Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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美しき女剣士と呪われし運命の男 壱

人ならざるもの

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俺は一体何者だ。常に何度もそう言い聞かせていた。

名はゾルア。それ以外の記憶に関しては何も思い出せない。だが、何故か剣の腕に関しては身体が覚えている。

だが、己について少し解った事がある。

俺は、決して人ではないという事を――


何処とも知れぬ荒野の中、傷だらけとなった一人の男――ゾルア。自身の名前と剣の腕以外の記憶を失っていたゾルアは、まるで地獄のような修羅場を乗り越えたかのようなズタボロの身体を引き摺りながらも彷徨っていた。数々の凶悪な魔物を斬り裂きながらも、辿り着いた先がルドナの村であった。村の前で倒れ、意識を失ったところを村娘のアニタに助けられ、傷が癒えるまでの数日間、アニタの家で休息を取っていた。だが、村人達はゾルアの姿に何か得体の知れない気配を感じ取り、一人一人が不審に思っていた。村人の多くが余所者を快く思っておらず、最近では周囲の魔物が凶暴化している事もあって、余所者への警戒心が強くなっているのだ。
「旅人さん、大丈夫? 怪我はどう?」
アニタがゾルアの元へやって来る。
「……この程度なら問題ない」
「そう……でも無理しちゃダメよ」
ゾルアは包帯を巻いた身体を動かし始める。動作をする度、激しい痛みが全身を走っていた。その時、一人の男が家に飛び込んで来る。
「アニタ! 今すぐその男から離れなさい!」
男は、アニタの父親ドガであった。
「お父さん! どういう事?」
「その男から不吉な気配を感じる。雰囲気が明らかに人間のものではない。そいつは人間の姿をした魔物だ!」
「な、何を言ってるの? 一体何があったのよ!」
ドガの無慈悲な言葉を聞いた瞬間、ゾルアの脳裏に何かがフラッシュバックする。血に塗れ、あらゆるものが破壊され尽くした瓦礫の中。そして立ちはだかる異形の魔物。そんな場面が一瞬実像となって浮かび上がり、目が眩むような錯覚に陥る。
「くっ……」
ゾルアは頭を抑えながらも立ち上がると、ドガは斧を手に立ちはだかる。
「お父さん、やめて!」
「黙っていろアニタ! 今すぐ魔物を追い出してやる!」
「どうしてそんな事を言うの! この人が何をしたっていうの?」
アニタとドガが言い合いになっている中、ゾルアは全身が熱くなる感覚と共に激しい鼓動に襲われる。
「ぐっ……おあ……ガアアアッ!」
止まらない鼓動と苦しみの中、ゾルアは体当たりする形で窓ガラスを叩き割り、その身を投げ出す。家の外に出ると、騒ぎを聞きつけた村人達が蹲って苦しむゾルアの姿に恐怖の目を向けていた。ゾルアは薄らぐ意識の中、声を聞く。


オマエハ……オレデアリ……

オレハ……オマエデモアル……

オレハ、モウヒトリノ、オマエ……


――気が付けば、村は完全に滅ぼされ、全ての村人は血の海に浮かぶ死体と化していた。傷付いた自分を介抱していた村娘も、自分に敵意を向けていた村娘の父親も死体となっていた。


これは……俺がやったのか?

俺は、一体何をしていたんだ?

俺は……何者なんだ?


俺は……俺は……


村人の言う通り、俺は人間の姿をした魔物なんだろうか。本当に魔物だとすると、俺は一体何者で、どういう存在なのか。そして頭に語り掛けるように聞こえてきた、あの声の主は――。

滅びたルドナの村を後にしたゾルアは、当てもなく流離う。自分が何者なのか、全ての答えを知る為の旅である。辿り着いた先が百獣の密林――ビストール王国であった。ビースト族の姿を見てふと獣人に興味を持ったゾルアは獣王の宮殿を訪れる。
「お前さん、人間の剣士なのか?」
「……そうなるな」
ゾルアは自分に関する記憶がない故に自分の正体を知る為に旅をしている事を話す。ヨーテはゾルアの姿を見て只者ではないと察知し、心変わりしたレイオの暴走を止められる戦士を求めていた事を打ち明け、精鋭の獣人兵数人と力試しすると共にレイオを止めるように頼み込む。
「……まあいいだろう。何かの手掛かりにはなるかもしれん」
「ほ、本当か? 余所者にこんな事を頼むのは愚かしいと思っていたが」
「無事で止められるかどうかは保証できんがな」
自分の正体に関する手掛かりを掴める可能性を考えたゾルアはヨーテの依頼を引き受けると、力試しとして挑んできた獣人兵を軽く打ち倒し、レイオが身を潜める凶獣の洞窟へ向かっていく。洞窟の奥へ進むと、両手に剣を持つ魔獣の姿を持つレイオと対峙する。
「誰だ……生贄ではないな」
「……貴様を止めるように依頼された」
ゾルアとレイオは激しく剣を交える。二刀流による剣技を駆使するレイオだが、実力はゾルアが圧倒的に上回り、レイオの腕が斬り飛ばされた瞬間、ゾルアの炎を纏った必殺剣がレイオに炸裂する。咆哮と共に炎に焼かれ、倒れるレイオ。ゾルアはズタボロに引き裂かれ、身を焦がして倒れたレイオの姿をいつまでも見下ろしていた。


