Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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美しき女剣士と呪われし運命の男 弐

引き裂かれた愛

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魔界との契約を交わし、巨大なる闇の魔力を手にした皇帝によって設立された魔導帝国。皇帝は、世界支配の為に腹心となる科学者との協力を経て、帝国の兵力を生み出す実験を試みた。その実験とは、世界各地に存在する『力ありき種族』から様々な力を奪い、魔改造による兵力を生み出すものであり、実験台によって成功した者は帝国の兵力となり、失敗した者は帝国や皇帝の糧となった。

帝国の実験台に利用された種族の中で最も犠牲が大きかったのは、エルフ族であった。

エルフ族は炎、水、地、風といった四大元素と呼ばれるエレメントと光の力を司る魔力を持つ種族である。それ故に帝国の兵力の素材としては最も魅力的であり、多くのエルフ達が実験台に利用されていたのだ。

魔導帝国による多大な犠牲でエルフ族は人間を恨むようになり、実験台に利用された者の中にはエルフの王族たる者もいた。

帝国の者は、皆が人間だった。人としての心を失った悪しき人間による帝国が世界に猛威を振るい、幾多の犠牲と悲しみを生んだ。全ての支配という欲望に従い続けたが故に生じた邪悪な心に支配されし人の愚かさが、世界規模による災いを引き起こしたのだ。

そして帝国の兵力として生み出され、度重なる魔改造を施された結果、帝国ですら制御できない程の力を得た狂戦士が今、目覚めようとしている――。


「目覚めよ、暴虐の破壊魔」
暗黒魔城の地下牢獄の奥底からは、放出された魔力による波動が響き渡る。それは、牢獄の中で眠り続ける暴虐の破壊魔イーヴァの目覚めを意味していた。
「フゥッ……フゥゥッ……よく寝たぜェ……」
重い鎖による拘束を解き、息を荒くしながらも身体を動かすイーヴァ。牢の前にはダグが立っていた。
「ハッ、テメェかよ。俺様の眠りを妨げるたぁどういうつもりだ? えぇ?」
悪態を付くイーヴァだが、ダグは動じない。
「……貴様に仕事がある。主の元へ来るがいい」
淡々と言い残し、ダグは去っていく。イーヴァは唾を吐きながらもダグの言葉に従い、タロスがいる常闇の空間へ向かう。


常闇の空間にダグが戻ると、イーヴァがやって来る。
「目覚めは如何かね、イーヴァよ」
グラスを手にタロスが問う。
「へっ、清々しいとでも言うと思ったのか? 逆だね。夢ン中で魔界に蔓延る宿便野郎どもをブチのめしてる最中だってのによ」
「ほう、それは悪かったな。全く、戦闘狂というものは実に難儀なものよ」
タロスはやれやれと言わんばかりにグラスに注がれた深紅の酒を全て飲み干す。
「で、何の用だ。この俺様を楽しませるような宿便野郎が現れたってのか?」
「そういう事だ。貴様を脅かす相手となるかはまだ解らぬがね」
「あぁ?」
タロスが指を鳴らすと、ネヴィアがファントムアイを呼び寄せる。ファントムアイの目玉部分に映し出されたのは、エルレイの樹海で凶暴な魔物の群れと戦い、血と泥に塗れながらも勝利を収めたゾルアの姿であった。
「この男はゾルアと名乗る者だ。奴は一見普通の人間のようだが、我々と契約を交わした事で巨大な力を得たビースト族の凶戦士を倒す程の力を持つ」
イーヴァはほほう、と呟きながらもゾルアに興味を抱く。タロスはゾルアがレイオを倒してから、百獣の密林やエルレイの樹海に生息する多くの魔物の群れを打ち倒す程の力を発揮しているのを見てはいずれ自分達の脅威となり得る害虫とみなし、真っ先に叩き潰すという考えでイーヴァを差し向けようと考えているのだ。
「へっ、ニンゲンにしては骨がありそうじゃねェか。面白ェ……」
イーヴァは指を鳴らし始める。
「奴については貴様の好きにしろ。殺しても構わぬ」
「ハッ、テメェに命令される筋合いはねェ」
イーヴァは悪態を付きながらもその場から去っていく。
「相変わらず礼儀の無い輩ですね」
ネヴィアが不快感を露にする。
「所詮は己が最強である事を示す為に戦いを生き甲斐としているだけの獣だ。本能で生きている魔獣のようなものよ」
タロスが答えると、チェスの駒を動かす。ネヴィアはそれに応じる形でそっとチェスの駒を動かした。


