ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~

結葉 天樹

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第三章「孤独の幸魂」

第28話 深雪の依頼

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「ボランティア……ですか?」

 翌日、深雪みゆきを交えて海斗かいとたちは病室から出た後、深雪みゆきと出会って話したことをまどかと話していた。今日は涼しく、昼休みの屋上は絶好の昼食日和だった。海斗かいとは、体調はある程度回復したものの、まだ少し熱があるようなので日陰の壁際で涼みながら話に参加している。

「あの病院、私の親戚が経営している病院なの。その縁で休みの日には私もボランティアでイベントに参加させてもらっているのよ」
「病院のポスターにあった折り紙のイベントとか、あれのことですか……確かに、今週も何かあるって書いてあった気がします」
「ほえー、深雪みゆき先輩っていつも忙しそうなのに、そんなこともしていたんですね。あ、そのタコさん美味しそう。このハンバーグの一部とのトレードを所望します」

 美波みなみが持ち掛けたトレード案を深雪みゆきは快く了承する。こうやってお互いの料理の腕を確認し合うのもここの料理部ではよくある光景らしい。その見事な形に感心しながら美波みなみはタコさんウインナーを口に運ぶ。深雪みゆきはその代わりに美波みなみの弁当箱からハンバーグを取った。

「それで、今度はなかなか外に出られない入院患者のために演劇でもどうかって話になったんだけど……実は、参加してくれるはずのボランティアが突然来られなくなって困ってるの」
「確かに、演劇になると人数必要ですからね」
「そこで、みんなにお願いしたいの。今週の土曜日、ボランティアに参加してくれないかしら?」

 いきなりのお願いに気が引けるところもあったが、深雪みゆきも告知して今更中止するというのも患者たちに申し訳ないと言う。

「三年生は受験や最後の部活の大会があるし、演劇部みたいに学校祭で引退する人もいるからお願いしづらくて……私の人脈でこれだけの人数をそろえられるの、みんなしかいないの」
「良いんじゃない? あたしらも土曜日の部活は午前中だけだし」
「そうですね。みんなのために何かしたいって気持ちは私も共感するところがありますから」
「私も家にいたって暇だからなー。カイくんはどうする?」
静宮しずみや先輩が頼って来るなんてよっぽどのことだからな。俺も協力するよ」
「みんな……ありがとう」

 海斗かいとたちにも、日ごろから世話になっていた深雪みゆきからのお願いを拒む理由は特にない。快い返事に深雪みゆきが深々と頭を下げた。そして、顔を上げるとすぐにカバンから何かを取り出す。

「でね、早速だけど台本をみんなに見てもらいたいの」
「……用意してたんですか」

 クリップで人数分にまとめた紙束が次々と出て来る。既にお願いを受け入れてもらえると想定した上だったのだろうかと海斗かいとたちは顔をひきつらせた。

海斗かいと、なんかこの人……初めて見た時から随分変わった感じがしない?』
「……自分の意見を言えるようになったことは良いことだけどな」
「なにか言った、伊薙いなぎ君?」
「いえ、なんでもありません」

 観念して台本を受け取る。患者らの負担や海斗かいとらの練習期間も考えて、それは短めのお話だった。

「キツネの嫁ご?」
「大元は『日本霊異記にほんりょういき』や『今昔物語こんじゃくものがたり』にある、キツネという言葉の語源となったお話よ。演劇風に書き直してみたの」
「へえ……先輩らしいチョイスですね」

 話の内容は、簡単に言えば村の若者がキツネが化けた娘をそうと知らずにめとる、異類婚姻譚いるいこんいんたんに属するものだ。

 昔、あるところにいた村の若者、弥助やすけが荷運び仕事の帰りに美しい女性、おさちと出会う。帰る家もないというおさちを家に泊めたところ、そのまま住みつき、いつしか二人は夫婦めおととなる。
 二人の間には子供も生まれ、幸せな暮らしが始まるのだが一つだけ不思議なことがあった。
 弥助やすけには、昔から大切に飼っていた犬がいたのだが、おさちはその犬を大変恐ろしがった。犬の方もおさちを見ると吠え立て、恐れさせた。おさちはその犬をどこかへやって欲しいと弥助やすけに願うが、子犬の頃から育てて来た犬を捨てることができず、おさちに噛みつかなければいいという考えから裏に繋いでおいた。
 ある時、村の若者たちの集まりが家の離れであった。皆に出す料理を作ったおさちが離れに向かうために裏口から出たところ、犬が狂ったように吠え、おさちに噛みつこうとしたのだ。
 騒ぎに気付いた弥助やすけたちが外に出ると、おさちがキツネの顔で怯えていた。おさちの正体はキツネだったのだ。村の衆にまで正体を見られたおさちはそのまま姿を消してしまい、弥助やすけは来る日も来る日もおさちを捜す。やがて、その思いが届いたのか、おさちは人目を忍び、暗くなってからやって来て、夜明け前に帰って行く。物語はそこで終わりを迎える。

