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第四章「渇愛の奇魂」
第55話 救いの一言
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まどかの叫びの中、廊下を塞ぐほどの巨体が彼女の背後に顕現した。これまで戦ってきたミサキの中でも最大のものだ。
「……勘弁してくれよ」
痛む右手と左手で海斗は箒の柄を握り締める。小さい蜘蛛ならば効果はあったが、ここまで巨大なものになるとどれだけ立ち向かえるのか見当がつかない。だが海斗の後ろには戦いの経験が浅い三人がいる。何としても守らなければならない。
「さあみんな。行くよ」
まどかが土蜘蛛の背に乗る。彼女の声に応えるように声を上げ、蜘蛛は巨大な足を動かし、向かって来た。
「みんな、食い止めるからその間に逃げろ!」
海斗が意を決して走り出す。蜘蛛の足目掛けて箒を力いっぱい叩きつけた。
「ぐっ……!」
だが、固い。外骨格に覆われた体は容易に攻撃を無効化する。逆に海斗は衝撃でさらに右手を痛めてしまい、箒を取り落とす。
「伊薙くん、早くこっちへ!」
深雪が非常口を開き、避難用のスライダーで脱出を図る。その下は園庭だ。
「逃がしません!」
「うわっ!?」
三人の後を追おうとした海斗に向けてまどかが手を向ける。その手から真っ白な糸が放たれ、海斗の足に絡みつく。
「海斗!」
「構うな、先に行け!」
まどかの放った糸を土蜘蛛が物凄い力で引っ張る。海斗はとっさに近くの部屋のドアに両手でしがみ付く。
「そんな手でいつまで耐えられると思ってるんですか!」
「ぐっ……」
激痛ですぐに右手を手放してしまう。左手だけでは土蜘蛛の力に抵抗しきれない。
「カイくん!」
「美波、よせ!」
海斗の窮地に美波が思わず飛び出し、土蜘蛛に向かっていく。だがその手にある箒一本では立ち向かえないと今まさに海斗が示したばかりだ。
「美波ん!」
「神崎さん!」
美波がカバンに手を入れる。そこから取り出したのは海斗同様に持っていた粗塩を入れた袋。
「これでもくらえ!」
封を切って土蜘蛛に投げつける。少量だがその威力はこれまでの階との戦いで証明済みだ。
「ギャアアア!!」
「御琴ちん、今だよ!」
「わかった!」
土蜘蛛の糸を引く力が弱まった隙に御琴が海斗に駆け寄る。落ちていた箒を手に取り、糸を断ち切る。
「くっ……落ち着いてみんな!」
悶え、暴れる土蜘蛛をまどかが必死になだめる。美波は手持ちの粗塩を全て投げつけ、少しでも時間を稼ぐ。ようやく糸から解放された海斗も非常口へ向かう。
「早く、こっちへ!」
深雪が先頭になって避難用のスライダーから滑り降りる。海斗、御琴と続き、最後に美波が非常口から出ようとする。
「この……逃がすもんですか!」
まどかが再び糸を放つ。だが、今回はそれが美波に届かない。
「させない!」
土蜘蛛の足を踏み台にして後ろから飛び出した影がまどかの糸を切断する。霊刀が帯びていた祓いの力によって糸が塵となって消滅する。
「ミサキさん!」
「早く行って、美波さん!」
「ありがとう!」
美波がスライダーで下へ降りていく。三日月を構え、ミサキが土蜘蛛とまどかに対峙する。
「なるほど。蜘蛛がいなくなったと思ったらそういうことだったのね」
食い止めていた子蜘蛛が邪気に戻ったため、海斗たちを追いかけてここまで全速力で走ってきたのだろう。ミサキの息が上がっていた。霊体でなくなった今、壁をすり抜けられなくなり、体力の概念も備わったミサキにはかなりの負担だったに違いない。
「……あなた誰ですか」
まどかは激高していた。少しは話し合う余地のあった海斗たちと違い、ミサキとは全く面識がない。自分たちだけの世界に土足で上がり込んだミサキを明確にまどかは敵と見定める。
「ここは、部外者が入り込んでいい場所じゃないんです!」
まどかの勾玉がまた邪気を放つ。更なる邪気が土蜘蛛に注がれ、取り込んだ土蜘蛛はさらに身の丈を大きくして行く。
「やばっ!?」
危機を感じたミサキもスライダーに飛び込む。そして下にいた海斗たちに向けて叫ぶ。
