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第二章「嫉妬の荒魂」
第19話 怪異、再び
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「――なっ!?」
『……この感じ!?』
自室のベッドに寝そべり、神社で見つけた勾玉を眺めていた海斗は、感じた異変にすぐさま跳ね起きた。
『海斗も気づいたの?』
「ああ。この間、学校で感じたやつにそっくりだ」
深雪が関わった怪異が始まった時の禍々しい気配。心臓がわしづかみにされたかのような不快な感覚は忘れようもない。
「また、誰かがあんなことになったって言うのかよ……」
脳裏に浮かぶのは勾玉を首から下げ、怨嗟に満ちた表情を浮かべる深雪の姿。もしまた、誰か知人が巻き込まれていたらと思うと、それだけで自然と拳が硬くなる。
「ミサキ。どこから感じるかわかるか?」
『……ダメ。外からってことはわかるけど、範囲が広すぎる』
ミサキほど感覚が鋭くはないが、海斗も同様のものを感じていた。あまりにも邪気を感じる範囲が広いのだ。
『私、空から視てみる!』
「頼む、俺は出る準備してるから」
ミサキが海斗の体から出ていく。屋根を突き抜け、空へと向かってぐんぐん高度を上げていく。家の近所から、町内、市街と見える範囲を広げていく。
そして、十分な高さにまで到達したミサキが見たのは、目を覆いたくなるほどのゾっとした光景だった。
『……何これ。川に沿って邪気が広がってる』
広範囲から感じる邪気の正体はそれだった。市内の中心を流れる大きな川。それに沿って、まるで街を分断するように邪気が広まっていた。
『邪気の発生源を探さないと……このまま放っておいたら大変なことになる』
邪気にあてられ、呪いを受ければ高熱を発して動けなくなる。既に街を分断した邪気のために交通が影響を受けているに違いない。
『どこ……誰が発生源になっているの?』
ミサキが視覚に意識を集中する。下流から、徐々に邪気の濃くなっていく場所へと視線を移していく。そして邪気の奥、市内でも最も大きな橋の下、河川敷にたたずむどす黒い感情を放つ何かをその眼にとらえた。
『――あれって!?』
そして、その姿には見覚えがあった。ショートカットで、明るい笑顔を海斗と美波に向けていた活発な少女。さっき海斗の家から飛び出していったばかりの人物だった。
『なんてこと……早く海斗に伝えないと!』
その場所、その位置を頭に叩き込み、ミサキは再び伊薙家へと降下を始めた。
一方、ミサキが分離してすぐ、海斗も手にしていた勾玉をポケットに突っ込み、机の引き出しを開ける。前回の事件のあと、念のために用意しておいた粗塩だ。それと自転車の鍵をつかんで部屋から出て行った。
先の事件では襲って来た鎌鼬に対して、その場にあったもので対処するしかなかった。だが、今回は違う。最初から危険な場所に行くことがわかっているのであれば武器を用意して行ける。
「……やっぱり竹刀か」
下手なものを持って行けば警察に呼び止められ、無用な時間を使うことになりかねない。やはり使い慣れていて持ち歩いてもまだ違和感がないのは竹刀だろう。袋に入れておけば部活の帰りか何かに見えるかもしれない。海斗は自分の竹刀を置いている道場へ向かう。
「……はい、はい。わかりました。また何かわかりましたらまたご連絡を」
その途中、廊下で電話をしている咲耶と会った。ちょうど通話を終えたところだったが、見るからに苦い顔をしている。
「どうしたの、母さん」
「今、保護者から連絡が入ってな……三木まどかが倒れた」
「三木が!?」
「突然高熱を出して病院に運ばれたんだが、医者もまるで原因がつかめないそうだ……まるでこの間の事故みたいだよ」
家庭科室で見た高熱を発して倒れていた美波や料理部員たち。ミサキは怪異に行逢ったことが原因だと言った。巻き込まれたのか、それとも彼女が狙いなのか間違いなく、何かが起きている。
