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目覚めし七の光
知られざる過ち
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父の敵討ちで先立って飛び出したリルモの後を追うグライン達は雪原を進むものの、魔物が次々と襲い掛かる。だが、ガザニアが撒いた種から棘のある蔦が現れ、魔物を捉えていく。ガザニアの自然魔法による植物で敵を足止めしつつも、グラインが炎魔法で焼き払っていく。
「リルモ! 無事でいろよぉ!」
クレバルはリルモの無事を願いつつも足を進める。グライン達が氷結の塔に辿り着くと、吹雪は更に激しくなる。
「クッ……物凄い吹雪だワ。いくらトンガラの実で耐えられてモ、そろそろ限界かモ……」
トンガラの実の効果で寒波耐性が身に付いたといえど、グライン達は凍えるような肌寒さを感じ始めていた。
「急ごう。このままじゃあリルモだけじゃなく、僕達も危ないよ」
グライン達は塔に潜入する。塔の内部に生息する魔物が襲い掛かるものの、グラインとクレバルが魔法で応戦し、退けていく。
「これハ……」
ティムは氷漬けにされたルビー一味の姿を発見する。
「こいつら、あの時のお笑いトリオじゃねえか。何でこんなところにいやがるんだ?」
氷漬け状態のルビー一味を不思議そうに見つめるクレバル。
「お宝を探しに来たって事でしょ。身の程知らずのバカに丁度いいわね」
ガザニアの毒舌が冴え渡る中、グラインは炎魔法でルビー一味を氷漬けから救おうとする。
「グライン。今はリルモを追ウ事が先ヨ」
ティムが制する。
「この三人ハ間違いなく魔女の力で凍らされテいるワ。魔女を倒さない限リ無駄骨ヨ」
「そうだぜ。こんな奴ら無理して助ける事もねぇだろ」
氷漬けから解放するには魔女を倒す必要があると諭されたグラインはそれもそうか、と思いつつリルモを追って魔女を倒す事を考える。
その頃、リルモは氷結の魔女フロスティアとの戦いを繰り広げていた。怒り任せに雷魔法を連発しつつも槍で攻撃を加えていくリルモ。
「小癪な!」
フロスティアの操る凍て付く冷気がリルモを襲う。凄まじい吹雪が辺りを覆い尽くし、リルモは全力で防御態勢を取るものの、たちまち全身が凍り付く感覚に陥る。
「ううっ……負けるわけには……」
リルモは反撃に転じようとするものの、両足が凍ってしまい、思うように動けない。吹雪が舞う中、フロスティアは無数の氷塊を作り出す。拳程の大きさの氷塊はフロスティアの周囲を旋回し、リルモに向かって飛んで行く。
「くっ……!」
弾丸のように飛ぶ無数の氷塊は次々とリルモの身体を痛め付けていく。両足の氷を砕き、何とか動けるようになった瞬間、倍の大きさの氷塊がリルモの顔面に飛び込んでいく。
「ごっ……」
顎に氷塊の直撃を受けたリルモは頭を大きく仰け反らせ、血を噴きながら倒れる。
「がはっ……ぐっ」
口元を抑えながらもリルモは身体を起こす。その一撃は石で強く殴られたような威力であり、口からは血が滴り落ちていた。そんなリルモを、フロスティアが嘲笑うような表情を浮かべる。
「所詮はただの小娘かと思ってたけど、あの男よりも楽しませてくれるわね。まだやれるのかしら?」
フロスティアが近付くと、リルモはペッと口内の血をフロスティアの顔に吐き掛ける。するとフロスティアは表情を鬼のような形相に変え、リルモの腹に蹴りを加える。
「げほぉっ……!」
呻き声と共に血混じりの唾液を吐き出しながら倒れるリルモ。
「クズが……こんな真似してくれてタダで済むと思ってるの? えぇ?」
フロスティアは吐き掛けられた顔の血を忌々しげに拭い、倒れたリルモを何度も足蹴にする。
「やめろ!」
声がすると、フロスティアに向けて飛んで来る火の玉。グラインであった。
「チッ、仲間がいたの?」
リルモから離れ、グライン達に標的を移すフロスティア。
「氷の魔女だな。お前の好きにはさせない」
グラインが握るヘパイストロッドから鎌状の炎が出現する。
「何人来ようと同じ事よ」
フロスティアは魔力を高め、吹雪を加速させる。
「ぐぐ……だんだん凍えてきたぜ……」
トンガラの実の効果が薄れ、肌寒さから凍り付く程の寒気を感じるようになるグライン達。フロスティアの周囲に再び無数の氷塊が旋回し、グライン達に襲い掛かる。
「サーコファガス!」
咄嗟にクレバルが地魔法で巨大な棺の石を防壁として作り出す。辛うじて氷塊の弾丸を防いだものの、石棺に罅が入り、崩れてしまう。続いてガザニアが種子を投げる。
「ポイズンブランブル!」
種子から猛毒の棘を持つ蔦が発生し、フロスティアに向かっていく。
「邪魔だ!」
フロスティアが手から氷のカッターを放つ。蔦はカッターに切り落とされ、凍り付いて砕けてしまう。更にフロスティアは凍て付く冷気の嵐を放つ。
「くっ……負けるか!」
ヘパイストロッドを手にフロスティアに挑むグラインだが、敢え無くフロスティアの放つ冷気に返り討ちにされ、足元が凍り付き始める。クレバル、ティム、ガザニアも足元から下半身が凍り付いていた。
「フン、どう足掻こうと無駄なのよ……グウッ!」
勝ち誇ったようにフロスティアが言った瞬間、電撃の雨が襲い掛かる。リルモの雷魔法エレキテルレインだった。
「あんただけは私が倒すわ。絶対に」
口から流れる血を拳で拭い、息を整えながらも槍を構えるリルモ。
「リルモ!」
「手を出さないで! こいつは父さんの仇よ!」
