Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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勇者の極光

心を鍛えろ

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ティータの稽古を引き受け、洞窟から出たリルモとクレバル。ティータの炎魔法を利用した特訓を試みたリルモは、様々な炎の攻撃を凌ぎつつも自身の槍技や魔法の新たな可能性を模索していた。
「はああああっ!」
両手で槍を持ったリルモが、迫り来る巨大な炎に向かって走り出す。炎は、ティータが放ったものである。地を蹴り、突き出すように槍を構えながらも突撃すると、リルモの身体が水竜巻に覆われる。炎とぶつかり合うリルモは更に槍に力を込め、溜め込んだ息を吐き出すように叫び声を上げる。
「あああああああああっ!」
炎の玉ははじけ飛ぶように吹っ飛び、リルモを覆う水竜巻は分散して消えていった。
「……ふうっ、思った以上に響くわね」
全身を焦がした状態で息を吐き、軽々と槍を回すリルモ。
「す、すげえ……俺じゃあ到底できっこねぇや」
リルモの特訓を見て脱帽するクレバル。
「次、オマエの番。アタシがケーコつけてやる」
ティータがクレバルに火の玉を投げる。
「だからいきなり撃つんじゃねえよ!」
「これも修行のうち。不意打ち、いつ来るかわからない。その気になれば、オマエなどあっさり黒コゲにできる」
「な、何ををを!」
クレバルはこんなガキになめられてたまるかよ、と意地を張りつつもティータの炎魔法の特訓を試みる。
「オマエも、アタシのマホウをしのげるか勝負だ」
「へへっ、あんまりなめるんじゃねえぞ!」
ティータは無数の火の玉を空中に浮かべ始める。
「おいおい、数で勝負かよ!」
クレバルが身構えた瞬間、無数の火の玉が襲い掛かる。
「ライジングロック!」
地中からせり上がる岩盤で火の玉を凌ごうとするクレバルだが、全てを凌ぎきれず次々と火の玉の攻撃を受けてしまう。更にティータは大きく飛び上がり、火炎弾を放つ。
「ちょっと待てよ!」
即座にライジングロックを発動させようとするクレバルだが、間に合わず火炎弾を食らってしまう。
「オマエ、リルモと違って全然弱い。話にならん」
ハッキリと低評価を受けるクレバルは悔しい気分に立たされてしまう。
「い、今のはちょっと加減してやっただけだ! 次は本気だからな!」
「ウソつけ。クチばっかりなヤツは信用できない」
「ンのやろぉぉ!」
歯軋りをするクレバルだが、ティータは全く相手にしない。
「どうヤらアナタはリルモと特訓した方がよさソうネ」
端で見守っていたティムが言う。
「リルモと特訓? ま、まあそれもいいかもな」
クレバルは思わずリルモの方を見ると、槍を手に堂々と立っているリルモが視界に入る。
「クレバル。私と特訓がしたいってわけ?」
リルモはゆっくりとクレバルの前まで歩み寄って顔を近付ける。
「お、おう。そんなとこかな」
僅かに顔を赤らめつつ顔を逸らしながらもクレバルが言う。リルモは目線が合うように無理矢理クレバルの顔を向けさせる。
「だったら容赦なく行かせてもらうわよ。あんたも本気で来る事ね」
「わ、解ったよ。そんなに近くで言わなくていいだろ」
眼前で言うリルモに威圧されつつも、クレバルは特訓を引き受けた。


一方、タータの案内で炎と溶岩に覆われし劫火の魔窟にやって来たグライン。並みの人間なら到底立ち入り出来るような場所ではない程の灼熱地獄にただ戦慄するばかりであった。
「なんて凄い炎なんだ……こんなところで試練が……?」
グラインは思わずタータに顔を向ける。
「試練はまず、この洞窟内で採取できる鉱物を十個集めて来るのだ」
タータは炎のような赤い色合いをした石を見せる。マグマルド鉱石と呼ばれるもので、如何なる冷気をも遮断する成分が含まれている鉱物であった。
「そ、それを集めるだけでいいんですか?」
「最初はな」
序の口だと言わんばかりのタータ。ここまで来たらやるしかないと思いながらも進もうとするグラインだが、長居するだけでも丸焼けになりそうなくらいの凄まじい熱で、まともに歩く事すらもままならない状態であった。
「馬鹿者。そのまま歩いたところで進めると思っておるのか。雑念を捨てる事から始めるのじゃ」
「雑念?」
「心頭滅却という言葉を知らぬか? 熱いと思うから熱いのじゃ。心を無にするのじゃよ」
心を無にする――グラインは思わずフィドールの特訓を思い出してしまう。


あの時、フィドール様はこう言ってた。


――もっと集中なさい。雑念を捨てるのよ――


自身に備わる魔力を魔法の力として自在に制御し、発動させるには精神を集中させ、雑念を捨てる事から始まる。魔法習得はここからが始まりであった。そして、魔力全集中で相手の魔法攻撃に耐えるという特訓も行っていた。

魔力は戦う力となり、身を守る加護にもなる。この灼熱地獄に耐えるには魔力全集中で自身を高熱から守る加護を生み、そして心を無にする事で熱いという感覚を乗り越える。

この試練を越えるには、精神を集中させ、あらゆる雑念を捨てなくてはならない。

僕には今、やるべき事がある。そう、大切な人を救う為にも、僕はやらなきゃならない。


グラインはフィドールとの特訓を振り返りながらも心を静める。そして凄まじい火炎が吹き荒れる道を進む。だが……
「うっ……あぁっ!」
全身が焼かれるような感覚に襲われたグラインは、足を止めてしまう。
「ダ、ダメだ……これ以上動けない」
これ以上進むと黒焦げになる。そんな考えに支配されたグラインは身体が動かなかった。次第に意識が朦朧とし始める。
「まだまだ雑念を捨て切れておらぬな。それでは前に進む事も出来んぞ」
タータは動けないグラインの身体を持ち上げる。
「お前は今、『早くこの試練を乗り越えなくてはならない』と考えておったな? それだから心を無に出来んのだ」
薄らぐ意識の中、グラインはタータに運ばれていった。


日が沈む頃――汗と泥塗れになったリルモとクレバルは特訓を終え、ティータに連れられて賢人の家へと戻る。空洞内では、グラインが座禅を組んでいた。心を無にする為の精神統一である。傍らには既に戻っていたティムとタータが見守るように立っている。
「おいグライン、何やってんだ? 何とかの試練はどうなったんだよ?」
クレバルが問い掛けるものの、グラインは全く動じず、背後に立っていたタータが口元に人差し指を当てる。
「心を無にする修行じゃよ。劫火の魔窟を進むには、あらゆる雑念を捨てる必要がある」
小声で説明するタータ。
「はーん? つまり試練なだけにそう簡単にはいかねぇって事か?」
「そういうもんよ。てか大きな声出すんじゃないわよ」
リルモは空気を読んでの小声でクレバルに注意する。邪魔してはいけないと言わんばかりにティータがリルモ達を別の場所に案内し始める。案内された場所は、ティータ用の部屋であった。
「なあ。俺達の目的はあくまでエレメントオーブを集める事だろ? グラインが何とかの試練を受けてるうちに俺達だけでエレメントオーブを集めに行ってもいいんじゃねぇか?」
クレバルの提案にリルモとティムが白い目で見る。
「あんた、何バカな事言ってんのよ。そう簡単に集められるもんだと思ってるの? 世界中を回らなきゃならないのよ」
「そうヨ! 炎モ含めテ全部で六つもあるんだかラ」
責め立てるように言うリルモとティム。
「お前ら、二人揃ってマジツッコミする事ねえだろ! ジョークだよ」
慌てて弁解するクレバルだが、リルモはセレバールでの出来事を思い出す余り、鋭い目を向けるばかり。
「あのなぁ、そんな目で見るなよ。もうあの時みたいに身勝手な事しねぇからさ」
「本当に?」
「本当だって!」
リルモは胸倉を掴む勢いでクレバルに詰め寄っていた。
「それにしてモ、グラインの試練……やはリ一筋縄でハいかなイみたいネ」
密かにグラインの記憶を読み取っていたティムは焔の試練の厳しさを察知していた。
「どんな試練でも、そう簡単にはいかない。それくらい当たり前。だから、焦ってはいけない」
ティータが諭すように言う。ティムはこっそりとグラインの様子を伺うと、微動だにせず座禅を組むグラインの姿があった。傍らにはタータが立っている。
「グライン……彼にハまだ早すぎタのかしラ……」
半ば心配しながらも、ティムはグラインの試練の成功を祈るばかりであった。


翌日――座禅による精神統一で心を研ぎ澄ませたグラインは改めて劫火の魔窟へ向かう。

あらゆる雑念を取り払う精神統一によって無の境地に達し、心を無にする事で体内に宿る炎と風の魔力を全身に駈け廻らせ、加護の衣を生む。同時に全身の防衛機能を促進させ、焼き尽くす程の熱さの中でも動じずに渡り歩く事が可能だという。だがそれは高度の修行によって成せる業であり、僅かに心が乱れただけでも衣は消えてしまう。それは勇者として生まれた存在でも例外ではない。

無心のままに炎の中を彷徨うグラインは、目的の物を探し始める。だがその途中、炎に包まれた魔物が次々と姿を現す。炎の身体を持つ爬虫類フレマンダだった。
「うっ……くああッ!」
魔物の襲撃に不意を突かれたグラインの全身に強烈な炎の温度が襲い掛かる。それでも心を乱してはいけないと思っていた矢先、フレマンダが火炎の息を吐き出す。
「ああぁぁあああッ!」
火炎の息と灼熱地獄のダブルパンチによってあえなく倒れるグライン。
「うっ……」
意識が薄らぐ中、タータが姿を現す。
「例え何が起ころうとも、心を乱してはならぬ。運命は、都合の良いものではないのだ」
タータはフレマンダ達を気合いで追い払い、倒れたグラインを運び出した。


リルモとクレバルは洞窟の外で激しい特訓に勤しんでいた。その様子を見ていた巨人族が次々と集まっていく。クレバルはライジングロックを発動させ、岩盤をせり上がらせる。
「はああああっ!」
両手で槍を構えたリルモが岩盤に向かって突撃する。
「くらえ! 百裂槍撃!」
秒間数十発の速度による槍の連続突きが繰り出される。岩盤が砕かれるとリルモは高く飛び上がり、槍に雷の魔力を集中させる。
「天翔雷鳴閃!」
空中から槍による雷の衝撃波を放つリルモ。砕かれた岩盤は一瞬で粉々になり、辺りに稲妻が迸る。数々の特訓を重ねて編み出したリルモの必殺技であった。
「ウ、ウソだろ……」
リルモの実力にただ驚くばかりのクレバル。
「どうやら、もっとタイミングを合わせる必要があるみたいね」
これでもまだ不完全だというリルモの一言でクレバルは更に驚く。
「お、お前……どうやってそんなとんでもねぇ技思いついたんだよ」
「今までの経験を活かした結果ってところね。伊達に魔法戦士兵団の上級クラスに立っちゃあいないわよ」
軽々と槍を振り回しながらも涼しげな表情でリルモが言う。特訓を見物していた巨人族一同はひたすら拍手を送っていた。
「はぁ……お前はいいよな。魔法だけじゃなくて槍だけでも十分に強いし」
溜息を漏らすクレバル。
「バカね。ブツクサ言ってる暇があったら、死ぬ気で鍛えて私に血ヘド吐かせてみなさい」
「……へっ、俺だって負けてられっか!」
クレバルはこのまま自分だけ置いてけぼりにされてたまるかと思いつつ、自身を徹底して鍛える意欲を燃やす。
「けどよ、まずはどうしたらいいんだ? 俺は地魔法は使えても武器に関してはこれといった持ち技がねぇしなあ」
何か自分にしか出来ないような新しい技や戦法などないものかとクレバルは一生懸命考える。
「クレバル、あんたってどれくらいの地魔法が使えるわけ?」
「あー、今のところ使える魔法といったら……」
クレバルが扱える地魔法――地中の岩盤をせり上がらせるライジングロック、無数の石つぶてを弾丸のように放つストーンドライブ、地面の砂を利用して砂煙を起こすサンドストーム、周囲の岩石を魔力で持ち上げて投げつけるロックバウンドの四種類だった。
「それくらいしか使えないの?」
「い、今のところな」
「バッカね。それだけでこの先やって行けると思ってるの?」
「んな事言われてもよ……決して役に立たねぇって事ぁねえだろ?」
「今からでも新しい魔法開発してみなさいよ」
「無茶言うなよ。まずこれら以外にどんな魔法が……いや。ちょっと待てよ」
「何?」
「お前との連携前提で行くといいんじゃねえか?」
クレバルが思いついた案は、自分の地魔法を利用したリルモとの連携であった。つまりクレバルの地魔法で敵を翻弄させ、リルモの必殺技で敵を討つというシンプルな連携プレイである。
「……ま、あんたにしては悪くないわね。役に立たないよりはずっとマシだわ」
「褒める気ねぇなお前は……」
「はいはい、早速試してみるわよ」
リルモは槍を振り回し、構えを取る。正面の岩をターゲットに連携攻撃の特訓が始まった。
「よっし行くぜ。サンドストーム!」
地面の砂が浮かび上がり、竜巻状に舞いながらも砂煙が巻き起こる。
「はああっ!」
魔力を高めたリルモが槍に雷を纏い、岩に向かって突撃する。だが、岩の周囲を包む砂煙に視界を阻まれてしまい、思うように狙いが定まらなくなってしまう。
「クッ……これだとうまく狙えないわ」
視界を奪われつつも、リルモは技を放つ態勢を取る。
「百裂槍撃!」
砂煙の中で繰り出される槍の連続突き。砂煙が収まると、岩を狙ったはずが、正確な狙いを大きく外していた事に気付くリルモ。
「ちょっとこれじゃあダメみたい。砂煙の範囲をコントロール出来ないの?」
「そこまでは試した事ねぇからわかんねぇよ」
「だったら試すつもりで挑戦してみなさいよ。魔力の調整次第では出来なくはないはずよ」
魔法は術者の魔力量次第では規模等が変化していく。つまり呼び起こす魔力を調整する事で魔法の規模が上がり下がりするという事である。クレバルは自身の魔力を弱め、再びサンドストームを発動させる。発生した砂煙は広がるように舞うだけだ。
「まだダメよ。あの岩を覆うようにするのよ」
「んな高度な事まで出来るか!」
「だから出来るまでやってみなさいよ!」
リルモに言われるがままに魔力調整によって狙いを定めた形のサンドストームを発動させようとするが、なかなか上手くいかないばかりだった。


一方、灼熱地獄によって全身を火傷したグラインは上半身裸の状態で座禅を組んでいた。身体に冷水がかけられると、焼け付くような痛みが襲い掛かる。
「うくっ……」
痛みのあまり苦痛の声を漏らすグライン。
「動じるでない。痛みを感じても無心でいるのだ」
厳しい声でタータが言う。ティムはグライン達の様子を静かに見守っていた。


それから――数日間に渡ってグラインの試練、リルモとクレバルの特訓は続いた。シャムシールを手に、劫火の魔窟を歩くグラインの全身は薄い魔力の光に覆われている。数日間に渡る精神集中で魔力を研ぎ澄ませた事によって、加護の衣を生んでいた。その表情に一寸の迷いもない。完全なる無心である。炎の中から次々と飛び出すフレマンダ。グラインは動じる事なく手持ちの武器で応戦する。敵の火炎の息によって全身が焼け付く感覚に襲われるものの、グラインは怯まずに敵を退けていく。全身が汗ばみ、次第に火傷の痛みを感じるが、グラインは次々とマグマルド鉱石を手にしていく。その時、炎が大きく弧を描くように噴き出していく。
「ぐ、うっ……!」
炎の勢いで心がざわつき始め、限界を感じるようになったグライン。だがそれでも諦めない。必要な鉱石の数は残り一つ。再び精神集中で心を落ち着かせようとするものの、更に炎が噴き出し始め、地面からも噴出するようになる。
「うっ……ああぁぁぁぁぁあっ!」
火傷の痛みを吹き飛ばすつもりで叫び声を轟かせると、グラインの全身が魔力のオーラに包まれ、目が赤く染まる。荒れ狂うように燃える炎の中、グラインは呼吸を整え、最後の一つとなる鉱石を探し続ける。限界が訪れ、とうとう灼熱地獄に耐え切れなくなったグラインは力尽きてしまい、意識が遠のき始める。倒れた直後、一つの石を発見する。マグマルド鉱石だった。
「……これで……もう……」
意識を失ったグラインの周りは既に燃え盛る炎に覆われていた。炎の規模は広がっていき、グラインを飲み込もうとした瞬間、タータが炎の中から飛び出し、間髪でグラインを救い出す。
「……やれやれ。危ないとこじゃったな」
タータはグラインを運び出す。グラインの全身は火傷でボロボロになっていた。


その頃、リルモと特訓中のクレバルは前方の岩に向けて魔力を集中させていた。
「サンドストーム!」
岩の周囲の砂が舞い上がると、岩を包むように砂煙が巻き起こる。
「よし、うまくいったぜ!」
リルモは槍を回しながらも岩に向かって突撃する。
「百裂槍撃!」
砂煙に包まれた岩にリルモの連続突きが決まる。攻撃は正確にヒットし、岩が砕けるとリルモは高く飛び上がり、槍に雷の魔力を集中させる。
「天翔雷鳴閃!」
雷の衝撃波は、砕けた岩を跡形もなく吹っ飛ばした。
「ふっ、やればできるじゃないの」
颯爽と着地したリルモは、三つ編みの髪を揺らせつつもクレバルに言う。
「へへっ、いつまでも俺をなめてもらっちゃあ困るぜ」
勝ち誇ったような笑顔で親指を立てるクレバル。あんたにしちゃあ上出来よと心の中で褒めながらも笑顔で返事するリルモは、身体を休めようと洞窟へ戻っていく。


タータに運び出されたグラインは寝室で安静にしていた。傍らにいるティムはグラインの記憶を読み取る事で何があったかを全て把握し、火傷の痕を濡れたタオルで冷やし始める。
「随分と無茶したのネ……まだ若いのニ」
眠るグラインをティムが心配そうに見つめる中、タータがやって来る。
「タータ。グラインは大丈夫なノ?」
タータ曰く、かなりの火傷を負っているものの命に別状はなく、一日程安静にする必要があるとの事だった。
「ソウ……それなら安心ネ」
「うむ。この子に備わる紅焔の魔力と天飆の魔力が命を守ったのであろう。それに……」
劫火の魔窟内に存在するマグマルド鉱石を指定の数の分手にした事を全て見ていたタータは、見事グラインは最初の試練に合格する事が出来たと告げる。ただ鉱石全てを手に入れたからではなく、雑念を捨てる事で心を保ち、魔力を研ぎ澄ませた事で加護の衣を生み出し、灼熱地獄を進む事が出来た上、秘めたる勇者の力を目覚めさせても自身の意思で炎の中を進む事が出来た。彼は紛れもなく勇者の子だ。改めてそう確信したタータはグラインを最初の試練は合格だと認めたのだ。
「これでモまだ最初だというノ?」
「そうじゃな。だが……次が最後となる」
そんな会話の中、特訓を終えたリルモとクレバルが訪れる。
「グライン!」
「シーッ! 今は安静中ヨ。積もる話ハ外デやりまショウ」
ボロボロの状態で眠るグラインを見て何があったんだと思いつつも、ティムの言われるがままに寝室から出るリルモとクレバル。ティムはグラインの状況を話すと、リルモとクレバルは驚愕の表情を浮かべる。
「そ、それだけ無茶な事してたっていうの……?」
「マジかよ……あいつ本当に人間か?」
「エエ、流石に一日くらイ安静が必要だけどネ」
リルモとクレバルは一瞬見つめ合い、そりゃそうだろと揃いで口にする。
「飯、できたぞ」
食事の支度をしていたティータが現れる。リルモ達は休息がてら、ティータが作った夕食にありつける事にした。
「ア……ティータちゃん。魚のホネはちゃんと取ってル?」
焼き魚を見たティムの一言。
「取ってない。それくらい自分で取れ」
「ワタシ、魚のホネが苦手なのヨ!」
ティムはかつて魚の骨が喉に刺さって痛い思いをした事があった故、魚の骨が苦手になってしまったのだ。
「ほお、お前魚の骨でそんな苦い思い出があったのか?」
クレバルがティムをジッと見つめている。
「何ヨその目! 魚のホネが喉に刺さっタ時の苦しミがわかラないノ?」
「俺はそんな経験ねぇからなぁ」
からかうように見つめるクレバルを殴って黙らせるリルモ。
「私も経験ないけど、魚の骨が喉に刺さったら人によってはトラウマにもなるからね。魔法学校に通ってた頃、そんな子がいたわ」
リルモがフォローするように言う。
「さっすがリルモ! デリカシーのないクレバルとは大違いネ!」
フフッと微笑むリルモ。皆は会話を交わしながらも、夕食のひと時を過ごした。


翌日――目を覚ましたグラインはタータに呼び出され、洞窟の外に出る。全身の火傷はリルモのアクアヒールの効果も相まって完全に回復していた。タータによる最後の試練が行われようとしているのだ。
「グライン、大丈夫なの?」
リルモの問いに黙って頷くグライン。その目は真剣である。最後の試練の内容は、ティータ最強の火炎魔法ソル・フレアによる巨大な火球を自身の力で押さえつけるというものであった。
「それじゃあ、行くぞ」
ティータは両手を掲げると火球が浮かび上がり、徐々に大きくなっていく。その大きさは凄まじいものであった。
「おいおいおいおい、何だよありゃあ! あんなもんマジで死ぬだろ!」
巨大な火球を見て口をあんぐりとさせるクレバル。グラインは呼吸を整え、両手を差し出したまま精神集中させる。グラインの全身から仄かな光が現れると、ティータが火球を放った。
「……はああああっ!」
襲い掛かる巨大な火球をグラインは両手で受け止める。
「だああああ! お、お前マジかよおおお!」
パニックになるクレバルを殴って黙らせるリルモ。ティムとタータは火球を押さえているグラインを真剣な表情で見守っていた。
「うっ……ぐうあっ!」
グラインの両手が激しい炎の勢いに飲み込まれ始める。だがグラインは両手が焼かれるのを堪えながらも、精神集中を止めようとしない。


ここで精神集中を止めたら一瞬で焼き尽くされてしまう。恐れてはいけない。心を乱してはいけない。

今救うべきものがあるから、全ての試練を乗り越えなくてはならない。


グラインの目が赤く染まり、焼かれる両手から魔力のオーラが発生する。オーラは熱風を纏う炎と化し、次第に火球を押し返し始める。
「この感じ……これが僕の中に眠る勇者の力……?」
今置かれている状況を把握したグラインは魔力を両手に集中させると、風圧状の熱風が発生する。熱風はやがて巨大な火球を弾き飛ばした。飛んで行った火球は周囲の大岩に激突していく。
「はぁ、はぁ……」
赤くなっていた目の色は元の色に戻り、膝を地に付くグライン。
「す、すごい……ソル・フレアを弾き飛ばした……」
ティータはひたすら驚いていた。
「グライン!」
リルモ、クレバル、ティムが駆け付ける。
「あ……みんな」
仲間達の姿を見てグラインは安堵する。
「お前、すげえじゃねえか! あんなでっかい火の玉をブッ飛ばすなんて」
クレバルが歓喜の声を上げる。
「ふむ……見事の一言じゃ、グラインよ。合格だ。これにてお前は焔の試練を乗り越える事が出来た」
タータからの通告にグラインは笑顔を浮かべる。
「だが、これはまだ始まりに過ぎん」
タータ曰く、焔の試練は秘めたる巨大な力によって己を失わないように、心を鍛える為の試練。幾度も雑念を捨てる事で魔力と精神を研ぎ澄ませ、心を保ちながらも灼熱地獄の洞窟を進んだ事によって自然に心と身体が力に捉われないように鍛えられ、己の魔力で自身を守る加護を生む事も出来た。即ち、秘められた勇者の力が目覚めても自我を失う事はないという。勇者の力が目覚めるきっかけは、自身が危機に立たされた時、怒りを覚えた時、そして戦う意思を固めた時。感情によるものではなく、自発的に勇者の力を目覚めさせ、自在に扱えるようになるには嵐の試練を乗り越えなくてはならない。
「嵐の試練も、決して一筋縄ではいかぬ。いや、焔の試練以上の過酷なものとなるであろう。よって、自身をもっと鍛えてから挑むと良い」
嵐の試練が行われる烈風の谷へ行く前に、一行はまず各地のエレメントオーブを集める事にした。そこでタータとティータが洞窟から炎のように輝く宝玉と奇妙な構造をしたロッドを持ち出す。炎のエレメントオーブと紅蓮の勇者フォティアが遺した武器ヘパイストロッドであった。
「これが……紅蓮の勇者の武器?」
「うむ。こいつを持った状態で魔力を集中させてみよ」
グラインはヘパイストロッドを手に魔力を集中させる。すると、ロッドの先端部分から鎌状の炎が現れた。ヘパイストロッドは使用者の魔力を吸収する事で直接攻撃用の武器に変えるものであり、先端部分から炎の魔力による刃が生み出されるのだ。
「凄いや……こんな武器があったなんて」
「まだ勇者の力を自在に使いこなせぬお前には心強い武器となるであろう。焔の試練を乗り越えても、精神を研ぎ澄ませる事を忘れてはならぬぞ。旅は、急がば回れじゃ」
「はい! ありがとうございます!」
グラインは深々と頭を下げて礼を言う。炎のエレメントオーブを受け取った一行は集落から去っていく。集落に住む巨人族達は、一行の旅立ちを見守っていた。
「行っちゃったね」
ティータが寂しそうに言う。
「グライン……彼ならばきっとやってくれるであろう。人間の可能性は無限大と言われておるが、まさにその通りじゃな」
タータがしみじみとした様子で呟く。
「ニンゲン、いいヤツもいればわるいヤツもいる。でも、いいヤツは本当にいいヤツ。そうだよね、じいちゃん」
「うむ。ワシと共に同族の無念を晴らしてくれたのも、人間の勇者じゃったのだからな」
タータはかつて魔導帝国が猛威を振るっていた頃を振り返る。多くの同族が魔導帝国に捕われ、兵力として利用される形で犠牲になり、人間の勇者達と共に犠牲となった同族の無念を晴らした事を。戦いの後、タータは生き残った同族にこう伝えた。


人間はいい奴もいれば悪い奴もいる。善と悪の存在は人間に限った話ではない。どの種族でも善と悪は必ずしも存在する。同族を兵力として利用した魔導帝国の人間は、人間の中の悪。魔導帝国に挑みし勇者達もまた人間であった。勇者達は人間として裁く為に悪しき人間を滅ぼし、我ら巨人族の生き残りを守った。どうか人間全てを悪とみなさないで欲しい。たとえ同族の中に悪が生まれる事があっても、善なる心を持つ者達は悪を裁き、正しき心を失ってはならない――


「お前は新しき勇者の子だ。負けるなよ、グライン」
タータはグラインの旅の無事を心から祈った。


炎のエレメントオーブを手に入れ、ギガント山を下りた一行は次なるエレメントオーブを求めて船に乗り込む。向かう先は、東の大陸イスランであった。


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宍戸亮
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

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