百獣の密林を抜け、エルフ族が住む村があるというエルレイの樹海を進むリフとクロウガ。樹海は黒い樹木が並ぶ場所、赤い樹木が並ぶ場所と様々な色の樹木が存在するのが特徴であった。樹海を進んでいると、凶暴な魔物の群れが二人に襲い掛かる。クロウガはリフを護衛するように魔物をなぎ倒していき、リフも数々の剣技を駆使して応戦する。ビストール王国を後にしてから数日後、数々の魔物と戦いながらも樹海を彷徨う二人はようやくエルフ族の村を発見する。
「ようやく辿り着いたな。此処がエルフ族の村だ」
クロウガの一言にリフは緊張感を覚える。村の住民であるエルフがリフ達の来訪に気付くと、鋭い視線を向け始める。クロウガはエルフ達の冷ややかな視線を感じると、リフを守るように立ちながらも説得の言葉を考える。
「我々の村に何の用だ? そこにいる女は人間だな」
リフが人間である事を確信すると、数人のエルフが敵意を露にする。
「待つんだ。彼女は確かに人間であるが、どうかオレの話を聞いて欲しい」
クロウガは事情を説明しようとするものの、エルフ達は敵意のままに取り囲む。思わず身構えるリフだが、クロウガは一生懸命説得に応じるばかり。
「待ちなさい!」
突然の声。現れたのは、弓矢を片手に長い金髪を靡かせたエルフの女性だった。
「ネル様!」
「相手は旅人です。濫りに敵意を向けるのはお止めなさい」
エルフの女性は、かつて勇者の仲間の一人となるネルであった。
「ネル様? あんたがネルか?」
クロウガが思わず駆け寄る。
「貴方はビースト族の者ですね。そちらにいるのは人間のようですが……」
「ああ。今訳があってあんたの助けを必要としているんだ。どうか話を聞いてやってくれないか」
ネルは思わずリフの姿をジッと見つめる。次の瞬間、ネルはリフの中に眠る光の力を感じ取ると同時に不思議な感覚を覚える。彼女は自分と同じ匂いがする。それでいて、どこか懐かしいものがある。彼女は信用出来る人間だ。そう察したネルは周囲のエルフ達を見回す。
「私はこの者達と話があります。貴方達はどうか余計な真似はしないで」
ネルの一言で怪訝に思いながらも去っていくエルフ達。
「付いて来なさい。話は私の家で聞きましょう」
ネルはリフ達を自分の家に案内する。ネルの家は、村の外れとなる場所にあった。家に招き入れられたリフは改めてネルに事情を話す。妹を攫ったジョーカーズという組織に立ち向かうには、聖光の勇者の武器である聖剣ルミナリオが必要とされる。その為にも、勇者の仲間の一人であるネルからルミナリオに関する話を聞こうと訪れたという事を話すと、ネルの表情が険しくなる。
「ジョーカーズ……まさか」
ネルは俯き加減で考え事をしている様子だった。
「なあ、どうかしたのか? あんた達もジョーカーズとかいう奴らと何かあったってのか?」
何事かとクロウガが問う。
「……いえ。悪いけどちょっと私の話も聞いてもらえるかしら?」
ネルが真剣な眼差しでリフに言う。リフは何があったのかと思いつつも黙って頷く。


勇者の仲間として魔導帝国に挑む前の頃――ネルには恋人がいた。恋人の名はレルヴァス。エルフ族の王国エルレイの王子であり、エルフの中では最高峰の魔力を持つ存在であった。魔導帝国が世界に猛威を与える以前、レルヴァスの父であり、王であるエレアンは人間を世界に害を成す種族と考え、エルフ族の力で人間を滅ぼそうと目論んでおり、レルヴァスも密かにその考えに賛同していた。その当時からネルはレルヴァスと恋仲関係になっており、二人の出会いはネルが樹海を荒らす魔物の群れに襲われていたところ、レルヴァスによって助けられたのが始まりであった。

君はまだ非力だ。濫りに樹海には出ない方がいい。

自分に向けたレルヴァスの一言。その一言がネルの心に残り続け、惹かれるものを感じていた。

エルフ族の長による魔法の修行の結果、光の魔力を身に付けたネルはエルレイ城を訪れるようになり、レルヴァスに接近するようになっていた。護衛の目を欺きながらもレルヴァスと交流を重ね、次第に恋へと発展していた。レルヴァスもまた、ネルを愛するようになった。

