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第三章「孤独の幸魂」
第29話 いつかの言葉
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「ほう、きょうはとくにきれいなゆーやけだなあ」
海斗の言葉通り、見事な夕陽が教室に差し込んでいた。大半の部活が活動を終えた頃、咲耶を通じて空き教室を使う許可を得た海斗たちはさっそく演劇の稽古を始めていた。
昼に配役を決め、それぞれ空き時間に台本を読み込んではいたが、まだ十分に頭に入っていないので台本を手に持っての練習だ。
「海斗ー、棒読み酷いぞー」
「えー……ちゃんと感情を込めたつもりだったんだけど」
「役を演じているというより、ただ朗読をしようとしている感じに聞こえます」
「それでも酷いけどね」
水泳部の先輩後輩からダメ出しが入った。海斗は台詞が多いので一番練習を積む必要がある。二人が部活を終えて合流するまではミサキに手伝ってもらい、稽古をしていたのだが、海斗の棒読みにはミサキも頭を抱えていた。
『海斗は正直すぎるんだと思う。だから作られた言葉を使うと、途端に感情が入らなくなるみたいね』
と、そんなことを海斗はミサキにも言われたが、それは演劇をやる上では致命的ともいえる。
「昔から海斗って、こういうの苦手だよね。お話の朗読とかお経みたいだったもん」
「お経って……」
「伊薙先輩、演技苦手だったんですか?」
「……悔しいけど言い返せない」
「ま、できないと言うより、感情の入れ方がわからないってところね。繰り返していくうちに何とかなっては行くし……とにかく今は練習。次のシーンやろ!」
「そう言う御琴は台詞の練習しないのか?」
「おあいにく様。あたしはもう全部台詞を覚えちゃったんだもの」
「マジか」
「だって、『ワン』くらいしかないから……台詞を言う場所さえ覚えれば終わりよ」
どこか哀愁を帯びた表情で御琴は自嘲する。これ以上、海斗はこのことに触れてはならない気がした。
「じゃあ次いくぞ。こんなところで、わかいむすめさんが、ひとりでなにをしていなさる?」
「えーっと……特にあてもなく、この夕日を眺めておりました」
まどかが今ここにいない美波の代わりに台詞を読む。料理部の二人はミーティングが終わり次第合流の予定だ。
「もうすぐひがしずむ。そうしたらまっくらになってきけんだ。はやくかえったほうがいい」
「私には家がございません。親も死んでしまい、独りぼっちなのでございます」
「そうか。もしよかったら、こんやはオラのいえにとまっていかんか?」
「しかし、それではご迷惑では?」
「オラもひとりみだ。だからきがねはいらん」
「……では、お言葉に甘えると致します」
その台詞をまどかが言ったところで御琴が手を打ち鳴らす。演劇部のクラスメイトから教わったカットの合図だ。
「はい、カーット。この後は娘を抱えて馬に乗せて、家に向かうシーンね。美波んがいないから……コホン。抱き上げるところはあたしが代役で」
「あ、八重垣先輩。それズルくないですか!?」
「まどかは台詞役じゃない。だったらあたしが勤めるしかないでしょ?」
「さては、これを狙って私にやらせましたね!?」
「ふっふっふ、今さら気付いたか!」
『……大変ね』
「そう思うなら助けてくれ、ミサキ」
御琴の好意については先日の事件を機に海斗の知るところとなっている。本人はいつも通りの態度を貫いているようだが、所々で海斗と絡もうとしているためにその行動から海斗に対する好意がバレバレで、どうしても意識してしまう。
まどかについても、本人は海斗に好意を伝えてはいないが御琴と争っている様子を見ていると、彼女の好意もバレバレだった。
結果、昼休みが終わって教室に戻る途中で深雪から「頑張って」と海斗は励まされてしまっている。
「そもそも先輩は病み上がりです。重い物を持たせるわけにいきません」
「重い物って、あたしのことかー!」
「すいません、口が滑りましたー!」
「……いいから練習しろ」
追いかけっこを始めた二人にあきれ顔で海斗が注意する。ミサキはそんな中で御琴たちに気が付かれないように注意しながら台本をめくり、読んでいた。
「ふふ、賑やかな練習ね」
そんなドタバタした雰囲気の所へ、部活のミーティングを終えた深雪がやって来た。美波も一緒だ。
「すいません。なんか、まともに練習できてないみたいで」