リルモは雷の魔力を放出させる。その気迫は冷気をも寄せ付けない程で、リルモの表情も怒りで顔を歪ませていた。
「リルモ……」
父の敵討ちに執念を燃やすリルモを見て、グライン達は黙って見守る選択肢を選ぶ。
「馬鹿めが。粉々に砕いてやる! ダイヤモンドダスト!」
凄まじい細氷の嵐が吹き荒れる。激しく巻き起こる細氷は部屋全体を覆い尽くすように舞い上がり、部屋は一瞬で全てを凍りつかせる冷気に支配されていく。
「う、ぐ……か、身体が……」
グライン達の身体が徐々に凍り付いていく。
「クッ……」
リルモの身体も凍り付いていた。
「ハハハハ、そろそろ楽にしてやろう」
フロスティアは両手から岩石のような氷塊を作り出す。リルモの身体が完全に凍り付いた瞬間、氷塊をぶつける事で粉々に砕こうとしているのだ。
「リ、リルモォォォッ!」
クレバルが叫ぶ中、氷塊が飛んで行く。
「……負けるかァッ!」
リルモの目が大きく見開かれ、気合いと共に氷を吹き飛ばすと同時に氷塊を受け止める。
「がああああっ!」
氷塊を抑えながらも、リルモは全身の魔力を高めていく。リルモを覆う魔力のオーラは激しい電撃を纏うようになり、それはまるで父ライディの力が宿ったかのようであった。
「ごあああああああああああッ!」
咆哮を上げ、抑えていた氷塊を砕くリルモ。床に転がっていた槍を拾い、片手で回しつつも攻撃態勢に入る。
「小賢しいわあ!」
無数の氷塊を放つフロスティア。次々と襲う氷塊の弾丸に殴られ続けるリルモだが攻撃態勢を崩さず、槍に魔力を集中させつつも飛び上がる。
「くらえ! 天翔雷鳴閃!」
雷の魔力を帯びた鋭い衝撃波がフロスティアに襲い掛かる。
「グギャアアアアアアアア!」
その一撃は爆発と共に稲妻が迸り、大きく床が抉れる程の威力であった。
「が……ぐあっ……」
大きなダメージを受けたフロスティアは痺れを残し、ズタボロとなっていた。隙を逃さなかったリルモが眼前に現れる。
「百裂槍撃!」
秒間数十発の速度による槍の連続突きがフロスティアに叩き込まれていく。
「ぐボォォッ」
黒い血反吐を吐きながらも断末魔の叫び声を轟かせるフロスティア。身体の至る所に風穴を刻まれ、返り血を浴びながらもリルモは連続突きを繰り出していた。情け容赦もなく攻撃を叩き込んでいくリルモの姿にグライン達は思わず息を呑む。
「てやあああああッ!」
とどめの一撃がフロスティアの左胸を貫く。
「げぼぁっ……は……おの……れ……おのれえええええッ!」
忌々しげに叫びながらもフロスティアは絶命する。死体となったフロスティアは水蒸気と化し、一瞬で蒸発した。
「……仇は取ったわ、父さん」
敵討ちを果たしたリルモは亡き父を想いつつも、黒い血に塗れた槍の先端部分にフゥッと息を吹き掛ける。
「リルモ!」
グライン達が駆け寄ると、リルモは無言で振り返る。
「無事で良かったぜ。魔女を倒したんだよな?」
クレバルが言った瞬間、辺りを覆っていた冷気と外の寒波が収まり始める。
「寒波が収まっタみたいネ」
ティムは外の様子を確認していた。
「みんな、ごめんなさい……どうしても私の手で父さんの仇を討ちたかったから」
リルモが俯いて詫びる。
「気にする事ねえさ。お前が無事で良かったし、親父さんの仇を討ててメデタシメデタシだしよ」
クレバルがフォローの言葉を投げると、素直にありがとうと礼を言うリルモ。
「ヒィィー! 一体何がどうなってるのよぉ!」
突然聞こえてくる声。フロスティアが倒れた事で氷漬けから解放されたルビーの声だった。声がした方に向かって行くと、ルビー一味があたふたしていた。
「ちょっと前は石にされて、今度はクソ寒いところに迷い込んで氷漬けにされるとか意味わかんないわよ! アタシ達、ちゃんと現世にいるのね?」
「こ、ここは紛れもなく塔の中ですぜオネエ様!」
騒ぐばかりのルビー一味の元にグライン達がやって来る。
「あ! アンタ達……まさか今度もアンタ達のおかげで助かったって事ぉ?」
「……そうなるかな。でも、今回はリルモにお礼を言ってよね」
「ヒィー! 二度もアンタ達に助けられるなんて思いもしなかったわ! ま、一応感謝はしておくわよ」
相変わらず変な奴らだな、と言わんばかりの顔をする一行。
「おい、三馬鹿。今度は何のつもりでこんなところに来たんだよ」
クレバルの問いにルビーは頭から湯気を出す。
「ムキー! 三馬鹿って失礼ね! トレジャーハンターズって呼びなさいよ!」
「だからどう見ても三馬鹿だっての」
「うるっさあああああああああい! ぜー、ぜー……大体アタシ達は元々最初からこんなところに来るつもりはなかったのよ!」
息を荒くしながらも、ルビーが経緯を話す。古代都市での一幕の後、所持している小型の気球で宝の匂いがしそうな場所を探していたという。たまたまフロスタル大陸の上空に来た時、フロスティアの操る寒波で気球が凍り付いて墜落し、三人揃って凍えながらも彷徨っているうちに塔に辿り着いて安全そうな場所を探していた中で氷漬けにされてしまったと。
「つまりお前達はとばっちりを受けたって事か……」
哀れむようにグラインが言う。
「ハァ……アンタ達に助けられたのはいいけど、気球は凍って墜落したのよね……って、まだ普通に寒いし外は猛吹雪じゃないの?」
「ハーックション! 吹雪は収まってるようですぜ……」
「へ、下手するとオレ達ずっとこんな寒いところにいるって事ですかい?」
氷漬けから解放されても気球が墜落したせいで大陸から脱出する方法が見つからないという現実を突き付けられたルビー一味は途方に暮れる。