「みんな、走って!」
その言葉とほぼ同時に、施設の二階の窓ガラスが一斉に割れた。壁を突き破り、土蜘蛛が飛び出す。ガラスや瓦礫が降り注ぐ中、下に降り立つと同時にミサキも走り出す。
「逃がさない!」
ミサキを追いかけて土蜘蛛が迫る。施設の二階まで大きさが達し、歩幅もその分増えている。すぐに距離が縮まる。
「みんな、やっちゃえ!」
「くっ!」
土蜘蛛がミサキを足で振り払う。先ほどまでと明らかに違う重い一撃を三日月で受け止めきれず、その手から刀が離れて宙に舞う。
「しまった!」
「ミサキ!」
丸腰になったミサキに土蜘蛛の足がもう一度飛んでくる。今度は受けきれず、直撃を受けてミサキが吹き飛ばされる。
「う……」
「部外者のくせに余計な邪魔をするからですよ。ここは私たちの家なんですから」
「……家、ね。良いご身分じゃない」
「なんですって?」
ミサキがよろよろと立ち上がる。腹部に受けたダメージはまだ抜けていないが、それでもまだその眼には戦う意思を失っていない。
「……家があるだけいいじゃない」
「どういう意味です?」
「こっちは何もかも失ってるのよ。家族どころか、自分自身のことすら全部わからないのに……それでも私はあんたみたいにいじけたりしなかった」
すべてが始まった朝。気が付けば記憶を失い、肉体も失って海斗の中にいた。訳も分からないまま始まった怪異。それでもミサキは前向きでいられた。時にぶつかり、時に悩んだりしたが、それでも乗り越えて来た。
「いじけてる……私が?」
「そうよ。確かにここにいる子たちはみんな、親の愛情を満足に得られなかったかもしれない。だけど、みんなまっすぐに生きていたじゃない。あなたといれば、きっと将来いいことがあるはずだって。そんなキラキラした眼をしていたわ」
海斗と一緒に居た時から見ていた子供たちの姿。皆まどかという存在に支えられ、いつも明るくいられた。そこに親がいないという悲壮なものは見えず、その表情は希望に満ちていた。そしてそんなまどかも子供たちを支えていた。
支えて、支えられて、そんな思いのやり取りが優しい世界を作り上げていた。どんな困難でも乗り越えていける。そう信じられる。
みんながいるから――それは、海斗と一緒に居た時間にミサキが抱いた思いと似ていた。
「どうして自分一人がみんなを支えていた気になってるのよ。自分だって頼ればいいじゃない。それでもダメなら誰かに言いなさいよ。そんな困ったあなたを無条件で助けてくれるお人好しが一人はいるでしょ!」
海斗と言う存在を通じてやっとこの世界とつながっていられた。海斗がいなければこの世界とつながっていられなかった。得体の知れない記憶喪失の幽霊少女に憑依されたというのに、それを受け入れて、いざという時には頼りにしてくれた。
「伊薙……先輩?」
勾玉の光が明滅する。ひび割れた勾玉はこれまで三木きぼう園の皆の力でその力を得ていた。だが、その中心であるまどかの心が揺れ始めたことで騰勢が取れなくなり始めていた。
「まどか……俺だけじゃない。美波も、御琴も、静宮先輩も、みんなまどかを心配してここへ来たんだ。まどかが困ってると思ってここへ来たんだ」
ミサキがクスっと笑いを漏らした。そんな彼だからミサキは力になろうと思えた。記憶が戻る確証なんてどこにもない。ずっと霊体のままの可能性だってあった。だけど、前向きに進んでいたからこそ道は開けた。その証拠として、ここに「ミサキ」が立っているのだから。
「言いなさいよ。『助けて』って! そうしたら絶対に助けてくれる。だって自分が傷つくより誰かが傷つくことを嫌がる奴なんだから!」
「う……でも、今更…あんな、酷い事言った私を」
「まどか!」
海斗が叫ぶ。ポケットから出した青い紙をまどかに向けて掲げていた。
「その……短冊」
それは昨日、まどかと一緒にもらったコンテストの賞品だ。彦星と織姫だけに与えられた誰かに願い事をするための特権だ。それを相手に差し出しながらするお願いは叶えなくてはならない。
「困ったなら言ってくれ。いつでも力になるから」
「せん……ぱい」
勾玉の光が消えていく。元々壊れる寸前だった勾玉は心の闇を留めていられなくなり、塵になって消滅していく。