「大丈夫。台詞の量は大したことないし、土曜日までに間に合うわよ」
「大道具とか、馬とかは前のイベントで使った時のがあるから病院の方で用意してくれるんだって。あとは衣装とか小道具の調達だねー」
美波が必要な小道具のリストを書き留めたメモを海斗に差し出す。いくつかチェックが入っているのは誰かが調達してくる必要のあるものだ。
「衣装かぁ……私の家の着物を持ってきてもいいんだけど」
「静宮先輩、持っているんですか?」
「うん、着てみる? 黄八丈」
「きはちじょう?」
「八丈島の伝統工芸品よ。北条氏や徳川家に献上されていた高級品だけど」
「勘弁してください!」
さすがに一着何万とかの規模の着物を持ってこられても、何かあった時に弁済できない。美波も、御琴とまどかも海斗の視線の先でぶんぶんと首を横に振っていた。
「そうよね……旧い家だから、うちにあるのって村人が着るには値の張る物ばかりなのよ」
「……さすがお嬢様」
「うーん、カイくん家は? もしかしてあるんじゃない?」
「たぶんある……旧い家だし」
海斗は昔、家でそんな古い着物を見たような記憶があった。だが自分で言ってて空しくなる。同じ旧家なのに深雪とのこの違いは何だろうと、
「じいちゃんなら知ってるかも。家に帰ったら聞いてみるよ」
「私も、家にちょうどいいのがないかお父さんに聞いてみる。もしなかったらカイくん家にお願いするかも」
「念のため、美波の分もないか聞いておくよ。三木の衣装はどうする?」
「私は男物の浴衣を借りてきます。毎年みんなで夏祭りに行く時に着るのが園にありますので」
「そうなると……残るのは」
「……犬の衣装か」
犬役の御琴が複雑な表情を浮かべる。他のメンバーがちゃんとした衣装を用意してきているのに一人だけ私服というのも浮いてしまう。
「獣の毛皮、被るとかダメ? クマとかオオカミとか」
「ダメに決まってるだろ。そもそもそんなのどこにあるんだよ」
「うーん……クマの毛皮なら家にあるけど」
「あるんですか!?」
「でもダメよ。小児科の子たちが泣いちゃうから」
「そもそも使っていいんですか、そんなの……」
病院内のどこかで着替え、劇を行う場所まで歩いていくクマの図。考えてみたらかなり怖い光景だった。
「着ぐるみなら用意できると思うわ。確かそれも病院のイベントで使ったことがあるし」
「先輩……それって、この時期に着たら暑くて倒れません?」
「顔だけ出せるタイプのものよ。さすがに本格的なのは用意するのにお金がかかるわ」
「……用意はできるんですね」
改めて静宮グループ系列が展開している事業の幅広さを思い知った面々だった。
「衣装はこれで良さそうね。小道具も用意できるものは早めにそろえておきましょう」
「よし、それじゃあ練習するか」
「あ、そうだカイくん。これ使って」
美波がカバンから何かを取り出す。それは小さな棒状の電子機器だった。
「美波、これなんだ?」
「ICレコーダーだよ。深雪先輩にお願いして用意してもらったんだ」
「伊薙くん、台詞をしゃべるのが苦手って聞いたから。それなら台詞の練習するのに録音して聞いてみるといいんじゃないかって、神崎さんの案よ」
「そうそう。聞くことで台詞も覚えられるし一石二鳥なのです」
「……ありがたく使わせてもらうよ」
甚だ不本意だったが、下手なプライドを守るために意地を張り演劇でヘマをするのもカッコ悪い。ここは大人しく善意を受け取っておこうと海斗は思うのだった。
「よーし、それじゃ美波んも加わったし、劇の練習始めましょ、みんな」
机を移動し、教室の中心に開けたスペースに御琴が立つ。ナレーションの深雪も加わったので彼女も役者として舞台で動ける。
「じゃあ、全員出られるシーンをやりましょうか。みんなが一斉にそろう時もあまりないかもしれないし、今のうちに何回かやって立ち位置を確認しておくのもいいわね」
「それだと……お幸さんの正体がバレて、塀から飛び降りて去っていくシーンですね。本番だと神崎先輩はどうやって去っていくんです?」
「テーブルを用意しておくから、まずそれに飛び乗って、舞台の奥側へ降りて走り去ってくれればいいわ」
「了解なのです。じゃあまずは犬に襲われるところからだね」
「……言い方が誤解を招きそうなんだけど」
本番を想定し、テーブルの代わりに教室の机を四つ並べて台にする。美波はその上に飛び乗るという筋書きだ。ある程度の流れを確認したのち、海斗と美波、御琴とまどかも立ち位置につく。
