を上回っているのではないかと恐れを抱き始めた。間違いなく、全国へ行けるレベルだと。自分の立場を脅かす存在だとそこで彼女は認識してしまった。
 そして今日、ここまで積み上げて来たものの結果が出る。いつもなら心地よいくらいのプレッシャーが重苦しく感じてくる。築き上げてきたものを失いたくない。虚勢じゃなく、いつもの自信に満ちた自分でいたい――。

「先輩、ちょっといいですか?」

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えていた御琴みことに声がかかった。振り向けばその後輩ライバル、三木まどかが立っていた。いつの間にか部室には他の部員たちも来ていた。

「……まどか」
「顔色悪いですよ。気分が悪いとか?」
「ううん、何でもない。ちょっと緊張してるのかもね、あはは……」
「よかった……万全じゃない先輩を倒しても面白くありませんからね」

 胸を張ってまどかは御琴みことに燃えるような視線を叩きつける。御琴みことは一瞬、気圧されそうになるが先輩としての矜持がある。立ち上がり、その視線を正面から受け止めた。

「ずっと先輩を追いかけて来たんです。今日は全力で挑みますから、覚悟してください」
「……ええ」
「さて、競泳選手としての宣戦布告はここまで……もう一つ、女としてライバル宣言させてもらいます」
「え?」

 思いもよらぬ台詞に、御琴みことは気を抜いてしまった。そこに彼女の言葉が突き刺さる。

「私は、伊薙いなぎ先輩が好きです」
「――っ!?」
「中学の頃から二人に憧れていました。この高校に入ったのも、八重垣先輩と、伊薙先輩を追いかけて来たからです。先輩を倒したら……私、本気でアプローチしていこうと思っています」
「い、良いんじゃないかな? でも、別に私に言わなくたって――」
「本気で、そう思ってます?」
「え?」
「……気が付いてないならそれでいいです。でも、絶対に負けませんから」

 話を打ち切り、まどかは視線を切る。あぜんとする御琴みことはその後ろ姿を追うことしかできなかった。
 なぜか胸の中がモヤモヤする。まどかは御琴みことに対して発破をかけるつもりでライバル宣言をしたつもりだったのかもしれない。だが、彼女の言葉が時間がたっても御琴みことの中で渦巻く。それは時間が来て、記録会が始まっても続いていた。

「頑張れー、御琴みことー!」
御琴みこちーん、ふぁいとー!」
「……海斗かいと美波みなみん」

 海斗かいとの名前を口にした時、なぜか胸に何かひっかかるものを感じた。海斗かいと美波みなみが並んで座っていることに何か違和感を覚える。
 あそこに自分がなぜいないのか――そんなことはわかっているのに――矛盾して、支離滅裂な理論が頭の中で組み上がる。
 新聞記者たちがカメラを向ける。自分が注目の的になっているのは分かる。だけど、なぜかそちらに興味が向かない。
 海斗かいとに見て欲しい。海斗かいとにこっちを見ていて欲しい。どんどんその気持ちが強くなって来る。

《Take Your Marks》

 合図が聞こえ、御琴みことが飛び込み台に立つ。まだ彼女には自分の中にあるものの正体がわからない。
 集中ができなかった。これから一秒を争う大事な時間が来るというのに、頭の中にあるのはまどかの言葉。

「私は、何か気付いていない……?」

 御琴じぶんを倒したら本気でアプローチをする。その宣言をあえて彼女自身に宣言した。つまりそれは御琴みことをライバルとして見ているという証。まどかがもし、海斗かいとに本気でアプローチをかけて二人がそういう関係になったら――。

「――嫌だ」

 そう思った直後だった。

「しま――っ!?」

 スタートの合図が鳴り響く。一斉に選手たちが飛び込む中、御琴みことは誰が見てもわかるほどに反応が遅れた。
 必死に水をかき、御琴みことは遅れを取り戻そうとする。しかし、元々エネルギーがほとんど空っぽの状態だ。そんな彼女が最初から飛ばして最後まで持つわけがない。皆が見ている中で見る見るうちに失速する。
 彼女がたった五十メートルを泳ぎ切る時間が、期待されていた彼女の凋落ぶりを見せられる観客や、海斗かいとたちにはとてつもなく長く感じた。

御琴みこと……」
御琴みこちん……」

 そして、新星が一躍注目の的となる。まどかは一位。しかも二十五秒台前半。去年の御琴みことが打ち立てた記録を破ってだった。そして御琴みことは――。

「はあ……はあ……そんな」

 二十九秒台後半――中学時代の自分の記録にすら届かない。惨敗だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...