60 / 66
終章「縁の言霊」
第59話 鵺ー天原神社の怪異ー
しおりを挟む
一歩、一歩と石段を上っていく。日は傾き、太陽の光は赤みを帯びていた。この階段を上ったのは彼と出会って二日目のことだった。深雪の事件を解決し、いまだ何をすべきかわからなかった時だ。
この場所で封印が破られていたことを知った。封印されていたのは鵺。四百年前にこの地に禍をもたらし、海斗の先祖、伊薙武深と退魔の一族の岐春によって洞窟に封じられた強大な妖だ。
「……全てはここから始まったのよね」
そして時は流れる。妖怪退治に使われた霊刀「三日月」は御神刀として神社に奉納され、伊薙家はこの地を治め、封印の監視と魔を断つ技を、岐家は退魔の術を伝え、鵺の復活に備えて来た。全てはいつの日にか封印が解け、解き放たれた鵺を討伐するために。
だが、太平の歴史の中で、動乱の維新の中で、激動の戦争の時代を経て、革新の時代を迎え、いつしか伊薙はそれを忘れていった。岐も歴史の中に消えて行った。
だがそれでも、それを今に伝える者がいた。忘れられた伊薙の技を備え、消えた岐の力を持った少女が。
「……いる」
石段の上、天原神社にはどす黒い邪気が立ち込めていた。ミサキは三日月を握る手に力が入る。
「全てを守る……だって私にしか、それはできないんだから」
決意を胸にミサキはまた一歩、石段を上っていく。あの時は海斗がこの長い石段で音を上げていたっけ。そんなことを思い出してミサキは少しだけ笑ってしまった。
二週間に及んだ四つの御魂を祓う戦い。共にそれを潜り抜けて来た海斗との関係は悪い物ではなかった。いつも女の子に囲まれて最初は軽い男かと思ったが、美波と御琴に対する温かな気持ち、深雪に対する尊敬の気持ち、まどかに対する親愛の気持ち。そして、四人をとても大切に思う彼に少しずつ惹かれて行った。
「やっぱり、いい人だったなあ」
今になって懐かしさと、寂しさを覚えていた。彼が知っているミサキは霊体として出会ってからの自分だ。だが、彼女は彼のいい所をもっと昔から見ていた。それは幼い頃から、ずっとそばで。
「……でも、だからこそ」
そんな彼だから守りたい。決してこれからの死闘に巻き込みたくはなかった。右腕が使えなくても彼はここへ来ただろう。自分を庇うだろう。彼女が何と言ってもだ。
「だから、ここで終わらせる。私が」
石段を上り切る。ミサキが見据える先には境内の中央に立つ顔のない少年がいた。彼はミサキの姿を見てニタリと気味の悪い笑いを浮かべた。
「待っていたよ、岐の末裔」
「今日こそ最後よ、鵺。あなたを討って終わりにする。四百年の復讐も、伊薙と岐との因縁も、今日で!」
三日月を抜き放つ。鵺は懐から鏡を取り出しその手に握りしめる。
「因縁……最早そんな言葉で表すのも生温い」
その声が低さを増す。まるで声から怨念が漏れているかのように、呪詛の塊となってミサキに届く。
「お前らの封印がどれだけ屈辱だったかわからないだろう。十年前のあの時にも邪魔をされた。その時ならお前らに邪魔されることもなかっただろうに」
「……十年前?」
手にした鏡に亀裂が入り、そして鏡は音を立てて砕け散る。これまでに溜め込んだ負の力が鏡から溢れ出していく。
「伊薙武深の勾玉を使い、怨念をため込み、心の闇を蓄え、やっと本来の力を取り戻せたんだ。力を取り戻すのに、どれだけの時間が必要となったか」
深雪の、御琴の、美波の、まどかと施設の人々の抱えていた心の闇。和魂が転じた憎魂、荒魂が転じた争魂、幸魂が転じた逆魂に、奇魂が転じた狂魂。それらが禍々しく染まった鵺と言う曲霊に集っていく。
