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神界に眠るもの
強者の決闘
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暗黒大陸に生息する魔物の群れの襲撃を乗り越え、デルモンド王国に辿り着いたグライン一行。王国に住む魔人達は、何か起きたかのように騒然としていた。
「ほぉ、オレみたいな奴らがウジャウジャいる国なんだな」
鬼人族と同様、筋肉質の肉体を持つ魔人の姿に、キオは親近感を抱いていた。
「何だか妙に騒がしいわネ。何かあったのかしラ」
殺風景な雰囲気漂う街の中、用心しながらも一先ず身体を休める為に宿屋へ向かう一行。
「おい、何だお前ら」
数人の魔人が一行に絡み始める。
「僕達はただの旅人だよ。ちょっと休憩しに来ただけなんだ」
揉め事を避けるべく穏便に済ませようとするグライン。
「ふざけるな! 旅人がこんなところに軽々と来れるはずがないだろう! さては悪魔王のスパイか?」
訝しむ魔人達は攻撃的な態度で迫って来る。
「うるっせぇなあ。悪魔王って知らねぇよそんな奴。喧嘩だったら買うぜ?」
喧嘩腰で応戦しようとするキオ。
「どの道お前らは怪しい奴らと変わらん。やっちまえ!」
魔人達が一斉に殴り掛かろうとする。はぁ、やっぱりこうなるのかと思いつつも身構えるグラインだが、ガザニアが軽く息を吹きかける。
「うおっ、な、何だこれは!」
息で蒔いたのは、催涙効果のある花粉だった。視界を奪われる魔人達。その隙を突いてキオが次々と魔人を殴り飛ばしていく。
「おのれぇっ!」
反撃に移る魔人達。
「騒がないでくれるかしら」
再びガザニアが息を吹きかける。
「グオッ! 身体が痺れる……!」
麻痺効果のある花粉だ。
「無駄な戦いはしたくないんだ。大人しくしてくれないか」
冷静な物言いでグラインが言う。
「へっ、言っておくが先に喧嘩売って来たのはテメェらだからな。悪く思うんじゃねぇぞ」
悪態を付くキオを前に悔しがる魔人達。
「待て!」
声と共に現れたのは、新手の魔族の男――マルバスだった。
「何だテメェ? 喧嘩売るってのか?」
キオが掴み掛かるように言う。
「いや、そんなつもりじゃねぇさ。あんたらに聞きたい事があるんだ」
マルバスが聞きたい事――それは、ゾルアに関する事であった。
「ゾルアですって? まさか、ゾルアが此処に来ているの?」
リフは思わず声を上げる。
「あんた……あいつの事、知ってるのか? 奴は何者なんだ」
マルバスが更に問う。
「私だって彼が何者なのかよく解らないわ。ただ……」
リフはゾルアの正体は解らないものの、本能で恐怖を覚える程の恐るべき力を持つ存在だったと話す。
「オレは見たんだ。あんな恐ろしいバケモノは、魔人王様を震撼させる程だった」
マルバスは語り始める。ゾルアの言葉の意味がどうしても気になり、暗黒の闘技場の客席でゾルアとバアルの戦いを見物していた――。
「マルバス、お前も来たのか。見てみろよ。魔人王様が直々に試合に出られておる」
「あのニンゲンの男、なかなかやりおる。一体何者なんだ?」
ゾルアとバアルの試合は、互角の戦いとなっていた。カラミティアックスと呼ばれるバアルの戦斧から繰り出される衝撃波。それに対抗するかの如く、上空からデモンズブレイドを振り下ろしたゾルアの斬撃。ゾルアの目は赤く光っている。ゾルアの意思ではなく、グレアウロがゾルアの肉体を動かしている状態である事を意味していた。
「あの男……明らかに真っ当じゃない。奴が言ってたバケモノが動いているのか?」
ゾルアの中に潜むグレアウロの声を聞いていた事もあり、ゾルアの言うバケモノと呼ばれる存在にマルバスは危機感を覚えていた。斬撃と戦斧による激突は長らく続き、戦況はやがてバアルが優位になっていく。暗黒魔法を駆使したバアルの攻撃によって倒されるゾルア。顔は血に塗れていた。それでも立ち上がるゾルアの口からは、黒い瘴気が漏れ出している。更に、闇のオーラが生じていた。闇のオーラに包まれたゾルアが突然咆哮を上げる。身体が漆黒の体毛で覆われ、赤い髪が伸びていく。漆黒のオーラに包まれた魔獣と化していった。
「な……何だあれは! あれがバケモノ……」
魔獣と化したゾルアから凄まじい闇の力を感じ取ったマルバスは戦慄する。試合を見物している魔人達も騒然としていた。
「ゴアアアアアアアアアア!」
凄まじい咆哮を轟かせつつも、魔獣ゾルアがバアルに襲い掛かる。バアルはカラミティアックスに魔力を込めつつも、魔獣ゾルアに立ち向かう。激しい攻防による衝撃は闘技場全体に伝わり、二人の周囲には何者も寄せ付けないと言わんばかりに球体状の黒いオーラが発生していた。全力で挑むバアルだが、魔獣ゾルアの恐るべき力によって劣勢に追い込まれていた。暗黒魔法をも受け付けず、戦斧による一撃を受けても怯まない魔獣ゾルアは目の前の敵を叩き潰すだけの破壊魔そのものであり、敵とみなしたバアルを叩きのめし、血反吐を吐かせていた。延々殴られ続けていたバアルは後方に飛び退き、間合いを取る。唸り声を上げる魔獣ゾルアは更に攻撃を仕掛けようとする。だが突然、魔獣ゾルアが苦しみ始める。
「グルルル……ガアアアアアァァァァッ!」
苦しみながら咆哮を上げる魔獣ゾルア。その隙にバアルが戦斧を振り下ろす。
