Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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目覚めし七の光

父の心と娘の想い

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「凄い……こんな洞窟があったなんて」
光る草の洞窟のヒカリゴケによる独特の美しさについ見入ってしまうリルモ。ガザニアは周囲のヒカリゴケに興味を抱いていた。
「こんなジメジメしたところに長居はしたくねぇな。さっさと用事を済まそうぜ」
一行は洞窟の奥へ進んでいくと、数多くの魔物が行く手を阻む。邪悪さを象徴させる黒い色合いを持ち、猛毒の胞子を撒き散らすキノコの魔物『ダークファンガス』、火炎ブレスを吐きながらも中級クラスの闇の魔法を扱う小悪魔『ミドルデーモン』、鋭い大鎌で切り裂く凶悪なカマキリの魔物『デスラッシャー』等の魔物が一斉に襲い掛かった。
「邪魔をするな!」
ヘパイストロッドを手にしたグラインがダークファンガスとデスラッシャーの群れを炎の刃で斬りつけていく。ミドルデーモンが背後から襲い掛かろうとするものの、リルモの雷を帯びた槍が捉える。
「最後まで油断するんじゃないわよ」
リルモの鋭い言葉にグラインは思わず自分の力量を顧みる。これまでの戦いでどれくらい強くなっただろうか。近いうちに受ける事となる嵐の試練はきっと焔の試練とは比べ物にならない程の過酷なものになるのだろう。自分はまだ未熟かもしれない。けど、大切な人々を救う為にも、どんな試練であろうと乗り越えなくてはならない。そして、今やるべき事もまた試練の一端なのだろう。
「おい、何ボーッとしてるんだよ?」
クレバルの一言で我に返ったかのような反応をするグライン。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」
後の事を考えるよりも今は鬼人族のキオとオルガを助けるという目的を果たさなくてはと思いつつ、グラインは足を動かす。更に現れる魔物の群れを蹴散らしながらも進んでいくと、太く大きな蔦が行く手を阻んでいる。グラインは即座に炎魔法で蔦を燃やし、開けた道を進むと大きな崖に阻まれてしまう。
「何だよこれ、どうやって渡るんだ?」
崖を越える方法を考えていると、ガザニアが種を取り出す。自然魔法による植物を利用しようとしているのだ。
「わたくしがいる事に感謝してもらうわよ」
種は太い蔦を持つ植物『マッドローパー』へと変化する。マッドローパーは橋代わりとして崖の向こうまで蔦を伸ばしていく。
「凄いや。流石ガザニアだよ」
マッドローパーの蔦で崖を越えた一行は下へ続く階段を降り、蛍のような淡い緑色の光の粒が舞う場所に降り立った。周囲の壁にはヒカリゴケが埋め尽くす勢いで生えている。一行が必要となる草を探しているうちに、足音が聞こえてくる。しかも僅かな振動が響き渡る。明らかな巨体の魔物による足音だった。
「やはリ、ベヘモットとの戦いハ避けられナイのかしラ」
足音を立てる魔物は凶獣ベヘモットによるものだと察するティム。必要となるアオビカリの草、アカビカリの草、キイロビカリの草を探そうとする中、一行は途轍もなく巨大な魔物の姿を目にする。四つん這いの体勢に厚い体毛で覆われた凄まじい筋肉質の肉体と水牛を思わせる鋭い角、そして太いサーベルの形をした牙に凶悪な顔付きの魔物――凶獣ベヘモットであった。
「で、出やがった……」
ベヘモットの圧倒的な巨大さにクレバルは戦慄する。
「クッ……迎え撃つべき?」
並みの魔物とは比べ物にならない敵だと本能で感じ取り、冷や汗を流すグライン。
「グルルルル……」
ベヘモットはグライン達の姿を見据えると、歯を剥き出しにしながらも両手を地面に叩き付ける。
「うわああああああ!」
衝撃波が地面を走り、グライン達は大きく吹っ飛ばされる。
「ぐはっ……うっ」
背中を強打し、咳き込むグライン。
「つ、強ぇぞこいつ……」
