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目覚めし七の光
嵐の試練
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風の扉を開けたキングムィミィがムィミィ村に帰った頃、多くのムィミィ達が集まっていた。
「ムィ! ムィムィ!」
族長、コニオを連れてムィミィ村に辿り着いたオルガが丁度ムィミィ達の手厚い歓迎を受けていた。
「おお、お前達。無事で辿り着いて何よりだム」
キングムィミィが安堵する。
「ここならば落ち着けそうであるが……安全な場所はあるのか?」
族長が問うと、キングムィミィの指示を受けたムィミィ達が案内を始める。
「どうやらあの子達が案内してくれるみたいね」
オルガ達はムィミィに連れられ、村の奥にある洞窟にやって来る。洞窟は空洞となっており、ムィミィが集まる場として活用されている事もあって隠れ家には丁度いい場所だ。
「成る程、此処なら大丈夫そうだな」
隠れ家を確保した族長がその場に座ろうとすると、不意に地響きが起きる。
「ム! ムミャー! ムミャー!」
突然の地震にムィミィ達が騒然とする。揺れはかなりのものだった。
「な、何なんだ今の地震は……」
揺れが収まった時、族長は地震の大きさにひたすら驚くばかり。
「オルガ姉ちゃん……」
コニオが不安げな表情を浮かべる。
「……何か悪い予感がする」
地震を機に不吉な予感を抱いたオルガはコニオを守るように抱き寄せていた。
その頃、グラインはウィンダルとの戦いを繰り広げていた。空を自在に飛びながらも高速移動で翻弄しつつ、空中から次々と真空波を放つウィンダルの攻撃にグラインは苦戦を強いられるばかり。ウィンダルの動きが捉えられないまま真空波を回避している中、地震が起きる。
「な、何だ?」
突然の地震にグラインは思わず気を取られてしまう。
「クッ、かなりの揺れヨ」
地面の揺れに思わず足の自由を奪われるティム達。地震に気を取られている隙を見逃さなかったウィンダルの鋭い一撃がグラインに襲い掛かる。
「がはあ!」
空中から繰り出されるウィンダルの突進。鮮血が迸ると、更にウィンダルの真空波が襲う。
「ぐああああ!」
真空波の攻撃を受けたグラインは大きく吹っ飛ばされて倒れる。
「てめぇグライン! 何してやがる!」
戦いを見物していたキオが野次を飛ばす。
「グラインの奴、こんなんで勝てるのかよ? てか今の地震は何なんだよ?」
地震と相まって、クレバルが不安げな様子でリルモに問う。
「知らないわよ。今は勝つ事を願うまでよ」
勝負の行方が解らない以上、そう返すしかないリルモ。その横でガザニアは腕を組んだまま見守り、ティムは険しい表情をしていた。
「ぐっ……がはっ」
血を零しながらも立ち上がるグライン。魔力は覚醒し、目は赤く染まっている。
「やはり貴様はこの地に立つ資格はない。生半可な実力で私を捉えられると思ったか」
ウィンダルは容赦なく攻撃を加えていく。
「くっ……そお!」
ヘパイストロッドを手に応戦するグラインだが、ウィンダルの動きを捉えられず攻撃は空を切り、竜巻が襲い掛かる。
「うわあああああああ!」
竜巻に巻き込まれたグラインは大きく吹っ飛ばされてしまう。
「フン、愚かな……」
他愛のないと思いつつもゆっくりと地に降り立つウィンダル。
「ったくあの野郎、カッコつけといてこのザマかよ」
キオが改めてウィンダルに戦いを挑もうとするが、リルモに止められてしまう。
「おい姉ちゃん、邪魔すんじゃねえよ」
「バカね、まだ勝負はついてないでしょ」
「あぁ?」
リルモが指した方向には、ゲホゲホと咳き込みながらも立ち上がろうとするグラインがいた。
「実力差が明白でも勝負を捨てきれぬか? 言っておくが、根性だけでは私は倒せんぞ」
ウィンダルが周囲に風の渦を発生させる。勝負を捨てず、構えを取るグラインの目は決して諦めていない輝きがあった。
この人は本当に強い。あの凄まじい速度による動きを目で捉える事は不可能だ。かといってカウンターを狙うにしても動きが見えないせいでタイミングが掴めない。
言葉通り、根性だけではこの人は倒せない。このまま挑んだところで勝ち目はないのは見えている。
けど、負けるわけにはいかない。負けるわけにはいかないけど、一体どうしたら――
ウィンダルの圧倒的なスピードに手も足も出ないグラインは勝利の糸口を掴もうとするものの、まずは相手のスピード戦法を攻略しなくては話にならない。その策がどうしても思いつかないまま、ウィンダルが再び動き出す。凄まじい速度で空中を自在に飛び回り、何処から攻撃が繰り出されるかも解らない。そんな状況に置かれたグラインはひたすら反撃のチャンスを伺う事しか出来なかった。
――焦るでない、我々の意思を継ぎし新たなる勇者よ。
突然、グラインの脳内に語り掛けるような声が聞こえ始める。
「だ、誰だ?」
思わず声に出して呼び掛けた瞬間、ウィンダルの空中殺法が次々と襲い掛かる。
「ごああああ!」
次々とグラインの身体に叩きつけていくウィンダルの鋭い一撃。唾液を吐き散らしながらも倒れるグライン。
「い、今のは……誰なんだ」
