Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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哀しき闇の子

闇が呼ぶ災い

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荒地にて蠢く魔物の群れが牙を剥いた瞬間、無数の岩石が次々と飛んでいき、魔物達に炸裂していく。
「危ねぇとこだったぜ……」
グライン達と別れたクレバルは、岩山地帯に生息する魔物達を地の魔法で撃退しつつもレイニーラへ向かっていた。敵を全滅させたクレバルは、苛立ち気味で戟を地面に突き立てる。
「ちっくしょう、レイニーラまでどんだけ距離があるんだよ」
ティムの言葉通り、レイニーラまでの道のりはまだ遠い事を思い知らされたクレバルは思わず座り込んでしまう。照りつく陽気がもたらす暑さもあって汗に塗れていた。クレバルは汗を拭いつつも、セレバールでグライン達と仲間割れした事を振り返る。幼馴染であるダリムの事が気掛かりでアバルの村へ行こうとするグラインと同調するリルモとティム。それがきっかけで揉め事となり、口論の末、リルモに引っ叩かれてしまった。引っ叩かれた頬が僅かに痛み出すと、クレバルは舌打ちしつつ足元の石ころを徐に投げ飛ばす。
「……俺、何やってんだろうな」
レイニーラの状況が気になる余り、半ば自分本位でレイニーラへ帰りたい思いで仲間と揉めてしまった事に気持ちが沈んでしまい、溜息を付くクレバル。同時に冷たい視線を向けるグラインとティム、愛想を尽かしたリルモの姿が頭に浮かび上がる。
「とにかく今は一人で行くしかねえか……」
仲間のところへ戻れるような現状ではないと考えたクレバルは、心のしこりを抱えたまま再び足を進めた。


古びた塔の最上階でダリムと対峙したグライン達。魔物の姿に変化したダリムは、灰色の炎を両手に宿しながらも幼馴染であるグラインを自分の仲間にしようと考えていた。
「ダリム、一体何があったんだ! どうして君は魔物になったんだ!」
グラインが問い掛けると、ダリムは項垂れてしまう。
「君は僕の事が解るんだろう? 何故……何故君がこんな……」
更にグラインが問うと、ダリムが重苦しい様子で息を吐く。
「……そうだね……どうしてぼくがこうなったのか、話さないといけないか」
ダリムの返答はどことなく悲しげな声であった。そしてダリムは語る。アバルの村で起きていた出来事の全てを。


レイニーラを離れ、母親の実家があるアバルの村に引っ越したダリムは、村人と共に農作業の手伝いを行う毎日であった。村にはダリムくらいの年代の子供はおらず、年寄りが中心の閉鎖的な村であり、ダリムにとっては楽しく遊べる場所ではなかった。一緒に遊んでいた友達、グラインはもういない。グラインと遊びたい。グラインと会えない。寂しい思いをしながらも日記に想いを綴りながらも、ダリムは村人の仕事を手伝わされていた。村人は農作業の仕事に関してはとても厳しく、子供相手にも容赦ない程だった。泥だらけになりながらも、失敗して怒鳴られては泣き出す事もしょっちゅう。中にはダリムを余所者という理由で疎む者までいた。

ある日、ダリムは気晴らしに村の外に散歩していると、鋭い牙を持つ獣の魔物に襲われた。獣の牙に食いつかれようとした瞬間、村人の男が鍬を手に助けに現れた。だが魔物は村人では勝てない程強く、逆に負傷してしまう村人。恐怖の余り、ダリムが叫んだ瞬間、両手から灰色の炎が放たれた。灰色の炎は魔物を焼き尽くしていく。灰色の炎によって魔物を倒したものの、それを見ていた村人は恐れを抱き、逃げて行った。

村に戻ったダリムを待ち受けていたのは、敵意を向ける村人と、畏怖を抱く村人。そしてダリムの家に押しかけて来る村人。母は必死でダリムを庇うものの、村人達はダリムをバケモノと罵る。何故バケモノなのか? それは、光ある者が遺したという世界で有名な一つの言い伝えによるものであった。


