Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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神界に眠るもの

白氷の霊水

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「白氷山……それ程恐ろしいところだったの……」
ペチュニアはグライン一行がシルベウドから白氷山に関する話を聞かされているところをこっそりと覗き見していた。
「何やってんだ?」
「ひゃあ!」
突然、背後から声を掛けてきたのは芸人一座のロペロだった。
「ロ、ロペロ!」
「よぉペチュニア。あいつらはちゃんと働いてるか?」
「うん、まあ何とかね」
芸人一座の新メンバーとして選ばれたルビー一味は気球の修理代を口実に日々芸の稽古を受けていたが、途中で嫌気が差して三人揃って脱走したという。それからペチュニアのいるフリズル村に流れ着き、三人揃って行き倒れになっていたのだ。


「え、この人達って……大変! 誰かこの人達を!」
救助を呼ぶペチュニア。数人の村人と共に意識を失ったルビー一味を運んでいく。
「はぁ……脱走して此処まで来たのかな」
ルビー一味を芸人一座の新メンバー候補に選んだのは失敗したかと考えるペチュニア。
「あ、ペチュニアおねーちゃん! 誰その人たち?」
リズルが声を掛ける。
「私の後輩よ。リズル、トンガラの実は……もうないよね?」
「うん。暫くは実らないっておかーさんが言ってた」
リズルの家で栽培されているトンガラの実は完全に底をついており、新しい実が実るまでは数年掛かるとの事だ。こうなったらしっかりと身体動かして働いてもらうしかないかと思いながらも、座長との協力でルビー一味の世話をするようになった。
「キーッ! 下手すりゃ一生こんな寒いところで暮らさなきゃいけないの?」
「そんなの勘弁ですぜ、オネエ様」
「同じくですぜ、オネエ様」
意識を取り戻し、気球なしでは大陸からの脱出は到底不可能だとペチュニアから教えられて怒り心頭のルビー。
「これでもう解ったでしょ? 脱走したところで逃げ道はないって事が。これからしっかり働いてもらうわよ」
ルビー一味は芸人一座のメンバーとして不適切だと判断したペチュニアは、フロスティアの襲撃を受けた事で荒れ果てたフロストール王国復興活動の手伝いをするように命令する。そしてペチュニアはルビー一味の指導役として、共に復興活動に勤しむ決意をした。
「はああああ? 冗談じゃないわよ! なんであんなところで働かなきゃいけないわけ?」
「あっそ。だったらもう凍え死ぬしか残された道はないわね」
「ムッキー! 解ったわよ! やればいいんでしょ!」
嫌々引き受けるルビー一味にやれやれと思うばかりのペチュニア。
「座長、ごめんなさい。暫くこいつらの世話をする事になりそうだから……」
当分の間、ルビー一味の面倒を見る関係で見世物小屋を離れる事を座長に伝えるペチュニア。
「ううむ……ペチュニアがいなくなると寂しくなるが、仕方あるまい。フロストール王国も色々大変だったようだからな。行ってくるがいい」
「ありがとう!」
座長に深く礼を言うペチュニア。
「おお、そうだ。丁度これが残っていた」
座長が小さな袋を差し出す。袋の中には粉末が入っている。グライン達に与える為にこしらえたものが僅かに余ったトンガラの実の粉末だった。
「ホラ、あんた達。これを飲みなさい!」
「何よコレ。変な薬飲ませてでも働かせるわけ?」
「そんなんじゃないわよ! 寒さに耐えられる薬よ!」
ペチュニアは袋に入った粉末を無理矢理ルビーの口に放り込む。
「ボワァーッ! か、辛いじゃないのォォォッ!」
辛味で大騒ぎするルビー。座長との協力でルビー一味を寒さに耐えられる状態にしたペチュニアは多くの村人に見送られつつも、ルビー一味を連れて村を後にした。


「でもまた脱走したりしないか? あいつらがいつまでも素直に働き続けるとは思えんぞ」
「大丈夫よ。念の為に兵士さんに見張りをお願いしたから」
ペチュニアは城に来た際、城下町で働くルビー一味の監視役を数人の兵士に依頼していたのだ。兵士に見張られながらも、ルビー一味は渋々と荷物を運んだり除氷作業に勤しんでいた。



