23 / 68
勇者の極光
神樹の聖地
しおりを挟む
東の大陸イスラン――レディアダントにおける熱帯の大陸で、広大な熱帯雨林と古びた炭鉱、そして世界の母とも呼ばれる神樹が聳え立つ聖地がある。密林の勇者と大地の勇者ゆかりの地であり、木と地のエレメントオーブが存在するといわれている。船から降り立った一行は森林地帯に設けられたレアドン林道を渡り歩く。
「サンドストーム!」
クレバルの操る砂嵐が魔物の群れをかく乱させ、リルモが次々と槍の一撃を叩き込んでいく。クレバルとリルモの連携で魔物が倒されると、背後からも魔物が現れる。グラインは精神を集中させ、後ろに立つ魔物の方に振り返る。
「ソニックテンペスト!」
真空の刃を次々と放つグライン。フィドールから習った風魔法の一種であり、焔の試練によって魔力と精神力がレベルアップした事で使えるようになっていたのだ。
「やった……フィドール様から習った魔法が使えるようになってる」
試練を乗り越える前はうまく使えなかった風魔法が自在に使えるようになった自分の上達ぶりに驚くグライン。
「気を抜くんじゃないわよ!」
リルモの声と同時に、空中から襲い掛かる魔物の群れ。
「チッ、めんどくせぇな!」
クレバルは地魔法ストーンドライブで石つぶてを操り始める。その傍らでグラインはヘパイストロッドを手に魔力を集中させた。ロッドの先端部分から現れる炎の刃。石つぶてによる攻撃に怯んだ隙に、グラインはロッドで空の魔物に挑む。辺りに舞い上がる無数の羽。けたたましい断末魔と共に、ヘパイストロッドの刃によって魔物は斬り裂かれていた。
「何トか全滅しタわネ」
襲い来る敵を全て一掃し、安心するティム。
「へへっ、俺の地魔法も役に立っただろ?」
クレバルが誇らしげに言う。
「評価はまあまあといったところね」
そっけなくリルモが返す。
「まあまあって何だよ。十分に敵を怯ませられただろうが」
「はいはい」
「ったく、少しは素直に褒めてくれたっていいだろ」
「だったらグチグチ言ってないでもっと役に立てるよう頑張りなさい」
リルモとクレバルが言い合ってる中、グラインはヘパイストロッドを見つめていた。
「紅蓮の勇者はこれで戦っていたのか……でも」
武器による戦いが素人同然のグラインは、ロッドでの直接攻撃による戦いが自分にはどれくらいの事が出来るのかふと考えてしまう。
「グライン、どうかしタ?」
ティムが語り掛ける。
「ああ、何でもないよ。今までこういう武器で戦った事なかったから、まだ慣れてなくて」
「そウ。マア、無理もないワヨ。まずこんナ特殊な形の武器自体コレ以外になイものネ」
ティムはヘパイストロッドについて興味津々の様子だった。
「おいティム。この辺に村とかねぇのかよ?」
クレバルの一言に、ティムは杖を地面に置いてサーチ能力を使い始める。林道の先にはごく僅かな人の気配がする、との事だ。
「これハ村というより集落のようネ」
「何だ、宿屋は期待できねぇって事かよ……」
一行は再び林道を進む。暫く歩いているうちに日が暮れ、様々な木や葉で作られた住居が見え始める。レアドン林道の中間地点に存在する集落であった。集落には、狩猟用の槍を持ったイラス民族と呼ばれる先住民の人間が数十人暮らしている。中には猿を飼い慣らしている者もいた。集落の向こうには川が流れている。
「ダレだ、オマエたち」
余所者が何しに来たと言わんばかりに人が集まる。ティムが事情を説明すると人々は警戒心を解き、一行を集落に招き入れる。
「話の分かル人達でヨかったわネ」
一行は人々が囲っている焚火に当たる。夜になると人々が焚火の周りを囲み、独特の形をした打楽器の演奏を始める。歴戦の勇者の一人である密林の勇者ヒューレを讃えるイラス民族の儀式であった。
「へえ、こんな習わしがあったんだ」
「こういう演奏も聴いていると落ち着くわね」
イラス民族の儀式にグラインとリルモは興味津々の様子。
「こんなところでも勇者サマの伝説があったなんてな。俺はこんな退屈そうな生活は御免だが」
瓶に注がれた水を飲みながらぼやくクレバル。一行の元に食事となる獣肉と焼き魚が出る。
「ア……また魚? 骨が……」
ティムは魚の骨のせいで焼き魚を食べる事に抵抗を感じる。
「食えねえってぇなら俺が食ってやるぜ」
有無を言わさずティムに出された焼き魚を奪い取って頬張るクレバル。
「全く意地汚いわね」
クレバルのみっともなさにリルモは呆れるばかり。
「そういえばこの人達は勇者を讃えているようだけど、エレメントオーブの事も知ってるのかな」
グラインはふとエレメントオーブの在処が気になり始める。ティムはエレメントオーブについて聞いてみるものの、イラス民族の人々は知らない様子であった。
「エレメントオーブ、よくわからナイ。けどドレイアドなら、知ってるかもしれナイ」
ドレイアドとは自然を司る力を持つ人の形をした植物の種族であり、神樹の聖地を守る者達とも呼ばれていた。レアドン林道を抜けた先に聖地の入り口があり、聖地内にドレイアド族の村があるという。
「確カにドレイアド族なラ知ってそうネ。先ずはドレイアドの村を目指しまショウ」
目的地を決めた一行はイラスの集落で一晩過ごす事となった。寝床となる場所は四人入るだけでもやっとな広さの粗末な住居内である。
「何だよ、まさかこんな狭いとこで寝ろってのか?」
寝床の狭さにクレバルが不満を漏らす。
「贅沢言ってる場合じゃないでしょ! 間違っても私の身体、触ったりしないでよね」
「バッカ、俺がそんな事するわけねえだろ」
