EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

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第五章「氷に閉ざされし試練」

荒れ狂う鉱石魔獣

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「おい、どうした! 何があったんだ!」
聖都内で激しく苦しみ続けているマナドール達の姿に異変を感じた見張りの兵士が辺りを探り出す。住居内のマナドールは無事だったものの、屋外に出ているマナドールは全員苦しんでいる状態であった。只ならぬ気配を感じた兵士は神殿へ向かう。
「何事だ!」
「街の者達が苦しんでいるんだ! 一体何が……」
「何だと! リラン様にお伝えしなくては!」
兵士の一人が祭壇の間へ向かって行く。数人の兵士は即座に神殿を出て、苦しんでいるマナドール達の様子を伺う。兵士達は外部から現れた何者かの仕業だと察し、神殿へ戻ろうとすると、背後に一人のマナドールが降り立つ。ベリルであった。
「む、そなたはベリル殿? ご無事か!」
「そうねぇ……私は無事よ。一応ね」
ベリルの目から紫色の怪しい光が放たれると、兵士達は突然激しい苦しみに襲われ、その場に倒れ込む。
「うっ……ぐああああ! く、苦しい……うっ、ぐあああっ……」
苦しむ兵士達を前に、ベリルは残忍な笑みを浮かべていた。


与えられた客室用の部屋で一晩過ごしたスフレとオディアンが、リランがいる祭壇の間へやって来る。祭壇の間にはイロクとデナ、そして数人のマナドール兵士が騒然としていた。
「君達か。丁度いいところに来てくれた」
何事かと思っていた矢先にリランが呼び掛ける。兵士曰く、聖都のマナドール達が原因不明の苦しみに襲われているというのだ。
「それって早速敵が来たって事?」
スフレは緊張感と共に杖を握り締める。
「リラン様、ここは私達にお任せを。私とイロクがいればあんな連中の出る幕ではありませんわ」
わざわざスフレの姿をチラッと見ながらも、見下すような言い回しでデナが言う。スフレはムッとした表情で黙って睨みを利かせた。
「デナよ、クチを慎め。敵はまだ何者なのか判明すらしておらぬ。お前の方こそ侮るな」
リランが冷静に窘めると、玉座からそっと立ち上がる。
「スフレ、オディアンよ。やはりこの聖都にも敵が現れたようだ。何が待ち受けているか解らぬ上、聖都内のマナドール達が攻撃を受けているらしい。私も同行するぞ」
「え? お言葉ですが……」
「構わぬ。君達の足手纏いにはならんようにする。私とて神の遺産を守る大僧正。大人しく構えているわけにはいかぬ」
スフレ達と同行しようとするリランに、イロクとデナは不安を隠せない様子であった。
「ま、このあたしだって血ヘドを吐きながらの戦いを経験してるんだから任せといて! それじゃ、いっちょ暴れますか!」
杖を手に戦いへ赴こうとするスフレ。リランはそんなスフレに信頼の笑顔を見せ、先立って進み始める。
「ふん、リラン様をしっかりお守りしないと承知しませんわよ」
面白くなさそうにデナが言い放つ。
「安心しろ。騎士たる者、君主を守るのが使命。如何なる敵が相手でもリラン様をお守りする」
オディアンが冷静な声で言うと、リランとスフレの後に続く。
「デナ、彼らだってきっと頼りになるさ。リラン様が信用してるくらいだからな」
一言を言い残してイロクも後を付ける。デナはふてぶてしく無言で付いて行くだけであった。


一行が神殿から出た瞬間、聖都内は異様な光景になっていた。激しい苦しみに蹲るマナドール達と、鉱石のような身体を持つ無数の魔獣の群れ。そんな異変を目の当たりにした一行は驚愕するばかりであった。
「こ、これは一体……! 何があったというのだ!」
リランは辺りを見回しながらも、異変の原因を探し求める。無数の魔獣は襲ってくる様子はなく、低い唸り声を上げていた。
「あれは?」
スフレが指す方向には、高みの見物と言わんばかりに住居の屋根の上で様子を眺めるベリルの姿があった。
「ベリル! これは何事だ!」
リランが声を掛けると、ベリルは薄ら笑みを浮かべている。
「クックックッ……どこまでも大間抜けですこと。リラン様。あなたは既に私の策に嵌っているのよ」
ベリルの言葉を聞いた瞬間、リランは不吉な気配を感じ取る。
「……貴様、ベリルではないな? 何者だ!」
「フフッ、もうこの姿を借りる必要はないわね」
ベリルの目が赤く光り、全身が黒い瘴気に覆われ始める。瘴気が消えた時、ベリルの姿は杖を手にした魔族の女に変化していた。
「私はモアゲート。闇王様に仕えし魔公女……」
モアゲートが杖を掲げつつ自己紹介すると、一行は一斉に身構える。
「やっぱり闇王の部下なのね! 目的は何なの?」
「フフフ、赤雷の騎士の息の根を止めに来たのと、優秀な兵器を集めに来たのよ。この聖都ルドエデンに住むマナドール族は想像以上の素晴らしい兵器になりそうだからね」
モアゲートの目的――それは、赤雷の騎士であるヴェルラウドの抹殺のみならず、マナドール族を自身の力で魔獣に変え、自らのしもべとなる兵器として利用する事であった。モアゲートには様々な鉱石を魔力によって『鉱石魔獣』と呼ばれる魔法生命体タイプの魔物に作り替える能力があり、聖都内に現れた多くの魔獣もモアゲートによって造られた存在であった。
「この聖都ルドエデンに存在するマナドール族が様々な魔力に適応する特殊な鉱石をベースにしていると聞いてねぇ。そいつらをこの私の魔力で魔獣に作り替えると強力な兵器が生み出せると思って潜り込んだというわけよ。でもって結果は予想以上に面白い事になったわよ」
「貴様、それが目的で私の部下に化けて謀ったというのか! 本物のベリルは何処だ!」
「ククク……そいつなら既にこの通りよ」
モアゲートが鞄から水晶玉を取り出し、念じると黒い瘴気が発生する。すると、緑色の鉱石を思わせる色合いを持つ醜悪な魔獣が姿を現した。
「こ、これは……?」
「こいつが本物のベリルさ。魔獣として生まれ変わったからベリウルと名付けておいたよ。大陸内に発生した竜巻を生み出したのもこの私。実験材料にする奴をおびき寄せる為にね。こんな素晴らしい素材を遺してくれた事に感謝するわよ。リラン」
冷酷な笑みを浮かべるモアゲート。鉱石魔獣ベリウルは雄叫びを上げていた。
「おのれ……モアゲート!」
リランは怒りを露にする。
「魔獣へと変化した奴らは最早この姿のままで生きる運命。例え私が死んだところで抜け殻の魔獣となるだけで、元の姿には戻らない。理性も何もない、私の命令だけで動く忠実なる飼い犬さ。聖都内で苦しんでるマナドール族の連中ももうすぐ凶暴な魔獣へと生まれ変わる。あと一時間くらいかしら」
「その前にあんたを倒してやるわ!」
スフレが杖を両手に立ち向かおうとする。
「アッハッハッ、私を倒す? それは不可能な話よ。大人しく鉱石魔獣どもの餌になるがいいわ」
モアゲートが杖を振り翳すと、聖都内の鉱石魔獣達が次々と襲い掛かる。
「リラン様、ここは我々にお任せを」
オディアンが大剣を両手に構え、襲い来る鉱石魔獣達に立ち向かう。スフレが魔力を高め、オディアンと共に応戦を始めた。
「ふん、デクの棒と鬱陶しい小娘の加勢なんて気は進まないけど、リラン様をお守りしなくてはなりませんわ。イロク、行きますわよ」
「ああ。油断だけはするなよ」
「それはお互い様ですわよ」
デナとイロクも加勢に向かう。大量の鉱石魔獣はオディアンの剣技、スフレの数々の魔法によって撃退されていく。デナのスピードを生かした地属性を併せ持つ格闘とイロクの氷の魔力による格闘のコンビネーションで倒されていく鉱石魔獣達。だが、魔獣はどんどん襲い掛かる上、ベリウルが耳に響く程の激しい雄叫びを上げながらやって来る。
「クッ、何という数だ。しかもあれは……」
オディアンはベリウルが元リランの部下となるベリルであった事を考えると、思わずリランの方に視線を移す。
「オディアンよ、構わぬ。奴は最早ベリルではなく、荒れ狂う魔獣だ」
「しかし……」
「ここで要らぬ躊躇をしては犠牲を生むだけだ。頼む」
リランの眼差しを見て、オディアンは改めてベリウルに視線を移す。
「……邪悪なる存在に姿を変えられた哀れな魔獣よ。悪く思うな」
オディアンは大剣を構え、ベリウルに斬りかかる。
「あのデクの棒、ベリルを殺すつもりですの?」
ベリウルに挑むオディアンを見て驚くデナの元に魔獣の鋭い爪が襲い掛かる。しまったと思い目を瞑るデナだが、間髪でイロクの蹴りによって魔獣は倒される。
「デナ、どうしたんだ。油断するなと言ったろ」
「お黙り! デクの棒がベリルだったバケモノに挑んでますのよ」
咆哮を上げながら暴れ回るベリウルと戦っているオディアンの姿を見たイロクは半ば項垂れつつも、拳を震わせる。
「……だからといって止めるわけにはいかないだろ。今のベリルはあのモアゲートとかいう奴によって魔物に変えられたんだ」
「まあ、あなたも意外と冷徹ですのね」
「君が何を言おうと、僕は彼を止めないよ。現にリラン様は彼を止めていないだろ」
デナはリランの方を見る。リランはベリウルに戦いを挑んでいるオディアンを見守りながらもその場に佇んでいた。その汗ばんだ表情には、怒りと悲しみの色が感じられる。
「敵はまだまだいるぞ」
更に襲い掛かる鉱石魔獣達。デナは気持ちを切り替え、襲い来る魔獣に攻撃を加えていく。
「ったく、どうしてこんな事になったのかしらね」
デナは切なげな表情をしつつも、飛び掛かる魔獣をムーンサルトキックで蹴り飛ばした。

ベリウルの鋭い爪の一撃で傷を負い、膝を付くオディアンの前にスフレとリランがやって来る。
「オディアン!」
「大丈夫だ。まだ戦える」
「傷ならば私が治してやる」
リランが即座に回復魔法を唱えると、オディアンの負傷は一瞬で回復した。光の魔力による回復魔法であった。
「ぬう、忝い限りです」
「礼には及ばぬ。君達を死なせるわけにはいかないからな。直接戦う事は出来なくとも、傷の治療なら出来る」
負傷から回復したオディアンが再び構えを取る。
「オディアン、リラン様。こいつは任せるわ。あたしは、あのモアゲートとかいう奴をやっつけて来る」
「スフレ、ちょっと待て!」
リランの制止を聞かず、スフレは魔獣の群れを振り切りつつもモアゲートのいる場所へ向かって行った。
「リラン様、彼女は賢王マチェドニル様の元で育てられた優秀な賢者です。彼女を信じましょう」
そう言い残し、オディアンが戦いに挑む。リランは走り去るスフレを見守りながらも、杖を握りながら心の中で無事を祈った。

モアゲートは、聖都内での光景を民家の屋根の上で嘲笑いながら見下ろしていた。
「高みの見物はそこまでよ」
その場に現れたのは、スフレだった。
「あら、何あんた。私と遊んで欲しいわけ?」
「そうよ。あんたみたいな胸クソ悪い女は大っ嫌いだからブッ飛ばしてやるわ」
スフレが杖を手に、魔力を集中させる。
「ブッ飛ばす? アッハッハッ、この私に向かって随分でかいクチが叩けるのね。頭が足りなさそうな小娘だと思ったけど、やはり賢くない子で安心したわ」
「何ですって! あたしをなめるんじゃないわよ!」
スフレは杖から炎の玉を作り、モアゲートに向けて投げつける。モアゲートは余裕の表情で回避し、空中に浮かび上がりながらも冷たい笑みを浮かべている。
「クチだけの子にはしっかりお勉強してもらわなきゃあいけないわね。喧嘩を売る相手はよく考えるという事を」
モアゲートが杖を掲げると、全身が闇のオーラに包まれると同時に冷気の渦が巻き起こる。
「アイストルネード!」
冷気の渦は吹雪の竜巻となり、荒れ狂うように襲い掛かる。
「ガストトルネード!」
それに対抗し、事前に溜め込んでいた魔力を呼び起こしたスフレの風の魔法が唸る。双方の竜巻が激突した瞬間、相殺という形で吹き飛んでしまう。竜巻がぶつかり合った影響で、民家はボロボロになっていた。モアゲートはその場を離れ、聖都の広場へ移動する。既に屋根から飛び降りていたスフレは即座に後を追う。
「逃げようったってそうはいかないわよ」
モアゲートは冷酷な目でスフレを見据えている。
「バカね。せっかくの素材を巻き添えにしたくないからよ」
モアゲートが器用に杖を手で回転させ、天に向けて振り翳した瞬間、周囲に波動による突風が巻き起こる。スフレは突風を受け、思わず身構えた。
「言っておくけど、この私をあまり怒らせない方がいいわよ。まだ死にたくないんでしょう?」
「ゴチャゴチャ言ってないでさっさと来なさいよ。こっちはいつだって死ぬ覚悟は出来てんのよ、バーカ」
「……いちいちムカつく小娘だわ。ならばもがき苦しんで死ねえ!」
激しく凍てつく猛吹雪を放つモアゲート。
「エクスプロード!」
猛吹雪の中、スフレが放った魔法による炎の力が爆発を起こす。
「虫ケラめ……」
モアゲートの目が赤く光ると、全身を纏うオーラに黒い電撃が走る。スフレは次なる攻撃に備え、防御態勢に入る。
「ヘルズサンダー」
スフレに襲い掛かるのは、闇の魔法による天から降り注ぐ黒い稲妻であった。
「きゃああああ!」
稲妻の攻撃を受けたスフレは全身を焦がし、倒れる。焼け付くような痛みが走る中、スフレが立ち上がろうとすると、モアゲートは至近距離まで移動していた。
「全く、素直に忠告に従えばよかったのにねぇ」
嘲笑うように見下ろすモアゲートを前に、スフレは鋭い目を向ける。
「くっ……こんなんで負けないわよ」
立ち上がり、再び戦闘態勢に入るスフレ。モアゲートは不敵に笑いながらも、スフレに向けて口から紫色の霧を吐き出す。
「うっ! な、何よこれ!」
得も言われぬ匂いが漂う霧はたちまち辺りを覆い尽くす。口元を押さえ、手で霧を振り払うスフレ。霧が晴れた時、モアゲートの姿は既にその場から消えていた。
「ククク……遊びはこれまでよ」
スフレが見たものは、空中に浮かび上がる数人のモアゲートの姿であった。その数は七人いる。七人のモアゲートがスフレを取り囲むように動き始め、杖から揺らめく闇のオーラを纏う球体を次々と放つ。飛んでくる七つの球体を回避しようとするスフレだが、途中で球体が消えていき、一つの球体が生き物のように飛び回りながらもスフレの鳩尾に直撃する。
「ごおあっ……!」
身体を大きく曲げながらも目を見開かせ、血と唾液を吐きながら地に引き摺る形で吹っ飛ばされるスフレ。七人のモアゲートが更に杖の先端部分に魔力を集中させると、黒い雷光の玉が次々と現れる。スフレが立ち上がろうとすると、黒い雷光の玉が次々と放たれる。だがそれらは全てフェイクであり、七人のうちの一人が本物の雷光を放つという幻を利用したフェイントで欺く形の攻撃であった。スフレは襲い掛かる七つの雷光の玉を避けようとするものの、フェイントを突かれて背後からの雷光の玉の攻撃を受けてしまう。
「ああああっ!」
数メートル先まで大きく吹っ飛ばされ、倒れるスフレ。周囲に七人のモアゲートが取り囲んでいく。
「どう足掻こうと、あんたは私に勝てやしないのよ。そろそろ効果が現れる頃かしら?」
体を起こそうとするスフレだが、突然、全身に異変を感じる。悪寒と共に力が入らなくなるような、そして全身がじわじわと焼けつくような感覚に襲われていた。
「な、何よこれ……すごく寒気がするし、身体が……あんた、何をやったのよ!」
「アッハッハ、教えてやろうか? あんたはファントムベノムによって猛毒を受けたのよ」
モアゲートの口から吐き出された紫色の霧――ファントムベノムは吸い込むと猛毒に冒される上に幻覚が見えてしまう効果があり、スフレの視界に映る七人のモアゲートは幻覚によるものだった。
「汚い! 汚いわよあんた……! ちゃんとした戦い方が出来ないの?」
「ちゃんとした戦い方? 何寝ぼけた事言ってるの? あんた達正義の味方さんは敵に潔さを求める程のバカなの? 潔い戦い方なんて、所詮は正義こそが全てだと思ってるボケどものする事なんだよ」
蹲るスフレの腹に蹴りを入れるモアゲート。スフレは全身を猛毒に蝕まれながらも、諦めずに立ち上がろうとする。
「……許さない……あんただけは……!」
苦しそうに息を荒くしながらも、スフレが鋭い視線を向ける。
「へえ、まだ戦うつもり? 命乞いすれば助けてやらなくもないわよ? まあ私の機嫌次第だけど」
嘲笑うように言い放つモアゲート。
「……うるさい! 絶対に負けるもんか……最後まで、諦めないんだから……!」
よろめきながらも杖を構えるスフレ。モアゲートは冷酷な笑みを浮かべるばかりであった。



無の世界で見えない敵と戦うヴェルラウドは、全身がボロボロに引き裂かれていた。気配で察し、捉えては相手に攻撃を与えるものの、敵の攻撃は激しくなっていくにつれて次第に追い詰められている戦況であった。
「がはっ……ぐっ」
血を吐き、剣で支えながらも膝を付いては口元を拳で拭い、立ち上がる。飛び散る鮮血と共に左腕を斬りつけられても、心を落ち着かせ、敵の動きを探る。相手の攻撃に乗せられてはならない。少しでも焦ったら負けだ。敵は、俺が焦りによって心を乱す事を狙っている。そう、これは試練なんだ。見えない敵と戦う事で、戦術だけでなく心を鍛える事を意味している。そうに違いないだろう。心の中で悟ったヴェルラウドは大きく剣を振り上げる。僅かに手応えがあった。恐らく掠った程度のダメージであろう。次の瞬間、ヴェルラウドの脇腹が見えない一撃によって貫かれる。
「ごあっ! がっ……げぼっ」
血が滴り落ち、更に血を吐くヴェルラウド。貫かれた脇腹からは夥しい量の血が溢れ出る。ヴェルラウドは傷口を押さえるものの、全身に響き渡る激痛によってガクリと崩れかける。更に情け容赦なく襲う見えない敵の攻撃。深々と身体を袈裟斬りにされ、鮮血が迸る。
「ぐあああ! ご……あっ、がはあっ!」
深手を負ったヴェルラウドはその場に倒れる。激しい出血によって意識が薄らぎ始めた。
「ぐっ……このまま、では……」
ヴェルラウドは立ち上がろうとするものの、身体が言う事が聞かず、出血は止まらないままだった。
「ち、くしょ……う……俺は……まだ……」
意識が遠のいていく中、ヴェルラウドの脳裏に仲間達の姿が浮かび始める。剣の先輩であり、幾度も剣を交えた事によって信頼関係を築き上げたオディアン。友好的に接し、明るく振る舞いながらも自分の力になろうとしているスフレ。そして、次に浮かんできたのは剣の師でもあった父ジョルディス、歴戦の英雄の一人であり、赤雷の騎士でもあった母エリーゼ。目の前で死したリセリア姫と、シラリネ王女――。


俺は、ここで終わるのか?

だが、俺は決して一人じゃない。今、俺には支えてくれる仲間がいる。

俺はあの時誓った。俺に出来る事なら何だってやると。

俺は、ここで終わらない。終わらせはしない。俺は――まだ戦わねばならない。


仲間達や死した大切な人々の想いが不屈の魂を奮い立たせ、ヴェルラウドはゆっくりと立ち上がる。赤雷の力と共に、剣を構え始める。
「……見えない敵よ、この一撃で終りにしてやる」
目を閉じ、精神を集中させる。今、敵は攻撃を仕掛けている。その攻撃はまともに受けると決定打になる。
「うおおおおおお!」
見えない攻撃が襲い掛かる瞬間、ヴェルラウドは赤雷の力を込めた渾身の一撃を振るわせる。一撃を決めた瞬間、ヴェルラウドは倒れ、そのまま意識を失った。



我は、心を映す者――。
無だけが広がる空白の世界に現れしものは、汝の心に潜む自責、葛藤、悲痛、罪、悔恨、そして悪魔――。

汝は今、何を想い、何ゆえに神が造りし剣の力を求めるのか?
汝の忌まわしき過去が生んだ闇は、汝には真に不要なものなのか?

汝の正しき光の魂と穢れた闇の心――全ての魔を裁く断罪の赤き雷光と呼ばれし神の力を受け継ぐに値するものか?

汝の心に魂を移す時――見い出した全ての答えを見つけ、行きつく先は光ある世界か、絶望なる永遠の闇か。

我は、全てを見届けん――。



辺りに響き渡る声。次の瞬間、倒れているヴェルラウドの身体が光に包まれる。深い傷を負っていたその身体は徐々に回復していく。だが、ヴェルラウドの意識はまだ戻らないままだった。

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