「……まさか」
そして、海斗には彼女が巻き込まれる可能性の一つがよぎる。まどかに深く関係する人物に一人だけ、心当たりがあったからだ。だがありえないと、考えられないとも思った。
あの天真爛漫な幼馴染が、そんなおぞましいことをするなんて。
「母さん、俺ちょっと外へ行ってくる!」
「海斗、どこ行くの!」
「御琴を連れ戻してくるんだ!」
そうでないことを確認するためにも、御琴の安否を確認するしかなかった。すぐさまスマートフォンで御琴に連絡を取ろうとする。
「御琴……頼む、出てくれ」
だが、電話をかけても繋がらない。会話アプリでメッセージを送っても既読がつかない。
「くそっ!」
反応がないことに焦りを感じる。待っている数秒に耐えられなくなった海斗はスマートフォンをポケットにねじ込み、走り出す。道場に飛び込むと自分の竹刀をつかんで飛び出した。
「待て、海斗」
だが、道場から出たところには武志がいた。海斗の行く手に立ちはだかり、彼の目をまっすぐに見る。
「竹刀を持ってどこへ行く?」
「……じいちゃん」
美波が落ち込んでいる時にそばにいてやらないでどうするのか。確かに、大切な幼馴染を置いてどこかへ行くなど、武志からすれば許せない行為かもしれない。だから怒られると海斗は思った。
「……いいじゃろう。行ってこい」
「え?」
だが、武志は海斗の目を見て、何も言わずに道を開けた。
「わしは、お前が何をしようとしているのかは知らん。その竹刀を何に使うのか聞くつもりもない……だが、お前が誰かを守るために動こうとしていることはその眼で分かった。それで十分じゃ」
「ありがとう……じいちゃん」
それは深雪の事件の日、ボロボロで帰って来た海斗に何も聞かなかった時と同じだった。満足そうにうなずき、武志は険しくも優しい目で海斗を見つめていた。
「じゃが、行く前に一言だけ言わせてもらう」
その言葉に、海斗は思わず踏み出しかけた足を止める。その表情は祖父としてではなく、武士としての顔だった。
「心を一つにしろ」
「……え?」
「お前はまだ未熟じゃ。だから『あれもしなくちゃ』『これをしなくちゃ』と色々と悩み考えるじゃろ。だが、それでは剣は鈍る。その焦る気持ち、辛い気持ち、それらは全てたった一つの思いに帰結するはずじゃ。それを見出せ」
「心を……一つに」
「そうじゃ。心を研ぎ澄ませ。ただ一心に、やらねばならぬことを定めて突っ走れ」
それだけを告げると、武志は背を向ける。もう行っていいという意味だろうか。
「最近のお前はどうも心と体がバラバラに見えての。老婆心ながら忠告じゃよ」
「老婆って……じいちゃん男だろ」
「いいんじゃよ。男が使っても老婆心としか言えんからのう。かっかっか!」
いつものように武志は豪快に笑い飛ばす。彼は何も知らない。だが、海斗が何かに立ち向かっていることを、それが美波や御琴、みんなのためであることを心のどこかで気が付いている。
そんな海斗を、誇りを持って送り出す。彼に後ろめたい気持ちを抱かせないために。戦場へと万全の気持ちで送り出すために。
「美波ちゃんのことは任せておけ。なあに、あの子は強い。ちゃんと立ち直ってくれるはずじゃ」
「わかってる。でも、立ち直るなら一人じゃダメなんだ。俺も、御琴もいなくちゃ」
「わかっておるみたいじゃな。なら行ってこい。良い気分でわしも飯を食いたいからのう」
「ああ!」
武志と別れ、海斗は玄関へと向かう。ちょうどそこに戻って来たミサキが海斗に再び憑依した。
『海斗、見つけた……御琴さんだった』
「……やっぱり。そうだったのか」
そうあって欲しくなかったと思いつつも、どこかで海斗もそんな予感はしていた。明るい御琴が誰かを恨むなんて、呪うなんてありえないと。だけど、海斗は彼女の心の内をすべて知っていたのだろうかと、自問すればそれは「否」と答えざるを得ない。