「グオオアアアアアアアアアアア!」
更にバアルが戦斧を振り下ろす。黒い血が舞い、深い傷を刻まれたゾルアの姿が人間に戻っていく。人間の姿に戻ったゾルアは意識を失っており、バアルは緑色の血を吐きながら膝を付いた。勝敗は、引き分けであった。倒れたゾルアは数人の魔人兵に運ばれていき、バアルはふらつきながらも闘技場から去って行く。試合の成り行きを見守っていたマルバスは、魔獣グレアウロとしてのゾルアの恐るべき強さにただただ戦慄するばかりだった。
マルバスの話を全て聞き終えたグライン一行は驚きを隠せなかった。
「ゾルアという奴は、それ程恐ろしい男だというのか……?」
魔人王をも圧倒する魔獣の力が備わったゾルアの存在。そいつは敵なのか味方なのか。もし敵として戦う事になれば、恐ろしい相手となる事は間違いない。
「ハッ、ビビるんじゃねえ。どんなやべぇ奴がいようと、ここまで来たら引き返すわけにはいかねぇだろ」
啖呵を切るキオを前に、グラインは一呼吸置き、そうだねと軽く返答して前へ進もうとする。
「あんたらは何をしに此処へ来たんだ? 奴の仲間じゃないのか?」
グライン達の目的とゾルアとの関係性を問うマルバスに、ティムは旅の目的を簡潔に説明する。続いてリフが旅の中で知り合って一時的に同行していた程度で、仲間どころか味方とは言い切れない存在だと明かした。
「ガブリエルの印とやらはオレにはよく解らんが……魔人王様は今、傷の治療に専念している。そう易々と話を聞いて下さると思わん方がいいぞ」
「そうであってモ、行かなきゃいけないのヨ。ワタシ達にとってハ重要なコトなんだかラ」
ガブリエルの印を手にするには魔人王に会わなくてはならないと考えているティムは決して考えを変えようとしない。
「まあいいさ。勝手にしな。けど……あんたらの強さが魔人王様と戦えるレベルなら、心強いがな」
そう言い残してマルバスは去って行く。
「何だあいつ。オレ達の事、どう見てやがるんだよ」
腕組みをしながらぼやくキオの横で、グラインは正面にある魔人王の城をジッと見つめる。今は魔人王にガブリエルの印を譲ってもらう事を考えなくては、と思いつつも城へ向かう。
「ゾルア……あの男が敵として立ちはだかろうと、私にはこの聖剣ルミナリオがある」
リフは聖剣ルミナリオの力を信じつつも、足を動かし始める。街中にいる魔人達の鋭い視線が向けられつつも、グライン達は城へと辿り着いた。
「貴様ら、何者だ!」
門番の魔人兵が立ちはだかる。
「僕達、魔人王に用があるんだけど……通してもらえないかな?」
穏便に済ませようと交渉するグラインだが、魔人兵は訝しむばかり。
「さてはあの男の仲間か? 魔人王様の元へは行かせんぞ!」
戦闘態勢に入る魔人兵達。
「耳障りね。いちいち喚くんじゃないわよ」
ガザニアが眠りと麻痺効果のある花粉を放つ。だが、魔人兵達には効果が薄い模様。
「耐性が付いてたなんて、めんどくさいわね」
種を撒き、巨大な食虫植物を出現させるガザニア。大口を開けて魔人兵に襲い掛かる食虫植物。
「スキあり!」
隙を見つけて回し蹴りを叩き込むキオ。更にガザニアが猛毒の塗られた棘を口から吐き出し、魔人兵達に命中させる。
「うぐおおお……か、身体が……」
猛毒に冒された魔人兵達は動きが鈍くなり、キオは一斉に拳を叩き込んでいく。魔人兵達はキオとガザニアによって撃破された。
「こんな事したら却って面倒な事になりそうなんだけど……」
この騒動で外部からの襲撃犯だとみなされるのではないかと不安になるグライン。
「おい貴様ら、そこを動くな!」
次々と魔人兵が現れ、取り囲んでいく。やっぱりなぁ、とグラインは頭を抱える。
「待て、お前達」
響き渡るように声が聞こえてくる。バアルの声であった。
「その者達に興味がある。通すがよい」
バアルがグライン一行を通すように命じると、魔人兵達は速やかに去っていく。
「何だ、魔人王って奴は案外話が解る方じゃねえか? さっさと行こうぜ」
グライン達は城内を進み、階段を上っては謁見の間へやって来る。闘技場が映し出された巨大な球体が置かれた台座、そして玉座に座るバアルの姿。傍らには護衛となる魔人兵が二人いる。
「……強者の力を感じる。それも、何処か懐かしいような……ニンゲンよ、何ゆえ此処へ来た?」
バアルが問う。
「僕達は……」
グラインとティムが旅の目的と共に、聖竜の塔最後の鍵となるガブリエルの印を必要としている事を話す。
「ほう……お前達があの者の予言していた勇者と選ばれし者という事か」
「え?」
バアルが口にした『あの者』、そして『予言』――グラインの頭に浮かび上がる人物は、レヴェンであった。
「まさか母さんが……僕の母、レヴェンがこの地を訪れたのですか?」
思わず声を張り上げるグライン。
「あの者……レヴェン、というのか」
そう、かつてデルモンド王国に予言者――レヴェンが訪れていた。
十数年前、デルモンド王国を訪れたレヴェンは魔人兵に捕らわれ、地下牢に投獄されていた。
「魔人王様。たった今、奇妙なニンゲンの女を捕えました」
魔人兵の一人がバアルに報告する。
「ニンゲンの女だと? 一体何者だ」
「ハッ、未来が見える旅の予言者と名乗っていました。全く以て理解出来ぬ愚か者ですよ」
バアルは注がれた酒を口にする。
「……その女を連れて来い」
