時の本

結城一

文字の大きさ
2 / 2

2 風の香り

しおりを挟む
「あの……ゆうさん?」
 游と名乗った男はにっこりと微笑んで熱湯の入った陶器ポットを持ち上げる。
「ブルーミングと言ってコーヒーを蒸らす事によりよりコーヒーが上手に淹れられるようになります」
「へぇ、そうなのですね! ……あ、いえ、そうではなくて……」
「あ、クリームと砂糖ですか?」
「あ、ありがとうございます。でもそうではなくて……」
 私の真横にいるフクロウが頭を可愛く上下に動かし、真っ黒な大きな目で私を見つめる。
「あ、その子の名前はミジバです」
「可愛い子ですね。私、フクロウは初めてです! ……だから、そうではなくて……、あの……!」
「その子は噛みませんし突っつきませんよ。おやつには虫をあげるのですが、蒔絵まきえさんもあげてみますか?」
「ぅわぁ! 是非お願いします! あ、いや……だから……」
 私は少し変わった格好に着替えた游を見てまた笑いをかみ殺す。
 彼はきりッとした格好いい顔のくせに全身ふわふわの着ぐるみを着ている。触り心地がいいその着ぐるみを、今は私も着ている。
 先程タクシーで彼に連れて来られた場所はとても大きな洋館である。サーモンピンクに塗られている外装に建物の周りには華やかな色とりどりの花が植えられている。台風の風に散った花びらが舞い回り、異世界のような雰囲気を増長している。そしてむせ返るほどのバラの香り。
 まるで目が見えているかのように彼はタクシーから降り、洋館のドアを開けてそのまま入っていく。そして双子の男女の子供が迎えてくれる。十歳ぐらいだろうか。まるでドールのように着飾った彼女達は頭を同じ角度に傾け、全く同じセリフを全く同じタイミングで話す。
「游様、お帰りなさいませ。ミジバ様がお腹を空かせております」
「分かった。ラン、ライ、蒔絵さんに乾いた温かい服を用意してあげて。ピザを焼きましょうか」

――――え、焼くの? というのか、ピザって初めて会う人と焼くような料理だっけ?
 
「承知いたしました」
 可愛らしい子供の声で子供らしからぬ態度である。二人は足音を立てずに私の両側に立つと奥の方にある部屋へと誘導する。
「こちらのお洋服にお着換えくださいませ」
「お着換えくださいませ」
「え、あ、すみません」
「濡れたお洋服はこちらへどうぞ。着替え終わりましたらドアを出て右の通路の突き当りのダイニングへどうぞ」
 そうして渡されたのはもっふもふの着ぐるみである。背中にジッパーがあり、着てみるとものすごく温かく、気持ちがいい。ほかに着る物はなかったのでそれを着ていくと游も同じような恰好をしている。
「お似合いですよ、蒔絵さん」
「ありがとう?」
 着ぐるみがお似合いだと言われて、これは喜ぶべきなのかと少し返事に迷ってしまう。彼の肩には真っ白で小さなフクロウが乗っかっている。
「お疲れの所申し訳ないですが、ピザの具だけ決めてしまいましょうか!」
 どうやら本当にピザを作るつもりらしい。
 結局私達がピザを作り終わるころにはもうすでに夜の九時を回っていた。
「あの、どうやって見えているのかお聞きしても?」
 料理中も彼はずっと物の場所をすべて見えているかのように手を動かし、会話をしていた。
 彼は軽やかに笑うと人差し指を一本唇の前に立たせる。
「蒔絵さん、精霊って信じていますか?」
「精霊……ってあの精霊? いえ、あまり……」
「では、神隠しはどうでしょう?」
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『後宮に棲むは、人か、あやかしか』

由香
キャラ文芸
後宮で消える妃たち。 それは、あやかしの仕業か――人の罪か。 怪異の声を聞く下級女官・鈴華と、 怪異を否定する監察官・凌玄。 二人が辿り着いたのは、 “怪物”を必要とした人間たちの真実だった。 奪われた名、歪められた記録、 そして灯籠に宿るあやかしの沈黙。 ――後宮に棲むのは、本当に人ならざるものなのか。 光と闇が交差する、哀切の後宮あやかし譚。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

あなたが幸せになるために

月山 歩
恋愛
幼い頃から共に育った二人は、互いに想い合いながらも、王子と平民という越えられない身分の壁に阻まれ、結ばれることは叶わない。 やがて王子の婚姻が目前に迫ると、オーレリアは決意する。 自分の存在が、最愛の人を不貞へと追い込む姿だけは、どうしても見たくなかったから。 彼女は最後に、二人きりで静かな食事の時間を過ごし、王子の前から姿を消した。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...