彼女が抱え続けていた闇。言いたくても言えなかった言葉。追い詰められ、それが爆発したのが今の状況だ。
「だからってこんな状況。あいつだって望んでないはずだ!」
自転車を引っ張り出す。竹刀袋を担ぎ上げて自転車にまたがる。
『場所は市内で一番大きな橋の下、そこに御琴さんがいる!』
「まさか、芦原大橋……何でよりによってそんなところに!?」
『知ってるの?』
「ああ、あそこは美波の――」
「――カイくん、どこかへ行くの?」
慌ただしい家の様子が気にかかったのか、美波がリビングから出て来て玄関にたたずんでいた。泣きはらして目の周りは真っ赤だった。だが、海斗はそれを見ていないふりをする。
「……御琴から連絡が入ったんだ。美波に謝りたいんだけど一人じゃ心細いから迎えに来てくれって」
こんな苦し紛れの嘘、美波にはすぐに見抜かれてしまう。そんなことは海斗にも分かった。だけど美波はその嘘を受け入れる。自分に心配させないようにという海斗の気持ちを汲み取って。
「もう、御琴ちんってば、肝心なところで気が小さいんだよね」
「ほんとだよ」
「早く連れて来て。その間にびっくりするほど美味しい料理完成させておくから」
「……ああ」
「ねえ、カイくん……御琴ちんを、助けてあげてね」
「もちろんだ。必ず連れて帰って来るからな!」
海斗がペダルを強く踏み出す。門を出るとすぐにスピードに乗り始め、坂道に差し掛かって一気に加速する。
「……よし、私も頑張らなくちゃ」
ぐんぐん速度を上げ、見えなくなっていく海斗を見送ると、美波は涙を拭いて、また家の中へと戻って行った。
『――ところで海斗、さっき言いかけたことって何?』
「え?」
『ほら、芦原大橋って聞いて』
「……ああ。どうせ隠してもわかるから正直に言うよ」
芦原大橋に近づくにつれて道路が混みあって来た。不調を訴え、道に座り込む人たちもちらほら見える。
海斗は夕陽に向かって自転車を走らせる。その先に、また過酷なものが待ち受けていることを知りながら。
「紗那さん……美波のお母さんが死んだ場所だ」
『……この感じ!?』
自室のベッドに寝そべり、神社で見つけた勾玉を眺めていた海斗は、感じた異変にすぐさま跳ね起きた。
『海斗も気づいたの?』
「ああ。この間、学校で感じたやつにそっくりだ」
深雪が関わった怪異が始まった時の禍々しい気配。心臓がわしづかみにされたかのような不快な感覚は忘れようもない。
「また、誰かがあんなことになったって言うのかよ……」
脳裏に浮かぶのは勾玉を首から下げ、怨嗟に満ちた表情を浮かべる深雪の姿。もしまた、誰か知人が巻き込まれていたらと思うと、それだけで自然と拳が硬くなる。
「ミサキ。どこから感じるかわかるか?」
『……ダメ。外からってことはわかるけど、範囲が広すぎる』
ミサキほど感覚が鋭くはないが、海斗も同様のものを感じていた。あまりにも邪気を感じる範囲が広いのだ。
『私、空から視てみる!』
「頼む、俺は出る準備してるから」
ミサキが海斗の体から出ていく。屋根を突き抜け、空へと向かってぐんぐん高度を上げていく。家の近所から、町内、市街と見える範囲を広げていく。
そして、十分な高さにまで到達したミサキが見たのは、目を覆いたくなるほどのゾっとした光景だった。
『……何これ。川に沿って邪気が広がってる』
広範囲から感じる邪気の正体はそれだった。市内の中心を流れる大きな川。それに沿って、まるで街を分断するように邪気が広まっていた。
『邪気の発生源を探さないと……このまま放っておいたら大変なことになる』
邪気にあてられ、呪いを受ければ高熱を発して動けなくなる。既に街を分断した邪気のために交通が影響を受けているに違いない。
『どこ……誰が発生源になっているの?』
ミサキが視覚に意識を集中する。下流から、徐々に邪気の濃くなっていく場所へと視線を移していく。そして邪気の奥、市内でも最も大きな橋の下、河川敷にたたずむどす黒い感情を放つ何かをその眼にとらえた。