「やった!」
「まどかちゃん!」
土蜘蛛の上に立っていたまどかの体が揺れる。気を失い、立っていられなくなったのだ。だが、既に海斗が走っていた。最後の力を振り絞って落下して来るまどかに手を差し伸べる。
「まどか!」
その腕でまどかを受け止める。怪我はない。これまでの皆と同じように穏やかな顔で眠っていた。
「ギイイイイイ!!」
「海斗、そいつから離れて!」
蛟の時と同じく、統制者が倒れたことで、制御できなくなった邪気の塊が暴走を始めた。ミサキが霊力を放ち、園庭の砂を巻き上げて煙幕を張る。その隙に海斗は土蜘蛛のそばから離脱した。
「まどかちゃん!」
「まどか!」
「良かった……無事なのね?」
海斗が頷き、皆が安堵の表情を浮かべた。だが、問題は残されている。
「あいつをどうするか……ね」
ミサキも海斗らに合流する。御琴と深雪は彼女と初対面だったが、海斗や美波と親しげに言葉を交わしている姿から、ひとまず信頼できる人物であるとは認識する。
「いつもなら神威一閃を使う所だけど……その手じゃ無理ね」
「……ごめん」
包帯を巻いた海斗の手は、激痛で握力が無くなり、もう何かを持てる状態ではなかった。巻き上げた煙幕も効果が薄れ始めて来た。もうすぐ土蜘蛛は六人を捕捉して襲い掛かって来るだろう。
「せめて、あいつを抑え込むことのできる術だけでも使えれば……」
「……え?」
海斗のポケットに暖かな光が灯る。それはずっと持ち続けていた岐春の最後の御魂だった。
『ありがとう……武深様の全ての御魂を祓ってくれて』
「春さん!?」
その声はその場にいた全ての者に聞こえていた。勾玉の色は黄色く染まり、岐春の四百年の想いを込めた膨大な力が勾玉から放たれる。
『さあ願いを。これが、私が力を貸せる最後の時です』
「どうする、海斗? あなたの手を直せば勝機は少しは出ると思うけど……」
「それとも、春さんの力をもらう?」
「……いや、願いはもう決めてる」
海斗が勾玉を強く握りしめる。そしてその願いを、思いを、心からの気持ちを春に伝えた。
勝てるかどうかは賭けだ。だが、海斗には確信があった。強大な妖に立ち向かえる力がそこにあると。
「ミサキの記憶を、取り戻してあげてください」
「……勘弁してくれよ」
痛む右手と左手で海斗は箒の柄を握り締める。小さい蜘蛛ならば効果はあったが、ここまで巨大なものになるとどれだけ立ち向かえるのか見当がつかない。だが海斗の後ろには戦いの経験が浅い三人がいる。何としても守らなければならない。
「さあみんな。行くよ」
まどかが土蜘蛛の背に乗る。彼女の声に応えるように声を上げ、蜘蛛は巨大な足を動かし、向かって来た。
「みんな、食い止めるからその間に逃げろ!」
海斗が意を決して走り出す。蜘蛛の足目掛けて箒を力いっぱい叩きつけた。
「ぐっ……!」
だが、固い。外骨格に覆われた体は容易に攻撃を無効化する。逆に海斗は衝撃でさらに右手を痛めてしまい、箒を取り落とす。
「伊薙くん、早くこっちへ!」
深雪が非常口を開き、避難用のスライダーで脱出を図る。その下は園庭だ。
「逃がしません!」
「うわっ!?」
三人の後を追おうとした海斗に向けてまどかが手を向ける。その手から真っ白な糸が放たれ、海斗の足に絡みつく。
「海斗!」
「構うな、先に行け!」
まどかの放った糸を土蜘蛛が物凄い力で引っ張る。海斗はとっさに近くの部屋のドアに両手でしがみ付く。
「そんな手でいつまで耐えられると思ってるんですか!」
「ぐっ……」
激痛ですぐに右手を手放してしまう。左手だけでは土蜘蛛の力に抵抗しきれない。
「カイくん!」
「美波、よせ!」
海斗の窮地に美波が思わず飛び出し、土蜘蛛に向かっていく。だがその手にある箒一本では立ち向かえないと今まさに海斗が示したばかりだ。
「美波ん!」
「神崎さん!」
美波がカバンに手を入れる。そこから取り出したのは海斗同様に持っていた粗塩を入れた袋。
「これでもくらえ!」
封を切って土蜘蛛に投げつける。少量だがその威力はこれまでの階との戦いで証明済みだ。
「ギャアアア!!」
「御琴ちん、今だよ!」
「わかった!」