俺のこの剣の腕は、元々備わっていたものなのか。

戦いにおいて剣を振るう時は、まるで俺が俺じゃないような感覚だった。

並みの人間では考えられないような剣の腕を持ち、村を滅ぼす何かが俺の中にいる。


俺は……バケモノなのか。


殺し合いとも呼べるゾルアとレイオの戦いを目の当たりにしたリフとクロウガは止まらない脂汗を拭いつつも、言葉を失っていた。ゾルアはリフ達の方に顔を向ける。
「そこを動くな。奴はまだ生きている」
その言葉に驚くリフ。レイオがまだ立ち上がろうとしているのだ。
「……ぐ……ニンゲン、め……まだ……負けるわけには……」
勝負を捨てないレイオは転がっている剣を手にしようとするが、ゾルアはその手を踏みつける。骨の折れる音がした。
「獣王に仕える者から聞いた。貴様はどこでその力を手にした」
レイオの手を踏みつけたままゾルアが問う。
「……チッ……最早ここまで、か……いいだろう。教えてやる」
レイオは闇の力を手にした経緯を語り始める。

獣王の後継者として選ばれたレイオは一つの持論を持っていた。ビースト族にとって最も大切なものは、あらゆる強さだと。過酷な環境の中で生きていく強さ。獣人としての誇りを失わぬ心。そして同族を脅かす者が現れる事があっても、それに立ち向かえる力。それらを絶やしてはならぬと。ビースト族の長たる者、百獣の民族による王国を治めるには、それ相応の大いなる力が必要となる。例えそれがどんな力であろうと。そんな矢先、ある者がレイオの元を訪れる。バキラであった。力を求め続けるレイオに興味を持っているのだ。
「ふーん、お前はそんなに力が欲しいんだ。獣王の後継者って、どうしても大きな力が必要になるわけ?」
「そうだ。貴様には理解できまい」
「そうでもないよ。お前達の事はこっそり観察させてもらったから」
バキラは、偵察用として派遣されたファントムアイを通じてビストール王国の出来事、凶獣の洞窟にて鍛錬に励むレイオの姿を監視していたのだ。
「それで、何だと言うのだ。下らん用事ならば消えろ」
「随分な事言ってくれるじゃない。お前に協力してやるつもりで来たのにね」
「何だと?」
バキラの目的は、レイオにジョーカーズとの契約で巨大な力を与える取引を持ち掛ける事であった。
「契約だと? ふざけた話だ。そんな取引に応じる程落ちぶれてはいない」
「あっそう。だったら試してみる?」
バキラが指を鳴らすと、レイオの前に頑強な甲冑を身に包んだ騎士の男――ダグが現れる。
「こいつはダグ。ボクの仲間といったところさ。ちょっとこいつと腕試ししてみなよ」
ダグは無言でレイオを見据えている。
「ふざけた奴だ」
レイオは両手で剣を構え、ダグに飛び掛かっては次々と斬撃を繰り出していく。だがダグは軽くレイオの攻撃を受け止めていく。その動きは感情が現れておらず、まるで機械的であった。全ての攻撃を受け止めた瞬間、ダグの拳がレイオの腹をめり込ませる。
「ぐばァッ」
血反吐を吐きながらも吹っ飛ばされるレイオ。
「ごっ……あぁ」
レイオは腹を抑えながら喘いでいる。その一撃はかなりの威力を物語っていた。
「……弱い……お前はまだ弱い」
ダグは苦悶の声を漏らすレイオを見下ろしながらも淡々と呟く。
「ハハッ、その程度で獣王の後継者に選ばれたんだ?」
バキラが嘲笑うように言う。
「ふざける……な……俺はまだ……」
レイオは立ち上がり、再びダグに挑むものの、ダメージによって動きが鈍っていた。最早勝負にすらならずダグによって簡単に捻られ、無様に倒されるレイオ。
「お前はこう言ってたよね。『我々を脅かす者が現れても、それに立ち向かう力を絶やしてはならぬ』と。お前は百獣を束ねる王となる為に何者にも負けない力を求めているんだよねえ?」
バキラは不敵に笑いながらもレイオに歩み寄る。
「ボク達ジョーカーズと契約すれば、理想の力を手に入れる事が出来る。お前が力を求め続ける事を忘れなければ獣王の後継者に相応しい存在になるどころか、このダグを軽く倒せる程の強さを得られるかもね。つまらないプライドで断るつもりならこの場で殺してやるよ」
残酷な笑みを浮かべつつ、レイオの顔を掴むバキラ。


