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神界に眠るもの
死者たちの叫び
しおりを挟む意識が遠のいていく中、グラインは誰かの叫び声を聞いていた。男の叫び声、よく知る者の魂。それはつまり――
うぁ……あぁ……あああぁぁぁぁぁあっ!
助けて……助けてくれぇ……誰か……あああぁぁぁああああああ!
声の主が、グラインの前に現れる。ズタボロの無残な状態となり、血と涙を流しながら立っているクレバルの姿であった。
「あ……ああぁぁあああああああっ! うわあああああああああああああ!」
同時に夢の出来事が浮かび上がり、視界に広がるクレバルの変わり果てた姿を目の当たりにしたグラインは発狂したかのように叫び続けた。顔を逸らそうにも、黒い手によって固定され、目を背ける事も出来ない。目を瞑っても夢の内容が頭から離れないせいで、地獄のようなこの状況から抜け出す事は出来ない。
「ククク……ハハハハハ! 叫びなさい。絶望に打ちひしがれ、永劫の苦しみを味わうのです」
ネヴィアが目を光らせると、更にグラインにとっての苦しみの糧となるものが現れる。ダリムの魂だった。そして現れるダリムの姿。全身が血に塗れ、痛々しく見える傷だらけの姿で血の涙を流しているその姿を見て更に忌まわしい記憶が掘り起こされたグラインは、心を大きく抉られていく。
「あ……あぁ……やめろぉぉっ! う、うああぁぁぁぁあああああっ!」
叫び続けるグラインを嘲笑いつつも、ネヴィアはその場から姿を消した。グラインを覆う闇のオーラが炎のように揺らめいている。悪夢のような光景が視界に映り、絶望に打ちひしがれているのも、ネヴィアの牙から注入された闇の力によって心を蝕まれているが故であった。
グラインを探し続けるリフとティムはビストール王国内を巡っている中、獣人の男が小さな少年を連れて墓参りしているのを発見する。兎のビースト族の親子だった。
「お母ちゃん……」
悲しそうに呟く少年だが、父親は項垂れるだけで何も答えられない。
「あの……」
リフがそっと声を掛ける。
「む……あなたは何処かで……」
父親はリフの姿に見覚えがあるようだ。
「お父ちゃん、このおばさん誰?」
「へ?」
実年齢は二十一歳でありながらも、少年におばさんと呼ばれたリフは心にグサリと来るような衝撃を受けてしまう。
「これ失礼な。まだお若い女性だろう。お姉さんと言いなさい」
父親からのフォローが入ってもおばさんと呼ばれた事にショックを隠せないリフだが、相手はまだ幼い子供だから、この子には大人の女性はおばさんに見えているのだろうと自分に言い聞かせた。
「申し訳ありません。うちの子が無礼な事を」
「いえ、気にしないで下さい」
詫びる父親の傍ら、少年は何が気になるのか、リフの姿をジッと見つめていた。
「ふむ、思い出しました。あなたは以前、クロウガ殿と共にレイオ様を止めに向かった人間ですな」
父親は偶然にもリフがクロウガに連れられてレイオの元へ向かっていたところを目撃していたのだ。親子の名前――父親はラビト、息子はクネイ。そして母親のキャヌーンはビースト族とエルフ族の戦争が引き起こした戦禍に巻き込まれる形で命を落としてしまったのだ。
「……ニンゲン……この人、ニンゲンなの……ニンゲンのせいでお母ちゃんが……」
クネイは悲しげに呟く。人間のせい。その一言を聞いたリフは言葉を失ってしまう。
「何を言うんだ、クネイ。こんな事になったのは、人間のせいじゃないんだ」
「……あの人が言ってた。ニンゲンがいるから戦争が起きたって」
クネイ曰く、昨日こっそりと母親の墓に来ていた時、自分の元に黒い服を着た見慣れない狐耳の男が現れた。その時、狐耳の男はこう告げたという。ビースト族とエルフ族がこんな戦争を引き起こしたのは人間がいるせい。獣王はエルフが人間を憎む気持ちを理解しなかったからこんな争いが起きた。悪いのはエルフだが、一番悪いのは人間だ。エルフだって人間に酷い事をされたから、その気持ちが解らない、解ろうとしないビースト族に怒る余り戦争を仕掛けた。人間さえいなければこんな争いは起きなかった。つまり君の母親は人間がいなければこんな事にならなかったのだ、と。
