EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

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第一章「太陽の王女」

迫り来る暗黒の魔手

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故郷だった王国は、魔物によって滅びた。俺を狙う魔物どもに滅ぼされた。
騎士として育てられ、騎士として戦う俺をずっと見守ってくれた姫――王と共に姫を守る事が出来なかった。

俺を狙う魔物どもによって、王と姫は殺された。俺の目の前で。
そして今、第二の故郷となるこのサレスティルでも、忌まわしき悲劇が繰り返されたのだ――。


姫様、ご安心を。このヴェルラウド、命に代えてでもあなたをお守りいたします。

もう、騎士様ったら堅苦しいわよ。私は王女だからって偉いとは思ってないしそんなに偉くもないから、畏まらなくてもいいのよ。

ふむ……では、改めてよろしく頼むよ。姫。俺の事は騎士様じゃなくてヴェルラウドと呼んでくれ。

そうそう、それでいいのよ! こちらこそよろしくね、ヴェルラウド!


余所者でありながら女王から王国を守る騎士として任命された俺を快く受け入れ、まるで友達のように接してくれる姫。突然、悪魔と化した女王の奸計を止めるべく、姫は自らの死を選んだ。俺は、血に塗れた姫の遺体をいつまでもこの手に抱いていた。姫を……シラリネの名を叫びながら――。


「グオオオオオアアアアア!」
完全なる魔物と化し、邪悪な本性を現した女王。傷の痛みに耐えつつも立ち向かおうとするレウィシアだが、ヴェルラウドはシラリネの亡骸を抱いたまま蹲っていた。
「虫ケラどもが……貴様らだけは生かしておけん。レウィシア……まずは貴様から八つ裂きにしてくれるわ!」
黒い蛇となった女王の長い髪が逆立つと、次々とレウィシアに向かっていく。蛇の顔をした髪の先端部分は鉄のように硬く、まるで無数の拳が襲い掛かるかのような攻撃であった。
「ごぁはあっ!」
無数の髪による攻撃を顔面に受けたレウィシアは、血混じりの唾液を撒き散らしながら吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。
「ぐっ……! ハァッ、ハァッ……」
息を荒くさせ、立ち上がろうとするレウィシア。
「くくく……無駄無駄。虫ケラが何度立ち上がろうと無駄な事よ」
髪を逆立たせながら笑う女王。だがその目は血走っていた。
「レウィシア、大人しくしていろ。こいつは俺がやる」
ヴェルラウドが剣を手にレウィシアの前に立ち、女王に鋭い目を向ける。
「ヴェルラウド、私はまだやれるわ。ここは二人で……」
「いいから俺にやらせろ。こいつだけは俺の手で倒す。こいつは栄誉ある女王の名を汚し、俺を謀り、王国の人々を苦しめた挙句シラリネを死に追いやったんだからな」
ヴェルラウドは剣に赤い雷を発生させ、両手で構えを取る。
「フハハハ、ヴェルラウドよ。私を斬るつもりか? この首飾りがある限り、私を傷つけるとシラリネも傷つくのだぞ? いかにシラリネが死んだとしても、シラリネの亡骸を更に傷つける事は出来るのか?」
嘲笑う女王の言葉にヴェルラウドは一瞬シラリネの亡骸に視線を移すが、すぐに醜悪な女王の姿に視線を向けて斬りかかる。無数の拳の如く次々と叩き付けていく髪の攻撃を受けながらも立ち向かうヴェルラウド。だが、女王の髪はヴェルラウドの身体を捕えた。
「クックックッ、ヴェルラウドよ。貴様はいい手駒だっただけに惜しいぞ。だが、もはや貴様も邪魔者でしかない。あの世でシラリネに会わせてやるぞ」
女王の指から次々と闇の光弾が放たれる。闇の光弾は捕えられたヴェルラウドに命中し、巨大な蛇の形をした塊となった髪の束がヴェルラウドの腹にめり込まれる。
「げほぉあっ!」
その一撃に血反吐を吐くヴェルラウド。
「ヴェルラウド!」
思わずレウィシアが飛び掛かると、女王は指から闇の光弾を放った。光弾の攻撃にあえなく倒されるレウィシア。
「遊びは終わりだ。まとめて死ぬがいい」
女王は髪で捕えていたヴェルラウドの身体を放り投げ、大口を開ける。口から溢れ出る闇の瘴気。内部に闇の力が集中している様子だった。
「くっ……!」
レウィシアは反撃に転じようとするものの、重なるダメージと傷の痛みで思うように身体を動かす事が出来ない。だがレウィシアはそれでも立ち向かおうとする。

まだ……負けられない! 私の中の炎よ……もっと力を!