「はぁ……しょうがない。とりあえず僕達はフロストール王国に戻るから、一緒に来なよ」
グラインが手助けしようとする。
「お、王国ですって? アタシ達を王国まで連れてってくれるの?」
「うん。変な気を起こさなければの話だけど」
「キャー! なんて心の優しい少年なの! 後でキスしてあ・げ・る!」
「そ、それだけは勘弁を……」
青ざめた様子でドン引きするグライン。周囲は冷めた目で見るばかりだった。一先ず一行は塔から出ようとすると、リルモがふと立ち止まる。
「リルモ、どうしたの?」
グラインが声を掛けると、リルモは何かを探るように背後を振り返っている。
「あ……いや。何か気配を感じた気がして」
「気配?」
まさかまだ何かいるのか、と思いつつもグラインは周囲を見回す。
「おい、どうしたんだよ?」
クレバルの一言でグラインはリルモに視線を移す。
「私の事は気にしないで。きっと疲れてるんだわ」
「う、うん。早く戻って休んだ方が良さそうだね」
グラインとリルモは再び足を進める。
「全く、本当に大丈夫かしらね」
ガザニアが横目でリルモに言う。リルモの表情は元気がない様子だった。
「フロストール王国って一体どんな国なのかしらねぇ?」
ルビーはフロストール王国に興味津々である。
「マズ、アナタ達が欲しがるようナお宝なんてないとだケ言っておくわヨ」
ティムが素っ気なく返答する。外に出ると吹雪は収まってはいるものの、氷点下の気温である事に変わりない寒さだった。
「ヒィィィ! や、やっぱり寒いのは変わりないのねぇぇ!」
「多少はマシになった……わけないですぜオネエ様ぁぁ!」
「凍え死にそうですぜオネエ様ぁぁぁ!」
「お黙り! 寒いのはアタシだって一緒なのよ! こんな気温で寒いって言わない方がおかしいわよ!」
ひたすら騒がしいルビー一味。
「アホくせぇ……」
「やっぱり連れて行かない方がよかったかもね……」
クレバルとグラインはあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ返っていた。そんな中、一行はフロストール王国に帰還する。吹雪が収まっても王国は凍り付いたままである。
「ちょっとぉ! これが王国? 思いっきり凍ってるじゃないのよ! アタシ達を更に凍えさせるつもり?」
「ウルサイわネ! 黙って付いて来なさイ!」
城の祭壇の部屋のワープスポットから地下砦に戻る一行。
「はぁぁ? 地下にこんな場所があったの?」
「しかも歩く鳥みたいな奴らがいっぱいですぜ」
見慣れない光景に驚くルビー一味。
「あ、グライン達! 戻って来たのね!」
ペチュニアが駆け付けて来る。
「……って、誰その人達?」
ルビー一味について聞くペチュニアに、ティムが説明する。
「ごめんペチュニア。その人達の事は任せるよ」
シルベウドから氷のエレメントオーブを貰う事を優先するグラインはルビー一味をペチュニアと芸人一座に任せ、玉座の間へ向かう。グラインはシルベウドに魔女討伐を果たした事を報告する。
「なんと、魔女を倒したのか! いやはや、君達は本当に希望をもたらす者だったのだな。このフロストール王国は疎か、フロスタル大陸を災いから救ってくれた事……大変感謝する。これは新たな勇者の誕生と言っていいかもしれぬな」
感謝と共に賛辞の言葉を投げ掛けるシルベウド。勇者という言葉を聞いたグラインは、自分の心が疼くのを感じる。
「そういえば……メルベリアさんは大丈夫なんですか?」
グラインはふとメルベリアの容態が気になり始める。シルベウド曰く、現在は医務室で安静にしているとの事だ。
「礼として君達に氷のエレメントオーブを差し上げたいところだが……一つ気掛かりな事があるのだ」
シルベウドの気掛かりな事は、メルベリアが口にしていた『恨みの声』の件である。
「恨みの声? そういえバあのコ、そんな事も言ってたわネ」
「うむ。魔女と何か関係があるのかもしれぬが……大臣よ。本当に心当たりはないのか?」
「ははっ。身に覚えがない上、そのような声も聞いた事がありません」
メルベリアの言う恨みの声について大臣に問い詰めてはみたものの、大臣は全く知らないと言うばかりだった。
「シルベウド王子!」
ペン族の兵士が慌てた様子でやって来る。
「どうした、何事だ?」
「姫様が……メルベリア様が……!」
兵士は冷や汗を搔いていた。
「落ち着け。姉様がどうしたというのだ」
「ど、どうか医務室へお越し下さい!」
兵士の様子から只事ではないと察したシルベウドは医務室へ向かう。
「メルベリアさん、何があったんだ……?」
「急ぎましょう!」
グライン達も医務室へ駆け出す。医務室には、倒れているペン族の医師とベッドの前に立つメルベリアがいる。
「ね、姉様……」
シルベウドの声に反応してメルベリアが振り返る。碧眼だったメルベリアの目が赤く染まっていた。
「姉様? ……クックックッ……ハハハハハハ! そうか、お前はこいつの弟というわけか」
メルベリアが高々に笑う。
「貴様、姉様ではないな? 何者だ!」
明らかに普段のメルベリアではないと悟り、思わず身構えるシルベウド。グライン達も戦闘態勢に入る。
「クックックッ……そうよ。私は貴様の姉様ではない。私はフロスティア。この地を死の寒波で覆い尽くした者よ。そしてこの女の身体はたった今、私が頂いたというわけよ!」
メルベリアの身体がフロスティアに乗っ取られていたという事実に愕然とする一行。
「何故なんだ……お前はリルモに倒されたはずだ!」