レヴェンを謁見の間へ連れて来るように命じると、魔人兵は即座に地下牢へ向かって行く。二人の魔人兵によってバアルの元へ連れられるレヴェン。
「貴様か。予言者たるニンゲンは」
冷徹かつ迫るような声でバアルが問う。レヴェンは予言した。勇者となる者が魔人王の元を訪れ、共に戦う事になる。勇者は自身の息子であり、選ばれし者達と共にやって来る。そして、貴方が持っている印を必要とする、と。それからレヴェンは再び地下牢へ投獄されるものの、瞬間移動魔法で牢から脱出していた。
「母さんは、こんなところにも来ていたのか」
グラインはレヴェンの行動力にひたすら驚くばかり。
「全く、レヴェンもナイスなコトやってくれるじゃないノ。危険を冒してまでワタシ達の来訪をわざわざ予言してくれタなんてネ」
ティムが嬉しそうに言いながらも、バアルにガブリエルの印を譲ってもらうよう交渉を始める。
「……あのようなものは私には不要だ。欲しければくれてやる」
「おいおいマジかよ! 気前がいいねぇ魔人王さんよ」
キオが歓喜の声を上げる。
「ただし……お前達の強さを認めてからだ」
「は?」
「私は強者しか信じぬ。勇者たる者と選ばれし者の実力がどれ程のものか興味深い。お前達が私を楽しませる強者に相応しいか、試してやろう」
闘志を燃やすバアルの全身から威圧感を感じる一行。バアルは勇者と選ばれし者達の力に興味が湧き、血が騒ぐ感覚になっているのだ。
「ほー。つまりあんたとバトルして、勝ったら印をくれてやるってわけかい? 簡単な話じゃねぇか」
やってやろうじゃねぇかと戦う意欲を燃やすキオ。
「軽い気持ちで言わないで。この男から凄まじい闘気を感じるわ」
リフはバアルから大いなる闘気を感じ取っていた。それはグラインも同じであり、この男からは凄い力を感じる。全力で戦わないと絶対に勝てない相手だ、と本能で察していた。
「魔人王様! お身体の方は……」
「心配無用だ。既にダメージは回復している」
ゾルアとの戦いで受けたダメージは、並みの生物の数倍は優れている自然治癒力の特性によって殆ど回復していた。この特性は魔人特有のものであり、打撃や斬撃で受けた傷は短時間で回復する程だ。
「来るがいい、修羅の場へ」
バアルが指を鳴らすと、グライン一行がいる場所が抜けて地下へ降りていく。思わず驚き慌てるグライン達だが、足場が地下へ到着してから直ぐに気持ちを切り替え、向かう先にある暗黒の闘技場へやって来る。
「こ、これが……」
リングに出て辺りを見回す一行。闘技場の観客席には多くの魔人が見物している。先程まで魔人同士が腕を競い合う目的で激しく拳を交えていたのだ。
「聞け、諸君。今再び決闘の参加者が現れた」
バアルの声が聞こえてくる。
「新手の参加者はニンゲンの勇者たる者と選ばれし戦士達だ。彼らの力を試す目的でこの私自身が直々に相手をする。強者の戦いに刮目せよ」
ざわめく魔人達。グラインとリフはそれぞれの武器を力強く握り締め、ガザニアは軽く鞭を振るい、キオは拳を鳴らす。向かいの入り口からバアルが戦斧カラミティアックスを手に現れる。
「お前達一人一人の実力を試してやる。誰が戦うか決めるがいい」
グラインは思わず仲間の顔を見る。
「へっ、だったらオレがやってやるよ。こいつはやりがいがあるぜ」
キオが一歩前に出ると、炎の魔力と全身の闘気を最大限まで高める。
「……鬼人族の闘士か。滾らせてくれる」
カラミティアックスを振るいつつも、魔力を開放するバアル。試合開始のドラが鳴り響くと、キオとバアルが同時に飛び出す。
「うおおおおおおお!」
拳のラッシュを叩き込むキオに対し、バアルは防御に徹しては気合いでキオを吹っ飛ばす。後方に飛ばされて着地した瞬間、バアルのカラミティアックスによる一撃が襲い掛かる。間髪で回避し、反撃の炎気砲を放つ。バアルは動じる事なく炎気砲をカラミティアックスの斬撃で切り裂き、片手に闇のエネルギーボールを作り出し、投げつける。飛び上がって攻撃を避けるキオは、空中から炎を纏った回し蹴りをバアルの脳天目掛けて叩きつけようとする。
「ぐぼぁっ!」
突然、胃液を吐くキオ。バアルの闇のオーラを纏った拳がキオの腹部にめり込んでいたのだ。更にバアルの蹴りがキオの顎に叩き込まれる。血反吐を撒き散らしながらも大きくバウンドしつつ倒されるキオ。
「この程度では話にならん」
カラミティアックスを手にキオの前まで来てはとどめを刺そうとするバアル。
「やめろ! とどめだけは刺すな!」
思わず止めようとするグラインに、バアルが鋭い視線を向ける。
「仲間の命が惜しければ、私と戦う事を選べ。勇者よ」
戦う事を促すバアルに、グラインはヘパイストロッドを手に挑もうとする。
「おい待て……オレはまだ終わっちゃあいねぇぞ」
キオが立ち上がろうとする。
「キオ、ここは僕が……」
「外野は引っ込んでろ! オレの闘志はまだまだこれからだぜ」
闘志を燃やすキオを見てふむ、とバアルが再び戦闘態勢に入る。
「む……?」
バアルは不意に気配を感じ取る。突然、空間が歪み始めると、次元の穴が現れる。
「この邪気は……! それに、あの穴……」
グラインは邪悪な気配を感じつつも、不吉な予感を覚える。穴から現れたのは――ダグ、バキラ、クロトだった。
「お前達、何故ここに!」
「アハハハ、暫くぶりだね。まさかお前達がこんなところに来ていたなんて驚いたよ」