貴様らとの契約で力を得るなどヘドが出る。いつもの俺ならそう言ってたはずなのに、敵には全く歯が立たず、完膚なきまで打ちのめされた。

もしここで俺が死んだら、獣王の後継者が絶えてしまう。俺は、獣王の息子なのだから。

確かに俺は大いなる力を欲している。百獣を束ねる獣の王の後継者として、如何なる困難や脅威に立ち向かえる強さを得なくてはならぬという使命があるのだから。

敵に完敗したという事は、俺はまだ弱いという事だ。こいつらを倒せるくらいの強さがあれば……。

こいつらとの契約で本当に力が得られるなら――


そうだ。俺は何者にも負けない強さを求める余り、奴らの契約で闇の力を手にする事を選んだのだ。


レイオが与えられた闇の力は想像以上の恐るべきものだった。肉体は闇の力を受け入れた影響で身も心も醜い魔物に変化してしまい、更に力の強大さに耐え切れず、待ち受けているのは肉体の崩壊による自滅を意味していた。自滅を抑え、肉体を維持するには同族の魂を糧として力を制御する必要があった。
「レイオ、貴様……何故闇の力を得た」
「……許せ、父上。俺は獣王の後継者として、何者にも負けない力を必要としていた。百獣を束ねる王となるには、国を支配する程の大いなる力が必要なのはあなたも解っているはずだ」
獣王と対立するレイオは二本の剣を構え、獣王に向けて瞬時に飛び掛かる。次の瞬間――
「ぐおあ!」
十字状の深い傷を刻まれ、膝を付く獣王。
「ぐっ……おのれ……レイオ!」
獣王は血を流しながらも怒りに震えるが、レイオの蹴りの一撃を受けて気を失ってしまう。
「レイオ様!」
獣人兵が止めに入るものの、レイオによって軽く倒されてしまう。
「……生贄をよこせ。我が要求に応じなければ、獣王の命はないと思え。もっと貴様らの魂が必要なのだ……」
完全な魔物と化したレイオはビースト兵に生贄を要求しつつも凶獣の洞窟に身を潜め、獣王を幽閉した。
「父上。できる事ならあなたを殺したくはない。その為にも……」
頑強な鎖で拘束された獣王の姿を見つめるレイオの目はどこか悲しげであった。