声の主がどうしても気になるばかりのグラインは更に呼び掛ける。その頃、ティムは手持ちのエレメントオーブの一つが光っている事に気付く。光を放っているのは、炎のエレメントオーブだった。
「これハ……勇者の光?」
ティムはオーブの光から勇者の力を感じ取っていた。空中殺法によるダメージを受けても立ち上がろうとするグラインだが、身体に力が入らない。
「クッ……ここで倒れるわけには……」
歯を食いしばって身体を動かそうとするグラインは、突然意識が吸い込まれる感覚に襲われる。次の瞬間、グラインの目の前に赤い髪と深紅の衣を纏った長身の男が現れる。男は、紅蓮の勇者フォティアだった。
「あなたは……?」
「私はフォティア。紅蓮の勇者と呼ばれし者だ」
突然の勇者の出現に驚きを隠せないグライン。
「私は今、君の意識の中に語り掛けている。我が紅焔の魔力と、妻アネモスの天飆の魔力を受け継ぎし勇者となる君は、決して挫けてはならない」
フォティアはグラインに強く語り掛ける。君は焦っている。だから相手を捉える事が出来ない。自分では落ち着いていると思っていても、心の何処かで大切な人々を救う使命感に捉われる他、危機に陥っている家族の事を気にする余り先を急ぎたいという焦りが生じていると。どんなに自分に言い聞かせても、心は決して偽らない。それが君の弱点だと。
「そんな事……僕は常に心を乱さないよう、精神を研ぎ澄ませていた。それなのに……」
「それはあくまで巨大な力で自我を失わない為の行いに過ぎない。今君に必要なのは、焦りを捨てる事だ。使命感と災いへの不安に捉われてはならぬ」
フォティアの焦りという言葉で、グラインはふと過去の出来事を振り返る。魔法戦士兵団に入団して間もない頃、フィドールに鍛えられていた時の出来事だ。
連日に渡ってフィドールの炎魔法パイロピンフィールに耐える特訓を行っている時、グラインは常に成功させる事を考えていた。その結果、高速回転する炎の輪の勢いに耐え切れないばかりだった。何度も何度も耐えられず炎に身を焦がし続けるグラインは、ボロボロの姿で倒れてしまう。
「まだ耐えられないのね」
身体を起こそうとするグラインを見下ろしつつも、鋭い言葉をぶつけるフィドール。
「僕は常に魔力を全集中しているつもりです。でも……」
フィドールは距離を縮めつつも、グラインの目をジッと見つめる。
「よく考えなさい。うまくいかない原因は、心の何処かで焦っているからよ」
グラインは特訓を重ねる中、まだ自分は駆け出しの半人前に過ぎないという現状を突き付けられる度、早く半人前から脱して一人前の魔導師に昇格したい気持ちが生じていた。そのせいで思わず焦ってしまい、魔力を全集中したつもりでも集中しきれておらず、炎に耐え切れなかったのだ。
フィドール先生から鍛えられていた時は、何としてもこの特訓を成功させたいという気持ちが強かった。何度挑んでも上手くいかないせいで、つい焦る余りだんだん集中力を乱していた。あの頃から使命感に捉われていたんだ。
どんな状況でも、決して焦ってはいけない。焦ってはいけない――
気が付いた時、グラインの視界に飛び込んできたのは薄暗い空であった。全身に激しい痛みが襲い掛かる。ウィンダルの空中殺法によるダメージが響いているのだ。
「グライン! 立ちなさイ!」
ティムが叱咤するように呼び掛ける。
「おいグライン! さっさと起きやがれ!」
続いてキオが大声で怒鳴り付ける。グラインは痛む身体を抑えながらも立ち上がる。
「焦ってはいけない……か」
痛みを堪えつつも、グラインはヘパイストロッドを握り締める。
「まだやるというのか?」
ウィンダルがレイピアを突き付けながらも言うと、グラインは返答せず、心を落ち着かせようと呼吸を整える。
「決して諦めないその心意気……果たしてどこまで持つかな。行くぞ」
空高く飛び上がるウィンダルの高速移動。グラインは目で追おうとせず、精神集中した。無理に目で追ったところで捉えられない。目で追う以外の捉える方法を探る。そう、焦らないように精神を集中して。
「がっはぁ!」
ウィンダルのレイピアがグラインの右肩を貫く。鮮血が舞う中、レイピアが引き抜かれた刹那、鋭い高速突きによる連続攻撃がグラインの身体に叩き込まれる。
「げほおっ……」
口から血を零しながらも倒れるグライン。身体の至る所が血で滲んでいた。
「根性だけでは勝てんというのがまだ解らぬか?」
吐き捨てるようにウィンダルが言うと、グラインは立ち上がろうとする。
「ちっくしょう! 俺も我慢できねぇぜ」
痺れを切らせたクレバルが魔法を放つ態勢を取るものの、リルモが止めに入る。
「何だよリルモ、まだやらせようってのか?」
リルモが真剣な表情でクレバルを見つめる。
「これはグラインにとっての試練だから……邪魔しちゃダメよ」
諭すようにリルモが言う。
「ケッ、そんな事言いながらおっちんじまったらどうすんだよ?」
横からのキオの発言にクレバルは頷くばかり。
「黙りなサイ!」
ティムが感情任せに反論する。
「これハあのコの使命なのヨ! あのコは、勇者なんだかラ……」
「あぁ?」
どういう事だよとキオが言おうとした時、立ち上がったグラインが魔力を開放する。同時に周囲に激しい熱風が巻き起こる。それは、勇者の力によるものだった。グラインが握るヘパイストロッドからは巨大な炎の刃が出現する。