グラインの問いに対し、フロスティアはメルベリアの顔で醜悪な笑みを浮かべる。
「確かに私はそこの小娘に倒された。だが……我が魂は決して滅びないのさ」
リルモに倒され、肉体が消滅したフロスティアの魂は昇天する事なく、現世に佇んでいたのだ。魂となったフロスティアは密かにグライン一行の後を付け、フロストール王国の王族となる者の身体を自身の新たなる肉体にしようと目論み、病に伏していたメルベリアの肉体に憑依したという。
「貴様、何を考えている! 姉様の身体をどうするつもりなんだ!」
シルベウドが激昂する。
「これからこの女を新たな肉体とする。私にとって予想外なものとなったのだからねぇ」
メルベリアの肉体を得たフロスティアが魔力を解放する。次の瞬間、フロスティアの全身が黒い闇のオーラに包まれる。解放された魔力は、元のフロスティアの数倍以上のものとなっていた。
「クッ、この力……さっきとは段違いだ」
威圧感と共に身をも凍り付くような感覚に襲われるグライン達。
「クックックッ、素晴らしい。実に素晴らしい。忌まわしきフロストール王国への復讐にも丁度良い肉体よ」
「復讐……だと?」
王国への復讐という言葉にシルベウドは一体どういう事だと問う。
「まさか知らないというの? 愚かな事よ……過去の過ちを後世に伝えていないなんて愚も極まったものね」
歯軋りと共にフロスティアの表情が歪む。
「いいわ。冥途の土産に教えてあげる。王国が招いた忌まわしい出来事を……」
フロスティアは語る。それは勇者達が魔導帝国との戦いに勝利した後の出来事。フロスティアの真の名はスティアで、魔導帝国に挑みし勇者の一人である氷塊の勇者クリスタの姉であった。妹クリスタと共に魔導帝国に挑んだものの、帝国によって生み出された凶悪な戦士の襲撃を受けたクリスタはスティアを庇って深手を負ってしまう。倒れたクリスタは血を吐きながらも自身の中に存在する勇者の力をエレメントオーブに変え、スティアの前で絶命した。クリスタの血肉ともいう氷のエレメントオーブを託されたスティアは出身国であるフロストール王国に預ける事にしたが、王国の勇者として崇められていたクリスタの死は国民に深い悲しみを与える出来事となり、スティアの存在がクリスタの命を奪ったと主張する者が現れるようになった。スティアは勇者ではない故にクリスタと共に魔導帝国に挑む事は許されず、王国を守る事に専念するべきだと王から命じられていた。その命令を破った事も災いして国民や王から非難を買い、妹を失った挙句、故郷での居場所まで失ってしまったスティアは絶望に打ちひしがれ、逃げるように王国を去った。
確かに、妹が死んだのは私のせいだ。
勇者だからという理由で、国民は妹ばかり崇めていた。同じ血を分けた姉妹なのに、勇者の力を持たない姉の私とは全く違う。姉の私なんて、所詮は一端の魔導師としか思われていない。
いつも妹に守られてばかりだったから、姉として妹を守りたい気持ちがあった。その為に王の命令に背いてまで妹と共に魔導帝国に挑んだ。私にだって、妹程じゃなくとも帝国と戦えるくらいの力は持っていたから。
国民は……私が妹を殺したと思っているの? 何故私が居場所を失わなければならないの?
死んだのが妹じゃなくて私だったら……哀れむだけで済まされていたの?
深い絶望はやがて憎悪へと変わり、当てのない旅の末に、スティアはある者から闇の力を与えられる。時は流れ、闇の力を与えられたスティアは氷結の魔女フロスティアに生まれ変わり、フロスタル大陸に脅威をもたらす存在となる。身勝手な考えのままに自分を迫害し、追放した王国への復讐の為に。
スティアが得た闇の力は、肉体が滅びても魂は現世に佇み、新たな肉体への憑依が可能という不死の呪法によるものだった。現在のフロストール王女であるメルベリアは穢れた闇の血を引く存在であり、フロスティアの操る闇の冷気と共に発生した王国に漂う深い恨みの声を感じ取っていたのは闇の血がもたらす能力によるものであった。そしてメルベリアの身体は闇に染まった自身の魂と波長の合う肉体だったのだ。
「何……だと……」
フロスティアの口から衝撃の事実を聞かされたシルベウドは喪心してしまう。今まで王国の過去の過ちに関する話は誰からも聞かされていなかった故に、フロスティアの正体と過去を知った事へのショックが大きかったのだ。
「王女はお前とは違って私を憐れんでいたようだよ。私の声を感じていたようだしね。つまり、憐れむ心が私を受け入れたというわけさ」
魂が抜けたような状態のシルベウドに対し、冷たい視線を向けるフロスティア。
「メルベリアさんが言ってた恨みの声っていうのはそういう事だったのか」
恨みの声の意味を理解したグラインは思わずシルベウドの方に顔を向ける。だがシルベウドは喪心したままだった。
「お喋りはそこまでよ。これから王国の連中を一瞬で凍らせる。以前とは比べ物にならない闇の力でな!」
フロスティアが闇の冷気を放出する。思わず身構えるグライン達だが、フロスティアが突然苦しみ出す。
「グッ……ガッ! 苦しい……!」
身震いさせるフロスティア。何が起きたんだと辺りを見回すグライン達。
「おのれ……さてはクリスタか。勇者の力に守られているのか!」
地下砦は氷のエレメントオーブがもたらすクリスタの力で守られており、それがフロスティアの闇の力を抑えているとの事であった。
「いいだろう。こうなったらこの大陸の全てを闇の氷で覆い尽くしてやる! 復讐を果たす為にな!」
そう言い残し、フロスティアの姿は消えていく。