「あの男……やはり……」
リフはクネイの話の中に出てきた狐耳の男の存在にますます疑念を募らせる。
「バカな……だからといって何故こんな戦争を仕掛けなければならないんだ!」
思わず感情的に怒鳴るラビトに驚くクネイ。
「その話は本当なのね?」
クネイにそっと近づき、問い掛けるリフ。だがクネイは鋭い目を向けるだけで何も答えない。
「大体その男は何者なんだ。知らない人の話は鵜呑みにするもんじゃないぞ」
𠮟りつけるように諭すラビト。
「でも……戦争のせいでお母ちゃんは死んだ……エルフが悪いけど、エルフだってニンゲンさえいなかったらこんな事しなかったんだ!」
「クネイ!」
「ニンゲンなんか……大嫌いだ!」
クネイは涙声で走り去っていく。
「あの馬鹿者が……一体何を吹き込まれたというのだ!」
息子の言動にどうしても納得がいかないラビトはわなわなと拳を震えさせる。
「息子さんが言ってた狐耳の男ですが……」
リフは狐耳の男について話す。仲間と共に森の中を彷徨っているうちにイザコザが起きて途方に暮れているところに突然現れ、親切にもビストール王国へ案内してくれたものの、王国へ着いた途端、忽然と姿を消していたと。更に男からは妙におかしな気配を感じ取っていたが故、男の動向が気になっていると打ち明けた。
「むむ……まさかクネイはその男に唆されているのか。だが、今となっては獣王様が……」
獣王は現在、エルフ族との激しい戦いによる手傷の深さと、年老いたが故に戦いの最中で体力が限界に達していたにも関わらず、老体に鞭打つように身体を酷使し続けた結果、肉体が壊れ、寝たきりの状態となっているのだ。側近のヨーテ曰く、最早戦うどころか、動く事すらも出来ないという。
「まさか獣王までもが……」
かつてリフが王国に訪れた際、聖剣ルミナリオの存在を教えてくれたりと世話になった事のある獣王までも戦争によって無残な有様になっている。自分の知らないところでこんな争いが起きていた。そして多大なる犠牲を生む大きな傷跡を残す結果となった。これは人間である自分が関わったせいでもあるのだろうか。そんな考えが過ぎるものの、リフはすぐさま切り替えてラビトにグラインの行方について問う。
「ふむ……そのような人間は見た事がありませんな」
外見や特徴を説明しても全く見覚えがない様子だった。
「解りました、ありがとうございます」
リフは次の当てを探そうと、その場から去ろうとする。
「ハッ、そういえば。クネイ……何処へ行ったというのだ!」
ラビトは走り去ったクネイの後を追い始める。
「こうなったラ、獣王の元へ行くしかなさそうネ」
リフの中に潜り込んでいたティムが声を掛ける。
「ええ。それに……」
クネイを唆したとされる狐耳の男が今何処にいて、何を考えているのかと思い始めるリフ。
「本来のワタシなら記憶を読んで正体を探れるんだケド……」
肉体を失った今、メモリードが使えなくなっていたティムはもどかしさを感じていた。
「おーい」
声と共にキオとガザニアがやって来る。
「アラ、結局ワタシ達のコトが気になったワケ?」
「なわけねぇだろ。メシが食えそうなとこがねぇから追って来たんだよ」
リフとティムがグラインを探しに行ってる間、キオは空腹を満たそうとガザニアと共に宮殿へ向かっていた。だが門番に門前払いされてしまい、王国中を回っても食事が出来る場所がないせいで仕方なくリフのところへ行く事にしたという。
「お前らはまだグラインの事が気になってんのかよ」
「当たり前でショ! あのコは大切な仲間だし、新たな勇者なんだからネ!」
「ケッ、身勝手な事言って飛び出していった馬鹿野郎なんざ知った事かよ」
「もう、まだそんな事言ってるノ!」
言い合いになるティムとキオの傍ら、リフは不意に辺りを見回す。ほんの一瞬だが、邪悪な気配を感じ取っていたのだ。
「どうかした?」
ガザニアが問う。
「気を付けて。今、邪悪な気配を感じたわ」
冷静な声でリフが返答する。狐耳の男かは不明だが、邪悪な何かが王国内に潜んでいる。そんな予感がしていた。一行は用心しつつも、宮殿へ向かう。
「やや、あなた様は……どうぞお通り下さい!」