「そろそろ終わりにしてやる」
ウィンダルは再び高速で移動する。グラインは鋭い目つきで構えを取るだけで、その場から動こうとしない。ウィンダルの空中殺法が襲い掛かる。避ける事すらせずに攻撃を受け続けるグライン。更に血が流れていく。
「避けないだと?」
一体何のつもりだと思いつつも、再度空中を移動しつつも攻撃を繰り出そうとするウィンダル。
「……はああっ!」
グラインが瞬時にヘパイストロッドを振り上げる。炎の一閃が大きく空を裂くと、数枚の羽が舞う。一閃は、ウィンダルの翼を掠めていたのだ。
「ぬうっ……」
思わずバランスを崩すウィンダルの隙を見つけ、グラインは炎魔法を放つ。
「エクスプロード!」
凝縮された炎の力はウィンダルを捉え、大爆発を起こす。
「グオオオオオオオオオ!」
エクスプロードによる大爆発の攻撃を受けたウィンダルの絶叫が響き渡る。
「うぬっ……」
身を焦がしたウィンダルが黒い煙を出しながらも歩み寄る。グラインはまだやるつもりかと攻撃態勢に入る。
「私とした事が油断するとはな。だが、まだ勝ったと思うなよ」
勝負を捨てず、再び攻撃を繰り出そうとするウィンダル。
「もうよい、ウィンダルよ。そこまでにしておけ」
突然響き渡る謎の声。
「風王様!」
ウィンダルの反応で声の主が風王だと判明した瞬間、空中から太った巨大な鳥が降りてくる。風王であった。
「よくぞ来たな、選ばれし者達よ。ワシは風王フジーン。空を統べる者じゃ」
穏やかな物腰で歓迎する風王。痛む身体を抑えるグラインに代わってティムが前に出る。
「アナタが風王ネ。ワタシ達の事を存じていルみたいだケド……」
「ウム。積もる話はワシの家でやろう。付いて来るがよい」
風王はバサバサと羽音を立てながらも飛んで行く。ウィンダルは風王の後に続くように飛び立った。
「何だか腑に落ちねぇな。勝手に止めやがってよ」
戦闘が中断する形で終わった事にキオは納得がいかなさそうな様子。
「あまりスッキリしないけど、これで烈風の谷へ行けるようになったんじゃない?」
リルモは戦いで負傷したグラインを支えつつも、回復魔法アクアヒールで傷の手当てをする。
「おいリルモ、お前どういうつもりだよ」
「何よ。グラインの傷が治るまでは支えて当然でしょ」
「バッカ、それくらい俺がやってやるさ」
グラインを支えるリルモを見て思わずヤキモチを焼くクレバル。
「おお? おめぇさてはその姉ちゃんに惚れてるってわけか?」
キオがニヤニヤしながらクレバルを軽く小突き始める。
「なっ……お前には関係ねえだろ!」
「へへっ、思いっきり顔に出てるじゃねえか」
クレバルの本心を見抜いていたキオがからかう調子で言う。
「くだらない事言ってないで足を動かしなさい、バカ鬼」
ふてぶてしく言うガザニアにキオが頭から湯気を立たせる。
「てめぇ、バカ鬼バカ鬼っていちいちうるせぇぞコラ」
「寄らないでちょうだい。暑苦しいわ」
「ンの野郎ぉ!」
犬猿の仲状態のガザニアとキオにやれやれとティムがぼやく。風王の後を追う一行はウィドル渓谷を進んでいるうちに、鳥の巣を思わせる屋根の家が並ぶ町に辿り着く。鳥人族の町であった。町に住む鳥人族は翼と鳥の手足を持つ人間の姿をしたタイプや、鳥そのものの姿を持つタイプが存在し、町の奥にある大きめの建物が風王の住処だ。一行は風王の住処に辿り着くと、衛兵に風王の部屋まで案内される。部屋には、玉座に佇む風王と傍らにはウィンダルがいた。
「改めてよくぞ来てくれた、選ばれし者達よ。先程ウィンダルと戦わせたのは、そなた達の力を拝見する為だったのじゃ」
選ばれし者、勇者としての実力を確かめようとウィンダルを送り込んだと打ち明ける風王。グライン達が選ばれし者と認識しているのは、数日前に訪れた旅の予言者からの予言を伝えられての事であった。
「フーン、やはリ予言者が来ていタのネ」
ドレイアド族の村やドワーフの集落に訪れ、死の淵に立たされたリルモの命を救ったりもした予言者の正体は風王でも解らない様子だ。ティムは風のエレメントオーブを譲ってもらうように言う。風王もまた、予言者から世界に希望をもたらす選ばれし者にエレメントオーブを授けよと伝えられていたのだ。
「確かにあの予言者からエレメントオーブを授けるよう伝えられたが……どうも不吉な予感がする。少し前に地震があったろう?」
風王はグラインがウィンダルと戦っている最中に突然地震が起きた事で得も言われぬ不安を抱いていた。オストリー大陸では地震が起きる事自体滅多にないもので、大きい揺れの地震は未だかつてない事だったのだ。
「おい鳥ジジイ。あの地震が何だってんだよ? やべぇ奴らが何かやらかそうとしてるってのか?」
キオが声を張り上げて問う。
「ワシにはよく解らぬ。一先ずオーブの件は心配事が片付くまで保留にさせてくれぬか。まずは勇者たる者の試練があるじゃろう」
「……解ったワ」
不安が収まらない風王の申し出を承諾するティム。これは近いうちに敵との戦いになる。オーブが手に入るのは敵との戦いを終えてからだ。そう感づいていたのだ。
「ウィンダルよ。ワシは一先ず試練の案内をする。この場は頼んだぞ」
「ハッ」
「試練を受けし者よ。ワシの後に付いて来るがいい」
風王は試練の場へ案内しようとする。