『闇は全てを滅ぼす忌まわしきもの。闇の子として生まれた者は災厄を呼び、滅びの力を生む。闇の子が現れた地は、やがて滅びの運命を辿る』


元魔法使いであった村人曰く、ダリムが放った灰色の炎は闇を象徴する力によるものであり、つまりダリムは災厄を呼ぶ闇の子だというのだ。村人が口々に言う。人の形をした村を滅ぼす魔物だ。早く殺さないと村が滅ぼされる。災厄を呼ぶバケモノだと。

様々な農具を持った村人達が一斉にダリムに襲い掛かる。ダリムを抱えつつも逃げる母親だが、村人に阻まれてしまう。振り下ろされる凶器は、ダリムを庇う母親を痛めつけていく。返り血を浴びながらも、村人達は悪鬼の如く、ダリムの母親を惨殺してしまう。


殺せ! 殺せ! バケモノを殺せ!

みんなでバケモノを殺すんだ! 村を滅ぼすバケモノを殺せ――


「あああああああああああ! ああああああああぁぁぁぁぁぁああ!」
凶器が振り下ろされた瞬間、ダリムの周囲に炎が巻き起こる。燃え盛る灰色の炎は一瞬で村人達を焼き尽くしていく。
「母さん! 母さあああん! うわああああああああああああああああ!」
周囲が炎に包まれる中、ダリムは無残な死体と化した母親の姿を前に泣き叫ぶしかできなかった。生き残った村人達はダリムを殺そうとするものの、一瞬で炎によって焼き尽くされる。血の涙を流しながらも、ダリムは喉が潰れる勢いで叫び続けていた。

この日、アバルの村はダリムによって滅びた。目の前で母親を惨殺され、一人になったダリムはどうしていいかわからず、深い悲しみと絶望に打ちひしがれ、母の亡骸の前でずっと泣き続けていた。
「お前、なかなか面白い事してくれるじゃないの」
突然の声。ダリムが顔を上げると、バキラが立っていた。
「……誰?」
「ボクが誰かって? ただの通りすがりと言ったところだよ」
冷たい笑みを浮かべるバキラを前に、ダリムは引き攣った表情のまま後退りする。
「そう怖がらないでよ。ボクはお前を助けに来たんだ。バカな人間どもに殺されかけてたところを見ていたからさ」
バキラはダリムの前に歩み寄る。
「話してみなよ。何があったのか」
笑顔を向けるバキラ。ダリムは事の全てを話すと、バキラは辺りの光景を見回す。
「バケモノ、ねぇ……。お前がバケモノだっていうならボクも同じようなものだよ」
バキラはそっとダリムの頬に触れる。
「お前も面白そうだからボク達のところに来ない? このまま一人で野垂れ死ぬよりもマシだと思うよ」
誘うようにバキラが言うと、ダリムは怯えた表情のまま黙り込んでしまう。
「いい事教えてやろうか。ボクの仲間には、お前の母親を生き返らせる事ができる奴がいるんだ。お前がボク達のところに来ればの話だけど」
バキラの言葉にダリムが思わず母の亡骸に視線を移す。
「ほ、本当に……? 母さんを……生き返らせてくれるの?」
ダリムが問うと、バキラは満面の笑顔を向ける。
「……きみ、なんて名前なの?」
「バキラ。お前は?」
「……ダリム」
母を生き返らせてくれるという口車でバキラの誘いに乗ったダリムは、ジョーカーズの本拠地となる暗黒魔城へ案内されるようになった。


「闇の力を持つ子だと? ほう、今でもそのような者が存在するというのか?」
バキラはタロスにダリムを紹介していた。
「全く愚かなものよな。光ある者と呼ばれる輩が遺したくだらぬ言い伝えに踊らされる余り、自らの手で滅びの運命を辿るとは」
アバルの村の出来事を聞かされたタロスは村の惨劇を嘲笑いながらも、グラスに注がれた酒を口にする。
「ねえタロス。どうしたらいいかなぁ? こいつも使い方次第で少しくらいは役に立つんじゃない?」
バキラの問いにタロスはふとダリムの姿を見る。ダリムは無表情でタロスを見つめていた。
「バキラ、彼の事は貴様に任せる」
「あ、そう。じゃあ好きにさせてもらうね」
それからダリムはバキラの案内でジョーカーズと契約を交わした事によって身も心も魔物に変化し、自身の憎悪、苦しみ、悲しみを具現化させる幻を操る能力を手にする。だが手にしたばかりの能力を上手く使いこなせず、実戦経験が皆無な故に組織の兵力としては力不足だと判断され、指令が出るまではアバルの村付近の塔を拠点にして力を付けておく事を命じられた。もし組織の幹部と肩を並べられる存在になれば、母親を生き返らせてやるという条件の上であった。

