Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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美しき女剣士と呪われし運命の男 壱

獣人の王国

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アズウェル王国から南西に位置する場所にあるロレイ村――リフとサラが育てられた修道院が存在する村であり、様々な旅人の行くべき先を占っている導きの占い師マドランがいる。リフはサラを攫ったバキラ達の行方や今向かうべき場所を探るべく、村の外れにある占いの館を訪れる。薄暗い館には、水晶玉を前に念じているマドランがいた。
「ふぁっ! 何じゃ。お前さん、見覚えあるぞ。もしやアズウェル王国に引っ越した修道院の子か」
「はい、リフィカルト・ババロディアです」
マドランとは村にいた頃からの顔見知りであり、直接対面するのは十数年振りであった。リフは挨拶と共に旅の目的を伝え、行くべき先の占いを依頼する。
「フム……お前さんが今行くべき場所は……獣の種族とエルフが住む南西の地とみた」
「南西の地?」
マドランの言う南西の地とは、ビースト族と呼ばれる獣人とエルフ族の王国が存在する南西の大陸サウェイト。そこでサラを救う為に必要なものを知る事になるというのだ。
「……つまり、サラを救う為には南西の地へ行く必要があるという事ですか?」
「詳しい事はわからん。だが、お前さんの目的を果たす為に必要な何かがあるという事は見えた。答えを知りたければ行ってみるしかないじゃろうて。それと……もう一つ、面白いものが見えたぞ」
マドランは更に言葉を続ける。
「お前さんは近い将来、選ばれし者達と共に戦う事になる。そんな姿が見えたわい」
「選ばれし……者達?」
リフは自分の仲間になるという、選ばれし者達と呼ばれる存在に興味を抱く。
「その、選ばれし者達とは一体どのような?」
「さあのう。一つ言える事は、お前さんの仲間となる者……といったところじゃろうな。詳しくはお前さんの目で確かめる他にないじゃろう」
マドランの占いで、リフはふと考える。自分はいずれ共に戦う仲間と出会う。自分に仲間が出来るとならば、仲間達と共にジョーカーズに挑む事になるのだろうか。敵となる者はあの二人以外は未知数であり、自分一人だけで乗り越えられるような相手ではないかもしれない。選ばれし者達が何者なのかは解らないけど、仲間として自分と共に戦う事になるのなら一体何処で出会えるのだろうか。
「マドラン様、ありがとうございます」
リフは代金を払おうとするが、所持金の乏しさに困惑してしまう。
「ああ、お代は今払わなくていいよ。旅とならば金は必要じゃろう?」
「え?」
「何、安心せい。お代はお前さんの目的を果たしてから頂く事にするぞよ。所謂ツケ払いじゃな。お前さんの旅が終われば、アズウェルに出向いてでも請求させてもらうぞ。ひっひっひっ」
「は、はあ……」
占いの代金はサラを救う旅を終えてから払うと約束した上で館を後にするリフ。村の様子を見てみると、住んでいた頃と何一つ変わりない平和な状況で安心したリフは修道院へ向かう。修道院には数人の修道士と、リフとサラの育ての親となる修道院長のグレドがいた。
「リフ! お前なのか」
「お久しぶりです、グレド院長」
「まさかお前が戻ってくるとは……」
リフは事情を話すと、グレドは愕然とする。
「何という事だ……まさかサラが……」
リフは申し訳なさそうに項垂れる。
「私が不甲斐ないばかりに、妹を守る事が出来なかった。だからこそ、私の手でサラを救い出したい。たとえ何者が相手になろうと、私がサラを救わねばならない。その為にも、私は旅に出ます」
グレドはサラを救う旅に出る決意が込められたリフの目を見て、ちょっと待っておれと言い残して部屋に向かう。数分後、グレドは何かが入った布袋を差し出す。袋の中身は、旅の資金と薬草類であった。
「これは……私の為に?」
「リフよ。サラが邪悪なる者の手によって攫われたとならば、お前の旅はとても険しいものとなるであろう。大して助力になれぬが、何かの役に立ててくれ。それから……これも持っていくがいい」
グレドは青い宝玉が埋められた指輪を与える。
「この指輪は?」
「神光の指輪と呼ばれるものだ。お守りとして持っていてくれ」
神光の指輪とは元々修道院長が光を司る神に祈りを捧げる為に使っていたものだが、指輪の宝玉には神の光が施され、汚れなき者が手にすると自身に光の加護が与えられるという。リフは神光の指輪を薬指にはめると、グレドに感謝を込めて礼を言い、修道士に見送られながらも修道院を後にした。