「じゃあ、行くわよ。始め!」
深雪が手を打ち鳴らす。その瞬間、その場はお幸が正体を見られ、騒然とする弥助の家となる。
「ワンワンワンッ!!」
「きゃーっ!」
「お幸は、驚きのあまり腰を抜かしてしまいました。そして、その騒ぎに気付いた弥助たちが離れから外に出ると。何とお幸の顔がキツネになっていたのを見つけてしまったのです」
「お、おまえ。キツネだったのか」
「ああ、なんてことでしょう。あなただけではなく、村の衆にまで正体を知られては、もうここにはいられません」
――あなたは、ここにいたらいけない。
「……え?」
「神崎さん、どうかした?」
「あ、何でもないです。続けてください」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
美波が机の上に乗る。そして、名残惜しそうに海斗たちのことを見下ろし、別れを告げる。
「さようなら。もう会うことは無いでしょう……できることなら、我が子の成長を見届けたかった」
――できることなら、この子の成長を見届けたかった。
「………………お母さん?」
「おっかあ! どこへ行くの、おっかあ!」
――おかあさん、いなくなっちゃった。
「……美波?」
「何……これ」
「正体を知られてしまったお幸は、塀の向こうへ飛び降りて、そのまま姿を消してしまったのです」
――強く、生きて。
「つよ…く……生き――っ!?」
その時、美波の体がぐらりと揺れた。重心が揺らいだことで机も一緒に傾き、その体が倒れる机と共に落ちていく。
「美波!」
最も近くにいた海斗が台本を捨てて飛び出す。空中に投げ出された美波の下に飛び込み、彼女を受け止めるべく手を前に出した。
「美波ん!」
「神崎先輩!」
「神崎さん!」
間一髪。美波が床に叩きつけられる前に海斗の手が間に合う。小柄とは言え女子高生の体重がまともに圧し掛かれば海斗でもただでは済まないはずだが、意外にも海斗に襲うはずのダメージはさほどではなかった。
『ふう……間に合った』
「……助かったよ、ミサキ」
周りは誰も気が付いていなかったが、海斗と美波の間にはわずかながら空間ができていた。海斗の視線の先には二人に向けて手をかざしているミサキがいた。
『ナイスキャッチ。海斗』
そう言ってミサキが集中を解く。不思議な力で浮いていた美波の体が、やっと海斗の上に降りて来たのだった。
海斗の言葉通り、見事な夕陽が教室に差し込んでいた。大半の部活が活動を終えた頃、咲耶を通じて空き教室を使う許可を得た海斗たちはさっそく演劇の稽古を始めていた。
昼に配役を決め、それぞれ空き時間に台本を読み込んではいたが、まだ十分に頭に入っていないので台本を手に持っての練習だ。
「海斗ー、棒読み酷いぞー」
「えー……ちゃんと感情を込めたつもりだったんだけど」
「役を演じているというより、ただ朗読をしようとしている感じに聞こえます」
「それでも酷いけどね」
水泳部の先輩後輩からダメ出しが入った。海斗は台詞が多いので一番練習を積む必要がある。二人が部活を終えて合流するまではミサキに手伝ってもらい、稽古をしていたのだが、海斗の棒読みにはミサキも頭を抱えていた。
『海斗は正直すぎるんだと思う。だから作られた言葉を使うと、途端に感情が入らなくなるみたいね』
と、そんなことを海斗はミサキにも言われたが、それは演劇をやる上では致命的ともいえる。
「昔から海斗って、こういうの苦手だよね。お話の朗読とかお経みたいだったもん」
「お経って……」
「伊薙先輩、演技苦手だったんですか?」
「……悔しいけど言い返せない」
「ま、できないと言うより、感情の入れ方がわからないってところね。繰り返していくうちに何とかなっては行くし……とにかく今は練習。次のシーンやろ!」
「そう言う御琴は台詞の練習しないのか?」
「おあいにく様。あたしはもう全部台詞を覚えちゃったんだもの」
「マジか」
「だって、『ワン』くらいしかないから……台詞を言う場所さえ覚えれば終わりよ」
どこか哀愁を帯びた表情で御琴は自嘲する。これ以上、海斗はこのことに触れてはならない気がした。
「じゃあ次いくぞ。こんなところで、わかいむすめさんが、ひとりでなにをしていなさる?」
「えーっと……特にあてもなく、この夕日を眺めておりました」
まどかが今ここにいない美波の代わりに台詞を読む。料理部の二人はミーティングが終わり次第合流の予定だ。