顔を近付けて言い合うクレバルとリルモの隣で、グラインはふと考え事をする。タータの言葉を思い出していたのだ。焔の試練を乗り越えても、精神を研ぎ澄ませる事を忘れてはならない。それは自分の中に潜む大いなる力に飲み込まれないようにする為。同時に、如何なる状況においても冷静に対応が出来て、心を乱す事による油断と隙を生まないようにする為でもある。だからこそ、休息の時は精神を研ぎ澄まさなくてはならない。皆が寝静まった頃、グラインは心を落ち着けて瞑想を始める。精神を統一すると、全身が僅かに熱くなっていくのを感じた。
夜が明け、集落を後にした一行は林道を進む。数体の魔物が立ちはだかる。伸縮自在の長い腕を持つ猿の魔物の腕ながザル、人間と魔物の腐肉を食らい尽くす凶暴なカラスの魔物キャリアンクロウ、二本足で立つ凶暴な鰐の魔物バーサクアリゲーターであった。
「全くしょうがねぇな」
クレバルのストーンドライブによる石つぶてがキャリアンクロウを次々と迎撃していく。長い腕を伸ばして攻撃してくる腕ながザルの群れに、グラインのファイアウェイブの炎が襲い掛かる。
「天翔雷鳴閃!」
リルモの空中から放った雷の衝撃波がバーサクアリゲーターに大ダメージを与え、とどめの槍の一撃が心臓を貫いた。リルモによって倒されたバーサクアリゲーターの断末魔に反応したかのように、更に空から現れる数羽のキャリアンクロウ。瞬時にサンドストームを使うクレバル。
「アクエリアボルト!」
リルモの両手から電撃を帯びた水の塊が弾丸の如く次々と発射される。巨人族の集落での特訓で編み出した水と雷の複合属性による高度な魔法であった。水の塊はキャリアンクロウを撃墜し、あえなく全滅する。
「凄いや……いつの間にそんな強さを?」
グラインはレベルアップしたリルモの実力に驚いていた。
「私達も密かに特訓していたのよ。いつでも力になれるようにね」
リルモは槍の先端部分にフウッと息を吹き掛け、軽々と回す。
「やっぱリルモにはかないっこねぇな……けどな。俺だってレベルアップしたんだからな! 大体あんなザコどもなんざ俺の地魔法だけで十分だぜ」
「そういった大口はブザマな末路を辿るのがお決まりよ。さ、行くわよ」
クレバルに辛辣な一言を浴びせて足を進めるリルモ。
「んのヤロー……今に見てろよ! 俺だってやる時はやるんだからな!」
騒ぐクレバルに目もくれず、リルモはグライン、ティムと共に辺りの様子を伺いつつも進んでいく。暫く経つと、広大な森の入り口に辿り着く。神樹の聖地であった。
「間違いないワ……ここガ神樹の聖地ヨ」
聖地の入り口に踏み入れる一行。聖地内は太陽を遮る程の大森林で僅かに光が差し、緑色に輝くヒカリゴケ、仄かな光を放ちながらも妖精のように舞う蛍によって幻想的な雰囲気に満ちていた。
「綺麗……こんな場所があったなんて」
リルモは聖地の雰囲気に見とれていた。一行は聖地内を進んでいく。
「こんなでっけぇ森の中を進んだら迷子になっちまうんじゃねえのか? 遭難なんて御免だぜ」
「大丈夫ヨ。ワタシのサーチ能力があレばその心配は無用ヨ」
「お前のサーチ能力は道しるべにもなるのか?」
「マア何とかネ」
「何とかってどういう事だよ!」
クレバルとティムのやり取りを聞いているうちに、グラインは不意に気配を感じる。辺りを見回すものの、誰もいない。
「どうしたのグライン?」
「あ、いや。いきなり何か気配を感じたからつい……」
「気配?」
思わずリルモも辺りを探り始める。その時、前方の茂みからガサガサと音が聞こえる。
「気を付けて! 誰かいる」
武器を構える一行。茂みから現れたのは、人影であった。
「誰だ!」
グラインが声を上げる。人影の正体は、斑点のある黄色い花のような頭を持つ亜人――ドレイアド族の男であった。
「ウオッ! あ、あなた方は……?」
ドレイアド族の男はグライン達の姿を見て驚く。
「エット、アナタはドレイアド族かしラ? ワタシ達はある目的デ木のエレメントオーブを求めていルのヨ」
ティムが目的を打ち明けると、男は戸惑うばかり。
「……いきなりこんな話ヲしてモ戸惑うのモ無理ないわネ。アナタ達ドレイアド族の村ニ案内してくれなイかしラ。ワタシ達、決して怪しい者じゃないかラ」
「いやお前が言うと十分に怪しいだろ」
クレバルの突っ込みにダマらっしゃイとティムが返す。
「あの、僕達は世界を旅する者です。よろしければあなた達の住む場所へ連れて行ってくれませんか? 人間は立ち入り出来ないっていう事でしたら無理には言いませんが」
謙虚な振る舞いでグラインがお願いする。
「まさかあなた方は選ばれた人間……でしょうか?」
「え?」
「予言者たるお方がこう仰っていたそうなんです。選ばれた人間がこの地を訪れる、と」
男によると三日前、ドレイアド族の長老の元に旅の予言者と称する人物が現れ、三日後に選ばれし人間がこの地を訪れるという予言を残したとの事で、それが見事に予言通り人間が訪れたと。
「僕達が来る事を予言していた? その予言した人は何者なんだ……?」
自分達の訪れを予言した人物は一体何者なのかと気になるばかりの一行。
「それはつまり、選ばれた人間の俺達が来たらエレメントオーブを渡すようにって事なんだろ? 話が早くて助かるじゃねえか」
「そうだといいけど……予言者がどんな人なのか気になってしまうわ」
ティムは男の記憶を読み取って答えを探ろうとしたものの、男には予言者の姿を見たという記憶は存在していなかった。
「ウーン、まずハ長老に話ヲ聞くのガ一番ネ。そんなわけデ、ドレイアド族の村まデ連れてってくれないかしラ?」
「解りました。ではこちらへ」