「リフよ……随分と逞しくなったものよ。今のお前は王国の剣士であったな……。お前ならばきっとサラを救ってくれると信じておるよ」
グレドは去り行くリフの旅の無事を祈っていた。ロレイ村での用事を済ませたリフはマドランの占いに従い、南西の大陸サウェイトへ向かうべく港町シーフルーへ向かう。グラシス平野の向こうに存在する港町シーフルーは各大陸への船着き場とされており、漁も盛んであった。リフは潮風の匂いが漂う町の中を歩きつつも、酒場で一休みする事に。酒場には数人の荒くれ者が酒盛りをしていた。リフはパンケーキとホットミルクを注文すると、荒くれ者の一人が近付いて来る。
「よお姉ちゃん。なかなかの美人じゃねえか。オレ達と飲まねえか?」
荒くれの男が酒に酔った勢いで絡んでくると、リフは嫌悪感を覚えつつも右手拳で殴り倒す。
「て、てめえこの野郎!」
周りの荒くれ連中が掴み掛ろうとするが、リフは即座に剣を抜く。
「黙れ。私に妙な真似をすると容赦なく叩き斬る」
剣を手にしたリフの気迫に思わず面食らい、ブツブツ言いながらも代金を払い、店から出る荒くれ者達。リフはやれやれと思いつつも、カウンターに出されたパンケーキとホットミルクを口にする。
「いやあ、なかなかお強いですなお嬢さん。剣士ですか?」
バーテンダーがシェーカーを振りながらもリフに話し掛ける。
「ええ。アズウェル王国の剣士です。訳あって南西の地へ向かうところです」
「南西の地? 確か南西にはビースト族とエルフ族が住む大陸があるそうですが、そこへ向かうと?」
リフは頷き、旅の目的を話す。
「なるほど、なかなか大変な旅になりそうですな。しかしながら最近では海の生物が凶暴化しているという噂を聞きますが、果たして大丈夫なのか」
バーテンダー曰く、数日前から海の生物が凶暴化し、時々漁に被害が出ていると町中で噂になっていた。定期船の運行は現時点では通常運転であるものの、状況次第では運行を停止する可能性があるというのだ。酒場から出たリフは南西の地へ行く定期船に乗ろうと港へ向かう。南西の地行きの定期船は、ルドナの港行きの船であった。船に乗り込むと、船内の客人は数える程しかいない。海の生物に関する噂が広がってから、定期船を利用する者が激減しているのだ。何か悪い予感がする。そう思いつつも、リフは船内の客室でひと眠りする事に。出港する船。波に揺れる船内。ひと眠りするはずが船酔いしてしまい、吐き気に襲われるリフ。口を抑えながらデッキに出たリフは、海に向けて反吐を吐き散らしていた。
「うぐっ……私とした事が船酔いするなんて」
自分が吐いた反吐の臭いを口から感じつつも、リフは落ち着くまで身体を壁に預ける形で潮風に当たる。日が沈み、夜になろうとした頃、船が激しく揺れ始める。
「な、何?」
尋常ではない揺れに不吉な予感を覚えたリフは思わず剣を抜く。揺れの原因は海の魔物クラーケンの暴走によるものであった。巨大な烏賊の姿をした魔物クラーケンが姿を現すと、太い触腕で船を攻撃し始める。
「ぐっ!」
触腕の一撃を受けたリフは背中を強打し、ゲホゲホと咳き込む。口からは一筋の血が流れていた。船員と客人が安全な場所に避難すると、リフは剣を手にクラーケンに立ち向かう。
「天翔破斬! ハァッ!」
リフは剣を両手に持って飛び上がり、空中から大きく振り回す。次の瞬間、斬撃による衝撃波が発生し、クラーケンに襲い掛かる。更にリフはクラーケンに向かって直接飛び込み、大きく斬り上げる。
「ギリャアアアァァァッ!」
けたたましい鳴き声を上げながらも触腕や足で船体を激しく叩き付けるクラーケン。船は大きく揺れ、大きな波が発生する。転覆の危険がある状態となっていた。
「クッ、このままでは……」
リフはこれ以上船を攻撃させてはならないと、クラーケンに飛び掛かる。触腕と足を切り落とそうとするものの、並みの剣では切れない頑丈さだった。
「がっはあ!」
触腕に叩き付けられるリフ。倒れたところを足で捕えられ、振り回される。
「あっ……ああぁぁぁっ」
捕まった状態で振り回されるリフは拘束から逃れようとするが、強い力で身体を締め上げられてしまう。
「ぐっ! あっ……がっ! はっ……がはああぁぁぁっ!」
目を見開かせ、身体を締め上げられる苦しみにリフは叫び声を轟かせる。雨が降り、海が荒れ始めた瞬間、絶叫するリフの全身から眩い光が発生する。
「ギシャアアアアアッ!」
辺りが光に覆われる中、クラーケンは雄叫びを上げながら捕えているリフを海に投げ捨てる。光が収まり、荒れ狂う海の中で船は沈没していき、船員と客人は辛うじて救命ボートで脱出に成功していた。クラーケンは海の中に潜っていく。海に投げ出されたリフは、気を失った状態で漂流していた。