土蜘蛛の糸を引く力が弱まった隙に御琴が海斗に駆け寄る。落ちていた箒を手に取り、糸を断ち切る。
「くっ……落ち着いてみんな!」
悶え、暴れる土蜘蛛をまどかが必死になだめる。美波は手持ちの粗塩を全て投げつけ、少しでも時間を稼ぐ。ようやく糸から解放された海斗も非常口へ向かう。
「早く、こっちへ!」
深雪が先頭になって避難用のスライダーから滑り降りる。海斗、御琴と続き、最後に美波が非常口から出ようとする。
「この……逃がすもんですか!」
まどかが再び糸を放つ。だが、今回はそれが美波に届かない。
「させない!」
土蜘蛛の足を踏み台にして後ろから飛び出した影がまどかの糸を切断する。霊刀が帯びていた祓いの力によって糸が塵となって消滅する。
「ミサキさん!」
「早く行って、美波さん!」
「ありがとう!」
美波がスライダーで下へ降りていく。三日月を構え、ミサキが土蜘蛛とまどかに対峙する。
「なるほど。蜘蛛がいなくなったと思ったらそういうことだったのね」
食い止めていた子蜘蛛が邪気に戻ったため、海斗たちを追いかけてここまで全速力で走ってきたのだろう。ミサキの息が上がっていた。霊体でなくなった今、壁をすり抜けられなくなり、体力の概念も備わったミサキにはかなりの負担だったに違いない。
「……あなた誰ですか」
まどかは激高していた。少しは話し合う余地のあった海斗たちと違い、ミサキとは全く面識がない。自分たちだけの世界に土足で上がり込んだミサキを明確にまどかは敵と見定める。
「ここは、部外者が入り込んでいい場所じゃないんです!」
まどかの勾玉がまた邪気を放つ。更なる邪気が土蜘蛛に注がれ、取り込んだ土蜘蛛はさらに身の丈を大きくして行く。
「やばっ!?」
危機を感じたミサキもスライダーに飛び込む。そして下にいた海斗たちに向けて叫ぶ。
「みんな、走って!」
その言葉とほぼ同時に、施設の二階の窓ガラスが一斉に割れた。壁を突き破り、土蜘蛛が飛び出す。ガラスや瓦礫が降り注ぐ中、下に降り立つと同時にミサキも走り出す。
「逃がさない!」
ミサキを追いかけて土蜘蛛が迫る。施設の二階まで大きさが達し、歩幅もその分増えている。すぐに距離が縮まる。
「みんな、やっちゃえ!」
「くっ!」
土蜘蛛がミサキを足で振り払う。先ほどまでと明らかに違う重い一撃を三日月で受け止めきれず、その手から刀が離れて宙に舞う。
「しまった!」
「ミサキ!」
丸腰になったミサキに土蜘蛛の足がもう一度飛んでくる。今度は受けきれず、直撃を受けてミサキが吹き飛ばされる。
「う……」
「部外者のくせに余計な邪魔をするからですよ。ここは私たちの家なんですから」
「……家、ね。良いご身分じゃない」
「なんですって?」
ミサキがよろよろと立ち上がる。腹部に受けたダメージはまだ抜けていないが、それでもまだその眼には戦う意思を失っていない。
「……家があるだけいいじゃない」
「どういう意味です?」
「こっちは何もかも失ってるのよ。家族どころか、自分自身のことすら全部わからないのに……それでも私はあんたみたいにいじけたりしなかった」
すべてが始まった朝。気が付けば記憶を失い、肉体も失って海斗の中にいた。訳も分からないまま始まった怪異。それでもミサキは前向きでいられた。時にぶつかり、時に悩んだりしたが、それでも乗り越えて来た。
「いじけてる……私が?」
「そうよ。確かにここにいる子たちはみんな、親の愛情を満足に得られなかったかもしれない。だけど、みんなまっすぐに生きていたじゃない。あなたといれば、きっと将来いいことがあるはずだって。そんなキラキラした眼をしていたわ」
海斗と一緒に居た時から見ていた子供たちの姿。皆まどかという存在に支えられ、いつも明るくいられた。そこに親がいないという悲壮なものは見えず、その表情は希望に満ちていた。そしてそんなまどかも子供たちを支えていた。
支えて、支えられて、そんな思いのやり取りが優しい世界を作り上げていた。どんな困難でも乗り越えていける。そう信じられる。
みんながいるから――それは、海斗と一緒に居た時間にミサキが抱いた思いと似ていた。