『――あれって!?』
そして、その姿には見覚えがあった。ショートカットで、明るい笑顔を海斗と美波に向けていた活発な少女。さっき海斗の家から飛び出していったばかりの人物だった。
『なんてこと……早く海斗に伝えないと!』
その場所、その位置を頭に叩き込み、ミサキは再び伊薙家へと降下を始めた。
一方、ミサキが分離してすぐ、海斗も手にしていた勾玉をポケットに突っ込み、机の引き出しを開ける。前回の事件のあと、念のために用意しておいた粗塩だ。それと自転車の鍵をつかんで部屋から出て行った。
先の事件では襲って来た鎌鼬に対して、その場にあったもので対処するしかなかった。だが、今回は違う。最初から危険な場所に行くことがわかっているのであれば武器を用意して行ける。
「……やっぱり竹刀か」
下手なものを持って行けば警察に呼び止められ、無用な時間を使うことになりかねない。やはり使い慣れていて持ち歩いてもまだ違和感がないのは竹刀だろう。袋に入れておけば部活の帰りか何かに見えるかもしれない。海斗は自分の竹刀を置いている道場へ向かう。
「……はい、はい。わかりました。また何かわかりましたらまたご連絡を」
その途中、廊下で電話をしている咲耶と会った。ちょうど通話を終えたところだったが、見るからに苦い顔をしている。
「どうしたの、母さん」
「今、保護者から連絡が入ってな……三木まどかが倒れた」
「三木が!?」
「突然高熱を出して病院に運ばれたんだが、医者もまるで原因がつかめないそうだ……まるでこの間の事故みたいだよ」
家庭科室で見た高熱を発して倒れていた美波や料理部員たち。ミサキは怪異に行逢ったことが原因だと言った。巻き込まれたのか、それとも彼女が狙いなのか間違いなく、何かが起きている。
「……まさか」
そして、海斗には彼女が巻き込まれる可能性の一つがよぎる。まどかに深く関係する人物に一人だけ、心当たりがあったからだ。だがありえないと、考えられないとも思った。
あの天真爛漫な幼馴染が、そんなおぞましいことをするなんて。
「母さん、俺ちょっと外へ行ってくる!」
「海斗、どこ行くの!」
「御琴を連れ戻してくるんだ!」
そうでないことを確認するためにも、御琴の安否を確認するしかなかった。すぐさまスマートフォンで御琴に連絡を取ろうとする。
「御琴……頼む、出てくれ」
だが、電話をかけても繋がらない。会話アプリでメッセージを送っても既読がつかない。
「くそっ!」
反応がないことに焦りを感じる。待っている数秒に耐えられなくなった海斗はスマートフォンをポケットにねじ込み、走り出す。道場に飛び込むと自分の竹刀をつかんで飛び出した。
「待て、海斗」
だが、道場から出たところには武志がいた。海斗の行く手に立ちはだかり、彼の目をまっすぐに見る。
「竹刀を持ってどこへ行く?」
「……じいちゃん」
美波が落ち込んでいる時にそばにいてやらないでどうするのか。確かに、大切な幼馴染を置いてどこかへ行くなど、武志からすれば許せない行為かもしれない。だから怒られると海斗は思った。
「……いいじゃろう。行ってこい」
「え?」
だが、武志は海斗の目を見て、何も言わずに道を開けた。
「わしは、お前が何をしようとしているのかは知らん。その竹刀を何に使うのか聞くつもりもない……だが、お前が誰かを守るために動こうとしていることはその眼で分かった。それで十分じゃ」
「ありがとう……じいちゃん」
それは深雪の事件の日、ボロボロで帰って来た海斗に何も聞かなかった時と同じだった。満足そうにうなずき、武志は険しくも優しい目で海斗を見つめていた。
「じゃが、行く前に一言だけ言わせてもらう」
その言葉に、海斗は思わず踏み出しかけた足を止める。その表情は祖父としてではなく、武士としての顔だった。
「心を一つにしろ」
「……え?」