「試練……いよいよ嵐の試練が……」
グラインは内心緊張しつつも、風王に連れられて試練の場へ向かう。ウィンダルとの戦いで負った傷は既に完治していた。
「他の者達は此処にいてもらう」
ウィンダルはリルモ達にこの場で待機するように言う。
「何だ、俺達は留守番してろってわけか?」
突然の待機命令にクレバルは納得がいかない様子。
「今は言う通りにした方がよさそうヨ。いつ敵が来てもいいようにネ」
ティムの真剣な一言。
「敵が来るだぁ? 何でそんな事が解るんだよ?」
キオが問い詰めるように言う。
「もしココで何かあったラいつでも対抗できるようニって事ヨ。鬼人族の里の二の舞にするワケにはいかないでショ」
ティムの返答を受けたキオはそれもそうだなと理解する。
「ふん、意外と物分かりはいいみたいね」
腕を組んだガザニアが高圧的な態度で言う。
「んの野郎、馬鹿にすんじゃねぇぞ」
ガザニアに詰め寄るキオ。
「アー、だかラやめなサイって!」
張り合うキオとガザニアを必死で止めるティム。
「全く、あの二人ホント仲悪いよなぁ」
めんどくせぇなと言わんばかりのクレバル。
「ガザニアさんってどうして喧嘩売るような言い方しか出来ないのかしら」
リルモも内心呆れていた。キオとガザニアが言い争う中、ティムは試練に向かったグラインが気になり始める。この試練を乗り越えたら自在に勇者の力を扱えるようになる。でも、焔の試練以上の過酷なものになるといわれている。焔の試練の時には命を捨てる勢いで無茶をしてまで乗り越えていた。今度はそれ以上のものとならば、無茶するだけでは乗り越えられないものとなるだろう。もししくじったら――。
一方、グラインは風王の案内で烈風の谷にやって来る。不意に吹き付ける突風は、並みの人間では吹き飛ばされそうな程の風圧だった。
「そなた、グラインといったな。一つ聞いておくが、何があっても試練に立ち向かえる覚悟は出来ているか?」
風王の問いに対し、勿論出来ていますと返答するグライン。
「果たしてそれはどうかの。ウィンダルとの戦いは、決して勝利したとは言えぬぞ」
風王の一言にグラインは思わずフォティアの言葉が過ぎる。焦りを捨てる事だ。使命感と不安に捉われてはならぬ。頭では理解していても、心の何処かで捨て切れていない焦りがあった。そのせいでウィンダルの動きが見えなかった。今から行う嵐の試練は、焦りがあると確実に死んでしまう。風王の言葉の意味はきっとそういう事なのだろう。そう、ここまで来た以上、焦ってはいけない。何があっても恐れてはいけない。何があっても――
「此処が試練の場じゃ」
辿り着いた場所は、巨大な門が設けられた岩山だった。門を潜り抜けた先が嵐の試練の場だという。グラインは精神を研ぎ澄ませ、深呼吸をして門に手を伸ばす。
「健闘を祈るぞ」
重々しい音を立てながらも門が開かれる。門の中は暗闇に包まれ、何があるか全く見えない。グラインは門の向こうへ進んでいく。
「ここは……」
暗闇が広がる空間に思わず周囲を見回すグライン。背後の門が閉じると、不意に身構えてしまう。
嵐の試練に挑みし者よ――
辺りに響き渡るように聞こえる声。
「我が名はヴァーダ。全ての風を司りし者」
声の主は風の守護神ヴァーダ。風を司る神であり、鳥人族の生みの親となる存在だった。
「そなたに課せられし試練……それは、己の肉体と感覚で風の刃が飛び交う嵐の回廊を乗り越える事」
聞き終わらないうちに、グラインの左腕が突然何かに斬り付けられる。
「ぐっ……」
一瞬何が起きたか解らないうちに痛みに襲われ、膝を付くグライン。傷口からは血が流れている。更に風向きが変わり、見えない刃が次々とグラインの身体を斬りつけていく。
「うぐああ!」
鮮血が舞い、激痛が全身を襲う。此処には無数の何かが存在し、風と共に刃と化して襲い掛かる。つまりこれは感覚で察知しつつも自分の力で退け、どんなに傷付いてもこの空間を渡り歩かなくてはならない。風の刃で攻撃してくる見えない敵と戦いながらも出口を目指す、生きるか死ぬかの道を歩む試練なんだ。そう直感したグラインは魔力を開放し、痛みを堪えつつも立ち上がる。
「負けない……僕は絶対に……負けないぞ……!」
再び風向きが変わると、突風が襲い掛かる。グラインは精神を研ぎ澄ませつつも、刃で攻撃してくる存在を気配で探ろうとする。だが気配が読めず、刃はグラインの脇腹を切り裂いた。
「がはっ……!」
更に鮮血が飛び散る。膝を付くもののすぐに立ち上がり、足を進めるグライン。
「う……おおおおおおお!」
目が赤く染まると同時に勇者の力を解放させ、傷を負いながらもグラインは再び周囲を見渡す。魔力のオーラが辺りを照らし始め、僅かに周りの景色が見える。無数の突起が設けられた巨大な洞窟といった印象を受ける場所で、小さなつむじ風のような渦巻きが見える。見えない敵の正体はこいつだ。そう悟ったグラインは風魔法を発動させる。周囲の渦巻きは吹き飛ばされたものの、更に突風が吹き付け、風の刃が左腕を斬りつける。視界に映る場所以外の位置からも容赦なく攻撃を仕掛けているのだ。
「クッ、負けるかぁっ!」
更に数々の風魔法で応戦するグライン。これではキリがない。まずは進む事を考えなくては。オーラの明かりによる限られた範囲内の視界と音、気配を感じ取る感覚を頼りに風の刃を放つ周囲の敵と応戦しつつも、グラインは嵐の回廊を進んでいった。