一行は男の案内でドレイアド族の村へと向かう。その途中、巨大な捕虫器を持つ食虫植物ヘルプラントが現れる。
「ヒィ! こ、こいつはヘルプラント!」
男は狼狽えるばかり。一行が戦闘態勢に入った瞬間、ヘルプラントの捕虫器から液体の塊が飛び出す。液体の塊が岩に付着すると、音を立てて溶け始める。消化液だった。
「ヒエッ……あんなもんに当たったらやべえな」
消化液によって溶かされた岩を見て青ざめるクレバル。次々と放つ消化液を辛うじて回避しつつも、リルモは一度槍を捨て、両手に雷の魔力を集中させる。
「スパイラルサンダー!」
螺旋状の雷がヘルプラントに襲い掛かる。
「ファイアウェイブ!」
グラインの炎魔法による火炎がヘルプラントを飲み込んでいく。不気味な音を立てながらも、炎の中から大暴れするヘルプラント。その時、浮き上がった岩石がヘルプラントの捕虫器目掛けて飛んで行く。クレバルの地魔法ロックバウンドであった。
「よっしゃ今だ!」
クレバルの声にリルモは再び槍を拾い、高く飛び上がっては天翔雷鳴閃を放つ。雷の衝撃波を食らったヘルプラントは動かなくなり、そのまま絶命した。
「す、凄い……ヘルプラントをあっさりと倒すなんて……」
男はグライン達の強さに驚いていた。
「へへっ、俺達も随分と強くなったよな。死ぬ気で特訓したから当然か」
「だからといって油断するんじゃないわよ。浮かれたらろくな事にならないんだから」
「はいはい、解ってますって」
戦闘を終え、改めて足を進めるクレバルとリルモ。男に案内されるがままに進んでいくと、ドレイアド族の村へと辿り着く。村は聖地内の植物を素材とした住居が多く並び、それなりに広めであった。村にいるドレイアド族はグライン達人間の来訪に注目していた。一行は長老の家に訪れる。
「遅いぞジギタ」
「申し訳ありません! 素材ならば揃えて参りました」
一行を案内した男の名前はジギタで、特効性の薬草を作る為の素材を集めるように命じられた長老の使いであった。
「この者達は? 見たところ人間のようだが……」
ジギタが説明しようとしたところにティムが割って入り、事情を説明する。
「レイニーラ王国や各地のヘルメノンを浄化させル為にハ、木のエレメントオーブが必要なのデス。それニ、選ばれた人間がこの地を訪れルという予言ヲ聞かされタという話モ聞いたノですガ」
「……ダメじゃ。選ばれた人間だろうと、誰であろうとエレメントオーブは渡せん。渡すわけにはいかんのじゃ!」
木のエレメントオーブを譲って欲しいというティムの頼み事を頑なに断る長老。その時、一人の女性がやって来る。
「おおガザニア、戻ったか。どうだ、聖地の様子は」
「相変わらず凶暴な植物が湧き出しているわ。何をしても言う事聞かないくらいよ」
ガザニアと呼ばれたドレイアド族の女性は、長老の娘であった。ガザニアを始めとするドレイアド族は聖地や神樹を守る為、自然を司る木の魔力で聖地内に現れる植物の魔物を制御する役割を与えられていた。植物の魔物は自然に生まれるものであり、毒で森を汚す有害な存在となる。そして木の魔力は如何なる植物をも操る力がある。だが最近では木の魔力でも制御出来ない程の凶暴な植物が湧くようになり、村人達で魔物を駆除する事も多くなっているのだ。
「そういえバ……ここに来る途中ヘルプラントとかいウ魔物が現れたケド、そいつもアナタ達では制御できなイ程の魔物かしラ?」
ティムの問いに、ガザニアはふとグライン達の姿を見る。
「何かしら、この見慣れない連中は。ひょっとして噂の人間というヤツ?」
「あ。えっと……」
グラインが話そうとした時、ジギタが前に立つ。
「ガザニアお嬢様! ヘルプラントでしたらこの方々が討伐して下さいました! 我々では手を焼かされる程の魔物をとてつもない力で撃退してくれたんですよ!」
ジギタが説明するものの、ガザニアは全く動じていない様子。
「あらそう。わざわざご苦労な事だわ。あの程度の魔物なんて制御出来なくともわたくし達で十分に退治できるのに」
軽く見下すような態度でガザニアが言う。
「おいちょっと待てよ。何の感謝もねえのか?」
クレバルの一言。
「感謝? あなた達に頼んだ事なんて一度もないし、別に困ってもいないのに何故感謝をする必要があるわけ?」
「は? 何だよこいつ」
ガザニアの物言いに腹を立てるばかりのクレバル。
「オッホン。とにかく。せっかく来てくれて悪いが、木のエレメントオーブは何があっても渡すわけにはいかん。どんなに頭下げようと、どんなに土下座しようと、どんなに大金積まれようと、どんなに泣いて頼まれようと、断じて渡すわけにはいかんのじゃ」
ひたすら断り続ける長老を横に、何事よとガザニアがジギタに問う。ジギタは戸惑いながらも、グライン達の目的を聞かされた範囲内で説明する。
「アナタねェ! エレメントオーブを渡さなかったラ、世界ハ大変な事ニなるのヨ! それでもいいノ?」
ティムが食い下がるものの、長老の考えは一向に変わらない。
「ンキー! どこまで頑固なのヨ! もうイイ! どうなってモ知らないからネ!」
頭に血を登らせたティムは吐き捨てるように家から出る。
「あ、ティム! ちょっと待ってよ!」
慌てて後を追うグライン。
「ふん。何が目的でエレメントオーブが必要なのか知らないけど、お父様の考えに同意よ。選ばれた人間だか何だか言われても、軽々と渡せるもんじゃないの。さっさと出てってちょうだい」
長老と同様の考えのガザニアはリルモとクレバルを追い出そうとする。
「へっ、言われなくても出てってやらあ! 行くぞ、リルモ」
「え、ええ」
悪態付いてリルモと共に家を出るクレバル。外に出ると、グラインとティムがいた。