「一人じゃ何もできない。愛だ絆だ、そんな綺麗ごとを振りかざしながら僕らに抗うちっぽけな存在が、四百年も僕を縛り続けた。死んだ後もだ!」
もはやその姿は人間の形をとどめていなかった。その肉体は様々な動物のパーツで構成されていく。虎であり、猿であり、猪であり、蛇でも、狐でも、狸でも、鶏でも、猫でもあり、そしてそのどれでもない。
「そして、今も子孫が僕の邪魔をする。鬱陶しいんだよ、ハエみたいにまとわりついて!」
定まった形のない鵺は、裏を返せば何にでもなれると言うこと。人にとって恐れの対象である巨大で鋭い牙と爪を備え、獣の姿でミサキの前にその姿を現した。
「ただ殺すだけでは物足りない。お前たちの御魂全てを絶望に染めなければ気が済まない」
夕陽に照らされたその巨体は、真っ黒な異形の獣。まるでその内面が現出したかのように醜い風体でミサキを上から睨みつけた。
「まずはお前からだ、岐! お前の首を飛ばし、絶望に染まった伊薙の腸を引きずり出し、お前らに関わった全ての血筋も根絶やしにしてくれる!」
「……っ!」
決して直接の関わりがあったわけではなかったが、それでも海斗を信じ、成長させ、導いてくれた武志や咲耶、深雪。彼に好意を寄せ、支えてくれた美波と御琴、まどか。そのいずれもが海斗にとって、そして彼女にとっても大事な存在だ。
「……あんたには永遠にわからないでしょうね。思いが人をどれだけ強くしてくれるか」
『霞』の構えをとる。体に染みついた伊薙の技。受け継いだ岐の力は必ず鵺を倒すことができるとミサキは確信していた。
「四百年の憎悪、思い知れ人間!」
「四百年の思い、受け取りなさい化け物!」
臆さず、怯まず、ミサキは鵺に切りかかる。鵺もその爪をミサキ目掛けて振り下ろす。
「はっ!」
だがそれをわずかな動きで回避する。地を叩いた鵺の爪は深々と突き刺さり、石畳を破壊する。懐に飛び込んだミサキはその刃を振り上げ、鵺の前足に傷をつける。
「ハハハ。そうだ、少しは歯ごたえがなくちゃ面白くない! せいぜい抗え、復讐の時間をゆっくり味わわせろ!」
そんな傷をものともせず、真下のミサキに牙を向ける。噛みつかれれば確実に胴を食いちぎるであろう顎を飛び退いて回避する。
「岐の御名にて霹靂かん!」
「ぐうっ!?」
ミサキが霊力を炸裂させる。強烈な光と音で鵺はその姿を見失う。その隙にミサキは懐から勾玉を取り出す。
「憎魂悔いて和魂。争魂恥じて荒魂!」
勾玉を四方に放つ。霊力を注がれて光を帯びた勾玉が浮遊しながら鵺を取り囲む。
「逆魂畏れて幸魂。狂魂覚して奇魂!」
「その技を使わせるか!」
鵺が蛇の尾を振り回す。狛犬を破壊し、その破片が四方八方へと飛散して勾玉を叩き落す。そしてその一部はミサキにも飛んでくる。
「きゃっ!」
「そこか!」
声のする方へ向けて狛犬の頭を飛ばす。避けたところへ鵺の巨体が迫る。
「岐の御名にて逸速ぶ!」
霊力を全身に漲らせる。人の身では届かない強大な一撃に抗う力を瞬間的に放ち、ミサキは真正面から鵺の爪を迎え撃つ。
「何っ!?」
ミサキが三日月を振り上げ、爪を受け止める。予想を超えた反撃に鵺も驚く。
「人間を……舐めないでよね!」
爪を横へはじき、再び懐へ入り込む。|鵺の足を踏み台に、高々と跳びあがる。
「ぐああああっ!」
その一撃が鵺の右目を切り裂く。耳障りな悲鳴を上げて鵺は後ずさった。
「こいつ……やっぱり伊薙と岐、両方の技と力を」
「……終わりよ」
祓いの力を三日月の刀身に帯びさせる。『霞』の構えをとり、祝詞を唱える。
「我断は、御魂を染めし禍津なり。我は妖言に惑いし縁を正す一族なり!」