「ムィ! ムィムィ!」
族長、コニオを連れてムィミィ村に辿り着いたオルガが丁度ムィミィ達の手厚い歓迎を受けていた。
「おお、お前達。無事で辿り着いて何よりだム」
キングムィミィが安堵する。
「ここならば落ち着けそうであるが……安全な場所はあるのか?」
族長が問うと、キングムィミィの指示を受けたムィミィ達が案内を始める。
「どうやらあの子達が案内してくれるみたいね」
オルガ達はムィミィに連れられ、村の奥にある洞窟にやって来る。洞窟は空洞となっており、ムィミィが集まる場として活用されている事もあって隠れ家には丁度いい場所だ。
「成る程、此処なら大丈夫そうだな」
隠れ家を確保した族長がその場に座ろうとすると、不意に地響きが起きる。
「ム! ムミャー! ムミャー!」
突然の地震にムィミィ達が騒然とする。揺れはかなりのものだった。
「な、何なんだ今の地震は……」
揺れが収まった時、族長は地震の大きさにひたすら驚くばかり。
「オルガ姉ちゃん……」
コニオが不安げな表情を浮かべる。
「……何か悪い予感がする」
地震を機に不吉な予感を抱いたオルガはコニオを守るように抱き寄せていた。
その頃、グラインはウィンダルとの戦いを繰り広げていた。空を自在に飛びながらも高速移動で翻弄しつつ、空中から次々と真空波を放つウィンダルの攻撃にグラインは苦戦を強いられるばかり。ウィンダルの動きが捉えられないまま真空波を回避している中、地震が起きる。
「な、何だ?」
突然の地震にグラインは思わず気を取られてしまう。
「クッ、かなりの揺れヨ」
地面の揺れに思わず足の自由を奪われるティム達。地震に気を取られている隙を見逃さなかったウィンダルの鋭い一撃がグラインに襲い掛かる。
「がはあ!」
空中から繰り出されるウィンダルの突進。鮮血が迸ると、更にウィンダルの真空波が襲う。
「ぐああああ!」
真空波の攻撃を受けたグラインは大きく吹っ飛ばされて倒れる。
「てめぇグライン! 何してやがる!」
戦いを見物していたキオが野次を飛ばす。
「グラインの奴、こんなんで勝てるのかよ? てか今の地震は何なんだよ?」
地震と相まって、クレバルが不安げな様子でリルモに問う。
「知らないわよ。今は勝つ事を願うまでよ」
勝負の行方が解らない以上、そう返すしかないリルモ。その横でガザニアは腕を組んだまま見守り、ティムは険しい表情をしていた。
「ぐっ……がはっ」
血を零しながらも立ち上がるグライン。魔力は覚醒し、目は赤く染まっている。
「やはり貴様はこの地に立つ資格はない。生半可な実力で私を捉えられると思ったか」
ウィンダルは容赦なく攻撃を加えていく。
「くっ……そお!」
ヘパイストロッドを手に応戦するグラインだが、ウィンダルの動きを捉えられず攻撃は空を切り、竜巻が襲い掛かる。
「うわあああああああ!」
竜巻に巻き込まれたグラインは大きく吹っ飛ばされてしまう。
「フン、愚かな……」
他愛のないと思いつつもゆっくりと地に降り立つウィンダル。
「ったくあの野郎、カッコつけといてこのザマかよ」
キオが改めてウィンダルに戦いを挑もうとするが、リルモに止められてしまう。
「おい姉ちゃん、邪魔すんじゃねえよ」
「バカね、まだ勝負はついてないでしょ」
「あぁ?」
リルモが指した方向には、ゲホゲホと咳き込みながらも立ち上がろうとするグラインがいた。
「実力差が明白でも勝負を捨てきれぬか? 言っておくが、根性だけでは私は倒せんぞ」
ウィンダルが周囲に風の渦を発生させる。勝負を捨てず、構えを取るグラインの目は決して諦めていない輝きがあった。
この人は本当に強い。あの凄まじい速度による動きを目で捉える事は不可能だ。かといってカウンターを狙うにしても動きが見えないせいでタイミングが掴めない。
言葉通り、根性だけではこの人は倒せない。このまま挑んだところで勝ち目はないのは見えている。
けど、負けるわけにはいかない。負けるわけにはいかないけど、一体どうしたら――
ウィンダルの圧倒的なスピードに手も足も出ないグラインは勝利の糸口を掴もうとするものの、まずは相手のスピード戦法を攻略しなくては話にならない。その策がどうしても思いつかないまま、ウィンダルが再び動き出す。凄まじい速度で空中を自在に飛び回り、何処から攻撃が繰り出されるかも解らない。そんな状況に置かれたグラインはひたすら反撃のチャンスを伺う事しか出来なかった。
――焦るでない、我々の意思を継ぎし新たなる勇者よ。
突然、グラインの脳内に語り掛けるような声が聞こえ始める。
「だ、誰だ?」
思わず声に出して呼び掛けた瞬間、ウィンダルの空中殺法が次々と襲い掛かる。
「ごああああ!」
次々とグラインの身体に叩きつけていくウィンダルの鋭い一撃。唾液を吐き散らしながらも倒れるグライン。
「い、今のは……誰なんだ」
声の主がどうしても気になるばかりのグラインは更に呼び掛ける。その頃、ティムは手持ちのエレメントオーブの一つが光っている事に気付く。光を放っているのは、炎のエレメントオーブだった。
「これハ……勇者の光?」