相変わらず不敵に笑うバキラ。
「てめぇら……!」
バキラ達の姿を見て、キオは怒りを燃やしつつも立ち上がる。
「貴様らは何者だ」
バアルが問う。
「初めまして魔人王サマ。ボク達はジョーカーズの者。悪魔王の協力者さ」
悪魔王の協力者と知っては敵意の込められた目を向けるバアル。客席にいる魔人達は何事だと騒ぎ始める。
「ちょっと周りが騒がしいね。黙らせておこうか」
バキラの目が光ると、客席全体が紫色の霧に包まれていく。傀儡の呪術であった。霧に覆われた魔人達が次々と苦しみ始める。状況を把握したバアルがカラミティアックスをバキラに向けて投げつけるが、咄嗟にダグがバキラの前に立ちはだかり、我が身に受ける事で弾き飛ばしてしまう。ダグの周囲は結界で覆われていた。更に、何かの衝撃が上から伝わってくる。爆発による衝撃だった。
「アッハッハ、魔人王サマ。今すぐ街の方へ行った方がいいんじゃないかな? 悪魔王が王国を潰しに来たんだからね」
バアルが目を見開かせる。
「小賢しい奴め」
呟くように言うと、バアルの姿が消える。瞬間移動魔法で街へ向かったのだ。
「貴様、何を考えている!」
グラインが攻撃的な口調で詰め寄る。
「クックック。ボク達の新しい仲間をお前達に紹介しようと思ってね」
バキラが宝玉を取り出すと、瘴気と共に何者かが飛び出す。バキラによって宝玉に収納されていた人物が召喚されたのだ。現れたのは、長い金髪を靡かせ、漆黒の鎧と兜を身に纏った黒騎士――ヴァルキネスだった。
「な、何だこいつは……?」
未知の敵の出現に身構えるグライン達。
「どれ、折角だからいいものを見せてやろうか。こいつの実力がどんなものか、お前達も知りたいんじゃない?」
残忍な笑みを浮かべつつも、バキラは宝玉から更に何者かを召喚した。現れた二人の醜悪な悪鬼――ドグルとマグルである。
「ドグル! マグル!」
思わず声を張り上げるキオ。ドグルとマグルは獣のように唸り声を上げていた。
「さあ、始めちゃいな! 殺戮のショータイムを!」
バキラが指示するように言うと、ドグルとマグルが動き出す。狙いはグライン達ではなく、ヴァルキネスだった。
「え?」
同時に襲い掛かるドグルとマグルに対し、ヴァルキネスは距離を取りつつも手元に槍を出現させる。そしてマグルへ槍による一撃を加える。
「グアアアアアアア!」
ドグルが火炎ブレスを吐き出すものの、ヴァルキネスの身体が黒い水煙に覆われ、炎をかき消してしまう。更にマグルが冷気ブレスを吐くと、ヴァルキネスは槍を投げつける。槍はマグルの胴体に突き刺さり、ヴァルキネスは手から黒い雷を放つ。闇の雷魔法である。
「グオアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
闇の雷がマグルに突き刺さっている槍に当たると、雷は槍を伝ってマグルの全身を嬲っていた。
「マグル! おい、やめろ!」
同族であり、元々仲間であるという考えが頭から離れず、止めようとするキオだが、ヴァルキネスの黒い雷に阻まれてしまう。襲い来るドグルを槍の連続突きで返り討ちにするヴァルキネス。しかも槍の一撃一撃に闇の力が込められていた。苦痛の余り凄まじい咆哮を上げながらも、ドグルとマグルが同時に攻撃を仕掛けてくる。ヴァルキネスは身軽に動きつつも、槍の先端を突き出す。
「……消えろ」
ヴァルキネスの槍からは、黒い雷を帯びた光線が放たれる。光線はドグルの身体を貫く。
「ガアアァァァァァァッ!」
風穴を開けたドグルの全身が黒い雷による激しい電撃が襲い掛かる。
「クソが! やめねぇかあっ!」
キオがヴァルキネスに殴り掛かるものの、鋭い槍の一撃で脇腹を貫かれてしまう。
「ごおあっ!」
鮮血が迸り、傷を負ったキオはその場で膝を付く。槍が抜かれると、ヴァルキネスはマグルに向かって突撃する。器用に槍を回しながらもマグルの懐に飛び込み、次々と斬撃を繰り出していく。黒い雷を帯びた斬撃だった。深い傷を負ったマグルに巨大な雷が直撃する。漆黒の雷は地面を大きく抉り、マグルの身体を完全に消し去っていた。
「な……なんて強さだ……」
ドグルとマグルを軽く撃破したヴァルキネスの圧倒的な強さに、グライン達は戦慄を覚える。そんなグライン達を嘲笑うように、バキラが拍手を送る。
「アハハハ、素晴らしい戦いだったよ。新参のくせに思ったよりもやるじゃない」
笑うバキラを見て、キオは激しい怒りを燃やす。
「てめぇら……こんな事ばかりして何が面白ぇんだ。オレの仲間を好き勝手に弄ぶのもいい加減にしやがれぇっ!」
無惨な形で仲間を失った怒り任せにバキラ達に殴り掛かるキオ。だが瞬時にダグが現れ、拳を振り上げる。
「ぐおああっ!」
拳の一撃を食らったキオは大きく吹っ飛ばされてしまう。
「……奴は此処にいるはずだ。今は奴を優先させろ」
そう言い残し、ダグは闘技場から去ろうとする。
「おっと、そうだったね。ヴァルキネス。暫くこいつらと遊んでやりな」
バキラの指示を受けたヴァルキネスは槍を振り回しつつも、グライン達に標的を移す。
「そこをどけ!」
目が赤く染まったグラインは魔力を放出し、勇者の力を解放する。同時にリフも聖光の力を解放し、聖剣ルミナリオを手に挑もうとしていた。そしてガザニアの周囲に花弁が舞う。未知の恐るべき強敵だと察しての全力で応戦であった。ヴァルキネスは動じる事なく、槍を掲げる。巨大な黒い雷が槍に集まり、荒れ狂う雷となってグライン達に襲い掛かった。