「お前はまだ未熟じゃ。だから『あれもしなくちゃ』『これをしなくちゃ』と色々と悩み考えるじゃろ。だが、それでは剣は鈍る。その焦る気持ち、辛い気持ち、それらは全てたった一つの思いに帰結するはずじゃ。それを見出せ」
「心を……一つに」
「そうじゃ。心を研ぎ澄ませ。ただ一心に、やらねばならぬことを定めて突っ走れ」
それだけを告げると、武志は背を向ける。もう行っていいという意味だろうか。
「最近のお前はどうも心と体がバラバラに見えての。老婆心ながら忠告じゃよ」
「老婆って……じいちゃん男だろ」
「いいんじゃよ。男が使っても老婆心としか言えんからのう。かっかっか!」
いつものように武志は豪快に笑い飛ばす。彼は何も知らない。だが、海斗が何かに立ち向かっていることを、それが美波や御琴、みんなのためであることを心のどこかで気が付いている。
そんな海斗を、誇りを持って送り出す。彼に後ろめたい気持ちを抱かせないために。戦場へと万全の気持ちで送り出すために。
「美波ちゃんのことは任せておけ。なあに、あの子は強い。ちゃんと立ち直ってくれるはずじゃ」
「わかってる。でも、立ち直るなら一人じゃダメなんだ。俺も、御琴もいなくちゃ」
「わかっておるみたいじゃな。なら行ってこい。良い気分でわしも飯を食いたいからのう」
「ああ!」
武志と別れ、海斗は玄関へと向かう。ちょうどそこに戻って来たミサキが海斗に再び憑依した。
『海斗、見つけた……御琴さんだった』
「……やっぱり。そうだったのか」
そうあって欲しくなかったと思いつつも、どこかで海斗もそんな予感はしていた。明るい御琴が誰かを恨むなんて、呪うなんてありえないと。だけど、海斗は彼女の心の内をすべて知っていたのだろうかと、自問すればそれは「否」と答えざるを得ない。
彼女が抱え続けていた闇。言いたくても言えなかった言葉。追い詰められ、それが爆発したのが今の状況だ。
「だからってこんな状況。あいつだって望んでないはずだ!」
自転車を引っ張り出す。竹刀袋を担ぎ上げて自転車にまたがる。
『場所は市内で一番大きな橋の下、そこに御琴さんがいる!』
「まさか、芦原大橋……何でよりによってそんなところに!?」
『知ってるの?』
「ああ、あそこは美波の――」
「――カイくん、どこかへ行くの?」
慌ただしい家の様子が気にかかったのか、美波がリビングから出て来て玄関にたたずんでいた。泣きはらして目の周りは真っ赤だった。だが、海斗はそれを見ていないふりをする。
「……御琴から連絡が入ったんだ。美波に謝りたいんだけど一人じゃ心細いから迎えに来てくれって」
こんな苦し紛れの嘘、美波にはすぐに見抜かれてしまう。そんなことは海斗にも分かった。だけど美波はその嘘を受け入れる。自分に心配させないようにという海斗の気持ちを汲み取って。
「もう、御琴ちんってば、肝心なところで気が小さいんだよね」
「ほんとだよ」
「早く連れて来て。その間にびっくりするほど美味しい料理完成させておくから」
「……ああ」
「ねえ、カイくん……御琴ちんを、助けてあげてね」
「もちろんだ。必ず連れて帰って来るからな!」
海斗がペダルを強く踏み出す。門を出るとすぐにスピードに乗り始め、坂道に差し掛かって一気に加速する。
「……よし、私も頑張らなくちゃ」
ぐんぐん速度を上げ、見えなくなっていく海斗を見送ると、美波は涙を拭いて、また家の中へと戻って行った。
『――ところで海斗、さっき言いかけたことって何?』
「え?」
『ほら、芦原大橋って聞いて』
「……ああ。どうせ隠してもわかるから正直に言うよ」
芦原大橋に近づくにつれて道路が混みあって来た。不調を訴え、道に座り込む人たちもちらほら見える。
海斗は夕陽に向かって自転車を走らせる。その先に、また過酷なものが待ち受けていることを知りながら。
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