ある日、ネルはレルヴァスに呼び出される。理由はエレアン王による人間の殲滅計画を受け、人間討伐部隊を統率する指揮官としてエルフ兵を鍛える事に勤しむという事を伝える為であった。レルヴァスが王の人間殲滅計画に賛同している事を知ったネルは衝撃を受けると同時に反対するものの、レルヴァスは考えを改めないどころか、人間側に付く事を選ぶならば同族の裏切り者として始末しなければならない。例えそれが愛する者だとしても、と非情に徹するばかり。ネルは人間を快く思わない同族の考えに疑問を抱いており、人間を世界の悪とみなし、殲滅しようとする王の考えが理解できなかった。人間とエルフは昔から相容れないと教えられたけど、何故人間をそこまで忌み嫌う必要があるのか? エルフは本当に人間と相容れないのか? 人間は本当に世界に害を成す存在なのか? そんな疑問に苛まれるものの、ネルは王とレルヴァスの暴挙を止められずにいた。


更に数日後――エルレイ王国に多くの兵を率いた二人の男が現れる。黒光りする鎧を身に纏う剣士、魔将軍ゲルドスと両刃製の巨大な大鎌を持った巨漢の戦士、獄魔将バイロルド。魔導帝国の幹部であった。帝国の兵力を生み出す目的で、エルフ族を狙いに現れたのだ。
「貴様ら、何者だ!」
「我々は偉大なる魔導帝国の者。貴様達エルフを我が兵力とさせてもらう」
ゲルドスが大剣を構えると、エルフ兵が一斉に戦闘態勢に入る。
「グハハハ、ザコどもが。一瞬で蹴散らしてくれる」
バイロルドが軽々と大鎌を振り回す。
「待て」
現れたのはレルヴァスだった。
「お前達は下がれ」
レルヴァスは魔力を高めつつもゲルドス、バイロルドに挑む。エルフ族の中では最高峰の魔力を持つレルヴァスは様々なエレメントを駆使した魔法で応戦するものの、二人の帝国幹部による連携攻撃の前には圧倒的に不利で、次第に防戦一方になる。
「レルヴァス!」
戦場に現れたネルが加勢に向かうものの、バイロルドの強烈な攻撃を受け、血反吐を吐きながらも倒されてしまう。
「ネル……」
倒れたネルの姿を見て思わず立ち尽くすレルヴァス。その隙を付かれ、ゲルドスの剣の一閃で身を裂かれていく。血に塗れながらも敗れたレルヴァスは帝国の兵士に捕われ、バイロルドに一蹴されたエルフ兵達も捕らわれていく。ネルは間髪でその場から逃れ、傷付いた身体を引き摺りながらも魔導帝国によって破壊されていくエルレイ城を後にした。この日、エルレイ王国は魔導帝国の襲撃で滅びの運命を辿った。

それからネルは魔導帝国に捕われたレルヴァスと同族を救う為に勇者の仲間となり、死闘の末、勇者達と共に帝国を壊滅させるものの、捕われていた同族は帝国の兵力の糧となった故に全員犠牲となり、レルヴァスは行方不明となっていた。戦いの後、幾多の年月を掛けて世界を巡るものの、レルヴァスの姿は何処にも無かった。