すべてを終わらせるべく、その力を最大限に注ぎ込む。四百年の因縁を断ち切るために。これで海斗たちが求めた平穏な日常が戻って来る。
「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え!」
「……くっ」
苦々しい表情で鵺は後ろへ退く。だがそこには天原神社の社がある。後ろへ跳び退くには邪魔でしかない。
「岐の御名にて神逐う。御神威をもって禍津を断つ!」」
ミサキが地を蹴る。鵺を目掛け、石畳を一直線に駆け抜ける。
「……やっぱり保険は掛けておいて正解だ」
鵺が突如踵を返し、社を破壊する。そしてその中に顔を突っ込んだ。
ミサキが跳ぶ。下段から三日月を跳ね上げ、顔を上げた鵺を真っ二つにするために――。
「絶刀――なっ!?」
顔を上げた鵺はその口にあるものを咥えていた。
「美波さん!?」
それは美波だった。ぐったりとして気を失っているのか、鵺に咥えられて牙がわずかに服に食い込んでいても反応がない。
「斬れるものなら斬ればいい。この娘ごとな!」
「ぐっ……!」
神威一閃を放てば確かに鵺を両断できるかもしれない。だが、それは美波も共に真っ二つにすることを意味する。無論ミサキにはそんなことはできない。
「ハハハハハ! やっぱりお前たちはこれに弱いな!」
「きゃあっ!」
三日月を引き、無防備になったミサキを|鵺は空中で叩き落す。石畳に叩きつけられ、その衝撃で三日月も手放してしまう。
「う……がっ!?」
そこへ、鵺が上から踏みつける。足と石畳に挟まれ、徐々に重量がかけられていく。
「ぐうっ……ああああ!!」
骨が軋む。圧迫で息が徐々にできなくなっていく。物凄い力で抜け出すこともできない。
「愚かだ。ああ、あまりにも愚かだよ、人間って奴は!」
「うっ……」
「所詮は他人の命じゃないか。自分には何の関係もない他人の命を守るために千載一遇の機を逃した。これを愚かと言わず何と言う!」
美波を吐き出し、地に転がす。勾玉も鵺によって奪われているのか、その表情は邪気によって意識を失い、熱にうなされているそれだった。
「み……みな…み…さん」
「健気だねえ……こんな時にも他人の心配か!」
「あぐっ!」
手を伸ばすミサキを鵺がもう一度踏みつける。一撃で楽にするつもりがない。じわじわといたぶり、苦しむのを楽しむつもりだ。
「他人じゃ……ないわよ」
「……あ?」
「私に、とっては……他人じゃ……ない、のよ」
あの日、記憶がわずかに戻った時に真っ先に思い出した言葉。そして、記憶が完全に戻った時に思い出した父親から与えられた最も重大な使命。
――み――を守るんだ。
「絶対に……守らなくちゃいけない人なのよ!」
――美波を、守るんだ。
「……そうかい。それじゃあ」
鵺がその矛先を変えた。彼女にとって最も辛い結末を。精神的にも追いつめてその上で殺すための極上の材料がそこにあった。
「……っ! やめて!」
「そうだ……その顔が見たかったんだ。お前が絶望に染まるその顔が!」
鵺の意図に気付き、ミサキが必死に暴れる。体が動かせないにもかかわらず、鵺の爪が背中に食い込むのに美波を守るため手を伸ばす。
「この娘を守り切れなかったとき、お前はどんな顔を見せてくれるのかな!」
「いやあああーっ!」
ミサキの悲鳴が境内に響き渡る。美波の心臓目掛けて鵺の爪が迫る。
「……何っ!?」
「……あ」
だが、その爪が届くことはなかった。間に一人の少年が飛び込んでいた。手にした刀で鵺の爪を防ぎ、美波を守るべく立ちはだかる。
その姿に、ミサキが歓喜の声を上げる。
「……ああ」
「お前の思い通りにはさせないぞ……鵺!」
「貴様……伊薙海斗!!」