ティムはオーブの光から勇者の力を感じ取っていた。空中殺法によるダメージを受けても立ち上がろうとするグラインだが、身体に力が入らない。
「クッ……ここで倒れるわけには……」
歯を食いしばって身体を動かそうとするグラインは、突然意識が吸い込まれる感覚に襲われる。次の瞬間、グラインの目の前に赤い髪と深紅の衣を纏った長身の男が現れる。男は、紅蓮の勇者フォティアだった。
「あなたは……?」
「私はフォティア。紅蓮の勇者と呼ばれし者だ」
突然の勇者の出現に驚きを隠せないグライン。
「私は今、君の意識の中に語り掛けている。我が紅焔の魔力と、妻アネモスの天飆の魔力を受け継ぎし勇者となる君は、決して挫けてはならない」
フォティアはグラインに強く語り掛ける。君は焦っている。だから相手を捉える事が出来ない。自分では落ち着いていると思っていても、心の何処かで大切な人々を救う使命感に捉われる他、危機に陥っている家族の事を気にする余り先を急ぎたいという焦りが生じていると。どんなに自分に言い聞かせても、心は決して偽らない。それが君の弱点だと。
「そんな事……僕は常に心を乱さないよう、精神を研ぎ澄ませていた。それなのに……」
「それはあくまで巨大な力で自我を失わない為の行いに過ぎない。今君に必要なのは、焦りを捨てる事だ。使命感と災いへの不安に捉われてはならぬ」
フォティアの焦りという言葉で、グラインはふと過去の出来事を振り返る。魔法戦士兵団に入団して間もない頃、フィドールに鍛えられていた時の出来事だ。
連日に渡ってフィドールの炎魔法パイロピンフィールに耐える特訓を行っている時、グラインは常に成功させる事を考えていた。その結果、高速回転する炎の輪の勢いに耐え切れないばかりだった。何度も何度も耐えられず炎に身を焦がし続けるグラインは、ボロボロの姿で倒れてしまう。
「まだ耐えられないのね」
身体を起こそうとするグラインを見下ろしつつも、鋭い言葉をぶつけるフィドール。
「僕は常に魔力を全集中しているつもりです。でも……」
フィドールは距離を縮めつつも、グラインの目をジッと見つめる。
「よく考えなさい。うまくいかない原因は、心の何処かで焦っているからよ」
グラインは特訓を重ねる中、まだ自分は駆け出しの半人前に過ぎないという現状を突き付けられる度、早く半人前から脱して一人前の魔導師に昇格したい気持ちが生じていた。そのせいで思わず焦ってしまい、魔力を全集中したつもりでも集中しきれておらず、炎に耐え切れなかったのだ。
フィドール先生から鍛えられていた時は、何としてもこの特訓を成功させたいという気持ちが強かった。何度挑んでも上手くいかないせいで、つい焦る余りだんだん集中力を乱していた。あの頃から使命感に捉われていたんだ。
どんな状況でも、決して焦ってはいけない。焦ってはいけない――
気が付いた時、グラインの視界に飛び込んできたのは薄暗い空であった。全身に激しい痛みが襲い掛かる。ウィンダルの空中殺法によるダメージが響いているのだ。
「グライン! 立ちなさイ!」
ティムが叱咤するように呼び掛ける。
「おいグライン! さっさと起きやがれ!」
続いてキオが大声で怒鳴り付ける。グラインは痛む身体を抑えながらも立ち上がる。
「焦ってはいけない……か」
痛みを堪えつつも、グラインはヘパイストロッドを握り締める。
「まだやるというのか?」
ウィンダルがレイピアを突き付けながらも言うと、グラインは返答せず、心を落ち着かせようと呼吸を整える。
「決して諦めないその心意気……果たしてどこまで持つかな。行くぞ」
空高く飛び上がるウィンダルの高速移動。グラインは目で追おうとせず、精神集中した。無理に目で追ったところで捉えられない。目で追う以外の捉える方法を探る。そう、焦らないように精神を集中して。
「がっはぁ!」
ウィンダルのレイピアがグラインの右肩を貫く。鮮血が舞う中、レイピアが引き抜かれた刹那、鋭い高速突きによる連続攻撃がグラインの身体に叩き込まれる。
「げほおっ……」
口から血を零しながらも倒れるグライン。身体の至る所が血で滲んでいた。
「根性だけでは勝てんというのがまだ解らぬか?」
吐き捨てるようにウィンダルが言うと、グラインは立ち上がろうとする。
「ちっくしょう! 俺も我慢できねぇぜ」
痺れを切らせたクレバルが魔法を放つ態勢を取るものの、リルモが止めに入る。
「何だよリルモ、まだやらせようってのか?」
リルモが真剣な表情でクレバルを見つめる。
「これはグラインにとっての試練だから……邪魔しちゃダメよ」
諭すようにリルモが言う。
「ケッ、そんな事言いながらおっちんじまったらどうすんだよ?」
横からのキオの発言にクレバルは頷くばかり。
「黙りなサイ!」
ティムが感情任せに反論する。
「これハあのコの使命なのヨ! あのコは、勇者なんだかラ……」
「あぁ?」
どういう事だよとキオが言おうとした時、立ち上がったグラインが魔力を開放する。同時に周囲に激しい熱風が巻き起こる。それは、勇者の力によるものだった。グラインが握るヘパイストロッドからは巨大な炎の刃が出現する。
「そろそろ終わりにしてやる」
ウィンダルは再び高速で移動する。グラインは鋭い目つきで構えを取るだけで、その場から動こうとしない。ウィンダルの空中殺法が襲い掛かる。避ける事すらせずに攻撃を受け続けるグライン。更に血が流れていく。