月日は流れ、ダリムは自身の苦しみと悲しみを形にした幻を操りながらも、人間への深い憎悪を闇の力へと変えていた。その気になればセレバールの町を滅ぼすくらいはできるが、命令以外の行動は組織では許されていない。それに、母親を生き返らせるという約束はまだ果たされていないのだ。

人間は自分の敵。闇の力を持つという理由で自分を殺そうとした。だから全ての人間は嫌いだ。だが、唯一の友達だったグラインだけは別だ。もう一度、グラインと一緒に遊びたいから――。


「嘘だ……そんな事って……」
ダリムの過去を聞かされたグライン達は衝撃の余り、言葉を失う想いで一杯だった。
「酷い……人間達ガ、ダリムを歪まセたトいうノ……」
予め記憶を読んでいたティムも愕然としていた。
「これでわかっただろ? ぼくがどうしてこうなったのか。人間のせいで、ぼくはこうなったんだ」
ダリムが次々と灰色の火球を放つ。
「ウォータースパウド!」
巻き起こる水の竜巻。リルモの水魔法であった。水の竜巻と灰色の火球がぶつかり合い、相殺という形で両者とも吹き飛んでしまう。
「……ダリムといったわね。あなたは今、何を望んでいるの?」
リルモが槍を手に問い詰める。
「またグラインと一緒に遊ぶ。母さんを生き返らせてもらい、グライン以外の人間みんな殺す。それが望みだよ」
ダリムはリルモに向けて燃え盛る灰色の炎を放つ。
「くうっ!」
リルモは水魔法で凌ごうとするものの、炎の勢いは水を貫通していく。
「きゃああ!」
炎の攻撃を受けたリルモは更に身を焦がして倒れてしまう。
「リルモ……」
倒れたリルモの姿を見たグラインはダリムに鋭い視線を向ける。
「グライン……君だけがぼくの友達だから。ぼくは君の事、本当に友達だと思ってるんだ……」
ダリムはジッとグラインを見つめる。内心戸惑いつつも、グラインはジョーカーズの刺客としてレイニーラに現れたバキラ、クロトの事を思い出し、リルモとティムに視線を移してはグッと拳に力を入れる。
「……ごめん、ダリム。僕は……君の望み通りになれない」
グラインの一言にダリムは驚きの表情を浮かべる。
「君は悪い奴らに騙されているんだ。悪い奴らに騙されたせいで、君は魔物になったんだ。悪い奴らの言いなりになってはいけない。僕と遊んでいた頃は、そんな奴じゃなかっただろ」
グラインが説得を試みると、ダリムが身を震わせ始める。
「僕だって……君の事を友達だと思ってる。君がずっと辛い思いをしていたからこそ、友達として助けたい気持ちがある。君を殺そうとしていた村の人達が人間の全てじゃない。たまたま悪い人間しかいなかっただけなんだ」
真剣な眼差しを向けつつも、グラインは説得を続ける。
「だから……人間全てを殺すなんて言わないでくれ。悪い奴らの言いなりにならないで欲しいんだ」
ダリムは不意に頭の痛みを感じ、その場に蹲る。
「ウ……ウ……グラ……イン……」
痛む頭を抑えながらも譫言のように呟くダリム。
「ウ……アァ……グライン……友達……けど……ニンゲン……コロス」
ダリムが顔を上げた瞬間、目を赤く光らせ、周囲に次々と激しい火柱を巻き起こした。
「ダリム!」
グライン達は戦慄する。ダリムの全身が闇のオーラに包まれ、禍々しい闇の魔力が放出されていた。