どこまでも邪魔をする。その先祖、伊薙武深と全く同じ、人を守る決意を秘めたまっすぐな眼は鵺をさらに苛立たせるのだった。
この場所で封印が破られていたことを知った。封印されていたのは鵺。四百年前にこの地に禍をもたらし、海斗の先祖、伊薙武深と退魔の一族の岐春によって洞窟に封じられた強大な妖だ。
「……全てはここから始まったのよね」
そして時は流れる。妖怪退治に使われた霊刀「三日月」は御神刀として神社に奉納され、伊薙家はこの地を治め、封印の監視と魔を断つ技を、岐家は退魔の術を伝え、鵺の復活に備えて来た。全てはいつの日にか封印が解け、解き放たれた鵺を討伐するために。
だが、太平の歴史の中で、動乱の維新の中で、激動の戦争の時代を経て、革新の時代を迎え、いつしか伊薙はそれを忘れていった。岐も歴史の中に消えて行った。
だがそれでも、それを今に伝える者がいた。忘れられた伊薙の技を備え、消えた岐の力を持った少女が。
「……いる」
石段の上、天原神社にはどす黒い邪気が立ち込めていた。ミサキは三日月を握る手に力が入る。
「全てを守る……だって私にしか、それはできないんだから」
決意を胸にミサキはまた一歩、石段を上っていく。あの時は海斗がこの長い石段で音を上げていたっけ。そんなことを思い出してミサキは少しだけ笑ってしまった。
二週間に及んだ四つの御魂を祓う戦い。共にそれを潜り抜けて来た海斗との関係は悪い物ではなかった。いつも女の子に囲まれて最初は軽い男かと思ったが、美波と御琴に対する温かな気持ち、深雪に対する尊敬の気持ち、まどかに対する親愛の気持ち。そして、四人をとても大切に思う彼に少しずつ惹かれて行った。
「やっぱり、いい人だったなあ」
今になって懐かしさと、寂しさを覚えていた。彼が知っているミサキは霊体として出会ってからの自分だ。だが、彼女は彼のいい所をもっと昔から見ていた。それは幼い頃から、ずっとそばで。
「……でも、だからこそ」
そんな彼だから守りたい。決してこれからの死闘に巻き込みたくはなかった。右腕が使えなくても彼はここへ来ただろう。自分を庇うだろう。彼女が何と言ってもだ。
「だから、ここで終わらせる。私が」
石段を上り切る。ミサキが見据える先には境内の中央に立つ顔のない少年がいた。彼はミサキの姿を見てニタリと気味の悪い笑いを浮かべた。
「待っていたよ、岐の末裔」
「今日こそ最後よ、鵺。あなたを討って終わりにする。四百年の復讐も、伊薙と岐との因縁も、今日で!」
三日月を抜き放つ。鵺は懐から鏡を取り出しその手に握りしめる。
「因縁……最早そんな言葉で表すのも生温い」
その声が低さを増す。まるで声から怨念が漏れているかのように、呪詛の塊となってミサキに届く。
「お前らの封印がどれだけ屈辱だったかわからないだろう。十年前のあの時にも邪魔をされた。その時ならお前らに邪魔されることもなかっただろうに」
「……十年前?」
手にした鏡に亀裂が入り、そして鏡は音を立てて砕け散る。これまでに溜め込んだ負の力が鏡から溢れ出していく。
「伊薙武深の勾玉を使い、怨念をため込み、心の闇を蓄え、やっと本来の力を取り戻せたんだ。力を取り戻すのに、どれだけの時間が必要となったか」
深雪の、御琴の、美波の、まどかと施設の人々の抱えていた心の闇。和魂が転じた憎魂、荒魂が転じた争魂、幸魂が転じた逆魂に、奇魂が転じた狂魂。それらが禍々しく染まった鵺と言う曲霊に集っていく。
「一人じゃ何もできない。愛だ絆だ、そんな綺麗ごとを振りかざしながら僕らに抗うちっぽけな存在が、四百年も僕を縛り続けた。死んだ後もだ!」