一方、グライン達はシルベウドから話を聞かされてから白氷山へ向かおうとしていた。
「……本当なら君達と同行したいところだが、姉様や国の事を考えるととても出来そうもない。せめてこれだけでも受け取ってくれ」
シルベウドが手渡したものは、サングラスだった。凄まじい寒波によるホワイトアウトで視界が遮られてもちゃんと物が見えるようになる魔法のサングラスで、古の魔導師によって作られたものだという。
「君達ならばきっと上手くいくと信じてる。旅の無事を祈っているよ」
「ありがとうございます」
礼を言って謁見の間を出る一行は、覗き見をしていたペチュニアとロペロに遭遇する。
「ペチュニア、来てたのか」
「ごめんなさい、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど……どうしても白氷山の事が気になっちゃって」
グラインはペチュニア達に白氷山へ行く事を話す。
「白氷山……あんた達、まさかあんなところへ行くつもりなのか?」
ロペロが真剣な表情で言う。
「今更どんなやべぇとこだろうと恐れてる場合じゃねぇんだよ。野次馬どもはすっこんでな」
キオが追い払うように返答する。だがロペロは引き止めるつもりではない様子。
「……あんた達なら信用出来そうだな。すまないが、俺も同行させてくれないか」
「え? どうして?」
「頼む」
ロペロの突然の頼み事に一瞬戸惑うグラインだが、真剣な目を見ているうちに何か事情があると察して引き受ける事にした。
「何だお前、何で付いてくるんだ?」
「理由は後で話す。あんた達の足手纏いにならないようにするつもりだ」
「隠し事する奴の言う事なんざ信用出来るかよ」
思わず突っかかるキオを制止するグラインとガザニア。
「バカはわたくしが黙らせておくから、付いてきたければ勝手になさい」
「す、すまない」
個性的かつクセの強い面子だなと感じつつも、承諾に感謝するロペロ。
「ロペロ! グラインさん! 私も付いていくよ!」
ペチュニアまでも同行すると言い出す。
「ペチュニア、君までも?」
「うん、私だってあなた達の力になりたくて。あれから凄い踊りをマスターしたから」
ペチュニア曰く、グライン達と別れてからは様々な踊りについて調べ、フリズル村の見世物小屋に保管されていた踊りに関する文献で戦闘面で役立つ効果を生む踊りまでも出来るようになったとの事だ。
「踊りで戦闘に役立つ事なんてあり得るのか?」
「ふふん、ペン族の舞踊家と謳われた私を甘く見ちゃダメよ。試しに披露してやるわ」
自信満々な調子で陽気に踊り始めるペチュニア。華麗なる動きで踊りを披露するペチュニアから不思議な光が現れ、グライン達は全身が熱くなっていくと同時に力が漲る感覚になる。
「これは……この感覚……」
「すげぇ、まるで全身が漲るようだぜ。こんな事出来るのかよ?」
闘志の舞と名付けられた踊りは、見る者の血を滾らせて力を増強させる効果があるという。古くから伝わる精霊の踊りと呼ばれ、舞踊を極めた者が習得出来る踊りであった。力の増強を生む効果は精霊の力によるもので、踊りで自身に精霊の力を宿し、サポートする事が可能だという。
「どう? これなら私が付いて行っても役に立てるでしょ?」
ペチュニアがウィンクしながら言うと、同行に承諾するグライン達。
「それだけ大口叩けるならしっかり役に立ちなさいよ。少しでも足手纏いだと思ったら帰ってもらうわよ」
ガザニアが威圧するように言う。
「や、役に立てるよう頑張りますから!」
思わず怯むペチュニアを見て、おっかない人だと思うロペロ。ペチュニアとロペロを連れたグライン一行は白氷山へ向かう。白氷山の場所はフロスタル大陸最果ての場所に存在し、王国からの距離は遠めであった。ヒーメルで頂上まで近付こうにも、猛吹雪と険しくも広大な森のせいで空から頂上へ直接降りる事は不可能だ。
「チッ、そう簡単に行かせてくれねぇわけか」
グライン達は空からの突入を諦めて地道に山を登る事にした。山道は少し登るだけでも視界を遮る猛吹雪であり、既に周りがよく見えないホワイトアウトな光景となってしまう。シルベウドから受け取った魔法のサングラスを着用しているグラインは、周りの光景がきっちりと識別出来ていた。
「こ、こんなに凄い吹雪が吹き荒れるところだったなんて……」
吹雪に慣れているペチュニアとロペロにとっても、ホワイトアウトを生む程の猛吹雪は生涯初めての経験だった。
「うわあ!」
猛吹雪は歩けない程の突風となって襲い掛かる。
「へっ、これしきの吹雪なんか!」
キオは気合いを込めて炎の魔力と気力を開放する。が、凄まじい吹雪による突風は、キオの身体を覆う炎を一瞬で消し去ってしまう。
「おい、マジかよ……」
負けじと気合いを入れるキオだが、突風はますます加速していく。
「クッ、こんな時こそ私の踊りよ!」
吹雪の中、闘志の舞を披露するペチュニア。グラインとキオはペチュニアの闘志の舞の効果で体内に宿る炎の魔力を増幅させ、突風を跳ね返す勢いで魔力を開放させる。
「へへっ、思ったよりもやるじゃねえか。ペンギンの姉ちゃん」
「これなら何とか進めそうだね」
炎の魔力を開放させた二人は猛吹雪を物ともしない状態となっていた。上手くいった事に喜びのウィンクを送るペチュニア。突風は次第に落ち着いていき、何とか歩けるようになった。
「全く、二人揃って暑苦しいわね」
思わず距離を開けるガザニア。
「サ、先を急ぎまショウ」
ティムの一声で道中を進むグライン一行。
「魔物だ!」
山に生息する魔物が立ち塞がる。氷の狼『フロストウルフ』、冷気ブレスを吐く気体の魔物『ブリザードミスト』、雪山に生息する熊の魔物『スノーベア』といった魔物が現れるものの、グラインの炎魔法とキオの炎の力による打撃技で敢え無く撃退されていく。魔物を蹴散らしつつも歩いていくと、小さな山小屋を発見する。
「少し休んで行こう」
粗末な小屋だが、休憩には丁度いい場所だった。僅かな木材と捨てられた空の小瓶、そして焚き火の跡がある。まるで過去に誰かが小屋を訪れていたかのような形跡があった。グラインが炎魔法で木材に火を付け、焚き火を囲む一行。
「腹減っちまったなぁ……食い物とかねぇかな」
空腹を感じたキオは周囲を探るものの、食糧は何処にもない。ロペロはふと捨てられた小瓶が気になり、手に取ってみると中に何かが入っている事に気付く。
「ロペロ、どうしたの?」
ペチュニアが声を掛けると、ロペロは小瓶の中に入っているものを取り出す。手紙だった。
「こ、これは……」
手紙の内容に愕然とするロペロ。