「クッ……こんな事が……こんな事があっていいのか!」
我に返ったシルベウドは現状の重さに打ち震え、拳を何度も床に打ち付ける。グライン達は何とも言えない気持ちのまま見守るしかなかった。
「リルモ! 無事でいろよぉ!」
クレバルはリルモの無事を願いつつも足を進める。グライン達が氷結の塔に辿り着くと、吹雪は更に激しくなる。
「クッ……物凄い吹雪だワ。いくらトンガラの実で耐えられてモ、そろそろ限界かモ……」
トンガラの実の効果で寒波耐性が身に付いたといえど、グライン達は凍えるような肌寒さを感じ始めていた。
「急ごう。このままじゃあリルモだけじゃなく、僕達も危ないよ」
グライン達は塔に潜入する。塔の内部に生息する魔物が襲い掛かるものの、グラインとクレバルが魔法で応戦し、退けていく。
「これハ……」
ティムは氷漬けにされたルビー一味の姿を発見する。
「こいつら、あの時のお笑いトリオじゃねえか。何でこんなところにいやがるんだ?」
氷漬け状態のルビー一味を不思議そうに見つめるクレバル。
「お宝を探しに来たって事でしょ。身の程知らずのバカに丁度いいわね」
ガザニアの毒舌が冴え渡る中、グラインは炎魔法でルビー一味を氷漬けから救おうとする。
「グライン。今はリルモを追ウ事が先ヨ」
ティムが制する。
「この三人ハ間違いなく魔女の力で凍らされテいるワ。魔女を倒さない限リ無駄骨ヨ」
「そうだぜ。こんな奴ら無理して助ける事もねぇだろ」
氷漬けから解放するには魔女を倒す必要があると諭されたグラインはそれもそうか、と思いつつリルモを追って魔女を倒す事を考える。
その頃、リルモは氷結の魔女フロスティアとの戦いを繰り広げていた。怒り任せに雷魔法を連発しつつも槍で攻撃を加えていくリルモ。
「小癪な!」
フロスティアの操る凍て付く冷気がリルモを襲う。凄まじい吹雪が辺りを覆い尽くし、リルモは全力で防御態勢を取るものの、たちまち全身が凍り付く感覚に陥る。
「ううっ……負けるわけには……」
リルモは反撃に転じようとするものの、両足が凍ってしまい、思うように動けない。吹雪が舞う中、フロスティアは無数の氷塊を作り出す。拳程の大きさの氷塊はフロスティアの周囲を旋回し、リルモに向かって飛んで行く。
「くっ……!」
弾丸のように飛ぶ無数の氷塊は次々とリルモの身体を痛め付けていく。両足の氷を砕き、何とか動けるようになった瞬間、倍の大きさの氷塊がリルモの顔面に飛び込んでいく。
「ごっ……」
顎に氷塊の直撃を受けたリルモは頭を大きく仰け反らせ、血を噴きながら倒れる。
「がはっ……ぐっ」
口元を抑えながらもリルモは身体を起こす。その一撃は石で強く殴られたような威力であり、口からは血が滴り落ちていた。そんなリルモを、フロスティアが嘲笑うような表情を浮かべる。
「所詮はただの小娘かと思ってたけど、あの男よりも楽しませてくれるわね。まだやれるのかしら?」
フロスティアが近付くと、リルモはペッと口内の血をフロスティアの顔に吐き掛ける。するとフロスティアは表情を鬼のような形相に変え、リルモの腹に蹴りを加える。
「げほぉっ……!」
呻き声と共に血混じりの唾液を吐き出しながら倒れるリルモ。
「クズが……こんな真似してくれてタダで済むと思ってるの? えぇ?」
フロスティアは吐き掛けられた顔の血を忌々しげに拭い、倒れたリルモを何度も足蹴にする。
「やめろ!」
声がすると、フロスティアに向けて飛んで来る火の玉。グラインであった。
「チッ、仲間がいたの?」
リルモから離れ、グライン達に標的を移すフロスティア。
「氷の魔女だな。お前の好きにはさせない」
グラインが握るヘパイストロッドから鎌状の炎が出現する。
「何人来ようと同じ事よ」
フロスティアは魔力を高め、吹雪を加速させる。
「ぐぐ……だんだん凍えてきたぜ……」
トンガラの実の効果が薄れ、肌寒さから凍り付く程の寒気を感じるようになるグライン達。フロスティアの周囲に再び無数の氷塊が旋回し、グライン達に襲い掛かる。
「サーコファガス!」
咄嗟にクレバルが地魔法で巨大な棺の石を防壁として作り出す。辛うじて氷塊の弾丸を防いだものの、石棺に罅が入り、崩れてしまう。続いてガザニアが種子を投げる。
「ポイズンブランブル!」
種子から猛毒の棘を持つ蔦が発生し、フロスティアに向かっていく。
「邪魔だ!」
フロスティアが手から氷のカッターを放つ。蔦はカッターに切り落とされ、凍り付いて砕けてしまう。更にフロスティアは凍て付く冷気の嵐を放つ。
「くっ……負けるか!」
ヘパイストロッドを手にフロスティアに挑むグラインだが、敢え無くフロスティアの放つ冷気に返り討ちにされ、足元が凍り付き始める。クレバル、ティム、ガザニアも足元から下半身が凍り付いていた。
「フン、どう足掻こうと無駄なのよ……グウッ!」
勝ち誇ったようにフロスティアが言った瞬間、電撃の雨が襲い掛かる。リルモの雷魔法エレキテルレインだった。
「あんただけは私が倒すわ。絶対に」
口から流れる血を拳で拭い、息を整えながらも槍を構えるリルモ。
「リルモ!」
「手を出さないで! こいつは父さんの仇よ!」
リルモは雷の魔力を放出させる。その気迫は冷気をも寄せ付けない程で、リルモの表情も怒りで顔を歪ませていた。
「リルモ……」
父の敵討ちに執念を燃やすリルモを見て、グライン達は黙って見守る選択肢を選ぶ。
「馬鹿めが。粉々に砕いてやる! ダイヤモンドダスト!」