もはやその姿は人間の形をとどめていなかった。その肉体は様々な動物のパーツで構成されていく。虎であり、猿であり、猪であり、蛇でも、狐でも、狸でも、鶏でも、猫でもあり、そしてそのどれでもない。
「そして、今も子孫が僕の邪魔をする。鬱陶しいんだよ、ハエみたいにまとわりついて!」
定まった形のない鵺は、裏を返せば何にでもなれると言うこと。人にとって恐れの対象である巨大で鋭い牙と爪を備え、獣の姿でミサキの前にその姿を現した。
「ただ殺すだけでは物足りない。お前たちの御魂全てを絶望に染めなければ気が済まない」
夕陽に照らされたその巨体は、真っ黒な異形の獣。まるでその内面が現出したかのように醜い風体でミサキを上から睨みつけた。
「まずはお前からだ、岐! お前の首を飛ばし、絶望に染まった伊薙の腸を引きずり出し、お前らに関わった全ての血筋も根絶やしにしてくれる!」
「……っ!」
決して直接の関わりがあったわけではなかったが、それでも海斗を信じ、成長させ、導いてくれた武志や咲耶、深雪。彼に好意を寄せ、支えてくれた美波と御琴、まどか。そのいずれもが海斗にとって、そして彼女にとっても大事な存在だ。
「……あんたには永遠にわからないでしょうね。思いが人をどれだけ強くしてくれるか」
『霞』の構えをとる。体に染みついた伊薙の技。受け継いだ岐の力は必ず鵺を倒すことができるとミサキは確信していた。
「四百年の憎悪、思い知れ人間!」
「四百年の思い、受け取りなさい化け物!」
臆さず、怯まず、ミサキは鵺に切りかかる。鵺もその爪をミサキ目掛けて振り下ろす。
「はっ!」
だがそれをわずかな動きで回避する。地を叩いた鵺の爪は深々と突き刺さり、石畳を破壊する。懐に飛び込んだミサキはその刃を振り上げ、鵺の前足に傷をつける。
「ハハハ。そうだ、少しは歯ごたえがなくちゃ面白くない! せいぜい抗え、復讐の時間をゆっくり味わわせろ!」
そんな傷をものともせず、真下のミサキに牙を向ける。噛みつかれれば確実に胴を食いちぎるであろう顎を飛び退いて回避する。
「岐の御名にて霹靂かん!」
「ぐうっ!?」
ミサキが霊力を炸裂させる。強烈な光と音で鵺はその姿を見失う。その隙にミサキは懐から勾玉を取り出す。
「憎魂悔いて和魂。争魂恥じて荒魂!」
勾玉を四方に放つ。霊力を注がれて光を帯びた勾玉が浮遊しながら鵺を取り囲む。
「逆魂畏れて幸魂。狂魂覚して奇魂!」
「その技を使わせるか!」
鵺が蛇の尾を振り回す。狛犬を破壊し、その破片が四方八方へと飛散して勾玉を叩き落す。そしてその一部はミサキにも飛んでくる。
「きゃっ!」
「そこか!」
声のする方へ向けて狛犬の頭を飛ばす。避けたところへ鵺の巨体が迫る。
「岐の御名にて逸速ぶ!」
霊力を全身に漲らせる。人の身では届かない強大な一撃に抗う力を瞬間的に放ち、ミサキは真正面から鵺の爪を迎え撃つ。
「何っ!?」
ミサキが三日月を振り上げ、爪を受け止める。予想を超えた反撃に鵺も驚く。
「人間を……舐めないでよね!」
爪を横へはじき、再び懐へ入り込む。|鵺の足を踏み台に、高々と跳びあがる。
「ぐああああっ!」
その一撃が鵺の右目を切り裂く。耳障りな悲鳴を上げて鵺は後ずさった。
「こいつ……やっぱり伊薙と岐、両方の技と力を」
「……終わりよ」
祓いの力を三日月の刀身に帯びさせる。『霞』の構えをとり、祝詞を唱える。
「我断は、御魂を染めし禍津なり。我は妖言に惑いし縁を正す一族なり!」
すべてを終わらせるべく、その力を最大限に注ぎ込む。四百年の因縁を断ち切るために。これで海斗たちが求めた平穏な日常が戻って来る。
「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え!」