「もうすぐひがしずむ。そうしたらまっくらになってきけんだ。はやくかえったほうがいい」
「私には家がございません。親も死んでしまい、独りぼっちなのでございます」
「そうか。もしよかったら、こんやはオラのいえにとまっていかんか?」
「しかし、それではご迷惑では?」
「オラもひとりみだ。だからきがねはいらん」
「……では、お言葉に甘えると致します」
その台詞をまどかが言ったところで御琴が手を打ち鳴らす。演劇部のクラスメイトから教わったカットの合図だ。
「はい、カーット。この後は娘を抱えて馬に乗せて、家に向かうシーンね。美波んがいないから……コホン。抱き上げるところはあたしが代役で」
「あ、八重垣先輩。それズルくないですか!?」
「まどかは台詞役じゃない。だったらあたしが勤めるしかないでしょ?」
「さては、これを狙って私にやらせましたね!?」
「ふっふっふ、今さら気付いたか!」
『……大変ね』
「そう思うなら助けてくれ、ミサキ」
御琴の好意については先日の事件を機に海斗の知るところとなっている。本人はいつも通りの態度を貫いているようだが、所々で海斗と絡もうとしているためにその行動から海斗に対する好意がバレバレで、どうしても意識してしまう。
まどかについても、本人は海斗に好意を伝えてはいないが御琴と争っている様子を見ていると、彼女の好意もバレバレだった。
結果、昼休みが終わって教室に戻る途中で深雪から「頑張って」と海斗は励まされてしまっている。
「そもそも先輩は病み上がりです。重い物を持たせるわけにいきません」
「重い物って、あたしのことかー!」
「すいません、口が滑りましたー!」
「……いいから練習しろ」
追いかけっこを始めた二人にあきれ顔で海斗が注意する。ミサキはそんな中で御琴たちに気が付かれないように注意しながら台本をめくり、読んでいた。
「ふふ、賑やかな練習ね」
そんなドタバタした雰囲気の所へ、部活のミーティングを終えた深雪がやって来た。美波も一緒だ。
「すいません。なんか、まともに練習できてないみたいで」
「大丈夫。台詞の量は大したことないし、土曜日までに間に合うわよ」
「大道具とか、馬とかは前のイベントで使った時のがあるから病院の方で用意してくれるんだって。あとは衣装とか小道具の調達だねー」
美波が必要な小道具のリストを書き留めたメモを海斗に差し出す。いくつかチェックが入っているのは誰かが調達してくる必要のあるものだ。
「衣装かぁ……私の家の着物を持ってきてもいいんだけど」
「静宮先輩、持っているんですか?」
「うん、着てみる? 黄八丈」
「きはちじょう?」
「八丈島の伝統工芸品よ。北条氏や徳川家に献上されていた高級品だけど」
「勘弁してください!」
さすがに一着何万とかの規模の着物を持ってこられても、何かあった時に弁済できない。美波も、御琴とまどかも海斗の視線の先でぶんぶんと首を横に振っていた。
「そうよね……旧い家だから、うちにあるのって村人が着るには値の張る物ばかりなのよ」
「……さすがお嬢様」
「うーん、カイくん家は? もしかしてあるんじゃない?」
「たぶんある……旧い家だし」
海斗は昔、家でそんな古い着物を見たような記憶があった。だが自分で言ってて空しくなる。同じ旧家なのに深雪とのこの違いは何だろうと、
「じいちゃんなら知ってるかも。家に帰ったら聞いてみるよ」
「私も、家にちょうどいいのがないかお父さんに聞いてみる。もしなかったらカイくん家にお願いするかも」
「念のため、美波の分もないか聞いておくよ。三木の衣装はどうする?」
「私は男物の浴衣を借りてきます。毎年みんなで夏祭りに行く時に着るのが園にありますので」
「そうなると……残るのは」
「……犬の衣装か」
犬役の御琴が複雑な表情を浮かべる。他のメンバーがちゃんとした衣装を用意してきているのに一人だけ私服というのも浮いてしまう。
「獣の毛皮、被るとかダメ? クマとかオオカミとか」
「ダメに決まってるだろ。そもそもそんなのどこにあるんだよ」
「うーん……クマの毛皮なら家にあるけど」
「あるんですか!?」
「でもダメよ。小児科の子たちが泣いちゃうから」
「そもそも使っていいんですか、そんなの……」
病院内のどこかで着替え、劇を行う場所まで歩いていくクマの図。考えてみたらかなり怖い光景だった。
「着ぐるみなら用意できると思うわ。確かそれも病院のイベントで使ったことがあるし」
「先輩……それって、この時期に着たら暑くて倒れません?」