「おい、どうすんだよ。あの様子じゃ、いくら話し合っても聞かなさそうだぜ」
困り顔のグラインだが、ティムは何か考え事をしている様子だった。
「ティム、どうしたの?」
リルモが思わず声を掛ける。
「……ア。何でもないワ。ウーン、長老ガ頑なにオーブを渡したくナい理由が気になるのよネ」
ティムは長老の記憶を読んではいたものの、約一週間くらい前までの記憶しか読んでいなかったせいで、オーブを渡したくない事情に繋がるような記憶まで発見出来なかったのだ。読めた記憶の内容は、三日前にジギタが話していた旅の予言者と称する女が長老の元に現れ、選ばれし人間の訪れを伝えていたという記憶と、それから更に数日前にてガザニアと共に神樹を拝んでいた……という記憶であった。それ以前の記憶を読み取る前に長老の元から去った故、木のエレメントオーブを渡したくない理由が解らないままだという。
「お前、コッソリとあの爺さんの記憶読んでたんだろ? なんでわかんねぇんだよ」
「バカ! そんな事堂々と言ウんじゃないわヨ! メモリードは一気に全部読み取れルわけじゃないシ、ドレイアド族も長寿なのヨ。今から何十年、イエ、下手すりゃ百年くらいずっと昔ニ何かあったノかもしれないワ」
「はあ? どんだけ長生きするんだよ」
ティム曰く、ドレイアド族は数百年も生きられる程の長寿だという事実に驚くクレバル。
「ねえ、どうするの? 何とかオーブを譲ってもらわないと」
リルモが言った直後、ジギタがやって来る。
「ジギタさん!」
「あの、皆さん。これからどうするおつもりですか? ある目的でエレメントオーブが必要と仰っていましたが」
「そうなんだけど……長老さんが何を言っても聞かないからどうしたものかと考えてたところなんだ」
グラインが困り顔で説明すると、ジギタはふーむと考え事をする。
「なあ。あんた確か、爺さんの使いなんだろ? 爺さんがオーブを渡したくない理由とか知らねえのかよ?」
クレバルが問う。
「申し訳ありませんが、詳しい理由は私にも解らないのです。長老様曰く『自然の力の源』だそうですが……」
ジギタの返答にどうすりゃいいんだよとクレバルはぼやくばかり。
「あ……皆さん。突然ですみませんが、一つ私にご協力頂けないでしょうか」
「協力?」
ジギタの協力とは、長老が作っている特効性の薬草の素材が一つ足りないとの事で、それを取って来て欲しいというものであった。素材は、ゴルドクダミと呼ばれる野草だ。
「そんなもんあんたの仕事だろ? 何で俺らが手伝わなきゃなんねえんだよ」
「それがですねぇ……聖地内に凶暴な植物の魔物が沢山いましてね。私一人では手に負えないものもたくさん現れたから、あなた方のご協力さえあればと思いまして……あ! 勿論お礼はします! 長老様に木のエレメントオーブを譲って頂けるようにも頼んでみますよ!」
一行はどうしようかと思うものの、他にこれといった当てがない故、オーブを手に入れる為にも一先ずジギタに協力する事にした。
「やれやれ、ここに来てどうでもいいお使いのお手伝いかよ」
ブツクサと文句を垂れるクレバル。
「まあまあ。困ってる人は助けるのが一番だよ。もしかしたらこれがきっかけでオーブが貰えるかもしれないし」
グラインが言う。
「こんなお使い手伝っただけで貰えるなら苦労しねえよ。どうせお前らには渡さねえの一点張りじゃねえの」
「うるさいわね。文句ばっか言ってないで足を動かしなさいよ」
文句ばかり言うクレバルを引っ張るリルモ。ジギタによるとゴルドクダミは神樹の近くでよく見かける植物であり、一行は神樹を目指した。歩く事数十分、一行は神樹の前に辿り着く。
「これが……神樹?」
その大きさは巨大な建物に匹敵する程であった。何人もの人間が登れる幹の大きさ、極太の枝と葉の量は圧巻で、まさに世界最大の大樹である。葉と枝の間には白い繭のようなものが隠されていた。神樹の根元には人が入れるような穴が設けられている。
「なんて大きさ……近くで見たらこんなに大きいのね。まるで世界の神秘に触れたみたいだわ」
イスラン大陸上陸前から見えていた事もあり、目の前で見た時の途轍もない大きさにリルモは素直に感動していた。
「この辺りにゴルドクダミが生えています。特徴はというと、金色に輝く葉茎と花といったところですね」
「何個くらい採ればいいんだよ」
「そうですねぇ……十個くらいが丁度いいんじゃないかと」
「かーっ、めんどくせぇ。何でこんな事やんなきゃなんねえんだよ」
ひたすら文句言うだけのクレバル。一行は手分けしてゴルドクダミを探し始める。ゴルドクダミを探している中、ジギタはふと神樹の根本にある穴に入っていく。
「あ。もしかしてこれかな」
グラインが金色に輝く葉茎と花の植物を見つける。ゴルドクダミであった。リルモ、ティムもそれぞれ二つずつ採取していく。
「おい、あと何個いるんだよ」
クレバルが一つ採取に成功し、残り六つになったところでリルモがふと上を見上げる。次の瞬間、リルモは目を大きく見開いた。葉と枝の間に隠されている繭が慌ただしく動き出しているのだ。そして繭が敗れ、太い針のような先端部分を持つ蔦のようなものがクレバルの背後に向かっていく。
「……クレバル!」
リルモは思わずクレバルを突き飛ばし、両手を広げる。
「ってぇな、いきなり何すんだ……はっ?」
クレバルの表情が凍り付くと同時に迸る鮮血。繭から飛び出した蔦の先端部分は、リルモの左胸に深々と突き刺さっていた。
「がっ……がはっ!」
深手を負い、血反吐を吐くリルモ。状況に気付いたグライン、ティムが愕然とする。
「……リルモォォォォォォッ!」
グライン、クレバルの叫び声が聖地内に響き渡る。神樹の穴に入っていたジギタは不敵な笑みを浮かべていた。
「サンドストーム!」
クレバルの操る砂嵐が魔物の群れをかく乱させ、リルモが次々と槍の一撃を叩き込んでいく。クレバルとリルモの連携で魔物が倒されると、背後からも魔物が現れる。グラインは精神を集中させ、後ろに立つ魔物の方に振り返る。
「ソニックテンペスト!」
真空の刃を次々と放つグライン。フィドールから習った風魔法の一種であり、焔の試練によって魔力と精神力がレベルアップした事で使えるようになっていたのだ。
「やった……フィドール様から習った魔法が使えるようになってる」
試練を乗り越える前はうまく使えなかった風魔法が自在に使えるようになった自分の上達ぶりに驚くグライン。
「気を抜くんじゃないわよ!」
リルモの声と同時に、空中から襲い掛かる魔物の群れ。
「チッ、めんどくせぇな!」
クレバルは地魔法ストーンドライブで石つぶてを操り始める。その傍らでグラインはヘパイストロッドを手に魔力を集中させた。ロッドの先端部分から現れる炎の刃。石つぶてによる攻撃に怯んだ隙に、グラインはロッドで空の魔物に挑む。辺りに舞い上がる無数の羽。けたたましい断末魔と共に、ヘパイストロッドの刃によって魔物は斬り裂かれていた。
「何トか全滅しタわネ」
襲い来る敵を全て一掃し、安心するティム。
「へへっ、俺の地魔法も役に立っただろ?」
クレバルが誇らしげに言う。
「評価はまあまあといったところね」
そっけなくリルモが返す。
「まあまあって何だよ。十分に敵を怯ませられただろうが」
「はいはい」
「ったく、少しは素直に褒めてくれたっていいだろ」
「だったらグチグチ言ってないでもっと役に立てるよう頑張りなさい」
リルモとクレバルが言い合ってる中、グラインはヘパイストロッドを見つめていた。
「紅蓮の勇者はこれで戦っていたのか……でも」
武器による戦いが素人同然のグラインは、ロッドでの直接攻撃による戦いが自分にはどれくらいの事が出来るのかふと考えてしまう。
「グライン、どうかしタ?」
ティムが語り掛ける。
「ああ、何でもないよ。今までこういう武器で戦った事なかったから、まだ慣れてなくて」
「そウ。マア、無理もないワヨ。まずこんナ特殊な形の武器自体コレ以外になイものネ」
ティムはヘパイストロッドについて興味津々の様子だった。
「おいティム。この辺に村とかねぇのかよ?」
クレバルの一言に、ティムは杖を地面に置いてサーチ能力を使い始める。林道の先にはごく僅かな人の気配がする、との事だ。
「これハ村というより集落のようネ」
「何だ、宿屋は期待できねぇって事かよ……」
一行は再び林道を進む。暫く歩いているうちに日が暮れ、様々な木や葉で作られた住居が見え始める。レアドン林道の中間地点に存在する集落であった。集落には、狩猟用の槍を持ったイラス民族と呼ばれる先住民の人間が数十人暮らしている。中には猿を飼い慣らしている者もいた。集落の向こうには川が流れている。
「ダレだ、オマエたち」
余所者が何しに来たと言わんばかりに人が集まる。ティムが事情を説明すると人々は警戒心を解き、一行を集落に招き入れる。
「話の分かル人達でヨかったわネ」
一行は人々が囲っている焚火に当たる。夜になると人々が焚火の周りを囲み、独特の形をした打楽器の演奏を始める。歴戦の勇者の一人である密林の勇者ヒューレを讃えるイラス民族の儀式であった。
「へえ、こんな習わしがあったんだ」
「こういう演奏も聴いていると落ち着くわね」
イラス民族の儀式にグラインとリルモは興味津々の様子。
「こんなところでも勇者サマの伝説があったなんてな。俺はこんな退屈そうな生活は御免だが」
瓶に注がれた水を飲みながらぼやくクレバル。一行の元に食事となる獣肉と焼き魚が出る。
「ア……また魚? 骨が……」
ティムは魚の骨のせいで焼き魚を食べる事に抵抗を感じる。
「食えねえってぇなら俺が食ってやるぜ」
有無を言わさずティムに出された焼き魚を奪い取って頬張るクレバル。
「全く意地汚いわね」
クレバルのみっともなさにリルモは呆れるばかり。
「そういえばこの人達は勇者を讃えているようだけど、エレメントオーブの事も知ってるのかな」
グラインはふとエレメントオーブの在処が気になり始める。ティムはエレメントオーブについて聞いてみるものの、イラス民族の人々は知らない様子であった。
「エレメントオーブ、よくわからナイ。けどドレイアドなら、知ってるかもしれナイ」
ドレイアドとは自然を司る力を持つ人の形をした植物の種族であり、神樹の聖地を守る者達とも呼ばれていた。レアドン林道を抜けた先に聖地の入り口があり、聖地内にドレイアド族の村があるという。
「確カにドレイアド族なラ知ってそうネ。先ずはドレイアドの村を目指しまショウ」
目的地を決めた一行はイラスの集落で一晩過ごす事となった。寝床となる場所は四人入るだけでもやっとな広さの粗末な住居内である。
「何だよ、まさかこんな狭いとこで寝ろってのか?」
寝床の狭さにクレバルが不満を漏らす。
「贅沢言ってる場合じゃないでしょ! 間違っても私の身体、触ったりしないでよね」
「バッカ、俺がそんな事するわけねえだろ」
顔を近付けて言い合うクレバルとリルモの隣で、グラインはふと考え事をする。タータの言葉を思い出していたのだ。焔の試練を乗り越えても、精神を研ぎ澄ませる事を忘れてはならない。それは自分の中に潜む大いなる力に飲み込まれないようにする為。同時に、如何なる状況においても冷静に対応が出来て、心を乱す事による油断と隙を生まないようにする為でもある。だからこそ、休息の時は精神を研ぎ澄まさなくてはならない。皆が寝静まった頃、グラインは心を落ち着けて瞑想を始める。精神を統一すると、全身が僅かに熱くなっていくのを感じた。
夜が明け、集落を後にした一行は林道を進む。数体の魔物が立ちはだかる。伸縮自在の長い腕を持つ猿の魔物の腕ながザル、人間と魔物の腐肉を食らい尽くす凶暴なカラスの魔物キャリアンクロウ、二本足で立つ凶暴な鰐の魔物バーサクアリゲーターであった。
「全くしょうがねぇな」
クレバルのストーンドライブによる石つぶてがキャリアンクロウを次々と迎撃していく。長い腕を伸ばして攻撃してくる腕ながザルの群れに、グラインのファイアウェイブの炎が襲い掛かる。
「天翔雷鳴閃!」
リルモの空中から放った雷の衝撃波がバーサクアリゲーターに大ダメージを与え、とどめの槍の一撃が心臓を貫いた。リルモによって倒されたバーサクアリゲーターの断末魔に反応したかのように、更に空から現れる数羽のキャリアンクロウ。瞬時にサンドストームを使うクレバル。
「アクエリアボルト!」
リルモの両手から電撃を帯びた水の塊が弾丸の如く次々と発射される。巨人族の集落での特訓で編み出した水と雷の複合属性による高度な魔法であった。水の塊はキャリアンクロウを撃墜し、あえなく全滅する。
「凄いや……いつの間にそんな強さを?」
グラインはレベルアップしたリルモの実力に驚いていた。
「私達も密かに特訓していたのよ。いつでも力になれるようにね」
リルモは槍の先端部分にフウッと息を吹き掛け、軽々と回す。
「やっぱリルモにはかないっこねぇな……けどな。俺だってレベルアップしたんだからな! 大体あんなザコどもなんざ俺の地魔法だけで十分だぜ」
「そういった大口はブザマな末路を辿るのがお決まりよ。さ、行くわよ」
クレバルに辛辣な一言を浴びせて足を進めるリルモ。
「んのヤロー……今に見てろよ! 俺だってやる時はやるんだからな!」
騒ぐクレバルに目もくれず、リルモはグライン、ティムと共に辺りの様子を伺いつつも進んでいく。暫く経つと、広大な森の入り口に辿り着く。神樹の聖地であった。
「間違いないワ……ここガ神樹の聖地ヨ」
聖地の入り口に踏み入れる一行。聖地内は太陽を遮る程の大森林で僅かに光が差し、緑色に輝くヒカリゴケ、仄かな光を放ちながらも妖精のように舞う蛍によって幻想的な雰囲気に満ちていた。
「綺麗……こんな場所があったなんて」
リルモは聖地の雰囲気に見とれていた。一行は聖地内を進んでいく。
「こんなでっけぇ森の中を進んだら迷子になっちまうんじゃねえのか? 遭難なんて御免だぜ」
「大丈夫ヨ。ワタシのサーチ能力があレばその心配は無用ヨ」
「お前のサーチ能力は道しるべにもなるのか?」
「マア何とかネ」
「何とかってどういう事だよ!」
クレバルとティムのやり取りを聞いているうちに、グラインは不意に気配を感じる。辺りを見回すものの、誰もいない。
「どうしたのグライン?」
「あ、いや。いきなり何か気配を感じたからつい……」
「気配?」
思わずリルモも辺りを探り始める。その時、前方の茂みからガサガサと音が聞こえる。
「気を付けて! 誰かいる」
武器を構える一行。茂みから現れたのは、人影であった。
「誰だ!」
グラインが声を上げる。人影の正体は、斑点のある黄色い花のような頭を持つ亜人――ドレイアド族の男であった。
「ウオッ! あ、あなた方は……?」
ドレイアド族の男はグライン達の姿を見て驚く。
「エット、アナタはドレイアド族かしラ? ワタシ達はある目的デ木のエレメントオーブを求めていルのヨ」
ティムが目的を打ち明けると、男は戸惑うばかり。
「……いきなりこんな話ヲしてモ戸惑うのモ無理ないわネ。アナタ達ドレイアド族の村ニ案内してくれなイかしラ。ワタシ達、決して怪しい者じゃないかラ」
「いやお前が言うと十分に怪しいだろ」
クレバルの突っ込みにダマらっしゃイとティムが返す。
「あの、僕達は世界を旅する者です。よろしければあなた達の住む場所へ連れて行ってくれませんか? 人間は立ち入り出来ないっていう事でしたら無理には言いませんが」
謙虚な振る舞いでグラインがお願いする。
「まさかあなた方は選ばれた人間……でしょうか?」
「え?」
「予言者たるお方がこう仰っていたそうなんです。選ばれた人間がこの地を訪れる、と」
男によると三日前、ドレイアド族の長老の元に旅の予言者と称する人物が現れ、三日後に選ばれし人間がこの地を訪れるという予言を残したとの事で、それが見事に予言通り人間が訪れたと。
「僕達が来る事を予言していた? その予言した人は何者なんだ……?」
自分達の訪れを予言した人物は一体何者なのかと気になるばかりの一行。
「それはつまり、選ばれた人間の俺達が来たらエレメントオーブを渡すようにって事なんだろ? 話が早くて助かるじゃねえか」
「そうだといいけど……予言者がどんな人なのか気になってしまうわ」
ティムは男の記憶を読み取って答えを探ろうとしたものの、男には予言者の姿を見たという記憶は存在していなかった。
「ウーン、まずハ長老に話ヲ聞くのガ一番ネ。そんなわけデ、ドレイアド族の村まデ連れてってくれないかしラ?」
「解りました。ではこちらへ」
一行は男の案内でドレイアド族の村へと向かう。その途中、巨大な捕虫器を持つ食虫植物ヘルプラントが現れる。
「ヒィ! こ、こいつはヘルプラント!」
男は狼狽えるばかり。一行が戦闘態勢に入った瞬間、ヘルプラントの捕虫器から液体の塊が飛び出す。液体の塊が岩に付着すると、音を立てて溶け始める。消化液だった。