思わず怯むクレバルを横に、ガザニアが種を撒く。マッドローパーの種であった。現れたマッドローパーは蔦を放ち、ベヘモットを拘束しようとする。だがベヘモットは牙で蔦を嚙みちぎり、咆哮を轟かせる。すると、ベヘモットの口から雷を帯びた光線が放たれる。
「ぐああああ!」
光線はマッドローパーをあえなく消し飛ばし、間髪で回避したグライン達は雷の余波でダメージを受ける。更に咆哮を上げるベヘモットは地団駄を踏むように足踏みを始める。振動は地響きとなり、岩が崩れ落ちていく。
「くそ……負けるかぁっ!」
岩の破片によって頭から血を流し、目が赤く染まったグラインが立ち上がり、魔力を放出させる。
「エクスプロード!」
炎の力による爆発がベヘモットを襲う。
「アクエリアボルト!」
続いてリルモが魔法を発動する。電撃を帯びた水の塊が次々とベヘモットに命中していく。
「ディトライコウアレス!」
クレバルの地魔法による周囲の岩屑が集まった巨大な大岩がベヘモットに叩き付けられる。三人の魔法攻撃を受けたベヘモットは怒り狂ったかのように咆哮を上げると、次々と雷が周囲に落ちていく。
「こいつ……雷の魔法が使えるのか?」
思わず防御態勢に入るクレバル。次の瞬間、ベヘモットの怒りに応じたかのようにグライン達に激しい雷の波が襲い掛かる。
「うぐああああああああっ!」
雷の攻撃を受けたグライン達は強烈なダメージを受け、倒れてしまう。
「な、なんて強さなんだ……このままじゃあ」
ベヘモットの恐るべき強さにグラインは恐怖を覚える。
「う、くっ……まだまだ」
よろめきながらも槍を手にリルモが立ち上がる。
「リルモ! ダメヨ!」
ティムの制止を聞かず、ベヘモットに挑もうと突撃するリルモ。
「てやあああああっ!」
次々と槍の攻撃を繰り出しつつも雷と水の魔法で挑むリルモだが、ベヘモットの突進による体当たりを受け、勢いよく壁に叩き付けられる。
「ごはあっ……」
吐血する程の大ダメージを受けたリルモはそのまま倒れてしまう。
「リルモ! ちっくしょおおおお!」
クレバルが感情任せに地魔法で作り上げた岩石を投げつけるが、ますますベヘモットが大暴れするだけであった。足踏みによる地響きが起き、更に瓦礫が降って来る。
「クッ……こうなったら」
ガザニアは手に持つ種を握りつつも念じる。木の魔力による緑色の光が種に宿っていくと、ベヘモットに向けて投げつける。種は巨大な食虫植物と化した。食虫植物はベヘモットと同じくらいの巨体だった。木の魔力で植物を生む最高峰の自然魔法『ネペンティッド』である。
「な、何……?」
思わず驚くグライン。
「とっておきの切り札みたいなものよ。これを使うと物凄い魔法力を消費するのよね」
ネペンティッドは大量の魔法力を消費する大魔法クラスであり、一度使うと魔法力が回復するまでは魔法が使えなくなる程だった。魔法力が尽き掛けたガザニアは軽いふらつきを感じて膝を付くと、食虫植物は極太の蔦でベヘモットを捉えていく。蔦の太さはマッドローパーの倍以上にも及ぶものだった。もがくベヘモットだが、蔦による拘束はなかなか解けない様子だ。
「今のうちに目的のモノを頂くわよ」
無駄な戦いを避ける事を優先したガザニアは、食虫植物が食い止めているうちに逃げる事を提案する。それに同意した一行はベヘモットから離れ始める。ダメージを残したリルモは痛む身体を抑えつつ足を動かそうとしたところ、しっかりとクレバルに支えられていた。
「うっ、がはっ……あ、ありがとうクレバル」
咳き込んで口から血を零しつつも、リルモが礼を言う。
「へへ、困った時はお互い様だろ?」
リルモを支えながらも照れ笑いするクレバル。
「あの植物のバケモノ、いつまであいつを抑えられるのかな?」
グラインは食虫植物がどれくらいベヘモットを食い止められるか気になるばかり。
「さあね。少なくともそう易々と逃れられないと思うのよね」
「でも、帰る時どうするんだよ? 帰り道であいつと鉢合わせる事になっちまうんじゃねえのか?」
「それはあの子次第よ」
「おい!」
不安になるクレバルだが、ベヘモットから逃げる事に成功した今は目的となる三種の草を探す事が先決だと一行は先を急ぐ。奥へ進むと、無数の光る草が生えている空洞に出る。青、赤、黄色に輝く草――聖水の材料となる三種の草がそこにあった。