『ごめんよ、ロペロ。おれはもうダメだ。おれのてで、かあちゃんをたすけたかった』


手紙の字面は、幼い子供が書いた印象を受ける拙い字だった。ロペロは手紙を手にしたまま、暗い表情で身震いしている。
「ねェ、何かあったノ? その手紙っテ……」
ティムが思わずロペロに問い掛ける。グライン達もロペロの事情が気になり始める。
「おい、そろそろ話してみろよ。何か事情があるってのか?」
キオが詰めるように言う。
「……解った、話すよ。あんた達に付いてきたのは……どうしても知りたい事があったからなんだ。俺の兄貴の事で」
ロペロがグライン達に同行した理由――それは、兄であるイワトの行方不明事件の真相であった。そして小瓶に詰められた手紙を書いたのは、イワトだったのだ。


二十年前――幼い頃のロペロは兄のイワトと共に母子家庭で育った身であった。ある日、母のマロニが食糧となる魚を求めて王国の付近にある湖へ向かう途中、突然空から現れた凶悪な魔物に襲われて重傷を負い、危篤となってしまう。医師が総力で治療を施すものの、既に手遅れで助かる可能性は低いとの事だ。
「ねえ兄ちゃん……母ちゃん、死んじゃうの?」
ロペロが悲しそうに言う。
「バカ野郎! 母ちゃんが死んじまうなんて、そんな事があってたまるか!」
一喝するように返答するイワト。マロニは息も絶え絶えで何かを言い始める。
「……イワト……ロペ……ロ……母ちゃん……もう、ダメ……みた……い……」
その声は弱々しいものだった。
「やだよ! 母ちゃん……死なないで! 死んじゃやだよぉ!」
泣き叫ぶロペロを前に、イワトは思い詰めた様子でその場から出ようとする。
「兄ちゃん、どこ行くのさ?」
「付いてくるな。おれ……母ちゃんの怪我を治す方法、探してくる」
「え?」
「ロペロ。お前は母ちゃんのそばにいてくれ。頼む……」
「兄ちゃん! 待ってよ!」
ロペロの制止を聞かず、家から飛び出してしまうイワト。突然のイワトの行動に驚き戸惑うロペロだが、マロニを置いて行けず、その場に立ち尽くしてしまう。やがてマロニは、そのまま他界した。家から出たイワトは帰って来る事なく、消息不明となってしまったのだ。