「……下らん」
レイオが経緯の全てを語り終えると、ゾルアが冷徹に言い放つ。
「ククク……何とでも言え。闇の力を手にしても戦いに敗れた。最早俺には……」
言い終わらないうちに、ゾルアは剣をレイオの身体に突き立てる。
「レイオ様!」
クロウガが駆け付けるものの、レイオは既に絶命していた。
「なんて事を……」
リフはゾルアの行いを見て不服を露にする。
「何故だ……何故なんだ! あくまで止めてくれと頼んだのに何故こんな……!」
「俺がこの依頼を引き受けたのは、俺自身の正体を知るきっかけになるかもしれんという考えによるものだ。奴の命など俺にとってはどうでもいい」
ゾルアの冷酷な一言に怒りを隠せないクロウガ。
「どうやら、俺にはとんだ無駄足だったようだ。失礼する」
これといった進展は得られず、去っていくゾルアに思わず殴り掛かろうとするクロウガだが、リフに止められてしまう。
「何をする!」
「悔しいけど、あの男は私達では到底敵わない実力の持ち主よ」
リフはゾルアの実力が自分とは比べ物にならない程のレベルである事を肌で感じ取っていた。クロウガはやるせない気持ちを抑えながらもレイオの亡骸を見つめつつ、幽閉されている獣王を探そうと奥へ向かう。通路の最奥に広がる空洞には、重い鎖で繋がれた老獣人――獣王がいた。
「……獣王様!」
クロウガは獣王を拘束している鎖を解こうとする。
「私がやるわ」
リフは剣で鎖を叩き斬る。解放された獣王は動かないものの、辛うじて息があった。
「獣王様! 獣王様!」
クロウガが呼び掛けると、獣王は意識を取り戻す。
「……ウ……ワシは一体……」
「気が付かれましたか、獣王様」
「む……お前はクロウガ。レイオは……レイオはどこだ?」
目覚めた獣王は状況が飲み込めず、周囲を確認する。クロウガは言葉を詰まらせてしまい、返答する事が出来なかった。
「そこにいるのは、人間の女か。何故人間が此処にいる」
獣王はリフに問い掛けると、リフは経緯を話す。
「……つまりお前はこの地に迷い込んだ人間の戦士という事か」
「はい」
「積もる話は後と言いたいところだが……レイオはどこにいる? 奴は今何をしているというのだ」
「えっと、それは……」
リフは話していいものかと思ったものの、意を決したクロウガが肩に手を乗せる。
「……獣王様。レイオ様は……旅の剣士によって討たれました」
「何だと!」
愕然とする獣王は、クロウガによってレイオの亡骸の場所まで案内される。
「レイオよ……お前は本物の愚者だ。百獣を束ねる獣王の後継者としての使命を重んじたばかりに……」
レイオの亡骸を抱えた獣王は静かに洞窟を出て、リフ、クロウガと共に弔いをする。
「ワシは老いた身となった今、力を求めなくともお前は十分に後継者の資格があった。それなのにお前は……」
獣王はレイオの亡骸を埋葬した場所に、抜き取った一本の樹を立てる。樹の墓標であった。リフとクロウガはレイオの墓となった樹を前に、黙祷を捧げていた。

王国に戻ると、獣王の帰還に獣人達が喜び、獣王の間にいるヨーテも獣王の姿を見て歓喜の声を上げる。
「獣王様! ご無事でお戻りになられて何よりです」
「心配掛けたな、ヨーテよ。だが……」
同時に獣王からレイオの死が告げられると、ヨーテは言葉を失う。獣王の無事と引き換えに後継者となるレイオが犠牲となり、レイオを殺したゾルアも行方をくらましていた。休息を経たリフは獣王の元にやって来る。
「人間の戦士よ……リフと言ったな。お前は我が息子レイオに闇の力を与えたジョーカーズと呼ばれる者達から妹を救う旅をしているそうだな」
「はい」
「レイオを大きく狂わせた闇の力を与える程の脅威とならば、想像を絶する程の困難が待ち受けているだろう。お前の目的を果たすには、聖光の勇者が使っていた聖剣ルミナリオの力が必要かもしれぬ」
獣王の口から聖光の勇者という言葉が出た事に驚きを隠せないリフ。アズウェル王国でも伝説の存在となっている聖光の勇者は獣王とも仲間として共に魔導帝国に挑んだ時期があり、勇者と行動していた時の獣王はビースト族最強の戦士レオゴルドとして名を馳せていたという。全ての戦いが終わった後、聖光の勇者は世界の何処かに武器である聖剣ルミナリオを封印し、姿を消したとの事であった。
「アズウェルでも語り継がれている勇者の聖剣……それが何処かにあるというのなら……」
勇者の武器となる聖剣ルミナリオに興味を抱いたリフは聖剣の在処を聞いてみるものの、獣王には答えられなかった。
「ルミナリオが封印された場所が何処なのかまでは残念ながらこのワシには解らぬ。だが……エルフの者なら何か知っているかもしれぬ。エルフの中にはワシと同様、勇者の仲間だった者もいたのだからな」
獣王曰く、勇者の仲間にはエルフ族も存在し、数百年も生きる長寿の種族なだけに勇者の仲間であったエルフが今も現存している可能性があるというのだ。そのエルフの名はネル。もしネルが生きていれば、聖剣ルミナリオの在処に関する話が聞けるかもしれないと。そしてエルフ族が住む場所は、ビースト族の領域である百獣の密林を抜けた先に広がる樹海にあるとの事だ。
「ありがとうございます、獣王様。私は聖剣ルミナリオの手掛かりを掴む為にエルフ族の元へ行きます。妹を救う為にも、ジョーカーズに立ち向かえるようにならなくては」
ジョーカーズの手からサラを救うには聖剣ルミナリオの力が必要だと悟ったリフは、エルフ族のいる場所へ向かおうとする。
「話は聞いたぜ」
現れたのはクロウガだった。
「クロウガ!」
「リフ。オレも同行させてくれ。百獣の密林は人間一人で抜けられるような場所じゃない。オレならこの密林の事はよく知っているからな」
確かにこの広大な密林を一人で抜けるには無謀でしかない。誰か一人でも密林を抜ける方法を知っている者がいると心強い。そう考えたリフはクロウガの同行を快く引き受ける。
「クロウガよ。リフの力になってくれ」
「ハッ!」
獣王から旅立ちの許可を得たクロウガはリフと共に旅立つ。
「リフ……あの娘からはどこか懐かしいものを感じる。まるで勇者の光に似たものを……」
獣王はリフから何かを感じ取っていた。それは、リフの中に眠る光の魔力であった――。