「……くっ」
苦々しい表情で鵺は後ろへ退く。だがそこには天原神社の社がある。後ろへ跳び退くには邪魔でしかない。
「岐の御名にて神逐う。御神威をもって禍津を断つ!」」
ミサキが地を蹴る。鵺を目掛け、石畳を一直線に駆け抜ける。
「……やっぱり保険は掛けておいて正解だ」
鵺が突如踵を返し、社を破壊する。そしてその中に顔を突っ込んだ。
ミサキが跳ぶ。下段から三日月を跳ね上げ、顔を上げた鵺を真っ二つにするために――。
「絶刀――なっ!?」
顔を上げた鵺はその口にあるものを咥えていた。
「美波さん!?」
それは美波だった。ぐったりとして気を失っているのか、鵺に咥えられて牙がわずかに服に食い込んでいても反応がない。
「斬れるものなら斬ればいい。この娘ごとな!」
「ぐっ……!」
神威一閃を放てば確かに鵺を両断できるかもしれない。だが、それは美波も共に真っ二つにすることを意味する。無論ミサキにはそんなことはできない。
「ハハハハハ! やっぱりお前たちはこれに弱いな!」
「きゃあっ!」
三日月を引き、無防備になったミサキを|鵺は空中で叩き落す。石畳に叩きつけられ、その衝撃で三日月も手放してしまう。
「う……がっ!?」
そこへ、鵺が上から踏みつける。足と石畳に挟まれ、徐々に重量がかけられていく。
「ぐうっ……ああああ!!」
骨が軋む。圧迫で息が徐々にできなくなっていく。物凄い力で抜け出すこともできない。
「愚かだ。ああ、あまりにも愚かだよ、人間って奴は!」
「うっ……」
「所詮は他人の命じゃないか。自分には何の関係もない他人の命を守るために千載一遇の機を逃した。これを愚かと言わず何と言う!」
美波を吐き出し、地に転がす。勾玉も鵺によって奪われているのか、その表情は邪気によって意識を失い、熱にうなされているそれだった。
「み……みな…み…さん」
「健気だねえ……こんな時にも他人の心配か!」
「あぐっ!」
手を伸ばすミサキを鵺がもう一度踏みつける。一撃で楽にするつもりがない。じわじわといたぶり、苦しむのを楽しむつもりだ。
「他人じゃ……ないわよ」
「……あ?」
「私に、とっては……他人じゃ……ない、のよ」
あの日、記憶がわずかに戻った時に真っ先に思い出した言葉。そして、記憶が完全に戻った時に思い出した父親から与えられた最も重大な使命。
――み――を守るんだ。
「絶対に……守らなくちゃいけない人なのよ!」
――美波を、守るんだ。
「……そうかい。それじゃあ」
鵺がその矛先を変えた。彼女にとって最も辛い結末を。精神的にも追いつめてその上で殺すための極上の材料がそこにあった。
「……っ! やめて!」
「そうだ……その顔が見たかったんだ。お前が絶望に染まるその顔が!」
鵺の意図に気付き、ミサキが必死に暴れる。体が動かせないにもかかわらず、鵺の爪が背中に食い込むのに美波を守るため手を伸ばす。
「この娘を守り切れなかったとき、お前はどんな顔を見せてくれるのかな!」
「いやあああーっ!」
ミサキの悲鳴が境内に響き渡る。美波の心臓目掛けて鵺の爪が迫る。
「……何っ!?」
「……あ」
だが、その爪が届くことはなかった。間に一人の少年が飛び込んでいた。手にした刀で鵺の爪を防ぎ、美波を守るべく立ちはだかる。
その姿に、ミサキが歓喜の声を上げる。
「……ああ」
「お前の思い通りにはさせないぞ……鵺!」
「貴様……伊薙海斗!!」
どこまでも邪魔をする。その先祖、伊薙武深と全く同じ、人を守る決意を秘めたまっすぐな眼は鵺をさらに苛立たせるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる