ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~

結葉 天樹

文字の大きさ
44 / 66
第四章「渇愛の奇魂」

第43話 踏み出した一歩

しおりを挟む
「結局、記憶の鍵になりそうなものは無かったな」

 カフェのテラス席で少し遅い昼食を取り、食後のコーヒーを飲みながら海斗かいとたちは今後のことを話し合っていた。あれから記憶探しを兼ねてアーケードの中を巡ってみたものの、ミサキの記憶に繋がる手掛かりは見つからなかった。

「ごめんなさい、せっかく付き合ってもらったのに」
「いいのいいの。これはこれで楽しめたんだし」

 収穫が無かったにもかかわらず、前向きにとらえる美波みなみにミサキは少し感心する。

「羨ましいな……そんな強い気持ちを持つことができるって」
「私一人の力じゃないけどね。カイくんや御琴みこちんがいたから、大変なことでも前向きでいられるようになったんだと思う」
海斗かいとと一緒に行動していた時も思ってたけど、本当にいい友達関係なのね」
「うん……お母さんが亡くなった時も、カイくんたちがいたから立ち直れたし、今も心の支えになってくれてる。でも、昨夜ゆうべは……」

 美波みなみが目を伏せる。ほんの少しの間でも、そんな大切な存在を「いらない」と切り捨てたその気持ちは彼女にとっても辛い記憶だ。

「お母さんのことに加えて、お父さんのことがあったんから仕方ないわよ」
「そうそう。悪いのはそんな美波みなみの心に付け込んだぬえだって」

 三人は病院の屋上で出会った顔のない少年。伊薙武深いなぎたけみ岐春くなどはるが四百年前に封じたあやかしの姿を思い出す。彼は封じられていた恨みを晴らすため、伊薙いなぎ家の末裔である海斗かいと、そしてその協力者として封印を施したくなどを狙っている。
 だが人の神経を逆なでするあの言動を思い出すと今でも怒りが込み上げてくる。

「誰かを絶望に落として、その心の隙に付け込む……あんなやり口、私は絶対に許せない。たぶん、海斗かいとの先祖や春さんも同じだったんだと思う」
御琴みこと静宮しずみや先輩も同じ目に遭わせたんだろ……どこまで悪趣味なんだ」

 これまでに発生した怪異も、勾玉と心の闇が具現化したあやかし、ミサキが関わっていたことからぬえの仕業だと言える。美波みなみの時には彼女を絶望の底へ落とすために豊秋とよあきすら利用したほどだ。

「そう言えば、豊秋とよあきさんはあれから何ともないのか?」
「それが……」

 美波みなみの反応に、二人は嫌な予感を抱く。ミサキは邪気を祓いはしたが、既に体に影響が出ていたとしたらそれを見逃したことが悔やまれる。

「過労で胃潰瘍できてた……あ、昨日のこととは別だよ。前から患ってたのに私に秘密にしてたみたいで」
「よかった……って、あんまりよくないな」
「昨日、倒れたことでお父さんもまずいって思ったんだろうね。自分から徹底的に治すために入院するって。だから一週間は一人暮らしかな」

 結果的に豊秋とよあきの健康に繋がったものの、そのきっかけがぬえによるものと言うのは果たして喜ぶべきなのか。美波みなみも複雑な心境だった。

「じゃあ、私が一緒についててあげる?」
「え?」
ぬえ海斗かいととその関係者を狙うことが分かった今、美波みなみさんを一人にしておくことは危険よ。あいつだって誰かが一緒にいればそう簡単に手は出せないと思うし」

 これまでも深雪は教室で、御琴みことは芦原大橋の河川敷で、美波みなみ海斗かいとたちから離れた直後に屋上に誘われてぬえに襲われている。恐らくは狙った相手の心の闇を高めるため、そこに至るまでの過程で暗躍していた可能性もある。その気配に気づくためにも彼女を一人にするわけにはいかない。

「じゃあ、悪いけどお願いしようかな」
「任せて。同じ抹茶オレンジアイスを愛する仲じゃない」
「……それが信頼の証と言うのもどうかと思うぞ」

 ミサキが実体化した今、これまでのように海斗かいとと同じ家に一緒に居ることはできない。霊体として動けなくなった彼女は連絡手段も持っていないため、誰か事情を知り連絡を取れる者がそばにいる必要がある。美波みなみを危険にさらす可能性は以前よりも高まったが、連携は以前よりも取りやすくなったと言える。