――サラ。わたしがサラを守ってあげる。わたし、サラを守れるような強い人になるよ。

おねえさま……。


たった一人の肉親であり、いつも自分を慕ってくれた大切な妹。光の魔力が備わっていたが故に、聖女として育てられるサラを守るのが、姉としての自分の使命だと思っていた。サラを守る為にも王国の剣士として生きる事を選び、多くの兵を統率出来る程の実力を身に付けた。

だけど、サラの姿はすぐに消えてしまう。何かに吸い込まれる形で。それも、巨大な闇の塊のような何かに。

そして、自分は巨大な闇の塊と対峙していた。闇は更に大きくなり、ついには自分をも飲み込んでいく――。


「姉ちゃん! おい姉ちゃん、しっかりしろよ」
突然の呼び声に夢から覚めると、そこは未知なる場所――濃い霧に包まれた森の中であった。呼び掛けているのは、狐の耳を持つ獣人の青年だった。
「……ここは?」
見慣れない場所と青年の姿にリフは困惑するばかり。
「ここはオレ達ビースト族の住処さ。あんた、人間だろ? 岸に流れ着いてたんだぜ」
青年曰く、この森はビースト族が住む百獣の密林で、岸に流れ着いていたところを発見して助けたという。そして青年の名はクロウガ。ビースト族の戦士であった。
「ビースト族……つまりここが南西の地だというの?」
痛む身体を抑えつつも、状況を整理しようとするリフ。
「まあとにかく、オレに付いて来なよ。話は後でゆっくり聞くからさ」
この獣人の青年は何者かと思うものの、とりあえず敵意は無いと判断したリフは一先ずクロウガに付いていく事にした。森の中は常に獣の唸り声が響き渡る。ところどころで血に飢えた獣達が目を光らせているような場所であると認識したリフは身構えつつも足を進める。暫く歩いていると、町らしき場所に辿り着く。町の奥には宮殿のような建物がある。百獣の長とも呼ばれる獣王が治めるビストール王国であった。
「森の中にこんな町が……?」
ビースト族の王国の存在にリフは驚くばかり。町には様々な獣人が暮らしていた。リフが案内された先は、獣王の宮殿であった。そして獣王の間にいるのは、獣王の側近となる老獣人のヨーテと数人の獣人兵であった。巨大な玉座が設けられているが、獣王の姿はない。
「ワシの名はヨーテ。獣王様の側近といったところじゃ。お前さんは人間のようだが」
リフは戸惑いつつも、全ての事情を話す。
「フム……邪悪な力を持つ二人組に攫われた妹を助ける為に旅をしている、とな。もしやレイオ様が闇の力を手にして心変わりしたのは、そやつらの仕業かもしれぬ」
レイオとは獣王の息子であり、後継者に選ばれたビースト族の剣豪である。獣王の後継者としてビースト族を治める程の力を手にする事を重んじる余り大いなる力を求めるようになり、ある日を境に強大な闇の力を手に入れては父である獣王を倒して凶獣の洞窟の奥底へ幽閉し、洞窟に身を潜めて同族の生贄を求めているとの事。レイオに倒された獣王は行方不明で、闇の力を手にしたレイオは生贄となった同族の魂を喰らい尽くす事で力を蓄えており、闇に魅入られたが故に身も心も魔物に堕ちていたのだ。
「リフと言ったな。そなたも腕の立つ者と見た。どうかある男の助太刀をして欲しいのじゃ」
ある男とは先日ビストール王国を訪れたゾルアと名乗る旅の剣士であり、ヨーテからレイオを止めるように依頼され、凶獣の洞窟へ向かったばかりであった。ゾルアの剣の腕は恐るべきもので、腕の立つ獣人兵でも歯が立たない程だという。ゾルアという剣士は自分の味方となるのか、それとも敵となるのか。内心乗り気ではないものの、帰りの船がなく、しかも今いる場所は未知の領域。これからどうすべきか答えが見出せないリフはマドランの占いを思い出しつつも、バキラとクロト、そしてジョーカーズに関する情報を知る可能性、旅の剣士ゾルアが一体何者なのか確かめる事を考えてヨーテの依頼を受ける事にした。