「ほぉ、オレみたいな奴らがウジャウジャいる国なんだな」
鬼人族と同様、筋肉質の肉体を持つ魔人の姿に、キオは親近感を抱いていた。
「何だか妙に騒がしいわネ。何かあったのかしラ」
殺風景な雰囲気漂う街の中、用心しながらも一先ず身体を休める為に宿屋へ向かう一行。
「おい、何だお前ら」
数人の魔人が一行に絡み始める。
「僕達はただの旅人だよ。ちょっと休憩しに来ただけなんだ」
揉め事を避けるべく穏便に済ませようとするグライン。
「ふざけるな! 旅人がこんなところに軽々と来れるはずがないだろう! さては悪魔王のスパイか?」
訝しむ魔人達は攻撃的な態度で迫って来る。
「うるっせぇなあ。悪魔王って知らねぇよそんな奴。喧嘩だったら買うぜ?」
喧嘩腰で応戦しようとするキオ。
「どの道お前らは怪しい奴らと変わらん。やっちまえ!」
魔人達が一斉に殴り掛かろうとする。はぁ、やっぱりこうなるのかと思いつつも身構えるグラインだが、ガザニアが軽く息を吹きかける。
「うおっ、な、何だこれは!」
息で蒔いたのは、催涙効果のある花粉だった。視界を奪われる魔人達。その隙を突いてキオが次々と魔人を殴り飛ばしていく。
「おのれぇっ!」
反撃に移る魔人達。
「騒がないでくれるかしら」
再びガザニアが息を吹きかける。
「グオッ! 身体が痺れる……!」
麻痺効果のある花粉だ。
「無駄な戦いはしたくないんだ。大人しくしてくれないか」
冷静な物言いでグラインが言う。
「へっ、言っておくが先に喧嘩売って来たのはテメェらだからな。悪く思うんじゃねぇぞ」
悪態を付くキオを前に悔しがる魔人達。
「待て!」
声と共に現れたのは、新手の魔族の男――マルバスだった。
「何だテメェ? 喧嘩売るってのか?」
キオが掴み掛かるように言う。
「いや、そんなつもりじゃねぇさ。あんたらに聞きたい事があるんだ」
マルバスが聞きたい事――それは、ゾルアに関する事であった。
「ゾルアですって? まさか、ゾルアが此処に来ているの?」
リフは思わず声を上げる。
「あんた……あいつの事、知ってるのか? 奴は何者なんだ」
マルバスが更に問う。
「私だって彼が何者なのかよく解らないわ。ただ……」
リフはゾルアの正体は解らないものの、本能で恐怖を覚える程の恐るべき力を持つ存在だったと話す。
「オレは見たんだ。あんな恐ろしいバケモノは、魔人王様を震撼させる程だった」
マルバスは語り始める。ゾルアの言葉の意味がどうしても気になり、暗黒の闘技場の客席でゾルアとバアルの戦いを見物していた――。
「マルバス、お前も来たのか。見てみろよ。魔人王様が直々に試合に出られておる」
「あのニンゲンの男、なかなかやりおる。一体何者なんだ?」
ゾルアとバアルの試合は、互角の戦いとなっていた。カラミティアックスと呼ばれるバアルの戦斧から繰り出される衝撃波。それに対抗するかの如く、上空からデモンズブレイドを振り下ろしたゾルアの斬撃。ゾルアの目は赤く光っている。ゾルアの意思ではなく、グレアウロがゾルアの肉体を動かしている状態である事を意味していた。
「あの男……明らかに真っ当じゃない。奴が言ってたバケモノが動いているのか?」
ゾルアの中に潜むグレアウロの声を聞いていた事もあり、ゾルアの言うバケモノと呼ばれる存在にマルバスは危機感を覚えていた。斬撃と戦斧による激突は長らく続き、戦況はやがてバアルが優位になっていく。暗黒魔法を駆使したバアルの攻撃によって倒されるゾルア。顔は血に塗れていた。それでも立ち上がるゾルアの口からは、黒い瘴気が漏れ出している。更に、闇のオーラが生じていた。闇のオーラに包まれたゾルアが突然咆哮を上げる。身体が漆黒の体毛で覆われ、赤い髪が伸びていく。漆黒のオーラに包まれた魔獣と化していった。
「な……何だあれは! あれがバケモノ……」
魔獣と化したゾルアから凄まじい闇の力を感じ取ったマルバスは戦慄する。試合を見物している魔人達も騒然としていた。
「ゴアアアアアアアアアア!」
凄まじい咆哮を轟かせつつも、魔獣ゾルアがバアルに襲い掛かる。バアルはカラミティアックスに魔力を込めつつも、魔獣ゾルアに立ち向かう。激しい攻防による衝撃は闘技場全体に伝わり、二人の周囲には何者も寄せ付けないと言わんばかりに球体状の黒いオーラが発生していた。全力で挑むバアルだが、魔獣ゾルアの恐るべき力によって劣勢に追い込まれていた。暗黒魔法をも受け付けず、戦斧による一撃を受けても怯まない魔獣ゾルアは目の前の敵を叩き潰すだけの破壊魔そのものであり、敵とみなしたバアルを叩きのめし、血反吐を吐かせていた。延々殴られ続けていたバアルは後方に飛び退き、間合いを取る。唸り声を上げる魔獣ゾルアは更に攻撃を仕掛けようとする。だが突然、魔獣ゾルアが苦しみ始める。
「グルルル……ガアアアアアァァァァッ!」
苦しみながら咆哮を上げる魔獣ゾルア。その隙にバアルが戦斧を振り下ろす。
「グオオアアアアアアアアアアア!」