「綺麗……」
草の神秘的な輝きにグライン達は心を奪われる。ガザニアは興味深そうにしつつも、アオビカリの草、アカビカリの草、キイロビカリの草を摘み取っていく。
「何とカ手に入れたわネ。コレで聖水が……」
その時、洞窟内に凄まじい地響きが起きる。これは間違いなくベヘモットだ! そう悟った一行は身構えつつも引き返そうとする。ベヘモットと遭遇した場所に出ると、食虫植物が消化液を吐き出す等の奮闘していた。蔦の拘束から逃れていたベヘモットが大口を開けると、凄まじい雷の光線が発射される。その攻撃を受けた食虫植物は風穴が空き、バチバチと電撃を帯びながらも萎んでいく。ベヘモットの方も消化液によるダメージを受けていた。
「くそ、こいつまだ……!」
応戦するしかないのかと思いつつも、グラインが挑もうとする。ベヘモットは咆哮を轟かせ、辺りに雷を落としていく。
「あああああああ!」
落雷を受けたグライン達は一斉に倒されてしまう。ベヘモットは我を失ったかのように暴れ回っていた。
「ううっ、頭が痛い……」
蹲った状態のリルモは突然頭痛を感じる。頭を抑えていると、うっすらと何かが浮かび上がる。父ライディの姿であった。槍を手に構えを取り、そして槍から何かを放つ。そんな父の姿が見えたと思えば敢え無く消えていく。何故父の幻が見えたのだろう。この幻は何を意味するのだろうか。
「父さん……」
懐に忍ばせた封魔の緋石を取り出し、握り締めると不思議な暖かさを感じ取る。そして槍を手に立ち上がり、胸を抑えながらもベヘモットに近付いていく。
「よせリルモ! 近付くな!」
クレバルが叫ぶように呼び掛けるものの、リルモは返事せず立ち止まる。父の幻の意味を考えるとしたら、自分には父から受け継がれたものがある。父が遺した魔法力と、大切なものを守りたい想い。
「……父さんは、此処にいる。今、私と共にいる」
リルモが雷の魔力を放出させる。槍の先端には雷魔法のエネルギーが凝縮されていた。リルモは突き出すように構えを取る。リルモの方に振り向いたベヘモットは大口を開けて突撃しようとする。そしてリルモの頭に、一つの魔法が浮かび上がる。
「貫け雷光よ……プラズマスティング!」
突き出した槍からは電撃を帯びた光線が放たれる。光線は、ベヘモットの左肩を貫いていた。
「グオオオオオオオオ!」
左肩を貫かれたベヘモットが苦痛の雄叫びを上げる。更にリルモが水魔法による波を呼び寄せ、同時に懐目掛けて飛び込んでいく。波乗り状態で槍を突き出したまま向かって行くリルモ。
「海鳴槍波撃!」
波との高速移動と共に雷の魔力を帯びた槍の一撃で相手を貫くリルモの必殺技がベヘモットに炸裂する。
「グギャアアアアアアアアアアア!」
胴体に風穴を開けたベヘモットが断末魔の叫び声を轟かせる。
「トドメを刺すなら今ヨ!」
ティムの声でグラインが両手に魔力を集中させる。
「エクスプロード!」
魔力のエネルギーが暴走し、叫び続けるベヘモットの大口に飛び込んで大爆発を起こす。グラインのとどめの一撃によって、ベヘモットは完全に消滅した。
「や、やった……」
勝利を確信したグラインは安堵する。
「一時はどうなるかと思ったぜ」
クレバルは思わずリルモの元に駆け寄る。リルモは封魔の緋石をジッと見つめていた。
「父さんの姿が見えたの。敵と戦っている父さんの幻が」
父の幻を見た時、自分の頭の中にプラズマスティングと名付けられた雷の魔法、海鳴槍波撃という必殺技が浮かび、それらを使っていた事を打ち明けるリルモ。ティムは封魔の緋石を見つつも考える。
「もしかするト、お父さんの能力モ受け継がれたのかもネ」
魔法を使う為に必要なエネルギーとなる魔法力のみならず、父が扱える技もリルモに受け継がれ、幻が見えたのは緋石に宿っている父の心、そしてリルモの父に対する想いが共鳴した影響によるものだとティムは推測していた。
「やはり……私には父さんの力が……」
リルモの目から一筋の涙が溢れ出す。
「親父さんがリルモに力を与えたんだな……全く泣かせるぜ」
横で見守るクレバルは胸が熱くなるばかりであった。
「行こう、リルモ。ライディさんの分まで頑張らなきゃ」