時は流れ、レルヴァスの行方が解らないままエルフ族の村に帰還したネルは、荒廃したエルレイ城を訪れる。王国の栄華は完全に失われ、多くの同族が犠牲となり、生き残った同族は人間への憎悪を深めていた。だがネルは心正しき人間の勇者に触れ合えた事もあり、人間を憎む事はなかった。数々の思い出が蘇る中、エルレイ城を彷徨っていると、人影を発見する。しかもそこは王子の部屋だった場所。
「……レルヴァス? レルヴァスなの?」
思わずネルが呼び掛ける。人影の正体は、なんとレルヴァスだった。だがその身体は腐敗しており、強烈な腐敗臭を放っていた。
「レルヴァス……嘘でしょ……」
腐敗臭に吐き気を催しながらも、ゾンビとなったレルヴァスの姿に愕然とするネル。
「……ウウウ……ネ……ル……グッ……グボォ……」
汚物を吐き散らし、その場に倒れるレルヴァス。ネルはレルヴァスの変わり果てた姿に立ち尽くし、身震いさせる。
「……ウグ……ア……アアアアアアッ!」
倒れたレルヴァスの姿が徐々に変化していき、背中から巨大な翼が生える。顔も醜悪なものに変化していき、凶悪な顔付きの蝙蝠のような魔物へと姿を変えた。
「レル……ヴァス……」
魔物化したレルヴァスを見て動揺するネル。おぞましい声で咆哮を轟かせながらも、レルヴァスは翼を大きく広げて飛び上がっては口から黒光りする炎を吐き出す。闇のブレスであった。
「どうして……どうしてそんな姿に……」
弓矢を手に迎え撃とうとするネルだが、身体が思うように動かず、闇のブレスを身に受けてしまう。
「ガアアアァァァァ!」
更に咆哮を上げるレルヴァスだが、ネルの姿を見ると突然、硬直したかのように動きを止める。身構えるネルだが、レルヴァスは攻撃どころか、襲い掛かろうとしない。
「え……?」
レルヴァスの様子が変だという事に気付いたネルが何事かと思った瞬間、レルヴァスの姿が再び変化を始める。翼は消え、姿も元に戻っていく。
「レルヴァス……」
元の姿に戻ったレルヴァスは腐敗した肉体を震わせながらもその場に蹲り、ただ呻き声を漏らすばかりであった。それはまるで何かを訴えかけているように聞こえる。一体レルヴァスはどうなってしまったのか。あれからレルヴァスは何があったのだろうか。やがてレルヴァスは眠り始め、冬眠に入ったかのように深く眠ってしまう。暫く目覚める気配がないと悟ったネルは一先ずその場から去り、村に住む同族には内密にしたまま、何か動きがあるまではレルヴァスの様子を見つつも静かに見守る事にした。それから何度かレルヴァスの元を訪れるものの、レルヴァスは死んだようにずっと眠っていた。ここにいるのは本当にレルヴァスなのだろうか。半ば信じたくないけど、魔物と化しても、身体が動かずに迎え撃つ事が出来なかった。もしレルヴァスが同族に害を成す存在になっていたら、この手で倒さなくてはならない。だけど、本当にレルヴァスだというのなら、何故こうなってしまったのか真相が知りたい。それまでは、彼を……。

「それじゃあ何か? 魔物化したあんたの恋人が今でもエルレイ城の奥で眠り続けているっていうのか?」
「ええ……」
ネルは項垂れる。村に帰還し、魔物となったレルヴァスと再会したのは一ヶ月前の事であった。一ヶ月が経過した現在でも、レルヴァスは城の奥で深い眠りに就いたままなのだ。一連の出来事を村の同族には内密にしているのも、下手に知らせると騒ぎが大きくなる上、却って大変な事態を招きかねないが故の考えだった。ネルは顔を上げ、リフに視線を向ける。
「リフと言ったわね。あなたが挑もうとするジョーカーズという組織は、ビースト族の戦士を魔物に変える力を与えたというのは間違いないのね?」
リフは黙って頷く。
「だとしたら……話は見えてきたわ」
事の真相が読めたネルは振り返り、言葉を続ける。
「更に頼み事をするようでごめんなさいね。どうか、一緒にエルレイ城に来て欲しいの。用事が済んだら、ルミナリオについて私が知ってる限りの事を教えるわ」
共にレルヴァスの様子を見にエルレイ城へ来て欲しいと依頼したネルは、家の外から出ようとする。
「……やれやれ。そう簡単にはいかないんだな」
クロウガは溜息を付く。
「行ってみましょう。何か嫌な予感がするわ」
不吉な予感を覚えたリフはネルの頼み事を引き受ける事にした。


その頃――樹海の奥深くでは剣を傍らに置き、休息を取っている男がいた。ゾルアであった。
「……何だ、この気配は……」
禍々しい力を肌で感じたゾルアは立ち上がり、即座に剣を抜く。
「ククク……ゾルアというのはテメェかぁ?」
現れたのは、イーヴァであった。
「チッ……面倒な奴が出やがったな。何の用だ?」
本能で強敵だと察したゾルアが両手で剣を構えると、イーヴァは凶悪な表情を浮かべる。
「ハッ、決まってんだろ。テメェをブチ殺しに来たんだよ」
イーヴァは舌なめずりしながら片手に力を込めると、黒い雷のエネルギーが手を覆い始める。闇の雷光であった。獣の如く、雷光を帯びた手でゾルアに襲い掛かるが、間髪でその一撃を回避するゾルア。右頬に一筋の傷が刻まれ、血が流れていく。
「貴様……俺の命を狙う理由は何だ」
剣を手にゾルアが問う。
「この俺様が最強である事を証明する為さ。俺の名はイーヴァ・ゲルガ。この世の全てのものを我が手でねじ伏せ、最強の存在として頂点に立つのが目的だ。俺様の前に強者となる宿便野郎が現れようなら容赦なくブッ殺す。つまりそれがテメェってわけだ」
黒い稲妻が迸る魔力のオーラを身に纏ったイーヴァは両手に雷光を帯び、口唇を広げつつ不敵に笑っていた。

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