「避けないだと?」
一体何のつもりだと思いつつも、再度空中を移動しつつも攻撃を繰り出そうとするウィンダル。
「……はああっ!」
グラインが瞬時にヘパイストロッドを振り上げる。炎の一閃が大きく空を裂くと、数枚の羽が舞う。一閃は、ウィンダルの翼を掠めていたのだ。
「ぬうっ……」
思わずバランスを崩すウィンダルの隙を見つけ、グラインは炎魔法を放つ。
「エクスプロード!」
凝縮された炎の力はウィンダルを捉え、大爆発を起こす。
「グオオオオオオオオオ!」
エクスプロードによる大爆発の攻撃を受けたウィンダルの絶叫が響き渡る。
「うぬっ……」
身を焦がしたウィンダルが黒い煙を出しながらも歩み寄る。グラインはまだやるつもりかと攻撃態勢に入る。
「私とした事が油断するとはな。だが、まだ勝ったと思うなよ」
勝負を捨てず、再び攻撃を繰り出そうとするウィンダル。
「もうよい、ウィンダルよ。そこまでにしておけ」
突然響き渡る謎の声。
「風王様!」
ウィンダルの反応で声の主が風王だと判明した瞬間、空中から太った巨大な鳥が降りてくる。風王であった。
「よくぞ来たな、選ばれし者達よ。ワシは風王フジーン。空を統べる者じゃ」
穏やかな物腰で歓迎する風王。痛む身体を抑えるグラインに代わってティムが前に出る。
「アナタが風王ネ。ワタシ達の事を存じていルみたいだケド……」
「ウム。積もる話はワシの家でやろう。付いて来るがよい」
風王はバサバサと羽音を立てながらも飛んで行く。ウィンダルは風王の後に続くように飛び立った。
「何だか腑に落ちねぇな。勝手に止めやがってよ」
戦闘が中断する形で終わった事にキオは納得がいかなさそうな様子。
「あまりスッキリしないけど、これで烈風の谷へ行けるようになったんじゃない?」
リルモは戦いで負傷したグラインを支えつつも、回復魔法アクアヒールで傷の手当てをする。
「おいリルモ、お前どういうつもりだよ」
「何よ。グラインの傷が治るまでは支えて当然でしょ」
「バッカ、それくらい俺がやってやるさ」
グラインを支えるリルモを見て思わずヤキモチを焼くクレバル。
「おお? おめぇさてはその姉ちゃんに惚れてるってわけか?」
キオがニヤニヤしながらクレバルを軽く小突き始める。
「なっ……お前には関係ねえだろ!」
「へへっ、思いっきり顔に出てるじゃねえか」
クレバルの本心を見抜いていたキオがからかう調子で言う。
「くだらない事言ってないで足を動かしなさい、バカ鬼」
ふてぶてしく言うガザニアにキオが頭から湯気を立たせる。
「てめぇ、バカ鬼バカ鬼っていちいちうるせぇぞコラ」
「寄らないでちょうだい。暑苦しいわ」
「ンの野郎ぉ!」
犬猿の仲状態のガザニアとキオにやれやれとティムがぼやく。風王の後を追う一行はウィドル渓谷を進んでいるうちに、鳥の巣を思わせる屋根の家が並ぶ町に辿り着く。鳥人族の町であった。町に住む鳥人族は翼と鳥の手足を持つ人間の姿をしたタイプや、鳥そのものの姿を持つタイプが存在し、町の奥にある大きめの建物が風王の住処だ。一行は風王の住処に辿り着くと、衛兵に風王の部屋まで案内される。部屋には、玉座に佇む風王と傍らにはウィンダルがいた。
「改めてよくぞ来てくれた、選ばれし者達よ。先程ウィンダルと戦わせたのは、そなた達の力を拝見する為だったのじゃ」
選ばれし者、勇者としての実力を確かめようとウィンダルを送り込んだと打ち明ける風王。グライン達が選ばれし者と認識しているのは、数日前に訪れた旅の予言者からの予言を伝えられての事であった。
「フーン、やはリ予言者が来ていタのネ」
ドレイアド族の村やドワーフの集落に訪れ、死の淵に立たされたリルモの命を救ったりもした予言者の正体は風王でも解らない様子だ。ティムは風のエレメントオーブを譲ってもらうように言う。風王もまた、予言者から世界に希望をもたらす選ばれし者にエレメントオーブを授けよと伝えられていたのだ。
「確かにあの予言者からエレメントオーブを授けるよう伝えられたが……どうも不吉な予感がする。少し前に地震があったろう?」
風王はグラインがウィンダルと戦っている最中に突然地震が起きた事で得も言われぬ不安を抱いていた。オストリー大陸では地震が起きる事自体滅多にないもので、大きい揺れの地震は未だかつてない事だったのだ。
「おい鳥ジジイ。あの地震が何だってんだよ? やべぇ奴らが何かやらかそうとしてるってのか?」
キオが声を張り上げて問う。
「ワシにはよく解らぬ。一先ずオーブの件は心配事が片付くまで保留にさせてくれぬか。まずは勇者たる者の試練があるじゃろう」
「……解ったワ」
不安が収まらない風王の申し出を承諾するティム。これは近いうちに敵との戦いになる。オーブが手に入るのは敵との戦いを終えてからだ。そう感づいていたのだ。
「ウィンダルよ。ワシは一先ず試練の案内をする。この場は頼んだぞ」
「ハッ」
「試練を受けし者よ。ワシの後に付いて来るがいい」
風王は試練の場へ案内しようとする。
「試練……いよいよ嵐の試練が……」
グラインは内心緊張しつつも、風王に連れられて試練の場へ向かう。ウィンダルとの戦いで負った傷は既に完治していた。
「他の者達は此処にいてもらう」
ウィンダルはリルモ達にこの場で待機するように言う。