更にバアルが戦斧を振り下ろす。黒い血が舞い、深い傷を刻まれたゾルアの姿が人間に戻っていく。人間の姿に戻ったゾルアは意識を失っており、バアルは緑色の血を吐きながら膝を付いた。勝敗は、引き分けであった。倒れたゾルアは数人の魔人兵に運ばれていき、バアルはふらつきながらも闘技場から去って行く。試合の成り行きを見守っていたマルバスは、魔獣グレアウロとしてのゾルアの恐るべき強さにただただ戦慄するばかりだった。
マルバスの話を全て聞き終えたグライン一行は驚きを隠せなかった。
「ゾルアという奴は、それ程恐ろしい男だというのか……?」
魔人王をも圧倒する魔獣の力が備わったゾルアの存在。そいつは敵なのか味方なのか。もし敵として戦う事になれば、恐ろしい相手となる事は間違いない。
「ハッ、ビビるんじゃねえ。どんなやべぇ奴がいようと、ここまで来たら引き返すわけにはいかねぇだろ」
啖呵を切るキオを前に、グラインは一呼吸置き、そうだねと軽く返答して前へ進もうとする。
「あんたらは何をしに此処へ来たんだ? 奴の仲間じゃないのか?」
グライン達の目的とゾルアとの関係性を問うマルバスに、ティムは旅の目的を簡潔に説明する。続いてリフが旅の中で知り合って一時的に同行していた程度で、仲間どころか味方とは言い切れない存在だと明かした。
「ガブリエルの印とやらはオレにはよく解らんが……魔人王様は今、傷の治療に専念している。そう易々と話を聞いて下さると思わん方がいいぞ」
「そうであってモ、行かなきゃいけないのヨ。ワタシ達にとってハ重要なコトなんだかラ」
ガブリエルの印を手にするには魔人王に会わなくてはならないと考えているティムは決して考えを変えようとしない。
「まあいいさ。勝手にしな。けど……あんたらの強さが魔人王様と戦えるレベルなら、心強いがな」
そう言い残してマルバスは去って行く。
「何だあいつ。オレ達の事、どう見てやがるんだよ」
腕組みをしながらぼやくキオの横で、グラインは正面にある魔人王の城をジッと見つめる。今は魔人王にガブリエルの印を譲ってもらう事を考えなくては、と思いつつも城へ向かう。
「ゾルア……あの男が敵として立ちはだかろうと、私にはこの聖剣ルミナリオがある」
リフは聖剣ルミナリオの力を信じつつも、足を動かし始める。街中にいる魔人達の鋭い視線が向けられつつも、グライン達は城へと辿り着いた。
「貴様ら、何者だ!」
門番の魔人兵が立ちはだかる。
「僕達、魔人王に用があるんだけど……通してもらえないかな?」
穏便に済ませようと交渉するグラインだが、魔人兵は訝しむばかり。
「さてはあの男の仲間か? 魔人王様の元へは行かせんぞ!」
戦闘態勢に入る魔人兵達。
「耳障りね。いちいち喚くんじゃないわよ」
ガザニアが眠りと麻痺効果のある花粉を放つ。だが、魔人兵達には効果が薄い模様。
「耐性が付いてたなんて、めんどくさいわね」
種を撒き、巨大な食虫植物を出現させるガザニア。大口を開けて魔人兵に襲い掛かる食虫植物。
「スキあり!」
隙を見つけて回し蹴りを叩き込むキオ。更にガザニアが猛毒の塗られた棘を口から吐き出し、魔人兵達に命中させる。
「うぐおおお……か、身体が……」
猛毒に冒された魔人兵達は動きが鈍くなり、キオは一斉に拳を叩き込んでいく。魔人兵達はキオとガザニアによって撃破された。
「こんな事したら却って面倒な事になりそうなんだけど……」
この騒動で外部からの襲撃犯だとみなされるのではないかと不安になるグライン。
「おい貴様ら、そこを動くな!」
次々と魔人兵が現れ、取り囲んでいく。やっぱりなぁ、とグラインは頭を抱える。
「待て、お前達」
響き渡るように声が聞こえてくる。バアルの声であった。
「その者達に興味がある。通すがよい」
バアルがグライン一行を通すように命じると、魔人兵達は速やかに去っていく。
「何だ、魔人王って奴は案外話が解る方じゃねえか? さっさと行こうぜ」
グライン達は城内を進み、階段を上っては謁見の間へやって来る。闘技場が映し出された巨大な球体が置かれた台座、そして玉座に座るバアルの姿。傍らには護衛となる魔人兵が二人いる。
「……強者の力を感じる。それも、何処か懐かしいような……ニンゲンよ、何ゆえ此処へ来た?」
バアルが問う。
「僕達は……」
グラインとティムが旅の目的と共に、聖竜の塔最後の鍵となるガブリエルの印を必要としている事を話す。
「ほう……お前達があの者の予言していた勇者と選ばれし者という事か」
「え?」
バアルが口にした『あの者』、そして『予言』――グラインの頭に浮かび上がる人物は、レヴェンであった。
「まさか母さんが……僕の母、レヴェンがこの地を訪れたのですか?」
思わず声を張り上げるグライン。
「あの者……レヴェン、というのか」
そう、かつてデルモンド王国に予言者――レヴェンが訪れていた。
十数年前、デルモンド王国を訪れたレヴェンは魔人兵に捕らわれ、地下牢に投獄されていた。
「魔人王様。たった今、奇妙なニンゲンの女を捕えました」
魔人兵の一人がバアルに報告する。
「ニンゲンの女だと? 一体何者だ」
「ハッ、未来が見える旅の予言者と名乗っていました。全く以て理解出来ぬ愚か者ですよ」
バアルは注がれた酒を口にする。
「……その女を連れて来い」
レヴェンを謁見の間へ連れて来るように命じると、魔人兵は即座に地下牢へ向かって行く。二人の魔人兵によってバアルの元へ連れられるレヴェン。
「貴様か。予言者たるニンゲンは」