「どうして自分一人がみんなを支えていた気になってるのよ。自分だって頼ればいいじゃない。それでもダメなら誰かに言いなさいよ。そんな困ったあなたを無条件で助けてくれるお人好しが一人はいるでしょ!」
海斗と言う存在を通じてやっとこの世界とつながっていられた。海斗がいなければこの世界とつながっていられなかった。得体の知れない記憶喪失の幽霊少女に憑依されたというのに、それを受け入れて、いざという時には頼りにしてくれた。
「伊薙……先輩?」
勾玉の光が明滅する。ひび割れた勾玉はこれまで三木きぼう園の皆の力でその力を得ていた。だが、その中心であるまどかの心が揺れ始めたことで騰勢が取れなくなり始めていた。
「まどか……俺だけじゃない。美波も、御琴も、静宮先輩も、みんなまどかを心配してここへ来たんだ。まどかが困ってると思ってここへ来たんだ」
ミサキがクスっと笑いを漏らした。そんな彼だからミサキは力になろうと思えた。記憶が戻る確証なんてどこにもない。ずっと霊体のままの可能性だってあった。だけど、前向きに進んでいたからこそ道は開けた。その証拠として、ここに「ミサキ」が立っているのだから。
「言いなさいよ。『助けて』って! そうしたら絶対に助けてくれる。だって自分が傷つくより誰かが傷つくことを嫌がる奴なんだから!」
「う……でも、今更…あんな、酷い事言った私を」
「まどか!」
海斗が叫ぶ。ポケットから出した青い紙をまどかに向けて掲げていた。
「その……短冊」
それは昨日、まどかと一緒にもらったコンテストの賞品だ。彦星と織姫だけに与えられた誰かに願い事をするための特権だ。それを相手に差し出しながらするお願いは叶えなくてはならない。
「困ったなら言ってくれ。いつでも力になるから」
「せん……ぱい」
勾玉の光が消えていく。元々壊れる寸前だった勾玉は心の闇を留めていられなくなり、塵になって消滅していく。
「やった!」
「まどかちゃん!」
土蜘蛛の上に立っていたまどかの体が揺れる。気を失い、立っていられなくなったのだ。だが、既に海斗が走っていた。最後の力を振り絞って落下して来るまどかに手を差し伸べる。
「まどか!」
その腕でまどかを受け止める。怪我はない。これまでの皆と同じように穏やかな顔で眠っていた。
「ギイイイイイ!!」
「海斗、そいつから離れて!」
蛟の時と同じく、統制者が倒れたことで、制御できなくなった邪気の塊が暴走を始めた。ミサキが霊力を放ち、園庭の砂を巻き上げて煙幕を張る。その隙に海斗は土蜘蛛のそばから離脱した。
「まどかちゃん!」
「まどか!」
「良かった……無事なのね?」
海斗が頷き、皆が安堵の表情を浮かべた。だが、問題は残されている。
「あいつをどうするか……ね」
ミサキも海斗らに合流する。御琴と深雪は彼女と初対面だったが、海斗や美波と親しげに言葉を交わしている姿から、ひとまず信頼できる人物であるとは認識する。
「いつもなら神威一閃を使う所だけど……その手じゃ無理ね」
「……ごめん」
包帯を巻いた海斗の手は、激痛で握力が無くなり、もう何かを持てる状態ではなかった。巻き上げた煙幕も効果が薄れ始めて来た。もうすぐ土蜘蛛は六人を捕捉して襲い掛かって来るだろう。
「せめて、あいつを抑え込むことのできる術だけでも使えれば……」
「……え?」
海斗のポケットに暖かな光が灯る。それはずっと持ち続けていた岐春の最後の御魂だった。
『ありがとう……武深様の全ての御魂を祓ってくれて』
「春さん!?」
その声はその場にいた全ての者に聞こえていた。勾玉の色は黄色く染まり、岐春の四百年の想いを込めた膨大な力が勾玉から放たれる。
『さあ願いを。これが、私が力を貸せる最後の時です』
「どうする、海斗? あなたの手を直せば勝機は少しは出ると思うけど……」
「それとも、春さんの力をもらう?」
「……いや、願いはもう決めてる」
海斗が勾玉を強く握りしめる。そしてその願いを、思いを、心からの気持ちを春に伝えた。
勝てるかどうかは賭けだ。だが、海斗には確信があった。強大な妖に立ち向かえる力がそこにあると。
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