なんじ、我を忘れたか、子まで成せし仲ではないか、……つまり来て寝よという意味からキツネと呼ばれるようになった。そう言われているわ」
「へー、キツネって名前にそんなルーツがあったんだ。なんかロマンチック」
「ただのこじつけかもしれないけどね。でも、昔話にはそんな語源にまつわる物もあるのよ」
「先輩、私それ知ってます。『竹取物語たけとりものがたり』もそうですよね。最近授業でやりました」
「そうね。例えばつばくらめ子安貝こやすがいを持ってこれなかった石上麻呂足いしがみのまろたりのお話だと、やっただけの効果がないことを『甲斐かい(貝)なし』って言ってるわね。他にも帝が不死の薬を焼いた山を『富士の山』って名付けていたりとか」
「なんか、ダジャレみたいですね」
「和歌の掛詞だって言ってしまえばダジャレだよカイくん」
「そう言えばそうか」

 総菜パンの最後の一切れを海斗かいとは口に入れる。ちょうどそのタイミングで昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。

「……いけない。つい話し込んじゃったわ。せめて配役だけは決めておきましょう」

 慌てて弁当を片付け、配役を決めることにした。配役は五つ。村の若者、弥助やすけとその嫁、おさちになるキツネ、そして二人の間に生まれる子供、飼い犬とナレーターだ。

「私は内容がほとんど頭に入っているからナレーターをやるわ」
「村の若者は海斗かいとでいいんじゃない?」
「それ、主役だろ。俺でいいのか?」
「むしろ伊薙いなぎ君にしか務まらないと思うわ。力を使うシーンがあるから男子じゃないとできないと思う」
「あ、ほんとだ。『娘を抱き上げて馬に乗せ』ってシーンがある」
「……娘を」
「抱き上げる……?」

 美波みなみがそのシーンを読み上げると、突如御琴みこととまどかが立ち上がり視線をぶつけ合う。

「さっそく勝負の時が来たようね、まどか」
「望むところです。八重垣やえがき先輩」
「あらあら、それじゃ残りの配役はジャンケンで決めましょうか」

 二人の間に異様な緊張感が走る。役の上とはいえ海斗かいとの嫁となる権利だ。思いを寄せる二人には絶好の機会。譲るつもりは全くない。

「最初はグー!」
「ジャン!ケン!」
「ほい」

 出された手はチョキ、チョキ……

「あ、勝った」
「み、美波みなみん!?」
「ええ!? 神崎かんざき先輩!?」
「え? 残りの配役をジャンケンで決めるんでしょ?」
「そ、そうだけどさあ……」

 お互いのことしか見えていなかった御琴みこととまどかは、完全に美波みなみのことを忘れていた。そして美波みなみは単に配役を決めるジャンケンだとしか思っておらず、二人の思惑に気付いていなかった。

「……あ、そういうことか。ごめん御琴みこちん」
「今気付いたの!?」
「ふふ、神崎かんざきさんにやってもらった方が平和でいいかもしれないわね」
「そんなあ……」
「そんなオチ、ありですか……」

 二人して崩れ落ちる。だが、残る配役を見て二人はまた立ち上がった。

「残りの役で勝負よ、まどか!」
「はい、子役か犬役ですね、八重垣やえがき先輩!」
「じゃーんけーん!」
「ポン!」

 こうして、つつがなく(?)配役は決まったのだった。

「お、おのれまどか……覚えてなさいよ」
「……御琴みこと。頑張れよ、犬役」
「わかってるわよ! なった以上は手加減なしなんだから。見てなさいよー、ケルベロスもびっくりの犬役やってやるから!」
「食い殺す気か!」

 今にも噛みつかんばかりの勢いと殺気で御琴みことは宣言する。その姿を見て「ハマリ役だな」と言いそうになったのを海斗かいとは黙ることにした。
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