「それじゃ、お泊りに必要なものも買っておかなくちゃね」
「そうね。着替えも必要だし、洗面道具に……色々必要よね」
「うん。すぐそこにデパートもあるし、買いに行こっか。カイくんも行く?」
「……いや、俺はこの辺で時間を潰してるよ。買って来たら荷物持ちくらいはするから」

 泊まり用の物を買うとなれば下着を含めて着替えを買うという事になる。さすがに一緒に行く度胸は海斗かいとにない。

「じゃ、早速行きましょ」
「終わったら連絡するねー」

 先に会計を済ませ、二人は買い物へと向かった。一人残された海斗かいとは珈琲を飲み終えると、時間まで本屋で時間を潰そうと思い立ち、会計に向かった。

「あ、海斗かいとじゃん。おーい!」

 カフェを出て本屋に向かっている途中、聞き慣れたもう一人の幼馴染の声が海斗かいとを呼び止めた。声のした方を見ると、人の間を縫って御琴みことが姿を現した。

「偶然じゃない。海斗かいとは買い物?」
美波みなみとその友達の買い物の付き合いだ」
「あはは、荷物持ちにされたんでしょ」
「まあな。御琴みことはどうしたんだ?」
「ん? これよ」

 そう言って海斗かいとの前に掲げたのはゴミ袋とゴミ拾い用の火ばさみだった。既にいくつかゴミを拾ったようで、袋の中に入れられている。

「ゴミ拾いのボランティア。この商店街、人がたくさん来るからたまにうちの町内でやってるのよ」

 説明している間にも御琴みことは道端に転がっているコンビニ弁当を食べた跡と思われるビニール袋を拾い上げ、ゴミ袋に放り込む。

「この商店街は、昔からお世話になってるからね。ちょっとでも恩返しってところ」
「……それを言われたら、俺もやらないわけにいかないだろ」
「へへー、海斗かいとならそう言うと思ってた」

 先ほどの買い物の様子から考えて、ミサキと美波みなみの買い物はかなり時間がかかりそうな気がした。せっかくならその時間も有意義に使った方がいい。そう考えた海斗かいと御琴みことに付き合い、アーケードを来た方とは逆に歩き始めた。
 注意して見ると思った以上にゴミが落ちていることに海斗かいとは驚いた。手で拾えるものは海斗かいとが、汚れているものは御琴みことがはさみで拾い上げる。

「最近、マナー悪い子が増えてるみたいなのよね。夏祭りも暴れる人が増えてきてるみたいだし」
「父さんから聞いたんだけど、今年はハロウィンイベントもやるみたいなんだ。変な奴らが来なければいいんだけど」
「東京の方とか凄いよね。酔っぱらった人とか、何かに憑りつかれたみたいだし」
「……」

 おそらく御琴みことは冗談交じりで言った言葉なのだろう。だが、最近の事件を経た海斗かいとにはそれを笑うことが難しかった。

「どうしたの、海斗かいと?」
「いや……芦達祭あだちさいは無事に終わって欲しいって思っただけだよ」
「たくさん人が来るからね。そう言えば海斗かいとは料理部の手伝いなんだっけ?」
「ああ、美波みなみにハメられた」
「あはは、さすが美波みなみんだ……ねえ、海斗かいと
「ん?」

 御琴みことが視線を泳がせる。今の今まではきはきと受け答えしていた彼女の突然の戸惑う姿に海斗かいとも不思議に思う。

「あたし、芦達祭あだちさいの初日は暇なんだ……よかったら、一緒に回らない?」

 それはいつもの誘い方とは違っていた。いつもなら、御琴みことは気軽に遊びに誘う感覚で言ってくる。

「あ、えっと。忙しいのはわかってるよ。でも、休憩時間にちょっとだけでよければ……って」

 そんな彼女が海斗かいとに対して初めて見せた遠慮するような申し出。もしも断られたらという不安を抱きながらも、勇気を出して御琴みこと海斗かいとを誘ってきたのだ。

「……わかった。昼頃でいいか?」
「……っ! うん!」

 いつも自然体の御琴みことは自分の気持ちを隠して人と付き合っていけるほど器用ではない。だから海斗かいとに自分の好意がバレているのはこの一週間で御琴みことも自覚していた。
 そんな中で、海斗かいととどう接していけばいいか、彼女なりに今は頑張っているところなのだろう。今後の関係がどうなるかわからないが、海斗かいとはそんな御琴みことを応援してあげたいと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...