「ヒエッ……あんなもんに当たったらやべえな」
消化液によって溶かされた岩を見て青ざめるクレバル。次々と放つ消化液を辛うじて回避しつつも、リルモは一度槍を捨て、両手に雷の魔力を集中させる。
「スパイラルサンダー!」
螺旋状の雷がヘルプラントに襲い掛かる。
「ファイアウェイブ!」
グラインの炎魔法による火炎がヘルプラントを飲み込んでいく。不気味な音を立てながらも、炎の中から大暴れするヘルプラント。その時、浮き上がった岩石がヘルプラントの捕虫器目掛けて飛んで行く。クレバルの地魔法ロックバウンドであった。
「よっしゃ今だ!」
クレバルの声にリルモは再び槍を拾い、高く飛び上がっては天翔雷鳴閃を放つ。雷の衝撃波を食らったヘルプラントは動かなくなり、そのまま絶命した。
「す、凄い……ヘルプラントをあっさりと倒すなんて……」
男はグライン達の強さに驚いていた。
「へへっ、俺達も随分と強くなったよな。死ぬ気で特訓したから当然か」
「だからといって油断するんじゃないわよ。浮かれたらろくな事にならないんだから」
「はいはい、解ってますって」
戦闘を終え、改めて足を進めるクレバルとリルモ。男に案内されるがままに進んでいくと、ドレイアド族の村へと辿り着く。村は聖地内の植物を素材とした住居が多く並び、それなりに広めであった。村にいるドレイアド族はグライン達人間の来訪に注目していた。一行は長老の家に訪れる。
「遅いぞジギタ」
「申し訳ありません! 素材ならば揃えて参りました」
一行を案内した男の名前はジギタで、特効性の薬草を作る為の素材を集めるように命じられた長老の使いであった。
「この者達は? 見たところ人間のようだが……」
ジギタが説明しようとしたところにティムが割って入り、事情を説明する。
「レイニーラ王国や各地のヘルメノンを浄化させル為にハ、木のエレメントオーブが必要なのデス。それニ、選ばれた人間がこの地を訪れルという予言ヲ聞かされタという話モ聞いたノですガ」
「……ダメじゃ。選ばれた人間だろうと、誰であろうとエレメントオーブは渡せん。渡すわけにはいかんのじゃ!」
木のエレメントオーブを譲って欲しいというティムの頼み事を頑なに断る長老。その時、一人の女性がやって来る。
「おおガザニア、戻ったか。どうだ、聖地の様子は」
「相変わらず凶暴な植物が湧き出しているわ。何をしても言う事聞かないくらいよ」
ガザニアと呼ばれたドレイアド族の女性は、長老の娘であった。ガザニアを始めとするドレイアド族は聖地や神樹を守る為、自然を司る木の魔力で聖地内に現れる植物の魔物を制御する役割を与えられていた。植物の魔物は自然に生まれるものであり、毒で森を汚す有害な存在となる。そして木の魔力は如何なる植物をも操る力がある。だが最近では木の魔力でも制御出来ない程の凶暴な植物が湧くようになり、村人達で魔物を駆除する事も多くなっているのだ。
「そういえバ……ここに来る途中ヘルプラントとかいウ魔物が現れたケド、そいつもアナタ達では制御できなイ程の魔物かしラ?」
ティムの問いに、ガザニアはふとグライン達の姿を見る。
「何かしら、この見慣れない連中は。ひょっとして噂の人間というヤツ?」
「あ。えっと……」
グラインが話そうとした時、ジギタが前に立つ。
「ガザニアお嬢様! ヘルプラントでしたらこの方々が討伐して下さいました! 我々では手を焼かされる程の魔物をとてつもない力で撃退してくれたんですよ!」
ジギタが説明するものの、ガザニアは全く動じていない様子。
「あらそう。わざわざご苦労な事だわ。あの程度の魔物なんて制御出来なくともわたくし達で十分に退治できるのに」
軽く見下すような態度でガザニアが言う。
「おいちょっと待てよ。何の感謝もねえのか?」
クレバルの一言。
「感謝? あなた達に頼んだ事なんて一度もないし、別に困ってもいないのに何故感謝をする必要があるわけ?」
「は? 何だよこいつ」
ガザニアの物言いに腹を立てるばかりのクレバル。
「オッホン。とにかく。せっかく来てくれて悪いが、木のエレメントオーブは何があっても渡すわけにはいかん。どんなに頭下げようと、どんなに土下座しようと、どんなに大金積まれようと、どんなに泣いて頼まれようと、断じて渡すわけにはいかんのじゃ」
ひたすら断り続ける長老を横に、何事よとガザニアがジギタに問う。ジギタは戸惑いながらも、グライン達の目的を聞かされた範囲内で説明する。
「アナタねェ! エレメントオーブを渡さなかったラ、世界ハ大変な事ニなるのヨ! それでもいいノ?」
ティムが食い下がるものの、長老の考えは一向に変わらない。
「ンキー! どこまで頑固なのヨ! もうイイ! どうなってモ知らないからネ!」
頭に血を登らせたティムは吐き捨てるように家から出る。
「あ、ティム! ちょっと待ってよ!」
慌てて後を追うグライン。
「ふん。何が目的でエレメントオーブが必要なのか知らないけど、お父様の考えに同意よ。選ばれた人間だか何だか言われても、軽々と渡せるもんじゃないの。さっさと出てってちょうだい」
長老と同様の考えのガザニアはリルモとクレバルを追い出そうとする。
「へっ、言われなくても出てってやらあ! 行くぞ、リルモ」
「え、ええ」
悪態付いてリルモと共に家を出るクレバル。外に出ると、グラインとティムがいた。
「おい、どうすんだよ。あの様子じゃ、いくら話し合っても聞かなさそうだぜ」
困り顔のグラインだが、ティムは何か考え事をしている様子だった。
「ティム、どうしたの?」
リルモが思わず声を掛ける。