グラインが声を掛けると、リルモはそうねと返事しつつも緋石を胸元に収める。
「ここまで魔法力を浪費させられたのは初めてだわ。戻ったら休ませてもらうわよ」
半ば愚痴気味でガザニアがぼやく中、一行は洞窟から脱出してはムィミィの村へ足を急がせる。村に戻り、キングムィミィに聖水の材料となる三種の草を差し出す。
「オオ、まさか本当に三種の草を取って来るとは驚いたム!」
早速聖水作りに取り掛かるキングムィミィ。完成まで少し時間が掛かるとの事なので、一行はキオの元へ向かう。
「ああ、お前らかよ。ちゃんと目的は果たしたんだろうな?」
キオの問いに快く頷き、聖水はもう少しで完成するとグラインが説明する。
「ほぉ。どこのどいつか知らねえが、余所者にしちゃあやるじゃねえか。本来ならオレだけでも何とかなるんだがな」
半ば見下したような物言いをするキオ。
「ちょっとあんた。随分偉そうなクチ叩いてくれるけど、わたくし達がどれだけ苦労したのか解ってるわけ?」
掴み掛るようにガザニアが反論する。
「あ? 何だてめぇ」
「何よその態度。レディに対する礼儀も弁えてないのかしら」
「あぁ? 物言いが気に入らねえアマだな。喧嘩売ってんのか?」
「それはこっちの台詞よ」
キオとガザニアが言い争い、険悪な空気が漂い始める。
「ちょっとやめなよ」
グラインが止めようとするものの、二人は聞き入れようとしない。
「……ウ……グォ……オオオオ……」
ベッドで寝かされていたオルガが呻き声を上げる。意識を取り戻したのだ。
「オルガ! こいつぁやべえ……お前ら、今すぐ家から出ろ!」
グライン達に家から出るよう促しつつ、キオが身構える。目を覚ましたオルガは悪鬼そのものともいう顔になっていた。
「……ガアアアアアアッ!」
オルガが立ち上がる。
「ま、まさかこれが……」
ヘルメノンがもたらす邪悪な力に蝕まれていたという話を思い出したグライン達はオルガの狂暴な姿に戸惑うばかり。ここはキオの言葉に従うべきか迷っていたところ、キングムィミィがやって来る。
「お待たせだム! って、目が覚めてるのかムー!」
オルガを見て思わず腰を抜かすキングムィミィ。
「おいキング! 聖水ってやつが出来たんだったら早く何とかしろ!」
キオが催促すると、オルガが牙を剥いて襲い掛かる。
「くそ、やめろオルガ!」
オルガの攻撃を全力で食い止めるキオ。
「そこのキミ、ワシに代わって聖水をあのコに振りかけるム」
キングムィミィはグラインに聖水を手渡す。聖水を受け取ったグラインは隙を付いてオルガに聖水を振りかける。
「グオオッ! オ……オグアァッ……」
突如、頭を抱えて蹲るオルガ。全身から煙が発生し、黒ずんでいた肌が徐々に明るくなっていく。聖水の効果でオルガの肉体と心を蝕んでいた邪悪な力は全て浄化されていった。再び意識を失い、倒れるオルガ。
「オルガ! 大丈夫か!」
キオはオルガを抱きかかえる。眠るオルガの表情は美しい女性の顔になっていた。
「よかった……無事で元に戻ったんだな」
安堵したキオはオルガを再びベッドに寝かせる。
「どうやら大成功のようだム。よかったム」
聖水によってオルガの邪悪な力を浄化出来たグライン達は一安心する。
「お前ら、一応礼は言っとくぜ。ありがとよ」
ぶっきらぼうに礼を言うキオはベッドで眠るオルガに付きっきりでいるとの事で、グライン一行はキングムィミィに宿となる家まで案内され、そこで休息を取る事にした。粗末な作りの家な上、やや狭い方である。
「今日は命懸けの戦いだったね」
ベヘモットとの死闘に体力を大きく消耗していたグラインが言う。
「わたくしはもう眠るわ。魔法力を使い果たしたんだからね」
ガザニアが眠る準備に入る。消耗した魔法力は体力と同様に一晩休めば回復するものだが、ガザニアを始めとするドレイアド族は数時間眠りに就くだけでも魔法力が全開するという。
「あんな鬼女を助ける為にやべぇバケモノと戦うなんて思わなかったぜ」
疲れ気味にクレバルが言う。
「マ、これもグラインにとってハ試練の一端ともいうわネ」
ティムがグラインの肩に手を置く。
「もうすぐ嵐の試練か……」