凄まじい細氷の嵐が吹き荒れる。激しく巻き起こる細氷は部屋全体を覆い尽くすように舞い上がり、部屋は一瞬で全てを凍りつかせる冷気に支配されていく。
「う、ぐ……か、身体が……」
グライン達の身体が徐々に凍り付いていく。
「クッ……」
リルモの身体も凍り付いていた。
「ハハハハ、そろそろ楽にしてやろう」
フロスティアは両手から岩石のような氷塊を作り出す。リルモの身体が完全に凍り付いた瞬間、氷塊をぶつける事で粉々に砕こうとしているのだ。
「リ、リルモォォォッ!」
クレバルが叫ぶ中、氷塊が飛んで行く。
「……負けるかァッ!」
リルモの目が大きく見開かれ、気合いと共に氷を吹き飛ばすと同時に氷塊を受け止める。
「がああああっ!」
氷塊を抑えながらも、リルモは全身の魔力を高めていく。リルモを覆う魔力のオーラは激しい電撃を纏うようになり、それはまるで父ライディの力が宿ったかのようであった。
「ごあああああああああああッ!」
咆哮を上げ、抑えていた氷塊を砕くリルモ。床に転がっていた槍を拾い、片手で回しつつも攻撃態勢に入る。
「小賢しいわあ!」
無数の氷塊を放つフロスティア。次々と襲う氷塊の弾丸に殴られ続けるリルモだが攻撃態勢を崩さず、槍に魔力を集中させつつも飛び上がる。
「くらえ! 天翔雷鳴閃!」
雷の魔力を帯びた鋭い衝撃波がフロスティアに襲い掛かる。
「グギャアアアアアアアア!」
その一撃は爆発と共に稲妻が迸り、大きく床が抉れる程の威力であった。
「が……ぐあっ……」
大きなダメージを受けたフロスティアは痺れを残し、ズタボロとなっていた。隙を逃さなかったリルモが眼前に現れる。
「百裂槍撃!」
秒間数十発の速度による槍の連続突きがフロスティアに叩き込まれていく。
「ぐボォォッ」
黒い血反吐を吐きながらも断末魔の叫び声を轟かせるフロスティア。身体の至る所に風穴を刻まれ、返り血を浴びながらもリルモは連続突きを繰り出していた。情け容赦もなく攻撃を叩き込んでいくリルモの姿にグライン達は思わず息を呑む。
「てやあああああッ!」
とどめの一撃がフロスティアの左胸を貫く。
「げぼぁっ……は……おの……れ……おのれえええええッ!」
忌々しげに叫びながらもフロスティアは絶命する。死体となったフロスティアは水蒸気と化し、一瞬で蒸発した。
「……仇は取ったわ、父さん」
敵討ちを果たしたリルモは亡き父を想いつつも、黒い血に塗れた槍の先端部分にフゥッと息を吹き掛ける。
「リルモ!」
グライン達が駆け寄ると、リルモは無言で振り返る。
「無事で良かったぜ。魔女を倒したんだよな?」
クレバルが言った瞬間、辺りを覆っていた冷気と外の寒波が収まり始める。
「寒波が収まっタみたいネ」
ティムは外の様子を確認していた。
「みんな、ごめんなさい……どうしても私の手で父さんの仇を討ちたかったから」
リルモが俯いて詫びる。
「気にする事ねえさ。お前が無事で良かったし、親父さんの仇を討ててメデタシメデタシだしよ」
クレバルがフォローの言葉を投げると、素直にありがとうと礼を言うリルモ。
「ヒィィー! 一体何がどうなってるのよぉ!」
突然聞こえてくる声。フロスティアが倒れた事で氷漬けから解放されたルビーの声だった。声がした方に向かって行くと、ルビー一味があたふたしていた。
「ちょっと前は石にされて、今度はクソ寒いところに迷い込んで氷漬けにされるとか意味わかんないわよ! アタシ達、ちゃんと現世にいるのね?」
「こ、ここは紛れもなく塔の中ですぜオネエ様!」
騒ぐばかりのルビー一味の元にグライン達がやって来る。
「あ! アンタ達……まさか今度もアンタ達のおかげで助かったって事ぉ?」
「……そうなるかな。でも、今回はリルモにお礼を言ってよね」
「ヒィー! 二度もアンタ達に助けられるなんて思いもしなかったわ! ま、一応感謝はしておくわよ」
相変わらず変な奴らだな、と言わんばかりの顔をする一行。
「おい、三馬鹿。今度は何のつもりでこんなところに来たんだよ」
クレバルの問いにルビーは頭から湯気を出す。
「ムキー! 三馬鹿って失礼ね! トレジャーハンターズって呼びなさいよ!」
「だからどう見ても三馬鹿だっての」
「うるっさあああああああああい! ぜー、ぜー……大体アタシ達は元々最初からこんなところに来るつもりはなかったのよ!」
息を荒くしながらも、ルビーが経緯を話す。古代都市での一幕の後、所持している小型の気球で宝の匂いがしそうな場所を探していたという。たまたまフロスタル大陸の上空に来た時、フロスティアの操る寒波で気球が凍り付いて墜落し、三人揃って凍えながらも彷徨っているうちに塔に辿り着いて安全そうな場所を探していた中で氷漬けにされてしまったと。
「つまりお前達はとばっちりを受けたって事か……」
哀れむようにグラインが言う。
「ハァ……アンタ達に助けられたのはいいけど、気球は凍って墜落したのよね……って、まだ普通に寒いし外は猛吹雪じゃないの?」
「ハーックション! 吹雪は収まってるようですぜ……」
「へ、下手するとオレ達ずっとこんな寒いところにいるって事ですかい?」
氷漬けから解放されても気球が墜落したせいで大陸から脱出する方法が見つからないという現実を突き付けられたルビー一味は途方に暮れる。
「はぁ……しょうがない。とりあえず僕達はフロストール王国に戻るから、一緒に来なよ」
グラインが手助けしようとする。
「お、王国ですって? アタシ達を王国まで連れてってくれるの?」
「うん。変な気を起こさなければの話だけど」
「キャー! なんて心の優しい少年なの! 後でキスしてあ・げ・る!」