心の中で叫んだ瞬間、レウィシアの炎の魔力が最大限まで高まり、身に纏うオーラは明るく輝く炎となった。同時に女王の口から吐き出される闇の閃光。レウィシアは両手で剣を構え、閃光に向かって突撃する。
「おおおおおああああああああっ!」
剣に全ての力を込めた時、闇の閃光は剣から放たれた炎の波動に相殺され、思わずたじろぐ女王。
「うおおおおおお!」
目が覚め、立ち上がったヴェルラウドが女王に特攻し、剣で斬りつける。その一閃は女王の身体を大きく斬り裂き、傷口からは赤い雷が迸った。
「グガアアアアアア!」
剣の一撃と赤い雷によるダメージで断末魔の叫び声をあげる女王。
「消えろバケモノ。今すぐ地獄へ送り届けてやる」
ヴェルラウドは赤い雷に覆われた剣を掲げては頭上から剣を振り下ろし、女王の身体を真っ二つにした。赤い雷の中、女王の肉体は溶けるように消えていく。

おのれ、忌々しき人間どもぉぉッ……いずれ我が主が貴様らをォォォッ……!

最期の言葉を残して女王の姿が完全に消滅した時、シラリネの亡骸も消滅していた。床に落ちた二つの首飾りも溶けるように消えてしまった。
「シラリネ……」
ヴェルラウドは床に広がる血痕と刃が血に染まった剣を呆然と見つめている。
「……シラリネ王女……こんなのって……」
レウィシアはシラリネが自害に使用した剣を手にした瞬間、言葉に出来ない気持ちのあまり手を震わせた。

――クックックッ、予想以上に面白い余興だったよ。

突然の声。レウィシアとヴェルラウドが身構えると、周囲から黒い瘴気が集まっていき、空中に浮かぶ黒い球体が姿を現した。
「あれは……!」
かつてクレマローズで見た黒い球体そのものであり、レウィシアは邪悪な気に戦慄を覚えつつも息を呑む。

――もうお気づきであろう、貴様らが戦った女王は我が手によりて生み出された『影の女王』と呼ばれる紛い物。本物の女王は我が計画の素材として確保している。

目と口を剥き出しにした黒い球体は嘲笑うような笑みを浮かべていた。
「何だと! 貴様は何者だ! 女王は……本物の女王は何処にいる!」
ヴェルラウドが剣を手に怒鳴る。

――ククク、ヴェルラウドといったな。貴様ももしかしたら素材になるかもしれぬが……あやつの事もある。あやつは赤雷の騎士の子として生まれた貴様が一番の狙いだからな。

「どういう事だ。お前が言ってる奴は俺を狙っている魔物どもと関係あるのか?」
ヴェルラウドは思わず故郷となるクリソベイア王国が魔物達によって陥落した時の出来事を振り返る。あの頃、魔物達は自身を狙っている様子だった。魔物達の中には「あの方」「命令通りに」と口走る者もいた。それはまるで何者かの命令で動いているように思えた。故郷を襲撃した魔物達の背後には巨大な敵が存在する。そいつが何らかの理由で自身を狙っている。黒い球体の言葉でそう確信した。

――安心しろ、本物の女王は我が手元にある。だが今は素材として利用させてもらうのでな。用が済めば会わせてやるよ。ただし、それまで生きていればの話だがな。

不敵に言い放つ黒い球体を前にヴェルラウドは拳を震わせるばかりだった。そこでレウィシアが前に出る。
「お前は何が目的なの? 二年前に太陽の輝石を奪い、偽物の女王を送り込んで全面戦争を仕掛けようとした上に本物の女王を素材として利用するって、一体何をやろうとしているの?」
黒い球体は再びクククと不気味に笑い始める。

――影の女王はただの余興だ。我が計画が開始される前に貴様ら人間同士が争う光景を拝むのも悪くはないと思ってな。だがそんな事は最早どうでもいい。レウィシアよ、貴様の王国クレマローズは優秀な素材の宝庫だったよ。

黒い球体の口が大きく開かれると、レウィシアは只ならない邪気に思わず立ち尽くしてしまう。

――クックックッ……お喋りはここまでにして一先ず幕引きとさせてもらおう。レウィシアよ、貴様とは近いうちに会う事になるだろう。ただし、別の形での再会となるがな。フハハハハハ……!

高笑いする黒い球体は蒸発するように消えていった。謁見の間から邪気が消え失せると、レウィシアは突然身体がよろけ出し、倒れそうなところをヴェルラウドが支えた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう……私なら平気よ。ちょっとよろめいただけだから」
レウィシアの身体を支えながら、ヴェルラウドは思う。

俺が魔物に狙われているのは、俺と何かしらの因縁がある何者かの仕業だ。そいつがクリソベイアを滅ぼした元凶だという事が解った今、俺はそいつと戦わなくてはならない。あの正体不明の黒い何かと関連性があるのかは解らないが、クリソベイアを滅ぼした魔物どもを操る存在――そいつは一体何者なのか。俺の持つ赤い雷の力と関係がある事は確かである以上、そいつの元へ向かうべきだろう。そして、本物の女王を助け出さねばならない。俺の為に、サレスティルを守る為に自らの命を捨てたシラリネの為にも。

俺は、二度も守るべきものを失ったんだ――。


影の女王との戦いの後――国民を脅かしていた悪政と各国への全面戦争計画は偽物の女王による奸計である事や、シラリネ王女の死、何者かによって本物の女王は既に行方不明になっていた事は大臣によって伝えられ、国民は大混乱の状況となっていた。同時にシラリネの葬儀が行われ、突然の死による追悼に多くの国民が涙に暮れ、その中にはレウィシアとクレマローズの兵士達もいた。城下町の中心部となる広場に墓標となる石碑が立てられ、多くの人々はその場で涙を流し続けた。
「どうして……どうしてこんな悲しい出来事が繰り返されるの……」
石碑を前にして溢れ出る涙を拭うレウィシアは、最愛の弟であるネモアの死が脳裏に浮かんでくると同時に無力感に打ち震えていた。黙祷を捧げ、沈痛な面持ちのまま立ち去ろうとすると、町の外へ歩こうとするヴェルラウドの姿を発見する。
「ヴェルラウド!」
思わず声を掛けるレウィシア。ヴェルラウドは足を止めてそっと振り返る。
「何処へ行くつもりなの?」
「……俺にはやるべき事がある。本物の女王が何処かにいるとわかった今、女王を助け出さねばならない。俺の為に命を捨てたシラリネの為にもな。それが今の俺に出来る事。だから……俺の事は構わないでくれ」
「そ、そう……」
ヴェルラウドの目を見た時、止めても無駄だと察知したレウィシアは静かに見守る事を選んだ。
「あんた達にも、色々と済まなかった……もう俺には関わらない方がいい。達者でな」
ヴェルラウドはマントを翻し、再び足を動かし始める。レウィシアは王国を去って行くヴェルラウドの背をいつまでも見守っていた。
「姫様!」
トリアス率いるクレマローズの兵士達がレウィシアの元へやって来る。
「むむ、ヴェルラウド殿は……」
「そっとしておくわ。彼も色々苦しい思いをしているのよ。私には、何も出来なかった……」
レウィシアは様々な想いを抱きながらも、再びシラリネの墓となる石碑を見つめ始める。吹き荒れる風がレウィシアの髪とマントを靡かせ、自然に零れ落ちた涙を吹き飛ばしていった。

ヴェルラウド……私にはあなたの悲しみがよくわかる。
私も……この命に代えてでも守るべき大切な存在を目の前で失ったのだから……。

シラリネ王女……どうか彼の事を見守ってあげて下さい――。


王国を後にしたヴェルラウドは突然立ち止まり、振り返る。視界に映るのは、遠く離れた第二の故郷となる王国。ヴェルラウドは上着の内ポケットから一つの小さなペンダントを取り出す。それは、かつてシラリネから貰った赤色に輝く宝石ルベライトのペンダントだった。


ねえヴェルラウド……これ、よかったら受け取って。

うん? これは……。

サレスティルに伝わるお守りよ。ルベライトっていう石なんだけど、きっと何かのお守りになるかなって思って……。

そうか、ありがとう。大切にするよ。

ふふ、喜んでくれて嬉しいよ。これからも私の騎士様でいてね……ヴェルラウド。

おいおい、よせよ。俺なんて……。

ふふ……あはははは!


ペンダントを握り締めた時に蘇る過去の思い出。だが、その思い出はすぐに消えていき、一滴の涙が零れ落ちる。
「……シラリネ……俺は……」
ヴェルラウドは溢れる涙を拭い、ペンダントを胸ポケットにしまうと再び歩き始めた。


数時間後、レウィシア達はサレスティル王国の大臣に呼び出され、謁見の間へやって来る。謁見の間には大臣や多くの兵士と重装兵、騎士が集まっていた。
「この度は我が王国を救っていただき、大変感謝致します。あなた方クレマローズの方々がいなければ我がサレスティルは偽物の女王の思うが儘にされていた事でしょう」
大臣はレウィシア達に感謝の意を込めて礼を述べると共に深くお辞儀を始める。
「ところで、ヴェルラウドと近衛兵長のバランガは何処へ? いつの間にか姿が見えなくなりましたが」
「……ヴェルラウドは、本物の女王を助ける為に旅に出ました」
「なんと? してバランガは……」
「彼は……地下牢に捕われていた私に戦いを挑んできました。私との戦いに敗れてからどうなったのかまでは……」
兵士達が騒然となる中、言葉を詰まらせるレウィシア。地下牢で倒れたバランガの姿は既に消息を絶っており、城内はおろか、王国中にもいないという。
「まさか偽物の女王がやって来てから王国が誇る戦士二人がいなくなるとは……本物の女王はご無事であろうか……」
落胆する大臣。その時、一人の兵士が慌てた様子でやって来る。
「クレマローズのレウィシア様! たった今、負傷したクレマローズの兵士の者が城門前に!」
「何ですって?」
突然の報告に急な胸騒ぎを覚えたレウィシアとクレマローズ兵士は城門前に向かう。城門前にはズタボロに傷ついた姿で倒れていた兵士がいた。
「どうしたの、大丈夫? 何があったの?」
レウィシアが倒れた兵士に声を掛ける。
「ハァッ……ハァ……ひ、姫様……邪悪な力を持つ者がクレマローズに……こ、このままでは……ぐ、ぐぼっ!」
兵士は血を吐きながら言葉を続けようとするが、声に出せずそのまま意識を失う。まだ息はあるものの、かなりの重傷であった。倒れた兵士は門番の兵士によってサレスティル城に運ばれていった。
「……戻りましょう、クレマローズへ。今度は私達の国を守らなきゃ」
レウィシアは兵士達と共に王国を後にし、馬に乗ってクレマローズへ向かった。


その頃、クレマローズは不穏な空気に包まれていた。建物のところどころが破壊され、街中には人の形をした影のような魔物が徘徊していた。城下町の警備をしていた兵士達は倒されており、民間人は家内に避難している。教会の聖堂では、神父のブラウトとルーチェが道化師の男と対峙していた。
「貴様、何者なのだ! この邪気は一体……」
ブラウトは道化師の男から放つ凄まじい邪気に立ち竦んでいた。
「そういきり立つな。オレはこの国にある素材を集めに来ただけだ。邪魔さえしなければ命を奪う気は無い」
道化師の目が赤く光ると、聖堂に祀られた女神像が一瞬で粉々に砕け散る。破片の中からは、白銀に輝く鍵が現れる。
「め、女神像が……! おい貴様、やめろ! その鍵は……!」
ブラウトが道化師に掴みかかるが、道化師は一瞬でブラウトの鳩尾に拳を叩き付ける。
「ぐあはっ!」
吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられたブラウトは血を吐いて倒れる。その一撃によって肋骨が砕かれていた。
「神父様!」
「ル、ルーチェ……逃げろ……」
ルーチェの背後には道化師の姿があった。不意に気配を感じて振り返ると、ルーチェの表情が恐怖の色に変化する。
「……邪魔だ」
道化師はルーチェの頭を掴み、乱暴に放り投げる。もんどり打って倒れるルーチェ。ブラウトは何とか立ち上がろうとするが、道化師の腕がブラウトの身体を貫いた。
「ごぉああはああ!」
断末魔の叫び声をあげると、ガクリと息絶えるブラウト。返り血を浴びながら不敵に笑う道化師。身体を貫いている腕が引き抜かれ、ドサリと床に倒れるブラウトの亡骸。道化師は動かなくなったブラウトの亡骸を無慈悲にも踏みつけ、目から放った光線で頭部を吹き飛ばした。
「神父……さ……ま……うっ、うわあああああ!」
その残虐な光景にルーチェは怯えるあまり、逃げ出してしまう。道化師は女神像の破片の中にある白銀の鍵を手に取り、ペロリと舌なめずりを始める。
「クックックッ……あともう一つだ」
白銀の鍵を手に入れた道化師が教会から出ると、教会は突然炎に包まれ、やがて建物全体に渡って炎上していった。道化師の手からは水晶玉が出現し、目が紫色に光る。


クレマローズ城の謁見の間では、見開かせた目玉と大きく裂けた口が浮かび上がる巨大な黒い影とガウラ王がいた。傍らには倒れた数人の兵士がいる。
「お前は一体……魔物なのか?」
問い掛けるガウラに対し、影は口から長い舌を出す。

――ガウラ王よ。貴様も素材に選ばれた。貴様は我が主へ捧げし者……我が計画に協力してもらおう。

「ぐおあああああ!」
伸びる長い舌はガウラを捕え、黒い放電と共に襲い来る電撃。ガウラは拘束から逃れようとするものの、更に強烈な電撃が迸る。
「う、ぐ……貴様……やめろ……」
成す術もなく影の口の中に放り込まれていくガウラ。黒い影の姿は空中に浮かび上がる球体へと変化していき、口から何かが吐き出される。それは、魔獣のような形をした一つ目の影の魔物であった。

――これでこのクレマローズに存在する素材は全部揃った。シャドービーストよ。後は任せるぞ。

黒い影が消えていくと、シャドービーストは唸り声をあげながらも、倒れた数人の兵士達に近付いていった。その目は獲物を狙おうとしている獣の目そのものであった。


「はぁっ、はぁっ……ううっ……」
逃げるルーチェの前に影の魔物が立ちはだかる。ルーチェは恐怖心と戦いながらも、両手に魔力を集中させる。その魔力は、聖職者に備わった光の魔力だった。
「邪悪なる魔物よ……聖なる光の波にて浄化されよ……ホーリーウェーブ!」
光の波が影の魔物を飲み込んでいく。影の魔物は不気味な唸り声をあげながら浄化され、王国の外へ逃げようとするルーチェ。だが、影の魔物は無数に湧いていた。
「聖ナル光ノ力ヲ……感ジル……忌マワシキ光ダ……」
影の魔物が次々とルーチェを追いかけ始める。ルーチェは魔物に追われている事を察知すると、恐怖心のあまり涙目になりながらも全速力で王国から逃げ出した。その姿を燃える教会の屋上から見下ろしている者がいる。道化師だった。
「あの小僧、並みの聖職者とは思えぬ魔力のようだが……ふむ」
道化師は再び水晶玉を手に取り、玉に映し出された風景を眺めていた。玉に映るのは、クレマローズ城の謁見の間で倒れた兵士達の身体を喰らい尽くしているシャドービーストの姿だった。

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