冷徹かつ迫るような声でバアルが問う。レヴェンは予言した。勇者となる者が魔人王の元を訪れ、共に戦う事になる。勇者は自身の息子であり、選ばれし者達と共にやって来る。そして、貴方が持っている印を必要とする、と。それからレヴェンは再び地下牢へ投獄されるものの、瞬間移動魔法で牢から脱出していた。
「母さんは、こんなところにも来ていたのか」
グラインはレヴェンの行動力にひたすら驚くばかり。
「全く、レヴェンもナイスなコトやってくれるじゃないノ。危険を冒してまでワタシ達の来訪をわざわざ予言してくれタなんてネ」
ティムが嬉しそうに言いながらも、バアルにガブリエルの印を譲ってもらうよう交渉を始める。
「……あのようなものは私には不要だ。欲しければくれてやる」
「おいおいマジかよ! 気前がいいねぇ魔人王さんよ」
キオが歓喜の声を上げる。
「ただし……お前達の強さを認めてからだ」
「は?」
「私は強者しか信じぬ。勇者たる者と選ばれし者の実力がどれ程のものか興味深い。お前達が私を楽しませる強者に相応しいか、試してやろう」
闘志を燃やすバアルの全身から威圧感を感じる一行。バアルは勇者と選ばれし者達の力に興味が湧き、血が騒ぐ感覚になっているのだ。
「ほー。つまりあんたとバトルして、勝ったら印をくれてやるってわけかい? 簡単な話じゃねぇか」
やってやろうじゃねぇかと戦う意欲を燃やすキオ。
「軽い気持ちで言わないで。この男から凄まじい闘気を感じるわ」
リフはバアルから大いなる闘気を感じ取っていた。それはグラインも同じであり、この男からは凄い力を感じる。全力で戦わないと絶対に勝てない相手だ、と本能で察していた。
「魔人王様! お身体の方は……」
「心配無用だ。既にダメージは回復している」
ゾルアとの戦いで受けたダメージは、並みの生物の数倍は優れている自然治癒力の特性によって殆ど回復していた。この特性は魔人特有のものであり、打撃や斬撃で受けた傷は短時間で回復する程だ。
「来るがいい、修羅の場へ」
バアルが指を鳴らすと、グライン一行がいる場所が抜けて地下へ降りていく。思わず驚き慌てるグライン達だが、足場が地下へ到着してから直ぐに気持ちを切り替え、向かう先にある暗黒の闘技場へやって来る。
「こ、これが……」
リングに出て辺りを見回す一行。闘技場の観客席には多くの魔人が見物している。先程まで魔人同士が腕を競い合う目的で激しく拳を交えていたのだ。
「聞け、諸君。今再び決闘の参加者が現れた」
バアルの声が聞こえてくる。
「新手の参加者はニンゲンの勇者たる者と選ばれし戦士達だ。彼らの力を試す目的でこの私自身が直々に相手をする。強者の戦いに刮目せよ」
ざわめく魔人達。グラインとリフはそれぞれの武器を力強く握り締め、ガザニアは軽く鞭を振るい、キオは拳を鳴らす。向かいの入り口からバアルが戦斧カラミティアックスを手に現れる。
「お前達一人一人の実力を試してやる。誰が戦うか決めるがいい」
グラインは思わず仲間の顔を見る。
「へっ、だったらオレがやってやるよ。こいつはやりがいがあるぜ」
キオが一歩前に出ると、炎の魔力と全身の闘気を最大限まで高める。
「……鬼人族の闘士か。滾らせてくれる」
カラミティアックスを振るいつつも、魔力を開放するバアル。試合開始のドラが鳴り響くと、キオとバアルが同時に飛び出す。
「うおおおおおおお!」
拳のラッシュを叩き込むキオに対し、バアルは防御に徹しては気合いでキオを吹っ飛ばす。後方に飛ばされて着地した瞬間、バアルのカラミティアックスによる一撃が襲い掛かる。間髪で回避し、反撃の炎気砲を放つ。バアルは動じる事なく炎気砲をカラミティアックスの斬撃で切り裂き、片手に闇のエネルギーボールを作り出し、投げつける。飛び上がって攻撃を避けるキオは、空中から炎を纏った回し蹴りをバアルの脳天目掛けて叩きつけようとする。
「ぐぼぁっ!」
突然、胃液を吐くキオ。バアルの闇のオーラを纏った拳がキオの腹部にめり込んでいたのだ。更にバアルの蹴りがキオの顎に叩き込まれる。血反吐を撒き散らしながらも大きくバウンドしつつ倒されるキオ。
「この程度では話にならん」
カラミティアックスを手にキオの前まで来てはとどめを刺そうとするバアル。
「やめろ! とどめだけは刺すな!」
思わず止めようとするグラインに、バアルが鋭い視線を向ける。
「仲間の命が惜しければ、私と戦う事を選べ。勇者よ」
戦う事を促すバアルに、グラインはヘパイストロッドを手に挑もうとする。
「おい待て……オレはまだ終わっちゃあいねぇぞ」
キオが立ち上がろうとする。
「キオ、ここは僕が……」
「外野は引っ込んでろ! オレの闘志はまだまだこれからだぜ」
闘志を燃やすキオを見てふむ、とバアルが再び戦闘態勢に入る。
「む……?」
バアルは不意に気配を感じ取る。突然、空間が歪み始めると、次元の穴が現れる。
「この邪気は……! それに、あの穴……」
グラインは邪悪な気配を感じつつも、不吉な予感を覚える。穴から現れたのは――ダグ、バキラ、クロトだった。
「お前達、何故ここに!」
「アハハハ、暫くぶりだね。まさかお前達がこんなところに来ていたなんて驚いたよ」
相変わらず不敵に笑うバキラ。
「てめぇら……!」
バキラ達の姿を見て、キオは怒りを燃やしつつも立ち上がる。
「貴様らは何者だ」
バアルが問う。
「初めまして魔人王サマ。ボク達はジョーカーズの者。悪魔王の協力者さ」