「オレも同行するぜ。剣士といえど、女一人で行くような場所じゃないからな」
同行するのはクロウガであった。
「正直気は進まないけど……これからどうしていいか解らない以上、あなた達の依頼を受けるしかないようね」
リフはクロウガに連れられ、凶獣の洞窟へ通じる道を進んでいく。王国を出てから数分後、森を覆う霧が濃くなっていく。視界を遮る程の濃霧の中を歩いているうちに、地下へ続く洞窟に辿り着く。此処が凶獣の洞窟であった。
「うっ、熱い……!」
洞窟に入ると、凄まじい熱気が襲い掛かる。溶岩が流れているのだ。洞窟内は血に飢えた凶暴な魔獣が潜んでおり、ビースト族の戦士ですら濫りに立ち入るのは危険だと言われている程だ。リフとクロウガは魔獣の群れを退けつつも、洞窟を進んで行く。洞窟の奥には、多くの骨と両手に剣を持つ魔獣、そして剣士の男が対峙していた。
「フゥゥッ……誰だ。貴様の仲間か?」
魔獣が剣士の男に問う。剣士の男が振り返ると、さあなと返答する。魔獣はレイオで、剣士の男がゾルアであった。
「レイオ様! おやめ下さい!」
クロウガが呼び掛ける。
「黙れ……俺にはもっと力が必要だ。その為にも……魂をよこせェッ!」
レイオが剣を手にクロウガに襲い掛かるが、ゾルアが両手に持った剣で抑える。
「貴様の相手は俺のはずだが」
ゾルアが剣を持つ手に力を入れると、レイオはそれでも食い下がらず力比べをする。激しい力比べが続く中、ゾルアはレイオの腹に蹴りを叩き込む。
「ガアッ……」
レイオがよろめくと、瞬時にゾルアが剣を振り下ろし、深々と斬り付ける。
「グボアッ! ハァッ……」
黒い血が迸る中、レイオが血反吐を吐く。
「つ、強い……」
ゾルアの全身から強者の力を感じ取ったリフは絶句するばかりであった。
「……お、おのれ……ニンゲン如きにこの俺が負けるなど、ありえぬ事……」
止まらない血を流しながらも、レイオが二刀流の剣を手に構えを取り、濁った目をゾルアに向ける。
「おいあんた。オレ達の願いはあくまでレイオ様を止める事だぞ。その事を忘れんなよ?」
クロウガの一言にゾルアは無言で応える形で軽く視線を向けるが、すぐレイオに視線を戻す。
「ウオオオオオッ!」
レイオがゾルアに向かって突撃する。表情はまさに凶悪な魔獣そのものとなっていた。洞窟内に轟く金属音。飛び散る火花。次々と繰り出されるレイオの斬撃をゾルアは全て受け止めていた。しかもゾルアの表情に焦りは全く感じられない。この男は明らかに自分とはレベルの違う実力者だ。そう察したリフは唇を噛み締めながらも、戦いの行方を見守っていた。
「ギエエッ!」
隙を見つけたゾルアの一撃がレイオの腕を斬り飛ばす。
「……死ね」
ゾルアの剣が紅蓮の炎に包まれる。炎を纏う剣を振りかざし、レイオの懐に飛び込んでは次々と連続で斬り付けていく。その攻撃に一寸の情けは無い。
「グオアアアアアアアアアアアアア!」
傷口から炎が巻き起こり、紅蓮の炎がレイオを焼き尽くしていく。苦悶の咆哮は、いつまでも響き渡っていた。
「う……あぁっ」
圧倒的な力でレイオを打ちのめしたゾルアの実力に、リフとクロウガは戦慄の余り脂汗を流していた。



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