王国を後にしたリフは、クロウガに導かれるように密林を渡り歩く。
「エルフ族のところに着くまでどれくらい掛かるの?」
リフが問う。
「最低でも数日くらいは掛かるだろうな」
「そう……」
クロウガはエルフ族の居場所までの道のりを熟知していた。
「エルフは色々気難しい奴らだからな。人間のあんたが行ってもまともにクチ利いてくれないだろうぜ。それもあって、あんたと同行する事にしたんだ」
ビースト族とエルフ族は友好関係を結んでいる反面、人間とエルフ族は昔から相容れない関係であった。元々エルフ族は人間嫌いで、魔導帝国の猛威を機に人間を完全に信じられなくなっているというのだ。
「……大丈夫かしら」
エルフ族の事情を聞かされてから不安になるリフ。
「ま、まあオレが何とか説得してみるさ。勇者の仲間だったネルがいたら話を聞いてもらえるかもしれんが」
クロウガと共に密林を進んでいくリフは、ある男の事が気になっていた。ゾルアの事である。


あのゾルアという男が味方として私達の側に着くととても心強いけど、もし敵対する事になれば、戦うしかないのだろうか。

彼は、一体何者なのか――。


その頃、ゾルアは黒い樹木が並ぶ森の中で多くの魔物の相手をしていた。鋭い牙を剥ける魔物の群れを一瞬で斬り裂き、返り血を浴びながらも勝利を収める。
「……チッ、何だこの感覚は」
戦いの中、ゾルアは身体が火照り始め、鼓動の高鳴りに襲われていた。魔物が全滅するとゾルアは膝を付き、頭を抑える。一瞬浮かび上がる黒い魔物。目を赤く光らせ、醜悪な表情を浮かべている。未知の魔獣の姿がフラッシュバックして我に返ると、鼓動が鎮まっていく。
「クッ……俺は……一体誰なんだ……」
引き摺るように歩き始めるゾルア。自分は本当にバケモノなのか。自分に言い聞かせながらも、再び歩き始める。ゾルアが歩いている場所は、百獣の密林を抜けた先にあるエルレイの樹海であった。


暗黒の城――常闇の空間の玉座に佇むタロスは、ファントムアイからの報告を受けていた。レイオが倒されたという知らせである。
「やはり我々の敵となる害虫が存在しているか」
タロスは深紅の酒が注がれたグラスを見つめながらも、ファントムアイにご苦労だったと労いの言葉を投げ掛ける。
「フム、まあいい。何かあらばアレを差し向けるのも一興であろう」
タロスがグラスの酒を全て飲み干すと、別のファントムアイが現れる。
「タロス様。妖蟲研究者イゼクを倒した小僧どもは現在セレバールの町へ向かっている模様です」
グラインに関する報告であった。ファントムアイの目玉部分にグライン一行の姿が映し出されている。
「この小僧どもも様子を見る必要がありそうだな。引き続き偵察しておけ」
タロスに命じられ、去るファントムアイ。雷鳴が鳴り響く中、タロスは台座に置かれているチェスの盤の駒を動かす。
「ネヴィアよ」
「ハッ、こちらに」
ネヴィアがタロスの前に姿を現すと、空となったグラスに酒を注ぐ。
「奴の様子はどうだ」
「まだ眠っているようです」
「そうか」
タロスの言う『奴』とは、暴虐の破壊魔と呼ばれしジョーカーズの闘士、イーヴァ・ゲルガ。外見は人間であるものの、闇の雷を操りながらも人間離れした恐るべきパワーで敵を完膚なきまで叩きのめす事に至上の喜びを感じているという戦闘狂であり、組織の中では最も危険な存在とされている。実験用に生み出された魔物との戦いを繰り返していたイーヴァは、城の地下深くの牢獄の奥底にて鎖に繋がれる形で深い眠りに就いていた。
「……まだまだ……足りねぇぞォ……宿便野郎がァッ……」
まるで夢の中で敵を叩きのめしているかのように、イーヴァは寝言を漏らしていた。
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