門番を任されている二人の獣人兵はリフの顔を見ると、快く宮殿への立ち入りを許可した。獣王が認めた人間だとクロウガから教えられ、もしまた彼女が宮殿に訪れる事があれば通すようにと伝えられていたのだ。
「顔パスたぁやるじゃねえか」
ようやく飯が食えるのかと喜ぶキオ。そんな事はお構いなしに獣王の間へ行くと、玉座には獣王の姿はなく、ヨーテとクロウガがいた。
「おお、リフじゃないか。久しぶりだな」
「これはこれはリフ殿。またもそなたと会えるとは」
リフの姿を見て歓迎の意を示すクロウガとヨーテ。リフはティムと共に経緯を話し、グラインの行方と聖竜の塔の鍵の一つとなるラファエルの印について聞き始める。
「うーむ、そのグラインという者は見掛けておらぬな。しかし、ラファエルの印とやらには多少心当たりがある」
ヨーテによると、ネルに預けられたラファエルの印は地底に眠る陸獣と呼ばれる存在に封印されたとの事だ。詳しい話ならば獣王が知っているという事で、一行は獣王がいる部屋に連れて行かれる。寝室であった。
「ぬ……お前は……」
キングサイズのベッドに横たわる獣王の姿。戦で無理をし過ぎた反動で、逞しかった肉体は見る影もない程衰えていた。
「獣王様、お久しぶりです」
リフが頭を下げて挨拶すると、ティムが現れて軽く自己紹介しつつ、ラファエルの印について聞き始める。
「そなたからは懐かしいものを感じる……どうやら陸獣を目覚めさせる時が来たようだな」
ティムから不思議にも懐かしい力を感じ取った獣王は、陸獣について語る。陸獣の名はアルガンシュ。大地の守護神グランディオの眷属に当たる神獣である。海獣ドーファンは海の守護神オケアルスの眷属、空獣ヒーメルは風の守護神ヴァーダの眷属であり、守護神と共に世界の陸地、海、空を守る使命を与えられた三神獣と呼ばれている。アルガンシュはレディアダント全ての大陸の地底を守護する目的で地底に佇んでいたが、サウェイト大陸の地底には広大な地底湖が広がっており、そこを気に入って根城にし、今では深い眠りに就いている。そしてネルに預けられたラファエルの印は、アルガンシュの体内に納められていた。
「ハ? 体内に納められているっテ……アルガンシュの胃袋の中にアルって事?」
「そうだ。何者にも手が出せぬようにな。安心するがいい……ラファエルの印は決して胃液で消化されたりはせぬ」
「いや、それでどうやッテ手に入れろっていうのヨ……」
ラファエルの印はアルガンシュの体内にある。つまり印を手に入れるにはアルガンシュの体内に入るという事なのか、それとも……。そんな事を考えているうちに、獣人兵が駆け付けてくる。
「獣王様! 王国内に魔物が次々と……!」
「何だと?」
獣人兵の知らせで周囲が緊迫感に包まれる。
「大変ヨ! 早くやっつけなキャ!」
「おい、こちとらずっと飲まず食わずなんだぞ! ハラヘリだってのに戦ってられっかよ!」
「ツベコベ言わず動きなさイ! メシは戦いの後ヨ!」
「チッ……わーったよこの野郎!」
空腹であるにも関わらず、耳元でティムに急かされる余り渋々と動くキオ。
「クッ……情けない話だが、どうやらお前達に頼るしかないようだ」
身動きすら出来ない状態の獣王に、リフは私達にお任せ下さいと言いつつ、聖剣ルミナリオを手にその場を後にする。宮殿から出ると、クロウガが数人のエルフの亡霊相手に応戦していた。
「あんた達、気を付けろ! こいつら、ただの魔物じゃないぞ」
「クロウガ、ここは私達がやるわ」
リフ、キオ、ガザニアの三人が戦闘態勢に入ると、エルフの亡霊達は目を光らせながらも叫び声を上げながら襲い掛かる。その叫び声はまるで苦痛に喘いでいるかのようだった。
「おらぁぁぁぁっ!」
空腹による苛立ちを発散させるかの如く、次々と亡霊達を殴り飛ばしていくキオ。その傍らで、数々の自然魔法を操っていくガザニア。
「空覇翔乱舞!」
リフの必殺剣が次々と決まると、キオが空中から炎気砲を放つ。叫び声を上げながら、溶けるように消えていく亡霊達。
「ウ……オオオォォ……オアァァァッ……」
再び聞こえてくる呻き声。まだいるのか、と一行が身構えると、新たな亡霊が大量に現れる。エルフの亡霊だけでなく、ビースト族の亡霊まで現れたのだ。
「間違いない……こいつらは戦争で犠牲になった者の亡霊だ」
クロウガが青ざめながら言う。そう、この場にいるエルフの亡霊とビースト族の亡霊は王国内で起きた戦争の犠牲者であり、何者かの手によってアンデッドの魔物として蘇らされた存在であった。
「お、お母ちゃん!」
突然の声。クネイであった。ビースト族の亡霊の中には、クネイの母親キャヌーンと思わしき女性の兎がいる。だがその姿は他の亡霊と同様、醜悪なものに変化しており、最早獲物に飢えた魔物そのものである。
「まさか、あれが……?」
多くの亡霊に混じる形でクネイの母親の存在を知ったリフは愕然とする。
「森の中にいたエルフの亡霊と同じよ。皆が完全に魔物と化しているわ」
ティムが淡々とした口調で言う。普段よりも落ち着いたその声はティマーラとしての声であり、静かな怒りが感じられる。魔物となった亡霊は皆、生前の心を失っている。アンデッドである彼らを救う為には、倒すしか他に無いと。
「ケッ、何人出ようと全部成仏させてやるぜ」
応戦しようとするキオとガザニア。リフはクネイの悲しげな表情を見ていると一瞬バキラの元にいるサラの姿が脳裏に浮かび上がり、葛藤と同時に心が疼くのを感じる。雄叫びと共に、獲物を狙う獣の群れの如く一斉に動き出す亡霊の群れ。キャヌーンもその中に混じって凶悪な顔付きで獲物を食らい尽くそうと飛び掛かる。
「お母ちゃあん!」
クネイが涙を流しながら飛び出すと、リフがその小さな身体を押さえ付ける。
「何するんだよ! はなせ!」
「ダメよ! あの人はあなたの知ってるお母さんじゃないわ」
酷な一言だと承知しつつも、諭すようにリフが言う。醜悪な亡霊と化したキャヌーンにはもう息子や家族の事は解らないと悟り、止めなかったら確実に餌食になってしまうと考えての行いだ。そんなリフを鋭い目で睨み付けるクネイ。
「うるさい! あれはお母ちゃんだ! おばさんにはわからないけど、ボクのお母ちゃんなんだ!」
反発するクネイはリフから離れようと必死でもがく。もみ合っているうちに、キオとガザニアは亡霊の群れに挑んでいた。気は進まんがやむを得んとクロウガも亡霊に挑む。キオの拳の一撃がキャヌーンを大きく吹っ飛ばし、ガザニアが呼び出した巨大な植物の蔦が次々と亡霊の群れを捉えていく。
「おい姉ちゃん、何やってんだよ!」
キオが怒鳴るように呼び掛けるものの、リフはジタバタともがくクネイを押さえ付けているせいで戦いどころではない状態だ。
「これは一体……クネイ、何をしている!」
現れたのはラビトだった。リフは突然出現した亡霊の群れの中にキャヌーンがいる事を伝えると、ラビトの表情が青ざめる。
「な、何だと……まさかそんな事が……」
ラビトはキャヌーンを探すものの、キオが炎気砲を放ったせいで爆風が巻き起こり、姿を確認する事が出来ない。
「お母ちゃん! お母ちゃん!」
隙を見て戦地に飛び出していくクネイ。
「待ちなさい!」
リフが後を追うものの、不意に足が止まる。爆風が収まった時、亡霊の群れの多くが消し飛ばされていた。
「……お母……ちゃん……」
キャヌーンだった者も既に消滅しており、クネイは涙を零しながら立ち尽くしてしまう。
「ほう……流石ですね。なかなか利用価値のあるリサイクルだと思っていたのですが」
突然の声。黒いマントを纏う狐耳の男が立っていた。
「あいつ……!」
亡霊が現れたのはこの男の仕業という疑惑が確信になり、聖剣ルミナリオを構えるリフ。
「おい、リサイクルってどういう事だ! 納得いくように説明しやがれ!」
キオが啖呵を切る。
「あのおじさん……」
狐耳の男は、クネイを唆した男でもあった。男はマントを大きく広げ、クククと笑い始める。
「クククク……ハハハハハハ! あの時の子供もご一緒でしたか。残念でしたね。あなたの母親は、今此処にいる愚か者どもによって再び殺されてしまいましたよ」
男の一言で絶句するクネイとラビト。
「貴様……何者だ。正体を表せ!」
剣を突き付けつつ、鋭い声でリフが言うと、狐耳の男の目が紫色に光り、全身が黒いオーラに覆われ始める。そして姿が変化していく。男の正体は、ネヴィアだった。
「クックック……如何でしたか? 我が死体のリサイクルは」
ネヴィアは軽く自己紹介すると、ジョーカーズに属する冥府の屍術師である事を明かす。
「テメェ、やっぱりジョーカーズだったのか。こんな胸糞悪い事してタダで済むと思ってんのか?」