「何だ、俺達は留守番してろってわけか?」
突然の待機命令にクレバルは納得がいかない様子。
「今は言う通りにした方がよさそうヨ。いつ敵が来てもいいようにネ」
ティムの真剣な一言。
「敵が来るだぁ? 何でそんな事が解るんだよ?」
キオが問い詰めるように言う。
「もしココで何かあったラいつでも対抗できるようニって事ヨ。鬼人族の里の二の舞にするワケにはいかないでショ」
ティムの返答を受けたキオはそれもそうだなと理解する。
「ふん、意外と物分かりはいいみたいね」
腕を組んだガザニアが高圧的な態度で言う。
「んの野郎、馬鹿にすんじゃねぇぞ」
ガザニアに詰め寄るキオ。
「アー、だかラやめなサイって!」
張り合うキオとガザニアを必死で止めるティム。
「全く、あの二人ホント仲悪いよなぁ」
めんどくせぇなと言わんばかりのクレバル。
「ガザニアさんってどうして喧嘩売るような言い方しか出来ないのかしら」
リルモも内心呆れていた。キオとガザニアが言い争う中、ティムは試練に向かったグラインが気になり始める。この試練を乗り越えたら自在に勇者の力を扱えるようになる。でも、焔の試練以上の過酷なものになるといわれている。焔の試練の時には命を捨てる勢いで無茶をしてまで乗り越えていた。今度はそれ以上のものとならば、無茶するだけでは乗り越えられないものとなるだろう。もししくじったら――。
一方、グラインは風王の案内で烈風の谷にやって来る。不意に吹き付ける突風は、並みの人間では吹き飛ばされそうな程の風圧だった。
「そなた、グラインといったな。一つ聞いておくが、何があっても試練に立ち向かえる覚悟は出来ているか?」
風王の問いに対し、勿論出来ていますと返答するグライン。
「果たしてそれはどうかの。ウィンダルとの戦いは、決して勝利したとは言えぬぞ」
風王の一言にグラインは思わずフォティアの言葉が過ぎる。焦りを捨てる事だ。使命感と不安に捉われてはならぬ。頭では理解していても、心の何処かで捨て切れていない焦りがあった。そのせいでウィンダルの動きが見えなかった。今から行う嵐の試練は、焦りがあると確実に死んでしまう。風王の言葉の意味はきっとそういう事なのだろう。そう、ここまで来た以上、焦ってはいけない。何があっても恐れてはいけない。何があっても――
「此処が試練の場じゃ」
辿り着いた場所は、巨大な門が設けられた岩山だった。門を潜り抜けた先が嵐の試練の場だという。グラインは精神を研ぎ澄ませ、深呼吸をして門に手を伸ばす。
「健闘を祈るぞ」
重々しい音を立てながらも門が開かれる。門の中は暗闇に包まれ、何があるか全く見えない。グラインは門の向こうへ進んでいく。
「ここは……」
暗闇が広がる空間に思わず周囲を見回すグライン。背後の門が閉じると、不意に身構えてしまう。
嵐の試練に挑みし者よ――
辺りに響き渡るように聞こえる声。
「我が名はヴァーダ。全ての風を司りし者」
声の主は風の守護神ヴァーダ。風を司る神であり、鳥人族の生みの親となる存在だった。
「そなたに課せられし試練……それは、己の肉体と感覚で風の刃が飛び交う嵐の回廊を乗り越える事」
聞き終わらないうちに、グラインの左腕が突然何かに斬り付けられる。
「ぐっ……」
一瞬何が起きたか解らないうちに痛みに襲われ、膝を付くグライン。傷口からは血が流れている。更に風向きが変わり、見えない刃が次々とグラインの身体を斬りつけていく。
「うぐああ!」
鮮血が舞い、激痛が全身を襲う。此処には無数の何かが存在し、風と共に刃と化して襲い掛かる。つまりこれは感覚で察知しつつも自分の力で退け、どんなに傷付いてもこの空間を渡り歩かなくてはならない。風の刃で攻撃してくる見えない敵と戦いながらも出口を目指す、生きるか死ぬかの道を歩む試練なんだ。そう直感したグラインは魔力を開放し、痛みを堪えつつも立ち上がる。
「負けない……僕は絶対に……負けないぞ……!」
再び風向きが変わると、突風が襲い掛かる。グラインは精神を研ぎ澄ませつつも、刃で攻撃してくる存在を気配で探ろうとする。だが気配が読めず、刃はグラインの脇腹を切り裂いた。
「がはっ……!」
更に鮮血が飛び散る。膝を付くもののすぐに立ち上がり、足を進めるグライン。
「う……おおおおおおお!」
目が赤く染まると同時に勇者の力を解放させ、傷を負いながらもグラインは再び周囲を見渡す。魔力のオーラが辺りを照らし始め、僅かに周りの景色が見える。無数の突起が設けられた巨大な洞窟といった印象を受ける場所で、小さなつむじ風のような渦巻きが見える。見えない敵の正体はこいつだ。そう悟ったグラインは風魔法を発動させる。周囲の渦巻きは吹き飛ばされたものの、更に突風が吹き付け、風の刃が左腕を斬りつける。視界に映る場所以外の位置からも容赦なく攻撃を仕掛けているのだ。
「クッ、負けるかぁっ!」
更に数々の風魔法で応戦するグライン。これではキリがない。まずは進む事を考えなくては。オーラの明かりによる限られた範囲内の視界と音、気配を感じ取る感覚を頼りに風の刃を放つ周囲の敵と応戦しつつも、グラインは嵐の回廊を進んでいった。
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