「そ、それだけは勘弁を……」
青ざめた様子でドン引きするグライン。周囲は冷めた目で見るばかりだった。一先ず一行は塔から出ようとすると、リルモがふと立ち止まる。
「リルモ、どうしたの?」
グラインが声を掛けると、リルモは何かを探るように背後を振り返っている。
「あ……いや。何か気配を感じた気がして」
「気配?」
まさかまだ何かいるのか、と思いつつもグラインは周囲を見回す。
「おい、どうしたんだよ?」
クレバルの一言でグラインはリルモに視線を移す。
「私の事は気にしないで。きっと疲れてるんだわ」
「う、うん。早く戻って休んだ方が良さそうだね」
グラインとリルモは再び足を進める。
「全く、本当に大丈夫かしらね」
ガザニアが横目でリルモに言う。リルモの表情は元気がない様子だった。
「フロストール王国って一体どんな国なのかしらねぇ?」
ルビーはフロストール王国に興味津々である。
「マズ、アナタ達が欲しがるようナお宝なんてないとだケ言っておくわヨ」
ティムが素っ気なく返答する。外に出ると吹雪は収まってはいるものの、氷点下の気温である事に変わりない寒さだった。
「ヒィィィ! や、やっぱり寒いのは変わりないのねぇぇ!」
「多少はマシになった……わけないですぜオネエ様ぁぁ!」
「凍え死にそうですぜオネエ様ぁぁぁ!」
「お黙り! 寒いのはアタシだって一緒なのよ! こんな気温で寒いって言わない方がおかしいわよ!」
ひたすら騒がしいルビー一味。
「アホくせぇ……」
「やっぱり連れて行かない方がよかったかもね……」
クレバルとグラインはあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ返っていた。そんな中、一行はフロストール王国に帰還する。吹雪が収まっても王国は凍り付いたままである。
「ちょっとぉ! これが王国? 思いっきり凍ってるじゃないのよ! アタシ達を更に凍えさせるつもり?」
「ウルサイわネ! 黙って付いて来なさイ!」
城の祭壇の部屋のワープスポットから地下砦に戻る一行。
「はぁぁ? 地下にこんな場所があったの?」
「しかも歩く鳥みたいな奴らがいっぱいですぜ」
見慣れない光景に驚くルビー一味。
「あ、グライン達! 戻って来たのね!」
ペチュニアが駆け付けて来る。
「……って、誰その人達?」
ルビー一味について聞くペチュニアに、ティムが説明する。
「ごめんペチュニア。その人達の事は任せるよ」
シルベウドから氷のエレメントオーブを貰う事を優先するグラインはルビー一味をペチュニアと芸人一座に任せ、玉座の間へ向かう。グラインはシルベウドに魔女討伐を果たした事を報告する。
「なんと、魔女を倒したのか! いやはや、君達は本当に希望をもたらす者だったのだな。このフロストール王国は疎か、フロスタル大陸を災いから救ってくれた事……大変感謝する。これは新たな勇者の誕生と言っていいかもしれぬな」
感謝と共に賛辞の言葉を投げ掛けるシルベウド。勇者という言葉を聞いたグラインは、自分の心が疼くのを感じる。
「そういえば……メルベリアさんは大丈夫なんですか?」
グラインはふとメルベリアの容態が気になり始める。シルベウド曰く、現在は医務室で安静にしているとの事だ。
「礼として君達に氷のエレメントオーブを差し上げたいところだが……一つ気掛かりな事があるのだ」
シルベウドの気掛かりな事は、メルベリアが口にしていた『恨みの声』の件である。
「恨みの声? そういえバあのコ、そんな事も言ってたわネ」
「うむ。魔女と何か関係があるのかもしれぬが……大臣よ。本当に心当たりはないのか?」
「ははっ。身に覚えがない上、そのような声も聞いた事がありません」
メルベリアの言う恨みの声について大臣に問い詰めてはみたものの、大臣は全く知らないと言うばかりだった。
「シルベウド王子!」
ペン族の兵士が慌てた様子でやって来る。
「どうした、何事だ?」
「姫様が……メルベリア様が……!」
兵士は冷や汗を搔いていた。
「落ち着け。姉様がどうしたというのだ」
「ど、どうか医務室へお越し下さい!」
兵士の様子から只事ではないと察したシルベウドは医務室へ向かう。
「メルベリアさん、何があったんだ……?」
「急ぎましょう!」
グライン達も医務室へ駆け出す。医務室には、倒れているペン族の医師とベッドの前に立つメルベリアがいる。
「ね、姉様……」
シルベウドの声に反応してメルベリアが振り返る。碧眼だったメルベリアの目が赤く染まっていた。
「姉様? ……クックックッ……ハハハハハハ! そうか、お前はこいつの弟というわけか」
メルベリアが高々に笑う。
「貴様、姉様ではないな? 何者だ!」
明らかに普段のメルベリアではないと悟り、思わず身構えるシルベウド。グライン達も戦闘態勢に入る。
「クックックッ……そうよ。私は貴様の姉様ではない。私はフロスティア。この地を死の寒波で覆い尽くした者よ。そしてこの女の身体はたった今、私が頂いたというわけよ!」
メルベリアの身体がフロスティアに乗っ取られていたという事実に愕然とする一行。
「何故なんだ……お前はリルモに倒されたはずだ!」
グラインの問いに対し、フロスティアはメルベリアの顔で醜悪な笑みを浮かべる。
「確かに私はそこの小娘に倒された。だが……我が魂は決して滅びないのさ」
リルモに倒され、肉体が消滅したフロスティアの魂は昇天する事なく、現世に佇んでいたのだ。魂となったフロスティアは密かにグライン一行の後を付け、フロストール王国の王族となる者の身体を自身の新たなる肉体にしようと目論み、病に伏していたメルベリアの肉体に憑依したという。