キオは拳に力を込め、怒りを露にする。
「ハハハハハ、胸糞悪いときましたか。あなた方には理解出来ないのも無理はありませんね」
ネヴィアの目が怪しく光ると、クネイの足元に次々と黒い手が現れる。
「うっ、うわああ!」
無数の黒い手はクネイの身体を掴んでいく。
「クネイ!」
思わず駆け付けるラビトだが、ネヴィアは額の目から光線を放つ。光線は一瞬でラビトの左胸を貫いた。
「ぐ、ぐふっ……」
致命傷を負ったラビトは倒れてしまう。
「お、お父ちゃああああん!」
クネイが涙声で叫ぶ。
「貴様ぁっ!」
リフがネヴィアに斬りかかろうとするが、ネヴィアは瞬時に空中へ移動する。
「クックック……お楽しみはこれからですよ」
ネヴィアは空中に留まった状態で奇妙な呪文を唱え始める。周囲に響き渡るように聞こえてくる不気味な声。冥府の呪文である。次の瞬間、再び亡霊の群れが現れる。肉体が完全に失われた悪霊である。
「なっ……これは……」
驚くリフ達。亡霊の群れは苦しみに満ちた呻き声を上げている。
「そう、冥府の力がある限り彼らは何度でも蘇る。たとえ肉体を失っても、生ある者の魂を食らう亡者として動き続けるのです」
亡霊の群れが黒い瘴気を吐き出しながらも、リフ達に襲い掛かる。
「チッ、鬱陶しいわね」
ガザニアは無数の木の葉を呼び寄せ、リーフスラッシャーを発動させようとする。
「うわああああ!」
突然、無数の黒い手に掴まれているクネイが上空に持ち上げられていく。
「この野郎、何しやがる!」
キオが見上げた方向には、数十メートル上まで黒い手に持ち上げられた状態のクネイとネヴィアがいる。
「ククク……勇者とその仲間も全く以て愚かですね。せっかくこの私があなたの母親を蘇らせてあげたのに……」
ネヴィアがクネイに近付き、そっとクネイの額に手を当てる。
「お、おじさんは誰……あの狐耳のおじさんなの?」
クネイが問うと、無数の木の葉がネヴィアに向かって飛んで行く。ガザニアの自然魔法リーフスラッシャーであった。だがネヴィアは瞬時に漆黒の結界を張り、全ての木の葉を完全にガードする。
「くだらない真似はやめて頂きましょうか。この少年の命は私の手中にあるのですよ」
黒い手に持ち上げられているクネイを人質に、無駄な抵抗はやめるよう言い放つネヴィア。
「卑怯な! その子を放せ!」
リフが怒り任せに怒鳴り付ける。ネヴィアは何も答えず、クネイの顔を掴む。
「んうっ……! んんんっ……」
クネイの顔からみるみると血色が失せていく。肌の色が真っ白になってしまい、目に光が消えていく。クネイの顔から離れたネヴィアの手には、魂が握られていた。クネイはネヴィアによって魂を奪われていたのだ。ネヴィアが指を鳴らすと、黒い手はクネイの身体を放り投げる。
「あっ、危ない!」
ティムが叫ぶと、ガザニアが即座に蔦を出現させる。長い蔦は落下していくクネイの身体を掴み、瞬時にガザニアがクネイの身体を抱き上げる。魂を奪われたクネイは抜け殻のようになっていた。そして倒れたラビトに視線を向け、再び目を光らせるネヴィア。全身が闇のオーラに覆われ、ゆっくりと起き上がるラビト。光る目と醜悪な顔付き。既にラビトは死亡しており、アンデッドの魔物と化していたのだ。更にキャヌーンの亡霊までも現れる。
「ハハハハハ、抵抗するのならば思う存分するがいいですよ。彼らは血に飢えた亡者ですからね」
嘲笑うようにネヴィアが言い放つ。
「……黙れ! 貴様のような、非道極まりない輩は許さない。叩き斬ってやる!」
怒りと共に剣を構えるリフ。ネヴィアはリフの言葉に動じる事なく、冷酷な笑みを浮かべている。
「ところで……あなた方は肝心の勇者が何処にいるのか知りたいでしょう?」
ネヴィアが手を掲げると、空中に円状の穴が出現する。穴の向こうには何かが見える。無数の黒い手に捕われたグラインの姿だった。
「グライン……?」
捕われているグラインは白目を剥き、まるで死んでいるかのように顔の血色が失せている状態だった。揺らめく闇のオーラに包まれ、半開きの口からは黒い瘴気が溢れ出ていた。
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