母を亡くし、兄もいなくなってから数日後、悲しみに暮れるロペロの前に現れたのは人間の男。道化のような風貌をした不思議な雰囲気の男であった。
「あ、手品のおじさん」
男の名はトリク。数日前にて、王国の活性化を考える王の依頼を受けてフロストール王国へやって来た旅芸人である。芸人一座と共に手品やそれを利用した多種多様な芸で人々を楽しませていた。
「生きていると楽しい事もあれば、辛い事だってあるだろう。でも、どんなに辛い事があっても笑顔を忘れてはならない」
トリクは懐から短いストローを取り出し、鼻の穴に差し込む。すると、差し込まれたストローが長く伸び始め、次の瞬間、クシャミをしてしまう。
「ぷ……あははははは!」
突然のパフォーマンスに思わず笑ってしまうロペロ。更にウケを狙うかのような手品を披露するトリク。
「おじさんの手品、すごく面白いよ!」
トリクの様々な手品はロペロにとって和むものとなっていた。
「ハハ、そう言ってくれると嬉しいよ。僕もやってて楽しいからね」
「もっと見たい! おじさんの手品、もっと見たいよ!」
「お安い御用だ」
手品を利用した一発芸や、高度な手品によるウケ狙いで楽しませようとするトリクはロペロに笑顔を与えていく。トリク自身も芸を披露する事を楽しんでいる様子が伝わってくる程だ。
「そう、辛い時こそ笑顔を忘れなければきっと素敵な事が起きる。辛い事を乗り越えられるような、素敵な事が起きるんだ。僕はそう信じてるから」
笑顔で諭すトリク。そんなトリクの手品を見ているうちにロペロはいつしか憧れを抱くようになり、人を楽しませる事とはどういう事なのか考えるようになった。

あれからずっと、兄は帰って来ない。だけど、トリクという存在が励ましてくれた。トリクと共に王国を盛り上げている芸人一座も悲しみを癒してくれる存在となっていた。そして、トリクが故郷に帰る日がやって来た。
「おじさん、行っちゃうの?」
「ああ。名残惜しいけど……そろそろ国へ帰らなきゃいけないんだ」
別れを惜しむロペロに、また此処へ来る事を約束するトリク。ロペロを含む多くの人々に見送られながら、トリクは王国から去って行く。この時、ロペロは思う。そうだ、いつまでもクヨクヨしてはいけない。大好きな母ちゃんと兄ちゃんがいなくなった今、自分一人だけでも頑張って生きていけるようにならなきゃ。その為にも、おじさんみたいに色んな人を楽しませるようになろう。おじさんは、自分で手品を楽しみながら、色んな人を楽しませていた。だからこそ、芸を楽しみながら人を楽しませる芸人になろう。

芸人一座に入団したロペロは稽古を重ねた末、多くの芸で人々を楽しませるリーダー格へと昇進した。芸人として活動している中、ロペロはふと大臣とシルベウドの会話を目撃する。
「つまり、白氷山には如何なる怪我をも完治させる秘薬の水があると?」
「うむ。あの場所は極めて危険だ。下手に立ち入りするだけでも命はないとされている」
シルベウドは白氷の霊水によって作られた秘薬に関する話を城の文献で知り、その気になればメルベリアの病を治せる薬が作れるのではないかと考えて過去に兵士を連れて白氷山へ赴いた事があったものの、凄まじい猛吹雪によってろくに進む事も出来ず、即座に断念せざるを得なくなった。その当時よりも前から禁断の地とされ、並みの一般兵は勿論、兵士以上の実力を持ち合わせていても歴戦の英雄には遠く及ばないシルベウドでは霊水の元へ辿り着く事は不可能である。大臣とシルベウドが何故白氷山に関する話をしているのかというと、奇妙な格好をした人間の男が白氷山へ向かって行ったと王国の住民から聞かされていたのだ。男の目的と正体は不明だが、何らかの事情で白氷の霊水を求めて白氷山へ行ったのではと推測していた。この時ロペロは思う。兄が消息不明になったのは白氷の霊水が目当てで白氷山へ行ってそのまま帰らなくなったのではないか? そして白氷山へ向かった人間の男とは……。

兄が失踪してからかなりの年月が経っている以上、最早生存は絶望的だと解っていても知りたかった。場所が場所だから、自分一人だけでは確かめる事すら出来ない。そして今、勇者と呼ばれる人間とその仲間達のおかげで兄の遺した手紙を見つける事が出来た。やはり兄は母を救う為に白氷の霊水を求めて白氷山に来ていたんだと。何がきっかけで白氷の霊水の存在を知ったのか解らないが、弟である自分の為に、母の為に命を捨てる覚悟で危険な場所に行ってまで――。