「貴様、何を考えている! 姉様の身体をどうするつもりなんだ!」
シルベウドが激昂する。
「これからこの女を新たな肉体とする。私にとって予想外なものとなったのだからねぇ」
メルベリアの肉体を得たフロスティアが魔力を解放する。次の瞬間、フロスティアの全身が黒い闇のオーラに包まれる。解放された魔力は、元のフロスティアの数倍以上のものとなっていた。
「クッ、この力……さっきとは段違いだ」
威圧感と共に身をも凍り付くような感覚に襲われるグライン達。
「クックックッ、素晴らしい。実に素晴らしい。忌まわしきフロストール王国への復讐にも丁度良い肉体よ」
「復讐……だと?」
王国への復讐という言葉にシルベウドは一体どういう事だと問う。
「まさか知らないというの? 愚かな事よ……過去の過ちを後世に伝えていないなんて愚も極まったものね」
歯軋りと共にフロスティアの表情が歪む。
「いいわ。冥途の土産に教えてあげる。王国が招いた忌まわしい出来事を……」
フロスティアは語る。それは勇者達が魔導帝国との戦いに勝利した後の出来事。フロスティアの真の名はスティアで、魔導帝国に挑みし勇者の一人である氷塊の勇者クリスタの姉であった。妹クリスタと共に魔導帝国に挑んだものの、帝国によって生み出された凶悪な戦士の襲撃を受けたクリスタはスティアを庇って深手を負ってしまう。倒れたクリスタは血を吐きながらも自身の中に存在する勇者の力をエレメントオーブに変え、スティアの前で絶命した。クリスタの血肉ともいう氷のエレメントオーブを託されたスティアは出身国であるフロストール王国に預ける事にしたが、王国の勇者として崇められていたクリスタの死は国民に深い悲しみを与える出来事となり、スティアの存在がクリスタの命を奪ったと主張する者が現れるようになった。スティアは勇者ではない故にクリスタと共に魔導帝国に挑む事は許されず、王国を守る事に専念するべきだと王から命じられていた。その命令を破った事も災いして国民や王から非難を買い、妹を失った挙句、故郷での居場所まで失ってしまったスティアは絶望に打ちひしがれ、逃げるように王国を去った。
確かに、妹が死んだのは私のせいだ。
勇者だからという理由で、国民は妹ばかり崇めていた。同じ血を分けた姉妹なのに、勇者の力を持たない姉の私とは全く違う。姉の私なんて、所詮は一端の魔導師としか思われていない。
いつも妹に守られてばかりだったから、姉として妹を守りたい気持ちがあった。その為に王の命令に背いてまで妹と共に魔導帝国に挑んだ。私にだって、妹程じゃなくとも帝国と戦えるくらいの力は持っていたから。
国民は……私が妹を殺したと思っているの? 何故私が居場所を失わなければならないの?
死んだのが妹じゃなくて私だったら……哀れむだけで済まされていたの?
深い絶望はやがて憎悪へと変わり、当てのない旅の末に、スティアはある者から闇の力を与えられる。時は流れ、闇の力を与えられたスティアは氷結の魔女フロスティアに生まれ変わり、フロスタル大陸に脅威をもたらす存在となる。身勝手な考えのままに自分を迫害し、追放した王国への復讐の為に。
スティアが得た闇の力は、肉体が滅びても魂は現世に佇み、新たな肉体への憑依が可能という不死の呪法によるものだった。現在のフロストール王女であるメルベリアは穢れた闇の血を引く存在であり、フロスティアの操る闇の冷気と共に発生した王国に漂う深い恨みの声を感じ取っていたのは闇の血がもたらす能力によるものであった。そしてメルベリアの身体は闇に染まった自身の魂と波長の合う肉体だったのだ。
「何……だと……」
フロスティアの口から衝撃の事実を聞かされたシルベウドは喪心してしまう。今まで王国の過去の過ちに関する話は誰からも聞かされていなかった故に、フロスティアの正体と過去を知った事へのショックが大きかったのだ。
「王女はお前とは違って私を憐れんでいたようだよ。私の声を感じていたようだしね。つまり、憐れむ心が私を受け入れたというわけさ」
魂が抜けたような状態のシルベウドに対し、冷たい視線を向けるフロスティア。
「メルベリアさんが言ってた恨みの声っていうのはそういう事だったのか」
恨みの声の意味を理解したグラインは思わずシルベウドの方に顔を向ける。だがシルベウドは喪心したままだった。
「お喋りはそこまでよ。これから王国の連中を一瞬で凍らせる。以前とは比べ物にならない闇の力でな!」
フロスティアが闇の冷気を放出する。思わず身構えるグライン達だが、フロスティアが突然苦しみ出す。
「グッ……ガッ! 苦しい……!」
身震いさせるフロスティア。何が起きたんだと辺りを見回すグライン達。
「おのれ……さてはクリスタか。勇者の力に守られているのか!」
地下砦は氷のエレメントオーブがもたらすクリスタの力で守られており、それがフロスティアの闇の力を抑えているとの事であった。
「いいだろう。こうなったらこの大陸の全てを闇の氷で覆い尽くしてやる! 復讐を果たす為にな!」
そう言い残し、フロスティアの姿は消えていく。
「クッ……こんな事が……こんな事があっていいのか!」
我に返ったシルベウドは現状の重さに打ち震え、拳を何度も床に打ち付ける。グライン達は何とも言えない気持ちのまま見守るしかなかった。
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