「顔だけ出せるタイプのものよ。さすがに本格的なのは用意するのにお金がかかるわ」
「……用意はできるんですね」
改めて静宮グループ系列が展開している事業の幅広さを思い知った面々だった。
「衣装はこれで良さそうね。小道具も用意できるものは早めにそろえておきましょう」
「よし、それじゃあ練習するか」
「あ、そうだカイくん。これ使って」
美波がカバンから何かを取り出す。それは小さな棒状の電子機器だった。
「美波、これなんだ?」
「ICレコーダーだよ。深雪先輩にお願いして用意してもらったんだ」
「伊薙くん、台詞をしゃべるのが苦手って聞いたから。それなら台詞の練習するのに録音して聞いてみるといいんじゃないかって、神崎さんの案よ」
「そうそう。聞くことで台詞も覚えられるし一石二鳥なのです」
「……ありがたく使わせてもらうよ」
甚だ不本意だったが、下手なプライドを守るために意地を張り演劇でヘマをするのもカッコ悪い。ここは大人しく善意を受け取っておこうと海斗は思うのだった。
「よーし、それじゃ美波んも加わったし、劇の練習始めましょ、みんな」
机を移動し、教室の中心に開けたスペースに御琴が立つ。ナレーションの深雪も加わったので彼女も役者として舞台で動ける。
「じゃあ、全員出られるシーンをやりましょうか。みんなが一斉にそろう時もあまりないかもしれないし、今のうちに何回かやって立ち位置を確認しておくのもいいわね」
「それだと……お幸さんの正体がバレて、塀から飛び降りて去っていくシーンですね。本番だと神崎先輩はどうやって去っていくんです?」
「テーブルを用意しておくから、まずそれに飛び乗って、舞台の奥側へ降りて走り去ってくれればいいわ」
「了解なのです。じゃあまずは犬に襲われるところからだね」
「……言い方が誤解を招きそうなんだけど」
本番を想定し、テーブルの代わりに教室の机を四つ並べて台にする。美波はその上に飛び乗るという筋書きだ。ある程度の流れを確認したのち、海斗と美波、御琴とまどかも立ち位置につく。
「じゃあ、行くわよ。始め!」
深雪が手を打ち鳴らす。その瞬間、その場はお幸が正体を見られ、騒然とする弥助の家となる。
「ワンワンワンッ!!」
「きゃーっ!」
「お幸は、驚きのあまり腰を抜かしてしまいました。そして、その騒ぎに気付いた弥助たちが離れから外に出ると。何とお幸の顔がキツネになっていたのを見つけてしまったのです」
「お、おまえ。キツネだったのか」
「ああ、なんてことでしょう。あなただけではなく、村の衆にまで正体を知られては、もうここにはいられません」
――あなたは、ここにいたらいけない。
「……え?」
「神崎さん、どうかした?」
「あ、何でもないです。続けてください」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
美波が机の上に乗る。そして、名残惜しそうに海斗たちのことを見下ろし、別れを告げる。
「さようなら。もう会うことは無いでしょう……できることなら、我が子の成長を見届けたかった」
――できることなら、この子の成長を見届けたかった。
「………………お母さん?」
「おっかあ! どこへ行くの、おっかあ!」
――おかあさん、いなくなっちゃった。
「……美波?」
「何……これ」
「正体を知られてしまったお幸は、塀の向こうへ飛び降りて、そのまま姿を消してしまったのです」
――強く、生きて。
「つよ…く……生き――っ!?」
その時、美波の体がぐらりと揺れた。重心が揺らいだことで机も一緒に傾き、その体が倒れる机と共に落ちていく。
「美波!」
最も近くにいた海斗が台本を捨てて飛び出す。空中に投げ出された美波の下に飛び込み、彼女を受け止めるべく手を前に出した。
「美波ん!」
「神崎先輩!」
「神崎さん!」
間一髪。美波が床に叩きつけられる前に海斗の手が間に合う。小柄とは言え女子高生の体重がまともに圧し掛かれば海斗でもただでは済まないはずだが、意外にも海斗に襲うはずのダメージはさほどではなかった。
『ふう……間に合った』
「……助かったよ、ミサキ」
周りは誰も気が付いていなかったが、海斗と美波の間にはわずかながら空間ができていた。海斗の視線の先には二人に向けて手をかざしているミサキがいた。
『ナイスキャッチ。海斗』
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