「ロペロ……」
ペチュニアは沈痛な面持ちでロペロに寄り添う。
「イワト君ハ、ロペロ君やお母さんノ為にこんナところへ来たのネ……」
ティムの言葉に黙って頷くロペロ。グライン達もロペロの事情に言葉を失っていた。小瓶に残された手紙はイワトの犠牲を意味している事は火を見るよりも明らかである。
「呆れたものよ」
ガザニアの一言。
「何が?」
「その子の兄の事よ。いくら母親を救いたいからといって、命を捨てる危険を冒すなんてバカげてるとしか思えないわ」
率直に辛辣な言葉をぶつけるガザニア。
「ガザニア! どうしてそんな事を言うんだ!」
ロペロの心情を考えて、思わず感情的になって抗議するグライン。
「バカね。それで成功したならまだしも、助けられなかったどころか自分まで犠牲になったんでしょ。結局残された弟一人だけになってますます辛い思いをさせただけじゃない。わたくしから見ればバカな選択をしたとしか思えないわ」
「酷い! イワトさんの事を悪く言わないで!」
ペチュニアまでもガザニアに抗議すると、気まずい空気が支配していく。ロペロは俯いたまま、何かを思いつつ黙り込んでいた。
「わたくしは思った事を率直に言ったまでよ。赤の他人に寄り添うような情を持ち合わせるつもりはないから」
「んだとコラ。黙って聞いてりゃいい気になりやがって。ちょっと表出ろや」
ガザニアに掴み掛ろうとするキオだが、ロペロが制止する。
「いいんだ。みんな落ち着いて。確かにこの人の言う通りだ。兄貴は向こう見ずだし、後先考えないで行動するタイプだった。第一、白氷の霊水なんていう話はただの噂かもしれないし、それを手にしたところで絶対に助かるなんて言い切れるわけじゃないのに、兄貴ときたら……」
ロペロが宥めるように言うと、グライン達は黙り込んでしまう。ガザニアのイワトへの辛辣な評に、ロペロはこれといって不快感や怒りの感情を抱いていない様子だ。
「そういえバ……イワト君ハいつ、どうやって白氷の霊水について知ったのかしラ? 誰かニ教えてもらっタとカ?」
ティムの疑問に思わず困惑するロペロ。イワトが白氷の霊水を知ったきっかけは、ロペロ自身も知りたい事である。だが一つ気になっていた事。それは、白氷山へ向かった奇妙な格好をした男の存在だ。ロペロが今まで出会ってきた人間の中で思い当たる人物、それは……。
「君が言ってた旅芸人の男……トリクさんだったかな。あれからどうなったのか解る?」
グラインの問いに、まさかなと思うロペロ。勿論トリクのその後については知る由がない故に答えようがないものの、密かに白氷山へ向かった男はトリクではないかという疑念が生じていたのだ。
「なあ、ちと思ったんだがよ。ロペロの兄貴って、そいつにナントカの水の事を教えてもらったんじゃねえのか?」
キオはイワトが白氷の霊水の存在を知ったのは、実はトリクに教えられたのではないかと考えていた。
「そんな馬鹿な! トリクさんが……」
「オレにとっちゃあ、正体がよく解らねぇ奴にはろくなイメージがねぇ。信じるか信じねぇかはテメェの勝手だがな」
ソフィアによる鬼人族の里襲撃の一件があり、キオは得体の知れない人物に不信感を抱いているどころか、トリクが手品を披露していたという話でソフィアとの関連性を疑っているのだ。母どころか兄を失う悲劇の上塗りを生んでしまった存在だという事は信じたくないものの、どうしても疑念が拭えないロペロ。もし本当に男の正体がトリクだとしたら、一体何の為に……?


不穏な空気が漂う中、グライン達は山小屋でひと時の休息を取る。外の吹雪は雪の渦を生み、凄まじく荒れていた。


その頃、シルベウドは自室に向かったメルベリアにホットミルクを与えていた。
「ありがとう、落ち着くわ」
軽くミルクを啜るメルベリア。
「あまり立ちっぱなしだと疲れるだろう? 無理してずっと僕の傍にいなくてもいいよ」
気遣うようにシルベウドが言う。
「私は大丈夫。でも……どうしても気になる事があるの」
「気になる事?」
メルベリアの気になる事――それは正体不明の闇の力。フロスティアとは質の違う邪悪な波動をメルベリアは感じ取っていたのだ。
「邪悪な波動だと? どういう事なんだ」
「私には解らない……けど、感じるのよ」
メルベリアの不吉な言葉に不安を感じたシルベウドは、やはりまだ安心はできない。何かあった時の事を考えた方が良さそうだな、と考える。そして、白氷山にいるグライン達の事が気掛かりになった。


どうか、無事でいてくれ――。

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