悪魔王の協力者と知っては敵意の込められた目を向けるバアル。客席にいる魔人達は何事だと騒ぎ始める。
「ちょっと周りが騒がしいね。黙らせておこうか」
バキラの目が光ると、客席全体が紫色の霧に包まれていく。傀儡の呪術であった。霧に覆われた魔人達が次々と苦しみ始める。状況を把握したバアルがカラミティアックスをバキラに向けて投げつけるが、咄嗟にダグがバキラの前に立ちはだかり、我が身に受ける事で弾き飛ばしてしまう。ダグの周囲は結界で覆われていた。更に、何かの衝撃が上から伝わってくる。爆発による衝撃だった。
「アッハッハ、魔人王サマ。今すぐ街の方へ行った方がいいんじゃないかな? 悪魔王が王国を潰しに来たんだからね」
バアルが目を見開かせる。
「小賢しい奴め」
呟くように言うと、バアルの姿が消える。瞬間移動魔法で街へ向かったのだ。
「貴様、何を考えている!」
グラインが攻撃的な口調で詰め寄る。
「クックック。ボク達の新しい仲間をお前達に紹介しようと思ってね」
バキラが宝玉を取り出すと、瘴気と共に何者かが飛び出す。バキラによって宝玉に収納されていた人物が召喚されたのだ。現れたのは、長い金髪を靡かせ、漆黒の鎧と兜を身に纏った黒騎士――ヴァルキネスだった。
「な、何だこいつは……?」
未知の敵の出現に身構えるグライン達。
「どれ、折角だからいいものを見せてやろうか。こいつの実力がどんなものか、お前達も知りたいんじゃない?」
残忍な笑みを浮かべつつも、バキラは宝玉から更に何者かを召喚した。現れた二人の醜悪な悪鬼――ドグルとマグルである。
「ドグル! マグル!」
思わず声を張り上げるキオ。ドグルとマグルは獣のように唸り声を上げていた。
「さあ、始めちゃいな! 殺戮のショータイムを!」
バキラが指示するように言うと、ドグルとマグルが動き出す。狙いはグライン達ではなく、ヴァルキネスだった。
「え?」
同時に襲い掛かるドグルとマグルに対し、ヴァルキネスは距離を取りつつも手元に槍を出現させる。そしてマグルへ槍による一撃を加える。
「グアアアアアアア!」
ドグルが火炎ブレスを吐き出すものの、ヴァルキネスの身体が黒い水煙に覆われ、炎をかき消してしまう。更にマグルが冷気ブレスを吐くと、ヴァルキネスは槍を投げつける。槍はマグルの胴体に突き刺さり、ヴァルキネスは手から黒い雷を放つ。闇の雷魔法である。
「グオアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
闇の雷がマグルに突き刺さっている槍に当たると、雷は槍を伝ってマグルの全身を嬲っていた。
「マグル! おい、やめろ!」
同族であり、元々仲間であるという考えが頭から離れず、止めようとするキオだが、ヴァルキネスの黒い雷に阻まれてしまう。襲い来るドグルを槍の連続突きで返り討ちにするヴァルキネス。しかも槍の一撃一撃に闇の力が込められていた。苦痛の余り凄まじい咆哮を上げながらも、ドグルとマグルが同時に攻撃を仕掛けてくる。ヴァルキネスは身軽に動きつつも、槍の先端を突き出す。
「……消えろ」
ヴァルキネスの槍からは、黒い雷を帯びた光線が放たれる。光線はドグルの身体を貫く。
「ガアアァァァァァァッ!」
風穴を開けたドグルの全身が黒い雷による激しい電撃が襲い掛かる。
「クソが! やめねぇかあっ!」
キオがヴァルキネスに殴り掛かるものの、鋭い槍の一撃で脇腹を貫かれてしまう。
「ごおあっ!」
鮮血が迸り、傷を負ったキオはその場で膝を付く。槍が抜かれると、ヴァルキネスはマグルに向かって突撃する。器用に槍を回しながらもマグルの懐に飛び込み、次々と斬撃を繰り出していく。黒い雷を帯びた斬撃だった。深い傷を負ったマグルに巨大な雷が直撃する。漆黒の雷は地面を大きく抉り、マグルの身体を完全に消し去っていた。
「な……なんて強さだ……」
ドグルとマグルを軽く撃破したヴァルキネスの圧倒的な強さに、グライン達は戦慄を覚える。そんなグライン達を嘲笑うように、バキラが拍手を送る。
「アハハハ、素晴らしい戦いだったよ。新参のくせに思ったよりもやるじゃない」
笑うバキラを見て、キオは激しい怒りを燃やす。
「てめぇら……こんな事ばかりして何が面白ぇんだ。オレの仲間を好き勝手に弄ぶのもいい加減にしやがれぇっ!」
無惨な形で仲間を失った怒り任せにバキラ達に殴り掛かるキオ。だが瞬時にダグが現れ、拳を振り上げる。
「ぐおああっ!」
拳の一撃を食らったキオは大きく吹っ飛ばされてしまう。
「……奴は此処にいるはずだ。今は奴を優先させろ」
そう言い残し、ダグは闘技場から去ろうとする。
「おっと、そうだったね。ヴァルキネス。暫くこいつらと遊んでやりな」
バキラの指示を受けたヴァルキネスは槍を振り回しつつも、グライン達に標的を移す。
「そこをどけ!」
目が赤く染まったグラインは魔力を放出し、勇者の力を解放する。同時にリフも聖光の力を解放し、聖剣ルミナリオを手に挑もうとしていた。そしてガザニアの周囲に花弁が舞う。未知の恐るべき強敵だと察しての全力で応戦であった。ヴァルキネスは動じる事なく、槍を掲げる。巨大な黒い雷が槍に集まり、荒れ狂う雷となってグライン達に襲い掛かった。
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