その頃、クレバルは単身で岩山地帯を進み、ベリロ高地への洞窟に潜入していた。暗い洞窟内は無駄に広く、単なる通過点ではない印象であった。
「めんどくせぇな。この洞窟を越えねぇといけねえってのかよ」
蝙蝠が飛び回り、ネズミが徘徊する中、クレバルは松明を灯し、洞窟を進んで行く。その途中、何かを踏んだ感触がして思わず立ち止まってしまう。
「何だ? 何か踏んだか?」
何かいるのかよと思いつつも身構えるクレバル。次の瞬間、シャアアアと鳴き声のような音が響き渡る。やはり何かいる! そう察したクレバルは戟を構える。更にズズズズっと何かを引き摺るような音が聞こえて来ると、クレバルは恐る恐る先へ進む。
「ちょっと待てよ……まさかやべぇのが住んでるのか?」
大きな魔物の匂いを感じたクレバルは用心しつつも足を進めて行くと、広い場所に出る。次の瞬間、クレバルの表情が青ざめる。なんと、殻のような皮膚で覆われた巨大な蛇の魔物が立ち塞がっていたのだ。蛇の魔物は、洞窟を住処としている殻大蛇ロウロボスであった。
「おいおいおいおい、何なんだよこいつは!」
ロウロボスは雄叫びを轟かせながらもクレバルを喰らい尽くそうとする。鋭い牙が岩を捉えると、容易く噛み砕かれる。
「んの野郎! ライジングロック!」
クレバルの地魔法によって次々と発生する地面からの尖った岩盤。だがロウロボスの頑丈な殻には傷一つ与えられていない様子だった。ロウロボスが大口を開けた瞬間、緑色の霧が吐き出される。毒霧であった。
「うっ、な、何だ……ゲホッ」
毒霧に視界を奪われると、自分一人では到底退けられない相手だと悟り、その場から逃げ出そうとするクレバル。
「あいつらが……せめてあいつらがいたら……」
窮地に陥った状況の中、不意にグライン達の事が頭を過る。グライン、リルモといった仲間が一緒だったら何とかなったかもしれない。いや、力を合わせればきっと勝てる相手だ。だが、今この場に仲間はいない。自分本位な言動のままに仲間から失望され、一人になってしまった。そんな現状で逃げるか殺されるかの二択を迫られたクレバルは不意に死の恐怖に襲われ、必死で逃げる事を考えてしまう。
「リルモ……グライン……」
霧を吸い込んだ事で毒に冒され、クレバルの全身に寒気が襲い掛かる。毒は、歩くだけでも体力を奪われてしまう。霧が晴れると、クレバルは毒状態のまま足を動かし、残る力を振り絞って逃げ出す。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
叫びながらも全力疾走するクレバル。毒に冒された身ではかなり無謀な行為であり、並みの人間ならば死に至る可能性もある。だがクレバルはそれでも走り続ける。このまま逃げても毒で死ぬかもしれない。かといって逃げなければ殺されるのが見えている。このまま殺されるよりも、逃げる方がまだマシだ。クレバルは何度も自分にそう言い聞かせていた。それは意思ではなく、死の恐怖という本能によるものであった。


俺は逃げるべきなのか? このまま逃げて運よく生きていたとしても、俺はこれからどうすればいいんだ? あいつらに合わせる顔がないのに、戻ったところで何ができるっていうんだ?

はは……本当に何やってんだろうな俺。最初からもっと素直だったらこんな事にならなかっただろうに。勝手な事ばかり言ってたから、バチが当たったんだよな。今更そんな事に気付くなんて……俺はバカだ。

俺って本当にバカだよな。どうしようもないバカだ。

もし俺が死んだら……あいつらは泣いてくれるのか? いや、軽蔑するだけでしかねぇよな。こんな俺なんて軽蔑されて当然だ。俺はバカだから。

何が先輩サマだ。なんで後輩相手に威張り腐ってたんだ俺。バチが当たって当然だろ。

俺は、本物のバカだ。


逃走の最中、感覚が失せて行くと同時に視界がぼやけ始め、意識が遠のいていく。もうこれまでか――。そんな事を考えているうちに、クレバルは既に意識を失っていた。

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