グラインは思わず今後の事を考えてしまう。数々の戦いを乗り切り、精神を研ぎ澄ます事も欠かさず行ってきたけど、死を覚悟しなくてはいけない程の試練だと思うべきなのか? だが、全ての試練を乗り越えると自分の中に眠る勇者の力を自在に扱う事が出来る。全てを救うにはきっと勇者の力が必要となる。そう、試練という名の壁を乗り越える為にも、きっと死を恐れない覚悟が必要なんだ。


どんな試練が待ち受けようとも、覚悟を決めなくてはならない。覚悟がないと、きっと勇者の力を扱う資格はない。


夜更けの頃――皆が寝静まっている中、グラインは家の外に出て深呼吸をし、心を静める。何においても立ち向かえる覚悟が出来るように、神経を集中させておこう。そう思っての試みである。夜行性の動物の声が聞こえる中、グラインはひと時の瞑想を終える。
「グライン。お前何やってんだよ」
突然のクレバルの声。
「ああ、クレバル。ちょっと精神を研ぎ澄ませていたんだ」
「真面目だな。ちゃんとタータ爺さんの言いつけを守るなんてな」
焔の試練で学んだ心を保つ鍛錬。そして巨人族の賢人タータからの「精神を研ぎ澄ませる事を忘れてはならぬ」の言い付けを守る事で、勇者の力が発動しても自我を失わなかった。勇者の力は未知数であり、更に大きなものとなっても心を力に捉われないよう、心の鍛錬は欠かせてはならない。心を乱す事で力を己の意思で制御できず、時には暴走する事もあるからだ。
「しっかし、お前もすっかり変わったよな。魔法戦士兵団入りたての頃は肝が小さかったのによ」
クレバルは雰囲気でグラインの成長具合を感じ取り、思わず出会ったばかりの頃を振り返る。
「うーん、そうなのかな。僕、どれくらい強くなったんだろう?」
「少なくともお前が初々しかった頃よりもずっと成長してると思うぜ。俺だって褒める時は褒めるんだからな」
クレバルの賛辞に思わず笑顔を浮かべるグライン。
「……親父達、大丈夫かな」
クレバルはふと両親の事を考えてしまう。オルガの一件を見て、ヘルメノンによって半分魔物化した両親の現在が気になり始めたのだ。それはグラインも同じ気持ちである。エレメントオーブを求めて旅立ってからどれくらい経っただろうか。地下牢に隔離されているとはいえ、もう完全に魔物化しているのかもしれない。最悪の可能性は考えたくないが、全てのエレメントオーブを揃えるという目的を果たす以外に両親を救う方法はないという現実。決して確実とはいえない一つの希望にしがみつくしか他にない以上、進むべき道に進むしかないと二人は自分に言い聞かせていた。
「リルモはもっと辛い思いをしてるんだよな。お袋さんと親父さんを失っちまって……。それでもあいつは……」
両親を失った現実に深く打ちのめされ、悲しみを堪えたまま前に進もうとするリルモの事を考えてしまったクレバルは震える拳に力を込める。命掛けてでも、リルモの力になりたいという気持ちを強めるばかりであった。
「……俺が……リルモを幸せにしてあげたい。あいつが幸せになれるなら、何だってやってやる」
小声で呟くようにクレバルが抱えていた想いを吐露する。
「クレバル……」
「あっ……い、今のはただの独り言だからな? 絶対に誰にも言うんじゃねえぞ!」
照れ隠しで赤面しながらクレバルが言うと、ハハハと笑顔で返すグライン。
「お、お前も早く寝ろよ! 夜更かしは身体に毒なんだからな!」
逃げるようにクレバルは家に戻っていく。グラインは去って行くクレバルを見送りつつも、夜空を見上げる。雲に覆われていく満月。グラインは夜空を見ているうちに、何かが浮かび上がるのを見た。それは見覚えのある懐かしい幻。


――ダリム?


幻は、ダリムであった。悲しい運命に苛まれ、闇の力を受け入れた事で魔物化した挙句、壮絶なる最期を辿った幼馴染の幻。悲しい表情で見つめるダリムの幻は溶けるように消えていく。
「……ダリム……」
グラインの脳裏に魔物となったダリムとの戦い、ダグの攻撃で惨殺されたダリムの姿が浮かび上がる。忌まわしい記憶が鮮明に現れ、思わず涙を溢れさせるグライン。突然現れた幻は、こう訴えているように見えた。


どうか、ぼくのようにはならないで……と。

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