「……ア。何でもないワ。ウーン、長老ガ頑なにオーブを渡したくナい理由が気になるのよネ」
ティムは長老の記憶を読んではいたものの、約一週間くらい前までの記憶しか読んでいなかったせいで、オーブを渡したくない事情に繋がるような記憶まで発見出来なかったのだ。読めた記憶の内容は、三日前にジギタが話していた旅の予言者と称する女が長老の元に現れ、選ばれし人間の訪れを伝えていたという記憶と、それから更に数日前にてガザニアと共に神樹を拝んでいた……という記憶であった。それ以前の記憶を読み取る前に長老の元から去った故、木のエレメントオーブを渡したくない理由が解らないままだという。
「お前、コッソリとあの爺さんの記憶読んでたんだろ? なんでわかんねぇんだよ」
「バカ! そんな事堂々と言ウんじゃないわヨ! メモリードは一気に全部読み取れルわけじゃないシ、ドレイアド族も長寿なのヨ。今から何十年、イエ、下手すりゃ百年くらいずっと昔ニ何かあったノかもしれないワ」
「はあ? どんだけ長生きするんだよ」
ティム曰く、ドレイアド族は数百年も生きられる程の長寿だという事実に驚くクレバル。
「ねえ、どうするの? 何とかオーブを譲ってもらわないと」
リルモが言った直後、ジギタがやって来る。
「ジギタさん!」
「あの、皆さん。これからどうするおつもりですか? ある目的でエレメントオーブが必要と仰っていましたが」
「そうなんだけど……長老さんが何を言っても聞かないからどうしたものかと考えてたところなんだ」
グラインが困り顔で説明すると、ジギタはふーむと考え事をする。
「なあ。あんた確か、爺さんの使いなんだろ? 爺さんがオーブを渡したくない理由とか知らねえのかよ?」
クレバルが問う。
「申し訳ありませんが、詳しい理由は私にも解らないのです。長老様曰く『自然の力の源』だそうですが……」
ジギタの返答にどうすりゃいいんだよとクレバルはぼやくばかり。
「あ……皆さん。突然ですみませんが、一つ私にご協力頂けないでしょうか」
「協力?」
ジギタの協力とは、長老が作っている特効性の薬草の素材が一つ足りないとの事で、それを取って来て欲しいというものであった。素材は、ゴルドクダミと呼ばれる野草だ。
「そんなもんあんたの仕事だろ? 何で俺らが手伝わなきゃなんねえんだよ」
「それがですねぇ……聖地内に凶暴な植物の魔物が沢山いましてね。私一人では手に負えないものもたくさん現れたから、あなた方のご協力さえあればと思いまして……あ! 勿論お礼はします! 長老様に木のエレメントオーブを譲って頂けるようにも頼んでみますよ!」
一行はどうしようかと思うものの、他にこれといった当てがない故、オーブを手に入れる為にも一先ずジギタに協力する事にした。
「やれやれ、ここに来てどうでもいいお使いのお手伝いかよ」
ブツクサと文句を垂れるクレバル。
「まあまあ。困ってる人は助けるのが一番だよ。もしかしたらこれがきっかけでオーブが貰えるかもしれないし」
グラインが言う。
「こんなお使い手伝っただけで貰えるなら苦労しねえよ。どうせお前らには渡さねえの一点張りじゃねえの」
「うるさいわね。文句ばっか言ってないで足を動かしなさいよ」
文句ばかり言うクレバルを引っ張るリルモ。ジギタによるとゴルドクダミは神樹の近くでよく見かける植物であり、一行は神樹を目指した。歩く事数十分、一行は神樹の前に辿り着く。
「これが……神樹?」
その大きさは巨大な建物に匹敵する程であった。何人もの人間が登れる幹の大きさ、極太の枝と葉の量は圧巻で、まさに世界最大の大樹である。葉と枝の間には白い繭のようなものが隠されていた。神樹の根元には人が入れるような穴が設けられている。
「なんて大きさ……近くで見たらこんなに大きいのね。まるで世界の神秘に触れたみたいだわ」
イスラン大陸上陸前から見えていた事もあり、目の前で見た時の途轍もない大きさにリルモは素直に感動していた。
「この辺りにゴルドクダミが生えています。特徴はというと、金色に輝く葉茎と花といったところですね」
「何個くらい採ればいいんだよ」
「そうですねぇ……十個くらいが丁度いいんじゃないかと」
「かーっ、めんどくせぇ。何でこんな事やんなきゃなんねえんだよ」
ひたすら文句言うだけのクレバル。一行は手分けしてゴルドクダミを探し始める。ゴルドクダミを探している中、ジギタはふと神樹の根本にある穴に入っていく。
「あ。もしかしてこれかな」
グラインが金色に輝く葉茎と花の植物を見つける。ゴルドクダミであった。リルモ、ティムもそれぞれ二つずつ採取していく。
「おい、あと何個いるんだよ」
クレバルが一つ採取に成功し、残り六つになったところでリルモがふと上を見上げる。次の瞬間、リルモは目を大きく見開いた。葉と枝の間に隠されている繭が慌ただしく動き出しているのだ。そして繭が敗れ、太い針のような先端部分を持つ蔦のようなものがクレバルの背後に向かっていく。
「……クレバル!」
リルモは思わずクレバルを突き飛ばし、両手を広げる。
「ってぇな、いきなり何すんだ……はっ?」
クレバルの表情が凍り付くと同時に迸る鮮血。繭から飛び出した蔦の先端部分は、リルモの左胸に深々と突き刺さっていた。
「がっ……がはっ!」
深手を負い、血反吐を吐くリルモ。状況に気付いたグライン、ティムが愕然とする。
「……リルモォォォォォォッ!」
グライン、クレバルの叫び声が聖地内に響き渡る。神樹の穴に入っていたジギタは不敵な笑みを浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる